古いお話。
古くて短くて。
それの終わりが今の始まり。
故に未だに色褪せず。
だから一番そばにある。
そんなお話。
「なあ」
「なんだ」
この来訪者に何故茶なぞ出したのだろうかと今更ながら思いつつも、上白沢慧音はこたえた。
「好きな人っているか?」
ぶっ。
あまりにも唐突すぎる問いかけに、慧音は口に含んでいた茶を吹き出した。
「うわっ、かかったぞおい」
「っげほ、いきなり妙なことを言うから・・・本は無事か?」
「先にわたしの心配をしろよ」
ハンカチで顔を拭いながら、霧雨魔理沙は文句を言う。
「お前は拭けば大丈夫だろう。本はそうはいかないんだぞ」
彼女はしぶきをかぶった頁を見やり、悲しげに首を振った。
「歴史書の閲覧など許可するんじゃなかった」
「半分はあんたのせいだぜ」
悪びれた風もなく、魔理沙は肩をすくめる。
「そもそもお前が変なことを言い出さなければよかったんだ」
「そうそう、それだよそれ」
よくぞ思い出した、と言わんばかりにテーブルを叩き。
「で、どうなんだ?」
「・・・・・・何故そんなことを聞く?」
「まま、いーからいーから」
「理由無しに尋ねられて、快く返答できるたぐいの問いかけではないぞ」
お膳を拭きつつ、やや硬い声で返答する。
それも終わって魔理沙に視線を戻すと、腕を組みなにやら思案している彼女に行き当たった。返事もないので諦めたのかとも思ったのだが、考えあぐねていただけらしい。
どうやら興味本位の質問でもないようだ。いや、無論それもあるのだろうが・・・
「あんた霊夢知ってるよな、紅白の」
新しいお茶を二人分つぎ、半分飲み干す程度の時間が経過したところで、彼女はようやく口を開いた。
「ああ」
短くこたえる。魔理沙同様、あまりよい思い出のある人物ではないが。
「あいつにはさ、誰もいないんだ」
「・・・妙なことを言う」
呟くような彼女の言葉に、慧音は眉をひそめる。
「お前は奴の友人ではないのか?それに私が知る限りでも・・・」
すきまの大妖怪、人形遣い、紅い悪魔、冥界の姫君・・・
思い返すだに葬送たる・・・もとい匆々たる面々だ。
「ああ、そうだ。わたしはあいつの友達だし、アリスもレミリアもそうだろう。わたしらが神社に出向けば、嫌な顔もせずに茶でも出して、他愛もない話でもしてるだろうな」
揶揄するように、口の端を持ち上げる。
その表情に憮然としつつも、慧音は無言で先を促す。
「でもあいつは、あんたが来てもおんなじことをするだろう。それどころか初対面のやつにだろうとこう言うだろうな。『何か用?お茶でものむ?』ってな」
「話が見えないな」
「要するに、だ」
魔理沙は表情を改め、
「わたしにとっちゃ、友達は友達だ。でもあいつにとっては友達は他人なんだよ」
あいつは世界を、自分と他人とでしか区別してないんだ、と何とも言えない表情で続ける。
「人間を半径100mの円だとするだろう?あいつは30mまでは簡単に踏み込んでくるし、踏み込ませもする。でもそれ以上は入ってこない、入れさせもしない。決して核心に触れてはこないし、触れもさせない。結界でもあるみたいにな」
言い得て妙だろう?と苦笑。
「解せんな」
ようやく彼女は口を開いた。
「何がだよ」
「博麗霊夢が何たるかは理解した。いや、理解したつもりだ。わからんのは・・・」
値踏みするように見る。
「何故お前が私にこんな話をしたかだ」
慧音の言葉に、魔理沙はうっ、と言葉を詰まらせた。
「あまり世間話向けの話題でもあるまい。理由あってのことと推察するが」
「・・・あんたと霊夢が似てる気がしてな」
ようようと、ため息混じりに魔理沙は言う。
「・・・何?」
「だってそうだろう?あんたは随分長いこと生きているのに、離れにひとり住んで伴侶も無し。わたしにはそれこそ解せないぜ。あんたは一人がいいのかい?」
あんたも独りがいいのかい?
そんな幻が聞こえる問いかけ。
はは、と慧音は乾いた笑声をあげる。
「買いかぶりすぎだ。私はそれほどに超越も達観もしてはいないよ」
だが、と彼女は言う。
「お前の言うこともわからんではない。私のはある意味、博麗の巫女よりもたちが悪いかもしれんが」
「ふん?」
彼女の持って回った言葉に、魔理沙は首を傾げた。
「私のそれは自覚的だ」
「それならまだ救いがあるじゃないか」
「余地はないことも自覚している」
「なんでだよ」
魔理沙はいぶかしむ。
「私は妖怪だ」
忘れているかもしれんがな、と慧音は付け加える。
「私は妖怪だが、人間が好きだ。『人間』が好きだ。だがもしも、人間の『誰か』を好きになったとしたら、どうだろう」
『特別』が出来てしまったら、どうなるだろう。
疑問。
だが答えを求める問いかけではない。だから魔理沙はただ聞くだけ。
「無論、何も変わらないかもしれん。今まで通り、里の子らに勉強を教え、里を襲う妖怪どもを退治する生活を続けるのかもしれん」
そして彼女は否定の仕草。
「もしかしたら『誰か』だけを愛してしまうかもしれん。私は妖怪だ。そうなれば今まで大好きだった『人間』に害なす化生となるやもしれん」
『人間』が好きだから、私は私でいられるのかも、しれん。
「悲観的だな」
「楽観などできるものか。代価があまりにも大きすぎる」
そう。
「私は『人間』以上に大切なものを作らんようにしている」
結論は、これなのだ。
「私はそうしなければならない。だから私は一人でなくとも、独りであり続けるだろう」
だからに私に余地はなく、だから私は自覚する。
そして博麗の巫女は。
「・・・あんたはそれで」
そこまで声にし、口ごもる。
何と続けようとしたのだろうか。
幸せなのか。
辛くはないのか。
満足なのか。
寂しくはないのか。
いずれにしても。
「無論だ」
口の端を綻ばせ。
「私は人間が大好きだからな」
「で、結局好きな人はいないのか」
「・・・お前は人の話を聞いていないのか?」
何で今更そんな話がでるんだ、と呆れる。
その言葉に、白黒の魔女がにやりと笑った。
なんとはなしに、ぎくりとする。
「声が違ったぜ、最初の反応」
彼女の言葉に、今度は慧音が言葉を詰まらせた。
よくも聞いている。うわのそらだとばかり思っていたのだが・・・
そんな彼女の様子を見、魔理沙のにやにやは大きくなる。
先ほどまでのお人好しは、最早ここには居ないようだ。
ため息をつく。今日は私もどうかしているのだろう。
だからこれもまた、一興か。
「いたよ」
答えは短く、しかしいつになく穏やかな口調で。
「・・・すまん」
何でもないような、何でもないような、何でもないような彼女の返事に、魔理沙は気まずげに視線を逸らす。
そんな彼女を見、慧音は笑った。声を立てて笑った。
怪訝な表情を見せる魔理沙に、彼女は笑顔でこう告げる。
「嘘だ」
「・・・は?」
間の抜けた、魔理沙の声。
「おや、もうこんな時間か」
呆けた彼女を無視し、慧音は立ち上がる。
「なあ、おい・・・」
「今日は算術だったな。ケイタはきちんと宿題をやっているといいんだが」
魔理沙の声を背に聞きつつも、彼女は里への準備の手を止めない。
「嘘って・・・」
「さて十露盤は何処に置いたかな・・・」
「おいっ」
さすがに魔理沙の声が大きくなる。
ようやく慧音が振り向いた。余程面白かったのだろうか、未だにくつくつと笑いながら。
「嘘って、なんだ?」
どれが嘘なんだ?どこからが嘘なんだ?何処までが・・・
「さてな」
楽しげに、慧音は肩をすくめた。
そんな彼女をう~、とうなり声をあげ、睨み付ける。
だがややあって、その視線が和らいだ。
「なあ」
「なんだ」
ふ、と。魔理沙は柔らかく微笑む。
「あんたは大丈夫だろう。だから・・・」
「生憎、まだまだ思い出なのでな」
彼女の言葉を遮る。
「歴史になったら、再考するさ」
「・・・そうか」
頷き魔理沙も席を立つ。
「行くのか?」
「あんたも忙しそうだしな」
箒を片手に背を向ける。
「何の参考にもならなかっただろう?」
「それはそれで収穫もあったし、よしとするぜ」
ちろりと振り向き、口の端をゆがめた。
「せいぜい博麗の『特別』になれるよう、努力でもするのだな」
「そいつは望み薄だぜ」
背を向けたまま、手を振るい。
そして空へと舞い上がる。
紅魔館にでも行こう。
きっとパチュリーが、嫌な顔して出迎えてくれるだろうから。
「いい男でも、いないもんかね」
ため息混じりに言いつつ、彼女の姿は空へと消えた。
古くて短くて。
それの終わりが今の始まり。
故に未だに色褪せず。
だから一番そばにある。
そんなお話。
「なあ」
「なんだ」
この来訪者に何故茶なぞ出したのだろうかと今更ながら思いつつも、上白沢慧音はこたえた。
「好きな人っているか?」
ぶっ。
あまりにも唐突すぎる問いかけに、慧音は口に含んでいた茶を吹き出した。
「うわっ、かかったぞおい」
「っげほ、いきなり妙なことを言うから・・・本は無事か?」
「先にわたしの心配をしろよ」
ハンカチで顔を拭いながら、霧雨魔理沙は文句を言う。
「お前は拭けば大丈夫だろう。本はそうはいかないんだぞ」
彼女はしぶきをかぶった頁を見やり、悲しげに首を振った。
「歴史書の閲覧など許可するんじゃなかった」
「半分はあんたのせいだぜ」
悪びれた風もなく、魔理沙は肩をすくめる。
「そもそもお前が変なことを言い出さなければよかったんだ」
「そうそう、それだよそれ」
よくぞ思い出した、と言わんばかりにテーブルを叩き。
「で、どうなんだ?」
「・・・・・・何故そんなことを聞く?」
「まま、いーからいーから」
「理由無しに尋ねられて、快く返答できるたぐいの問いかけではないぞ」
お膳を拭きつつ、やや硬い声で返答する。
それも終わって魔理沙に視線を戻すと、腕を組みなにやら思案している彼女に行き当たった。返事もないので諦めたのかとも思ったのだが、考えあぐねていただけらしい。
どうやら興味本位の質問でもないようだ。いや、無論それもあるのだろうが・・・
「あんた霊夢知ってるよな、紅白の」
新しいお茶を二人分つぎ、半分飲み干す程度の時間が経過したところで、彼女はようやく口を開いた。
「ああ」
短くこたえる。魔理沙同様、あまりよい思い出のある人物ではないが。
「あいつにはさ、誰もいないんだ」
「・・・妙なことを言う」
呟くような彼女の言葉に、慧音は眉をひそめる。
「お前は奴の友人ではないのか?それに私が知る限りでも・・・」
すきまの大妖怪、人形遣い、紅い悪魔、冥界の姫君・・・
思い返すだに葬送たる・・・もとい匆々たる面々だ。
「ああ、そうだ。わたしはあいつの友達だし、アリスもレミリアもそうだろう。わたしらが神社に出向けば、嫌な顔もせずに茶でも出して、他愛もない話でもしてるだろうな」
揶揄するように、口の端を持ち上げる。
その表情に憮然としつつも、慧音は無言で先を促す。
「でもあいつは、あんたが来てもおんなじことをするだろう。それどころか初対面のやつにだろうとこう言うだろうな。『何か用?お茶でものむ?』ってな」
「話が見えないな」
「要するに、だ」
魔理沙は表情を改め、
「わたしにとっちゃ、友達は友達だ。でもあいつにとっては友達は他人なんだよ」
あいつは世界を、自分と他人とでしか区別してないんだ、と何とも言えない表情で続ける。
「人間を半径100mの円だとするだろう?あいつは30mまでは簡単に踏み込んでくるし、踏み込ませもする。でもそれ以上は入ってこない、入れさせもしない。決して核心に触れてはこないし、触れもさせない。結界でもあるみたいにな」
言い得て妙だろう?と苦笑。
「解せんな」
ようやく彼女は口を開いた。
「何がだよ」
「博麗霊夢が何たるかは理解した。いや、理解したつもりだ。わからんのは・・・」
値踏みするように見る。
「何故お前が私にこんな話をしたかだ」
慧音の言葉に、魔理沙はうっ、と言葉を詰まらせた。
「あまり世間話向けの話題でもあるまい。理由あってのことと推察するが」
「・・・あんたと霊夢が似てる気がしてな」
ようようと、ため息混じりに魔理沙は言う。
「・・・何?」
「だってそうだろう?あんたは随分長いこと生きているのに、離れにひとり住んで伴侶も無し。わたしにはそれこそ解せないぜ。あんたは一人がいいのかい?」
あんたも独りがいいのかい?
そんな幻が聞こえる問いかけ。
はは、と慧音は乾いた笑声をあげる。
「買いかぶりすぎだ。私はそれほどに超越も達観もしてはいないよ」
だが、と彼女は言う。
「お前の言うこともわからんではない。私のはある意味、博麗の巫女よりもたちが悪いかもしれんが」
「ふん?」
彼女の持って回った言葉に、魔理沙は首を傾げた。
「私のそれは自覚的だ」
「それならまだ救いがあるじゃないか」
「余地はないことも自覚している」
「なんでだよ」
魔理沙はいぶかしむ。
「私は妖怪だ」
忘れているかもしれんがな、と慧音は付け加える。
「私は妖怪だが、人間が好きだ。『人間』が好きだ。だがもしも、人間の『誰か』を好きになったとしたら、どうだろう」
『特別』が出来てしまったら、どうなるだろう。
疑問。
だが答えを求める問いかけではない。だから魔理沙はただ聞くだけ。
「無論、何も変わらないかもしれん。今まで通り、里の子らに勉強を教え、里を襲う妖怪どもを退治する生活を続けるのかもしれん」
そして彼女は否定の仕草。
「もしかしたら『誰か』だけを愛してしまうかもしれん。私は妖怪だ。そうなれば今まで大好きだった『人間』に害なす化生となるやもしれん」
『人間』が好きだから、私は私でいられるのかも、しれん。
「悲観的だな」
「楽観などできるものか。代価があまりにも大きすぎる」
そう。
「私は『人間』以上に大切なものを作らんようにしている」
結論は、これなのだ。
「私はそうしなければならない。だから私は一人でなくとも、独りであり続けるだろう」
だからに私に余地はなく、だから私は自覚する。
そして博麗の巫女は。
「・・・あんたはそれで」
そこまで声にし、口ごもる。
何と続けようとしたのだろうか。
幸せなのか。
辛くはないのか。
満足なのか。
寂しくはないのか。
いずれにしても。
「無論だ」
口の端を綻ばせ。
「私は人間が大好きだからな」
「で、結局好きな人はいないのか」
「・・・お前は人の話を聞いていないのか?」
何で今更そんな話がでるんだ、と呆れる。
その言葉に、白黒の魔女がにやりと笑った。
なんとはなしに、ぎくりとする。
「声が違ったぜ、最初の反応」
彼女の言葉に、今度は慧音が言葉を詰まらせた。
よくも聞いている。うわのそらだとばかり思っていたのだが・・・
そんな彼女の様子を見、魔理沙のにやにやは大きくなる。
先ほどまでのお人好しは、最早ここには居ないようだ。
ため息をつく。今日は私もどうかしているのだろう。
だからこれもまた、一興か。
「いたよ」
答えは短く、しかしいつになく穏やかな口調で。
「・・・すまん」
何でもないような、何でもないような、何でもないような彼女の返事に、魔理沙は気まずげに視線を逸らす。
そんな彼女を見、慧音は笑った。声を立てて笑った。
怪訝な表情を見せる魔理沙に、彼女は笑顔でこう告げる。
「嘘だ」
「・・・は?」
間の抜けた、魔理沙の声。
「おや、もうこんな時間か」
呆けた彼女を無視し、慧音は立ち上がる。
「なあ、おい・・・」
「今日は算術だったな。ケイタはきちんと宿題をやっているといいんだが」
魔理沙の声を背に聞きつつも、彼女は里への準備の手を止めない。
「嘘って・・・」
「さて十露盤は何処に置いたかな・・・」
「おいっ」
さすがに魔理沙の声が大きくなる。
ようやく慧音が振り向いた。余程面白かったのだろうか、未だにくつくつと笑いながら。
「嘘って、なんだ?」
どれが嘘なんだ?どこからが嘘なんだ?何処までが・・・
「さてな」
楽しげに、慧音は肩をすくめた。
そんな彼女をう~、とうなり声をあげ、睨み付ける。
だがややあって、その視線が和らいだ。
「なあ」
「なんだ」
ふ、と。魔理沙は柔らかく微笑む。
「あんたは大丈夫だろう。だから・・・」
「生憎、まだまだ思い出なのでな」
彼女の言葉を遮る。
「歴史になったら、再考するさ」
「・・・そうか」
頷き魔理沙も席を立つ。
「行くのか?」
「あんたも忙しそうだしな」
箒を片手に背を向ける。
「何の参考にもならなかっただろう?」
「それはそれで収穫もあったし、よしとするぜ」
ちろりと振り向き、口の端をゆがめた。
「せいぜい博麗の『特別』になれるよう、努力でもするのだな」
「そいつは望み薄だぜ」
背を向けたまま、手を振るい。
そして空へと舞い上がる。
紅魔館にでも行こう。
きっとパチュリーが、嫌な顔して出迎えてくれるだろうから。
「いい男でも、いないもんかね」
ため息混じりに言いつつ、彼女の姿は空へと消えた。
でも魔理沙と上手く付き合える男って希少価値高いと思う。
この慧音は非常にかっこいい。
彼女の人に対する想いや、さらりと魔理沙をあしらう辺りに酸いも甘いも噛んできた大人な雰囲気を嗅ぎ取りました。
魔理沙とは違ったかっこよさ。
私のお気に入りのかっこいい二人が、かっこいい会話でとても満足な一作でした。
>>「いい男でも、いないもんかね」
このセリフで綺麗に落ちがつく魔理沙はやっぱりかっこいい女の子だ。