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私の可愛い妹――フランドール・スカーレットはうなだれていた。
小さなその手には魔道書が広げられていた。フランは分厚いその本をぱらぱらとめくり、今読んでいる本が目当てのものではないことがわかると、一つ大きなため息をついて巨大な本棚に戻した。
呼応するかのように、フランの頭に生えた、二つの大きな獣の耳が、ぺこりと伏せられた。
返した本のすぐ隣の辞書モドキを取り出して、流し読みする。そして、フランは元気なく、またその魔道書を無数の本の群れへと返す。
フランはせっせと飽きることなくその作業をリフレインしていた。
フランのスカートの後ろ側に開けられた穴から垂れている、ふさふさとした灰色のしっぽが力無く揺れている。
私――レミリア・スカーレットはフランと同じように魔道書を開きながら、妹の様子をすぐ近くで窺っていた。フランは少し不機嫌で、かなり落ち込んでいるように見えた。何か、声をかけようと思っても、そんな雰囲気ではなかった。親友である七曜の魔女――パチュリー・ノーレッジは少し離れたところで、フランが血眼になって探しているのと同じ本を魔道書の山の中から発掘しようとしていた。
がらがらと車輪が転がる音がする。
私がその方向に顔を向けると、人間のメイド長――十六夜咲夜が台車を押しているのが見えた。台車の上にはティーポットや人数分のティーカップが用意されていた。
瀟洒なメイド長は微笑を浮かべながら、それは少しだけ固いものだったけれど、暗い顔で探し物をしている私達に提案した。
「――もう二時間以上経ちますから、休憩にしませんか?」
私はフランを見返した。パチェも魔道書から顔を上げて、フランの返答を待っていた。
「――うん、そうだね」
フランはもっていた本を本棚に戻して、咲夜のほうに歩いていった。私とパチェもフランに従って、咲夜のところに集まる。
だが、やはり、フランのイヌ耳はしょげたように垂れ、イヌしっぽは元気がなくぶらぶらと振られていた。
「……咲夜はイヌだよね」
「まあ、そうね。忠犬という感じだからね」
「パチュリーはそうだなあ。梟とか?」
「……梟――知性の象徴ね」
「美鈴は何だろう?」
「あいつはナマケモノに決まってるじゃない」
「もう、お姉さま。そう言っちゃ、美鈴に悪いよ」
「……ナマケモノというより、パンダかもしれないわね。のんびりしてそうで実は――みたいなところが」
私達――フラン、パチェ、私はお茶を飲みながら、幻想郷の人物を動物に当てはめてみたら何に似ているかとお喋りしていた。他愛もない遊びだが、やってみるとなかなか楽しいもので、私達はこの会話に夢中になっていた。
事件は唐突に起こるものか、それとも何かの因果に導かれて生じるものか。
運命の能力者である私に言わせてもらえば、圧倒的に後者なのだが、『事実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものである。私とてすべての運命を見通すことはできない。というより、100パーセントを知ることができない運命察知など、全体については何も知らないことと同義であると言っても過言ではない。そして、私の運命察知もすべての事柄に働くわけでもない。私といえど、知らない運命は存在するのだ。
まあ、ぶっちゃけて言えば、今回の事件について私は何も知らなかったというわけだけど。
今日も幻想郷は平和だった。
同じように紅魔館の中にもゆったりとした時間が流れていた。
こんな日は幻想郷で、そして紅魔館でも別段珍しくないものだが――
ただ、今日の十時のお茶会が紅魔館地下の図書館で開かれていたことが、いつもの紅魔館と異なっていた。
何か事件が起こるときは前兆があるものだ、と私は知っている。推理小説でも殺人事件の前にはいくつかの伏線が存在するものである。まあ、まさかこの事件の伏線が私たち三人が図書館でお茶をしたくらいのことだとは思わないが、いつものように居間でお茶を飲んでいたら、確かにこのようなことにはならなかったのかもしれない。
まして、こんな会話などしていなければ、冒頭のような事件は起こらなかったのかも、と思ってしまう。
どちらにせよ、事件や不幸はお構いなく、私達を襲ってくるものなのだ。
ま、本当のところ、事件と言うほど大げさなものではないし、まして異変と言うにはあまりにもお粗末だけれどね。
それでも、私の妹のフランにとっては人生のかかった事件であり、己の身体にとって一大事の異変なのだろう。
『事実は小説よりも奇なり』。
そして、今回は特別に『事実は萌え小説よりも奇なり』と言うべきかもしれない。
結局のところ、不運と不注意が積み重なっただけなんだけど……
私とフランとパチェは、パチェの机で向かい合って、昼食前のお茶を飲んでいるところだった。
最高級の茶葉を使い、適切な温度で淹れた紅茶。咲夜手作りのクッキー。
私たちはいつものようにおしゃべりをしながら、上機嫌にお茶を楽しんでいた。
「そういえば、小悪魔はどうしたの?」
フランがパチェに尋ねた。パチェは、ああ、とうなずいて、本棚の雑木林へと紫の双眸を向けた。
小悪魔とはパチェの使い魔である。小悪魔はパチェの実験の助手であり、同時に図書館の司書役でもあった。いつもなら、パチェの近くで何かの仕事をしているのだが、今日は小悪魔の姿が見えなかった。
「あの子なら、今、本の整理をしているわ。昨日、あの子が失敗をしてね。魔道書を暴走させて、本棚を一つ倒してしまったのよ。今はその本棚を復帰しているところね」
パチェはやれやれという調子で答えた。魔道書には開いただけで、何らかの魔法が発現してしまうものもある。なかなかおっちょこちょいな使い魔で、きっと不注意で小悪魔はその本を開けてしまったのだろう。それでもパチェの落ち着いた様子から、小悪魔が無事だったことがわかった。もし、小悪魔に怪我があったら、こうして暢気に私たちと一緒にお茶を飲んでいないだろうから。パチェは普段冷たい人間のように振舞っているが、実のところ使い魔煩悩なのである。パチェは不機嫌そうに肩を竦めて見せたが、そのことがわかっている私とフランには、その様子が少し可笑しかった。
と、そのとき、ドカーンと轟音が響いた。
本棚の方向からだった。フランが目を丸くして、大きな音がしたほうを見る。私も振り向くと、もくもくとその方角に黒い煙が立ち上がっていた。
私達三人はすぐに理解した。
ああ、またやったのか、と。
一拍置いて、「ひ~ん、パチュリー様、助けてください~~~~~!」という情けない、少女の悲鳴が聞こえてきた。
「……まったく、あの子は何度言えばわかるのかしら。本当に何度目よ、もう……。あれほど手伝おうか、と言ったのに、自分でできるからなんて言って断って……手間がかかるったらありゃしないわ……」
パチェが頭を抱えながら、椅子から降りる。ぶつぶつと小悪魔に対する文句を呟いていた。七曜の魔女は煙の立っている場所めがけて真っ直ぐに飛んでいく。
すると、フランももっていたカップをコースターに戻し、パチェについていった。半分は好奇心、そして、半分は親切心だろう。私はパチェに任せておけばいいと思ったが、一人取り残されるのもつまらない。結局、私は二人の後を追いかけることにした。
爆発の起こった場所には、パチェ、フラン、小悪魔がいた。私がついたときには、フランが本棚の下敷きになっている小悪魔を助けているところだった。パチェの魔道書は基本的に燃えたりしないため、爆発によって生じた炎は図書館の廊下を少し焼いているだけだった。床に燃え移った火もすぐにパチェの魔法で消火された。
フランが本棚を持ち上げると、小悪魔が這い出てきた。そのままフランは本棚を立ち上げる。パチェの魔法によってコーティングされた本棚はやはり多少の炎では燃えず、焦げ目一つなかった。
しかし、本棚が倒れてしまったことで、無数の魔道書が床にぶちまけられていた。数十冊ではすまない。数百冊の辞書並みに分厚い本が、廊下狭しと散乱していた。そもそも一つの本棚の大きさが規格外れなのだ。横幅五メートル。高さは建物二階分弱はある。そこにぎゅうぎゅうに詰まっていた本が床にばら撒かれたのだ。これを元通りにするのはだいぶ時間がかかるだろう。
小悪魔に怪我がないことを確認すると、パチェは床の上のちょっとした魔道書の山脈とすっかり空になった本棚を睨んだ。「……これは、元に戻すのに、また一日かかるわね……」と苦々しく呟く。隣ではパチェよりも少し背の高い小悪魔が申し訳なさそうに縮こまっていた。
フランが苦笑しながら、魔道書の山から一冊取り出す。背表紙や表表紙を観察して、魔法少女でもあるフランはその魔道書の質を吟味していた。
「これは……けっこう、危険度の高い魔道書だね……」
フランは低い声で言った。他の本も手に取って見る。フランは少し眉を曲げてそれらを見ていた。パチェがこっくりとフランの言葉にうなずきながら答えた。
「ええ。この本棚は強い封印のかけられた魔道書の棚だからね。中にはトラップのように、本を開けただけで攻撃魔法が発動するようなものもある。小悪魔もそろそろこのタイプの本を扱えるようになったほうがいいと思って、任せてみたんだけど……」
「まだ早すぎたかしら……」パチェはそう言って、首をひねり、ため息をついた。少し後悔しているようだった。小悪魔はやはり、顔を赤く染めて心から申し訳なさそうに頭を下げるばかりだった。まあ、早すぎたというより、小悪魔が天性のおっちょこちょいだったからだろう。本来、魔道書を開かないように注意していれば済む話である。この使い魔のドジっぷりは間違いなく天然ものなのだった。
「何にせよ、また一日作業しないといけないわね……」とパチェは眉をひそめた。と、そこで、フランが提案した、「よかったら、私達も手伝おうか」と。
私――『達』?
私が自らを指差すと、フランは何の邪気も含まない顔で、こくりとうなずいた。知っていたことだが、この妹、引きこもりがちではあるが優しくて親切なのである。その親切に勝手に姉を巻き込まないで欲しいとも思うが、ここであえて断るのも野暮な気がする――野暮というか、ケチというか。それでも私が嫌そうな顔をすると、フランは「……お姉さま、手伝ってくれないの?」と不安げな表情を見せた。……そんな顔をされたら手伝わないわけにはいかないだろうに。まあ、とにかく私も本棚に魔道書を戻す作業を半ば強制的に手伝わされることになった。
なかなか面倒な作業ではあったが、意外にもあっさりと終わった。確かに本は廊下に落ちてしまったが、その落ちた位置がほとんど本棚に入れられていた順番の通りになっていたからだ。また、フランがフォーオブアカインドを使って、一生懸命に手伝ったおかげでもあった。ざっと一時間半くらいだったろうか。
「……申し訳ないわね、二人とも」
仕事が終わったところで、パチェが私たちにぺこりと頭を下げた。小悪魔は90度のお辞儀を何度もしていた。フランはそれらに対し、小さく手を振って笑顔で答えていた。
すっかり昼食の時間になってしまったので、私達は図書館の出口に向かった。出口の近くには、私達がお茶会をしていたパチェの机があった。
パチェは脇に抱えていた数冊の本をどかどかと机の上に置いた。
「あれ? パチュリー、その本はさっきの本棚からとってきたの?」
フランが視線でパチェが下ろしたばかりの本を示す。パチェはうなずきながら言った。
「ええ。ちょっと気になっていた本が見つかったからね。あの本棚の中に紛れ込んでいたみたい。本当は別の本棚に仕舞ってあるはずなんだけど。ちょっと探しただけじゃ、見つからないのも無理ないわね」
フランは興味津々といった感じで、パチェが置いた本に近寄っていった。フランは魔法少女であるとともに知的好奇心が旺盛で、努力家で勉強家でもあった。
「ふーん、どんな本なんだろう?」
「危ないから触らないほうがいいんじゃない? さっきみたいに爆発したら、また手間がかかるわ」
私はフランを止めるためにそう言ったが、パチェが「大丈夫よ」と答えた。
「トラップがあるかどうかはちゃんと確認したから。私がもってきた本はそんな危険なトラップはしかけられてないわ」
「じゃあ、大丈夫だね」
フランが魔道書の小山から、一番上にある本を手に取った。目を輝かせながら、背表紙を見る。「へえー、変身魔法の本か」と声を上げるフランはとても楽しそうだった。そんな妹の様子を、パチェは愛弟子でも見るように――もっとも、この二人は魔法の研究においては似たような関係だが――目を細めていた。
だが、ここで私は止めておくべきだったのかもしれない。
パチェを信用していないわけではなかったが、私は嫌な予感がしたのだ。
私の運命察知能力は具体的なイメージを見せることもあれば、『嫌な予感』というあやふやな情報しかもたらさないことがあった。
よく考えれば、このとき、後者の力が発動していたのかもしれない。
フランが魔道書を開いた瞬間、
ぼんッ! という音とともに白い煙がフランを包んだ。
私は目をむいて驚いた。パチェもぎょっとした表情をする。小悪魔はぽかんと何が起こったのかわからないようだった。
「……っ! フラン、大丈夫!?」
私はまだ白い煙の中にいるフランに駆け寄った。フランは煙を吸い込んだようで、弱々しく咳をしていた。
「……けほっ、けほっ……うん、お姉さま……大丈夫だよ……」
フランが私の問いに答えた。元気そうな声だったので、安心する。短いやり取りの間にも白い煙がだんだん晴れてきた。
「……うー、何だろう、今の煙?」
少し涙目のフラン。怪訝そうな顔をして疑問を口にしていた。痛みや苦しみを感じるわけではないらしい。身体が麻痺したり、熱があるわけでもなさそうだ。フランは純粋に今の煙の正体を不思議がっていた。
だが、私は固まってしまっていた。
フランのスカートから、灰色のふさふさとした長いものがぶら下がっていたからだった。
慌ててフランの下に集まってきたパチェと小悪魔も信じられないものを見ているような顔をしていた。
「……え、え? どうしたの、皆? そんな怖そうな顔をして……」
フランは私達の様子に逆に驚いているようだった。
そして、フランの不安の感情に呼応するように、ふさふさとした長いものがゆらゆらと揺れた。
「……本当にどうしたの、皆? 私、何か変?」
フランが強張った顔で首を傾げる。
その動作で、新しく下から生えてきた物体に突き上げられて今にも落ちそうになっていた帽子が、ぽとりと床にこぼれた。
何ということだろう――
フランの頭には大きな金色の二つの獣の耳が立っていた。
私達は図書館で昼食をとっていた。地上にある食堂には行かなかった。特別に咲夜にお願いして、食堂から図書館まで食事を運んでもらったのだった。
理由はもちろん――
「……うー、どうしよう、これ?」
フランは昼食のスパゲティを食べながら、困惑したように言った。ぴくぴく、とフランの頭の上のイヌ耳が動く。これ、と言ったものの、頭の真上にあるため恐らく本人には見えていまい。だが、このケモノ耳にはしっかりと触覚が通っているようで、フランはその普通では存在しないものの存在が認識できているようだった。
フランの頭には金色のイヌ型の耳が一対生えていた。フランのサイドテールが名前どおり、金色のしっぽのように見える。お尻には灰色の、床にぎりぎり届くくらいの長さのふさふさとしたしっぽが一本生えていて、活発に動いていた。つやつやとした毛並みでなかなか立派だった。
「……どうしましょうかねぇ……」
パチェが魔道書のページをめくりながら答えた。フランが開いてしまった魔道書である。パチェの分の料理も用意されていたが、彼女はそれに手をつけていなかった。私もフランも食事をとってから魔法の解除法を探せばいいと言ったのだが、自分が大丈夫と保障してしまったこともあるのだろう。この意外と責任感の強い魔女は昼食もそっちのけで、フランのイヌ耳とイヌしっぽを消す魔法を調べていた。
「……イヌ耳、イヌしっぽというよりは、オオカミ耳とオオカミしっぽと言うべきかもしれないわね」
パチェは次々と本のページをめくり、魔道書の細かい文字の羅列を読み進みながら説明した。
「妹様に生えている耳としっぽは、たぶん『人狼』に由来するものなのよ」
「『人狼』?」
フランが首を傾げる。その動作に合わせるように頭の上の二つの耳が、ぴくりっと跳ねた。
「人狼というと、狼男だよね。あの、満月の晩に狼に変身するっていう……」
「ええ。人狼――狼男、狼人間、ワーウルフ、ヴェアヴォルフ、ライカンスロープ……。欧州では吸血鬼と並んで代表される妖怪の一種族ね」
パチェは最後のページをめくり終えた。そして、知人でようやくわかるくらいに眉をひそめ、再び、最初からその魔道書を読み始めながら、解説を続けた。
「もっとも人間が夜空に浮かぶ満月を見て狼に変身するというのは、映画や小説などの娯楽が登場してからの設定ね。それより前、中世以前の伝承の中では、ただ単に人語を話す狼やら人間大の狼だったみたい。もっとも映画ができて以降は、半人半狼みたいな妖怪のイメージが定着したようだけど」
パチェの話を聞きながら、私は人狼の種族の連中のことを思い出していた。あいつらは幻想郷に来られなかったけど、日が沈むところと名づけられた我等が故郷では、元気にやっているだろうか。
「そもそも昔の伝承のほうが正しいというわけでもないし、ね。吸血鬼なんか――レミィや妹様のタイプの吸血鬼は、中世の伝承よりも映画や小説が登場した時代以降の設定のほうがずっと真実の姿に近い。人狼もまた、妹様がイメージしている狼と人間のハイブリッドで正解だわ」
「そうよね、レミィ?」とパチェが私に確認をとる。七曜の魔女の手は相変わらず忙しなく、魔道書のページをめくっていた。パチェが私に話を振ったのは、私のほうが人狼に詳しいから、という配慮だろう。まあ実際のところ、あいつらの格好は、ほとんど人間に狼の耳としっぽ、そして、爪と牙がついただけで、全身獣化しているわけではないのだ。人間のように二足歩行する狼というイメージは、むしろ狼憑きのほうだ。これは魔法や呪いによって、人間が一般に言う『人狼』の姿にされてしまったものである。本来の純粋な人狼は、人間の身体に狼のパーツが付属物のごとく、あちこちにくっついているにすぎない。人間がコスプレすれば、本物の人狼とそれほど変わりがないものができあがるだろう。
「それで、その人狼がどうして、この魔法に関係があるの?」
フランが首を傾げて尋ねる。やはり、それに連動してイヌ耳がぴこんぴこんと跳ねた。私はにやけそうなのをこらえるのに必死だった。もしかして、いちいちこの耳はフランの動作に反応して動くのだろうか。そうだとしたら可愛すぎる。おもしろすぎる。合わせて、おもしろ可愛すぎる。パチェはというと、彼女はさらに眉の角度を急にして、ぱらぱら飛んでいく魔道書のページを睨んでいた。どうも説明にまで気が回らないほど集中しているらしい。私はパチェの代わりにフランに説明することにした。
「人間の考えだと、人狼と吸血鬼は仲がよくてね――というか、昔から、この両種族はごちゃ混ぜにされることが多かったのよ。人狼の弱点が銀の弾丸というところも吸血鬼に似てるし、生前に人狼だった人間が死ぬと、死後は吸血鬼になるという伝承も東欧の一部の地方にはあったみたいだしね――まあ、本当の吸血鬼、つまりは私達はリビングデッドなんかじゃないけどね――。吸血鬼が黒犬に変身するという伝承も人狼を連想させるわね。まあ――要するに、人間のファンタジーの中では人狼と吸血鬼は似たもの同士なのよ」
そこまで説明したところで、フランは、ああ、なるほど、とうなずいた。同時にピンっとイヌ耳が立つ。頭の回転の速いフランはどうして自分にイヌ耳とイヌしっぽが生えているか、すぐに理解したようだった。
おそらく、白い煙の出たあの魔法は、対象を対象にとって一番近い動物に変化させる魔法だったのだろう。
吸血鬼は人狼に近い。
人狼は狼に近い。
それゆえ吸血鬼も狼に近い。
いい加減さ満点な三段論法だが、きっとフランにイヌ耳ならぬオオカミ耳が、イヌしっぽならぬオオカミしっぽができたのはこんな理由なんだろうと思う。そういえば、耳はフランの髪の色に合わせて金色だが、しっぽは灰色で、何となくオオカミという風格が備わっているような気がした。
「もっとも、妹様の耳としっぽがイヌじゃなくて、オオカミのものだとわかったとしても、何の解決にもなりそうもないんだけどね……」
パチェはそう言いながら、ぱたんっ! と手にもっている本を閉じた。どうやら、二度目の速読が終了したらしい。七曜の魔女は知人がようやくわかるくらいに困惑気に眉をひそめて、一言呟いた。
「……困ったわね」
「……『困った』って、何が?」
フランが恐る恐るパチェに尋ねる。パチェは「むー」と唸り、顎に手をやりながら答えた。
「……魔法の解除法がわからないの」
「わからないって……」
フランが唖然とした顔をする。私もパチェらしからぬ言葉に驚いていた。
「本に解除法が載ってないの?」
切実そうな声を出すフラン。だが、パチェは首を振った。閉じた本の背表紙を睨みながら、七曜の魔女は言いにくそうではあったが口を開いた。
「……実はこの本、上巻なのよね」
その言葉は、私とフランをぽかんとさせた。パチェは魔道書の表紙に書かれたタイトルを示しながら続けた。
「この変身に関する魔道書は上下巻に分かれているみたいなの。それで、この本は上巻で、上巻には魔法の解除法は書かれていなくてね……」
……ということは、解除法は下巻に書かれているのだろう。返答を聞くまでもなかったが、私は一応、パチェに訊いておくことにした。
「で、その下巻はここにあるの?」
七曜の魔女は押し黙ったが、やがて観念したように答えた。
「……ないわ」
……やはり、ないか。私は思わず軽くため息をついた。まあ、パチェの口ぶりからそうだと思ったけど。
私としては、やれやれ面倒になったな、というくらいのことで、それほど重い問題として考えていなかったのだが――フランにとっては違っていた。
フランはかなりショックを受けていたようだった。
どれくらいかというと、耳がぴんと立ち、しっぽの先が天を指してぶんぶん振れているのが椅子の背もたれからはみ出して見えているくらいだった。イヌのしっぽは喜んでいるときじゃなくても激しく振れることがあるということをこのとき知った。
フランは頭の上の耳を両手で押さえながら、今にも泣き出しそうな声で言った。
「え……じゃあ、これ、どうなるの? もしかして、ずっとこのまま?」
パチェは言葉を選びながら慎重に答えた。
「ずっと――つまり、一生そのままということはないでしょうね。吸血鬼は他の妖怪に比べても魔法に対する耐性が強いから、妹様の身体は自然のうちにその魔法を解除――解毒していくでしょう。でも……魔法の効果が切れるのが、どれくらい先のことになるかはわからないわ。長く見積もると一年か一〇年か……ひょっとするともっと長くなるかもしれない」
「そんなあ……」とフランがうなだれる。それに合わせて、イヌ耳がへたりと元気なく伏せられ、イヌしっぽの揺れがとまった(たぶん、しっぽもまた元気なく揺れているのだろうが、フランが椅子に座っているため見えなかった)。実に表情豊かな耳としっぽである。フランのイヌ耳とイヌしっぽは、本人にとって気になってしょうがない邪魔物なのだろうが、周囲の者にとっては、おもしろ可愛い以外の何でもなかった。正直、私は緩んでくる表情筋を抑えつけるのに必死だった。パチェも頑張って気の毒そうな表情を保ち続けているが、時折頬がぴくぴくと痙攣していた。
「うう……これじゃ、人前に出られないよ……誰かに見られたら笑われちゃうよ……」
私はフランの知人が、今のフランの姿を見たときのことを想像した。霊夢や魔理沙は確実に大笑いするだろう。うちの妖精メイドたちもフランの前で大っぴらに笑うことはないだろうが、陰で噂してくすくす笑うに違いない。八雲紫の式や式の式、地霊殿の火焔猫は笑われないじゃないかと反論する者もいるかもしれないが、あいつらはフランの場合と違うのだ。彼女らのケモノ耳は先天性で誰もが見慣れているものである。だが、フランの耳としっぽは後天的なもので、今できたばかりのものだった。当然、フランのイヌ耳イヌしっぽは、フランを知っている者に強烈な違和感と激烈な微笑ましさを提供することだろう。
フランはそのことを本気で恥ずかしがっているようだ。私達の前でも、フランは赤くなっていた。たとえ私達でもこんな姿は見せたくないというのが本心なのだろう。
うつむいて落ち込んでいたフランだが、健気にも立ち直る気力を出して顔を上げた。へたれていたイヌ耳がぴこんと起き上がる。
「……まあ、そんなに落ち込むこともないよね。下巻を探せばいいだけだし」
フランは椅子から立ち上がり、パチェのほうに身体を乗り出した。二つのイヌ耳は天に向かって力強く立ち上がっていた。
「それで、その下巻はどこにありそうなの?」
「……まあ、いちおう変身魔法に関連した本をまとめている棚はあるけど……前に私が探してみて見当たらなかったから、その棚で発見できる確率は低いわ」
フランの言葉にパチェは顔を曇らせながら答えた。
「……たぶん、図書館全域を探さなければならないでしょうね」
「図書館全域って……」
フランは恐る恐る後ろを振り返った。
まさにそこは本棚の雑木林だった。
さきほど復旧したのと同じ、巨大な本棚の群れが、遥か遠くまで延々と続いていた。
その数は三桁、いや、四桁は下るまい。
さっきと同じ人数――私、パチェ、フォーオブアカインドしたフラン、小悪魔の七人。それに咲夜を加え、八人で一つの本棚に当たったとして、おそらく三〇分くらいの時間が必要だろうか。
少なく見積もって、本棚が一〇〇〇あったとすると、五〇〇時間。
換算して、二〇から二一日。
三週間はかかってしまうことになる。
もちろん、二十四時間探し続けているわけにもいかないから、実際は二月はかかると考えていい。
まあ、咲夜の時間操作の能力で短縮することもできるが、一月減らすことは到底望めまい。
二月。
妖怪にとって、その時間は大した時間ではないと考える人間もいるかもしれないが、そいつはきっと相対性理論を知らないのだ。妖怪でも一秒一分一時間一日一週間一月一年が長く感じられる状況は間違いなく存在する。おそらく、その二月はフランにとって決して短い時間ではないだろう。
フランが再び肩を落とした。目の前に立ちはだかる困難の山ならぬ魔道書の山に愕然としているのだろう。またイヌ耳が垂れてしまっていた。しっぽもふらふらと力無く左右に揺れていた。かなり落ち込んでいるようだ。
「ついでに訊いておくけど、この魔法の効果はフランにイヌ耳とイヌしっぽが生えるだけなのかしら?」
私がパチェに尋ねると、七曜の魔女は数秒考えて言うべき言葉をまとめてから話し出した。
「身体的に――身体の病気という面では大丈夫だと思うわ。今の妹様が無事だから、そう判断してるだけだけど。人狼には特に気をつけるべき弱点も病気もないし、紅魔館の中で大人しくしている分には何の問題もないでしょう。身体の能力では、やっぱりある程度人狼に近くなるのかしらね。でも、そっちのほうも妹様の身体の限界を超えることはないと思うわ」
なるほど。確かにそうだろう。私も身体においてはフランをそれほど心配していなかった。吸血鬼の生命力は伊達ではない。それよりも、次に訊くことの方が重要だった。
「で、精神面の方は?」
――認めたくないことだが、フランの心は少し壊れているのだ。フランの精神が非常に不安定になるときがあった。人狼に変身して――もっとも一部だが――、一番気をつけなければならないのは、フランの心のことだった。
パチェは眉をしかめた。そして、フランを一瞥する。その動作にフランはびくりと震えた。耳としっぽもびくんと跳ね上がる。パチェは数秒黙っていたが、やがて答えた。
「……まあ、人狼にちょっと近くなるんでしょうね」
「……それは予測できるけど」
「妹様の情緒不安定も特に問題ないと思うわ。魔法にかかった前と後で、ほとんど――というか全く差がないし。問題ないと考えていいでしょう」
「それなら安心ね」
私はパチェといっしょに、よかったよかったとうなずいていた。だが、一方、フランは少し怯えたような顔をしていた。
「……人狼に近くなるって、具体的にはどうなるの?」
「ん? 人狼? 人狼、人狼、人狼ねえ……」
私は今まで会ってきた人狼のことを思い出していた。彼らに共通する特徴を出すのに、大して時間はかからなかった。
「まあ、一言で言うと……」
……うん、やっぱりそうだよな。
「――イヌ、ね」
私の言葉にフランは黙ってしまった。……残念だが、彼らの性格はやっぱりイヌなのだ。彼らは忠誠心や家族愛に満ちた妖怪だった。そこはいいのだが、時として少し頭が足りないというか、知恵が回らないときがある。人狼は妖怪としてかなり強力な種族なのだが、そのどこか間の抜けたところを攻撃されて敗北することも珍しくないのだった。
私の言葉を聞いたフランはさらにしょげてしまった。その心の裡がイヌ耳とイヌしっぽにありありと映し出されていた。フランは今にも泣き出しそうな顔をしていた。元気のない妹の姿を見るのが姉として、とても心苦しい。何かフランに声をかけなければならないだろう。
というか、この状況でフランをからかうことなく、何もしないでいるのはとてももったいないことに思えた。
こんなおもしろ可愛いフランを放っておくなんて、どうかしてる。
まあ、冗談は半分置いておくとして、フランを元気にするためには多少の軽口は必要だろう。
「そ、そんなに落ち込まないで、フラン!」
私は勇気を出してフランに話しかけた。
「イヌ耳とイヌしっぽつけたフラン、ものすごく可愛いわよ!」
これは完全な事実だ。今まで考えたこともなかったが――考えたことはあっても大したことないだろうと思って、放っておいた、というのが正しいが――ケモノ耳としっぽをつけたフランはびっくりするほど可愛かった。一つ一つの仕草に連動して、ぴくぴく動くイヌ耳と振れ方と振れ幅の変わるイヌしっぽは反則的である。だが、私の賞賛に、フランはひどく落ち込んだ声で返事した。
「……そんなことないよ」
まるでこの世の終わりのような声だった。しかし、フランの金色のイヌ耳はぴくぴくと小刻みに動き、灰色のふさふさしっぽはちょっと大きく揺れ始めていた。どうやら内心では、あるいは無意識では、まあまあ嬉しいらしい。ふふふ。口ではそう言っていても身体は正直なものである。
「そんなことないわよ。鏡でちゃんと自分の姿を見てきなさい」
「怖くて鏡の前になんか立てないよ……」
ちなみに私達は鏡に映るタイプの吸血鬼である。一般に吸血鬼は鏡に映らないとされるが、それは吸血鬼が死体にとりついている死霊であるという考えからきているもので、吸血鬼は肉体と霊魂の結びつきが弱いために、魂を顕現させる鏡には映らないという思想ゆえである。大陸の中央にあるゲルマン人の国の発想らしい。ちなみに他の国の伝承ではけっこう吸血鬼は鏡に映っていたりするそうだ。まあ、私達はリビングデッドではなく生来の悪魔だから、余裕で鏡にも映るし、写真にも写るのだが。
「そう……じゃあ、可愛くなくても、少なくとも面白くはあるわね」
「私は面白くないよ!」
予想通り、フランが怒り出した。怒髪天を衝くならぬ、怒イヌ耳天を衝くである。しっぽもびっと立ち上がり、抗議の姿勢を見せていた。私はうつむいて、フランに謝罪の意思を表した。
「そうだったわね……フランは面灰色いだったわね」
「そこで駄洒落!? しっぽが灰色だからって面灰色い!? つまらないよ! つまらない上に不愉快だよ!」
「禁忌『レーヴァティンティン』」
「他人のスペルカードの名前にイヌの芸を混ぜるな!」
「禁忌と『ティンティン』という組み合わせがどことなく卑猥よね」
「卑猥なのはお姉さまの頭の中だよ!」
「フランドールの犬」
「お約束過ぎるギャグだね!」
「ネロよ寝ろ」
「何のひねりもない上に私まったく関係ないし!」
「イヌも歩けば棒に当たる。フランもスターボウブレイクすれば安置に当たる」
「当たってないよ!」
「ねえ、フラン。折角だから、この際、名前変えてみたら? 『フワンドール・スカーレット』って」
「嫌だよ! 絶対変えたくないよ!」
「じゃあ、『ふわんどーる・すかーれっと』」
「平仮名にしただけでしょ!」
「今の『すかーれっと』はやっぱり『スカーレット』のままがよかったかしら?」
「どっちだっていいよ! ……違う! どっちもよくないよ!」
「『ふわんどーる・スカーレット』……うん。やっぱり、こっちのほうがメリハリがあっていいわね。『ふわんどーる』が際立つわ」
「だから、やめてってば!」
「可愛いのに……」
「可愛くないって……」
「可愛くなくても、少なくとも面白くはあるわね」
「面白くないってば!」
「ごめんなさい。また間違えちゃったわ。面灰色いだったわね」
「だから、駄洒落はやめろ! ……ていうか、いつの間にか循環してるし!」
「禁忌『レーヴァティンティン』」
「お姉さま、もうボケなくっていいってば! 無理に循環させるな! ……本当にいい加減にしてよ!」
フランが真っ赤になって怒っていた。少しやりすぎたかもしれない。まあ、落ち込んでいるより、怒っているほうがいいと思う。今なだめることができれば、フランは最終的にまあまあ落ち着いた状態になるだろう。 今度はどうすればフランの気を静めることができるかを考える。
フランは机に手を突き、身体を乗り出して私に怒った顔を見せていた。フランの顔は私のすぐ近くにあった。ちなみにフランの怒っている顔はものすごく愛らしかった。いつものフランの怒り顔も迫力に欠けていて、怖いどころか可愛いくらいなのだが、イヌ耳を生やしている今は尚更だった。ぴくぴくと定期的にフランの大きな二つの耳は左右に揺れる。ぱたぱたと激しく揺れるしっぽの先が視界の隅に入る。謝罪の言葉よりも先に鼻血が出そうだった。
私は自分の顔から数センチしか離れていないフランの顔に右手を伸ばした。
正確に言えば、帽子の穴から出ている左のイヌ耳に、である。
大きなイヌ耳を後ろから掻き上げるようにして撫でる。
さらさらとした毛触りが心地良い。
びくんと、フランが震えた。
驚きに満ちた表情。フランは突然私に撫でられた感触に戸惑っているようだった。
気にすることなく、私は何度もフランのケモノ耳の裏を優しく撫で続ける。
フランはちょっとだけ怒った顔で、何か言いたげに口をぱくぱくと開いたり閉じたりしていたが、やがて「う……あぅ……あうぅう……」と甘えたような声を出して、うつむいてしまった。耳が真っ赤に染まっているが、それはもう怒りのせいではあるまい。フランは乗り出していた身体を戻し、椅子の上に大人しく納まってしまった。今度は私がフランのほうに身体を傾けていた。フランは黙って私にイヌ耳の裏を撫でられている。ちょっと下から顔を覗き込むと、目を閉じてとても気持ちよさそうにしているのがわかった。安心しきった表情である。だが、やはり恥ずかしいのか、頬はまるで林檎のように火照った赤色をしていた。
……まさか、ここまで効果があったとは。
イヌは耳の裏を撫でられると気持ちよく感じると聞いたことがあったから、試してみただけなのだが。
フランの怒気は消え、すっかり穏やかな状態に戻ってしまっていた。
というか、私は改めて自分の妹の愛らしさに戦慄していた。
恐るべし、ふわんどーる……
鼻の穴から不夜城レッドが飛び出しても、何一つおかしいところはなかった。
ちなみに、フランの帽子からイヌ耳が露出しているのは、帽子にわざわざ耳を出すための穴を作ってあるからである。
フランが人狼化した後、まず困ったのが、耳としっぽのやり場だった。耳は帽子を脱いでいればいいのだが、しっぽが問題だった。変身直後、フランのしっぽはドロワーズの右足の裾から強引にスカートの下へと脱け出ていたのである。フランは最初、この違和感を不快だと訴えた。なら、ドロワーズ脱げばいいじゃない、と言うと、フランは半べそをかいた。仕方がなく咲夜を呼んで、ドロワーズとスカートに穴を開けてもらって、そこにしっぽを通すことにしたのである。ちなみに、帽子の改造は頼んでいなかったのだが、気づいたら咲夜はすでに帽子にイヌ耳を通すための穴を開けていた。どうして、わざわざ帽子に穴を開けたの? とフランが困った様子で咲夜に尋ねると(フランとしてはイヌ耳を隠したかったのだろう)、咲夜は、お約束ですから、と答えた。こういうときはイヌ耳を強調するのがお約束なのです――そう言って、咲夜はフランによく言い含めていた。さすがは瀟洒なメイド長である。やらなければならないことをよくわかっている、と私は主として誇らしい気分になった。
私はフランを撫でながら、椅子を引いてじわりじわりとフランに近づいていった。フランは目を瞑ったままだったので、私の接近に気づいていないようだ。私は視線を下げて、椅子の背もたれと座面の間の空間から出て、床へと垂れ下がっているフランのしっぽを見た。
――しっぽを触ったらどうなるんでしょうね?
私はしっぽを掴んだときのフランのリアクションを想像した。
『ふぁあッ!? ……お姉さま、しっぽ触られると身体びりびりしちゃうから、やめて…………ひゃぅうッ!? だめぇ……しっぽ掴まれると、くたってなっちゃうのお……くたってなっちゃうからだめぇ……らめぇえ……』
――これだ。
いや、別に疚しい意図があるわけではないよ。純粋な知的好奇心からの行動だ。それにもし、次にこういうことがあった場合、今知っておいたほうがより対処が容易になるじゃないか。悪意をもってフランのイヌしっぽを掴む奴が出てくるかもしれない。そんなときに、あらかじめフランがどのような反応をするのか知っておけば予防策を立てられるし、万が一のときのフォローも迅速に行うことができる。というわけで、私がフランのしっぽを触るという所為は実に正当な理由の下に行われるというわけだ、じゅるり。
左手を伸ばし、今度はフランの右側の耳を撫でる。くすぐったそうに耳がぶるんと震えるが、すぐに大人しく撫でられるがままになっていた。そして、そっと右手をフランの左耳から離す。相変わらず気持ちよさそうに目を瞑っているフラン。私は椅子の足の近くで上機嫌に左右に振れているフランのしっぽに狙いを定めた。
一気に、身体を前に傾け、空いた右手でぎゅむっ! と少し強めにフランのふさふさしっぽを握った。
どうだ――!
私はフランの反応を見るために、顔を上げる。
――だが、フランは私の期待した反応をしてくれてはいなかった。
フランの緋色の瞳に――野生の光が宿っているのが見えた。
ひやりと恐怖を感じ取った瞬間、フランの右腕が閃く。
鋭い右ストレートが私の頬を的確に捉えていた。
「ぶげらっ!?」
私はフランのパンチの勢いで椅子ごと、後ろにひっくり返った。後頭部を強く打ち、視界に火花が飛ぶ。フランは起き上がる暇を与えることなく私の身体に飛び掛り、マウンティングの体勢をとった。そして、そのまま容赦なく私に殴りかかる。私は何とか両腕を上げて顔を防御した。
「ちょっ……フラン、落ち着いて!」
フランに制止の声をかける。だが――
「がうっ! ぎゃうっ! がうっ!」
イヌのような吠え声を上げながら拳を振り続けるフラン。駄目だ。フランは完全に野生帰りしていた。というか、オオカミ化か。どうやら、オオカミ属性をフルに発揮しているようだった。私はパチェに助けを求める。
「ちょっと、パチェ! フランをとめて!」
「……ん?」
パチェは私達に遅れて、昼食のスパゲティを食べていた。右手でフォークを動かし、左手で本――例の魔道書だった――を読んでいた。かなり行儀の悪い格好だったが、そんなことを注意している場合ではない。パチェは魔道書に目をやりながら、親友の助けの求めにこう答えた。
「ああ、どうせ、レミィが先に妹様に何かしたんでしょ。自業自得だわ」
何とも友達甲斐のない魔女だった。いや、私のすることを正しく理解しているから、逆に友達甲斐があるのか。……そんなことを考えている場合じゃないだろ、私。……げぶっ! 腕と腕の開いた隙間を貫いたフランのパンチが鼻に当たる。我を忘れているからか、フランの拳には迷いがなかった。痛い痛い痛い! フラン、本当にやめてってば!
「少ししっぽを握っただけなのよ!」
「ふーん。まあ、そりゃあ怒るわね。イヌにとって、しっぽは感情を表すための重要な器官だからね。それを握られたり、封じられたりすることは周囲へ自分の感情を伝える力を否定されることになる。自分の意思を主張する権利を否定されるわけだから、それは人格の否定とほぼ同義語と考えていい。怒るのは当然だわ。ちょっと撫でるだけならともかく、イヌのしっぽは、そのイヌによほど慣れている人じゃないと握ったりしたりしないほうがいいわね」
なるほど、勉強になる……というか、フランはいつまで続けるんだろうか。けっこう本気で殴ってきているから、腕がかなり痛いし、顔も数発殴られて気分的にぼこぼこだった。
「フラン、落ち着いて! どーどー! どーどー!」
「それは馬を落ち着かせるときの掛け声よ……」
「ひっひっふー!」
「ラマーズ法とか、もはや動物を落ち着かせる方法でさえないわね……」
とはいえ、私を殴っているうちにだんだんとフランの目に理性が戻り始めた。どうやら衝動的に私を攻撃していたらしい。理性を取り戻すとともにフランのパンチの嵐は沈静化していった。フランは我を取り戻すと、どうして自分が姉の上に跨っているのかわからないようだった。だが、自分が無意識のうちに私を攻撃していたことに気づくと、フランは眦に涙を浮かべながら平謝りを始めた。むしろ私が謝るべきだったから、フランに事情を説明してちゃんと頭を下げた。こんなことで、フランに新しい暴走のトラウマをつくられても困る。それは何としても避けなければならないことだった。ともかく、教訓としては、イヌフランのしっぽは握ったりしてはいけない、ということだ、受動的な意味で。万一、悪人がフランのしっぽに悪戯するようなことがあっても大丈夫そうだった。
私とフランは仲直りをすませた。フランは無意識で私に襲いかかったことをそれほど気にしないでくれているようだった。フランよりも私のほうが救われる心地だった。
やがて、落ち着いたフランが真面目な顔をして図書館に林立している本棚の群れを見た。
「……そろそろ始めたほうがいいね」
重い口調で呟くフラン。スパゲティを食べ終えたパチェが椅子から下りてきて、フランの隣に立つ。小悪魔が控えめにパチェの二歩後ろに控えていた。さながら、怪物を倒しにダンジョンに向かう勇者一行のようだった。
数百万という書物の中から一冊の本を見つけ出すのだ。それは時間がかかるものの、いつかは行わなければならないことだった。本当に一〇年以上も、フランにかかった魔法の効果が消えないのだとすれば、フランが可哀想すぎる。ならば、少なからぬ時間が犠牲になるかもしれないが、これはやらなければならないことなのだろう。そろそろ真面目になる頃合だ。
「……とりあえず、変身の魔法の本棚に行ってみよう」
フランの言葉にパチェがうなずく。私達はフランを一番前に、魔道書の森へと進んでいった。
先頭に立つフランのイヌ耳とイヌしっぽは、どこか頼りなく揺れていた。
そして、冒頭に繋がる。
パチェの言った通り、魔道書の下巻は変身の魔法の本棚にはなかった。おそらく、整理のときに誤って他の本棚に入れてしまったのだろう。
一冊一冊を調べるにも手間がかかった。パチェは『下巻』と言っていたが、正確には『下巻のような本』であり、背表紙のタイトルだけを見ればその本だとわかるわけではなく、いちいち本を開いて中身を確認しなければならなかった。それは同時に魔道書に仕掛けられているトラップに引っかかる危険を示していた。もっとも、逆にフランが魔道書の罠によって人狼化させられてしまったことを考慮すると、罠が施されていそうな魔道書を調べたほうが正解への近道になることも考えられた。それにトラップがある魔道書のほうが、ない魔道書よりもずっと量が小さい。そのことを考えると危険ではあるが、優先して罠の存在している魔道書を調べるべきかもしれなかった。だが、パチェはトラップのない、安全な本を調べるように主張した。曰く、フランがかかった魔法は特例だったとのこと。魔法の専門家のパチェが強く主張したので、私達は変身の魔法の本棚を中心に、近くの本棚を調べていった。
それから、二時間が経ったが、本は見つからなかった。計算では二月以上かかると見積もりのある作業である。たかが二時間で見つかるわけがなかった。とはいえ、やはり二時間も本をぱらぱらめくって探していると気が滅入ってくる。咲夜がお茶をもってきてくれたのは、ちょうどいい気晴らしになった。
フランも疲れているようだった。本当に一生、一生じゃなくても長い間、自分の身体に変なものが生え続けるかもしれないという可能性が、フランの心を苛んでいるようだった。フランのイヌ耳とふさふさしっぽの動きが何となく元気がなかった。探し出した最初のうちはまだ、活発に動いていたのだが、徐々にだんだんと動作が緩慢になっていった。フランは焦りながらも、なかなか本が見つからないことに不安を抱いていた。
「しかし、多いですねえ……」
咲夜が図書館に広がる魔道書の雑木林を見て、感嘆するように呟いた。作業の進行率は一パーセントにも達していないだろう。これから数時間探して、ようやくその小さな値を超えることができるはずだ。
「まあ、気長にやるしかないでしょ……」
私も思わずため息をついてしまう。かなり根気のいる仕事だった。咲夜の紅茶を啜りながら眺める図書館の全景は落ち着いた風情のあるものに思えたが、その中に飛び込んでいくのは、また別のことであった。
「……フランドール様は頑張りますね」
咲夜は、遠くの本棚で一人魔道書のページをめくるフランを見つめていた。フランは相変わらず、金色の耳をぴくぴく震わせ、灰色のしっぽをひょこひょこ振りながら、本を一つずつ検分していた。
フランは休憩のお茶もそこそこに切り上げて、一人で魔道書を探し始めていた。仕事はもう少し休憩してからでいい、と休むように促したのだが、フランは聞かなかった。お姉さまたちはもう少しお茶を飲んでいていいからね――そう言って、フランは自分ひとりで本棚へ向かったのだった。
「自分のことだから必死なんでしょうね。だけど、もう少し落ち着けばいいのに――」
皆が手伝ってくれるというのだから、そんなに慌てなくてもいいのに、と思う。
今の状況を楽しむ余裕があればもっといい。さすがにそこまでは求めすぎになるかもしれないが、それでもフランは必要以上に焦っている感じがあった。フランは何かに追い立てられるように、一人で本を探し始めてしまったのだった。
私はフランの後姿を見て、思わず微笑んでいた。フランのイヌ耳がぴこぴこと、しっぽがふりふりと揺れていた。
「でも、本当に可愛いわね。魔法を解除するのがもったいなくなるくらい。まあ、フランは本気で嫌がっているみたいだから、手伝わざるをえないけどね」
そう言って傍らに立つ咲夜を見ると、咲夜は何かを考えるように首を傾げていた。しばらく咲夜は黙っていたが、考えがまとまったのか、少し真面目な顔をして口を開いた。
「どうして、フランお嬢様はイヌ耳とイヌしっぽなんでしょう?」
私はその質問に少し呆けてしまった。咲夜にもフランの耳としっぽが人狼に由来するものであることは説明したはずだった。だが、咲夜はさらに言葉を続ける。
「いえ――その魔法が吸血鬼と人狼の関係性を利用して、フランお嬢様にオオカミの耳としっぽを生えさせたのはわかっているのですが、少し違和感があるのです」
咲夜は私から遠くのフランに視線を移しながら言った。
「変身魔法というものは吸血鬼という種族的性格だけで、フランお嬢様個人の性格には関係しないのでしょうか?」
咲夜はフランの後姿をじっと見つめていた。
「私のイメージでは、変身するタイプの魔法は本人の考えどおりに、自分の姿を変えられるというものでしたから、そう思っただけなのですけれど……」
咲夜の言葉にパチェが答えた。
「確かに、咲夜の言う通りではあるわね。私は妹様の耳としっぽを見て、吸血鬼と人狼の関係からの作用だと考えたけれど。一般に変身系の魔法は術者の意思と性格に大きく左右されるものだからね」
パチェの解説に、咲夜が「では、私の違和感は正しいということになりますね」と呟くようにして言った。咲夜はフランを見つめる目を少しだけ細め、少しだけ硬い声で言った。
「フランお嬢様はどちらかといえば、ネコではないでしょうか?」
――私は咲夜の言葉に黙らざるをえなかった。私も遠くにいる妹に目をやった。フランは一人、本を探していた。
「フランお嬢様の性格を考えると、イヌというよりネコではないでしょうか?」
フランはイヌよりもネコに近いのではないか。
それは私も考えたことだった。
フランは一日の大半を放浪して過ごしている。
何の当てもなく、ただぶらぶらと紅魔館の中を歩き回っているのだ。
食事や睡眠の時間は決まっている。咲夜がフランを起こし、咲夜がフランの食事を用意し、咲夜がフランのベッドメイクをするからだ。
だが、それ以外の時間は紅魔館の中を彷徨っていることが多かった。
もちろん、私達といっしょにいられないというわけではなかったけれど。
居間でお気に入りのソファに寝転びながら、私達とお喋りをするフランはとても楽しそうだった。
だが、時折、フランは意味もなく居間から出て行くことがあった。
フランは不自然なほど一人でいるときが多かった気がする。
むしろ、一人になろうとしているようにさえ思えた。
今、一人で必死に本を探しているように。
自分から進んで一人になろうとしているかのようにさえ思えるときがあった。
……まるでネコだった。
一人で孤高に生きるネコ。
独りで誰とも関わらずに生きるネコ。
フランはイヌよりもネコに近いのだろうか。
そうだとしたら、その結論は何を意味するのか。
……そんなことはわかっていた。
ずいぶん、昔から考えていたことだ。
今更、問うものでさえない。
その結論とは、フランは孤独に慣れているということだった。
フランは孤独でも平気だということだった。
紅魔館の暮らしぶりから判断するならば、フランは孤独に何の苦痛も感じていないということになるのだろう。
――ネコのように。
そして、それはきっとあの忌まわしい495年に由来するのだろう。
495年の地下生活。
495年の孤独。
私もパチェも美鈴も、ずっとフランの傍にいることはできなかった。
確かに私達が会いにきたとき、フランの孤独は癒えたはずだが、それは完全なものではなかっただろう。
私達はまた地上に帰らなければならなかったからだ。
そして、地下室のフランにとって、私達が再び会いにきてくれるということは絶対の事実ではなかったはずなのである。
――もしかしたら、もう誰も自分に会いにきてくれないのではないか。
――もしかしたら、自分はこのままずっと一人なんじゃないだろうか。
一人きりの場所に閉じ込められるということは、そういうことなのだ。
そんな不安がフランにはあったんじゃないかと思う。
そのときに、フランは感じなくなってしまったのかもしれない。
孤独であることの恐怖と苦痛を。
いや、感じなくなったというより、克服した――というほうが正しいのかもしれない。
フランは一人でいることの寂しさと苦しみを克服したのだと考えることもできた。
そして、むしろ、フランは孤独を好んでいるのではないか、とも。
もしそうだとしたら、それはきっと、とても寂しい結論だろう。
少なくとも私には寂しい結論に思えた。
フラン本人にとってはそれでいいのかもしれないが、私には思わず目を伏せてしまうほど、悲しい結論だと思った。
だが――
心配することはない。
私はそうじゃないことをちゃんと知っているのだから。
「でもね、咲夜――」
こっちに向けられているフランのイヌ耳とイヌしっぽを見つめながら、咲夜に話しかける。
同時に私はあのとき言われた言葉を思い出していた。
「紅霧異変のあと、フランが地下室から飛び出したことがあったじゃない。覚えてる?」
「……もちろん覚えておりますが?」
咲夜は不思議そうな顔をしていた。咲夜はきっと知らないのだろう。本来ならば私も知らないはずだった。
「フランが霊夢と魔理沙とスペルカード戦をしたときのこと――いや、正確にはその後のことかしら?」
フランとの一戦を終え、神社に帰ってきた魔理沙から聞いた話だった。あいつの言葉だから信用できるものかは怪しかった。だが、魔理沙はこういうことでは嘘を吐かない気がするから、信じることにした。
「フランは霊夢と魔理沙とのスペルカード戦が終わった後に、こう言ったそうよ――」
『また一人になるのか』と。
初めての友達と弾幕ごっこで遊び終えたフランは、帰っていく人間二人にこう言ったそうだ。
どうして魔理沙が私にこのことを伝えたのかはわからないが、この言葉に私は確信していた。
やっぱり、フランは寂しかったのだ、と。
フランはネコではないのだろう。
フランは一匹狼なのだ。
一匹狼。
それは一匹ではあるが、オオカミはオオカミだ。
寂しさを知らないオオカミなどいない。
孤独を嫌わないイヌなどいない。
495年の生活で確かにフランは孤独には慣れたのかもしれない。
けれども、好きになることはできなかったはずだ。
フランのイヌ耳がぴこぴこと震える。イヌしっぽがふらふらと揺れる。
何かを伝えたがっているように、動き続ける。
今まで可愛いと思っていたそれが、なんだか急に悲しいもののように思えた。
「ねえ、レミィ、」
パチェだった。振り向くと、七曜の魔女は本を読んでいた。あのフランに耳としっぽをつけた魔道書である。さっきからずっと、この魔女はこの同じ本ばかりに目を通していた。
「妹様の前だったから言わなかったんだけど、本当のことを言うとね……やっぱりこの魔道書にはトラップなんて仕掛けられてなかったのよ」
その言葉に私と咲夜はぽかんとしてしまった。しかし、実際にフランはこの本を開けた途端、白い煙に包まれて変身してしまったのである。それなのにトラップがなかったというのはおかしいだろう。だが、七曜の魔女は本のページをめくりながら落ち着き払って答えた。
「この本は変身の魔法について記しているだけのものじゃなくて、実はマジックアイテムなの。この本をもっているだけで、言葉を唱えることもなく、何かに変身できるような、ね」
魔道書は魔法の知識について記載されているだけでなく、魔法を生じさせるのに利用されるアイテム――つまり、マジックアイテムとしての性質をもつものが多数ある。パチェの図書館にある魔道書の多くもそうだろう。フランが開けてしまった本もマジックアイテムであっても何の不思議もない。
「だけど、ちょっとそのプログラムが不完全でね……」
パチェは眉をしかめながら言った。
「どうも、対象の意思――意識上の意思がなくても、無意識に強い願望や欲求がある場合、それに反応して、勝手に変身の魔法を発動させるようになっているのよ……」
「その魔法もまた、不完全だけどね」とパチェは付け加えた。
ああ、そうか、と思った。
パチェの言葉にいろいろなことの辻褄が合った。
パチェの言った通り、確かにフランの開いた本に、トラップはしかけられていなかったのだ。
ただマジックアイテムとしての能力だけがあった。
しかも、不完全な能力が。
「ということは……」
咲夜も気づいたようだった。咲夜はフランに向けている目を少しだけ悲しそうに細めていた。
――あのとき、フランは使ってしまったのだ。
無意識のうちにそのマジックアイテムを。
自分の無意識の願望に従って、変身の魔法を使ってしまったのだ。
ならば。
フランの無意識には、いったいどんな強い願望があったのだろう。
「やっぱり、あの会話かしらね……」
パチェは机の上にもっていた本を置き、腕組みした。
「お茶会のときの会話。動物に当てはめてみたら、誰がどんな動物になるか――あのお喋りが関係してるんじゃないかと思うわ」
どうやら、私の考えは当たってしまったようだった。本当にあの会話さえなければ、フランが半人狼化することなどなかったのかもしれない。まあ、まさかあんな小さな会話が、大きな事件を呼び起こすなど、誰も予測できないだろう。蝶が羽ばたけば台風が吹く、とはよく言ったものである。
あの会話でフランは何の動物に例えられていたかを思い出す。
パチェは咲夜と同じようにフランをネコだと言った。
私はフランをイヌだと言った。
フラン本人は何も答えなかった。
もし、そこでフランがなりたいものを選んだとすれば――
フランはイヌを選んだのではないか。
そして――その通りに、イヌになった。
フランはイヌになりたかったのだ。
パチェの魔法に関する説明はまだ続いていた。
「……それでも、この魔法のプログラムが誤作動を起こすには、かなりの力――言い換えれば、ストレスが必要なんだけどね。それも長い間ずっと蓄積してきたような。最初はミスでこんなプログラムになっているのかと思ったけど、意図的に細工がしてあったみたい。ある意味、この本はストレスに対するSOS発信システムなのかもしれないわね」
「何の悪戯でこんなものを作ったんだんだか……」とパチェがぼやくように言った。
SOS。
『――助けて』
『――私を助けて』
――ようやくこのとき私は理解していた。
フランが本当は誰かといっしょにいたいといつも願っているということを。
けれども、どうすれば誰かといっしょにいられるのか、知らないということを。
そして、自分は誰かといっしょにいてもいいのかと不安になっていたということを。
フランは495年間のほとんどを自分一人で過ごしてきた。
弾幕ごっこは覚えたけれど。
友達のつくりかたはわかったけれど。
そして、地下室から出られるようにはなったけれど。
そこから先のことが、まだわからないのだった。
フランが紅魔館の中を歩き回っていたのは、どうやって時間を潰せばいいのか、わからなかっただけなのだろう。
地下室から解き放たれたフランはたくさんの時間を与えられた。自分が自由に使える時間をたくさんもらった。
だけれど、フランはそれをもてあましていたのだった。
私としては、焦ることはないんじゃないかと考えていたのだが。
無理に人とつき合わせても、却ってつらい思いをするかもしれないと思っていた。
495年間地下室にいたのだから、慣れるのにも時間をかけていけばいい、そう思っていた。
やがて、フランは他者とつきあうことの楽しみを覚え、そこから与えられる苦痛も軽減するだろうと。
だが、少し、後悔する。
もう少し気をつけてやっていれば、と後悔する。
フランはずっと助けてもらいたかったのかもしれない。
フランは私が思っていたよりも寂しがり屋で臆病だったのだ。
フランは地下室から出ても、寂しい思いをしてきたのだ。
その気持ちが、あの魔道書によって、変身という形で爆発した――
フランはどれだけつらい思いをしてきたのだろう。
皆と同じ場所にいても、どれだけ寂しい思いをしてきたのだろう。
フランは誰かといっしょにいることにどれだけ不安な思いをしてきたのだろう。
――ふわんどーる。
――ふあんどーる。
――不安どーる。
あまりにもつまらない皮肉だった。
つまらなすぎて――息が苦しい。
――イヌになりたい。
そこには、どんな願いと不安が込められていたのだろうか。
「ねえ、咲夜」
私は思わず咲夜に話しかけていた。
「吸血鬼は何の動物に一番近いか、知ってる?」
その質問に咲夜は不思議そうな顔をした。主の言葉が何を意味しているのか、考えているようだった。数度目の瞬きの後、咲夜は控えめな調子で答えた。
「人狼――オオカミではないのですか?」
ふむ。やっぱり、そう答えたか。まあ、人間の咲夜にはわかりにくい質問だったかもしれない。私は紅茶を一口啜りながら話した。
「いいえ。人狼は動物じゃなくて妖怪よ。吸血鬼が何の妖怪に一番近いか、という質問だったら、人狼が一番近いかもしれないけどね。そこから導き出して、オオカミが吸血鬼に近いという考えは納得できるけど、最も適切な答えではないわ。似ているといえど、吸血鬼と人狼はやはり違う種族だからね。妖怪としての容貌も能力も違うし、何より、存在意義が違う」
私は咲夜ににやりと笑ってみせながら、答えを言った。
「人間、よ」
私の言葉に咲夜は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに私の言葉を理解して小首を振った。
「吸血鬼に一番近い動物――それは人間なのよ」
そもそも吸血鬼は死体に取り憑いた死霊というコンセプトの妖怪だ。それが真実の姿――私たちのような吸血鬼の存在から、ほど遠いとはいえ、吸血鬼の存在意義に強い影響を与えていることは確かだった。
基本的に、妖怪とは人間の恐怖の象徴である。
妖怪は人間の恐怖たる存在であるために人間を襲うし、
人間は恐怖を克服するために、妖怪を退治する。
そして、吸血鬼とは人間の死に対する恐怖の象徴なのだ。
私の気質も――濃霧として、一時期天気に発現していた気質も、パチェに言わせれば人間を死に誘うものであるらしい。
死だけではない。
同時に吸血鬼は支配者の具現でもある。
むしろ、これは他の妖怪たちに対するイメージであり、人間の伝承やファンタジーで言えば、かなり新しい思想ではあるが(この辺りは、かの高名な『ドラキュラ伯爵』のような貴族的なイメージがあると思われる)。
とにかく、吸血鬼は死の象徴であるのと同時に支配者の象徴でもあるのだ。
支配者であるために強大な力をもち、他を圧倒するためのカリスマを有する。
吸血鬼の弱点も支配者に対する枷なのかもしれない。
支配者が暴君となり、被支配者を滅ぼすことを予防するための――
もっともこれはあくまでこの世界のレミリア・スカーレット個人の意見なのだが。
支配者を求め、支配者を崇め、支配者と成り、支配者として統治し、支配者を憎み、支配者を倒す動物とは何か。
それは人間だ。
吸血鬼に一番近い動物は人間なのだ。
――まあ、人間になりたいと思われるのも、困るんだけどね……
それだったら、まだイヌのほうがマシかもしれない。人間の耳が頭に生えても気持ち悪いだけだし。
私は苦笑しながら、咲夜にもう一つ謎掛けをすることにした。
「じゃあ、咲夜、他の動物で人間に最も近い動物は何だと思う?」
再び思考する咲夜。数秒後、結論を出した咲夜は少しだけ自信がなさそうに言った。
「猿ではないのですか? 人間の祖先は猿の一種だと聞いたことがあります。猿が一番、人間に近いのではないでしょうか」
「ふむ。珍しく、今日の咲夜はあまりおつむが働いてないみたいね。進化の系統樹――だったっけ? 進化の流れとやらに従えば、人間に一番近いのは猿よね。より正確に言うとしたら、類人猿らしいけど。でも、人間の本質的な意味――集団を構成する生物の在り方で言えば、もっと近い生き物がいるわ」
私は相変わらず、可愛らしく揺れているフランのイヌ耳とイヌしっぽを見ながら言った。
「イヌ――オオカミが一番人間に近いわね」
その言葉に咲夜は再び目を丸くした。私は咲夜が驚くという珍しい姿を一日で二度も見れたことに満足する。私は目をぱちぱちと瞬きしている咲夜に説明した。
「人間以外の類人猿は基本的に樹上生活をする。それに対して、人間とオオカミは地上で狩猟採集生活をする。この違いは大きいわ。一匹の自分よりも強い獲物を複数の個体で追い詰めて狩るということは、集団間の強い結びつきが必要になる。その必要性は、集団を上下関係のみならず、横の関係でのまとまりを強固なものにする。普通の類人猿と人間の一番の違いはここにあるわ。ただ頭の良い動物という意味では猿のほうがオオカミより人間に近いけどね」
そして、どの動物よりも早く、人間との共生の道を選んだのはオオカミ――イヌなのだ。
その意味で、やはり吸血鬼はイヌにも似ているのかもしれない。
だが、人間はイヌとは違うところがある。人間の肩を持つわけではないが、吸血鬼と人狼が違うように、この二種の存在の在り方はやはり違うのだ。
たぶん、それは――決して小さい違いではないのだろう。
「ま、とにかく――」
椅子から下りる。
そろそろ休憩は終わりだ。
パチェも私に合わせるように、読んでいた魔道書を机の上に置き、身体の向きを本棚の群れへと合わせた。パチェに言われて奥で別の仕事をしていた小悪魔も出てくる。
「――そろそろ本探しを再開しないとフランが可哀想だからね」
「咲夜も手伝ってくれるんでしょ?」と尋ねると、咲夜はすぐに「はい」とうなずいてくれた。だが、咲夜は少しだけ不思議そうな表情をして、こう言った。
「……お嬢様は物知りですね。まさか、外の世界の生物学に詳しいとは、驚きでした」
「ああ、あれ。さっきまで本を探してたときに、外の世界の本があってね――おもしろそうだったから読んだんだ。あの知識はそのときに覚えたのよ」
私の言葉を聞いて、咲夜は「……ちゃんと本探しをしてくださいよ」と呆れたように笑った。私も笑いながら答える。
「まあ、二、三分で速読したんだけどね」
「そんなことができるんですか?」
「吸血鬼の動体視力で余裕でした」
私がそう答えると、咲夜は「やれやれ、本当にお嬢様は……」とまた笑った。だが、それは苦笑ではあったが、どこか温かいところがある笑顔だった。
私達は一匹狼のように一人で(実際にはフォーオブアカインドを使っていたのだが。ちなみに三体の分身にもイヌ耳、イヌしっぽが生えていた)本を探している妹を手伝うために本棚に進んだ。
フランのいる場所に向かう途中、ふと思った。
これはこれでフランの願ったとおりの展開になっているのではないか、と。
もし、あのまま魔道書の事件がなかったら、フランはどうしていただろうか。
イヌに変身することなく、無事に食堂で昼食を食べた後、フランは何をしていただろうか。
あの後、私達に特に予定はなかった。
たぶん、フランはいつものように、ぶらぶらと紅魔館の中を歩いていたのではないかと思う。
一匹狼のように、一人寂しく――
けれども、今、フランは図書館で私達といっしょに本を探していた。
意識はしていないかもしれないけど、今確実にフランは私達の輪の中に入っていた。
――たぶん、私の考えすぎだろう。
フランがイヌ耳とイヌしっぽをとろうとして、一生懸命になっているのは本当だったから。
でも、それでこそSOSなのかもしれなかった。
SOSは周りに迷惑をかけるものである。
まあ、いいや――
もし、フランが望んでいるのなら。
フランが私達に迷惑をかけることを望んでいるのなら。
フランがそこまでして私達にかまってもらいたいと思っているのなら。
最後までつきあってやろうじゃないか。
私は何となく朗らかな気持ちで、本を探しているフランに声をかけた。
「あったっ――――――!!」
図書館に大声が響いた。元気のある女の子の声。その大声は、本来、静粛さを保つべき図書館には似つかわしくなくなかったが、誰一人としてその場にいた者はそんな些細なことを咎めようとは思わなかった。
「ありました! ありましたよ、パチュリー様っ!」
小悪魔が一冊の本を抱え、黒い羽をぱたぱた羽ばたかせてパチェの下にやってきた。声を聞いたパチェが小悪魔のほうへと飛ぶ。私やフラン、咲夜も小悪魔のところへと急いだ。
小悪魔がパチェに本を渡した。パチェは本を受け取ると、ぱらぱらと猛スピードでページをめくり、流し読みをした。最後まで読み終えると、パチェは珍しく知人以外にでもわかるような笑顔を己の使い魔に向けて言った。
「よくやったわ、小悪魔」
そして、私達を見渡し、本を胸の前に掲げて言った。
「これが、下巻よ」
本探しを再開して二時間が経ったころだった。さすがに疲労が蓄積し、今日はもうお開きにしようかと考えていたところだった。本探しのような神経を使う仕事は精神的に疲れるのだ。
諦めかけていた中、小悪魔が朗報をもたらしてくれたのだった。
「やった……。やっと、見つかった……」
フランが感極まった声を上げる。ふさふさのしっぽがぶんぶんと左右に大きく揺れていた。耳もピンと立って、フランが元気を取り戻したことを表していた。
「それで! それで、解除法は!?」
フランが張り切った声でパチェに尋ねた。「ちょっと待って、妹様」とパチェが下巻の魔道書のページを繰り、解除法を探す。五人でパチェが答えるのを待った。
「……んー」と本に目を落としながら、パチェが言った。
「解除法なんだけど、けっこう面倒ね……用意する材料や道具がここにはないものがあるから。今すぐ解除するのは無理ね。必要なものを集めるのに、数日かかるかもしれない」
パチェの言葉に、フランは一転して肩を落とした。力強くたっていたイヌ耳もしょげたように垂れてしまう。しっぽの振れもだいぶ小さくなってしまった。本当に表情豊かな耳としっぽだった。フラン本人の性格もけっこう関係しているのかもしれない。解除法については仕方がないだろう。これも予想のうちだ。一年、十年も我慢しなければならないよりはずっとマシだと考えるべきだろう。
だが、次のパチェの言葉はさらに私達を驚かせた。
「まあ……解除する必要もないみたいだけどね」
「え?」とフランの耳が一つ羽ばたいた。 パチェは細かな文字の列に目を走らせながら続ける。
「この魔法は一日しか効果がないみたい。弱い魔法だったようね。今晩寝れば、明日の朝起きる頃には跡形もなく消えているでしょう」
「よかったわね、妹様」とパチェが知人にならわかるくらいに微笑んだ。フランがきょとんとした表情をする。私はふっと息を吐いた。少し面倒くさくなると思ったが、その手間も省けたらしい。どうやら万事上手くいったようだ。まあ、それだったら、最初から下巻を探さなくてもよかったような気もしたが、それはコロンブスの卵という奴だろう。それに、仮に明日の朝、イヌ耳とイヌしっぽが消えたしても、何も知らないフランはまた生えてくるのではないかと不安がるだろう。何にせよ、問題は無事に解決していた。
フランが自分を取り巻いている皆を見渡す。
パチェは静かに微笑んでいた。
咲夜と小悪魔もフランに微笑を向けていた。
フランはしばらく呆然としていたが、やがて、イヌ耳がぴくりぴくりと、イヌしっぽがぶんぶんと振れ始めていた。
一つ大きく息をつく。
そして、フランはようやく安心したように微笑んでいた。
「――さて、私はそろそろ食事の支度をさせていただきますわ」
咲夜が微笑んで私達に言った。図書館の壁にかかっている時計を見る。いつもの夕食の時間まであと一時間くらいだった。「今日は特別にご馳走にしますね」と咲夜が悪戯っぽく笑う。「いいよ、そんな」とフランが恥ずかしそうに笑った。
私はフランの笑顔を見ながら、いい考えを思いついた。
夕食までの一時間を潰すにはもってこいの案だった。
私は自然と笑顔になっていた。
「ねえ、フラン、」
すっかり元気になったフランに私は笑いかけながら提案した。フランの不思議そうな緋い瞳が私の笑顔を映していた。
「たまには弾幕ごっこをしない?」
私の言葉に、フランがぱっと花が咲くように笑った。
「本当!? お姉さま、これから弾幕ごっこしてくれるの!?」
はしゃいだ声を上げるフラン。よほど嬉しいらしい。フランの頬に眩しい赤みが差していた。弾幕ごっこはフランが一番好きな遊びだった。フランは他にもトランプやチェスなどの遊びを知っているが、弾幕ごっこが一番のお気に入りだ。それは弾幕ごっこが単にゲームとしておもしろいからだけではなく、フランにとって友達のつくりかた――他者と触れ合うのに唯一自信のもてる方法だからかもしれなかった。そういえば、フランと弾幕ごっこをするのはかなり久しぶりだ。
フランの金色のイヌ耳が強く立ち上がり、ぴんぴんと揺れた。灰色のふさふさがぶんぶんと千切れそうなほど強く振れる。まるで散歩に誘われたイヌのような喜びようだった。
パチェも誘うと、彼女は二つ返事で了承してくれた。私は少しだけ驚いたが、喜びはしゃぐフランに向けられた親友の目を見て、私はパチェの考えを悟った。パチェもまたフランを心配してくれているのだろう。素直にこの親友に頭を下げたい気持ちになった。
「さあ、行きましょう、フラン」
私はフランに左手を差し出してそう誘った。フランは小さな右手で私の手を握り返してくれた。
フランは皆と遊びたいがために、イヌ耳とイヌしっぽを生やしたのだ。
今日いっぱいで消えてしまうのなら、思いっきり今日はいっしょに遊んでやろう――
私はフランの輝くばかりの笑顔を見て、そう思った。
その後、私達はフランの部屋の横にある『遊戯室』――巨大な地下運動場のようなものである――で弾幕ごっこをした。
久しぶりに戦うフランはかなり強くなっていた。フランが地下室から飛び出したあの事件以降も、フランは霊夢や魔理沙とときどき弾幕ごっこをしていた。おそらく、この頑張り屋の妹は一人で弾幕ごっこの技術を研究していたのだろう。私はフランと勝ち負けをプラスマイナスゼロにするので、精一杯だった。……ちなみに数戦したが、最下位はやはりパチェになってしまった。だが、あの七曜の魔女は最初から勝てるとは思っていなかったらしく、特に気にした風もなく、私を安心させてくれた。
咲夜には食事の時間を少し遅らせるように言った。咲夜は私の言葉を快諾してくれた。私達は目一杯弾幕ごっこで遊んだ。
ちなみに遊戯室と図書館の間の廊下には、なぜか妖精メイドたちがたくさんいた。彼女らの視線はフランに向けられていた。恐らく図書館付きのメイド(少なかったが、私はパチェ専属の妖精メイドをつけていた。今回の本探しは彼女達には危険だということでやらせなかった)が他のメイドたちに言ったのだろう。好奇心の強い妖精メイドたちはイヌ化したフランを見に来たのだった。
彼女達は私達の姿を見ると、慇懃そうに一礼をした。だが、少し離れるとフランの格好についてきゃいきゃい騒がしく話し出した。曰く、『妹様、すっごく可愛い!』、『本当! 鼻血出そうなくらいに可愛かったわ!』、『ただでさえ愛らしいのに、イヌ耳、イヌしっぽとか、反則じゃない!?』、『でも、何でイヌなのかしら? ネコじゃなくて』、『ネコ耳妹様とか萌え~』、『いろいろと理由つけても、どうせ誰かの趣味なんじゃない? イヌなのは』、『そのうち、某フリーゲームみたいに首輪つけて野外に連れ出したりするのかしら?』……。実に勝手なことばかり言う奴らだった。というか、妖精メイドのくせにメタ発言するな。フランは私の後ろに隠れるようにしていた。顔を真っ赤にして相当、恥ずかしがっていた。
弾幕ごっこの後は、風呂に入り、汚れた服を着替えて、食堂に向かう。
食堂に行くのにフランは渋ったが、もうあれだけ見られたんだから気にすることないわ、と言うと、フランはうなだれながらも、食堂で夕食をとることにうなずいてくれた。
夕食では久しぶりにお酒を飲むことにした。
食卓に十数本のワイン、ブランデーが並んでいた。床にもたくさんの酒瓶が天井の明かりに照らされていた。
今日のフランはよく飲んだ。
普段はあまり飲むほうではないのだが、この日は昼間の鬱憤を晴らすと言わんばかりに飲んだ。
飲み慣れている私よりもたくさんのお酒を飲んだ。
結果、フランは酔っ払った。
門番の紅美鈴に(昼は門番をしていたため図書館にいなかったが、夕食時にはシフトから外れたため、私達といっしょに食事をしていた)イヌ耳、イヌしっぽのことを可愛いと褒められると、フランはそんなことないよ、と言いながらも嬉しそうに笑っていた。
夕食の途中から、フランは私にくっついて離れなくなった。
フランは私の隣まで椅子をもってきて、私の左腕をぎゅっと抱き締めていた。何というか、完全に酔っ払いだった。パチェや咲夜、美鈴にからかわれても、フランは私を放そうとはしなかった。頭を私の左肩にあずけていたので、イヌ耳が顔に触れてくすぐったかった。フランはアルコールに真っ赤に染まった顔で上機嫌そうに微笑んでいた。まあ、それ以外に特に害もないので放って置くことにしたが、本当に夕食の最後までフランはそのままだった。
そして、今――
私はフランと一緒に、フランの地下室へ向かっていた。
夕食が終わってもフランは私を放してくれず、私の左腕に抱きついて、ぴったりと半身を私にくっつけていた。私は千鳥足のフランを支えながら廊下を歩いていた。ちなみに咲夜は今、フランのベッドメイクをしているところだった。
――本当に今夜のフランは甘えん坊だった。
まるでイヌのようにフランは私に甘えてきた。
何年――いや、何百年以来だろうか。
フランがこんなにも全力で私に甘えてきたのは。
「うーん、飲みすぎたよお……」
フランがうめくように言う。どうやら自覚はあるらしい。もっとも、そう言うフランの顔には相変わらず上機嫌そうな微笑が浮かんでいたのだが。ぴこぴこと揺れる大きな耳が頬をくすぐる。一日限りのイヌ耳だったが、なぜかそれがとても懐かしいものに思えるのだった――自然と頬が緩んでしまうくらいに。まあ今日はこのイヌ耳とイヌしっぽに心配をかけさせられ、迷惑をかけられたものだけど。
けれども。
それがフランの願いだったのかもしれない。
私達から進んでフランにかまってあげる。
それがフランがイヌ耳とイヌしっぽに願ったことだったのかもしれない。
「……ねえ、お姉さま」
そんなことを考えていると、フランが私に声をかけた。フランは薄目を開けて私を見ていた。イヌ耳の妹は相変わらず幸せそうに微笑んでいた。フランは酔っ払った、甘え切った声で私に話しかけた。
「お姉さま、私、プレゼントが欲しいな……」
その言葉に私は呆けてしまった。急にプレゼントとは、何のことだろう。私はフランの緋色の瞳を見つめた。妹は酔った微笑を浮かべていたが、その瞳からどこか真剣な光が感じられた。
「プレゼント? ……フランは何が欲しいのかしら?」
私はフランに尋ねた。フランはかすかに開いていた目を閉じる。そのまま眠ってしまいそうなほど安らかな顔だった。数歩、フランを支えながら歩き続ける。そういえば、フランが私に何かをねだるのも久しぶりのことだ。フランがこうして私に何かものをねだるのはとても珍しいことだった。フランの返答を待つが、フランはなかなか次の言葉を言ってくれなかった。まさか、本当に眠ってしまったのか、とフランの顔を見返す。だが、そこで、フランは小さく呟いた。
「…………わ」
「……わ?」
「うん、……わ」
よく聞こえなかったので、私はもう一度尋ねた。
「よく聞こえないわ、フラン。もうちょっと大きな声で言ってもらえないかしら?」
フランは、うにゅうにゅ、とうめいた。妹はいつ寝てしまってもおかしくなかった。もうほとんど無意識だろう。だが、フランは先ほどよりも大きな、はっきりとした声で、私に欲しいものを伝えた。
「……首輪」
その言葉に私はどきりと胸が鳴るのを感じた。フランは幸せそうに微笑みながら続けた。
「……私、首輪が欲しいな」
次の言葉が継がれることはなかった。私は驚きのあまり、言葉を失ってしまったが、フランが眠ってしまう前に何とか尋ねることができた。
「どうして、首輪が欲しいなんて思うの?」
本来なら、何馬鹿なことを言ってるの! と叱るところなのかもしれない。でも、私はフランの言葉を無下に切り捨てることはできなかった。
フランは目を閉じたまま、ほんわかと微笑んで言った。少しかすれた声だった。
「……首輪があれば、紐がつなげるでしょ」
「……………………」
「紐があれば……それをずっとお姉さまがもっててくれるかもしれないじゃない」
私は本当に絶句するしかなかった。だが、フランは私の気持ちなど気にせずに言う。
「首輪と紐があれば、ずっとお姉さまといっしょにいられるかもしれないじゃない」
私は黙っていた。胸が締めつけられていて、とても口を利ける状態ではなかった。ただ、フランが前に進むのを支えながら、妹の言葉を聞いていた。
フランが甘えるように、私の肩に頬をなすりつけた。イヌ耳がぴこりと小さく私の頬を撫でた。
「……嫌だよ」
フランはうめくように言った。
「もう……一人は嫌だよ……」
フランは小さく吠えるように言った。
「一人ぼっちは嫌だよ……」
フランは小犬のように震えながら言った。
「もう、お姉さまといっしょじゃないのは嫌だよ……」
フランは小さく泣きながら言った。
「もう、皆といっしょにいられないのは嫌だよ……」
幸せに微笑んでいるはずのフランの頬に一滴だけ、涙が流れた。
それを最後に、フランは黙ってしまった。フランは私室につくまで、ただ私に寄りかかりながら歩くだけだった。
私は答えることができなかった。
あげるよ、とも、だめよ、とも。
私は考えることしかできなかった。
フランの私室に着くと、咲夜が待っていた。すでにフランのベッドメイクは終了していた。おそらく、フランの服の着替えを手伝うために残っていたのだろう。
フランは咲夜の姿を見ると、「わぁ、咲夜だあ」と言って、私から離れて咲夜に抱きついていった。咲夜は苦笑して、フランの小さな身体を受け止めていた。咲夜にじゃれつくフランの姿には、先ほどの悲しそうな陰は見えなかった。
こうしてみると、フランは本当にただの少女だと思う。
破壊の能力も、狂気も、495年の空白も関係なく――
ただ無邪気にイヌ耳とイヌしっぽを生やした、愛らしい少女。
一生懸命で寂しがり屋で甘えん坊の可愛い女の子。
でも、そんなフランの姿が切なくて儚くて、どうしようもなかった。
やがて、フランは咲夜に着替えを手伝ってもらって、パジャマを着るとベッドに潜り込んだ。
ベッドの中に入ったフランはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
咲夜は私の部屋のベッドメイクをすると言って、去っていった。
フランの地下室には、私と安らかに眠っているフランだけが残された。
私はフランの寝顔を見ながら考える。
フランのお願いにどう答えるべきか。
イエスか、ノーか。
そして、その返答の先で、私はフランのために何をしてあげられるか、を。
……それにしても首輪とは。
私は思わずため息をついた。フランはきっとメイドの言葉を覚えていたのだろう。まったく、他人の妹に何という言葉を教えるんだ、と苦笑せざるをえなかった。
でも、フランが首輪を望んだのは、間違いなくフランの意思だったのだ。
「まったく、あなたには迷惑ばかりかけられるわ」
勝手にイヌ耳としっぽを生やして、皆を巻き込んで。
酔っ払った挙句、よくわからないお願い事をして。
そこまでしないと、自分の気持ちを伝えられないなんて。
本当に――困った妹だった。
「でも、どうしようかしらね」
眠っているフランに尋ねる。もちろん答えはなかった。イヌ耳がぴこりぴこりと動いたが、それがイエスなのかノーなのかはわからなかった。
フランは――イヌではないのだ。
今でこそイヌの姿をしているが、それも明日の朝には元に戻る。
明日からのフランは吸血鬼のフランとして生きなければならないのだった。
そこで、首輪を与えたからどうなるというのだろう。
まるで、主人と奴隷のようだった。
生憎、私には妹を奴隷扱いする趣味はない。
だから、フランには首輪をプレゼントするわけにはいかない。
でも、断るだけでは明らかに何かが足りなかった。
私はフランに首輪以外のものをプレゼントしてあげなければならない。
「さて、何をプレゼントしたほうがいいのでしょうか、お姫様?」
フランは答えなかった。
ただ、私のプレゼントを期待するように幸せそうな微笑を浮かべて眠っていた。
私はフランの清らかな寝顔を見ながら考え続けた。
翌朝、朝食に向かう途中で、フランと会った。
パチェの言葉通り、フランにはもうイヌ耳とイヌしっぽは生えていなかった。
余計なものがなくなったフランは安心したように微笑んでいた。
あのイヌ耳とイヌしっぽ、可愛かったんだけどなあ……
まあ、今のフランも十分可愛いんだけど。
私達はいっしょに食堂に向かうことにした。
他愛もない雑談をしながら。
まるで昨日のことなどなかったように。
けれども、それではいけなかった。
昨日のことを無にしてはいけない。
私は適当なところで、フランに切り出した。
「ねえ、フラン、昨日のプレゼントのことなんだけど……」
その言葉にフランの顔が爆発したように赤くなった。あれだけ酔っていたから忘れているだろうと思ったが、フランはちゃんと覚えていたようだった。火照った顔を両手で押さえて、どうしようどうしようと頭を振っている。やはり酔った勢いでの言葉だったらしい。もっとも、普段のフランからはあんな恥ずかしい台詞、聞けるわけがなかった。不器用なフランは知らんぷりをするこもできない。ここまで慌てていては誤魔化すことなど、あまりにも遅かったのだが。
まあ、落ち着きなさい、とフランを落ち着かせる。フランは私が真面目になっている様子を感じ取ったのか、まだ顔が赤かったが、両手をちゃんと下げて私の言葉を聞く姿勢をとってくれた。フランは真っ直ぐに私の目を見て、私の言葉を受け入れる準備をしてくれた。
一晩、考えた。
さすがに寝ずに一晩ではなかったけど、真剣に考えた。
そして、一つの贈り物が思い浮かんだ。
というより、それ以外浮かばなかったのだけれど。
受け取るか、受け取らないかはフランの自由だ。
もし、ここで受け取らなくても、それはフランの意思だ。
でも――
できれば受け取って欲しいという気持ちは本物だった。
「フラン、首輪のことだけれど……」
その言葉にフランが唇をかすかに引き締めた。今はないフランのイヌ耳を幻視する。私は躊躇わず、一気に言ってしまうことにした。
「フランに首輪はあげられないわ」
その言葉にフランの表情が曇る。
「フランには首輪をプレゼントすることなんてできない。フランは――イヌじゃないもの」
フランの消えてしまったイヌ耳がしょげてしまったように見えた。フランはぎこちなく微笑んでいた。やがて、フランは悲しい微笑を浮かべたままうつむいてしまった。
「……そうだよね」
少しだけ、その声はかすれていたが、フランはうつむいたまま言葉を続けた。
「あはは……私も何を言ってたんだろうね。首輪をプレゼントするなんて、そんな馬鹿なことないのにね……」
フランは笑っていた。
自分の願っていたことが馬鹿なことだったかのように。
自分が皆といっしょにいることが夢想であるかのように。
「ごめんね、お姉さま。昨日のお願い忘れてくれないかな。あれは冗談だったってことで、忘れてほ……」
私は最後まで言わせなかった。
忘れるものか――と思う。
フランの願いを忘れてなるものか――と。
私はフランの右手を取り、両手で握り締めた。
呆けた――でも、どこか寂しそうなフランの顔。
私は妹の緋色の瞳を真っ直ぐに見て言った。
「代わりに――」
どうか受け取って欲しい――と願いながら言う。
「私の両手をあげるわ」
私は驚きに満ちていくフランの目を見ながら、両手により強い力をこめた。
「フランに私の両手を貸してあげる」
フランには少々厳しい贈り物かもしれないが――
生憎、私にはこれしか渡せるものがないのだった。
「フランは好きなときに私の手を握ることができる」
私は妹に宣言した。
「右手でも左手でもいい。もちろん両手でもいい。フランは私の手をいつでも握ることができる。遊びたいときでも、寂しいときでも、私の手を握ることができる。もちろん放したいときはいつだって放していいし、放したくなければ、ずっと握っていたっていい。でも――」
私はフランのもうイヌ耳が生えていない顔を見つめながら言った。
「フランから――私の手を握って欲しいの」
情けないことだが、私ではフランに人と付き合っていく方法を教えることができない。私もそれほど人付き合いが得意なわけではないし、正直、誰かといっしょにいるということがどういうことなのかを、自信をもって説明することもできない。
でも、フランを無理に私達に縛りつけてもそれは恐らく解決しない。
順応する前に、フランの心は壊れてしまうのかもしれなかった。
フランは徐々に慣れていくしかないのだ。
人と付き合うことに。
誰かいっしょにいるということに。
だから、私がフランにしてあげられることは、いつでもフランを受け入れる気持ちがあると伝えることだけだった。
私にできることはフランといっしょに我慢することだけ。
フランといつまでもいっしょにいてあげると伝えることだけだ。
それでもいいのなら、
それだけでいいのなら、
どうか、私の手を握っていて欲しい――
私はそう願いながら、ただひたすらフランの小さな右手を握り続けた。
「――本当に貸してくれるの?」
フランが私にそう尋ねた。低くかすれた声だった。私はその問いにうなずく。
「ええ。貸してあげるわ」
「――使わないかもしれないよ?」
「なら、使ってくれるまで待ってるだけだわ」
「逆に、掴んだらもう放さないかもしれない」
「それでいいのよ。むしろ、私のほうが放せなくなってるかもしれないわね」
フランはじっと私の顔を見つめていた。
フランはただ真剣な顔をしていた。
どれくらいの間、そうしていただろう。
やがて、フランの顔がくしゃりとなった。
ぽろぽろと綺麗な涙が緋色の目からたくさん零れ出した。
昨日の晩のときにも一滴しか出なかった涙が、いっぱい頬を伝っていた。
今までずっと我慢してきた涙が溢れ出ていた。
そして――
私の身体をフランが抱き締めた。
私ではなく――
フランが先に――
フランから私に抱きついてきてくれた。
ならば――私もフランを抱き返そう。
そのまましばらく、フランは私の胸の中で泣いていた。
かなり長い時間そうしていた。
けれども、泣き終わって顔をあげたフランは笑顔だった。
イヌ耳もイヌしっぽもないけれど。
フランの笑顔は素敵だった。
そして、私達は手を繋いだ。
もちろん、フランから私の手を握ってくれた。
「さあ、行きましょうか」
私が声をかけると、フランはうん、とうなずいた。
これでいい。
いや、今はまだ『いい』と言えないかもしれないが――
これからよくなればいい。
フランはこれからもずっと私達といっしょにいられるのだから。
少なくともフランの私の手を握る力はそう信じさせてくれるだけの強さがあった。
フランの小さな手と綺麗な笑顔といっしょに、私は食堂へ向かった。
,
犬可愛いよ。
首輪の代わりにチョーカーをあげれば良いのに、と思った私はちょっとパチュリー様のロイヤルフレアを溶けるまで浴びてきます。
ネタとしては王道な獣耳をそう調理しますか。
そして後半は水戸黄門が如き貴方のワールド。
姉妹が可愛くてしょうがないのに割ってはいるなんて無粋、と思わせるまでの相思相愛。
参りました。ありがとう。
ラストのお嬢様の贈り物が素敵すぎる。
フランは良い子
フランは可愛い
やはりフラレミよりレミフラだな。<無在氏感謝
後半が怒濤の勢いでこみ上げる感動、いい作品をありがとう。
なんで?なんでいい話になってるん?
感動いたしました。ごちそうさまでした。
最高!!!!
マジで最高!!!!
とか言ってる奴犬派だろ
汚いさすが犬派汚い
危うく犬派にry
いやもうレミリアがふざける時にはとことん道化になるのに締めるとことはしっかり締めてくれて素敵です。
時系列的には悲喜交々は結構後なんですかね?いや、地下の遊戯室って確かアレ以降70年そのままだったような。
今回の妹様のイヌ化ですが、前半は人狼などの狼化が強調されていますが、後半ではむしろ妹様が自分から望んで(もっとも無意識下ですが)イヌになるという流れになっています。パチュリーやお嬢様は、最初こそ妹様は人狼化したのではないか、と考えていましたが、咲夜の言葉のように、魔道書の特殊な仕掛けに気づいた後は、むしろ妹様の性格や考えこそが、妹様のイヌ化に関係していることを理解しています。そこは本文をちゃんと読めばわかると思います。ぶっちゃけてしまえば、このSSは後半ではすでに吸血鬼が何の動物に近いかではなく、妹様は何になりたかったかが主題となっているのです。
蝙蝠については、無在も書いてる途中、その選択肢もあるかなとは思いましたが、吸血鬼の本来の性格を伝承などから考察しますと、あまり適切ではないと考え、除外しました。東方公式でも、お嬢様たちの蝙蝠属性については精々、ミスティアのところで触れられていたくらいですし、それほど大きなウエイトを占めるものでもない。お嬢様たちの本質はやはり人間に近いものだと考えました。人間も蝙蝠よりはイヌに近い生き物です。
以上、長々とコメ返し、失礼しました。
ふわんどーるの写真をなぜ撮っておかなかったのか!
それはそうと『ネロよ寝ろ』で爆笑したのは内緒。
フランちゃんがお姉様と手を繋いで外に出ていく日も近くなったと信じます。
素晴らしいSSをありがとう!
あなたの作品を見るたびに、レミリアとフランへの愛が満たされていく…
いや~…………レミフラの理想像です!
これからはレミリアお嬢様には放任主義ではなく、フランともっと遊んでほしい!
俺の今までの妹様像をいい意味で玉砕してくれたと思います。
レミリアもいいですね、カリスマがあって。
姉馬鹿ですがwww
無在様の作品最高です!
これからもがんばってください!
毎回感動できる素敵な作品をありがとうございます
やっぱり、首輪、なんていう一方的な繋がりよりも、
手を繋ぐ、という相互的な繋がりの方がいいですよね。
二人が、手を取り合って、いつまでも一緒に歩いてくれることを願って。
イヌミミフランちゃんは斬新な発想ですね。
あいからわずギャグからシリアスへの転換が素晴らしいです。
フランは私の隣まで椅子をもってきて、私の左腕をぎゅっと抱き締めていた。>ここの場面頭で想像したら5分ぐらい悶えてた。悶え死ぬかと思った。
…それはそれでいい死にざまだな。
最後の贈り物が両手とは、さすがですねお嬢様。これからはフランちゃんは寂しい思いをしなくなると信じています。
最後に一言。わんこふらんかわいいよ!