白状しよう。私はもう限界なのだ。
もはや、この疼痛を時間で薄めようとする望みは潰えてしまった。
関節は火がついたように鮮明な痛みを訴えるし、胃袋は底を知らない吐き気の泉だ。
神経の剥き出しになった部位をじっくりと炙られるような、植物が大地を愛するやり方そのもので行われるこの拷問に、私はもうわずかばかりも耐えられないに違いない。
この理不尽な事態に立ち向かおうとした怒りは一体どこに行ってしまったのだろうか。
湧いてくる不満をどうにか落ち着かせようと、喉は何度もゴクリと鳴く。心臓の鼓動は、まるで誰かに殴りつけられているかのように騒がしく、頭の鐘はずいぶんな働き者で一時たりとも休まない。震えながらも息を吐くと、歯の隙間からシューッと空気が洩れた。
シューッ!
嫌な音だ。肉体の芯が少しずつ溶けていく気分になるような。
炎の息の根を止めたときに、耳に響くものとひどく似ている。
なるほど、私も水を浴びれば少しは救われるのかもしれない。残念なことに水浴びは私の趣味ではないのだが。
「どうしたの、お空。急に黙り込んで」
そもそも初めから、これは気にくわないと言ってしまえばよかったのではないか。
面倒だ、人の真似をするなんて、獣は縛られるのを嫌うのだ、となんらかのそれらしく聞こえる訳のひとつでも用意しておけば、私の舌は耐えがたい焦慮の痛苦と付き合わずに済んだのではないのだろうか。
これ以上、塗炭に塗れた肉体のあちらこちらへ散らすわめき声に付きまとわれるのは我慢ならない。我慢ならないのだが……私に一体何ができるというのだろう。
このような、おそるべき怪物を相手にして!
こいつは私が歩くときも、飛んでいるときも、じっと動かずにいるときですら、安息を蝕み続けるのだ。唯一、邪魔の入らない時間と言えば、私の好みではない、身と気分を湯に沈めている間なのだから手に負えない。
私のか弱い精神では敵うはずもなく、寄越される不幸は数えても数えても追いつかない。うん、本当にしっかりと数えたのだろうか? もしかしたら、忘れているだけなのかも。いや、途中で諦めたのかもしれない。世の中はままならないことがあまりに多すぎる。
物事の限度をはかる器官は蒸気をあげて唸りだし、醜悪な笑みを浮かべた口元のような歪みが骨髄に染み渡る。激しい怒りと極度の恥ずかしさに彩られた血潮が、柔らかな肌の表面を闊歩する。声の大きい馬鹿どもは頭蓋を好き勝手に飛び交う始末。
そうして、自己主張の激しい彼らの熱情はまたもや私の拳に殺到する。しかし、今まさに振り下ろさんとする意思は、決してその役目を果たすことなく折れるに決まっていた。
許しがたい怨敵を打ち砕こうとすると決まってそこには親愛なる主人の、さとり様の澄ました顔が浮かぶのだから。
どいてください、さとり様。そいつ殺せない。
「お空? ねえ、聞いてるの?」
きわめて繊細なる私の意識はこのおそるべき事態に囲われて以来、悩ましい問題への緊迫を強いられた。
安堵の溜息を漏らすことも許されず、日々痛めつけられる精神がすぐに磨耗するのはわかりきったことだ。忍耐強さを装う真似もできないほどに今の私はすっかり打ちのめされてしまっている。
もちろん、初めは我慢した。
みずみずしい柔肌を自分のものだと勘違いしている不愉快な熱気や、滑らかな弾力のある肉の層の下に隠れた骨の軋み、これらがもたらす不幸に、歯を食いしばり、唇を薄く引き結び、じっと耐えようとしたのだ。
今も硬くなったままの拳を開けば、そこには私がどれほどの我慢を重ねたかが明確に記されているだろう。
まったくご苦労なことだ。今こそ、そう評価しよう。
今ある事態はどうあっても耐えられるものではなかったのだ。この容赦のない不快な疼きは、私を奈落の底に向かわせるための動力でしかないのだから!
そうして、私の胸のうちにおけるおそるべき問題の影はその勢力を拡大させていった。その間、燃え盛る焦燥が私の口から何度も這い出た。
苛立ちはいくら吐き出しても尽きることはない。
私の肉体がこのおぞましい不幸を許してくれるのかもしれないという、ささやかな期待もいつの間にか消えうせていた。
「おーい、お空……お空さん? 霊烏路さん家の空さん?」
愛すべき親友の、つまり私のお燐に言わせれば、私はあまり豊かな脳髄の持ち主ではないらしい。
常に正答に近い意見を持つ、お燐らしからぬ感想だった。まあ、仮にそうであったとしても……万が一にも、私がほんの少しばかり利口でなかったとしてもだ。
この問題を解決できずにぐずぐずと腐っているのはその所為ではない。
誰であろうとこのような恐怖を胸のうちで忍ばせていては、くしゃんと折れてしまうものだろう。少なくとも、灼熱地獄の吐息も温いと言えるほどに強固なつもりであった意志くらいは。
私はおそろしくて仕方ない。
悪臭を放つ獣の肉の焦げる様を、眼前で見せられるような悪寒が私の背を這い回る。回り、回り、のたうち回る。そのうち怖気は、神経をがりがりと噛み始めるのだ。
際限なく、余所の家のご馳走を自分のものにしたかのように無遠慮に!
真新しい傷の弱い部分がじくじくと腐っていくかのような感覚だ。私はこれが実に苦手で仕方ない。
なぜ? 言うまでもないだろう。腐敗の作業に忙しい肢体こそ私の好むところだが、これでは自分が餌の役目をしているようではないか!
ああ、もう、もうっ。
あまりの苛立たしさが、背中に爪の跡を走らせる。
私は食べられるより食べる役目の方がいい。受けるより、攻め立てる方が得意なのだ。うん、何の話だろう?
「…………お空があたいを無視する」
爪と桜色の肉の間に埋もれた皮膚の大方を取り除きながら、ぎらぎらした憎悪の目を宙へと向けた。
いつもなら心地よく感じられる熱気が、今では私の喉を強引にこじ開けようとする怨敵となっている。奴らは胃壁を掻き毟り、体内を巡る温い蜜の声色を熟れた雌のように乱そうとするのだ!
もちろん、地霊殿の環境が突如として変異したわけではない。以前と変わらずこの灼熱地獄跡の呼気はゴポリゴポリと短く咳き込んでいる。あまり体調は芳しくないようだ。
ああ、暑い。暑い。ここは暑苦しくて駄目だ。蒸気で窒息してしまう。煙で燻られている気分になる。
風は吹かないものだろうか。恐怖に煙る頭蓋の内側を、一掃してくれるような強風は!
……ところで、私には嫌いなものが一つある。『機嫌の悪いときに視界にあるもの』、たったそれだけだ。
つまり、そう、この忌々しい事態をなんとしてでもやっつけなければならない。一刻も早くこの問題をどうにかしなければ、私の体内に沈んだ怒りが右腕を通過して、外へと飛び出すかもしれない。熱源の向かう先には親愛なる主人がいるのかもしれない。
しかし、そんな私を誰が責められるだろう。腹の中が地獄と化した輩は往々にして、とんでもない行動に走るではないか。
私はそんな哀れな輩の一人に過ぎないだけなのだ。
「うっ、うぅ、お空が、あたいのお空が……また反抗期! お空がグレたぁ!」
それにしても何故、こんな息苦しい思いをしなくてはならないのだろう。私がなにか悪いことでもして、その罰が降ってきたとでもいうのだろうか。
だが、私には罪悪感に居心地を落ち着かせようと努力する必要がまったくないのだ。記憶を手繰り寄せ、じっくりと眺めてみても結果はやはり変わらない。頭蓋の奥底を荒らすまでもない。
さとり様の手製の洋菓子をつまみ食いしただの、お燐のお気に入りのリボンをいくつか焦がしてしまっただの、そういったいたずらなどとは私はまったくの無縁だ。そんなことはしていない。
ああ、していない。
確かにしていないはずなのだが、何故だろう。ふわふわのスポンジを寝床にする甘酸っぱいストロベリーのソースの味わいや、真紅の炎を抱いた白いロウソクのような艶のあるリボンの手触りが、脳裏にうっすらと浮かんでくる。
これはいったい、どういうことなのだろうか。
まさか、実際にそのようないたずらをしてしまったのか。それでいて都合よく、すっかり忘れてしまっているなんてことが!
いや、いや。そんなことが、まさか。おそらくは……そう、気のせいなのだろう。
そうだ、そうに違いない。もうずっと落ち着かない状態のままなのだから、心身が多分にくたびれているのは当然だ。だから、そういった勘違いをしてしまうのもまた当然なのだ。
「ああ、ここにいたのですね、お燐」
「ぐすっ……うぅ、さとりさまぁ」
「どうしたのですか、お燐。あなたが泣いていいのは私と寝床を共にしたときだけですよ」
「で、でも、お空が……今、なんて言いました?」
「せっかくの可愛い顔が台無しになるから泣かないで、と」
長い思考の回転が頭蓋に弾んだ息を吹き付ける。これ以上続けるのは賢い選択ではないようだ。やはり、今すぐに行動するべきだろう。
そう思い立ち、視界を下げる。
先ほどまでは誰もいなかったはずなのに、そこには見慣れた顔が二つあった。
お燐と、さとり様。
二人ともいつの間に、ここに来たのだろう。これはちょっとした驚きだ。
しかし、どこか新鮮味に欠けているような気がする。何故だろうか。私にはわからない。
さとり様はいつもと変わらず、涼しい表情をしている。その形があまりに綺麗なもので、以前、熱気に屈することのないおそるべき主なのだと思い違いをしたことがあった。私の数少ない恥ずかしい過去だ。
よく観察すれば、うっすらと汗が浮かんでいることがわかるというのに。
吐息も熱がこもっていて、唇はしっとりとぬれているのだ。いつ見てもあの血色のいい唇は、指でつつきたくなる引力を持ち合わせている。
ああ、触りたい。触れ合いたい。押し付けたい。
指で、舌で、歯で、爪で、鼻で、頬で、唇で!
口内にじわりじわりと渇望の波が押し寄せてくる。思わず目蓋の裏で、さとり様の唇にそっと触れてみた。
おお、おおっ……おおっ! なんと心地のよい弾力だろうか! 触れた部分だけでなく、身をも沈ませたくなる気持ちになる。
やはり、さとり様ほどの家族思いの主は存在しない。私に若干の興奮と、膨大な喜びを提供してくれるのだから。
「そうですか、それならいいです。ええ、本当に。それより大変です、さとり様。お空がいきなりグレて……」
「グレ? お空がグレー? そんなはずはありません。お空はブラック、黒ですよ。今朝、確認しました」
「はい、黒? それ、何の話ですか」
「もちろん、下着の話ですが」
頭の血管に血が殺到したかのように、お燐の顔がすぐさま赤くなった。
りんごのようで実に愛らしい。なんというか、そう、啄ばみたくなる可憐さを振りまいている。
しかし、今、私の意識の大部分を奪っているのは愛すべき親友ではない。さとり様の言葉、怨敵の話をされたその言葉なのだ。
これは僥倖というものだ。やっつけようと思い立った敵が、すぐに向こうからのこのこと現れたのだ。またとない機会ではないだろうか。
先ほどの持て余していた興奮と熱情も手伝ってか、私は特に深く考えないままさとり様に話しかける。
「さとり様」
「あら、お空。最近のあなたはとてもいい子にしていますね。私は嬉しく思いますよ」
「ごめんなさい、さとり様。私、その、これから悪い子になると思います」
「ふうん? お空が反抗期ですね、お燐」
「だからそう言っているじゃないですか」
さとり様の言葉はどこか重みのない、事態の切実さをまだ知らずにいる浮ついた雰囲気を漂わせていた。
これでは駄目だ。心構えがまるで、ちぐはぐだ。こういったバランスの崩壊は事態をたやすく倒壊させる。
バランスはなによりも重要なのだ。以前に人間とは思えない巫女やらがやってきたときに、私はそれをたっぷりと経験した。
右腕に制御棒をそなえた場合、左腕を高々と掲げるのがもっともバランスのとれた体勢なのだ。
よく勘違いされるのだが、私は好きであのような姿勢を維持しているのではない。格好いいからなどという、いい加減な理由では決してない。それだけは言っておこう。
……本当だってば。
いやいや、それよりも本題はどこに行ったのだろうか。
そうだ、バランスだ。向こうが軽いのであれば、こちらが重くなるしかない。重要な事柄について審議するような場面に、今こそ出くわしたとわからせる必要があるのだ。
なるべく重々しい口調を装い、相手の耳奥に言葉を力任せに押し込めるとしよう。
「今まで言いつけどおりにしてきました。けど、私……もう我慢できないんです!」
「我慢! それはよくありませんね。さあさあ、早くその秘め事を告白してしまいなさい」
果たして均衡は地面をしっかりと踏みしめたのだ。
しかし、さとり様が先に結論を出してしまうものだと思っていたのだが、どうにもわからないらしい。
ふりなのだろうか。ここにはお燐がいるのだ。お燐をのけ者にするなどという愚行を心優しい主人がするはずがない。
それにもしかしたら、私の中に巣食う恐慌が雑音の嵐となってさとり様の目を襲っているのかもしれない。ともすれば、私は心置きなく言葉を続けられる。
「そのう、私、つまり、え、と…………ズが、その、我慢できなくて」
「はい? ごめんなさい。聞き取れませんでした、もう一度お願いします」
なにをやっているのだ、私は。
ようやく私を苛ませるこの原因を打ち倒す機会に恵まれたというのに。ここでのろのろと動いては、なにもかもが手遅れになってしまう。それだけは避けておきたかった。
活発な心臓と忙しい脳の廻りを落ち着かせるために、私は少しだけ目を閉じた。
目蓋の裏の血管が見える。まるで太陽があるようだ。この地底に空はないはずなのだが、今ここに夕日が赤々と燃えていた。その鮮烈な輝きは私の脳髄に絡みつき、赤子を抱く母親のように安らぎを与えてくれた。
目を開ける。真っ先に見えたさとり様の表情は先ほどと変わらず、昨日あったことを繰り返しているかのように驚きの色合いが抜け落ちていた。
さあ言え、霊烏路空。
今こそ告げるのだ。おぞましく、醜悪で、いつまでも私を縛り付ける輩の名を!
悩みの苗床の隅にまで根を張る不安の種を、今度こそ取り除くのだ!
「ええ、ドロワーズ、ドロワーズですよ! これ、これが! 腰に腿に股に! ぴったりとくっついて窮屈で、それが疼いて仕方ないんです!」
さて、私を縛るものがなくなってからどれほど経過しただろうか。いや、そんなことも覚えていられないのには理由がある。長い間の束縛からやっと楽にしてやれたこの肉体は夢の心地に溺れているのだ。これはまったく仕方のないことだろう。
だから、数時間かもしれないし、幾日を挟んでの話ということもある。
まさか、私の趣味ではない慣習に費やす時間ほどしか過ぎていないということはないだろうが。
しかし、この自由を得た瞬間を思い出すと、今でも胸のうちは燃え上がる。心地よい熱さじゃないか。
そもそも、私たちにあの忌々しい布きれどもの着用を義務付けたことが間違いだったのだ。
正体が獣と言えども人の形であるならば体裁をつくろう必要がある。そう言っていた。
だが、誰が言ったのだろうか。そこだけがどうしても思い出せない。さとり様こそ主犯なのだと今まで思っていたが、よくよく考えるとそうではないという考えも顔を出す。
まあ、いい。過ぎたことだ。
今では館の誰も彼もがこのささやかな祝福を受け入れている。もちろん、それは私の懸命なる説得にこそ支えられていることは言うまでもない。
お燐は着飾ることに愛着を持っていたようだが、本分を忘れるとは何事かと言ったものだ。野生に生きるためには、どうしたって野性を捨ててはいけないのだ。
まあ、しかし、愛着を持つことは悪いことでは決してない。むしろ、持たなければいけないものだ。
そして、私は全裸にこそ執拗な愛着を持っている。
剥き出しになった肌のあらゆる部分のすべすべした白さが大好きだ。
触れたときに互いが溶け合おうとするかのような、自分のものだと錯覚する温かさを味わうたびに途方もなく胸が踊る。
脚から背筋にまでピンと張った後姿は、はかりしれないほどの興奮をもたらしてくれる。
そしてなによりも、布を纏っていては再現できないあの艶美な曲線は私を魅了して止まないのだ。
全裸とはどうにも魅力的なものではないか。このような素晴らしいものを私たちだけが味わっていいのだろうか。
そんなはずはないのだろう。私はすぐさま行動に移すべきなのだ。獣だけが謳歌するにはあまりにその価値は膨大だ。いや、しかし、これだけ魅惑に満ちているものなのだから、放っておいてもいずれは地底の隅にまで流れ、地上の端すらも覆い尽くすのだと思う。
だが同時に、私は第一人者としてこれらの幸福を哀れな第三者に少しでも早く与えるべきだとも思う。
うん、方針は決まった。こんなにも早く物事を決断することは私にしては珍しい。まるで、以前から何度も熟考を重ね、この計画を練っていたような手際だ。
ああ、なるほど。つまり、それほどまでに私は嬉しいのかもしれない。
では、行くとしよう。こんなにもいい気分のまま出かけるのもずいぶんと久しぶりのことだ。
私はいつもより歩幅を大きくさせて、右足を宙に浮かせた。
一歩。二歩。
三歩。
白状しよう。私はもう限界なのだ。
もはや、この疼痛を時間で薄めようとする望みは潰えてしまった。
関節は火がついたように鮮明な痛みを訴えるし、胃袋は底を知らない吐き気の泉だ。私はこの理不尽な事態にわずかたりとも耐えられないに違いない。
そもそも初めから、これは気にくわないと言ってしまえばよかったのではないか。
恥ずかしい、人の形をしているのだから、外にだって出られない、となんらかのそれらしく聞こえる訳のひとつでも用意しておけば、私の舌は耐え難い焦慮の痛苦と付き合わずに済んだのではないのだろうか。
もちろん、初めは我慢した。したが、やはり駄目だった。この湧き上がる羞恥心はどうにもしがたいものなのだ。捨てることもできないし、かと言ってこのまま抱えていてはその重さに潰されてしまうだろう。
息苦しさのあまり、地面を何度か蹴った。
踵から甘い痺れが骨髄に染み渡り、頭蓋の悩ましい部分をすっかり柔らかくしてくれることを期待してのことだ。
しかし、実際に脚の痺れはこの不愉快な心地を紛らわせるにはあまりに弱く頼りなかった。あまりに根性が足りない。ふくらはぎの辺りまでは頑張ったのだが、そこで重力に従ってしまったのだ。
気晴らしに外へと羽を伸ばしたいのだが、そうすれば数多の視線が私に注がれて、溺れてしまうであろうことは容易に想像できた。
私は肉体のあげる悲鳴を無視して、館を急いで駆けずり回る。
もう駄目だ。これ以上、事態をこのまま放置しておこうものならば、私は恥ずかしさのあまり蒸発してしまうだろう。
やはり、さとり様にこの悩ましい問題について相談するしかない。主人を慕ってこそ避けてきた手段だったが、もうこれしか私には残されていないのだ。
扉を開けては閉めることを繰り返し、目蓋が震えてきた頃にようやくさとり様を見つけることができた。
さとり様は涼しい表情をして、こちらに顔を向ける。唇も潤いに満ちていて、目は三つとも輝いていた。
いつもと変わらず、いつも愛しているさとり様だ。ただ、違うのは服を着ていないという一点だった。
「お空、どうかしましたか?」
「さとり様……私、もう耐えられないんです! この、はっ、裸でいるのが恥ずかしくて駄目なんです!」
私の叫びはさとり様の表情をわずかに変化させた。一瞬、怒らせてしまったという恐怖が脳裏をよぎった。だが、それは違っていた。
向けられたのは、慈しみに彩られたものだった。決して冷淡や侮蔑などは混じっていない。わが子の繰り返されるいたずらを愛情で受け入れる母親のような顔だった。
そうして静かに、穏やかに、さとり様は言った。
「あら、またですか。お空?」
もはや、この疼痛を時間で薄めようとする望みは潰えてしまった。
関節は火がついたように鮮明な痛みを訴えるし、胃袋は底を知らない吐き気の泉だ。
神経の剥き出しになった部位をじっくりと炙られるような、植物が大地を愛するやり方そのもので行われるこの拷問に、私はもうわずかばかりも耐えられないに違いない。
この理不尽な事態に立ち向かおうとした怒りは一体どこに行ってしまったのだろうか。
湧いてくる不満をどうにか落ち着かせようと、喉は何度もゴクリと鳴く。心臓の鼓動は、まるで誰かに殴りつけられているかのように騒がしく、頭の鐘はずいぶんな働き者で一時たりとも休まない。震えながらも息を吐くと、歯の隙間からシューッと空気が洩れた。
シューッ!
嫌な音だ。肉体の芯が少しずつ溶けていく気分になるような。
炎の息の根を止めたときに、耳に響くものとひどく似ている。
なるほど、私も水を浴びれば少しは救われるのかもしれない。残念なことに水浴びは私の趣味ではないのだが。
「どうしたの、お空。急に黙り込んで」
そもそも初めから、これは気にくわないと言ってしまえばよかったのではないか。
面倒だ、人の真似をするなんて、獣は縛られるのを嫌うのだ、となんらかのそれらしく聞こえる訳のひとつでも用意しておけば、私の舌は耐えがたい焦慮の痛苦と付き合わずに済んだのではないのだろうか。
これ以上、塗炭に塗れた肉体のあちらこちらへ散らすわめき声に付きまとわれるのは我慢ならない。我慢ならないのだが……私に一体何ができるというのだろう。
このような、おそるべき怪物を相手にして!
こいつは私が歩くときも、飛んでいるときも、じっと動かずにいるときですら、安息を蝕み続けるのだ。唯一、邪魔の入らない時間と言えば、私の好みではない、身と気分を湯に沈めている間なのだから手に負えない。
私のか弱い精神では敵うはずもなく、寄越される不幸は数えても数えても追いつかない。うん、本当にしっかりと数えたのだろうか? もしかしたら、忘れているだけなのかも。いや、途中で諦めたのかもしれない。世の中はままならないことがあまりに多すぎる。
物事の限度をはかる器官は蒸気をあげて唸りだし、醜悪な笑みを浮かべた口元のような歪みが骨髄に染み渡る。激しい怒りと極度の恥ずかしさに彩られた血潮が、柔らかな肌の表面を闊歩する。声の大きい馬鹿どもは頭蓋を好き勝手に飛び交う始末。
そうして、自己主張の激しい彼らの熱情はまたもや私の拳に殺到する。しかし、今まさに振り下ろさんとする意思は、決してその役目を果たすことなく折れるに決まっていた。
許しがたい怨敵を打ち砕こうとすると決まってそこには親愛なる主人の、さとり様の澄ました顔が浮かぶのだから。
どいてください、さとり様。そいつ殺せない。
「お空? ねえ、聞いてるの?」
きわめて繊細なる私の意識はこのおそるべき事態に囲われて以来、悩ましい問題への緊迫を強いられた。
安堵の溜息を漏らすことも許されず、日々痛めつけられる精神がすぐに磨耗するのはわかりきったことだ。忍耐強さを装う真似もできないほどに今の私はすっかり打ちのめされてしまっている。
もちろん、初めは我慢した。
みずみずしい柔肌を自分のものだと勘違いしている不愉快な熱気や、滑らかな弾力のある肉の層の下に隠れた骨の軋み、これらがもたらす不幸に、歯を食いしばり、唇を薄く引き結び、じっと耐えようとしたのだ。
今も硬くなったままの拳を開けば、そこには私がどれほどの我慢を重ねたかが明確に記されているだろう。
まったくご苦労なことだ。今こそ、そう評価しよう。
今ある事態はどうあっても耐えられるものではなかったのだ。この容赦のない不快な疼きは、私を奈落の底に向かわせるための動力でしかないのだから!
そうして、私の胸のうちにおけるおそるべき問題の影はその勢力を拡大させていった。その間、燃え盛る焦燥が私の口から何度も這い出た。
苛立ちはいくら吐き出しても尽きることはない。
私の肉体がこのおぞましい不幸を許してくれるのかもしれないという、ささやかな期待もいつの間にか消えうせていた。
「おーい、お空……お空さん? 霊烏路さん家の空さん?」
愛すべき親友の、つまり私のお燐に言わせれば、私はあまり豊かな脳髄の持ち主ではないらしい。
常に正答に近い意見を持つ、お燐らしからぬ感想だった。まあ、仮にそうであったとしても……万が一にも、私がほんの少しばかり利口でなかったとしてもだ。
この問題を解決できずにぐずぐずと腐っているのはその所為ではない。
誰であろうとこのような恐怖を胸のうちで忍ばせていては、くしゃんと折れてしまうものだろう。少なくとも、灼熱地獄の吐息も温いと言えるほどに強固なつもりであった意志くらいは。
私はおそろしくて仕方ない。
悪臭を放つ獣の肉の焦げる様を、眼前で見せられるような悪寒が私の背を這い回る。回り、回り、のたうち回る。そのうち怖気は、神経をがりがりと噛み始めるのだ。
際限なく、余所の家のご馳走を自分のものにしたかのように無遠慮に!
真新しい傷の弱い部分がじくじくと腐っていくかのような感覚だ。私はこれが実に苦手で仕方ない。
なぜ? 言うまでもないだろう。腐敗の作業に忙しい肢体こそ私の好むところだが、これでは自分が餌の役目をしているようではないか!
ああ、もう、もうっ。
あまりの苛立たしさが、背中に爪の跡を走らせる。
私は食べられるより食べる役目の方がいい。受けるより、攻め立てる方が得意なのだ。うん、何の話だろう?
「…………お空があたいを無視する」
爪と桜色の肉の間に埋もれた皮膚の大方を取り除きながら、ぎらぎらした憎悪の目を宙へと向けた。
いつもなら心地よく感じられる熱気が、今では私の喉を強引にこじ開けようとする怨敵となっている。奴らは胃壁を掻き毟り、体内を巡る温い蜜の声色を熟れた雌のように乱そうとするのだ!
もちろん、地霊殿の環境が突如として変異したわけではない。以前と変わらずこの灼熱地獄跡の呼気はゴポリゴポリと短く咳き込んでいる。あまり体調は芳しくないようだ。
ああ、暑い。暑い。ここは暑苦しくて駄目だ。蒸気で窒息してしまう。煙で燻られている気分になる。
風は吹かないものだろうか。恐怖に煙る頭蓋の内側を、一掃してくれるような強風は!
……ところで、私には嫌いなものが一つある。『機嫌の悪いときに視界にあるもの』、たったそれだけだ。
つまり、そう、この忌々しい事態をなんとしてでもやっつけなければならない。一刻も早くこの問題をどうにかしなければ、私の体内に沈んだ怒りが右腕を通過して、外へと飛び出すかもしれない。熱源の向かう先には親愛なる主人がいるのかもしれない。
しかし、そんな私を誰が責められるだろう。腹の中が地獄と化した輩は往々にして、とんでもない行動に走るではないか。
私はそんな哀れな輩の一人に過ぎないだけなのだ。
「うっ、うぅ、お空が、あたいのお空が……また反抗期! お空がグレたぁ!」
それにしても何故、こんな息苦しい思いをしなくてはならないのだろう。私がなにか悪いことでもして、その罰が降ってきたとでもいうのだろうか。
だが、私には罪悪感に居心地を落ち着かせようと努力する必要がまったくないのだ。記憶を手繰り寄せ、じっくりと眺めてみても結果はやはり変わらない。頭蓋の奥底を荒らすまでもない。
さとり様の手製の洋菓子をつまみ食いしただの、お燐のお気に入りのリボンをいくつか焦がしてしまっただの、そういったいたずらなどとは私はまったくの無縁だ。そんなことはしていない。
ああ、していない。
確かにしていないはずなのだが、何故だろう。ふわふわのスポンジを寝床にする甘酸っぱいストロベリーのソースの味わいや、真紅の炎を抱いた白いロウソクのような艶のあるリボンの手触りが、脳裏にうっすらと浮かんでくる。
これはいったい、どういうことなのだろうか。
まさか、実際にそのようないたずらをしてしまったのか。それでいて都合よく、すっかり忘れてしまっているなんてことが!
いや、いや。そんなことが、まさか。おそらくは……そう、気のせいなのだろう。
そうだ、そうに違いない。もうずっと落ち着かない状態のままなのだから、心身が多分にくたびれているのは当然だ。だから、そういった勘違いをしてしまうのもまた当然なのだ。
「ああ、ここにいたのですね、お燐」
「ぐすっ……うぅ、さとりさまぁ」
「どうしたのですか、お燐。あなたが泣いていいのは私と寝床を共にしたときだけですよ」
「で、でも、お空が……今、なんて言いました?」
「せっかくの可愛い顔が台無しになるから泣かないで、と」
長い思考の回転が頭蓋に弾んだ息を吹き付ける。これ以上続けるのは賢い選択ではないようだ。やはり、今すぐに行動するべきだろう。
そう思い立ち、視界を下げる。
先ほどまでは誰もいなかったはずなのに、そこには見慣れた顔が二つあった。
お燐と、さとり様。
二人ともいつの間に、ここに来たのだろう。これはちょっとした驚きだ。
しかし、どこか新鮮味に欠けているような気がする。何故だろうか。私にはわからない。
さとり様はいつもと変わらず、涼しい表情をしている。その形があまりに綺麗なもので、以前、熱気に屈することのないおそるべき主なのだと思い違いをしたことがあった。私の数少ない恥ずかしい過去だ。
よく観察すれば、うっすらと汗が浮かんでいることがわかるというのに。
吐息も熱がこもっていて、唇はしっとりとぬれているのだ。いつ見てもあの血色のいい唇は、指でつつきたくなる引力を持ち合わせている。
ああ、触りたい。触れ合いたい。押し付けたい。
指で、舌で、歯で、爪で、鼻で、頬で、唇で!
口内にじわりじわりと渇望の波が押し寄せてくる。思わず目蓋の裏で、さとり様の唇にそっと触れてみた。
おお、おおっ……おおっ! なんと心地のよい弾力だろうか! 触れた部分だけでなく、身をも沈ませたくなる気持ちになる。
やはり、さとり様ほどの家族思いの主は存在しない。私に若干の興奮と、膨大な喜びを提供してくれるのだから。
「そうですか、それならいいです。ええ、本当に。それより大変です、さとり様。お空がいきなりグレて……」
「グレ? お空がグレー? そんなはずはありません。お空はブラック、黒ですよ。今朝、確認しました」
「はい、黒? それ、何の話ですか」
「もちろん、下着の話ですが」
頭の血管に血が殺到したかのように、お燐の顔がすぐさま赤くなった。
りんごのようで実に愛らしい。なんというか、そう、啄ばみたくなる可憐さを振りまいている。
しかし、今、私の意識の大部分を奪っているのは愛すべき親友ではない。さとり様の言葉、怨敵の話をされたその言葉なのだ。
これは僥倖というものだ。やっつけようと思い立った敵が、すぐに向こうからのこのこと現れたのだ。またとない機会ではないだろうか。
先ほどの持て余していた興奮と熱情も手伝ってか、私は特に深く考えないままさとり様に話しかける。
「さとり様」
「あら、お空。最近のあなたはとてもいい子にしていますね。私は嬉しく思いますよ」
「ごめんなさい、さとり様。私、その、これから悪い子になると思います」
「ふうん? お空が反抗期ですね、お燐」
「だからそう言っているじゃないですか」
さとり様の言葉はどこか重みのない、事態の切実さをまだ知らずにいる浮ついた雰囲気を漂わせていた。
これでは駄目だ。心構えがまるで、ちぐはぐだ。こういったバランスの崩壊は事態をたやすく倒壊させる。
バランスはなによりも重要なのだ。以前に人間とは思えない巫女やらがやってきたときに、私はそれをたっぷりと経験した。
右腕に制御棒をそなえた場合、左腕を高々と掲げるのがもっともバランスのとれた体勢なのだ。
よく勘違いされるのだが、私は好きであのような姿勢を維持しているのではない。格好いいからなどという、いい加減な理由では決してない。それだけは言っておこう。
……本当だってば。
いやいや、それよりも本題はどこに行ったのだろうか。
そうだ、バランスだ。向こうが軽いのであれば、こちらが重くなるしかない。重要な事柄について審議するような場面に、今こそ出くわしたとわからせる必要があるのだ。
なるべく重々しい口調を装い、相手の耳奥に言葉を力任せに押し込めるとしよう。
「今まで言いつけどおりにしてきました。けど、私……もう我慢できないんです!」
「我慢! それはよくありませんね。さあさあ、早くその秘め事を告白してしまいなさい」
果たして均衡は地面をしっかりと踏みしめたのだ。
しかし、さとり様が先に結論を出してしまうものだと思っていたのだが、どうにもわからないらしい。
ふりなのだろうか。ここにはお燐がいるのだ。お燐をのけ者にするなどという愚行を心優しい主人がするはずがない。
それにもしかしたら、私の中に巣食う恐慌が雑音の嵐となってさとり様の目を襲っているのかもしれない。ともすれば、私は心置きなく言葉を続けられる。
「そのう、私、つまり、え、と…………ズが、その、我慢できなくて」
「はい? ごめんなさい。聞き取れませんでした、もう一度お願いします」
なにをやっているのだ、私は。
ようやく私を苛ませるこの原因を打ち倒す機会に恵まれたというのに。ここでのろのろと動いては、なにもかもが手遅れになってしまう。それだけは避けておきたかった。
活発な心臓と忙しい脳の廻りを落ち着かせるために、私は少しだけ目を閉じた。
目蓋の裏の血管が見える。まるで太陽があるようだ。この地底に空はないはずなのだが、今ここに夕日が赤々と燃えていた。その鮮烈な輝きは私の脳髄に絡みつき、赤子を抱く母親のように安らぎを与えてくれた。
目を開ける。真っ先に見えたさとり様の表情は先ほどと変わらず、昨日あったことを繰り返しているかのように驚きの色合いが抜け落ちていた。
さあ言え、霊烏路空。
今こそ告げるのだ。おぞましく、醜悪で、いつまでも私を縛り付ける輩の名を!
悩みの苗床の隅にまで根を張る不安の種を、今度こそ取り除くのだ!
「ええ、ドロワーズ、ドロワーズですよ! これ、これが! 腰に腿に股に! ぴったりとくっついて窮屈で、それが疼いて仕方ないんです!」
さて、私を縛るものがなくなってからどれほど経過しただろうか。いや、そんなことも覚えていられないのには理由がある。長い間の束縛からやっと楽にしてやれたこの肉体は夢の心地に溺れているのだ。これはまったく仕方のないことだろう。
だから、数時間かもしれないし、幾日を挟んでの話ということもある。
まさか、私の趣味ではない慣習に費やす時間ほどしか過ぎていないということはないだろうが。
しかし、この自由を得た瞬間を思い出すと、今でも胸のうちは燃え上がる。心地よい熱さじゃないか。
そもそも、私たちにあの忌々しい布きれどもの着用を義務付けたことが間違いだったのだ。
正体が獣と言えども人の形であるならば体裁をつくろう必要がある。そう言っていた。
だが、誰が言ったのだろうか。そこだけがどうしても思い出せない。さとり様こそ主犯なのだと今まで思っていたが、よくよく考えるとそうではないという考えも顔を出す。
まあ、いい。過ぎたことだ。
今では館の誰も彼もがこのささやかな祝福を受け入れている。もちろん、それは私の懸命なる説得にこそ支えられていることは言うまでもない。
お燐は着飾ることに愛着を持っていたようだが、本分を忘れるとは何事かと言ったものだ。野生に生きるためには、どうしたって野性を捨ててはいけないのだ。
まあ、しかし、愛着を持つことは悪いことでは決してない。むしろ、持たなければいけないものだ。
そして、私は全裸にこそ執拗な愛着を持っている。
剥き出しになった肌のあらゆる部分のすべすべした白さが大好きだ。
触れたときに互いが溶け合おうとするかのような、自分のものだと錯覚する温かさを味わうたびに途方もなく胸が踊る。
脚から背筋にまでピンと張った後姿は、はかりしれないほどの興奮をもたらしてくれる。
そしてなによりも、布を纏っていては再現できないあの艶美な曲線は私を魅了して止まないのだ。
全裸とはどうにも魅力的なものではないか。このような素晴らしいものを私たちだけが味わっていいのだろうか。
そんなはずはないのだろう。私はすぐさま行動に移すべきなのだ。獣だけが謳歌するにはあまりにその価値は膨大だ。いや、しかし、これだけ魅惑に満ちているものなのだから、放っておいてもいずれは地底の隅にまで流れ、地上の端すらも覆い尽くすのだと思う。
だが同時に、私は第一人者としてこれらの幸福を哀れな第三者に少しでも早く与えるべきだとも思う。
うん、方針は決まった。こんなにも早く物事を決断することは私にしては珍しい。まるで、以前から何度も熟考を重ね、この計画を練っていたような手際だ。
ああ、なるほど。つまり、それほどまでに私は嬉しいのかもしれない。
では、行くとしよう。こんなにもいい気分のまま出かけるのもずいぶんと久しぶりのことだ。
私はいつもより歩幅を大きくさせて、右足を宙に浮かせた。
一歩。二歩。
三歩。
白状しよう。私はもう限界なのだ。
もはや、この疼痛を時間で薄めようとする望みは潰えてしまった。
関節は火がついたように鮮明な痛みを訴えるし、胃袋は底を知らない吐き気の泉だ。私はこの理不尽な事態にわずかたりとも耐えられないに違いない。
そもそも初めから、これは気にくわないと言ってしまえばよかったのではないか。
恥ずかしい、人の形をしているのだから、外にだって出られない、となんらかのそれらしく聞こえる訳のひとつでも用意しておけば、私の舌は耐え難い焦慮の痛苦と付き合わずに済んだのではないのだろうか。
もちろん、初めは我慢した。したが、やはり駄目だった。この湧き上がる羞恥心はどうにもしがたいものなのだ。捨てることもできないし、かと言ってこのまま抱えていてはその重さに潰されてしまうだろう。
息苦しさのあまり、地面を何度か蹴った。
踵から甘い痺れが骨髄に染み渡り、頭蓋の悩ましい部分をすっかり柔らかくしてくれることを期待してのことだ。
しかし、実際に脚の痺れはこの不愉快な心地を紛らわせるにはあまりに弱く頼りなかった。あまりに根性が足りない。ふくらはぎの辺りまでは頑張ったのだが、そこで重力に従ってしまったのだ。
気晴らしに外へと羽を伸ばしたいのだが、そうすれば数多の視線が私に注がれて、溺れてしまうであろうことは容易に想像できた。
私は肉体のあげる悲鳴を無視して、館を急いで駆けずり回る。
もう駄目だ。これ以上、事態をこのまま放置しておこうものならば、私は恥ずかしさのあまり蒸発してしまうだろう。
やはり、さとり様にこの悩ましい問題について相談するしかない。主人を慕ってこそ避けてきた手段だったが、もうこれしか私には残されていないのだ。
扉を開けては閉めることを繰り返し、目蓋が震えてきた頃にようやくさとり様を見つけることができた。
さとり様は涼しい表情をして、こちらに顔を向ける。唇も潤いに満ちていて、目は三つとも輝いていた。
いつもと変わらず、いつも愛しているさとり様だ。ただ、違うのは服を着ていないという一点だった。
「お空、どうかしましたか?」
「さとり様……私、もう耐えられないんです! この、はっ、裸でいるのが恥ずかしくて駄目なんです!」
私の叫びはさとり様の表情をわずかに変化させた。一瞬、怒らせてしまったという恐怖が脳裏をよぎった。だが、それは違っていた。
向けられたのは、慈しみに彩られたものだった。決して冷淡や侮蔑などは混じっていない。わが子の繰り返されるいたずらを愛情で受け入れる母親のような顔だった。
そうして静かに、穏やかに、さとり様は言った。
「あら、またですか。お空?」
答案用紙が配られる前
ウグイスが答えて
くれた
"裸を見るな・裸になれ"
川崎洋『幸福とは何か』より
ていうかあなたしかいないだろこんなド直球投げてくる人w
と素で思ったのは今回が初めてでした。
裸になって何が悪い!!
だからこそこの点を入れたい。
これはゆゆしき事態だ
何が言いたいかというと
夜伽でやれ
いつでも大歓迎だ
pspからだとしんどいです
なにせこれほどの危険文書を公安に突き出さないでいてやるのだからなあ!
この突っ走りっぷりは流石の一言
もちろん全裸で
お空が服を着る前に
いろいろ表現を尽くして考えている様に見えるが
所々に鳥頭が透けて見えてるぞw
勿論最後が一番⑨なのですが
だがこの暑い季節、全裸じゃないとやっていけない
もう駄目だ本当に駄目だwwww
あなたの全裸にかける熱い思いが
どこか艶のある文章となって現れている様は芸術的ですらあります。
衝撃的なタイトルをものともせぬ重厚なストーリー展開。
いやはや、流石です。