やればできる死神なのである。
いかなる気まぐれかバイオリズムか、あるいは昨日のお説教とお仕置きが流石に効いたのか、小野塚小町はこの日、空前の働きぶりを見せた。
精力的に鎌を振るい、順番待ちで溜まりに溜まった此岸の霊たちを片っ端から集めては彼岸に送り、未練たらしく彼岸花を咲かせている霊がいればどやしつけて花から追い出し彼岸に送り、たまたま無縁塚の散策に来ていた雑貨屋の主を見かければとりあえず捕まえて彼岸に送る。いつもはゆるりと三途の川をゆく舟は強襲揚陸艇さながらの高速船と化し、白く長大な航跡を残しながらほとばしる水飛沫はそのまま大量の霧に化けて、『川霧らめぇ』とどこぞの庭師が泣き出す始末。
その甲斐あって、今や川辺を賑わせていた霊たちは綺麗に一掃され、無縁塚は実に久方ぶりの静寂を取り戻したのだった。
そんな、稀有な一日の終わり。
彼岸に渡り、上司の執務室で業務報告を終えた小町は、当然の権利のようにその場で大の字にぶっ倒れた。
髪は乱れ、サラシは緩み、疲弊しきった表情で長い息を吐き出すその様には、どこの妖怪にボコられたのかと尋ねたくもなるような趣がある。
一方で、執務机からそれを見下ろす上司――四季映姫ヤマザナドゥもまた、珍しくもくたびれた様子をあらわにしていた。
死神が多くの死者を運べば、それを裁く閻魔もまた忙殺されるのが道理である。机に半ば突っ伏す形で両手と顎を乗せた映姫は、口を動かす弾みで頭をがくがく揺らせながら部下に語りかける。
「……小町」
「ふぁい」
「貴方は少し、仕事のペースにムラがありすぎる」
「ぁぃ」
「私達の相手は意思ある魂なのですから、最終的に片が付きさえすればいいというものではないのですよ。まとめて済ませてしまおうなどと考えていては仕事の質にも障りますし、常に安定した処遇を霊たちに保障していればこそ、絶対公平を旨とする我々の……」
「」
「……はぁ」
疲れた。
おそらく半分も小町の耳に入っていないであろう説教を、映姫は打ち切る。
まあいい。極端に過ぎる形ではあるが、とにかく小町が奮起してくれたことに変わりはないのだ。働いたというのにお説教を受けたとあっては、彼女の今後の士気にも響くだろう。
「まあ……なんであれ、職務に励んだこと自体は評価します。貴方は優れた能力の持ち主には違いないのだから、これからはもう少し仕事の配分というものを考えなさい。結局はそれが貴方自身を楽にするのですから」
「……は。善処します」
「よろしい」
さて、と映姫は手元の資料に目を落とす。
明日中に幻想郷で死を迎える者のリストだった。
「さしあたり明日は……そうね。すぐには川向こうに霊も集まってこないでしょうし……」
暇になるだろう、と映姫は踏んだ。
死を迎え、三途の川を渡ることになった霊たちには、できれば出航の前にいくばくかの時間を与え、己の境遇をきちんと受け入れさせてやった方が良い。今日の小町は無縁塚にやって来たばかりの霊まで根こそぎ映姫の前に連れてきてしまったわけだが、明日も敢えてそうする必要はあるまい。
結果としては小町を甘やかしてしまうことになるかもしれないけれど――と考えながら、映姫は一つの提案を口にした。
「明日は休みをあげるから、ゆっくり英気を養いなさい」
「えええぇえぇ―――っ!?」
いきなり、小町が素っ頓狂な声と共に跳ね起きた。
「い、いま、えーきを養えと仰いましたか!?」
「ええ」
言った。
「そ、そそそ、それってどういう意味で……?」
「言葉どおりの意味ですが」
「なんだってぇ―――っ!!」
言葉どおり、しっかり休んで明後日からの仕事に備えろという意味である。
てゆうか小町うるさい。
なにをそんなに驚くのか、と映姫は眉をひそめる。
「嫌なのですか?」
「そんな、滅相もないっ!! ただ、その、四季さまは……あたいでいいんですか?」
「いいもなにも、私には小町しかいないでしょうに」
「きゃぁぁぁぁぁぁん☆」
映姫の下で船頭を務める死神は小町だけであるからして、霊の調整弁として映姫がその勤怠を裁量する相手といえば、彼女以外にいないのである。あとうるさい。
何故か上気している頬に両手をあて、みょんな嬌声を発しながら、不気味に体をくねらせる小町。
休みを貰えたことがそんなに嬉しいのだろうか。
「――ふむ」
今度は不意に押し黙り、腕を組んでじっと俯く小町。その表情が窺い知れず、理解に苦しむ映姫が「あの」と呼び掛けようとした瞬間、小町はがばっと顔を上げて映姫を真っ向から見据えた。
初めて見る小町だった。
両の瞳に確固たる意思を秘め、凛と引き締まった顔をしていた。
「わかりました。あたいも女です。そのお話、謹んでお受けいたしましょう」
「はぁ」
そんなに肩肘張らなくてもいいと思うのだが。
「それじゃ明日は、四季さまも仕事をお休みになるってことですよね?」
「えっ、私ですか? 私は、霊が来なくても色々とやるべき事はありますし、別に休まなくても……」
「そんな! あたい一人だけ休めって言われても困っちまいますよ。四季さまだって休んでくれなきゃあ」
可愛い事を言うものだ。
思わぬ部下の気遣いに、映姫の表情がほろりと緩む。
くたくたに疲れているという自覚はあったものの、性分というべきか、自分が休暇を取るなどという事には思いもよらなかった映姫である。言われてみれば、ここは一つ、小町に付き合って体を休めるのもいいかもしれない。疲労のせいで仕事の正確性を欠いてしまっては元も子もないのだし……。
「うーん、そうね。小町がそう言うなら、たまには私も休もうかしら……」
「是非に!」
じゃあそうするわ――と、半ば小町に押し切られる形で映姫は答えた。
その返答に満足したのか、小町は何度もうんうんと頷く。それから傍らに放ってあった鎌を拾い上げて肩に担ぐと、しゃんと背筋を伸ばして映姫に敬礼をよこした。
「それでは、あたいは色々と明日の準備があるので、これにて失礼します」
「ええ。ご苦労様」
準備ってなんだろう。
小町くらいのサボマイスタになると、休暇を過ごすにもそれなりのテクがあるのかもしれない。
はてさて。映姫は自分の明日について考えを巡らせる。降って湧いた久しぶりの休暇に、いささかの戸惑いを覚える。そもそも休暇というのはどのように過ごすものだったか――?
「あの、四季さま」
「はい?」
呼ばれて顔を上げる。
小町が執務室の扉に手をかけたまま、振り返って映姫を見ていた。
映姫が小首を傾げて続きを促すと、小町はあのですね、とわずかに俊巡してから伏せがちだった視線を上げ、
「……これからは『映姫さま』とお呼びしてもいいですか?」
「えっ? ええ。別に構いませんが、また急にどうして――」
あっはっは。
屈託なく笑いながら、小町は『わかってるくせに』とでも言いたげに手をひらひらさせる。もちろん映姫には全然わからない。
自分で言い出しておいて照れ臭くなったのか、小町はそそくさと目を逸らすと必要以上に元気よくドアを押し開き、たまたまそこにいたリリーブラックを此岸まで吹っ飛ばした。
「それでは映姫さま、また明日っ!」
ひらりと手を挙げ、元気に駆け去ってゆく小町。
映姫は呆然と手を振りつつ、その背中を見送るばかりであった。
「あ、はい。また……」
……明日?
◇ ◇ ◇
「たのもー!」
呼び鈴が打ち鳴らされる。
扉が荒々しく連打される。
早朝である。
まだ寝ている人間の方が多い時分である。
騒音に叩き起こされ、生活空間から這い出てきた香霖堂の店主――森近霖之助は、どいつもこいつもなぜ営業時間というものを弁えないのか、と心中でぼやきながら店の入口に向かった。
「たーのーもー!!」
「はいはい、いま開けるよ」
傍迷惑な客である。
しかし実のところ、こんな風に時間を選ばずにやって来る客の方が、意外に金払いが良かったりするものだ。いま扉の向こうで喚いているのがその手合いであるならば、日中にふらりと押しかけてお茶や商品を強奪してゆく連中より余程ましなお客様であろう。
そんな淡い期待を抱きながら、霖之助は扉を開けた。
「いらっしゃい……ああ、君か」
そこに立っていたのは、大鎌を持った死神。小野塚小町だった。
彼女には昨日ちょっとアレな目に遇わされたせいで一瞬たじろいだ霖之助だったが、すぐに気をとり直して居住まいを正す。まだ相手がまともな客である可能性があるうちは、丁重に扱う必要があるのだ。
「やあ、珍しいね。こんな早くからなにか入り用――」
「死ねえぇぇぇぇぇぇ――――――っ!!」
「へぶっ!?」
問答無用であった。
大盤振る舞いであった。
一歩踏み込むが早いか、死神の放った投げ銭は烈風怒濤の弾幕と化し、いかなる反応も許さぬままに霖之助を薙ぎ倒した。
一人を屠ってなお荒れ狂う弾幕は店内を容赦なく蹂躙し、壁という壁、柱という柱に突き刺さり、壊れ物の商品を上手く避けているのは死神の手心、大小様々な銅銭や鉄銭が派手な音を立ててそこらじゅうの床に降り積もる。まさに硬貨は抜群であった。
「……さて、」
倒れ伏す店主の脇を抜け、死神が颯爽と二歩目を踏み出す。
「払うもんは払った。あたいの有り金ぜんぶだ。こっちの望みの品を出してもらおうか」
今のが支払いかよ。
霖之助は顔を起こして抗議の声を上げる。
「し、死ねって! いま死ねって言った確かに!」
「挨拶だよ。死神風のね」
「あ、そう……」
それじゃあアレですか。君らは誰かに会う度にそんな挨拶をよこすんですか。三千里歩いて生き別れの母に再会してもとりあえず第一声は『死ね』ですか。
まともな客を期待した自分が馬鹿だった、としみじみと思いながら、霖之助は身体中にめり込んだ銭をじゃらじゃら振るい落として立ち上がる。
「……まあいい。ならば商売の話をしよう。それで君は、全財産をはたいて一体なにをお求めで?」
霖之助の問いに、小町は迷いのない眼で、
「婚儀の衣装。二人前欲しい」
「ほう……」
まあ、深くは訊くまい。
もやもやと想像を巡らせながらも、霖之助は商人の本分を優先させ、服飾関係の品が並ぶ一画へと小町をいざなう。
そこには、専門の呉服屋にはむろん及ばないものの、羽織袴や白無垢、さらには洋物の燕尾服やドレスなど数点の衣装が整然と陳列されていた。霖之助はそれらを手際よく取り出しては小町に示す。
「いくつかあるから、手に取って見てみるといい」
「へえー……。雑貨屋のくせに、これはなかなかの品揃えだねえ」
「まあね。無縁塚に流れ着く品物には結構なばらつきがあるんだよ。この手の衣装っていうのはわりと多い方かな」
とっかえひっかえ商品を撫でては感嘆の溜め息を漏らす小町に、霖之助はちょっと得意げな気分で答える。
実際、霖之助が無縁塚の散策を重ねてきた経験から言えば、拾い物の衣服の中で結婚装束が占める割合は明らかに高いのである。どうやら外の世界では幻想として消えゆく結婚というのが存外に多いものらしい。
「うーん、やっぱりあたいはこういうのが……」
ほどなくして小町はある一揃いの衣装の前で足を止め、腕を組んで思案を始めた。
ほう、と霖之助が小さく声を漏らす。なかなかいい品定めだ。
小町が目をつけたそれは、純白も純白、コルセットもスカートも手袋もまるで血統書つきの毛玉のように真っ白な、全身いたるところでレースが煌めきフリルが揺れる、清楚にして豪奢なウェディングドレスだった。商品の値段は売るときに決めている霖之助だったが、このドレスがここ一帯の服の中で最も高価な品になることは間違いないだろう。
売るとすれば……そうだな、値段は……、
「ねえ店主さん」
「えっ?」
「へ、変じゃないかな? これ」
「……あ、うん。その、似合ってる、と思う僕は」
いきなり感想を求められ、正直言ってなにも考えずに変な受け答えをしてしまった。
しかしそんな言葉にも小町は「あは」と破顔し、純白のドレスを胸にあてたまま姿見の前で左右に体を振ってみせる。
「……いや、似合ってるよ本当に……」
小町の振る舞いを眺めながら、霖之助は改めてひっそりと呟く。
見知った人妖の少女たちの中でも、小野塚小町というのはサバサバしているというか磨れているというか、どちらかと言えば『大人の女性』に属する方だと霖之助は思っていたのだが、こうして花嫁衣装を手にはしゃぐ彼女を見ていると、なかなかどうして少女な面もあるようだ。なんか「きゃん」とか聞こえるし。
「ところで、気に入ってもらったところに水を差すようだけど、サイズはちゃんと確かめたのかい? そういう服は体型がぴったり合わないと着づらいだろうし、特に君は背が高いほうだから――」
「いやなに、大丈夫さ。そこんところはあたいの距離を操る程度の能力で、肩幅やら胴回りやらをちょちょいとね……」
「そういうものなわけ?」
便利な能力だなおい。
船頭なんかより仕立て屋でもやった方が儲かるんじゃないのか。
霖之助の視線をよそに、ドレス一式をキープした小町はまた鼻唄まじりに商品の一つ一つを物色し始めた。
やがてドレスと同じくらいの時間をかけ、小町が選び出した二着目は白無垢。女物の和装である。
もちろん、帯や足袋や綿帽子などもひととおり揃っていた。
「これでよしっと。いや、いい買い物をしたよ」
上機嫌の小町が、ドレスと白無垢を両脇に抱えて踵を返す。
霖之助は、なんとなく雰囲気に流されるまま死神の背中を見送りかけていたが、ふと我に返って手元の算盤を素早く弾きだした。
「店主、世話んなったね。それじゃ失礼――」
「待ちたまえ」
意気揚々と踏み出しかけたその一歩を、霖之助の声がぴしゃりと止める。
小町が怪訝な顔で振り向く。
「どうかしたのかい?」
「ああ。さっき君が威勢よくばらまいたお金なんだが……」
店のそこかしこに散らばる銭玉に視線を走らせながら、ずい、と霖之助は算盤を突き出す。
「総額としては、大体こんなところだろう」
へえ、と小町が感心したように目を見開く。
どうやら、おおよそ正鵠を射た数字であるらしい。
馬鹿にしてはいけない。森近霖之助は腐っても商売人である。金勘定に関しては独立以前から積み上げてきたスキルというものがあった。
「結構な金額だ」
「そりゃ、どうも」
「しかしね、いい目をしていると言うべきか、君が選んだその二つも負けず劣らずの逸品なんだよ」
「……つまり?」
「この額じゃ、売れない」
きっぱりと言い放つ霖之助に、小町は露骨に頬を膨らませてみせる。
「ちっとは負けてくれたっていいじゃない。これだけでかい買い物なんだからさ」
「これでも大いに引き算をした結果なんだよ? どうやらおめでたい事のようだからね。しかし、こっちだって商売でやってるんだ。もう少しでも色をつけてくれないと」
「そんなこと言われたって、あれが全財産だってば……」
「ふむ。なんなら物だって構わないがね。なにか値打ちのある品でも持って――」
「そりゃアッ!!」
「へむっ!?」
電光石火であった。
小町が身に付けていたすべての物が、一塊の大弾となって霖之助の顔面を直撃した。
服やサラシや足袋やその他あれこれに目鼻を塞がれ、ふかふかの暗闇に閉ざされる霖之助の世界。その傍らで小町は唯一残った大鎌を肩にかけ、じたばたもがく店主を涼しげに見下ろす。
「それじゃあ、ちょいと奥の方で着替えさせてもらうよ。あ、覗いたら彼岸に送るから」
死神風に釘を刺し、カウンターの奥へと消える小町。
呼吸もなにもままならない霖之助としては、実際それどころではなかったのだが。
それからしばし悪戦苦闘の後、どうにか花嫁衣装の装着を終え、ドレスアップした小町がのっそりとカウンターに戻ってくる。
「さて、それじゃ今度こそ失礼。ついでにこれも貰ってくよ」
入口近くの陳列棚にあった氷砂糖の小袋を取り、中の一つを口に放りながら、白き死神は手を振って香霖堂を去っていった。
ちなみに、まだ小町グッズにまみれて脱出できずにいた霖之助。
酸欠により二度目の彼岸帰航に旅立ちかけていたのだが、肝心の船頭が現場にいなかったため一命をとりとめたのだった。
◇ ◇ ◇
「四季さま四季さま、映姫さま! お迎えにあがりました!!」
その声とノックの音に、映姫はむっくりと枕から顔を上げた。
普段は何かに起こされるまでもなく、毎朝しゃっきりと定刻に目覚める映姫だったが、今日は非番ということで久々に余分の朝寝にふけっていたのだった。もっとも、朝寝といってもまだ早い時分には違いないのだけど。
折悪くノンレム睡眠の真っ只中で起こされてしまった映姫は、ぇぅ、と抽象的な呻きを発しながら、惚けた顔を音の発生源に振り向ける。
「映姫さまぁー!」
「……?」
ここは映姫の自宅。人呼んでシキハウス。シの上にダッシュがつく。
その玄関先で、誰かが一生懸命に映姫を呼んでいた。
ものすごく聞き覚えのある声なのだが、それが一体誰なのか、寝起きの混沌とした思考ではいまいち判然としない。
ぇぅ。
映姫は四つん這いになって布団から抜け出し、ホモ・サピエンスの進化の系譜のごとく、ゆっくりと直立二足歩行に移行しながら玄関へと向かっていった。
「あ、おはようございます映姫さま」
「……」
ドアの向こうには、白くて、きらきらで、ふわふわなものがいた。
無言で見つめることしばし、映姫はそのきらふわの中に、よくよく見知った顔を見つけた。
寝ぼけまなこには眩しいほどの白づくめ。指先から肘までをぴったりとシルクの手袋に覆われた両手が、衣装入れと思しき箱とお馴染みの大鎌をそれぞれに抱えている。いつも左右でぞんざいに結われていた髪はふわりと解かれ、ぐんと大人びた風情をたたえて、神秘的な意匠のヴェールとともに美しく揺れている。
まだ夢を見ているのかもしれない、と映姫は思った。
頭から爪先までことごとく見違えて、記憶の中にあるどんな姿とも隔絶していて、しかしその姿はやはりどう見ても映姫がよく知る彼女のものであって、要するに彼女は、
「……こまちー?」
「はいっ、小町です!」
ゆるゆると首を傾げて問う映姫に、小野塚小町が溌剌とした笑顔で応えた。
――ところで、先程から映姫の挙動がいろいろと精彩を欠いているのは、なにも寝起きだからというばかりではない。
四季映姫ヤマザナドゥは、幻想郷の最高裁判長として、のべつまくなしに押し寄せる死者の群れを厳格無比な審判で裁くことを生業としている。
それはまさに幻想郷というシステムを支える要の一つであり、人間はおろか知力に秀でた妖怪ですら二の足を踏むであろうその激務を、この比類なき才媛は日々こなしているのだった。
優れたビジネスパーソンは仕事とオフをきっちり切り替えて休息をとる。四季映姫もまた然り。
多忙な彼女は、少ない休暇を最大限に活かすため、非番の日にはその『白黒はっきりつける程度の能力』によってかなりゆるい子へと変貌を遂げることにより、心身の安息をはかっているのである。
「……んと、」
さて、そんな非番モードの最中に予期せぬ来訪者を迎えた四季映姫さいばんちょ。
うにょーん、と今度は反対側に首を傾げ、ゆるい頭で状況を分析する。
ええと、なんでか知らないけど小町がうちに来てて、私はいま起きたばっかりだから、つまり――、
「お布団たたんで着替えるから、まだ入っちゃだめ」
玄関に立つ小町にくるりと背を向け、寝室へと歩を進める映姫。
しかしその背中を、すぐに小町の声が呼び止めた。
「あ、待った。映姫さま」
「……?」
「まだ着替えてないなら、いっそ好都合ってもんです。今ここで『お召し換え』しちまいましょう」
「えっ……お召し換えって?」
「へへ、いいのを調達してきたんですよ。それじゃ、ちょいと失礼して……」
小町は手にした箱を軽く傾けて意味ありげに笑って見せると、大鎌を傍らに立てかけ、窮屈そうなヒールを脱ぎ、かさばるスカートを「よいせ」とたくしあげながら板の間に上がり込んできた。
さっぱり状況が飲み込めず、呆けた顔で立ちつくす映姫の傍らへ、小町が静かに歩み寄る。
「お着替え、あたいも手伝いますよ。それからお髪も整えなきゃね」
「へっ?」
「はい映姫さま、ばんざいしてー」
「あっ、うん、でも、」
なにも解らぬままに両腕を掲げる映姫。
その腰に小町の手が伸びて、帯の端をむんずと掴み、
「では僭越ながら」
「あの、なにを――うゃあっ!?」
ほーれい! という掛け声と共に、一気に引っ張られた。
直立姿勢をとっていたところへ強力な回転ベクトルを与えられ、映姫は2.4ヒナくらいの速度でぎゅるぎゅる回る。
「あ、あ―――れぇ―――っ!?」
まさにコマ回し。
彼岸の朝に、閻魔の嬌声が響き渡った。
◇ ◇ ◇
「――はっ」
ふと我に返る。
気付けば映姫は、小町の両腕に抱えられ、幻想郷の空を飛んでいた。着衣も、いつの間にか寝間着から真っ白な着物に変わっている。
どうやら、目を回している間に小町に着替えさせられ、おまけに家から連れ出されて川を越えてきたものらしい。なんでかは知らないけど。
映姫はおずおずと、小町の懐から彼女の顔を見上げる。
「あの……小町?」
「はいっ、なんでしょう?」
上機嫌で鼻唄なんぞを吟じていた小町が、にこやかに見下ろしてくる。
少しだけ調子の戻ってきた映姫は、うーんと唸り、山積していた疑問の一つを口にした。
「私達は今、何処へ向かっているのでしょうか?」
「どこって、そりゃあ、もちろん教会に」
至極当然といった調子で小町が答えた。
「……境界? 博麗大結界のこと?」
「いや、その境界じゃなくて、教会。チャペルですよ。ほら、三角屋根のてっぺんに十字架がおっ立ってるやつ」
ああ、その教会ね――と理解した映姫。
いやいや、ちょっと待て。まだ納得するような時間じゃない。そもそも自分たちが教会を目指さなければならない理由が解らない。
それに、なにより、
「……幻想郷に教会なんてありましたっけ?」
「や、心配は御無用。それについてはあたいに考えがあります」
額に指を当てて問う映姫に、小町は自信たっぷりの様子で答える。
そしてなにやら懐をごそごそやったかと思うと、財布のような小さな袋を取り出した。
コルセット着けてるのにそんな物を収納しておける胸ってなんなんだろう、と映姫は思いました。
「それは?」
「氷砂糖です。こいつが嫌いな子供はいません」
◇ ◇ ◇
ルーミアを捕獲!
紅魔館の屋根にセット!
「んー、甘くて幸せ~☆」
小町の願いを快諾したルーミアが、報酬の氷砂糖を嬉しそうに頬張りながら、いつものポーズで紅魔館の屋根べりに立つ。
こうしてここに、一日限りの『聖スカーレット紅魔教会』が誕生したのだった。
「私の家が神聖なる社になっちゃった。霊夢のところとお揃いね」
「よろしいのですか、お嬢様? なんといいますか、その、悪魔的に」
「別に構わないよ。あの死神には許可を出してやったんだから、あとは好きにやらせるさ。なんなら咲夜、お前も手を貸してやりなさい」
「畏まりました。お嬢様の居城で無様な式はさせませんわ」
白無垢の閻魔を抱きかかえたウェディングドレスの死神が、紅魔館の庭園にふわりと降り立つ。
それを迎えるのは紅魔館の主従と住人一同、そして有象無象の人妖たち。皆、昨日のうちに小町の招待を直接あるいは人づてに受けた連中だった。
おめでとう。おめでとう。ありがとう。
惜しみない拍手とともに祝いの言葉を連呼する少女たち。
その輪の中へと、輝くような笑顔を返しながら進んでゆく小町。
一人だけ状況が解ってない映姫。
「小町さん、閻魔さま、この度はおめでとうございます! お二人ともすっごく綺麗です~」
「あはは、ありがとうね。司書さん」
小町の前に歩み出た小悪魔が、感激の面持ちで二人の花嫁姿を評する。
そして悪戯っぽい笑みを浮かべながら、背中に忍ばせていた手を前に出した。
そこには、色とりどりの花々を束ねた美しいブーケが握られていた。
「はいっ、これは紅魔館からのサービスです。パチュリー様が、ご自分の実験用の温室(正式名称:どきどき魔女菜園)から提供して下さったんですよ。花は私が選ばせていただきました」
「ああ、こりゃあ……何から何までかたじけない。ここの家の人たちはみんな親切だねえ」
「いえいえ、私たちも楽しんでるんですよ。こんなイベントは滅多にありませんからね。今日は門も開けっ放しだからって美鈴さんもこっちの手伝いに来てくれてますし、妹様もご出席なさるとかで楽しみにしてらっしゃいますよ」
「そうか、そりゃあ何よりだよ。ねえ映姫さま、この場所を選んで正解だったでしょ?」
「――えっ? あ、うん」
不意に話を振られ、戸惑いながらもとりあえず頷く映姫。
よくわからないけど、皆が楽しそうなのはいいことだと思う。
「……あのぉ」
次いで小町に声をかけてきたのは、七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。
なにやら、戸惑ったような表情を浮かべている。
「やあ神父様、今日はよろしく頼むよ」
「いやあの、神父って、」
「どうしたんだい? 難しい顔して」
「だ、だからその事よ! なんなのよ私が神父って!?」
「昨日お願いしといたじゃないか」
「お願いってあんた、『頼んだ』って言うだけ言って返事も聞かずに帰っちゃったんじゃない! 大体なんで私なわけ?」
「いやあ、お前さんが向いてるんじゃないかと思ってね。普段からそれっぽい本抱えてるし」
「本持ってるってだけで変な役目押しつけないでよ!」
「持ってないよりいいだろ?」
「それもそうね」
快く神父役を引き受けてくれたアリスの手に、これまた大図書館提供の聖書が託された。
式が始まる。
◇ ◇ ◇
「見よ。七つのラッパを持った七人の御使いが、それを奏でる準備を始め……」
紅魔館の玄関ホール。
今日だけは聖堂である。
式に臨む二人の前で、西方の聖典を手にしたアリス・マーガトロイドが、そこに記された言葉を滔々と読み上げている。
左右に分かれて居並ぶ有象無象の人妖たちも、この時ばかりはしんと静まり返り、厳粛な空間を満たす口上に聞き入っている。
途中、一部の参列者が祝詞にあてられ、小悪魔が卒倒したりレミリアが縮んだりフランドールの耳から煙が出たりといったイレギュラーはあったものの、神聖なる儀式は滞りなく進められていった。
「汝、小野塚小町は――」
そんな中、結局なにも解らないままこんな所に立たされ、彼岸の法廷とはまた趣の異なる緊張感にいささか戸惑い気味の四季映姫さいばんちょ。
「――誓いますか?」
「はいっ、誓います」
「よろしい。では、汝、四季映姫――」
いつになく神妙な様子の小町や人妖たちを不思議に思いながら、落ち着きなくきょろきょろと周りを見回し、
「――誓いますかっ!?」
「はひっ!?」
いきなり険しい顔をしたアリスに詰め寄られた。
何事かと狼狽する映姫の肩を、隣の小町が優しく叩く。
「いやいや映姫さま、緊張してるのは解ります。あたいも同じですよ」
「あ、うん。ごめんなさい……」
「しかしですよ、やはりここは一発、ピシャリと決めてくださいな」
「決めるって、えっと、なにを?」
首を傾げる映姫に、アリスが「だからぁ」と横槍を入れ、
「ちゃんと小町さんを大事にしますか? って訊いてるんです」
「小町を?」
こまちをだいじに。
なにかの標語みたいだと思った。
「誓いますか」
「えっと……」
「誓いますか?」
「はい」
映姫はきっぱりと答えた。
どっちつかずの物言いは嫌いな性分だし、小町が大切な部下であるというのは間違いのない事実である。大切なものを大切にするかと問われれば、イエスと言うほかないではないか。
映姫の返答に、小町とアリスは満足した様子で深く頷いた。
「よろしい。それでは両人、誓いの証に……って早いわよあんたら」
まったく不意の出来事だった。少なくとも映姫にとっては。
小町の手が映姫の肩と腰に回され、やおら力強く抱き寄せられたのだった。
そして、反応する暇もないままに、
「ん――――……☆」
「ン―――――ッ!?」
むちゅー。
唇と唇の距離が一瞬でゼロになり、映姫はあまりの事に目を白黒させる。
あんたら、こんな時に能力をアピールせんでも。
そんな生暖かい祝福の視線が集まる中、小町にがっちりホールドされて身動きもままならない映姫は、どうにかこの状況を理解しようと混乱しきった頭をぐるぐると働かせる。
ええと、あれだ、白くてきらきらでふわふわの小町が急に寄り添ってきて、雲の中へ飛び込んだみたいにふわふわに包まれて、触れ合ったところからじんわりと温もりが伝わってくる。小町の右手から。小町の左手から。あと唇から。
くちびる?
ああ、つまりこれは私は小町にちゅーされてるわけです。ちゅーと言っても手とか頬とかおでこにじゃなくて。唇に。唇で。唇と唇で。粘膜と粘膜で。月日は百代の過客にして春はあけぼの秋は夕暮れ、久遠に臥したる者死する事なく我招く無音の衝裂に慈悲はなく、天光満つる所に我はありかみのしっぽはどこにある――?
「……きゅぅ」
「おおっと」
思考がメルトダウンした。
暗くて眩しくて、すべての感覚が失せながら唇の熱さだけが鮮明で、そういえば息をするのを忘れていて、苦しいんだけどなんだか気持ち良くなってきて、膝から力が抜けて立っていられなくなって、小町に支えられる自分をまるで他人事のように認識しながら、とにかく映姫はフワリと意識を手放したのだった。
◇ ◇ ◇
おめでとう。おめでとう。ありがとう。
再び万雷の拍手に包まれながら、小町と映姫(気絶)が教会から姿を表した。
二人の頭上では、天使に扮した上海人形と蓬莱人形が、小さなラッパを吹き鳴らし、七色の花吹雪を散らしながら飛び回っている。なんだかんだ言ってやるとなったら芸の細かいアリスであった。
「あらあら、閻魔様も可愛いものね。あんなにパートナーに寄り添って、身体を預けてしまって」
「……師匠、私にはあの方が気を失っているように見えるんですが」
「そうみたいね」
「介抱しなくて大丈夫でしょうか?」
「無粋な事はおよしなさいな。ふふっ、失神するほど良かったのかしら」
「その言い方やめてください」
澄みきった陽光の下、純白の花嫁が文字通りきらきらと輝いている。
これから小町がブーケを投げるのである。
小脇に小粋に閻魔を抱え、もう一方の手にはブーケを構えて、死神は期待に目を輝かせる参列者たちへと明るい声を張り上げた。
「それじゃあ投げるよ! ほーれいっ!」
間違えた。
ブーケじゃない方を投げてしまった。
飛んできたそれを慌ててキャッチした群衆が、速やかに小町へと投げ返す。
「いや、失敬失敬。映姫さまには内緒で頼むよ。では改めて……」
それっ――。
魔女が育て、悪魔が摘んだ花のブーケ。
それは今、死神の手で高く高く投じられ――。
もちろん、空中で羽と触手が生えて何処かに飛び去っていった。
◇ ◇ ◇
「……ぇぅ……?」
ゆっくりと、意識が覚醒する。
目をしばたたかせながら、映姫は身を起こす。
辺りを見渡してみると、そこは居間だった。
映姫の自宅の居間ではない。しかし、この景色には見覚えがあった。
ここは――そう、小野塚小町の家の居間。
その事が判る程度には、映姫は小町の家の内部を見知っていたし、今や平時と変わらぬ思考力を取り戻してもいた。
視線を落として、自分を見る。
身につけているのは、ぱんつの他にはシャツ一枚だけだった。サイズが映姫にはちょっと大きすぎる代物で、下の方まで隠してくれるのはいいのだが胸がすーすーする。
傍らには、二つ折りにした座布団が転がっていた。これを枕にして眠っていたらしい。
「……はぁ」
それにしても――。
座布団を広げなおし、折り目を消すためにぽんぽんと叩きながら、映姫は溜め息をひとつ。
まったく、エキセントリックな夢を見たものだ。
事もあろうに、小町と祝言を上げるなどとは。
一体、自分の中のどういった無意識があのような夢を見せたのだろうか――?
ぽんぽんぽん。単調なリズムになんとなく没頭しながら、映姫はまた周囲の様子を探る。
「~♪」
台所の方からは、小町のものとおぼしき鼻唄の声と、トントコトンとリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。なにやら米の炊ける匂いも漂ってきた。
さて、自分はなぜ小町の家で小町の服を着て小町の手料理を待っているのか。これではまるで新婚さんではないか。
映姫は懸命に記憶を探るが、どうも今日一日の出来事についてははっきりと思い出せない。
しかし、しかしだ、あの荒唐無稽な夢が夢である以上、他にちゃんとした事情があるはずである。そこんところを小町からしっかり聞き出さなければなるまい。
えっ、あの夢が夢でない可能性?
あるわけないじゃないですかそんなこと。HAHAHA。
「――あ、お目覚めですか映姫さま! 今日は素敵な結婚式でしたねこれからは晴れて夫婦ですね新婚ですね!」
「ひぃっ!!」
ポニテ髪にエプロン姿の身も蓋もない現実が居間に飛び込んできた。
映姫は思わず小動物のように身をすくめながら、困惑の視線を若妻ルックの死神に向ける。
「こ、こま、こまち?」
「はい。いかにも小町です」
「ふ、夫婦?」
「ええ。なっちまいましたねえ」
「ゆ、夢ではなかったのですか!?」
「やだなあ、あたいと映姫さまの一世一代の晴れ舞台を夢なんかにしないでくださいよ。まあ確かに、あたいにとっちゃ夢みたいな出来事ですけどね。断じて夢じゃあありません」
「何故っ!?」
「いや、何故って、そりゃ結婚すれば夫婦になるのが当たり前の話で、」
「そういうレベルの話ではなくっ! 何故いきなり結婚などという話になったのかと……」
「へっ? いやいや、忘れてもらっちゃ困りますよ。昨日、映姫さまの方からあたいに結婚を申し込んでくださったんじゃないですか」
「は」
ナニソレ。
あまりに理解しがたい小町の言葉に目をぱちくりさせながら、それでも映姫は昨日一日の己の言動を振り返ってみる。職業がら、自分が何を聞き何を話したのかということについては細大漏らさず覚えている自信があった。
しかし、やはり、どう考えても、小町に対して求婚などというトンデモ行為に及んだ覚えは映姫には無い。そもそも映姫自身に求婚の意志が皆無だったのだから当然だが。
では、一体……?
「小町。私は昨日、貴方に何と言って結婚を申し込みましたか?」
「えっ、覚えてらっしゃらないんですか?」
「貴方の口から聞きたいのですよ。一字一句正確なところをね」
「は、はぁ。ええと、正確にってぇと、どんなだったかなあ……」
あん時ゃあたいも舞い上がっちまってたから――などと言いながら、小町は腕組みして頭を捻る。
うーん、と唸ることひとしきり、小町の口がゆるりと開く。
「これからは毎日、小町の汁が飲みたい――だったかな?」
「言ってません」
なにかの勘違い、というかこれは幻聴のレベルである。
変なキノコでも食べたんじゃないかしら、と部下を案ずる映姫をよそに、小町は再び思考に没入する。
そして、
「あー……確か、映姫のこと一生養ってね☆ とかそんな感じのお言葉だったような……」
「言ってませんっ」
言ってなさすぎるよ。
どんなキャラだよ。
永遠亭って脳外科も受け付けてたかしら、と真剣に算段する映姫の前で、小町はなおも沈思黙考に励む。
そして、
「あっ、思い出しました! 『映姫を養いなさい』です!」
「いっ……」
言ったよ!
言ったけどそれ違うよ!
想像の遥か斜め上をいく空耳っぷりに虚脱し、シャツが肩からずり落ちたことにも気付かない映姫。
一方の小町は、映姫の尋問に答えおおせたことに満足したか、誇らしげに胸を張っている。
「どうです映姫さま、ちゃんと覚えてたでしょ?」
「いやあの、小町、その言葉は、」
映姫は狼狽しながらも、必死に考えを巡らせて言うべき言葉を探す。
誤解は解かなければならない。
間違いは正さなければならない。
それよりなにより、小町のことが好きか嫌いかは別としても、『勘違いがもとで結婚しました』だなんて洒落にもならない。道理に合わない。ロマンチックじゃない。比類なき才媛たる映姫とて、結婚というものに対する甘酸っぱい幻想はそれなりに持ち合わせているのである。
だから、ここはなんとしても結婚を撤回しなければ。
小町のことが好きか嫌いかは別として、だ。
「……こほん。いいですか小町? この場合『えいきをやしなえ』という言い回しはですね、」
「ああ、そのお言葉を頂いたときは嬉しかったなあ。天にも昇る気持ちってのはああいうのを言うんでしょうね」
「いや、だからね、」
「いま丹精込めてご飯を作ってたところです。映姫さま朝から食べてないでしょ? 養いの手始めとして、たんと召し上がってくださいね」
「ちょっと、人の話を、」
「映姫さま。わたしは、幻想郷一の果報者です。この幸せは天人にも神様にも、映姫さまにだって負けやしません。……でも、いずれ必ず、映姫さまを、あなたを、今のわたしよりも幸せにしてみせます。『幻想郷一の果報者だ』と言わせてみせます。これからは、それを為すのがわたしの幸せだから」
「――――……」
「だから、どうか、わたしと苦楽を共にしてください。末永く、わたしと共に在ってください」
「…………」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「……はい。あなた……」
◇ ◇ ◇
こうして、幻想郷にまた一組の夫婦が誕生した。
結婚装束のために仕事着を手放してしまった小町であったが、以前よりも幾分まじめに働くようになった彼女は、ほどなくして香霖堂からそれを買い戻すことになる。
なお、それが叶うまでの数日間、純白のドレス姿で職務に励む船頭が三途の川の名物になったそうである。
「……で、花嫁さん。僕は何故また君の舟に乗せられているんだろうね?」
「いやあ、ちまちま稼ぐよりはあんたを彼岸に送っちまった方が早いかな、と思って……」
「君は悪魔かっ!」
「死神だよ」
~終わり~
もってけ畜生!
甘いなぁ。幸せそうだなぁ。
そして「縮んだお嬢様」が最後まで強烈に残った俺は読み手としてどこか失礼
「……はい。あなた……」にやられました
と書くとかなり凶々しい光景なのに……
すごく甘いです。
今頃ブーケは新天地目指して飛んでいる頃だろう。
特にオフモードのえーき様は最高ですね!
面白かったです!
すっげぇ面白かったです。お見事!
氷砂糖より甘いんだぜ。
凄く甘かったです!!!!
えーきを養えとか。
実に上手い設定でにやりとさせられました。
それが実に効果的で、甘い二人と合わさってとても楽しい気持ちになる作品でした。
最高。
これは二人の新婚生活編を書いてほしいです。
脇役(でも重要)の方々も良かった。
これがえーこま
これがこまえー
何かとバチ当たりな行動が多かった小町ですが、与える対象を篭絡していれば問題はありませんね。
お幸せに!
いやホント文句なしでこの点数です。
このコンビは最高だ!!
面白いです
いやーもういいこまえーきでした。100点!
最高!!
お幸せに!
>唇と唇の距離が一瞬でゼロになり、映姫はあまりの事に目を白黒させる。
うまいこと言い過ぎだろ…