人類は太陽の恵みとも言われる日の光の恩恵を享受してきた。しかし、それを忌み嫌う種族もまた存在した。
吸血鬼である。数百年以内に幻想郷に来た妖怪達の中で最も強大な種族。人間の身体など簡単に引き裂くことのできる力、視認することすら許されない驚異的なスピード。全てに於いて人間の身体能力を遥かに上回る存在。そんな吸血鬼たちにとって致命的な弱点が太陽の光である。もし、彼ら吸血鬼が太陽の下を堂々と闊歩するようなことがあれば……
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットもまた、その弱点を克服しようとしている吸血鬼の一人だった。
館内の一室、レミリアが午後のお茶を嗜んでいる。傍に控えているのはメイド長の十六夜咲夜。
「デイウォーカーですか…… 意味は名前の通りでよろしいのですか?」
咲夜が尋ねると、レミリアはカップをテーブルに置き、静かに口を開いた。
「そうよ。昼間でも外を歩きたい。何か考えなさい」
また難しいことを、と思ったが、主の命令は絶対なので言葉には出さなかった。
「日傘では駄目なのですか?」
「日光を完全に遮る為にはどれだけ大きい傘がいると思ってるの?」
「まぁ私が持ちますし……」
「一人で歩きたい時もあるのよ」
何を言っても説得はできないと判断した咲夜は、諦めて何かいい方法はないかと探すことにした。
「とりあえず思いつく限りのことを試してみましょう」
いつの間にか咲夜の手には、この幻想郷ではあまり見かけることの無い物が握られていた。時間を止めて、どこかから調達してきたのだろう。
「それは?」
「日焼け止めクリームとサングラスですわ。これを肌が露出している部分にまんべんなく塗って、サングラスをかけて、あとはつばの大きい帽子を被れば大丈夫かと」
「そう、じゃ早速やって頂戴」
「では」
ここでも時間を止めた。この能力のおかげで、咲夜は主を待たせたことがない。
「…………」
「どうされました? 良くお似合いですよ」
「この臭いは何とかならないの……?」
レミリアの肌に塗られた日焼け止めクリームは結構な異臭を放っていた。
「良薬は鼻になんとやらと言いますわ。我慢してくださいな。紫外線防御率が100%ですので」
「なら仕方ないわね……鼻じゃなくて口じゃなかったかしら」
「さ、お嬢様。外へ行ってみましょう」
* * *
レミリアと咲夜が並んで紅魔館の周りを歩く。いつもとは違って咲夜が日傘を持っていない。
しばらく歩いているとレミリアの顔が険しくなっていた。
「どうかしましたか?」
「咲夜。日光って暑いのね」
「ええ。当然ですわ。それが何か?」
「私の肌をよく見なさい」
言われてレミリア腕に目をやると、
「汗をかいてますね」
「汗をかくと、塗ったクリームが落ちると思うのだけど」
レミリアの顔が更に険しくなる。汗とともにクリームが流れ落ちていく。
「誤算でした。では汗に強い物をご用意……」
湯気のようなものが立ち上っている。発生源はレミリアだった。
「咲夜。早く中に……」
「あ、申し訳ございません」
* * *
「日焼け止めは二度と使わないわ。他には?」
さっきと同じ部屋に戻ってきた二人は、他の方法を考えていた。勿論クリームは洗い落としたあとで。
「美鈴の"気"を応用できたりしないかしら。確か色々なことに活用できるのよね?」
「とりあえず、連れて来ます」
言った直後には咲夜の隣に美鈴が立っていた。
「あれ、お嬢様に咲夜さん。どうしたんですか?」
咲夜は事情を説明すると、美鈴は成る程と何度も頷いた。
「気合でなんとかなりますよ!」
「いや、気合じゃなくて気でなんとか」
「似たようなものですよ! さぁお嬢様、歯を食いしばって外へ行きましょう!」
美鈴はレミリアの手を取り、部屋を出ようとした。何故かスキップ気味で。
「ちょ、ちょっと! 気合ではなんともならないわ! 咲夜!」
「美鈴。その手を離しなさい」
咲夜が美鈴の眼前に立ちはだかっていた。両手にはナイフが4本ずつ握られている。
「これを投げさせないでね?」にっこり笑うと、美鈴は流石に冗談が過ぎたと、手を離して反省の色を見せた。
「さて美鈴。今のはちょっとやり過ぎたわね。私があのまま外に連れ出されていたらどうなっていたか、身をもって知ってもらうわ」
「咲夜。パチェと一緒に美鈴を外に連れて行きなさい」
そしてレミリアは咲夜に耳打ちをした。
* * *
「むきゅ!?」
パチュリーはいつの間にか紅魔館の外に居た。先ほどまで図書館で本を読んでいたというのに。無論、咲夜が時間を止めて連れてきたのだが。
パチュリーが驚いた理由は、自分の体勢だった。
「なんで私、咲夜に抱っこされてるの?」
それもただの抱っこではない。お姫様抱っこだった。
「ちょっと、相手が咲夜でもこれは恥ずかしいわね」と、ほんのりと顔を赤らめた。
「降りるわ」
「はい」
咲夜が手を離すと、パチュリーは音を立てることも無くふわりと着地した。 そして、咲夜からここへ連れてこられた経緯を聞かされた。
「そう、それは思い知らせないといけないわね。親友のレミィを危険な目にあわせようとしたのだから」
そう言って美鈴を見つめるパチュリーのジト目はいつもより冷ややかだった。
肝心の美鈴は、猿ぐつわを噛まされ、両手を後ろで縛られている。目は完全に怯えきっていた。
「安心しなさい。死なない程度には加減するから」
「逃げたら殺人ドールよ。分かってるわね」
──火符「アグニシャイン」
猿ぐつわを噛まされて、上手く声を出せない美鈴の奇妙な悲鳴が紅魔館に響いた。
* * *
「デイウォーカーってどうして日光が平気なんですか?」
咲夜は根本的な疑問を口にした。
「吸血鬼と人間のハーフだからよ。両方の良いとこを持って生まれたのがデイウォーカーね」
「じゃあお嬢様には無理じゃないですか」
「まぁ無理かもしれないわね」
「あ、でも何とかなるかもしれないですわ」
「今度はまともな方法でしょうね」
咲夜は自信ありげな態度でレミリアの肩に両手を置いた。
そして真顔でこう言った。「お嬢様、子供を生んでください」
「は……?」
吸血鬼としての威厳はどこへ行ったのやら、レミリアは口をぽかんと開けて、間の抜けた声を上げた。
「子供? 相手は?」
「人里から若い男を一人攫って来ます」
「というか、どうして私が子供を?」
「吸血鬼と人間のハーフを生むんです。生まれてきた子供から何かヒントが得られるかもしれません」
「え、ちょっと待ちなさい。子供生むって、もしかしてアレをするの?」
レミリアはいつの間にか俯いて、声も小さくなっていた。
「ええ。子供を生むためにはしなければいけないですね」
「お嬢様も五百年ぐらい生きてるのですから、アレの一度や二度ぐらいは……」
「ないわよ……」
ぼそっと頼りない声で呟いた。思わず咲夜が聞き返す程、聞き取りにくい声だった。
「ないって言ったのよ!」
「あらまぁ……」
今度は何故か咲夜が両手を自分の頬に添えて、顔を赤らめた。
「人間の男とそんなことできるわけないじゃない!」
一応知識として知っているらしい。子供を生む為に男女がするべきことについて。
咲夜が不意にエプロンドレスの肩紐に手をかけた。
「ならば、この私めがお相手いたしますわ」
「ちょっと…… 女同士では子供は作れないわ!」
「気合です! お嬢様!」
あとずさるレミリアを咲夜が追い詰める。
空が茜色に染まる頃、レミリアの悲鳴が少しだけ響いた。
* * *
太陽が完全に姿を消し、月が暗闇の中に浮かび上がっている。吸血鬼が最も力を発揮することができる時間が訪れた。
窓辺に立つレミリアは月を見上げながら、デイウォーカーについて考えていた。恐らくどんな方法を取っても不可能。生まれながらにしての吸血鬼であるレミリアに人間の血を混ぜることは出来ない。故に日光に打ち勝つ術は……
「……どうして思いつかなかったのかしら」
一つだけ方法があることを思い出した。
純粋なる吸血鬼である彼女にしか出来ない──
「咲夜」
「ここに」
音も無く背後に気配が生まれた。
「明日は永い、いや、楽しい夜になるわよ」
吸血鬼は背中に月の光を浴びながら、凄惨な笑みを浮かべた。従者はただ主の言葉に付き従うのみ。
そして幻想郷が紅い霧で覆われた。
──それは後に紅霧異変と呼ばれることとなる。
吸血鬼である。数百年以内に幻想郷に来た妖怪達の中で最も強大な種族。人間の身体など簡単に引き裂くことのできる力、視認することすら許されない驚異的なスピード。全てに於いて人間の身体能力を遥かに上回る存在。そんな吸血鬼たちにとって致命的な弱点が太陽の光である。もし、彼ら吸血鬼が太陽の下を堂々と闊歩するようなことがあれば……
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットもまた、その弱点を克服しようとしている吸血鬼の一人だった。
館内の一室、レミリアが午後のお茶を嗜んでいる。傍に控えているのはメイド長の十六夜咲夜。
「デイウォーカーですか…… 意味は名前の通りでよろしいのですか?」
咲夜が尋ねると、レミリアはカップをテーブルに置き、静かに口を開いた。
「そうよ。昼間でも外を歩きたい。何か考えなさい」
また難しいことを、と思ったが、主の命令は絶対なので言葉には出さなかった。
「日傘では駄目なのですか?」
「日光を完全に遮る為にはどれだけ大きい傘がいると思ってるの?」
「まぁ私が持ちますし……」
「一人で歩きたい時もあるのよ」
何を言っても説得はできないと判断した咲夜は、諦めて何かいい方法はないかと探すことにした。
「とりあえず思いつく限りのことを試してみましょう」
いつの間にか咲夜の手には、この幻想郷ではあまり見かけることの無い物が握られていた。時間を止めて、どこかから調達してきたのだろう。
「それは?」
「日焼け止めクリームとサングラスですわ。これを肌が露出している部分にまんべんなく塗って、サングラスをかけて、あとはつばの大きい帽子を被れば大丈夫かと」
「そう、じゃ早速やって頂戴」
「では」
ここでも時間を止めた。この能力のおかげで、咲夜は主を待たせたことがない。
「…………」
「どうされました? 良くお似合いですよ」
「この臭いは何とかならないの……?」
レミリアの肌に塗られた日焼け止めクリームは結構な異臭を放っていた。
「良薬は鼻になんとやらと言いますわ。我慢してくださいな。紫外線防御率が100%ですので」
「なら仕方ないわね……鼻じゃなくて口じゃなかったかしら」
「さ、お嬢様。外へ行ってみましょう」
* * *
レミリアと咲夜が並んで紅魔館の周りを歩く。いつもとは違って咲夜が日傘を持っていない。
しばらく歩いているとレミリアの顔が険しくなっていた。
「どうかしましたか?」
「咲夜。日光って暑いのね」
「ええ。当然ですわ。それが何か?」
「私の肌をよく見なさい」
言われてレミリア腕に目をやると、
「汗をかいてますね」
「汗をかくと、塗ったクリームが落ちると思うのだけど」
レミリアの顔が更に険しくなる。汗とともにクリームが流れ落ちていく。
「誤算でした。では汗に強い物をご用意……」
湯気のようなものが立ち上っている。発生源はレミリアだった。
「咲夜。早く中に……」
「あ、申し訳ございません」
* * *
「日焼け止めは二度と使わないわ。他には?」
さっきと同じ部屋に戻ってきた二人は、他の方法を考えていた。勿論クリームは洗い落としたあとで。
「美鈴の"気"を応用できたりしないかしら。確か色々なことに活用できるのよね?」
「とりあえず、連れて来ます」
言った直後には咲夜の隣に美鈴が立っていた。
「あれ、お嬢様に咲夜さん。どうしたんですか?」
咲夜は事情を説明すると、美鈴は成る程と何度も頷いた。
「気合でなんとかなりますよ!」
「いや、気合じゃなくて気でなんとか」
「似たようなものですよ! さぁお嬢様、歯を食いしばって外へ行きましょう!」
美鈴はレミリアの手を取り、部屋を出ようとした。何故かスキップ気味で。
「ちょ、ちょっと! 気合ではなんともならないわ! 咲夜!」
「美鈴。その手を離しなさい」
咲夜が美鈴の眼前に立ちはだかっていた。両手にはナイフが4本ずつ握られている。
「これを投げさせないでね?」にっこり笑うと、美鈴は流石に冗談が過ぎたと、手を離して反省の色を見せた。
「さて美鈴。今のはちょっとやり過ぎたわね。私があのまま外に連れ出されていたらどうなっていたか、身をもって知ってもらうわ」
「咲夜。パチェと一緒に美鈴を外に連れて行きなさい」
そしてレミリアは咲夜に耳打ちをした。
* * *
「むきゅ!?」
パチュリーはいつの間にか紅魔館の外に居た。先ほどまで図書館で本を読んでいたというのに。無論、咲夜が時間を止めて連れてきたのだが。
パチュリーが驚いた理由は、自分の体勢だった。
「なんで私、咲夜に抱っこされてるの?」
それもただの抱っこではない。お姫様抱っこだった。
「ちょっと、相手が咲夜でもこれは恥ずかしいわね」と、ほんのりと顔を赤らめた。
「降りるわ」
「はい」
咲夜が手を離すと、パチュリーは音を立てることも無くふわりと着地した。 そして、咲夜からここへ連れてこられた経緯を聞かされた。
「そう、それは思い知らせないといけないわね。親友のレミィを危険な目にあわせようとしたのだから」
そう言って美鈴を見つめるパチュリーのジト目はいつもより冷ややかだった。
肝心の美鈴は、猿ぐつわを噛まされ、両手を後ろで縛られている。目は完全に怯えきっていた。
「安心しなさい。死なない程度には加減するから」
「逃げたら殺人ドールよ。分かってるわね」
──火符「アグニシャイン」
猿ぐつわを噛まされて、上手く声を出せない美鈴の奇妙な悲鳴が紅魔館に響いた。
* * *
「デイウォーカーってどうして日光が平気なんですか?」
咲夜は根本的な疑問を口にした。
「吸血鬼と人間のハーフだからよ。両方の良いとこを持って生まれたのがデイウォーカーね」
「じゃあお嬢様には無理じゃないですか」
「まぁ無理かもしれないわね」
「あ、でも何とかなるかもしれないですわ」
「今度はまともな方法でしょうね」
咲夜は自信ありげな態度でレミリアの肩に両手を置いた。
そして真顔でこう言った。「お嬢様、子供を生んでください」
「は……?」
吸血鬼としての威厳はどこへ行ったのやら、レミリアは口をぽかんと開けて、間の抜けた声を上げた。
「子供? 相手は?」
「人里から若い男を一人攫って来ます」
「というか、どうして私が子供を?」
「吸血鬼と人間のハーフを生むんです。生まれてきた子供から何かヒントが得られるかもしれません」
「え、ちょっと待ちなさい。子供生むって、もしかしてアレをするの?」
レミリアはいつの間にか俯いて、声も小さくなっていた。
「ええ。子供を生むためにはしなければいけないですね」
「お嬢様も五百年ぐらい生きてるのですから、アレの一度や二度ぐらいは……」
「ないわよ……」
ぼそっと頼りない声で呟いた。思わず咲夜が聞き返す程、聞き取りにくい声だった。
「ないって言ったのよ!」
「あらまぁ……」
今度は何故か咲夜が両手を自分の頬に添えて、顔を赤らめた。
「人間の男とそんなことできるわけないじゃない!」
一応知識として知っているらしい。子供を生む為に男女がするべきことについて。
咲夜が不意にエプロンドレスの肩紐に手をかけた。
「ならば、この私めがお相手いたしますわ」
「ちょっと…… 女同士では子供は作れないわ!」
「気合です! お嬢様!」
あとずさるレミリアを咲夜が追い詰める。
空が茜色に染まる頃、レミリアの悲鳴が少しだけ響いた。
* * *
太陽が完全に姿を消し、月が暗闇の中に浮かび上がっている。吸血鬼が最も力を発揮することができる時間が訪れた。
窓辺に立つレミリアは月を見上げながら、デイウォーカーについて考えていた。恐らくどんな方法を取っても不可能。生まれながらにしての吸血鬼であるレミリアに人間の血を混ぜることは出来ない。故に日光に打ち勝つ術は……
「……どうして思いつかなかったのかしら」
一つだけ方法があることを思い出した。
純粋なる吸血鬼である彼女にしか出来ない──
「咲夜」
「ここに」
音も無く背後に気配が生まれた。
「明日は永い、いや、楽しい夜になるわよ」
吸血鬼は背中に月の光を浴びながら、凄惨な笑みを浮かべた。従者はただ主の言葉に付き従うのみ。
そして幻想郷が紅い霧で覆われた。
──それは後に紅霧異変と呼ばれることとなる。
それはそうとパッチェさん可愛いなあ・・・。
そしてそれ以上に手前とのギャップでお嬢様にドッキンドッキン
取りあえず、オージンジ、オージンジ。
弱点である日光をどうにかしようと色々と試すレミリアとそれに付き合う
咲夜さんたちが良いですね。
子供を産もうということになって咲夜さんが相手をすると言って
レミリアに迫ったりと面白かったですよ。