Coolier - 新生・東方創想話

Why didn’t I go to see her before she went to heaven?

2009/06/18 13:21:04
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 何故、暗い旧校舎の廊下を一人で歩いているかというと、別に忘れ物を取りに来たわけでもなく好きな子の机を探りに来たわけでもなければ、単に出られなくなったからだ。月明かりだけを頼りにずりずりと歩くのも、誰かを驚かそうと思っているわけでもなくサイバイバルゲームをしているのでもなければ、そう、単純に外に出られなくなっているからだ。
ちなみに三階建ての端から端、隅から隅まで割れそうな窓ガラスは全部割ろうと試み、蹴り抜けそうな扉は全てドロップキックしてやった。
信じられないかもしれないが窓ガラスは悉く廃材を弾き返し、足から感じたことには扉の向こうにコンクリートでも詰まっているような硬さだった。言わずとも結果は足を微妙にかばいつつ歩く後姿を見てもらえれば分かると思う。
最初の試みが失敗した時に、唖然として慌てて辺りを見回した。自分以外の誰かがこの校舎に存在するように思えて仕方なかったし、尚且つ悪意に満ちたものだと思えた。板張りの廊下に何かが居る気配は無かったが、却って息苦しさを感じた。そして、この直感が確信に変わるのにさほど時間はかからなかった。


 旧校舎は入学した頃からボロく、空き部屋は運動部の物置と同義であり、裏は学校社会的に反れた人たちの溜まり場でもあり、新校舎が改築されるほんの数年間だけ使われたところである。新校舎に移ってからは一切使われていないし、今は老朽化に拍車がかかっており滅多な事では訪れはしないだろう。
それにも関わらずふらりと誘われるように入ったのは、二階の窓ガラス越しに懐かしい面影を見た気がしたからだ。良くある話だが、同じ学級の好きな女の子の姿だった。
自分でも笑いたくなるような、馬鹿としか思えない理由だった。
 しかし行きは良い良い帰りは怖いと言うが、出られなくなったというのは予想外としか言いようがない。旧校舎の中央扉をくぐったのが夕方の帰り、そして現在時計はゆうに十二時を回っている。


夜の旧校舎を一人で歩くという行為自体が自分にとっても、多分誰にとっても恐怖の対象であるには間違いない。よく言われるのは、視界に入ってないところが存在するのが怖い、鏡とか何か映るものが怖い、ふとした月光の反射が怖いなど。
しかもよくある怪談、七不思議、都市伝説の類は悉く夜の廃校や校舎が舞台である。少しの物音にすら竦みあがる小心者の自分であれば、下手をすると気を失ってしまうかもしれないとすら思う。
特に学校関連の怪談は、現時点で思い出す必要は全く無いのだが、暗闇の中を歩くにはやはり前と足元を見る必要があり、なるべく見ないように努力している。
だが、目に付いてしまうのがトイレである、特に女子トイレである。そしてこんな時に限って尿意を催す自分は馬鹿だと思った。

ぎぃぃと軋む音に耐えつつゆっくりと扉を開ける。勿論女子トイレという選択はしないが、万能的な七不思議的には男子トイレにも出てくるという話である。何か理不尽だと思いつつ、鼻に付く臭いを我慢して小便器までこそこそ歩く。入り口近くの鏡と奥の小部屋付近は怖いから見ない。用を足し始めると、長時間我慢していたせいか勢い良く出てきた。最中に襲われたらもう諦めるしかないが、何故か怪談ではそのような合理性を見せない。元より小便用便器にまつわる話の数自体が少ない気もする。

えもいわれぬ安心感と満足感で去ろうとした時、何かが軋みつつ開くような音が背後から聞こえた。動きを止めるべきではない、そう思いつつも指一本動かせない。空気がまるで粘着質のゼリー状になったようで息が上手く出来ない。そして、背後から視線を感じるのは幻覚ではないだろう。音を立てて開く物なんて一つしかない、奥の扉である。
 しかし、好奇心は猫を殺すというか、振り向かずに廊下まで出て後ろ向きに扉を閉めろというのも酷な話というか、自分としてもありえないと思うが、振り向きたくなったのはやはり可笑しいことだった。何時間にも感じられた数秒の思考の後、ゆっくりと振り向いた。


「……」
確かに視線という意味ではこれ以上ないとは思った。まさしく相当な瞳孔である。
開いた扉の奥から、向日葵がこちらを向いていた。
「確かに花だけども……」
と呟くとひとりでに向日葵は踊りだした。巷で言うところのダンシングフラワーであるようだ。燦々と暗闇に輝く太陽のごとく、激しく体を揺らしている。ついでなので手をリズム良く叩いてみると嬉しそうに反応する。
僕は無言で手を鳴らしつつ後ずさりしてトイレを出た。最後まで向日葵は踊り続けていた。扉を閉めた後から何やらいがみ合う声が聞こえたが多分幻聴だし、気にすることはないだろう。きっと向日葵も幻視と信じたいが、暗闇の中の太陽のようで脳裏に焼きついてしまった。



出口を探して再び廊下を歩く。時計は未だに一時前である、案外時間は進まないものだ。と言っても、件のトイレに戻って花と戯れる気もなければ、戻ったところで再見できないだろうという予感もあった。
しかしあれはやはり、トイレの○○さんで良いのだろうか。随分と曲解というか、独自の解釈でアレンジされているとしか思えない。勿論びっくりすることにはびっくりしたが、どちらかというと極限状態にあった恐怖感が薄れて来たように感じた。
とは言え、少し月の光が差す程度の廊下は怖い。音を余り立てないように歩くのも意外と疲れる。音を立ててもいいのだが、立てると何かに察知されそうで嫌なのである。
など考えていると、さっきまで真っ暗だった教室に光が灯っているのが見えた。扉のプレートは理科室、どうにもこうにも嫌な予感しかしなかった。

理科室に関する怖い話、所謂七不思議を思い出してみる。自分の学校は、確か骸骨の標本が動くとかいうシンプルなもの、そう覚えていた。動いた後、何をしてくるのか何をされるのかは全く分かっていないが、兎も角理科室に入らなければ問題ない。
そう考え通り過ぎようとしたが、どうもその考えは甘かったのだと反省せざるをえない。

暗い眼窩が扉の隙間からこちらを覗いていた。眼が合ってしまった、というのもあちらは眼が無いのに可笑しな話だが、その表現が一番しっくり来るように思えた。
「……えーと、ごきげんよう」
綺麗な女の子の声が、円滑に動く上顎骨と下顎骨の間から漏れる。
 瞬間、僕は走り出した。怖かったからというより、体がそうしたがったからである。所謂パニックである。
「あ、待って」
背後をガチャガチャと追いかけてくるのに待てるわけが無い。走りながら首をひねると、不自然なくらいに再現された女の子走りだった。理科室以外では効力を発揮しないと思っていたのに、完璧に生身の女の子じみた動きを再現して襲ってくるなんて話が違うと誰かに叫びたくなった。
 無我夢中で走っていたせいか、途中で派手な音を立てて誰かがこけた音は耳に入らなかった。



 時計を見るといつの間にか午前三時前であった。今も学校から出られる見込みは無く、疲れて廊下にへたり込んでいる。
 どうも誰かに改竄されたというべきか、曲解を経て辿り着いた七不思議が再現されているという、そのような状況になったのは理解した。なぜならあれから、ピアノの上で妙に上手く歌う羽の生えた人影を目撃したり、本に埋もれている寝巻きの人を発見したりしたからだ。多分真夜中に勝手に鳴るピアノとか、図書室で延々と本を読み続ける幽霊とかを再現したかったのだと推測できる。
 どれもびっくりはしたが、四回目ともなると傾向と対策が出来てきており、さほど恐怖は感じなくなってきた。むしろどうして居るのかと聞こうとも思ったが、明らかに人ではない者、むしろそうだったとしても超弩級の変人に尋ねる勇気までは出なかった。
思うに、首謀者の目的は未だ不明瞭だが危害を加える気はないのだ。所謂出口の無いお化け屋敷みたいなもので、それはそれで嫌ではあるが楽しくないこともない。目的が殺害やそれに近いものなら、最初のトイレで背後からやられているはずである。

ただ、七不思議通りに事を進ませるのであれば、七番目は一体何だったか。七番目は大抵知ったら死ぬから書いてないとか、そういう曖昧な内容である。六番目は体育館が舞台なので流石に起こらないとは思う。それに緊張感の薄れた今は、好きな人の面影が自然と思い出された。多分付き合って子だと思いたいが、詳しくは忘れてしまった。きっと良い子だったに違いない、自分が選ぶくらいだから。

 などと回想していると、遠くでガラガラという回りながら近づいてくる音が聞こえた。音だけでなく、赤い灯火も見える。気のせいか猫の声まで聞こえた気がする。
 残り二つのうち一つは、死体を乗せたベッドに乗せた看護婦さんが襲ってくるである。 ベッドを超高速で押しつつどうやって殺しに来るのか分からないが、多分超高速なので当たっただけで死ぬのかもしれない。

 徐々に灯りが近づいてくるが、立って逃げ出そうとは考えなかった。というよりも、逃げても外に出られそうにないと何処かで分かっていたからである。それにあのスピードだと轢かれてもたいしたことは無い気がする。
「ちょっと、そこのお兄さん!」
どうも呼ばれたらしい、自分以外多分いないと思うし背後とかに居たらそれはそれで怖い話だ。
「なんで逃げないのかなー、もしかして怖くない?」
「十分に怖かったよ」
自分でも不思議だと思うくらい冷静に答えられた。
 目の前の少女は人の形をしておきながらどうも頭に猫の耳が生えているように見える。暗くて断定は出来ないが尻尾も二つ付いているようだった。
「ほら、ここの七不思議で死体を運ぶ看護婦さん、って話。あの役ね、あたい以外に適役が居ないと思ったんだ、ほら」
と、言って彼女は押し車を指差す。白いシーツの中央が細長く盛り上がっていた。
「……これ、まさか」
「そう!盗りたてホヤホヤ!あ、でも同意だから盗ったというべきなのかねぇ」
少女がシーツを捲くり上げると、そこには白髪の老婆らしき死体が横たわっていた。
 自分の祖母の葬式に出たこともあり、驚きはするものの特に恐怖は感じなかった。逆にこの悪夢の中のような状況においては現実味さえあり、月の光に照らされた姿は綺麗とすら思った。
「で、僕を殺さないのかい?」
「あはは、面白いこと言うねぇ!まあでも確かにいい魂の形してるねぇ」
何が可笑しいのか、少女は笑い始めた。そうだ、これはドッキリみたいなものだからこの質問は無意味なのだ。そう信じたかった。

「覚えてるかな、この人の名前。この人は、――――」
名前を聞いた時、胸の奥を誰かに叩かれた気がした。

 ―――見上げた二階の窓から懐かしい覗いた面影、手を振る自分。面倒くさくて下から荷物を投げて取ってもらおうと思っただけだった。ほんの些細な事だったのだけども。

「この人はお兄さんに謝りたかったんだって。そう言ってた、ってまぁ、これも三途の川渡しに聞いたんだけどねぇ」

 ―――それから、彼女は荷物を取ろうとして、少しバランスを崩してしまったんだ。自分にはそれがスローモーションのように映ったのを思い出した。

「いわゆる商談成立って奴で、こっちも最近不足気味で困ってたところだったし」

―――打ち所が悪く、彼女は意識不明、治っても半身不随だろうという話だった。それを聞いた彼女の両親は怒り狂ったっけ。

「思い出したかな、だからねぇ、お兄さんを殺すなんてことは出来ないのさ。なんせお兄さんは死んでるからね」

―――そうだ、それで自分は責任を取ろうとしたんだ。それ以上に、彼女の居ない未来は辛すぎると思った。


「……七番目は、首吊り自殺した学生の地縛霊だったっけ」
「正解!七不思議もこの人の魂が教えてくれたのさ、例の川渡し伝いだけどねぇ」
どうやら三途の川渡しはよほどお喋りが好きらしい。だが彼女の魂が自分の話をしてくれたことが嬉しくもあった。
「それで、死んだ僕を驚かせ続けた理由は?」
「もう一回死んだと思ってもらえたら良かったんだけどねぇ。ほら、七つ知ると死ぬって言うし」
目の前の少女はそうあっけらかんと言ってのける。暗闇越しでも彼女が朗らかに笑っているのが分かる。
「じゃあ、死んだことを理解できたから、君たちの作戦は成功ってわけだ」
「その通り!こっちも何だか楽しかったし万々歳、後は手伝ってくれたお姉さん方へのお礼回りだねぇ」
「ところで、彼女はもう天国に行っちゃったのかい?」
分かっていない、という顔で人差し指を振ってみせる。微妙に顔が得意そうに見えるのは、多分そういうのが専門の妖怪だからなのだろう。







「いんや、この人は死体も魂も地獄行きさ。なんせ自分の死体を妖怪に売っちゃったんだ、このあたいにねぇ。まあまだ川は渡りきってないと思うけどさ。ん、なんで悲しそうな顔してるのさ?勿論、お兄さんも行くんだよ。決まってるじゃないか、自分の命を粗末に扱うものは天国なんかにいけるわけないよ。あ、親より早く死んでるから賽の河原で石積みかもしれないけど、元よりあたいにかかったからには無理にでも連れて行くけどねぇって、今度は何嬉しそうな顔してんのさ!」



時々、地底の底では二つの魂が寄り添って飛んでいる。
それを見て、二股の黒猫は満足そうに顔を舐めると、今日もニャーンと鳴くのだった。
 初めまして、お久しぶりです、約一年ほど遅れてプレイしてます。州乃です。
 今回は学校の七不思議って幻想郷に片足突っ込んでいる概念じゃないだろうかと思ったのがきっかけでした。小学校の図書室はなぜあんなものを置いているのでしょうかね。PTSDの原因になりかねないと冗談半分に思いますが。
 怖い話は読んでも怖いけど書いても怖い。そして運の良いことに出来上がった話はあまり怖くない、安心して読んでくださってればこれ幸い。それでは。
州乃
[email protected]
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コメント



0.730簡易評価
12.90名前が無い程度の能力削除
やられた。これしか感想が出ない。
自分ホラーは苦手なんですが、これは何か・・・温かい。
見事です。
13.90削除
五年ぶり……だと……?
またあなたの作品が読めるとは思ってませんでした。
15.100名前が無い程度の能力削除
名前を拝見して、まさか、と。
ずっとお待ちしておりました。また氏の作品を読むことが出来て、感無量です。