Coolier - 新生・東方創想話

『おはよう』

2009/06/19 22:19:31
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「ただいま、お燐、お空!」



 何時ものようにふらふらと地上に遊びに行っていた私は、何時ものようにふらふらと我が家――地霊殿へと帰ってきた。
 縁側を歩いていると、お姉ちゃんのペット、お燐とお空が中庭に見えたのでご挨拶。
 二匹はぼぅとした顔できょろきょろと視線をさ迷わせる。ありゃ、お昼寝中だったか。

 目覚めは浅いようなので、私はそのままその場を後にする事にした。

 昨日今日はうたた寝日和。
 何処に行っても寝ぼけ眼でお出迎え。
 面白くないったらありゃしない。

 ……あ、でも、帰ってくる時は面白かった――と言うよりは珍しい体験をしたかな。

 数秒歩いて振り向くと、二匹は再び夢の中。できればいい夢見直してね。

 ふぁ――と、欠伸が突然出てきた。
 中庭に‘あぁああぁぁ‘と間の抜けた音が広がる。
 私自身、皆の寝顔ばっかり見ていたからか眠くなってしまったようだ。

 目を軽くこすり、少しの間だけでも眠気を飛ばす。
 家に帰ってきたのだから布団に直行するのも悪くなかったが、まだ報告が済んでいない。
 報告なんて言うと堅苦しいけど、要は外で何をしていたかをお姉ちゃんに聞いてもらうのだ。

 ふらふらと遊びに行き、ふらふらと帰ってきて、ふらふらと話す――のは、今、私が眠いからだけど。

 それは、静かに深く潜り込んでくる睡眠欲よりも優先される。
 と言うか、何処に行って誰と会って何をしたか、私がお姉ちゃんに話したい。
 お姉ちゃんは聞き上手。どんな話をしたって嬉しそうに楽しそうに聞いてくれる。

 だから、今日みたいに誰とも遊んでない、『何でもない日』でも、きっと笑ってくれる筈だ。

 また零れそうになった欠伸を噛み殺し、私はお姉ちゃんの部屋へと入っていった。

「ただいま、お姉ちゃん!」

 数秒しても返事はない。
 目の前の布団はこんもり盛り上がっている。
 皆と違わず、お姉ちゃんも寝ているようだ。うがー!



 ――と、無理やり起こす訳にもいかずひっそり憤っていると、お姉ちゃんがむくりと上半身を起こした。



「こいしの声が聞こえたような……」

 どうやら先程の挨拶で目を覚ましてしまったようだ。ごめんなさい。

 でも、起しちゃったものはしょうがないよね。
 覆水盆に返らず。
 うん。

「お姉ちゃん、おはよう!」
「あら……まぁ。ふぁ……うん」

 とは言え、覚醒しきってはいない模様。どうでもいいけど、『あらまぁ』はおばさんっぽいと思う。

 ともかく。
 どうしようかな……。
 話はしたいけど、ちゃんと聞いてほしい。我がままだとはわかってるけど――ふぁぁ。

「……貴女も、寝た方がよくはなくて?」

 悩む私に、何時もより低い声でお姉ちゃんは言ってくる。
 寝起きで声帯がちょっとおかしくなってるんだろう。
 少しおばあさんっぽい。なんて。

 そっと、手が此方に向けられる。え、嘘、声に出てた?

「赤い」

 声は戻らず低いまま。
 言葉の速度もゆっくりとしている。
 思ったとおり、お姉ちゃんはまだ夢見心地。

「目を、こすった痕があるわ。眠たいんではないの?」

 だけど、ちゃんと私を見ていてくれている。
 だから、お姉ちゃんへと近づいた。
 そして、口を開いた。





 ――紡がれるのは、そう、『何でもない一日』。





「あのね、お姉ちゃん、今回はまず、永遠亭に行ったの」
「あぁ……姉の言葉はスルーするのね。いいわ、存分にスルーしなさい。それが貴女なりの甘えだと」
「もう! お姉ちゃん、聞いてる? ‘めっ‘だよ!」

 『はらはら』とわざとらしく口にするお姉ちゃん。でも、押さえているのは鼻だった。

「あー……そもそも、外に行ったなら最初に見るのは博麗の巫女では?」
「間欠泉から一番近いもんね。縁側で爆睡してたよ」
「さもありなん」

 涎まで垂らしていた。あれで弾幕戦は幻想郷でもトップクラスなのだから侮れない。

「でね、永遠亭なんだけど、凄かったわ!」
「永遠亭が凄かったのですか。浮いてでもいましたか」
「たっくさんの兎や妖兎がぐっすりすやすや。とっても可愛かったの!」

 敷地内の人参畑では、左を見ても右を見ても、手を止めお休み中の兎達。
 柔らかな日差しは実直な彼女達をまどろみに誘っていた。
 まことに太陽は罪な奴。

「それはまぁ、……微笑ましい。だけど、うどんげさんやてゐさんは頭を抱えていそうね」
「膝枕されて、して、寝てたよ?」
「膝枕とな」

 木に寄りかかって寝てたんだから、あれはガチ寝だった筈だ。

「でも、不思議だったの。てゐさん、凄く大人っぽく見えたわ」

 私の知っている地兎は、悪戯兎、詐欺兎。
 だと言うのに、その寝顔は柔らかくて優しくて。
 何処かで見た事がある。あぁ、お姉ちゃんが私を見る時とそっくりだった。

 そう、丁度、今の様に。

「解らないのも無理はないけれど……彼女はツンデレだもの」

 『ツンデレ』て。

「お姉ちゃん、それ、死語」
「げ、幻想郷は全てを受け入れるのよ!?」
「うん。受け入れて、それで、こっちでも死語」

 懐かしい台詞を引用してまでムキになるお姉ちゃんを、私はじっと見詰める。

「な、なによ 私だって、私だって偶にはナウでヤングなワードを使ったっていいじゃない……っ」

 一杯一杯だった。
 お姉ちゃん、まだ目がとろんとしてるもんなぁ……。
 地の底から吹いてきた生暖かい風が、私達を絡め捕る。ひゅー。





 ――こほん。





「……ん、こいし、次は何処に?」
「えっと……あれ。私、色んな所に行ったって言ってたっけ?」
「簡単な推測よ。貴女はさっき、『まず』とつけていたでしょう」

 そうだったろうか。そうだった気もする。何気ない一言なんてそうそう覚えているものでもない。

 永遠亭を後にして、赴いたのは白玉楼。名前に反して緑ばっかりだったけど。

「そう。妖夢さんに斬られなかった?」
「挨拶みたいに言うのね、お姉ちゃん。妖夢も寝てたわ」
「こと彼女に関して言うならば挨拶代わりじゃないかしら。……またなのね」

 お姉ちゃんも人の事は言えない。

「今回、そんなのばっかりだよ。行く所行く所、みーんな寝てたもの。帰ってきた所もだけど」

 目を逸らすお姉ちゃん。私は事実を述べただけで他意はなかったのだが。

「居眠りって感じだったけど、気持良さそうだったよ。枕も柔らかかったんじゃないかな」
「柔らかい枕……つまり、幽々子さんの膝ですか。は、まさか乳!?」
「半霊」

 多分、だけど。ずぶずぶ埋まってたし。

「……確かに、アレはもちもちしてそうね。お醤油をつけたら美味しそう」
「べたべたになっちゃうよ。お姉ちゃん、お腹すいてる?」
「いえ、まだ睡眠欲の方が強いわ」

 寝起きだから普通なんだし、意地張る事ないのになぁ。

 思っていると、お姉ちゃんが流し目を送っていた。

「それに、食欲は三番目。二番目は……ね。ふふ」
「一に睡眠、二に睡眠、三四が食事で、五に睡眠?」
「どこの渡し守か。悪戯な口を塞いでしまうわよ?」

 流し目のまま、口をすぼめている。
 だけど、やっぱり、私は間違っていない。
 此処にお醤油あったかな――なんて思いつつ、お姉ちゃんを見ていた。

「ジュッテーもふぁっ」

 よっぽど枕が美味しそうに見えたのだろう。……単に寝ぼけているだけかな。





 ――ねぇ、こいし。何故、貴女は彼女達を起こそうとしなかったの? うたた寝位なら構わなかったでしょうに。
 ――んー……気持良さそうだったからかなぁ。それに、無理やり起こすなんて乱暴だわ。
 ――そうね。私は起こされたけど。……視線を逸らさないの、もう。





 次に飛んでいったのは、神々が住まう神社。守矢神社。

 何時もは参拝客や山の妖怪で賑わうこの神社も、私が訪れた時はがらんとしていた。
 まるで、初めて霊夢と、その後魔理沙と弾幕ごっこをした時のよう。
 アレは楽しかったなぁ……。

「守矢の二柱も、やはり寝ていたの?」
「あ、うん。神奈子も諏訪子もぐっすりだったわ。重なり合ってたの」
「あの二柱は示す力の通りの間柄。……こ、こいしには刺激が強過ぎたんではなくて?」

 焦点のあっていない目で聞いてくる。

「ええ、ちょっとくらくらしちゃった」
「ひ、昼間から何をしているの、あの二柱はっ」
「二三日ぶっ続けで飲んでたんじゃないかなぁ。お酒の匂いが境内まで漂ってたんだもん」

 風祝がいない神社にそよ風は吹いてくれなかったようだ。
 ……って、そもそもは神奈子が風雨の神様って言っていたっけ。
 どうもあの神様は象徴するものが多すぎて目立たないのを忘れてしまいがちだ。

 乾、蛇、山、湖……は諏訪子だっけ? どうだったかな。

「あ、潰れていただけなのね。……早苗さんが怒りそう。いや、彼女は」
「寝ていたわ。と言っても、別の場所でだけど」
「うーん、聞かなくても解る」

 微苦笑を浮かべるお姉ちゃん。多分、合ってる。

「と言う事は。お二方、自棄酒でもしていたんでしょう」
「そうなんじゃないかな。神奈子はうわ言みたいに早苗の事呼んでたし」
「気持はわからないでもないけれど、まんま娘を取られた駄目親じゃないの」

 うん、まさにそんな感じ。

「あ、でもね、諏訪子に抱き寄せられたら静かになったよ」
「チョークスリーパーをかけられて虫の息ですね。わかります」
「うぅん、普通に。優しく。寝てたのに、無意識でぎゅっとしてたのかな」

 お熱い事で――呟く表情が、なんとなく柔らかくなった気がする。

 だけど、熱いと言うよりは暖かそう……だったかな。






 ――お姉ちゃん、だけど、どうして神奈子と諏訪子は仲がいいのかな? 昔、大喧嘩したんでしょう?
 ――喧嘩ではなく、戦ね。……詳しくは知らないから、一般論だけど、いい?
 ――なら、尚更だと思うけど。うん。
 ――どんな感情であろうと、何時かは風化するわ。激しい怒りも、深い悲しみも。
 ――滾るような憎しみも……って、妹紅は? ねぇ、お姉ちゃん、妹紅は? あ、こっち向きなさぁい!





 続けて向かったのは、赤い悪魔が束ねる館、我が親友が眠る場所、紅魔館。

「あぁ、其処ならば、まず美鈴さんが寝顔でお出迎え」
「そもそも門前にいなかったよ。お部屋で寝てた」
「激務だから仕方ないんでしょう」

 まぁ、代わりの妖精メイドもこっくりこっくりしていたけれど。

 彼女に限った事じゃない。
 元より気候や季節に影響されやすい妖精達は一様に舟を漕いでいた。
 ガッツ溢れるメイド――『シュブ』だったかな――は鼻提灯を出しながら掃除してたっけ。

「ふふ……お寝坊さんが多い事。館の主がアレでは、それも致仕方ないわね」
「お燐もお空もお力も、皆寝てたよ、お姉ちゃん?」
「ぐー」

 此方は此方で、ペット達は動物の変化なんだから当然と言えば当然なんだけど。

「お姉ちゃん、前々からレミリアにだけは手厳しいよね。嫌い?」
「……すー。――って、本当に寝てしまいかけたわ。本当よ?」
「うん、疑ってはいないわ」

 目を開けた時に、‘ビクっ‘ってなってたし。

「お姉ちゃんは私に嘘、つかないもの。でも、繰り返すと嘘っぽくなるよ?」
「いやまぁ。そう言えば、貴女のペット達は?」
「くー」

 そっぽを向く。皆寝てた。
 半眼を向けられている事が容易に予測でき――ふぁぁぁ。
 って、拙い。私も同じく、目を瞑っただけで寝ちゃえそうだ。

 ……あ、さっきの質問、流された?

「はぐらかすつもりはないから、そんな顔をしないで頂戴な。
 ――レミリア。彼女とは何れ決着をつけなくてはいけない間柄。
 私達は、二度、幻想郷を二分して争った。地魔異変――そう、何れ、決着をつけなくては、いけない」

 レミリアに言わせれば『紅霊異変』。

 なんだけど、通称は『地魔異変』だ。
 何故か。促音を付ければ解り易い。『ちまっ異変』。
 つまりは、その程度の異変なのだ。別名『第二次幼児大戦』。

 割には両陣営に様々な勢力が加担して、お祭り騒ぎとなったんだけれど。

 因みに、第一次は私やフランが止めた。
 第二次は第三者に止められた。
 場所が悪かったのだ。湖。

「お力を貸して頂いた永遠亭、白玉楼、山の方々へは、今も年賀状を送っているわ。
 勿論、一度目に加勢して頂いた八雲家、守矢神社の方々へも。
 傍観者に徹してくれた博麗神社にも、ね」

 や、たぶん、面倒臭かったんじゃないかなぁ。

「でも、お姉ちゃん、紅魔館にも年賀状書いてるよね?」
「諸々の付き合いがあるもの。それに、礼儀を欠くのは許されない」
「レミリアもそんな事言って毎年クリスマスパーティに呼んでくれるわ。仲良し?」

 問い詰める。
 お姉ちゃんは、私に‘無意識‘で嘘がつけない。
 だから、言葉を発して問いかけるのが一番てっとり早いのだ。

「……私の『力』を然程気にしてないし。対等な関係なんでしょうね、レミィとは」

 意地を張った答えに、くすりと笑う。うん、満足だ。

 笑みに気だるげな微苦笑を返し、お姉ちゃんは欠伸を噛み殺しながらぼんやりと続ける。

「まぁ……そう言う方、多いんだけどね。
 フランさんも気にしてないし、トップ陣もそう。あと、ミスティアさんも。
 覗いて見ろさぁ見ろと言わんばかりに翼を広げて『Come on!!』。勿論、リグルさんに吹き飛ばされていたわ」

 相変わらず、体張ってるなぁ。

「そう言えば、永遠亭に行く前に屋台も覗いてみたけど、フタリで寝てたよ」
「偶にはそう言う事もあるでしょう。だって――」
「で、ルーミアは幽香にもたれかかってた」

 そう、とお姉ちゃんは小さく相槌を打つ。

 眠気を払うように頭を左右に振り、続けた。

「……どうも、寝惚けているのか話が飛んでしまいがちね」
「あ、そうだそうだ、何処まで話してたっけ」
「レミィは駄目ねって所」

 それはもういい。

「うん、まぁ。……彼女は吸血鬼なんだから、昼は普通、就寝時間なのよね」
「当り前のように寝ていたわ。フランと一緒に」
「なんだと」

 ぎらつく瞳。
 声は重く、低かった。
 『地霊殿の主』という肩書がぴったりだ。

 目はともかく、声は単に、声帯がまだ戻っていないだけなんだけど。

「レミリア! 妹の寝所に潜り込むとは羨まし、じゃない、浅ましい奴!」
「うぅん、違うわ。フランが潜り込んだのよ。レミリアの部屋だったし」
「う、羨ましくなんかないんだからね!?」

 ぱるぱるぱる。

 言葉とは裏腹に表情は嫉妬していた。うわ、涙まで。

「欠伸の名残よ。……でも、そう。フランさんも随分と積極的になったことで」
「あんまりにも幸せそうだったから、つい額に落書きしちゃいそうになったわ」
「こいし……いくら貴女でも、其処までしては、――」

 首を振る私。そう、フランは起きたのだ。

「毛筆だったのが私のミスね」
「え、起きたの? ……え?」
「怒ってたなぁ、フラン。 『きゅっとしてぇ』って言った所で、寝ぼけ眼のレミリアに止められてたけど」

 額を押さえるお姉ちゃん。そんなに悪い事したかなぁ。

 レミリアがフランを止めたのは、ひょっとしたら無意識の行動だったのかもしれない。
 止めたと言うよりは、ベッドに連れ戻したと言った方が正しいのだし。
 だから、フランも素直に従ったんだと思う。

「それでね、レミリアは目を擦りながら、私に言ったの。
 『今日は帰りなさい、こいし』って。
 笑って……うぅん、微笑んでた」

 笑みの意味を理解する前に、レミリアは再びベッドに沈んでいった。
 勿論、フランも同じくだ。フランの方がくっついていた。
 だから、私はその場を後にしたのだ。

 もしかしたら、レミリアが私の『運命』を操ったのかもしれない。

 欠伸をしながら説明している間も、お姉ちゃんは額を押さえたままだった。





 ――親しき仲にも礼儀あり。余り無礼な事をしていると、……。
 ――う。嫌われちゃうのはやだな。でも、お姉ちゃん。
 ――……なぁに、こいし。
 ――嫌われたら、それ以上に好きになってもらえばいいのよ。
 ――む、難しいんじゃないかしら。あぁ、でも、そう。そうなのよ、こいし。





 頭に靄がかかったような感覚。左右に振る。あぁ、眠い。でも、もうちょっとなのだ。



 紅魔館を出て、一直線に幻想郷と地底を繋ぐ境界に飛んだ。
 途中、霧の湖に寄らなかったのは、レミリアの『力』が効いていたからだろうか。
 けれど、――紅魔館からかなり離れた――妖怪獣道を飛んでいるうちに、私は思いなおした。

 起きているかもしれない、と。

「……それで、神社に、寄ったのね。早苗さんも、その時に」

 ――見たの? 

 私は目頭をぐりぐり押しながら、頷く。

「ふぁ……うん、そうだよ。でも、巫女ったら酷いの!
 早苗を起こさない為だと思うけど、ちっちゃい声で、『帰れ』って!
 しかも、しかも! 私を見た途端よ! 挨拶の一言もありゃしない!」

 許すまじ、巫女。

 頬を膨らまし、むかむかしてきた私は声を張り上げた。

「あのすっとこど――」

 と。
 文句を言おうとした直前、視界が暗転した。
 鼻にふわりと、いい匂いが伝わる。漠然とした‘いい匂い‘。お姉ちゃんの匂い。

 私は、お姉ちゃんに抱きしめられているようだ。

「おねえちゃん……?」

 むかむかが消えていく。
 代わりに、眠気が押し寄せてきた。
 感覚をお姉ちゃんに奪われ、まるで、揺り籠の中の様。

 そっと、髪を撫でられる。くすぐったい。眠気が加速する。

 呼びかけに返答はなく、だから、私は意識が落ちる前に、その日、唯一面白かった体験を伝える。

「あのね、おねえちゃん。
 わたしね、とってもめずらしい体験をしたわ。
 かえる時に、なんと、すきまをとおってきたの!」

 ぎゅう、と腕の力が増した気がする。
 だけど、痛くない。
 柔らかい。



「んぅ、ふぁ、あぁぁぁああぁ……えへへ、これで、ぜんぶ。おやすみなさい、おねえちゃん」



 ぽたり、と何かが私の頬に落ちた。



 お姉ちゃんは、ゆっくりと、何時もの声で言う。



 ――お休みなさい、こいし。お休みなさい。
 ――さぁ、その瞼を閉じなさい。
 ――今は、お休みなさい。



 お姉ちゃんは、ゆっくりと、低い声で言う。



「そ、う。結界の大妖獣、粋な、事をして、くれる。
 い、いえ、藍、だけじゃ、ないわ。――も、レミィ、も。
 貴女が、起きたら、お礼を、言いに、行きましょう。一緒に、よ」



 私は、一欠片の意識を集め、どうにか返す。



 ――もう閉じているわ、お姉ちゃん。うん、一緒に。でも、お礼?



 お姉ちゃんは、低い声で言った。



「お休み、な、さい、こい……し。お休……み、なさ、い」



 お姉ちゃんは、何時もの声で――思った。



 ――お礼よ。



 ――だって、私に回してくれたんですもの。
 ――あぁ、でも、今は駄目。
 ――言葉にならない。



 ――言葉になっているわ、お姉ちゃん。



 ――いいえ、違うわ、違うの、こいし。
 ――言葉ではないの。是は、あぁ、言葉ではないのよ。
 ――今は、駄目。震えてしまう。叫んでしまう。泣いてしまう。



 ――そっか。さっきの、涙だったんだ。……あれ? 私、お姉ちゃん泣かせちゃった? 悪い子?



 ――善悪を決めるのは私ではないわ。
 ――だけど、貴女がそう感じているのなら、感じるのなら、私は許す。
 ――いいえ。私だけじゃない。きっと、お燐もお空も、貴女のペット達も、そう。



 ――お姉ちゃん、どうしてペット達が出てくぁぁぁぁぁ。……ねむねむ。



 ――ふふ、言っているでしょう、思っているでしょう。お休みなさい、こいし。



 ――ん、今度こそ、ほんとにお休みなさい、お姉ちゃん。



 瞼を閉じる私の意識に、するりとお姉ちゃんの意識が入ってきた。





「次に、瞼が開いた時。
 笑、って、言うわ。
 驚かせな、いよう、想うわ。
 私が起きた時の、貴女の言葉に、応えるわ。
 あぁ、でも、泣いて、いたら、ごめんなさいね」





 ――おはよう、‘開いた恋の瞳‘こいし。







                      <終>
近い将来か、遠い未来かはわかりません。でも、きっと何時か訪れる物語。三十六度目まして。

さとりも、そして、心の片隅でこいしも、開く事を望んでいると思いました。
ですので、その条件を考えて考えて、このお話と。

タイトルを、『スリーピング・ビューティ』『それはきっと何でもない一日に』と悩みましたが、
書きあげたらもう現題しか合わないと思い、こうなりました。

お読み頂き、ありがとうございます。楽しんで頂ければ、より幸いです。

あと。私のお話の睡眠率は異常。

以上
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
ヒャッホゥ!さとこい最高!
4.100GUNモドキ削除
ほのぼのの中に笑いが幾つか盛り込まれている理想型。
最後は綺麗に収まって、言うこと無しですね。

そんな貴方には、この金のスーパーこいしちゃん人形をば。
7.90名前が無い程度の能力削除
ゆかりんは一体どこに…
9.100名前が無い程度の能力削除
不覚にも感動してしまった…
12.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれは……なにも無いのに心地よい。とりあえず寝よう。
17.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのなのにやはり異彩を放つ貴公のみすちーが大好きです。
34.100名前が無い程度の能力削除
ああ、ああ。
言葉にできないとはまさにこのこと。
39.100名前が無い程度の能力削除
さとりんを卑猥な想像で赤面させ隊隊長ミスティア・ローレライ!!
43.100奇声を発する程度の能力削除
とても素晴らしかったです
46.100名前が無い程度の能力削除
何もなかった日だからこそですね
心がぽかぽかしました
47.100名前が無い程度の能力削除
何にもない日常の1ページっていいですよね
49.100dai削除
幸せをありがとう