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また一人、誰かが倒れた音がした。
図書館の主であるパチュリー・ノーレッジは、本から視線をずらしてそれを軽く確かめる、
髪が短く、まだ背も低い若き小悪魔が、全身から濁流のごとく汗を流しながら倒れていた
その後に指を一鳴らしすれば、髪の長い小悪魔が倒れた小悪魔を魔法陣へと放り込む、
断末魔のような声を上げながら泥沼にはまった兎のごとく沈んでいく小悪魔、
ただの魔界送還ではあるのだが、苦しみもがく様は悪魔なりのサービス精神か。
紅魔館地下書斎、通称ヴワル魔法図書館、かつてはパチュリーの個人的な書斎だったが、
紅霧異変によってその存在と規模のすさまじさが知れ渡ると共に勝手にそのような通称を付けられ、
今では魔法使いはおろか、紅魔館と縁のある者達がこぞって使用する通称通りの図書館となってしまった。
しかしこの図書館、地下にあって通気性が悪い為に欠点が存在する、
一つは熱が逃げにくい、もう一つは湿気がこもりやすい。
七月、この図書館の体感温度は四十度を軽く超えていた、天然のサウナである、
パチュリーはテーブルを冷やし、自らの周囲のみ快適な空間を作り出してそれを凌ぐが、
問題はここに住み着いている小悪魔達である、未熟ゆえに小悪魔な彼女たちに
この暑さを凌ぐすべは無く、無理矢理にもあるとするならばそれは根性と気力に他ならない。
すでに魔界にまでその通称が広まっているヴワル魔法図書館は、
昔から立身出世を狙う新進気鋭の小悪魔達に大人気の修行地であった、
読み放題のグリモワール、屋根もあるし居座っても何も言われない、
現在では来訪者と実戦形式で訓練もできる事が、人気にさらなる拍車をかけている。
しかしそんな小悪魔達を容赦なくふるいにかけるのがこの地獄の夏だ、
これを一度耐えて司書見習い補佐となり、二度耐えて司書見習い、
三度耐えてようやく一人前の小悪魔と認められ、パチュリーから図書館の司書補佐の職と、
髪を肩から下に伸ばす権利が与えられる、すなわち髪の長い小悪魔ほど古参なのである。
当然ながら、図書館の夏を一度でも耐え抜くというのは至難の業である、
図書館の司書補佐の経験があれば魔界のどんな有名企業にでも就職できると言われており、
春に幼悪魔学校を卒業した幾多の小悪魔達が、希望を胸に図書館へと足を踏み入れる、
しかしそのことごとくが夏の暑さに心をへし折られ、魔界に帰って身の丈にあった仕事につくのだ。
そしてこの図書館には、五十年以上もの間夏を越え続けてきた小悪魔がいる、
彼女はパチュリーから司書長の座を任されるどころか、主従契約をするまでに至り、
ロイヤルフレアの真っ只中でも平然と本の整列を行う姿はアークデーモンにすら例えられる、
恐らくは核爆発にも耐えるであろうとのパチュリーの推測から、コアという名まで頂戴し、
その腰まで届くロングヘアーと合わせて、他の小悪魔達からの尊敬の眼差しが絶えない。
そしてまた一人、誰かが倒れる音がする。
コアがその小悪魔の元に駆け寄り、無事かどうかを確認する、
そして送還しようと魔方陣を開いたとき、小悪魔は腕を突き立てて体を起こし始めた。
図書館の夏に心をへし折られぬ小悪魔などいない、
大事なのは折れてなお、立ち上がれるかどうかなのだ、
倒れた小悪魔はひざに手を立てて起き上がり、新たなる一歩を踏み出す、
彼女のつらく苦しい戦いはこれから始まる、それでもその姿には希望を見出さずにはいられなかった。
そんな頃、紅魔館の門前では門番こと紅美鈴が夏と真っ向勝負をしていた。
かつてありとあらゆる中国武術を極めるため、様々な苦行にその身を投じた美鈴だが、
その美鈴に今までで究極の苦行と言わしめたのが、言わずとも知れぬ門番である。
夜明けから日没まで常に降り注ぐ太陽からの残酷なる直射日光、
地面から立ち上る湯気のような熱気、そして真綿に全身を包まれたかのような湿度、
あの図書館のコアですら五分と居たくないと逃げるほどの場所であり、
その残酷さと無慈悲さはタクラマカン砂漠をもオアシスと思えてしまうほどである。
さらに苦行となるのは肉体的なものだけではない、
館の前に広がる巨大な湖、この暑さの中、水の中へと飛び込めばどれほどの快楽なことか、
しかし門番にはそれが許されない、そのことが精神に及ぼす影響は計り知れない。
美鈴は五分に一度、体内の気を震わせて全身の汗を吹き飛ばす、
飛び散った汗が空中で蒸発し、視界が蒸気で覆われる、
だがこの地獄の中で美鈴は喜んでいた、この門番という仕事をこなし続ければ、
己はまだまだ強くなれると、そう確信しているのだ。
ゆえに彼女は立つ、門前に、ゆえに彼女はこなす、門番の業を。
そんな門番の様子を、メイド長こと十六夜咲夜は呆れながら見つめていた。
ただの人間にとってこの夏というのは非情なる物、
完璧を自称する彼女は汗一つかくことを許されず、
額に汗が流れようものなら時を止めてそれを拭わねばならない、
だがこの暑さである、拭うという運動によりさらなる汗が生まれ、
ようやく汗を拭いきった時には服が汗でしめっているのだ、
一日に三桁もの着替えをせねばならない彼女にとって、この繰り返しは無間地獄にも思えた。
しかし咲夜は今日こそその繰り返しに終止符を打たんととある場所に来ていた、
浴場である、これから己がすることに咲夜は胸を躍らせながら、一枚一枚服を脱いでいく。
やがて最後の一枚を脱ぎ終えて、その下着を眼前にひらつかせる、
汗でぐっしょりと濡れたそれを見て少し深い気持ちに浸りながらも、
やがて軽い微笑と共に投げ捨てて、咲夜は浴場へと歩を進めた。
洋風の浴槽、浅く広く、すり鉢上に作られたそれに注がれているのはただの水、
咲夜は恐る恐るその水面に右足の爪先で触れる。
瞬間、電撃にも似た感触が足先から脳髄まで駆け上がり、
その口から喘ぎ声が少しだけ漏れる。
足を離した咲夜は唇に指を当て、まるで大好物を目の前にした獣のような笑みを浮かべた、
この中に飛び込んだらどうなるか、それを考えるだけで身体が火照り、熱くなる、
それでも急く事はせずに、じっくりと入念に身体をほぐし、準備を整えた。
浴槽に背を向けて、縁に立つ、
両手を水平に広げて、体を後ろに傾ける、
誰も邪魔できぬ時の凍った空間の中、十六夜咲夜は最大の快楽に身を浸す。
大きな大きな水音と共に、少女の艶かしい喘ぎ声が長く長く響き続けた。
太陽が地平線の先にその身を隠しても、夏の暑さはどこにも消えず。
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは天高く舞い上がり、
今宵の月を真正面に置いて、夏というものを全身で感じていた。
やがてレミリアの大きな翼は閉じられ、彼女の身体は重力に引き寄せられる。
落下という束縛の無い世界、ほんのり湿った体と服の間を駆け抜ける風、
その身の回転を制御しようともせず、レミリアはただただ落ちていく。
空を飛べるものだけが味わえる悦楽、身体の隅々まで入り込んでくる涼、
目を瞑り、その心地よさに意識を委ねる、風の音が脳内を駆け巡り、
やがて全身を強く打ちつけた痛みと何かが衝突したような音によって締められる。
レミリアは軽く舌打ちをした、自らの体の下にある天井の凹み、
周りを見渡せば同様のものがすでに二桁分の数ほどある、
明日の咲夜からの小言を考えると打ち付けた時よりも頭が痛い。
拳を顎に当てて考える、夏だからこそ味わえるあの悦楽、
それに長く浸り続けるにはどうすればいいのか、
導き出された答えは単純である、より高く飛べばいい。
レミリアは翼をこれでもかと広げて天高く飛び続ける、
雲を超えてもなお高く、視界の片隅に冥界が見えてもなお高く、
やがて飽き果てそうなほど飛び続けたとき、レミリアは己が身に絡みつく冷気に気づく。
高い空ほど空気は冷たい、それは五百年生きた少女が新たに得た知識、
ならばもっとと、レミリアは更なる高みへ、暗くなった空を昇り続ける、
より涼しく、より冷たく、究極の悦楽を得るために、より長く味わうために。
冷凍された吸血鬼が紅魔館の天井を貫くのは、それから暫くしての事である。
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小悪魔がひしめく図書館……想像すると小悪魔達の可愛さにニヤニヤします。
そして美鈴の過酷な環境に耐える肉体と精神が凄いですね。
皆それぞれの暑さの対応とかがあって面白かったです。
なんでわざわざ建物の上に落ちるんだ。
小さいのからおねぇ様まで居ると想像するとなんかこうm(ry
あと咲夜さん着替えすぎ
ちょっと水風呂に入って喘いでくる!
汗を書く>漢字はいりません。「汗をかく」でOKなはずです。
無間地獄>「無限」の間違いでしょうか。堂々めぐりという意味ならこちらではないでしょうか。
いえいえ、こんな誤字など気にならないくらい面白かったですねぇ。
暑さが伝わってくるー。うだるー
そしてこれは面白いコアw
水位50%を切り、夏本番前だというのに早くも断水直前まで…
幸いギリギリで雨がダム付近にも降って、断水回避されましたが…
↑あまりのひどさに全俺が泣いたw
まあこの時期はどこもダムが大変ですよね
ただでさえ雨が少ないというのに、水の利権関係とかもう色々複雑らしいから・・・
ロイヤルフレアので司書の仕事を平然とできるこぁでも5分ともたない門番の辛さが想像の限界を超えたw
あとおぜうさま、生身で成層圏突破おめでとうございます^^
だがいまなら作品と読者の感情がシンクロしすぎる!!
>20
コメにコメすまん
無間地獄もちゃんとあるぜ
あ、あと蛇足だけど
図書館の名前はヴワルじゃないよ
公式(三月精?)で訂正入ってたらしいし。
コアとかヴワル魔法図書館とかは二次で定着した設定を、
メタ的にネタにしてるんじゃなかろうか。
惜しむらくは東北在住なので筆者に共感しきれないこと。
来年、関東に引っ越した後でまた読みに来るヨ。
あと愛媛マジで頑張ってください!!!
咲夜さん自重www
門番は確かにどうしようもないわww
愛媛県どうなってんだ……
凍って落下してくるおぜうさま....
熱いのにはかわりないんですけど(笑)
なんか、コアーって両手あげて威嚇する様からとったのかと思ってた。
なんか、コアーって両手あげて威嚇する様からとったのかと思ってた。
オチwwww
小悪魔に関する解釈に思わずニヤリとしてしまいました。
中国凄い。
喘ぎ声自重w
お嬢様…。
>タグ
フイタw
幻想と空想の混ぜ人氏は愛媛県民でいらっしゃいましたか!
松山近辺の水不足は慢性的ですからね…
今年の渇水は何とか凌がれたご様子。
だが来年以降も油断は出来ない。
がんがってください。(新居浜在住者より)
確かに夏場は着替える回数が増えますね
服や時間の都合がつけば、二桁は着替えたくなります
>>.20
常用外ではありますが、汗を掻くという字もあるにはあります
と付け足してみる
今年もそろそろ暑くなってきましたね。
でも暑さはどうしようもない!
水不足? 水道代は月定額だから今も流しっぱn