※この話は、疑われるかもしれませんが、ホラーだったりします。
冥界は白玉楼。 その二百由旬とも例えられる見事な庭園をつい先程まで見事に飾っていた満開の桜が、突然物凄い勢いで散り始めた。
その稀有な光景を古の雅を解する歌人が見ればすこしは気の利いたフォローを入れ・・・られなかっただろう。 まるで滝のように花弁が舞い落ちるその光景には、もはや風流もわびさびもあったものではない。
あっという間に死の森と化していく木立の中にあって、もとより華の色香なぞさっぱりなかった巨木の下にプスプスと煙を立てて転がる影二つ。
ここ白玉楼の当主にして西行寺家のお嬢様、西行寺幽々子とその従者である。
「さいぎょーじゆゆこのはか」と楷書体で仰々しく掘り込まれた立派な大理石の墓石(その『はか』と言う字にマジックで濁点が付け加えられ『ばか』になっている)に頭をつぶされ、ヒキガエルのようにノビている姿には、もはや名家当主の威厳もへったくれもない。 いやもともとそんなもの無かったと言うのが通説ではあるが・・・。
おなじく「ぽちのばか」と書き殴られている、こちらは木製のみすぼらしい墓標に頭をつぶされていた従者が、濁流のような桜の花弁に飲みこまれそうになった事に危機感を覚え、がばとその場に立ち上がった。
目の前に広がる花弁の大洪水に、花咲か亡霊の忠犬は自分達の仕出かした事とは言え、これからの自分の職務を思って「みょん・・・」と情けなく鳴く。
そこで落ち込む暇もあらばこそ、同じくそこら辺にぶっ倒れているであろう主を助けるべく、直ぐに周囲に目をやり、人魂二つ漂う立派な代理石を見つけると、そのまわりの花弁をほじくり始めた。
「幽々子さま~、ご無事ですか~?」
「は~い、も~死んでま~す~」
と、やる気の無い声で間抜けなやりとり。
ぞんざいな手作業で薄桃色の大地を掻き分け、その下に眠る亡霊の姫を発掘。
これで眠るように横たわっていてくれれば、それこそまさに少女幻葬と言った所だが、ぐるぐると目を回し、四肢をだらりと広げて踏み潰された蛙のようにのされているその姿は、さしずめ少女幻滅と言った所か。
自分の主のあんまりと言えばあんまりな、でも良く考えれば普段と大差ないその姿に、妖夢はこめかみを押さえながら大きなため息をつくのであった。
まあそんなこんなで、この春幻想郷を極寒地獄で覆いつくした恐るべき亡霊達の野望は、たった一人の完全で瀟洒な悪魔の僕によって、これでもかと言うくらい滑稽で惨めな結末を迎える事となったのである。
□□□
初夏の日差しが差し込む白玉楼。 その御母屋の縁側から望むのは、冥界でも五指に入ると言われる庭師が丹精こめて整えている、遠く猪脅しの音響く枯山水と、抜けるような蒼空の下、気持ちの良い初夏の風に波打つ緑豊かな葉桜の海。
しかし肘置きつきの座椅子にあさく腰掛け、文字通りこの世のものではない絶景を眺めているはずの幽々子の目にはそんなものさっぱり映っていないご様子。
既に冷え切った茶がなみなみと残っている湯飲みをかかえ、魂だけの存在なのに魂が抜けたかのような目は何を追うでもなく、ときどきほうっと深い溜息を吐く。
たっぷりとした(本人曰くささやかな)朝餉の後、主がずっとこの調子なのが後ろに控える従者をひどく憂鬱にさせていた。
その従者、魂魄妖夢の主は悪い病気をわずらっており、時々発作をおこす。
そして、発作が出る前の幽々子は大体いつもこんな感じになるのだ。
病名、突発的常識度外視無理難題達成願望及び他力本願症候群、通称わがまま。
彼女の主はこの病の重度の感染者であり、かの輝夜姫の五つの難題がかわいく思える無茶を平気で口走り、妖夢を困らせた前科は数知らず。
しかも一度発作を起こすと、その症状によってひどい目に合うのは大概発作をなだめるためにと尽力する妖夢の方であり、つい先日のように主自らひどい目に合うケースは極めて稀なので、病人本人に自覚症状がこれっぽっちもないのが致命的である。 妖夢にとって。
「・・・・妖夢、そこに座りなさい」
「もう座ってます」
「そう・・・」
こんなトンマなやりとりを何度かくりかえした後、幽々子は妖夢の方にふり向いた。
「来た」
妖夢はこれから繰り出される主の傍若無人な発言を思い深いため息をはいた。
先日の一件、自分のわがままで桜の海に沈められて、少しは懲りてくれるかと思っていたのだけれども、現実はそんなに甘くはなかった。
「・・・妖夢、私達幽霊がなんで存在しているか知ってる?」
「え、なんでって言われましても・・・。
そうですね~、死んだ後も花見をしたり食べ歩きツアーを組んだりと未練がましく遊びたおすため・・・」
「こぬぉばかでしがぁあぁ~~~っ!!」
適当にやるきなく嫌味ちょっぴりの従者の返答がその逆鱗にふれたか、冥界を統べる大幽霊は大喝一声。
こう書くと迫力満点だが、そのひっくりかえった声とみょんちきりんなイントネーションのお陰で迫力半分、さらにぐるぐる印の三角形とその下の駄々っ子のようなふくれっ面でマイナス2分の1、つまるとこの迫力あれれ?
ともかく庭師はこの主に従事した覚えはあっても師事をした覚えは無い。
「いいこと妖夢! 私達幽霊は年柄年中ただただお花見したり浜辺でスイカ割りしたりお月見したり温泉入ったりしてればいいってもんじゃないのよ!」
「え、違ったんですか?」
すぱーん!
景気のいい音と共に振り下ろされた幽々子の扇子が庭師の額をしたたかに打つ。
「あつつつつ・・・いきなり叩かれたら痛いじゃないですか~」
「ふう、やっぱり妖夢には幽霊としての自覚が足りてなかったのね・・・」
やれやれと言った感じで頬に手を当て、そのまま深い息を吐く幽々子。
妖夢としては、そのセリフをこの態度でおまけにこの主から言われる事はムカつく事この上ないのだが、ここは世知辛い主従の間、自分の本当に言いたい事はぐっ・・・
・・・・っと、これくらい堪えなければならない。
「そうは申されましても、私は半分幽霊ではありませんし・・・」
「ほらそれ! それがいけないのよ!」
ピッ、と従者の前に扇子をつきつける幽々子。 何がいけないのかと背を反らす従者。
この時妖夢は、またどうせ幽々子のくだらないトンでも理論が展開されるのだろうとタカをくくっていた。 がしかし・・・。
「あなたはいつもそう。 自分は半分幽霊だから、半分は人間だからって言って、結局それを言い訳にしてどちらからも逃げている! そんな事だからウチの庭師はいつまでたっても半人前だってボロクソに言われるのよ!」
「うっ!!」
サクッと正論、・・・ぽい実のところでまかせ。
しかし実際主が思うよりも従者にとってはその一言わりと重く半分死んでいる心臓をゆさぶった。
これぞ攻め時と思った幽々子は、妖夢の鼻先に扇子をつきつけたまま立ち上がり、ズンズンと彼女に歩み寄る。
「妖夢! 私達幽霊の存在意義、それは祟りよ!」
「た、祟りですか・・・って、幽々子様扇子が鼻にあたる! 危ないです危ない!」
「昔は幽霊っていえば、いいえ人間にとって見れば死者であり故人は常に畏れ敬うべき対象だったわ。
私達幽霊がなにか騒ぎをおこせば、人間達は霊が自分達に対して怒っているものだと勝手に考えて、自分達の日頃の行いに非が無かったか深く反省し、心当たりのある悪事悪癖を直していったものよ」
今日と言う今日は何を言われようとも絶対にクールにつっぱねよう、そう心に決めていた庭師は、しかしながら『それって騒ぎを起こす幽霊に問題あるんじゃあ』と反論もできないまま、グイグイと近づいてくる幽々子の扇子になす術もなく追いつめられていく。
「それなのに何よ、こないだ人間は!
こっちがちょーっと春を独り占めしたからって、死者の国に土足でズカズカ踏み込んで来て、それだけでも恐れ多い事なのに、刃わたり五寸はあろうかって包丁で私の事をめった刺しにしたあげく、こーんなおっきな墓石で私のあたまをつぶして行ったのよ! 死ぬかと思ったわ!」
「あの幽々子様? どこから突っ込んだらいいのか困りますが、取り合えず自業自得ってお言葉をご存知ですか?って扇子外して下さい扇子!もう後ろが壁で下がれなくて鼻に当たって痛い痛い、痛いですってば!」
「問答無用!」
妖夢を部屋のはしまで追いつめると、幽々子はその場でくるりと踵をかえした。
突然扇子による圧迫から逃れた妖夢は「みょん!?」と言うまぬけな音を出してその場にひっくり返る。
そんな哀れな従者を気づかう事なんてこれっぽっちも無いまま、幽々子の熱弁はなおも続く。
「だいたい最近の若い者は死者に対する礼儀ってものが無さすぎるのよ。
お彼岸にお墓参りに行かないお盆にはお迎えの馬を出さないお仏壇は埃だらけ。
こないだ冥界3丁目のトメさんが、10年間も線香ひとつ嗅がせてもらえてないって孫の枕下に立ったら、お線香の代わりに殺虫剤ぶつけられたって泣いて帰ってきたわ。
これはもう白玉楼の主として、全冥界に非常事態宣言を出すべきなんじゃないかと思ったり思わなかったり!」
幽々子は一気にまくし立てると、縁側の座椅子に再び腰をおろし、ずずっと冷え切った湯飲みをすすった。
「妖夢、体がひっくり返っていてよ?」
「はい、お陰様で鼻が痛いです」
「と言うわけで、今すぐに幽霊の威厳を取り戻してらっしゃい」
「おっしゃる事の意味がさっぱり解りません」
「そうね、やっぱり半人前には難しい仕事よね」
「なんでそう言う風になるんですか~」
当然の権利としてむくれる妖夢をまるで相手にせず、幽々子は扇子を取り出すと、口元を隠すようにゆっくりと扇ぎながら、今までと打って変わって・・・・いやあんまり変わらないほやーっとした声で静かに語り始めた。
「あなたの祖父にして師、そして冥界一の剣豪と謳われた魂魄妖忌は、彼もあなたと同じ半人半霊の身だったけれども、でもどこぞの半分娘と違って間違いなく立派な幽霊たったわ・・・」
魂魄妖忌、その名を出された瞬間、傍若無人なトンでも理論を展開し続ける主に業を煮やし過ぎ、胃潰瘍で倒れる前にウェスタンラリアートで沈黙させようと画策していた庭師の動きが止まった。
やる気なく彼女の周りを漂っていた魂魄の尻尾がピーンと直立し、己の半身と同じく微動だにせず空中に静止する。
そんな従者の解りやす過ぎる心の動きを、ここ一番で見逃す幽々子ではない。
直接の主の言葉より先代庭師の名前の方が今の庭師の心を動かすのが多少気になったが、しかしそんな事は大事の前の小事、幽々子はたたみ込むように昔話を続ける。
「200年程前かしら、とある国のお殿様が政を疎かにし、税を使って贅沢三昧を重ねて国を荒廃させていた事があったの。
見かねた妖忌が、奥の部屋にある鎧を身に纏い、人魂かついで御殿様の枕下に立った。
彼はそれだけしかしなかったけれども、お殿様はその日から人が変わった様に贅沢を止め、人々のための政をするようになったわ。
そう、私も彼から教えてもらった。 幽霊とは、祟りそのもの。
妖怪や悪魔のように、ただ悪戯に人間を驚かしたり食べるために襲ったりするのではなく、人が道を踏み外してしまった時に始めて幽霊は人間を祟る。
だから幽霊を見た人間は、恐怖とともにその時初めて祟られる程自分が過ちを犯している事に気がつき、悔い改める。 それが幽霊の誇るべき存在意義。
怖いもの等何もない、自分を咎めるもの等何もいないと思い上がった人間をいさめるため、その時のために幽霊は絶対的に恐ろしい存在でなければならない、と・・・」
未熟者の霊魂は口程に物を言ってしまう。 じーっと止まっていたかと思うと、プルプルと小刻みに震えだし、ピーンと伸びてた尻尾がしょんぼりと垂れ下がったり。
そんな人魂の動きを見ながら、扇子に隠した幽々子の口が、『もう少しで落ちそうね』と動いて半分吊り上がったのを知らぬが半分仏。
「いい?妖夢。 私はね、けっしてこの間邪魔されたからってこんな事を言うんじゃないわよ。
ましてやこれでもかってくらい惨殺された事や、はかをばかにされた事なんてこれ~っぽっちも憎んではいないわ。
私の偉大な野望を潰した人間が憎いのではなくて、死者と生者の関係のなんたるかを、幽霊の尊さを理解しない人間がいる。
幽霊を畏れない、即ちあなたの師が目指した霊の在り方を踏みにじる者がいる。 それが、許せないのよ・・・」
げに恐ろしきは幽々子の仕草。 そこまで語ると突然両手の袖で目頭を押さえ、トドメとばかりに、はたはたと音を立てて涙を落とすではないか。
本人はさっぱりくっきり覚えていない筈だが、その昔歌聖としてならした雅人。
その演技完璧に胡散臭く芝居がかっており、しかも本音がぼろぼろとこぼれている。
だがしかし・・・。
「幽々子様。 幽々子様が、そこまで真剣に冥界の事をお考えになられていたなんて・・・」
魂魄妖夢、主の病に苦しむ冥界一従順な従者。
しかし彼女は気付いていない、彼女もまた主と同様の他人から見れば救いようが無い重病に冒されている事に。
慢性的純真無垢思考回路単純一本道症候群。 通称バカ正直。
高額な壷や印鑑を買わされてしまうような人物は大抵煩っていると言われる、その身を破滅に至らせる恐ろしい病である。
ボロボロと音を立てるかのようにその瞳から涙を零す様は、今までの幽々子の胡散臭い話聴いていれば、普通の人間はこれまた胡散臭いと思うだろう、だが・・・。
性質の悪いことにこの庭師、閻魔大王が聞いていれば怒りに任せて舌根っこをひっこぬきそうな程の虚飾で飾られた主の美辞麗句を鵜呑みにしてしまっているため、どこまで行っても本気である。
「私は・・・、っヒクッ。 自分が恥ずかしいです・・・グスッ。
幽霊が、そんな重大な使命を持っていたなんて・・・今日の今日まで何も知らずに・・・」
留まる事無く流れる涙を必死でぬぐい続ける妖夢に、幽々子は聖母のような微笑みを浮かべて歩み寄り、そしてこれまた信じられないほどの優しい声色で言葉を掛ける。
「いいのよ妖夢。 あなたは間違っていたのではない、ただ知らなかっただけ。
だからあなたは悔やむ事も、恥ずかしがる必要もないのよ」
「でも私は、師の元に一番長く居ながら、師の理想を何も知らなかった。
いや、知る事が出来なかった! それが無念でならないのです!」
けがれ一つ無い済んだ蒼色の目が、幽々子のドス黒い炎をともした視線と交わる。
妖夢のその目線をしっかりと受け取った幽々子は、懐より取りだしたハンカチで妖夢の涙を優しくぬぐってやると、今度は100年に一度見せるか見せないかの凛とした表情を浮かべて、今一度己の誇る忠臣と対座した。
「では妖夢。 魂魄の剣を唯一継いだ者として、あなたが今成すべき事。 今のあなたなら、解るわね?」
問われた妖夢は、己の主に向かい一度ふかぶかと頭を下げ、それから今ではしっかりとした炎をともしている瞳を主に向ける。
思い込んだら一直線。 一度心を決めた剣士の瞳にいまや迷いも疑念も有りはしない。 困った事に。
「いい目ね、妖夢。 冥界と幽霊に威厳と春を取り戻す。 大丈夫、あなたなら出来るわ」
幽々子はその艶やかな目を細め、従者の声無き決意を聞きながら満足そうにうなずくのであった。
ここに、ありとあらゆる歴史を食してきたワーハクタクをして「ぶーっ!猛毒!」と言わしめる程の、幻想郷史上例を見ない動乱の火蓋が斬っておとされたのである。
冥界は白玉楼。 その二百由旬とも例えられる見事な庭園をつい先程まで見事に飾っていた満開の桜が、突然物凄い勢いで散り始めた。
その稀有な光景を古の雅を解する歌人が見ればすこしは気の利いたフォローを入れ・・・られなかっただろう。 まるで滝のように花弁が舞い落ちるその光景には、もはや風流もわびさびもあったものではない。
あっという間に死の森と化していく木立の中にあって、もとより華の色香なぞさっぱりなかった巨木の下にプスプスと煙を立てて転がる影二つ。
ここ白玉楼の当主にして西行寺家のお嬢様、西行寺幽々子とその従者である。
「さいぎょーじゆゆこのはか」と楷書体で仰々しく掘り込まれた立派な大理石の墓石(その『はか』と言う字にマジックで濁点が付け加えられ『ばか』になっている)に頭をつぶされ、ヒキガエルのようにノビている姿には、もはや名家当主の威厳もへったくれもない。 いやもともとそんなもの無かったと言うのが通説ではあるが・・・。
おなじく「ぽちのばか」と書き殴られている、こちらは木製のみすぼらしい墓標に頭をつぶされていた従者が、濁流のような桜の花弁に飲みこまれそうになった事に危機感を覚え、がばとその場に立ち上がった。
目の前に広がる花弁の大洪水に、花咲か亡霊の忠犬は自分達の仕出かした事とは言え、これからの自分の職務を思って「みょん・・・」と情けなく鳴く。
そこで落ち込む暇もあらばこそ、同じくそこら辺にぶっ倒れているであろう主を助けるべく、直ぐに周囲に目をやり、人魂二つ漂う立派な代理石を見つけると、そのまわりの花弁をほじくり始めた。
「幽々子さま~、ご無事ですか~?」
「は~い、も~死んでま~す~」
と、やる気の無い声で間抜けなやりとり。
ぞんざいな手作業で薄桃色の大地を掻き分け、その下に眠る亡霊の姫を発掘。
これで眠るように横たわっていてくれれば、それこそまさに少女幻葬と言った所だが、ぐるぐると目を回し、四肢をだらりと広げて踏み潰された蛙のようにのされているその姿は、さしずめ少女幻滅と言った所か。
自分の主のあんまりと言えばあんまりな、でも良く考えれば普段と大差ないその姿に、妖夢はこめかみを押さえながら大きなため息をつくのであった。
まあそんなこんなで、この春幻想郷を極寒地獄で覆いつくした恐るべき亡霊達の野望は、たった一人の完全で瀟洒な悪魔の僕によって、これでもかと言うくらい滑稽で惨めな結末を迎える事となったのである。
□□□
初夏の日差しが差し込む白玉楼。 その御母屋の縁側から望むのは、冥界でも五指に入ると言われる庭師が丹精こめて整えている、遠く猪脅しの音響く枯山水と、抜けるような蒼空の下、気持ちの良い初夏の風に波打つ緑豊かな葉桜の海。
しかし肘置きつきの座椅子にあさく腰掛け、文字通りこの世のものではない絶景を眺めているはずの幽々子の目にはそんなものさっぱり映っていないご様子。
既に冷え切った茶がなみなみと残っている湯飲みをかかえ、魂だけの存在なのに魂が抜けたかのような目は何を追うでもなく、ときどきほうっと深い溜息を吐く。
たっぷりとした(本人曰くささやかな)朝餉の後、主がずっとこの調子なのが後ろに控える従者をひどく憂鬱にさせていた。
その従者、魂魄妖夢の主は悪い病気をわずらっており、時々発作をおこす。
そして、発作が出る前の幽々子は大体いつもこんな感じになるのだ。
病名、突発的常識度外視無理難題達成願望及び他力本願症候群、通称わがまま。
彼女の主はこの病の重度の感染者であり、かの輝夜姫の五つの難題がかわいく思える無茶を平気で口走り、妖夢を困らせた前科は数知らず。
しかも一度発作を起こすと、その症状によってひどい目に合うのは大概発作をなだめるためにと尽力する妖夢の方であり、つい先日のように主自らひどい目に合うケースは極めて稀なので、病人本人に自覚症状がこれっぽっちもないのが致命的である。 妖夢にとって。
「・・・・妖夢、そこに座りなさい」
「もう座ってます」
「そう・・・」
こんなトンマなやりとりを何度かくりかえした後、幽々子は妖夢の方にふり向いた。
「来た」
妖夢はこれから繰り出される主の傍若無人な発言を思い深いため息をはいた。
先日の一件、自分のわがままで桜の海に沈められて、少しは懲りてくれるかと思っていたのだけれども、現実はそんなに甘くはなかった。
「・・・妖夢、私達幽霊がなんで存在しているか知ってる?」
「え、なんでって言われましても・・・。
そうですね~、死んだ後も花見をしたり食べ歩きツアーを組んだりと未練がましく遊びたおすため・・・」
「こぬぉばかでしがぁあぁ~~~っ!!」
適当にやるきなく嫌味ちょっぴりの従者の返答がその逆鱗にふれたか、冥界を統べる大幽霊は大喝一声。
こう書くと迫力満点だが、そのひっくりかえった声とみょんちきりんなイントネーションのお陰で迫力半分、さらにぐるぐる印の三角形とその下の駄々っ子のようなふくれっ面でマイナス2分の1、つまるとこの迫力あれれ?
ともかく庭師はこの主に従事した覚えはあっても師事をした覚えは無い。
「いいこと妖夢! 私達幽霊は年柄年中ただただお花見したり浜辺でスイカ割りしたりお月見したり温泉入ったりしてればいいってもんじゃないのよ!」
「え、違ったんですか?」
すぱーん!
景気のいい音と共に振り下ろされた幽々子の扇子が庭師の額をしたたかに打つ。
「あつつつつ・・・いきなり叩かれたら痛いじゃないですか~」
「ふう、やっぱり妖夢には幽霊としての自覚が足りてなかったのね・・・」
やれやれと言った感じで頬に手を当て、そのまま深い息を吐く幽々子。
妖夢としては、そのセリフをこの態度でおまけにこの主から言われる事はムカつく事この上ないのだが、ここは世知辛い主従の間、自分の本当に言いたい事はぐっ・・・
・・・・っと、これくらい堪えなければならない。
「そうは申されましても、私は半分幽霊ではありませんし・・・」
「ほらそれ! それがいけないのよ!」
ピッ、と従者の前に扇子をつきつける幽々子。 何がいけないのかと背を反らす従者。
この時妖夢は、またどうせ幽々子のくだらないトンでも理論が展開されるのだろうとタカをくくっていた。 がしかし・・・。
「あなたはいつもそう。 自分は半分幽霊だから、半分は人間だからって言って、結局それを言い訳にしてどちらからも逃げている! そんな事だからウチの庭師はいつまでたっても半人前だってボロクソに言われるのよ!」
「うっ!!」
サクッと正論、・・・ぽい実のところでまかせ。
しかし実際主が思うよりも従者にとってはその一言わりと重く半分死んでいる心臓をゆさぶった。
これぞ攻め時と思った幽々子は、妖夢の鼻先に扇子をつきつけたまま立ち上がり、ズンズンと彼女に歩み寄る。
「妖夢! 私達幽霊の存在意義、それは祟りよ!」
「た、祟りですか・・・って、幽々子様扇子が鼻にあたる! 危ないです危ない!」
「昔は幽霊っていえば、いいえ人間にとって見れば死者であり故人は常に畏れ敬うべき対象だったわ。
私達幽霊がなにか騒ぎをおこせば、人間達は霊が自分達に対して怒っているものだと勝手に考えて、自分達の日頃の行いに非が無かったか深く反省し、心当たりのある悪事悪癖を直していったものよ」
今日と言う今日は何を言われようとも絶対にクールにつっぱねよう、そう心に決めていた庭師は、しかしながら『それって騒ぎを起こす幽霊に問題あるんじゃあ』と反論もできないまま、グイグイと近づいてくる幽々子の扇子になす術もなく追いつめられていく。
「それなのに何よ、こないだ人間は!
こっちがちょーっと春を独り占めしたからって、死者の国に土足でズカズカ踏み込んで来て、それだけでも恐れ多い事なのに、刃わたり五寸はあろうかって包丁で私の事をめった刺しにしたあげく、こーんなおっきな墓石で私のあたまをつぶして行ったのよ! 死ぬかと思ったわ!」
「あの幽々子様? どこから突っ込んだらいいのか困りますが、取り合えず自業自得ってお言葉をご存知ですか?って扇子外して下さい扇子!もう後ろが壁で下がれなくて鼻に当たって痛い痛い、痛いですってば!」
「問答無用!」
妖夢を部屋のはしまで追いつめると、幽々子はその場でくるりと踵をかえした。
突然扇子による圧迫から逃れた妖夢は「みょん!?」と言うまぬけな音を出してその場にひっくり返る。
そんな哀れな従者を気づかう事なんてこれっぽっちも無いまま、幽々子の熱弁はなおも続く。
「だいたい最近の若い者は死者に対する礼儀ってものが無さすぎるのよ。
お彼岸にお墓参りに行かないお盆にはお迎えの馬を出さないお仏壇は埃だらけ。
こないだ冥界3丁目のトメさんが、10年間も線香ひとつ嗅がせてもらえてないって孫の枕下に立ったら、お線香の代わりに殺虫剤ぶつけられたって泣いて帰ってきたわ。
これはもう白玉楼の主として、全冥界に非常事態宣言を出すべきなんじゃないかと思ったり思わなかったり!」
幽々子は一気にまくし立てると、縁側の座椅子に再び腰をおろし、ずずっと冷え切った湯飲みをすすった。
「妖夢、体がひっくり返っていてよ?」
「はい、お陰様で鼻が痛いです」
「と言うわけで、今すぐに幽霊の威厳を取り戻してらっしゃい」
「おっしゃる事の意味がさっぱり解りません」
「そうね、やっぱり半人前には難しい仕事よね」
「なんでそう言う風になるんですか~」
当然の権利としてむくれる妖夢をまるで相手にせず、幽々子は扇子を取り出すと、口元を隠すようにゆっくりと扇ぎながら、今までと打って変わって・・・・いやあんまり変わらないほやーっとした声で静かに語り始めた。
「あなたの祖父にして師、そして冥界一の剣豪と謳われた魂魄妖忌は、彼もあなたと同じ半人半霊の身だったけれども、でもどこぞの半分娘と違って間違いなく立派な幽霊たったわ・・・」
魂魄妖忌、その名を出された瞬間、傍若無人なトンでも理論を展開し続ける主に業を煮やし過ぎ、胃潰瘍で倒れる前にウェスタンラリアートで沈黙させようと画策していた庭師の動きが止まった。
やる気なく彼女の周りを漂っていた魂魄の尻尾がピーンと直立し、己の半身と同じく微動だにせず空中に静止する。
そんな従者の解りやす過ぎる心の動きを、ここ一番で見逃す幽々子ではない。
直接の主の言葉より先代庭師の名前の方が今の庭師の心を動かすのが多少気になったが、しかしそんな事は大事の前の小事、幽々子はたたみ込むように昔話を続ける。
「200年程前かしら、とある国のお殿様が政を疎かにし、税を使って贅沢三昧を重ねて国を荒廃させていた事があったの。
見かねた妖忌が、奥の部屋にある鎧を身に纏い、人魂かついで御殿様の枕下に立った。
彼はそれだけしかしなかったけれども、お殿様はその日から人が変わった様に贅沢を止め、人々のための政をするようになったわ。
そう、私も彼から教えてもらった。 幽霊とは、祟りそのもの。
妖怪や悪魔のように、ただ悪戯に人間を驚かしたり食べるために襲ったりするのではなく、人が道を踏み外してしまった時に始めて幽霊は人間を祟る。
だから幽霊を見た人間は、恐怖とともにその時初めて祟られる程自分が過ちを犯している事に気がつき、悔い改める。 それが幽霊の誇るべき存在意義。
怖いもの等何もない、自分を咎めるもの等何もいないと思い上がった人間をいさめるため、その時のために幽霊は絶対的に恐ろしい存在でなければならない、と・・・」
未熟者の霊魂は口程に物を言ってしまう。 じーっと止まっていたかと思うと、プルプルと小刻みに震えだし、ピーンと伸びてた尻尾がしょんぼりと垂れ下がったり。
そんな人魂の動きを見ながら、扇子に隠した幽々子の口が、『もう少しで落ちそうね』と動いて半分吊り上がったのを知らぬが半分仏。
「いい?妖夢。 私はね、けっしてこの間邪魔されたからってこんな事を言うんじゃないわよ。
ましてやこれでもかってくらい惨殺された事や、はかをばかにされた事なんてこれ~っぽっちも憎んではいないわ。
私の偉大な野望を潰した人間が憎いのではなくて、死者と生者の関係のなんたるかを、幽霊の尊さを理解しない人間がいる。
幽霊を畏れない、即ちあなたの師が目指した霊の在り方を踏みにじる者がいる。 それが、許せないのよ・・・」
げに恐ろしきは幽々子の仕草。 そこまで語ると突然両手の袖で目頭を押さえ、トドメとばかりに、はたはたと音を立てて涙を落とすではないか。
本人はさっぱりくっきり覚えていない筈だが、その昔歌聖としてならした雅人。
その演技完璧に胡散臭く芝居がかっており、しかも本音がぼろぼろとこぼれている。
だがしかし・・・。
「幽々子様。 幽々子様が、そこまで真剣に冥界の事をお考えになられていたなんて・・・」
魂魄妖夢、主の病に苦しむ冥界一従順な従者。
しかし彼女は気付いていない、彼女もまた主と同様の他人から見れば救いようが無い重病に冒されている事に。
慢性的純真無垢思考回路単純一本道症候群。 通称バカ正直。
高額な壷や印鑑を買わされてしまうような人物は大抵煩っていると言われる、その身を破滅に至らせる恐ろしい病である。
ボロボロと音を立てるかのようにその瞳から涙を零す様は、今までの幽々子の胡散臭い話聴いていれば、普通の人間はこれまた胡散臭いと思うだろう、だが・・・。
性質の悪いことにこの庭師、閻魔大王が聞いていれば怒りに任せて舌根っこをひっこぬきそうな程の虚飾で飾られた主の美辞麗句を鵜呑みにしてしまっているため、どこまで行っても本気である。
「私は・・・、っヒクッ。 自分が恥ずかしいです・・・グスッ。
幽霊が、そんな重大な使命を持っていたなんて・・・今日の今日まで何も知らずに・・・」
留まる事無く流れる涙を必死でぬぐい続ける妖夢に、幽々子は聖母のような微笑みを浮かべて歩み寄り、そしてこれまた信じられないほどの優しい声色で言葉を掛ける。
「いいのよ妖夢。 あなたは間違っていたのではない、ただ知らなかっただけ。
だからあなたは悔やむ事も、恥ずかしがる必要もないのよ」
「でも私は、師の元に一番長く居ながら、師の理想を何も知らなかった。
いや、知る事が出来なかった! それが無念でならないのです!」
けがれ一つ無い済んだ蒼色の目が、幽々子のドス黒い炎をともした視線と交わる。
妖夢のその目線をしっかりと受け取った幽々子は、懐より取りだしたハンカチで妖夢の涙を優しくぬぐってやると、今度は100年に一度見せるか見せないかの凛とした表情を浮かべて、今一度己の誇る忠臣と対座した。
「では妖夢。 魂魄の剣を唯一継いだ者として、あなたが今成すべき事。 今のあなたなら、解るわね?」
問われた妖夢は、己の主に向かい一度ふかぶかと頭を下げ、それから今ではしっかりとした炎をともしている瞳を主に向ける。
思い込んだら一直線。 一度心を決めた剣士の瞳にいまや迷いも疑念も有りはしない。 困った事に。
「いい目ね、妖夢。 冥界と幽霊に威厳と春を取り戻す。 大丈夫、あなたなら出来るわ」
幽々子はその艶やかな目を細め、従者の声無き決意を聞きながら満足そうにうなずくのであった。
ここに、ありとあらゆる歴史を食してきたワーハクタクをして「ぶーっ!猛毒!」と言わしめる程の、幻想郷史上例を見ない動乱の火蓋が斬っておとされたのである。
>慢性的純真無垢思考回路単純一本道症候群。 通称バカ正直。
酷い(笑
続きが非常に気になる展開です。
まあ、みょんの事ですからアレなんでしょうけど(笑
でもまぁ、みょんですから。
あー
続きを読んでみます(どっちの意味だ
ここでその台詞ですか(笑)