Coolier - 新生・東方創想話

天に嘯く

2009/06/15 22:56:32
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「いつもありがとう」

彼は、そう言った。

「どういたしまして」

私は、そう微笑んだ。



********



浮かれた気分で天を泳ぐ。

里の人々に近々地震が起こるとゆう旨を伝えた私は、鼻歌混じりに天を仰ぐ。
何故こんなに上機嫌なのか、理由は御礼を言われたからだ。
いや、それでは少々説明が足りない。
礼ならば里の長老や、他の里の人々から散々言われているし、もっと言えば、食材等の物品を渡してくる者も、多からずいた。
私が浮かれていた理由は、正確に言えばとある青年に礼を言われたことにある。

要は私は彼を好いていたのだ。

それも初めて見かけた瞬間、一目惚れとうい奴である。
広場で口笛を吹き、皆に囲まれていたのを見たのが最初だった。
勿論、妖怪である私と人間である彼とでは住む世界が違う。
例え想いを打ち明けたとしても、結ばれることは難しいだろう。

龍の夫、人の妻。
人の夫、狐の妻。
白蛇伝、保名、清姫、白馬抄。
古来より人と人外との恋の行き着く先は、常に悲恋として描かれて来た。
報われぬ恋として、描かれ続けて来た。
理由は簡単、それが多ではないからだ。
小は多に押し潰される。
異端と蔑まれる。
多は平常を求め、異常を忘れようとする……
だから、きっとこの恋は報われない。

故に私は自分を抑した。
一線以上の好意は抱かないように。
好意が愛に変わらないようにと。
しかし、物事は上手くいかない。
人々に、何度も地震を伝えに里へ降りるうち、彼は私に話し掛けてくるようになった。
他愛のない会話を何度も何度も繰り返すうち、どんどん親密になり、彼に対する想いは大きくなっていった。

いつしか私は彼を愛してしまっていた。



********





幾年が過ぎる。





********



私は里に降りるのが楽しみになっていた。

不用意に私が里に降りれば混乱を招き兼ねない。
私が里に降りることは、彼等に災厄を伝えること。
故に私が降りるのは決まって年に数度とあるであろう災厄の前の数日前。
私の来訪は、災厄の予兆。
私は招かれざる客、だ。

だとゆうのに、私は彼に会えることを楽しみにしている。
災厄を待ち望んでしまう。
年に数回天の川で再会を果たす、まるで織り姫と彦星のように。



********



遂に自分が普段何をしているのかわからなくなってきた。
自分が誰であるかも疑わしい。
何処に居ても彼の顔が浮かんでは消える。
彼は今何をしているのだろうと考えてしまう。
私は頭がどうにかなりそうだった。
私は狂ってしまうのではないかと思えた。

いや、狂っていたのだ。

ある日、私が里に降りると、彼はぎょっとした表情をした。
それから、「顔色が悪いが大丈夫か」と私に尋ねた。
彼の言葉に思わず飛び付きそうになるのをぐっとこらえる。
本当に心配している様子の彼に「大丈夫です」と微笑みで返した。
彼は何かいいたげだったが、「そうか」とだけ返した。

静寂、無言の二人。

そんな静寂を破るように、私は告げた。

「近いうちに、大きな地震が起こるでしょう。今までにない、とても大きな地震です」

私がそう言うと、彼は「そうか」とゆうと、にっこりと微笑んで「いつもありがとう」と言った。
ありがとう。
その言葉が心に染み渡る。
私は「どういたしまして」と答え、彼ともっと話したいとゆう気持ちを抑えながら、ふわりと浮かび上がる。

と、ふっと袖を掴まれた。

「もう帰るのかい?」
「え、えぇ」

彼はまた、「そうか」と言うと、ごそごそと懐を漁り――

「ん……」

私の手に、白いリボンをそっと乗せた。
突然のことに、私は目を丸くする。

「これは?」
「いつものお礼だ」

彼は照れ臭そうに言うと、ぽりぽりと頬をかいた。

「本当は、もっと別な物にしようかとしたんだけど……安物ですまない」
「そ、そんなことありませんっ!一生大切にします!」

思わず声が裏返ってしまった。
吹き出す彼。
きっと私の顔は真っ赤になっていたことだろう。
逃げるようにして私は空へと舞い上がった。

「さようなら、また……」

そんな声が聞こえる。

背後から彼の口笛が聞こえて来た。



********



数日が経った。

心が落ち着かない。
そろそろ地震が里を襲った頃だろう。
手中の白に目をやる。
彼のことが心配でたまらない。

「里よりも彼の心配か……」

私は自自嘲気味にクスリと笑った。
何をこんなに悩む必要があるのか。
迷う必要はない。


行こう――


私は里へと足を向けた。



********



酷い有様だった。

大半の家屋は崩れ、燻り、辛うじて数件が形を保っている程度であった。
私は、彼がいつも口笛を吹いていた広場へと向かった。
しかし、辺りをどれほど見渡しても、あるのは瓦礫の山だけで……

「もし」

不意に声を掛けられる。
振り返ると、長老が立っていた。心なしか、少し窶れているようだ。
無理もないだろう……
私は長老に、彼は何処にいるのかと尋ねた。



「彼は――」


「――――」



長老の言葉に、私は耳を疑った。
そして、「嘘だ」と呟いた。



「彼は亡くなりました」

地震のあった日、逃げ遅れた子供を助けに、激しい揺れの中家屋の中に駆け込んだらしい。
その直後に家屋は倒壊。
柱の下敷きになったのだそうだ。
すぐに里の人々が助けに入ると、彼は下敷きになりながらも、子供に覆いかぶさるようにいたという。

「優しい、彼らしい最後でした」

長老は言ったが、私の耳には既にそんな言葉は届いていなかった。
呆然と空を仰いだ。
頬を何かが流れていく。
小さな雫だった。

「これを、貴女に渡すように言われました」

長老はそう言って、そっと何かを差し出した。
赤い、赤い、リボンだった。

「『私は貴女のことが好きでした』彼は最後に、そう貴女に伝えるように、と……」

私がそれを受け取ると、長老はのたのたと去って行った。
視界がぼやける。
ボロボロと涙が零れ落ちる。
止まることのない涙。
私は鳴咽混じりに

「私も、貴方が好きだったんですよ?」

そう、空へと呟いた。



********



****************



「ん……」

目を開くと、小さな小箱が目に入った。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

ふぁあと欠伸をする。
ポタリと水滴が落ちた。

どうやら泣いていたようだった。
夢を見た。
古い昔の夢を。

私は小箱の中身を確認し、その蓋をぱたりと閉じた。
あれを見るたび彼を思い出す。
彼を失った今でも、彼の笑顔は心に生き続けている。

それは遠い遠い、幻想の日の恋の記憶。
甘く、ほろ苦い失態の記憶。


清々しい晴天の下、私は天に嘯いた。
嘯くってのは、ようするに口笛を吹くってことなんだよ。
やあ、また会ったね。
そちらのフロラインははじめましてかな?
漆野志乃だよ。
ショートショート並に短いけれど、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいよ。

誤字脱字があればばんばん指摘してほしい。
それ以外にも、ここはこうした方がいいとかそんなコメントも待っているよ。

では、また。
漆野志乃
[email protected]
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コメント



0.290簡易評価
3.30名前が無い程度の能力削除
内容の割に薄いなあ、と。

あと一歩踏み込んだ話作りが出来れば良作なのに、惜しいです
5.60名前が無い程度の能力削除
SSでやるには話が深いかな。その分展開が速く感じました。
長編でじっくり読みたい話です。
口笛を吹く描写ももっといろいろ広げてほしかった。

全体的に広がる切ない雰囲気は結構よかったです。