「……これでおしまい?」
里へ買い物へ行く途中、霊夢はいつものごとく妖怪退治をしていた。
今回の相手は弾幕勝負に慣れていないらしく、霊夢の攻撃をほとんど避けることができずにあっという間に勝敗がついてしまった。「いててて……俺が一体何をしたってんだよ?」
「あなたは妖怪で、私は博麗の巫女。それ以上の理由がある?」
「俺はもう人間を襲ったりしてねえよ!」
その言葉に霊夢はぴくりと眉を動かす。
「そうじゃなくて。あなたと私が戦うことそれ自体に意味があるわけでしょ?」
「はあ? わけわからねーよ……」
「ちょっと、本気で言っているの?」
戦うことを忘れた妖怪は力を失っていく。そうなると、いざ外から力の強い妖怪が幻想郷にやって来たとき対抗できないかもしれない。しかし、徒に人間を襲うことは禁じられている。
その矛盾を解決するためのシステムがスペルカードルールであり、これによって気軽に命をかけた戦闘もどきを行うことができるようになった。もちろん、妖怪に対抗できるような人間は限られているため、妖怪たちの相手は霊夢のような専門家が行っている。これにより、今の平和な幻想郷を維持しつつ、妖怪たちの存在意義がなくならないようにすることを可能にしているのだ。
もっとも、普段の霊夢自身はそこまで考えていることはなく、気持ちの思うまま妖怪退治をしているある意味迷惑な存在だ。
とはいえ、スペルカードルールの意義を知らない妖怪がいることに霊夢は少なからず衝撃を覚えいてた。
ため息をついてその場から飛び去る霊夢にその妖怪は罵声を投げかけるが、霊夢が一睨みするとその場に縮こまる。それを見た霊夢はまたひとつため息をつくと、もう後ろを振り返らずに今度こそ飛び去った。
霊夢はいつものように積極的に妖怪に戦いを仕掛けることなく、ゆっくりと飛びながら周囲を見ていた。すると、霊夢の姿を見るなり身を隠す妖怪たちの姿があることに嫌でも気づく。
「これならチルノの方がずっとマシね」
霊夢は自身の実力を過大評価しすぎている氷精を思い出した。それでも、妖怪に比べて力の弱い妖精の中では異例の強さを持っている。霊夢だって油断をすればスペルカードを1枚ぐらい破られる。毎回何も策を立てずに真正面から勝負を仕掛けるだけなので少しは頭を使いなさいよと思うが、その愚直さは嫌いではない。
力がある程度ある妖怪たちならば、むしろ弾幕勝負を嬉々として受け入れることが多い。そんな彼らとの弾幕勝負は、博麗の巫女としての義務とは無関係に霊夢を何か高揚させる。その感情が何かは霊夢は深く考えない。ただ霊夢は自分の思うまま戦うだけだ。それが何物にもとらわれない博麗霊夢なのだから。
しかし……。
霊夢は人里の近くにいた妖怪の前に降り立つ。その妖怪は霊夢の接近に気づいていなかったようで、霊夢の出現にパニックを起こしている。
「私は博麗の巫女、霊夢。さあ、スペルカードを出しなさい」
今まで何百回、何千回と繰り返してきた台詞。相手がどんなに強大でも、真正面から戦うことが彼女の流儀であり、存在意義だ。
対する妖怪は、見るも哀れな様で震えていた。
(そ、そんな、あの凶悪巫女に目をつけられるなんて、俺はなんて不幸なんだ!?)
力の弱い妖怪にとって、妖怪と見れば見境なく襲いかかる霊夢の存在は天災以外の何物でもなかった。巫女の容赦ない戦いぶりはトラウマになること間違いなしと評判である。さらには、巫女はその霊力を保つために妖怪の生き胆を食べている、若さを保つために妖怪の血風呂に入っているなどとんでもない噂も飛び交っていたりする。
(思えば、今日は朝からついていなかったんだ。取り込み忘れた洗濯物は夜に降ったらしい雨でびしょ濡れになっていたし、種まきの時からずっと可愛がっていたパンジーたちは虫に食われていたし、いい感じに漬かっていた漬物は妖精どもの悪戯でダメになったし、今日はあれか、厄日か、天中殺か! ああ、神奈子様、助けてください! 早苗さん、かわいいよ、早苗さーん……!)
「ちょっとあなた、さっさとスペルカード出しなさいよ。枚数はあなたが決めていいから」
「す、諏訪子様は守備範囲とはちょっと……!」
「……はあ?」
パニックのあまり思考が飛んでしまった妖怪は正気に返り、霊夢を視界におさめながら後ずさっていく。
そして、
「お、俺を食べてもおいしくないですっ!!」
と叫んで脱兎のごとく逃げ出した。
「な……!? ちょっと! あなた! 何か変な勘違いしてない!?」
霊夢は追いかけることも忘れてその場に茫然と立ち尽くした。
「もう……乙女に対して何たる言い草よ!!」
怒りにまかせて叫んでみても返事は何も返ってこない。ため息をつくと、人里へ向けてトボトボと歩き出した。
人里の活気は、普段一人で神社にいる霊夢にとっては慣れないものだ。あまり他人と交流を持たない彼女にとって、名前のわからない相手がたくさんいる中にいるということそのものがどうも居心地悪い。
「それにしても、また人が増えたんじゃない?」
行きつけの店で食料を買い込みながら、なじみの店主のおばさんと会話をする。
「そうだねえ。最近は外の世界からこちらに迷い込む人も多くなってきたようだよ?」
「ふうん、外の世界で何かあったのかしら?」
「私にはそういう難しいことは分からないけど、この幻想郷は霊夢ちゃんがいれば安心よね」
「そんなに買いかぶらないでよ」
「謙遜しなくてもいいのよ。古くからこの人里にいる私みたいなのは、霊夢ちゃんには感謝しているんだから。最近は妖怪も人をほとんど襲わなくなったみたいだしね」
「私だけの功績じゃないわよ。私はただ、自分でできることをやっているだけだし」
「そんな霊夢ちゃんには、私から卵をおまけね。美味しいわよ」
「わ、ありがとう!」
そんなやり取りがあり、霊夢は上機嫌で市を歩いていた。この卵を使って何を作ろうか。オーソドックスに卵焼きもいいけれど、早苗に教わったオムライスに挑戦してみようか。うまくできたら魔理沙あたりに自慢してみよう。いつも人のことをがさつだ、女らしくないとか言うから鼻を明かしてやりたい。
とりとめもなく考えていたせいで、霊夢は前から歩いてくる若者の存在に気づくのが遅れて肩をぶつけてしまった。
「あ、ごめんなさい」
軽くぶつかっただけなので、霊夢は軽く謝ってその場から去ろうとした。しかし、そんな霊夢の肩をその若者はつかんで無理やり振り返らせる。
「……ちょ、何よ!」
肩の手をはらいながら霊夢は文句を言う。
若者は連れを合わせて三人いる。正直、あまり人相はよろしくない。
「嬢ちゃん、今のはちょっとないんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言い放つ。しかし、霊夢がまったく表情を変えないのを見て肩すかしをくらったような表情になる。
「あ!? こいつ、あの神社の巫女だよ!」
連れの一人がそう言うと、他の二人はしまったというような表情になる。
この三人は幻想郷に流れついて日は浅いが、妖怪退治を専門とするやたら強い巫女の話はさすがに知っているらしい。
「用がないなら行ってもいい? 私、こう見えて忙しいから」
冷たい声で言う霊夢に、三人はグウの音も出ない。だが、このまま終わるのもプライドが許さない。
「そ、そりゃあそうだよな。噂の巫女様は、妖怪たちと仲良く宴会をするのに忙しいって話だからな!」
「どういう意味よ」
男の言ったことはあながち的外れではないが、含まれたニュアンスが気になった。
「妖怪退治をする巫女が、妖怪と慣れ合うなんざ俺には理解できないね。案外妖怪とつるんでるんじゃないか?」
「そうだそうだ。巫女が妖怪と一緒にいるなんておかしいぜ!」
遠巻きになって事態の推移を見ている群衆たちは、最初こそ若者たちに厳しい目を向けていた。しかし、若者が言った台詞は予想外の反応を生み出した。里の人間たちも、博麗神社に妖怪たちがたびたび訪れているのを不審に思っているのだ。今となっては、幻想郷の中で最も安全であるはずの神社が、人間にとって危険な場所との認識をされている始末である。
そのことには少なからず霊夢にも責任がある。博麗の巫女として皆から注目される存在であることは知っているが、あいにく霊夢にその自覚は薄い。自分が周囲に与える影響について無頓着ということも悪影響を与えている。さらに、手当たりしだい妖怪を退治しまくっている姿は、頼もしさを与える以上に、その容赦のないスタイルに恐怖を抱かせる結果にもつながっている。
群衆がそうしたことを小声で囁き合っているのを敏感に感じ取った若者は、さらに調子に乗って霊夢を責め立てる。
「……言いたいことはそれだけ?」
これ以上付き合う義理はないと、霊夢は背を向けて歩き出した……つもりだったが、横から出された足につまづいて転んでしまう。グシャリと卵が潰れる音がすると同時に三人がドッと笑う。
ゆっくりと霊夢は立ち上がり、再び若者の方を向く。顔を伏せているのでその表情が見えない。
「お? 巫女様は人間退治もするんですか?」
調子に乗っていられたのはそこまでだった。
霊夢が静かに睨みつけると同時に、霊夢の身体を中心として、どんな鈍い人間でも気づくような霊圧が一瞬吹き抜けたのを感じ取ったのだ。道端の葉やゴミが舞い上がり、鳥たちは驚いてその場から逃げていく。
一瞬で場に静寂が満ちた。
霊夢は何も言わず、そのままその場を立ち去った。後には、まだその場から動けずにいられる若者と群衆が残るだけだった。何人かの者は心配そうな表情で霊夢を見ていたが、何も声をかけることができずにいた。
空を飛んで神社へと戻る霊夢はただ無表情であった。
これまで理不尽に恐れられることは何度もあった。別に今日に始まったことではない。自分のことを理解してくれる人間も少なからずいる。
「卵、ダメになっちゃったな……」
そう呟くと、ますます気分が沈んでいく。
そして、なんだか情けない気持ちにもなっていく。
幻想郷の守護者である博麗の巫女が、こうまで誤解されるのも自分に巫女としての自覚がなかったからだ。
それは分かる。
自分は歴代の巫女の中で抜きんでて自覚が足りないらしい。
だが、そのことに対して特に危機感を抱いていたわけでもない。異変があればきちんと解決しているし、今の幻想郷のあり方は、人間と妖怪双方にとっていいものであるとも考えている。
別に誰かにほめてもらいたいわけではない。
認めてもらいたいわけでもない。
なのに……。
「あ~~、もう! こんなの私らしくない!」
大声をあげてみても、心の中のわだかまりは消えない。
その思いを振り切るように頭をかきむしる霊夢の視界に黒い塊が目に入る。
昼の光の中、ただ異様に黒い球がゆっくりとした速度で動いている。
その暗闇の正体を霊夢はよく知っている。
「ルーミア!」
霊夢の声に、その黒い球は動きを止めた。その暗闇は若干薄くなり、その中心に金髪の少女が現れる。
「あ、霊夢、久しぶり」
「久しぶりね、宵闇の妖怪。今日は何をしているのかしら?」
「別に。ただぼんやりと飛んでいただけ」
「気楽でいいわね、あなたは。何かしら目的とかないわけ?」
「んー、今、できたかな」
「それは何?」
「もちろん、今日こそは紅白の巫女を退治するって目的!」
ルーミアの赤い瞳が妖しく光る。
そのルーミアの反応に、霊夢はなぜだか嬉しくなってしまった。
「上等! スペルカードは5枚でいいわね!」
「ちょ、ちょっと待った! 今はそんなに持ち合わせないって!」
「仕方ないわね、じゃあ3枚ね。そのぐらいはあるでしょ」
「いつにも増してやる気……。なんか調子狂うなー」
「いくわよ! 夢想封印!!」
「いきなり~!?」
慌ててスペルカードで応戦をするルーミア。
戦いの幕は切って落とされた。
その後、闇と霊札が幾重にも交差した後、目を回して地面に倒れるルーミアの前に霊夢が降り立つ。
「私の勝ちね」
「まーたー負ーけーたー。これで何連敗目?」
悔しそうに言った後、ルーミアは霊夢をしげしげと見つめた。
「? 何?」
「今日の霊夢、変だ」
「え?」
その言葉があまりに簡潔だったために、霊夢は内心ドキリとした。
「霊夢はいつも憎らしいぐらい軽やかに私の弾幕をかわしてたのに、今日はグレイズしまくり。倒そうとしていてこう言うのもなんだけど、すっごい危なっかしかった」
「…………」
「まー、そのぶん弾幕をいつもより多く撃ち込まれたから勝負が早くついたんだけどー」
ルーミアは立ち上がると、両腕を広げるいつものポーズになり闇を纏い始める。
「巫女に負けたから、今日はおとなしく退散するー。それじゃーねー、霊夢ー」
「え、ええ」
手を振るルーミアに、ぎこちない笑みで手を振り返す霊夢。
「んー……」
そんな霊夢をじっと見つめ、ルーミアは再び黒い球となってその場を去っていくのであった。
ルーミアが去ると、辺りは再び静かになった。時折聞こえてくる鳥の鳴き声と風による木々のざわめき以外に音はない。
霊夢はキュッ……と自分の身体を一度抱きしめると、博麗神社へ向かって飛び立つのであった。
「はあ……」
霊夢は今日何度目になるかわからないため息をつく。
どうにも今日はダメだ。一人になると、今日起こった嫌な出来事を思い出してしまう。いつもは気にも留めないようなことなのに、いくつも重なると心から消えてくれない。
「紫! 今日はこっそり私を見ていたりしないの?」
声を出してスキマ妖怪を呼んでみる。あの妖怪なら今この瞬間、霊夢に気づかれずに霊夢を見ていることなど造作もないことだろう。しかし、霊夢の声はただむなしく空中に消えていくだけだ。
再度呼びかけてみるものの、結果は変わらない。
「ったく、いつも余計なときに首を突っ込んでくるくせに、こういう時に限って……」
霊夢はそこまで呟いて顔を上げる。
「こういう時って、どういう時なんだろう?」
今、自分の中には、ここ最近感じたことのないような何かが渦巻いてる気がしてならない。
何だろう、この感覚?
「萃香! そこらへん漂っていないわよね?」
「魔理沙! また人ん家にあがってお酒でも飲んでいたりしないわよね?」
「文! 取材するならきちんと許可を取ってからにしてよ!」
「燐! 勝手に干物を取り出して食べてないでしょうね!」
博麗神社内をパタパタと歩き回りながらそう声をかけるが、夜の神社はただ暗闇の中に黙しているだけだ。
「本当に……何やっているんだろ、私……」
こんなにも博麗神社は静かだっただろうか。
自分が出す音がいやに大きく響く。そのくせ、その音は夜の静寂にあっさり吸収され、余計に静寂を強調するだけであった。
なぜ今日はこんなにも静寂が気になるのだろう。
なぜこうも心が揺れているんだろう。
「もう! 私のバカ!!」
「うわわわわ!?」
「え?」
聞きなれた声がしたかと思うと、目の前に黒白の姿をした何かが降ってきた。
「あれ? 魔理沙?」
「驚かすなよ霊夢! バランス崩しただろうが! 危うく大惨事になるところだったぜ……」
その手には酒瓶が入った袋を持っている。
「で、こんな夜中に何を自己批判していたんだ?」
「魔理沙、何でここに?」
魔理沙の質問を無視して霊夢は尋ねた。
「おいおい、つれないなあ。せっかく宴会だからとおっとり刀で駆けつけてきたんだがなあ」
その答えに霊夢は目をぱちくりとさせた。
「え? でも、今日は宴会の予定なんて……」
「ルーミアが言ってたぜ。博麗の巫女、ルーミア相手に20連勝記念とか何とか」
「は?」
霊夢は混乱していた。一体何事? ルーミアが?
「あんな闇妖ごときにいくら連勝しようが意味はないと思うけど……」
鈴を転がしたような少女の声が聞こえてくる。
その声と可憐な外見とは裏腹に、非常に強い力を持った吸血鬼レミリアだ。
「区切りというのは大切ね。だからこそ、新しく始められる」
そう言うレミリアの後ろには、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴といった紅魔館のメンバーが揃っている。
「あはははは! あたしもいるよー!」
虹色の羽を持つ吸血鬼は、落ち着きなく飛びながら魔理沙にまとわりついている。
「ねー、魔理沙ー、あたしと弾幕ごっこ20連戦しようよー」
「じょ、冗談じゃないぜ! 身体がいくつあってももたないって!」
慌てて駆け出す魔理沙を、鬼ごっこだー、とはしゃぎながら追いかけていくフランドール。そんな二人を、肩をすくめて見ているのはアリスとにとりだ。
「本日はお招きにあずかり恐縮です。これ白玉楼から持ってきたとっておきのお酒です。どうぞ」
「あ、小骨の多い生き物発見ー」
「ひぃ!? 私は食べ物じゃないよ~!?」
「どう、そこの地獄烏さん。私の賽銭箱にお金を入れたら、幸せが訪れること間違いなし!」
「ええ、本当!? やった、私たちついていますよ、さとり様!」
「んー、私からは何も言わないでおくわ」
気づくと、博麗神社のそこかしこに見慣れた顔のメンバーが思い思いに宴会を始めていた。
「何……これ……?」
霊夢は信じられないものを見るかのように立ち尽くしていた。
今日はどれだけ呆然とすることが多かっただろうか。特に、今のこれはとびきり強烈だ。
「なかなか味な真似をするわね、ルーミアちゃんも」
背後にスキマができたかと思うと、紫がそう声をかけてきた。
「紫! あなた、いつの間に!」
「そうねー。霊夢が泣きそうな顔で私とかを探し回っていたあたりからかな?」
「な……!?」
霊夢は真っ赤になる。
見られてた。
全部。
「可愛いところあるじゃない?」
「あうう~……」
いつもなら陰陽玉の5つや6つをぶつけているところだが、それをする気力が湧かないほど恥ずかしかった。
「霊夢はもっとそういったことに興味のない冷徹ガールだと思ってたんだけどねー、いやー、意外とさびしんぼだったのねー」
「うううう……」
何も言い返せず、霊夢は紫から顔をそむけ、穴があったら入りたいといった表情になる。
「大丈夫よ、あなたは正しいことをやっている」
ふと、真面目な表情で一言だけ紫が言った。その真面目な口調に、思わず霊夢は紫の方を振り返る。
しかし、そこにはもう紫の姿はなかった。
霊夢は表情を緩めて肩をすくめると、皆がいる方へと歩いて行った。
その後は大宴会であった。
ここまで数が集まったのはひょっとして初めてではないだろうか。
「あれ、そういえばルーミアは?」
霊夢はルーミアの姿をこの宴会で一度も見ていないことに気づいた。
何人かに聞いてみたが、やはり誰も姿を見ていないという。
「…………」
霊夢は、一通り宴会にやってきた客の相手をした後、頃合いを見てそっと抜け出した。
目的地は境内裏だ。
そこは霊夢とルーミアにとっては意味のある場所。
「やっぱりここにいたのね、ルーミア」
そこには、珍しく暗闇を纏っていないルーミアがいた。
「ここにいるってわかったんだ」
「そりゃそうよ。なにせ、私とあなたが初めて会った場所だからね」
「その後、容赦なく撃墜されたけど」
「まあ、それが私の仕事だ」
どちらからともなく二人は笑いだした。
「ほら、これ」
霊夢は酒を注いだ盃を差し出した。
「あなたが開いた宴会なんだから、あなたも飲まないと」
「それもそうか」
しばらく二人は無言で酒を飲み交わした。
「ねえ、なんで宴会をしようと思ったの? しかも、自分が20連敗したなんて恥ずかしいことで」
「他にいい理由が思いつかなかったから」
「そっちよりも、宴会を開いた理由が聞きたい」
ルーミアは少し考えた後、
「自分でもよく分からないや」
「ちょっと……何よ、それ」
「うーん、たぶん……」
ルーミアは霊夢を見た。
「今日の霊夢が寂しそうだったから」
「あ……」
風が吹き抜けたように感じた。
今日のもやもやを全て吹き消す風が。
「あ、ありがとね!」
鼻のあたりがツンとなるのをこらえながら、霊夢ははじけるような笑顔で言った。
「このお礼はきちんとするから」
その霊夢の言葉にルーミアは目を輝かせた。
「じゃあ、霊夢、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ味見させてくれる?」
「……は?」
「巫女ってどんな味するかすっごい興味ある! ねえ、ねえ、ちょっとだけだからー」
こんな可愛い外見をしていても人食い妖怪だ。最近では、人を襲った後、食べないでいるかわりに食料をもらうという話を聞いているが、衝動はなかなか抑えきることができないのか。
「それはダメ。幻想郷の人間は食べちゃダメなの」
「えー、ケチー」
ブーブー文句を言うルーミアを見ていて、霊夢は何かを思いついたような表情になった。
「ねえ、ルーミア、これならいいわよ」
「え?」
霊夢は素早く自分の唇をルーミアの唇に押し付けた。
それは一瞬の出来事。
顔を真っ赤にした霊夢とは対照的に、ルーミアはにこっと笑っていた。
「これが巫女の味かー。うん、なんか柔らかくてドキドキした! 初めての食感ってやつ?」
「そ、そう? き、気に入った?」
「うん! ねえ、もう1回いい?」
「ダ、ダメ! もうダメ! ちょっとだけって言ったでしょ!」
「ちぇっ、ケチ」
「…………」
「ねえ、本当にダメ?」
「…………」
「ねーえー?」
「き、気が向いたらね……」
「本当!? 約束だからね!」
楽しみだなーと足をパタパタ動かしているルーミアを見る霊夢の瞳は優しかった。
「さ、ルーミアも皆のところに行きましょ!」
「えー、今更行くのもなんか照れくさいなー」
「いいから!」
「もう、元気になったのはいいけど、今度はちょっと強引だぞー」
「あははは!」
宴会はまだ始まった続く。
その夜、太陽が昇る頃になるまで、博麗神社に笑い声は途絶えなかった。
里へ買い物へ行く途中、霊夢はいつものごとく妖怪退治をしていた。
今回の相手は弾幕勝負に慣れていないらしく、霊夢の攻撃をほとんど避けることができずにあっという間に勝敗がついてしまった。「いててて……俺が一体何をしたってんだよ?」
「あなたは妖怪で、私は博麗の巫女。それ以上の理由がある?」
「俺はもう人間を襲ったりしてねえよ!」
その言葉に霊夢はぴくりと眉を動かす。
「そうじゃなくて。あなたと私が戦うことそれ自体に意味があるわけでしょ?」
「はあ? わけわからねーよ……」
「ちょっと、本気で言っているの?」
戦うことを忘れた妖怪は力を失っていく。そうなると、いざ外から力の強い妖怪が幻想郷にやって来たとき対抗できないかもしれない。しかし、徒に人間を襲うことは禁じられている。
その矛盾を解決するためのシステムがスペルカードルールであり、これによって気軽に命をかけた戦闘もどきを行うことができるようになった。もちろん、妖怪に対抗できるような人間は限られているため、妖怪たちの相手は霊夢のような専門家が行っている。これにより、今の平和な幻想郷を維持しつつ、妖怪たちの存在意義がなくならないようにすることを可能にしているのだ。
もっとも、普段の霊夢自身はそこまで考えていることはなく、気持ちの思うまま妖怪退治をしているある意味迷惑な存在だ。
とはいえ、スペルカードルールの意義を知らない妖怪がいることに霊夢は少なからず衝撃を覚えいてた。
ため息をついてその場から飛び去る霊夢にその妖怪は罵声を投げかけるが、霊夢が一睨みするとその場に縮こまる。それを見た霊夢はまたひとつため息をつくと、もう後ろを振り返らずに今度こそ飛び去った。
霊夢はいつものように積極的に妖怪に戦いを仕掛けることなく、ゆっくりと飛びながら周囲を見ていた。すると、霊夢の姿を見るなり身を隠す妖怪たちの姿があることに嫌でも気づく。
「これならチルノの方がずっとマシね」
霊夢は自身の実力を過大評価しすぎている氷精を思い出した。それでも、妖怪に比べて力の弱い妖精の中では異例の強さを持っている。霊夢だって油断をすればスペルカードを1枚ぐらい破られる。毎回何も策を立てずに真正面から勝負を仕掛けるだけなので少しは頭を使いなさいよと思うが、その愚直さは嫌いではない。
力がある程度ある妖怪たちならば、むしろ弾幕勝負を嬉々として受け入れることが多い。そんな彼らとの弾幕勝負は、博麗の巫女としての義務とは無関係に霊夢を何か高揚させる。その感情が何かは霊夢は深く考えない。ただ霊夢は自分の思うまま戦うだけだ。それが何物にもとらわれない博麗霊夢なのだから。
しかし……。
霊夢は人里の近くにいた妖怪の前に降り立つ。その妖怪は霊夢の接近に気づいていなかったようで、霊夢の出現にパニックを起こしている。
「私は博麗の巫女、霊夢。さあ、スペルカードを出しなさい」
今まで何百回、何千回と繰り返してきた台詞。相手がどんなに強大でも、真正面から戦うことが彼女の流儀であり、存在意義だ。
対する妖怪は、見るも哀れな様で震えていた。
(そ、そんな、あの凶悪巫女に目をつけられるなんて、俺はなんて不幸なんだ!?)
力の弱い妖怪にとって、妖怪と見れば見境なく襲いかかる霊夢の存在は天災以外の何物でもなかった。巫女の容赦ない戦いぶりはトラウマになること間違いなしと評判である。さらには、巫女はその霊力を保つために妖怪の生き胆を食べている、若さを保つために妖怪の血風呂に入っているなどとんでもない噂も飛び交っていたりする。
(思えば、今日は朝からついていなかったんだ。取り込み忘れた洗濯物は夜に降ったらしい雨でびしょ濡れになっていたし、種まきの時からずっと可愛がっていたパンジーたちは虫に食われていたし、いい感じに漬かっていた漬物は妖精どもの悪戯でダメになったし、今日はあれか、厄日か、天中殺か! ああ、神奈子様、助けてください! 早苗さん、かわいいよ、早苗さーん……!)
「ちょっとあなた、さっさとスペルカード出しなさいよ。枚数はあなたが決めていいから」
「す、諏訪子様は守備範囲とはちょっと……!」
「……はあ?」
パニックのあまり思考が飛んでしまった妖怪は正気に返り、霊夢を視界におさめながら後ずさっていく。
そして、
「お、俺を食べてもおいしくないですっ!!」
と叫んで脱兎のごとく逃げ出した。
「な……!? ちょっと! あなた! 何か変な勘違いしてない!?」
霊夢は追いかけることも忘れてその場に茫然と立ち尽くした。
「もう……乙女に対して何たる言い草よ!!」
怒りにまかせて叫んでみても返事は何も返ってこない。ため息をつくと、人里へ向けてトボトボと歩き出した。
人里の活気は、普段一人で神社にいる霊夢にとっては慣れないものだ。あまり他人と交流を持たない彼女にとって、名前のわからない相手がたくさんいる中にいるということそのものがどうも居心地悪い。
「それにしても、また人が増えたんじゃない?」
行きつけの店で食料を買い込みながら、なじみの店主のおばさんと会話をする。
「そうだねえ。最近は外の世界からこちらに迷い込む人も多くなってきたようだよ?」
「ふうん、外の世界で何かあったのかしら?」
「私にはそういう難しいことは分からないけど、この幻想郷は霊夢ちゃんがいれば安心よね」
「そんなに買いかぶらないでよ」
「謙遜しなくてもいいのよ。古くからこの人里にいる私みたいなのは、霊夢ちゃんには感謝しているんだから。最近は妖怪も人をほとんど襲わなくなったみたいだしね」
「私だけの功績じゃないわよ。私はただ、自分でできることをやっているだけだし」
「そんな霊夢ちゃんには、私から卵をおまけね。美味しいわよ」
「わ、ありがとう!」
そんなやり取りがあり、霊夢は上機嫌で市を歩いていた。この卵を使って何を作ろうか。オーソドックスに卵焼きもいいけれど、早苗に教わったオムライスに挑戦してみようか。うまくできたら魔理沙あたりに自慢してみよう。いつも人のことをがさつだ、女らしくないとか言うから鼻を明かしてやりたい。
とりとめもなく考えていたせいで、霊夢は前から歩いてくる若者の存在に気づくのが遅れて肩をぶつけてしまった。
「あ、ごめんなさい」
軽くぶつかっただけなので、霊夢は軽く謝ってその場から去ろうとした。しかし、そんな霊夢の肩をその若者はつかんで無理やり振り返らせる。
「……ちょ、何よ!」
肩の手をはらいながら霊夢は文句を言う。
若者は連れを合わせて三人いる。正直、あまり人相はよろしくない。
「嬢ちゃん、今のはちょっとないんじゃないの?」
ニヤニヤしながら言い放つ。しかし、霊夢がまったく表情を変えないのを見て肩すかしをくらったような表情になる。
「あ!? こいつ、あの神社の巫女だよ!」
連れの一人がそう言うと、他の二人はしまったというような表情になる。
この三人は幻想郷に流れついて日は浅いが、妖怪退治を専門とするやたら強い巫女の話はさすがに知っているらしい。
「用がないなら行ってもいい? 私、こう見えて忙しいから」
冷たい声で言う霊夢に、三人はグウの音も出ない。だが、このまま終わるのもプライドが許さない。
「そ、そりゃあそうだよな。噂の巫女様は、妖怪たちと仲良く宴会をするのに忙しいって話だからな!」
「どういう意味よ」
男の言ったことはあながち的外れではないが、含まれたニュアンスが気になった。
「妖怪退治をする巫女が、妖怪と慣れ合うなんざ俺には理解できないね。案外妖怪とつるんでるんじゃないか?」
「そうだそうだ。巫女が妖怪と一緒にいるなんておかしいぜ!」
遠巻きになって事態の推移を見ている群衆たちは、最初こそ若者たちに厳しい目を向けていた。しかし、若者が言った台詞は予想外の反応を生み出した。里の人間たちも、博麗神社に妖怪たちがたびたび訪れているのを不審に思っているのだ。今となっては、幻想郷の中で最も安全であるはずの神社が、人間にとって危険な場所との認識をされている始末である。
そのことには少なからず霊夢にも責任がある。博麗の巫女として皆から注目される存在であることは知っているが、あいにく霊夢にその自覚は薄い。自分が周囲に与える影響について無頓着ということも悪影響を与えている。さらに、手当たりしだい妖怪を退治しまくっている姿は、頼もしさを与える以上に、その容赦のないスタイルに恐怖を抱かせる結果にもつながっている。
群衆がそうしたことを小声で囁き合っているのを敏感に感じ取った若者は、さらに調子に乗って霊夢を責め立てる。
「……言いたいことはそれだけ?」
これ以上付き合う義理はないと、霊夢は背を向けて歩き出した……つもりだったが、横から出された足につまづいて転んでしまう。グシャリと卵が潰れる音がすると同時に三人がドッと笑う。
ゆっくりと霊夢は立ち上がり、再び若者の方を向く。顔を伏せているのでその表情が見えない。
「お? 巫女様は人間退治もするんですか?」
調子に乗っていられたのはそこまでだった。
霊夢が静かに睨みつけると同時に、霊夢の身体を中心として、どんな鈍い人間でも気づくような霊圧が一瞬吹き抜けたのを感じ取ったのだ。道端の葉やゴミが舞い上がり、鳥たちは驚いてその場から逃げていく。
一瞬で場に静寂が満ちた。
霊夢は何も言わず、そのままその場を立ち去った。後には、まだその場から動けずにいられる若者と群衆が残るだけだった。何人かの者は心配そうな表情で霊夢を見ていたが、何も声をかけることができずにいた。
空を飛んで神社へと戻る霊夢はただ無表情であった。
これまで理不尽に恐れられることは何度もあった。別に今日に始まったことではない。自分のことを理解してくれる人間も少なからずいる。
「卵、ダメになっちゃったな……」
そう呟くと、ますます気分が沈んでいく。
そして、なんだか情けない気持ちにもなっていく。
幻想郷の守護者である博麗の巫女が、こうまで誤解されるのも自分に巫女としての自覚がなかったからだ。
それは分かる。
自分は歴代の巫女の中で抜きんでて自覚が足りないらしい。
だが、そのことに対して特に危機感を抱いていたわけでもない。異変があればきちんと解決しているし、今の幻想郷のあり方は、人間と妖怪双方にとっていいものであるとも考えている。
別に誰かにほめてもらいたいわけではない。
認めてもらいたいわけでもない。
なのに……。
「あ~~、もう! こんなの私らしくない!」
大声をあげてみても、心の中のわだかまりは消えない。
その思いを振り切るように頭をかきむしる霊夢の視界に黒い塊が目に入る。
昼の光の中、ただ異様に黒い球がゆっくりとした速度で動いている。
その暗闇の正体を霊夢はよく知っている。
「ルーミア!」
霊夢の声に、その黒い球は動きを止めた。その暗闇は若干薄くなり、その中心に金髪の少女が現れる。
「あ、霊夢、久しぶり」
「久しぶりね、宵闇の妖怪。今日は何をしているのかしら?」
「別に。ただぼんやりと飛んでいただけ」
「気楽でいいわね、あなたは。何かしら目的とかないわけ?」
「んー、今、できたかな」
「それは何?」
「もちろん、今日こそは紅白の巫女を退治するって目的!」
ルーミアの赤い瞳が妖しく光る。
そのルーミアの反応に、霊夢はなぜだか嬉しくなってしまった。
「上等! スペルカードは5枚でいいわね!」
「ちょ、ちょっと待った! 今はそんなに持ち合わせないって!」
「仕方ないわね、じゃあ3枚ね。そのぐらいはあるでしょ」
「いつにも増してやる気……。なんか調子狂うなー」
「いくわよ! 夢想封印!!」
「いきなり~!?」
慌ててスペルカードで応戦をするルーミア。
戦いの幕は切って落とされた。
その後、闇と霊札が幾重にも交差した後、目を回して地面に倒れるルーミアの前に霊夢が降り立つ。
「私の勝ちね」
「まーたー負ーけーたー。これで何連敗目?」
悔しそうに言った後、ルーミアは霊夢をしげしげと見つめた。
「? 何?」
「今日の霊夢、変だ」
「え?」
その言葉があまりに簡潔だったために、霊夢は内心ドキリとした。
「霊夢はいつも憎らしいぐらい軽やかに私の弾幕をかわしてたのに、今日はグレイズしまくり。倒そうとしていてこう言うのもなんだけど、すっごい危なっかしかった」
「…………」
「まー、そのぶん弾幕をいつもより多く撃ち込まれたから勝負が早くついたんだけどー」
ルーミアは立ち上がると、両腕を広げるいつものポーズになり闇を纏い始める。
「巫女に負けたから、今日はおとなしく退散するー。それじゃーねー、霊夢ー」
「え、ええ」
手を振るルーミアに、ぎこちない笑みで手を振り返す霊夢。
「んー……」
そんな霊夢をじっと見つめ、ルーミアは再び黒い球となってその場を去っていくのであった。
ルーミアが去ると、辺りは再び静かになった。時折聞こえてくる鳥の鳴き声と風による木々のざわめき以外に音はない。
霊夢はキュッ……と自分の身体を一度抱きしめると、博麗神社へ向かって飛び立つのであった。
「はあ……」
霊夢は今日何度目になるかわからないため息をつく。
どうにも今日はダメだ。一人になると、今日起こった嫌な出来事を思い出してしまう。いつもは気にも留めないようなことなのに、いくつも重なると心から消えてくれない。
「紫! 今日はこっそり私を見ていたりしないの?」
声を出してスキマ妖怪を呼んでみる。あの妖怪なら今この瞬間、霊夢に気づかれずに霊夢を見ていることなど造作もないことだろう。しかし、霊夢の声はただむなしく空中に消えていくだけだ。
再度呼びかけてみるものの、結果は変わらない。
「ったく、いつも余計なときに首を突っ込んでくるくせに、こういう時に限って……」
霊夢はそこまで呟いて顔を上げる。
「こういう時って、どういう時なんだろう?」
今、自分の中には、ここ最近感じたことのないような何かが渦巻いてる気がしてならない。
何だろう、この感覚?
「萃香! そこらへん漂っていないわよね?」
「魔理沙! また人ん家にあがってお酒でも飲んでいたりしないわよね?」
「文! 取材するならきちんと許可を取ってからにしてよ!」
「燐! 勝手に干物を取り出して食べてないでしょうね!」
博麗神社内をパタパタと歩き回りながらそう声をかけるが、夜の神社はただ暗闇の中に黙しているだけだ。
「本当に……何やっているんだろ、私……」
こんなにも博麗神社は静かだっただろうか。
自分が出す音がいやに大きく響く。そのくせ、その音は夜の静寂にあっさり吸収され、余計に静寂を強調するだけであった。
なぜ今日はこんなにも静寂が気になるのだろう。
なぜこうも心が揺れているんだろう。
「もう! 私のバカ!!」
「うわわわわ!?」
「え?」
聞きなれた声がしたかと思うと、目の前に黒白の姿をした何かが降ってきた。
「あれ? 魔理沙?」
「驚かすなよ霊夢! バランス崩しただろうが! 危うく大惨事になるところだったぜ……」
その手には酒瓶が入った袋を持っている。
「で、こんな夜中に何を自己批判していたんだ?」
「魔理沙、何でここに?」
魔理沙の質問を無視して霊夢は尋ねた。
「おいおい、つれないなあ。せっかく宴会だからとおっとり刀で駆けつけてきたんだがなあ」
その答えに霊夢は目をぱちくりとさせた。
「え? でも、今日は宴会の予定なんて……」
「ルーミアが言ってたぜ。博麗の巫女、ルーミア相手に20連勝記念とか何とか」
「は?」
霊夢は混乱していた。一体何事? ルーミアが?
「あんな闇妖ごときにいくら連勝しようが意味はないと思うけど……」
鈴を転がしたような少女の声が聞こえてくる。
その声と可憐な外見とは裏腹に、非常に強い力を持った吸血鬼レミリアだ。
「区切りというのは大切ね。だからこそ、新しく始められる」
そう言うレミリアの後ろには、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴といった紅魔館のメンバーが揃っている。
「あはははは! あたしもいるよー!」
虹色の羽を持つ吸血鬼は、落ち着きなく飛びながら魔理沙にまとわりついている。
「ねー、魔理沙ー、あたしと弾幕ごっこ20連戦しようよー」
「じょ、冗談じゃないぜ! 身体がいくつあってももたないって!」
慌てて駆け出す魔理沙を、鬼ごっこだー、とはしゃぎながら追いかけていくフランドール。そんな二人を、肩をすくめて見ているのはアリスとにとりだ。
「本日はお招きにあずかり恐縮です。これ白玉楼から持ってきたとっておきのお酒です。どうぞ」
「あ、小骨の多い生き物発見ー」
「ひぃ!? 私は食べ物じゃないよ~!?」
「どう、そこの地獄烏さん。私の賽銭箱にお金を入れたら、幸せが訪れること間違いなし!」
「ええ、本当!? やった、私たちついていますよ、さとり様!」
「んー、私からは何も言わないでおくわ」
気づくと、博麗神社のそこかしこに見慣れた顔のメンバーが思い思いに宴会を始めていた。
「何……これ……?」
霊夢は信じられないものを見るかのように立ち尽くしていた。
今日はどれだけ呆然とすることが多かっただろうか。特に、今のこれはとびきり強烈だ。
「なかなか味な真似をするわね、ルーミアちゃんも」
背後にスキマができたかと思うと、紫がそう声をかけてきた。
「紫! あなた、いつの間に!」
「そうねー。霊夢が泣きそうな顔で私とかを探し回っていたあたりからかな?」
「な……!?」
霊夢は真っ赤になる。
見られてた。
全部。
「可愛いところあるじゃない?」
「あうう~……」
いつもなら陰陽玉の5つや6つをぶつけているところだが、それをする気力が湧かないほど恥ずかしかった。
「霊夢はもっとそういったことに興味のない冷徹ガールだと思ってたんだけどねー、いやー、意外とさびしんぼだったのねー」
「うううう……」
何も言い返せず、霊夢は紫から顔をそむけ、穴があったら入りたいといった表情になる。
「大丈夫よ、あなたは正しいことをやっている」
ふと、真面目な表情で一言だけ紫が言った。その真面目な口調に、思わず霊夢は紫の方を振り返る。
しかし、そこにはもう紫の姿はなかった。
霊夢は表情を緩めて肩をすくめると、皆がいる方へと歩いて行った。
その後は大宴会であった。
ここまで数が集まったのはひょっとして初めてではないだろうか。
「あれ、そういえばルーミアは?」
霊夢はルーミアの姿をこの宴会で一度も見ていないことに気づいた。
何人かに聞いてみたが、やはり誰も姿を見ていないという。
「…………」
霊夢は、一通り宴会にやってきた客の相手をした後、頃合いを見てそっと抜け出した。
目的地は境内裏だ。
そこは霊夢とルーミアにとっては意味のある場所。
「やっぱりここにいたのね、ルーミア」
そこには、珍しく暗闇を纏っていないルーミアがいた。
「ここにいるってわかったんだ」
「そりゃそうよ。なにせ、私とあなたが初めて会った場所だからね」
「その後、容赦なく撃墜されたけど」
「まあ、それが私の仕事だ」
どちらからともなく二人は笑いだした。
「ほら、これ」
霊夢は酒を注いだ盃を差し出した。
「あなたが開いた宴会なんだから、あなたも飲まないと」
「それもそうか」
しばらく二人は無言で酒を飲み交わした。
「ねえ、なんで宴会をしようと思ったの? しかも、自分が20連敗したなんて恥ずかしいことで」
「他にいい理由が思いつかなかったから」
「そっちよりも、宴会を開いた理由が聞きたい」
ルーミアは少し考えた後、
「自分でもよく分からないや」
「ちょっと……何よ、それ」
「うーん、たぶん……」
ルーミアは霊夢を見た。
「今日の霊夢が寂しそうだったから」
「あ……」
風が吹き抜けたように感じた。
今日のもやもやを全て吹き消す風が。
「あ、ありがとね!」
鼻のあたりがツンとなるのをこらえながら、霊夢ははじけるような笑顔で言った。
「このお礼はきちんとするから」
その霊夢の言葉にルーミアは目を輝かせた。
「じゃあ、霊夢、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ味見させてくれる?」
「……は?」
「巫女ってどんな味するかすっごい興味ある! ねえ、ねえ、ちょっとだけだからー」
こんな可愛い外見をしていても人食い妖怪だ。最近では、人を襲った後、食べないでいるかわりに食料をもらうという話を聞いているが、衝動はなかなか抑えきることができないのか。
「それはダメ。幻想郷の人間は食べちゃダメなの」
「えー、ケチー」
ブーブー文句を言うルーミアを見ていて、霊夢は何かを思いついたような表情になった。
「ねえ、ルーミア、これならいいわよ」
「え?」
霊夢は素早く自分の唇をルーミアの唇に押し付けた。
それは一瞬の出来事。
顔を真っ赤にした霊夢とは対照的に、ルーミアはにこっと笑っていた。
「これが巫女の味かー。うん、なんか柔らかくてドキドキした! 初めての食感ってやつ?」
「そ、そう? き、気に入った?」
「うん! ねえ、もう1回いい?」
「ダ、ダメ! もうダメ! ちょっとだけって言ったでしょ!」
「ちぇっ、ケチ」
「…………」
「ねえ、本当にダメ?」
「…………」
「ねーえー?」
「き、気が向いたらね……」
「本当!? 約束だからね!」
楽しみだなーと足をパタパタ動かしているルーミアを見る霊夢の瞳は優しかった。
「さ、ルーミアも皆のところに行きましょ!」
「えー、今更行くのもなんか照れくさいなー」
「いいから!」
「もう、元気になったのはいいけど、今度はちょっと強引だぞー」
「あははは!」
宴会はまだ始まった続く。
その夜、太陽が昇る頃になるまで、博麗神社に笑い声は途絶えなかった。
そして霊夢の立ち位置と幻想郷の状況についての深い考察が物語に深みを与えています。
よい作品をありがとうございました。
> 最後のあれは筆が滑りました。
よく滑らせてくれました♪
これからも作者さまの筆の滑る事を祈りつつ。
ルーミア、かわいいよルーミア。
霊るみゃ大好きです
しかしこの霊夢はかなり働き者だな……。
何物にも縛られない霊夢と、天衣無縫なルーミアはいいコンビだと思うのですよ。
ルーミアの前では意地を張らずに素でいる霊夢がイメージできます。
ルーミアの優しさが、紫の優しさがたまらん。
こうした優しさを他人に見せられる人間に僕はなりたい。