盃を満たす美酒に映ろう
揺れる 揺れる 宵闇の月
踊る 騒ぐ 宴会の夜に
遠く 浮かんでいる
「これはなんとも、風流だねぇ」
気まぐれに催し、気まぐれに始まる、それが博麗神社の宴会。
人間、妖怪、鬼など多種多様の種族が集まりそれぞれの仲間と朝まで呑み明かす。
そこに種としての隔たりなどなく皆一様に思い思いに楽しんでいる。
今宵、満たされた月の下で執り行われた大宴会、そんな中で一人縁側に座っていた萃香がぽつりと言葉を漏らした。
大勢で盛り上がるもよし、一人感慨深く呑み明かすもよし、それが宴会の醍醐味というやつだ。
「こんなところに一人でどうしたの?」
そこに現れた霊夢は酒瓶を片手に萃香の隣までまで歩いてきた。
足元が少々おぼつかない様子でふらふらと体を揺らしている。
何度か危ないそぶりを見せたがさすがは霊夢、酔いには慣れているのだろう。
しかし若干頬が薄紅色に染まっている、長い間呑んだようでもうだいぶ酔いが回ってきているようだ。
「いや、なんだか今日はあんまりに月が綺麗でさ、一ヶ月ぶりの満月よね」
「月が一ヶ月に一回満月になるのは当たり前でしょう? ふふ、酔っ払ってるんじゃない?」
ここは境内とは少し離れているため周囲の喧騒があまり気にならない。
だからこそ二人の声はとてもクリアに聞こえる、まるでそこは二人だけの宴会のように。
萃香は虚空に浮かぶ煌々と蒼く輝く満月を見上げながらまた盃を傾けた。
「月はあんなに遠くにあるのに、盃に映った月はすぐ手に取れる
それなのに本物と変わらないぐらいに美しいのは、どうしてだろうね」
「水面に映る月っていうのは本物に負けないぐらい美しいじゃない
ふとした波で光が乱反射し幻想的な景色が生まれる、こんなふうにね」
霊夢は自らの盃を清酒で満たすとそれを軽く揺らして波を立てた。
そこからはとたんに柔らかな光が溢れ出し、月明かりの下といえどやや薄暗い縁側と、すぐ背中の社を照らした。
その後、萃香の盃にも酒を注ぐとその端と端を軽くぶつけ合った。
衝撃で端から少しこぼれたがそれもまたよし、飛んだ雫は一瞬だけでも美しく輝くとすぐに地面の闇へと吸い込まれていった。
「こういうときはなんていうんだっけ」
「君の瞳に乾杯、だわ」
「それ、なんか違う」
あはは、と、どちらからともなく笑うとまた盃を乾かした。
「ふふ、霊夢ってば、もう霊夢のほうが酔っ払っちゃってるんじゃない?」
「いいのよ、これは神酒なんだから、人々は酔っ払うことによって神様との交流を深めるんだから
宴会がこんなにも誰彼構わず盛り上がるのはやっぱりこういうことなんだなって思うわね」
「お酒が美味しいからじゃない?」
「あ、それもあるわ」
さぞ愉快そうな笑い声が静かな縁側で弾んでいる。
たまには静かに呑みたいと思っていた萃香も霊夢も、やはり酒の力には敵わないようだ。
呑んだ者は皆例外なく気分がよくなってあれよこれよとお喋りになる。
宴会で誰一人として輪から外れず、何の隔たりも無く盛り上がる理由、それはお酒を呑むことにより心が開くからなのかもしれない。
一人で飲む酒も美味しいかもしれない、ただ苦楽を共にした仲間達と語り合いながら呑む酒はまた格別だ。
こうしてお互いに心を開きあうからこそ友情が深まるというわけだ。
「やっぱりいいわね、宴会は」
「そうでしょう? だからやっぱり毎日やろうよー」
「それは嫌よ」
「どうして?」
「だって片付けが大変じゃない、皆そのまま帰っちゃうんだから……」
霊夢が苦虫を噛み潰したような顔をする。
宴会後の散らかりようは凄まじいものがある。
幻想郷の呑兵衛達がドンチャン騒いだ後だ、この掃除は毎回ほとんど霊夢が一人でやっている。
それを思い出しただけでも酒が不味くなると言って、残りの酒をぐいっと一気に流し込んだ。
「ま、今は嫌なことも忘れて楽しまなきゃ損じゃないの、ね?」
「それもそうだね、ふふ、霊夢らしい」
「当たり前よ、ほら、もう一本いくわよ?」
「おー、どこまでも付き合おうじゃないの、それこそ朝までね」
月に向かって掲げられた盃が再び交わる、そうして今夜も更けていった。