ある晴れた日、レミリアと咲夜は人間の住む里を訪れていた。
里は小さいながらも、通りには行き交う人々が絶えないほど賑わっている。妖怪達が跋扈する幻想郷でこんなにも人間達が活気に満ち溢れているのは、偏に彼女のおかげである。
二人の傍にぴったりと貼りつくように歩を進める少女。
銀のようでいて青みのある長い髪に、紺と白の独特な服装が彼女の容姿を際立たせている。帽子なのかと問いたくなるような帽子を被る彼女こそ、半獣でありながら妖怪の手からこの里を守り続けているの少女である。
現に今も里を訪れた吸血鬼とその従者を付かず離れずと言った感じで二人の事を監視しているのであった。
そんな彼女にレミリアが、「ただ買い物をしに来ただけだから、人間をとって食ったりしなわ。」と言ったら、あからさまに「信じられるか!」と、言いたげな瞳をしながら離れようとしないのであった。
「咲夜。この箱は何?」
通りには、様々な露店が所狭しと並んでいる。
見たり、手に取って触る事の出来る露店を梯子するかのようにレミリアは初めて見る物に目を輝かせながら、一つ一つ見て歩き廻っているのであった。
そんなレミリアの目に止まったのは、綺麗な模様が彫られた手の平ぐらいの小さな木箱であった。開けてみると何やら複雑そうな仕掛けの金属の塊が入っていた。
「それは、オルゴールという物なんですよ。」
「おるごーる?」
「はい。こうやって、このネジを巻くと音楽が流れるんですよ。」
レミリアからオルゴールを受け取った咲夜は、底にあるネジを巻き始めた。
カチカチと音を立てて巻くこと数回、箱から透き通るような音が聞こえ始めた。何十という違う音達が演奏し合い、一つのメロディーを作っていた。
咲夜より受け取ったオルゴールをレミリアは不思議そうに色々な角度から見ていた。子供が新しいおもちゃを手に入れた時のように幼く、無邪気であった。
咲夜と慧音は顔を見合わせながら苦笑するのであった。自分達より遥かに長く生き、運命さえ操れる絶大なる力を持つ吸血鬼の少女。
しかし、自分達の目の前にいるのは幼い少女そのものである。
咲夜はそんな主人を温かい眼差しで見守りながら、露店の主人にお金を払うのであった。
*
レミリアは、咲夜に買ってもらったオルゴールを膝に置きながら茶屋で休んでいた。休んでいると言っても、何を食べるわけでも頼むわけでもなく座っているのである。
手持ちなさげに足をぶらつかせながら、ただ行き交う人の流れを日傘越しに眺めているのであった。
咲夜はというと、お茶の葉やケーキの材料といった食料から日用品の予備の買出しに出てしまっている。慧音も何時の間にか居なくなり、レミリア一人で何をするでもなく座っていた。
買い物は二時間ほどで終わると咲夜は言っていたので、それまでは自由時間である。まだ見ていない露店を見に行きたいが
、午後の三時という時間もあって通りはさっきより混み合っていた。
その人の流れに入る勇気も無く、退屈な時間を茶屋で過ごしているのであった。
「全く、人は何でこんなに慌しいのかしら。」
行き交う人々の中には、忙しなく走り回っている者もいる。それは、レミリアにとってあまりにも理解できない光景であった。
500年という長い年月を生きていきた吸血鬼の少女にとって、時間というものはあまりにも長く無に等しかった。それ故に、短命な人間の行動を理解出来る筈が無かった。
絶え間無く行き交う人々。
強い日差しの照りつける中、楽しそうに話し合う人々。楽しそうに笑う人々。誰もがその一瞬を生き、人生を謳歌している。人々から満ち溢れる「生」という力。
人にとっては活力、活気と言われる正の波動はレミリアにとっては瘴気、毒気のように感じられた。
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
俯いていたレミリアの顔色を窺うようにしゃがみ込む一人の老婆の姿があった。顔には深いしわ、髪は銀髪とは違う光沢のある白髪。そんな老婆が心配そうにレミリアの顔を覗いていた。
「・・・ええ、少し人混みに揉まれて疲れただけですので、お気になさらず。」
見ず知らずの人間から話しかけられて少し驚いたレミリアだが笑顔で辺り障りのない対応をした。しかし、老婆は安心するどころか深いしわをさらに深くするのであった。
老婆が心配するのももっともである。茶屋の長椅子で何も頼まず座って居るだけならまだしも、額に玉のような汗が浮かばせながら、青白い顔をしているのだから。
そんなレミリアを行き交う人々も心配そうに目を向けるだけで話しかる事は無かった。
美しいとさえ思う銀の髪に、白すぎる肌。それをさらに浮きだたせるような紅い服と帽子、そして燃えるような紅い瞳。幻想、空想の中から出てきたとしか思えないその少女に皆が声をかける事を躊躇させていたのである。
しかし、老婆はごく当たり前のように少女に話し掛けるのであった。
「もし、よろしかったら家でお茶でもどうかしら?お嬢ちゃん。」
老婆はそのしわだらけの顔を歪ませ、微笑んでいた。
老婆が自分の体調を気遣っている事は、流石のレミリアにも分かった。それが老婆の持つ何者も包みこむような優しさだという事も。
「どうせ暇だからお呼ばれするわ。お婆さん。」
「ふふふ。素直じゃないわね。」
すっと出された痩せ細った老婆の手。
その手を握り立ちあがるレミリアはその硬く、弾力の無い決して綺麗とは言えない手に何とも言い難い安心感を覚えた。それはまるでいつも自分の傍に居て、慕ってくれる一人の従者の手のような暖かさを持った手であった。
「じゃあ、行きましょうか。お嬢ちゃん。」
手を引かれながら歩き出すレミリアはしばらくの間、その柔らかな雰囲気を持つ老婆の背中を見つめるのであった。
―――これは、初めて里を訪れた吸血鬼の初めて話した人間とのお話
―――これは、レミリアの出会ったちょっとした運命の悪戯
― * ―
歩く事、数分。レミリアは老婆、凪の家を訪れていた。
その家は、里には不釣合いな感じのする洋風な趣のする造りで一際目立つ白い屋敷だった。レミリアの住む紅魔館とは違う白い館は日の光を浴び、その白をさらに白く印象付けさせていた。
屋敷の中も清楚な感じのする白を基調とし、様々な飾りが施されていた。
大きな窓から日の光が入りエントランスはとても明るく眩暈を催しそうになほどである。実際、レミリアはその明るさにパチュリーのように目を細めていた。
吸血鬼であるレミリアにとって光で溢れるこの館は危険で一杯であった。
館の中なので日傘を差すわけにもいかず、窓から入る日の光を避けながら凪に付いて行った。
日の光の当たらない所を選びながら、歩くレミリアを凪には遊んでいるようにしか見えなかったようで、その柔和な顔を緩ませながら自室に向かうのであった。
「ごゆっくり。」
ベットの近くにあるこれまた白いテーブルに白いティーカップを置きながら、白と青の服を着たメイドは部屋を後にした。
案内された部屋はレミリアの部屋より少し小さいものの、凪が一人で使うには広すぎる感じがする部屋であった。
その部屋には、ベットとクローゼット、テーブル、本棚、柱時計といういった生活に最低限必要な家具しか置かれておらず、部屋の大きさのせいか殺風景に感じられた。
それにしても、見渡す限りほとんどが白に統一されていた。
「白は嫌いかな?レミリアちゃん。」
「いえ。むしろ、好きな方です。・・・ただ、ここまで白い物が多いと」
「眩しいって、感じるでしょ。」
「・・・ええ。」
そう答えるレミリアに、凪はベットに腰掛けながら笑っていた。この館を訪れる大体の者がそう感じるのだと凪は言う。
当の凪は生まれた時からこうなので慣れてしまったという。
壁は茶と白のストライブで部屋を包み、天井は白一色でとても広く感じられる。そして、床には部屋が引き締まるような赤の絨毯が敷き詰められている。
赤い床が白をより一層際立たせ、白い部屋が赤い床によって存在感を持たせていた。
だからか、そのか細い手を持ち上げ紅茶を飲む凪の姿が希薄に感じられたのかもしれない。
目の前に置かれたティーカップを掴み一口含んだ。飲んだ瞬間、口の中に広がる良質な紅茶の味、茶葉もちゃんと開ききっていて鼻腔をくすぐる秋という季節を感じさせる芳醇な匂いが広がる。
味、香りともに咲夜の入れた紅茶に負けないぐらいの美味しいお茶であった。でも、いつも飲んでいる紅茶より少しほろ苦く感じ、レミリアは少し眉を細めた。
そんな微妙な表情の変化に気付き、凪はまた楽しそうに微笑むのであった。
「あれは、何?」
なんとなく居心地の悪さを感じたレミリアが視線を移した先には大小様々な大きさのした紙が壁に飾られていた。額に入ったその紙には、不思議な事に小さな人がたくさん映っていた。
「それは写真というの。」
その写真と言われる紙はカメラという機械を通して出来るという。
そのカメラという物を使い、その時の光景を一枚の紙として保存する。人の記憶とは違って、その紙が失われるまでいつまでも忘れる事無く、その時の光景を記憶し続ける。
昔、咲夜が人間の世界には歴史書や魔術書といった大それた記憶物の他に一個人が簡単にその時の思い出、記憶として保存できる機械があると言った事を思い出した。
壁の写真の中には、古く色の褪せてしまった物や変色してしまっている物も多々あった。
そして、その写真には必ず一人の女性が映っていた。
揺り篭中で、こちらを見つめる小さな赤ん坊の写真。
大きな手を嬉しそうに握る小さな手の少女の写真。
同じ背丈の少女達と肩を並べて笑う栗毛の女の子の写真。
一人の男の子の隣で顔を赤らめる女の子の写真。
大きな白い屋敷を後ろに黒い服を着た凛々しい男性に幸せそうに寄り添うよう白い華やかな服を着た女性の写真。
たくさんの子供達に囲まれて慌てる男性とそれを微笑ましく見る女性の写真。
女性より背が高くなった子供達に囲まれるように、椅子に座る白髪の男性と女性の写真。
メイドと共にこちらを見つめる一人の老婆の写真。
それは凪という人間の人生であった。
一つ一つの写真が まるで、その女性の歴史のように彼女の人生を記していた。右端から徐々に成長していく凪。そして、壁の真中を境に年老いていく凪。
100年にも及ばないその人生の歩はとても満ち満ちたものだったに違いない。どの写真にも楽しそうに笑う凪の姿。そして、たくさんの幸せそうな姿で写る人々の姿。
「・・・・・・・・・」
レミリアは席に戻り、すっかり冷めきってしまった紅茶を静かに飲むのであった。
500年という年月を生きてきたレミリアにはその写真を見続けることが出来なかった。人の命の灯火、その一瞬なのにも強く輝く明かりは日の光より眩しく、暖か過ぎた。
冷めきった紅茶は先程よりほろ苦く切なかった。
すっかり日は傾き、水平線の彼方へ半分ほど沈んでいた。
窓から差す紅い日の光。部屋の隅まで伸びるその影は赤い絨毯をより紅く、白い壁を暖かな紅で包みこんでいた。
「そろそろ、帰らなくちゃ。」
部屋の一角には大きな柱時計があり、大きな振り子を揺らしながらかちかちと時間を正確に刻んでいる。
その針はすでに六時を回っていた。
席を立ち上がる際、凪の持つカップに入ったスプーンが静かに音を立ててカップの淵を滑った。
ドアへ向かう間、凪もレミリアも一言も会話をしなかった。話さなくとも二人の間には吸血鬼や人間という垣根を越えて通じ合える何かがあった。
「さようなら、凪。」
「・・・・・・・・・」
返事の無くとも、老婆が別れの挨拶をしてくれたような気がした。
レミリアもそんな彼女の返事を聞いたかのように静かにドアを閉めた。
夕日が差し込む部屋の中、ベットに腰掛ける老婆は疲れて眠ってしまったのだろうか、その瞼は静かに閉じられていた。
日が照らし出すその横顔に安らかな微笑を残して・・・
静かに歩みを進める足音は長く白い廊下に静かに反響する。
昼間の喧騒がまるで嘘のように静まり返っている。昼と夜の合間に誰もが、今日一日の出来事を整理し自分の存在を確かめるものである。
そして、明日へと自分を繋いでいく。それを繰り返し人は生きていく。
その限りある時間の中で・・・
*
待ち合わせの茶屋に行くと長椅子に大きく膨らんだ袋を置きながら直立不動といった感じで立つ少女が姿があった。
その少女、咲夜の額には青筋がぴきぴきと立ち、夕日のせいもあってか修羅のような鬼の形相が浮かんでいた。
「さ、咲夜、待った・・・?」
「・・・・・・・・・」
恐る恐る尋ねるレミリアの声は語尾が聞き取れないほど、小さく萎縮していた。
依然、ピクリとも微動だにせず、その蒼く透き通るような強い意思の灯った目で自分の主人を睨んでいた。傍からは幼い妹を咎める姉にも見えそうであるが、二人の間にはそんな和やかな雰囲気は無かった。
実際、数秒しか経っていないのだがレミリアには数分、数十分という長い時間に感じられた。
「お嬢様。」
「!」
振り上げられた手に思わず目を強く瞑る。
次の瞬間に来るであろう衝撃に構えるが、・・・いつまで経ってもその衝撃は来る事が無かった。
代わりに、
ぽふっ
優しい衝撃の後、頭に感じる暖かな感触。
「せっかく、咲夜がお嬢様にプレゼントした物なんですから、もう置き去りにしないでくださいね。」
そして、いつの間にかレミリアの手には小さな四角い箱が置かれていた。見上げる咲夜の顔はいつものように穏やかでいて暖かい顔であった。
そういえば、凪について行く時にオルゴールをこの茶屋に置き忘れていた事に気が付き申し訳無い気持ちで一杯になった。
もう一度見上げた時、咲夜は顔を少し赤くしながら違う方向を見ていた。自分らしからぬ言葉に照れているのであろう。
そんな可愛げのある咲夜の一面を見て、とても可笑しくなった。咲夜もそんなレミリアを見てますますリンゴのように顔を赤らめるのであった。
「ほ、ほら、お嬢様。行きますよ。」
ごまかすようにスッと出される白く木目細かな咲夜の手。
その顔はまだ赤くムスッとしてながらも、ちらちらとこちらを見ている。その光景を心の中で微笑ましく思いながらその白魚のような手を握り返す。
その手はこの町で出会った一人の老婆の手と同じ暖かさを持っていた。
全てを包みこむでいて、周りを暖かく見守ってくれるそんな手である。
「行きましょうか。お嬢様。」
「ええ。」
大きく膨らんだ袋を片手に歩き出す咲夜。
もう一つの手を絡ませながら歩く二人の影は静まり返った通りに大きく伸びていた。
握り合う手が大切な者を確認するかのように強くしっかりと結ばれている。
例え、その手をいつか握る事が出来なくなっても、それは無くなったのではない。
自分の心の中で生き続けると言う事。
そう、この里で出会った一人の人間がレミリアの心の中で生き続けている事と同じように。
それは変えようの無い、避けられない運命。
手に握るこの温もりがある限り、咲夜との思い出はこれからも紡いで行こう。
いつか失う事になるのは分かっている。
しかし、それまではこの暖かな手を力いっぱい握り締めていよう。
いつか訪れる別れの時も、笑顔でいられるように・・・
―――これは、初めて里を訪れた吸血鬼の初めて話した人間とのお話
―――これは、レミリアの出会ったちょっとした運命の悪戯
さてちょっと気になったところ一つ。
>そういえば、凪について行く時にオルゴールをこの茶屋に置き忘れていた
>ままであった事に気が付き申し訳無い気持ちで一杯であった。
この文章を、
>そういえば、凪について行く時にオルゴールをこの茶屋に置き忘れていた
>事に気が付き申し訳無い気持ちで一杯になった。
に変更していただけると、前後の文脈にすんなり溶け込むと思います。
もちろん月下の門を『推す』にするのか『敲く』にするのかのレベルですので、もし宜しければ程度の意見とお受け取り下さい。
内容の薄い感が取れないと感じておられるようですが、自分の感じたところを一つ述べさせて頂きます。
読んでみると、一文中に表現が詰め込み過ぎに見える箇所がちらほらあります。表現が詰め込み過ぎ、というのは二つの文に分けて書いたほうがいいのでは、という意味です。一般に一つの文中に動詞や形容詞・形容動詞を多く組み込もうとすると難しいです。人物の動作や気持ちは継続時間があることもありますから、文章中の時間の流れを表現しにくくなるからだと思うのです。
読者にうまく時間の流れが伝わらないと、なんか文章が読んでて無機質になっちゃいます。そのせいで文章の緩急があまりないように見え、山場が盛り上がらないというのも原因にあるのかも。
と、長々と偉そうに語って申し訳ないです。あくまで自分がそう思っただけですので、流してもらって全然構いません。もしも参考になるだけの価値があったら幸いです。
人間の生命は吸血鬼と違いとてつもなく短命。
確かに、人はその短い生の中に色々と思い出を作ろうとします。
その思い出を一つの形にするのに写真が使われる。
例え思い出が形になったとしても、その思いはなくならない。
人間とは、儚く忙しい生き物ですね。
でも、それが人間の一つの生のあり方なんでしょう
配役にレミリアを引っ張ってきたのは上手いです。