―――カランカラン
扉につけられた、古めかしいベルが、来客を告げる。
そこには大きな窓―――ガラスがあり、お昼を少し過ぎたがまだ高い太陽の光が入り込む。
だが不思議と、何故か薄暗くもある。
ソレもそのハズ電気がついていない。
して、カウンターや独特の雰囲気から、どうにかここが喫茶店の類であると言うことが解る。
だが隅にはホコリが残っており、あまり掃除は行き届いていないようだった。
客も、一人としていない。
そんな光景を、再起ほど来店した二人―――宇佐見 蓮子とマエリベリー ハーンは眺めていた。
「あら、いらっしゃい」
入り口付近で店内を興味深げに眺める二人に、店長と思しき老婆がゆっくりと声をかけた。
店内には老婆と客である蓮子とマエリベリーもといメリーの三人しかいない。
老婆はおそらく八十か、それ以上に年老いていた。
真っ白な髪、しわくちゃな顔。
だが老婆は穏やかに微笑んでいた。
二人は軽く会釈をし、店の奥に歩き出す。
もっとも、そんな広い店ではないが。
「これで当たりだって言うの?蓮子」
メリーは呆れた顔で店内を見回し、蓮子の耳元でささやくように言い、偶然目についたカウンター席へと歩く。
「外見で判断してはいけないわ。中身が大切だもの」
「店内は十分中身だと思いますけど?」
蓮子の回答に、メリーは老婆に聞き取られない程度の声で蓮子を小突く。
二人がここへ来たのは蓮子の気まぐれである。
蓮子の気まぐれで、適当に出あるってみよう、と蓮子とメリー―――一応秘封倶楽部は散歩をしていたのだ。
そんな時、偶然この店を見つけたのだ。
メリーは
「こんなよく分からないし、廃墟と見間違うような喫茶店は喫茶目的で入るべきじゃ無いと思うわ」
と乗り気ではなかった。
が、蓮子はその言葉を軽く受け流し、
「当たりかもしれないでしょ?隠れた名店!」
と無理矢理来店したのだった。
「ご注文をどうぞ」
老婆はゆっくりと、かつ手慣れた手つきでメニューを二人の前におく。
メニューは長い間日光に当たり続けたのか変色し、所々(というか殆ど)文字がかすれて読むことができない。
「「じゃぁ、これで」」
と蓮子とメリーは辛うじて読むことのできた、メニューの紅茶を同時に指さす。
老婆は「わかりました」とニッコリと微笑みティーカップを二つ取り出した。
その手つきから、実は最初から紅茶しか無かったのではないか、と思える。
老婆が紅茶を淹れる間、目立った会話は無い。
沈黙。
不意に沈黙を破ったのは老婆だった。
「確かに、店の状態なんか見ても、普通の人は顔をしかめるでしょうねぇ・・・お嬢さん?」
老婆はゆっくりと、微笑みながらメリーを見る。
特にぎろりとにらまれたわけでもなく、最初と同じ微笑みだった。
メリーはびくり、と身体を震わせ「す、すいません・・・」と焦りながら頭を下げる。
「あら、いいんですよ。それが正論だもの」
老婆は微笑む。
「ふふ・・・そうよね、やっぱり。こんな荒れた店じゃぁ・・・ね?
老婆は改めて店内を右端から左端までぐるりと見回す。
「私は好きですけど。こういう雰囲気の店は落ち着きますし」
蓮子は慌てることなく、老婆に微笑む。
その裏では、老婆から見えないようにメリーの足をぎゅうぎゅうとつねっているのだが。
メリーさん、必死に表情を変えずに耐えてます。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
と、老婆は淹れたての紅茶を二人の前に差し出す。
うっすらと赤みがかった、透き通る色。
一見すると少し薄そうな外見。
だが口に含めば、それは見た目に反してなかなか良い味。
「・・・美味しい!」
蓮子はぱっと笑い、声をあげる。
メリーも「確かに」と良い、静かにカップを置く。
「それにしても、こんなに美味しいのに・・・」
と、メリーは不思議そうに辺りを見回す。
やはり客など一人として見あたらない。
「このお店を開いてから、どれくらい経ったんですか?」
蓮子は興味津々の子供のように、カウンターに身を乗り出す。
相変わらず妙に好奇心旺盛なんだから、とメリーは苦笑する。
とりあえず適当に言いたいこと言わせて、無理矢理黙らせようか、と考える。
「そうね・・・まだ、少しよ。ここは人通りが少ないからね・・・余計に気付かれなかったのかもしれないわ」
老婆は遠い目で答えた。
それは何か、安心したような、悲しいような、複雑な表情だった。
「それまで、何をしていたんですか?」
「ちょっと蓮子、いくらなんでも図々しいわよ」
メリーはばっと蓮子の肩を掴み、無理矢理席に戻す。
「スミマセン、相方がどうにも・・・」
「いいのよ?別に」
老婆は相変わらず優しそうに微笑む。
少し間が空き、そして老婆はまたゆっくりと話し始めた。
「・・・私はね、ある場所でメイドをしていたのよ」
不意に話が始まり一瞬困惑した二人だったが、すぐに好奇心が勝った。
秘封倶楽部は好奇心旺盛なのだ。
「・・・これから話すのは、昔話。老人の戯れ言と言って流すも良し、作り話と笑うのも良し、よ」
老婆はいっそう、にっこりと微笑んだ。
「私はある館の、お嬢様に仕えていたの。それはもう好奇心旺盛なお方で・・・今でも笑うことのできるような話が多いわ。
あの方は、確かに優秀なメイドとして私を必要としてくれた。それが嬉しかったわ・・・
館には色々な人が住んでいて、毎日毎日、楽しかったわ
本当に。
時には変な来客も多かったし、お嬢様が引き起こした事件なんかも。
思えば、あの頃が一番充実してたわ・・・
私はね、お嬢様達の手となり足となり、様々なことをしてきたわ。もちろん普通よ?
お嬢様を起こすことから、眠るまで、ずっとお世話してたんだから。
子供扱いしないでよ、とか言われましたけど。
その頃よ、紅茶を淹れることが上達したのは。
お陰で私は、完璧なメイドとしてお嬢様にお仕えしたわ。ええ。
それはもう、一年中つきっきりで。
時々館を逃げ出したときにはどれほど手こずったことか・・・
妙な来客も多々あったし、無意味に遊びに来る子供達もいた」
そこまで話し、老婆は一瞬表情を曇らせた。
「・・・やがて、何年も経ったわ。
永い、年月が。
私は歳老いたわ。
もう、完璧なメイドではいられなかった。
紅茶だって、満足に淹れられなかった」
「へ?」
つい蓮子は間の抜けた声をあげてしまった。
「え、これよりも上手かったんですか?」
蓮子の問いに、老婆は「ええ」と笑って答える。
「えぇと、どこまで話したかしら・・・そうそう、紅茶が満足に淹れられなかった、からね。
結局、館の仕事も、あの頃に比べて全くと言って良いほどできなくなってしまったわ。
所詮、人だもの。
命は無限じゃない。
そして―――
皆から、見放されたように感じられたわ
皆私を避けていた、そんな風に思えた。
だって、私は仕事をさせてももらえないし、ただ部屋に籠もりっきり。
それに・・・お嬢様は、私の代わりに別なメイドを雇ったわ。
当然の決断よね。
だって、抜けた数は埋めなくちゃ行けないもの。
そこで気付いたわ。
私はもう、この館に必要ないんだって。
だってそうじゃない?
もう役に立たなくなったメイドなんて、メイドじゃない。
雇う必要もない。
私は、逃げるように館を去った。
振り返る必要なんて無かった。もう私は必要とされない。
それだけは理解できたから。
挨拶なんて、しなかったわ。
そうしたら余計に辛くなりそうだったから。
早く出て行けよ、という目で見られそうだったから。
だから、逃げ出した
どのくらい経ったかしらね・・・
随分歩いていたわ
気付いたら、この辺に来てた。
キセキだったのかもしれないし、単なる偶然だったのかもしれないわ。
それで、このお店を開いたの。もともとつい最近まで使われたみたいだったから。
この時代、そう言うこと多いでしょう?
ふふ・・・そういうわけ」
老婆はふっと瞳を閉じた。
「・・・そう、ですか」
メリーは複雑な表情で言う。
なんというか、凄い超展開でぶっ飛んだことを言われた気がする、とメリーは内心小馬鹿にしていた。
「・・・お婆さん」
蓮子は静かに立ち上がる。
「何かしら?」
「あなたは、そのお嬢様からそういう風に面と向かって言われたの?」
「え?」
突然の蓮子の質問に、ずっと笑っていた老婆の顔が一瞬凍る。
メリーはメリーで思わず、本気にしてるの?!と蓮子に突っ込みたかった。
だが、ここで蓮子を邪魔してしまうと、明らかに後が怖い。
控えておこう。
何故なら今の蓮子は、瞳が本気なのだから
「面と向かって言われたわけでもないのに、勝手に思いこんでただけじゃないんですか?」
「・・・」
「年中一緒にいたら、嫌でも、一緒にいたくなりますよ。私なら。だって、家族みたいな物じゃないですか。・・・私には、そう言う人がいますから」
「・・・家族?
・・・けど、私はただ雇われた存在。そんな大それた物じゃないわ」
老婆は再び微笑んだ。
だが今度は、力が失われた、疲れ切った微笑みだった。
「・・・後悔していないんですか?」
「どうして?」
「最後にそのお嬢様に会わなかったこと」
「・・・それは・・」
「勝手に自分の考察だけで、結論づけていただけじゃないの。証拠も根拠も何にもありもしない。ただの空想だったかもしれないじゃない」
「それでも、そんなことは・・・」
「あり得ないか否かは、実際に確かめてから言うべきだと思いますけれど」
「・・・・」
老婆は、黙った。
短い沈黙が、流れた。
「・・・今、会ったら・・・お嬢様はどんな顔をされるかしら」
老婆は呟く
「・・・どうでしょうね」
蓮子は返す。
「・・・忘れてないかしら」
「・・何年も一緒にいたら、嫌でも忘れられませんよ」
「・・・やっぱり絶望しないかしら」
「・・・絶望したって、また希望を見出せばいい話ですよ」
再び、沈黙。
「ふふ・・・お嬢さんのせいで、話してみたくなったじゃない・・・」
老婆は、力無く微笑んだ。
「なら、会いに行けば・・・?」
「私はもう、長くはないわ。・・・もう身体もろくに動かないもの」
蓮子は、ゆっくりとまた席についた。
「・・・そう、ですか」
残った最後の紅茶を、蓮子はぐいと飲み干す。
「・・・それでは、私達はこれで」
すっと蓮子は立ち上がる。
唖然としていたメリーも慌てて蓮子につられて立ち上がる。
「あ、そうだ・・・」
「?」
ふと、老婆はカウンターの下からあるモノを出す。
「ぎ、銀のナイフ・・・」
「もう薄暗いわ。女の子二人だと少し危険よ・・・護身用に、いかが?・・・お話を聞いてくれたお礼もかねて」
と、二本のナイフが差し出された。
二人は顔を見合わせ、きょとんとしていたが、お互いにうなずき、それを手に取った。
気付けばもう辺りは日が傾き始め、徐々に薄暗くなってきていた。
「お話を、ありがとうございました」
抱いている感情は違えど、蓮子とメリーは同じ事を老婆に言った。
「私も・・・まさか、そこのお嬢さんに心の重荷を外してもらえるとは思いませんでした」
老婆は、心から笑っていた。
そのまま、出入り口へと歩き出す。
ドサリ、と何かが倒れるような音がした。
蓮子は、振り返ろうとするメリーの肩を掴む。
―――カランカラン
最初と同じ、扉につけられたベルが、もう誰もいない喫茶店に鳴り響いた。
「蓮子、あなたあの話し信じてたの?」
メリーは呆れたように横を歩く親友に尋ねる。
「さぁね。・・・作り話であれなんであれ、私達に話したと言うことは何か意味があったのよ。私はそれに答えただけ。何の問題もないわ」
蓮子は得意げに言い、軽いスキップでオレンジの空を見上げながら、もと来た道を歩き出した。
紅茶を淹れるのが上手な、あの老婆を思い浮かべながら。
その後、秘封倶楽部の二人の部屋には、大切そうに銀のナイフがしまわれているという。
扉につけられた、古めかしいベルが、来客を告げる。
そこには大きな窓―――ガラスがあり、お昼を少し過ぎたがまだ高い太陽の光が入り込む。
だが不思議と、何故か薄暗くもある。
ソレもそのハズ電気がついていない。
して、カウンターや独特の雰囲気から、どうにかここが喫茶店の類であると言うことが解る。
だが隅にはホコリが残っており、あまり掃除は行き届いていないようだった。
客も、一人としていない。
そんな光景を、再起ほど来店した二人―――宇佐見 蓮子とマエリベリー ハーンは眺めていた。
「あら、いらっしゃい」
入り口付近で店内を興味深げに眺める二人に、店長と思しき老婆がゆっくりと声をかけた。
店内には老婆と客である蓮子とマエリベリーもといメリーの三人しかいない。
老婆はおそらく八十か、それ以上に年老いていた。
真っ白な髪、しわくちゃな顔。
だが老婆は穏やかに微笑んでいた。
二人は軽く会釈をし、店の奥に歩き出す。
もっとも、そんな広い店ではないが。
「これで当たりだって言うの?蓮子」
メリーは呆れた顔で店内を見回し、蓮子の耳元でささやくように言い、偶然目についたカウンター席へと歩く。
「外見で判断してはいけないわ。中身が大切だもの」
「店内は十分中身だと思いますけど?」
蓮子の回答に、メリーは老婆に聞き取られない程度の声で蓮子を小突く。
二人がここへ来たのは蓮子の気まぐれである。
蓮子の気まぐれで、適当に出あるってみよう、と蓮子とメリー―――一応秘封倶楽部は散歩をしていたのだ。
そんな時、偶然この店を見つけたのだ。
メリーは
「こんなよく分からないし、廃墟と見間違うような喫茶店は喫茶目的で入るべきじゃ無いと思うわ」
と乗り気ではなかった。
が、蓮子はその言葉を軽く受け流し、
「当たりかもしれないでしょ?隠れた名店!」
と無理矢理来店したのだった。
「ご注文をどうぞ」
老婆はゆっくりと、かつ手慣れた手つきでメニューを二人の前におく。
メニューは長い間日光に当たり続けたのか変色し、所々(というか殆ど)文字がかすれて読むことができない。
「「じゃぁ、これで」」
と蓮子とメリーは辛うじて読むことのできた、メニューの紅茶を同時に指さす。
老婆は「わかりました」とニッコリと微笑みティーカップを二つ取り出した。
その手つきから、実は最初から紅茶しか無かったのではないか、と思える。
老婆が紅茶を淹れる間、目立った会話は無い。
沈黙。
不意に沈黙を破ったのは老婆だった。
「確かに、店の状態なんか見ても、普通の人は顔をしかめるでしょうねぇ・・・お嬢さん?」
老婆はゆっくりと、微笑みながらメリーを見る。
特にぎろりとにらまれたわけでもなく、最初と同じ微笑みだった。
メリーはびくり、と身体を震わせ「す、すいません・・・」と焦りながら頭を下げる。
「あら、いいんですよ。それが正論だもの」
老婆は微笑む。
「ふふ・・・そうよね、やっぱり。こんな荒れた店じゃぁ・・・ね?
老婆は改めて店内を右端から左端までぐるりと見回す。
「私は好きですけど。こういう雰囲気の店は落ち着きますし」
蓮子は慌てることなく、老婆に微笑む。
その裏では、老婆から見えないようにメリーの足をぎゅうぎゅうとつねっているのだが。
メリーさん、必死に表情を変えずに耐えてます。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
と、老婆は淹れたての紅茶を二人の前に差し出す。
うっすらと赤みがかった、透き通る色。
一見すると少し薄そうな外見。
だが口に含めば、それは見た目に反してなかなか良い味。
「・・・美味しい!」
蓮子はぱっと笑い、声をあげる。
メリーも「確かに」と良い、静かにカップを置く。
「それにしても、こんなに美味しいのに・・・」
と、メリーは不思議そうに辺りを見回す。
やはり客など一人として見あたらない。
「このお店を開いてから、どれくらい経ったんですか?」
蓮子は興味津々の子供のように、カウンターに身を乗り出す。
相変わらず妙に好奇心旺盛なんだから、とメリーは苦笑する。
とりあえず適当に言いたいこと言わせて、無理矢理黙らせようか、と考える。
「そうね・・・まだ、少しよ。ここは人通りが少ないからね・・・余計に気付かれなかったのかもしれないわ」
老婆は遠い目で答えた。
それは何か、安心したような、悲しいような、複雑な表情だった。
「それまで、何をしていたんですか?」
「ちょっと蓮子、いくらなんでも図々しいわよ」
メリーはばっと蓮子の肩を掴み、無理矢理席に戻す。
「スミマセン、相方がどうにも・・・」
「いいのよ?別に」
老婆は相変わらず優しそうに微笑む。
少し間が空き、そして老婆はまたゆっくりと話し始めた。
「・・・私はね、ある場所でメイドをしていたのよ」
不意に話が始まり一瞬困惑した二人だったが、すぐに好奇心が勝った。
秘封倶楽部は好奇心旺盛なのだ。
「・・・これから話すのは、昔話。老人の戯れ言と言って流すも良し、作り話と笑うのも良し、よ」
老婆はいっそう、にっこりと微笑んだ。
「私はある館の、お嬢様に仕えていたの。それはもう好奇心旺盛なお方で・・・今でも笑うことのできるような話が多いわ。
あの方は、確かに優秀なメイドとして私を必要としてくれた。それが嬉しかったわ・・・
館には色々な人が住んでいて、毎日毎日、楽しかったわ
本当に。
時には変な来客も多かったし、お嬢様が引き起こした事件なんかも。
思えば、あの頃が一番充実してたわ・・・
私はね、お嬢様達の手となり足となり、様々なことをしてきたわ。もちろん普通よ?
お嬢様を起こすことから、眠るまで、ずっとお世話してたんだから。
子供扱いしないでよ、とか言われましたけど。
その頃よ、紅茶を淹れることが上達したのは。
お陰で私は、完璧なメイドとしてお嬢様にお仕えしたわ。ええ。
それはもう、一年中つきっきりで。
時々館を逃げ出したときにはどれほど手こずったことか・・・
妙な来客も多々あったし、無意味に遊びに来る子供達もいた」
そこまで話し、老婆は一瞬表情を曇らせた。
「・・・やがて、何年も経ったわ。
永い、年月が。
私は歳老いたわ。
もう、完璧なメイドではいられなかった。
紅茶だって、満足に淹れられなかった」
「へ?」
つい蓮子は間の抜けた声をあげてしまった。
「え、これよりも上手かったんですか?」
蓮子の問いに、老婆は「ええ」と笑って答える。
「えぇと、どこまで話したかしら・・・そうそう、紅茶が満足に淹れられなかった、からね。
結局、館の仕事も、あの頃に比べて全くと言って良いほどできなくなってしまったわ。
所詮、人だもの。
命は無限じゃない。
そして―――
皆から、見放されたように感じられたわ
皆私を避けていた、そんな風に思えた。
だって、私は仕事をさせてももらえないし、ただ部屋に籠もりっきり。
それに・・・お嬢様は、私の代わりに別なメイドを雇ったわ。
当然の決断よね。
だって、抜けた数は埋めなくちゃ行けないもの。
そこで気付いたわ。
私はもう、この館に必要ないんだって。
だってそうじゃない?
もう役に立たなくなったメイドなんて、メイドじゃない。
雇う必要もない。
私は、逃げるように館を去った。
振り返る必要なんて無かった。もう私は必要とされない。
それだけは理解できたから。
挨拶なんて、しなかったわ。
そうしたら余計に辛くなりそうだったから。
早く出て行けよ、という目で見られそうだったから。
だから、逃げ出した
どのくらい経ったかしらね・・・
随分歩いていたわ
気付いたら、この辺に来てた。
キセキだったのかもしれないし、単なる偶然だったのかもしれないわ。
それで、このお店を開いたの。もともとつい最近まで使われたみたいだったから。
この時代、そう言うこと多いでしょう?
ふふ・・・そういうわけ」
老婆はふっと瞳を閉じた。
「・・・そう、ですか」
メリーは複雑な表情で言う。
なんというか、凄い超展開でぶっ飛んだことを言われた気がする、とメリーは内心小馬鹿にしていた。
「・・・お婆さん」
蓮子は静かに立ち上がる。
「何かしら?」
「あなたは、そのお嬢様からそういう風に面と向かって言われたの?」
「え?」
突然の蓮子の質問に、ずっと笑っていた老婆の顔が一瞬凍る。
メリーはメリーで思わず、本気にしてるの?!と蓮子に突っ込みたかった。
だが、ここで蓮子を邪魔してしまうと、明らかに後が怖い。
控えておこう。
何故なら今の蓮子は、瞳が本気なのだから
「面と向かって言われたわけでもないのに、勝手に思いこんでただけじゃないんですか?」
「・・・」
「年中一緒にいたら、嫌でも、一緒にいたくなりますよ。私なら。だって、家族みたいな物じゃないですか。・・・私には、そう言う人がいますから」
「・・・家族?
・・・けど、私はただ雇われた存在。そんな大それた物じゃないわ」
老婆は再び微笑んだ。
だが今度は、力が失われた、疲れ切った微笑みだった。
「・・・後悔していないんですか?」
「どうして?」
「最後にそのお嬢様に会わなかったこと」
「・・・それは・・」
「勝手に自分の考察だけで、結論づけていただけじゃないの。証拠も根拠も何にもありもしない。ただの空想だったかもしれないじゃない」
「それでも、そんなことは・・・」
「あり得ないか否かは、実際に確かめてから言うべきだと思いますけれど」
「・・・・」
老婆は、黙った。
短い沈黙が、流れた。
「・・・今、会ったら・・・お嬢様はどんな顔をされるかしら」
老婆は呟く
「・・・どうでしょうね」
蓮子は返す。
「・・・忘れてないかしら」
「・・何年も一緒にいたら、嫌でも忘れられませんよ」
「・・・やっぱり絶望しないかしら」
「・・・絶望したって、また希望を見出せばいい話ですよ」
再び、沈黙。
「ふふ・・・お嬢さんのせいで、話してみたくなったじゃない・・・」
老婆は、力無く微笑んだ。
「なら、会いに行けば・・・?」
「私はもう、長くはないわ。・・・もう身体もろくに動かないもの」
蓮子は、ゆっくりとまた席についた。
「・・・そう、ですか」
残った最後の紅茶を、蓮子はぐいと飲み干す。
「・・・それでは、私達はこれで」
すっと蓮子は立ち上がる。
唖然としていたメリーも慌てて蓮子につられて立ち上がる。
「あ、そうだ・・・」
「?」
ふと、老婆はカウンターの下からあるモノを出す。
「ぎ、銀のナイフ・・・」
「もう薄暗いわ。女の子二人だと少し危険よ・・・護身用に、いかが?・・・お話を聞いてくれたお礼もかねて」
と、二本のナイフが差し出された。
二人は顔を見合わせ、きょとんとしていたが、お互いにうなずき、それを手に取った。
気付けばもう辺りは日が傾き始め、徐々に薄暗くなってきていた。
「お話を、ありがとうございました」
抱いている感情は違えど、蓮子とメリーは同じ事を老婆に言った。
「私も・・・まさか、そこのお嬢さんに心の重荷を外してもらえるとは思いませんでした」
老婆は、心から笑っていた。
そのまま、出入り口へと歩き出す。
ドサリ、と何かが倒れるような音がした。
蓮子は、振り返ろうとするメリーの肩を掴む。
―――カランカラン
最初と同じ、扉につけられたベルが、もう誰もいない喫茶店に鳴り響いた。
「蓮子、あなたあの話し信じてたの?」
メリーは呆れたように横を歩く親友に尋ねる。
「さぁね。・・・作り話であれなんであれ、私達に話したと言うことは何か意味があったのよ。私はそれに答えただけ。何の問題もないわ」
蓮子は得意げに言い、軽いスキップでオレンジの空を見上げながら、もと来た道を歩き出した。
紅茶を淹れるのが上手な、あの老婆を思い浮かべながら。
その後、秘封倶楽部の二人の部屋には、大切そうに銀のナイフがしまわれているという。
妖怪も不思議な力もでてこないし、話の流れにおかしいところもないし
今後ともどうぞ良しなに
どの辺が超展開?
自身としては少し話しに難がありすぎたかな、とかちょっと展開が早すぎたり無理だったかな、と感じたのですが・・・少し明後日な方向だったようです。
以後気をつけます
メリーが疑っていたのは、あまりに非現実的な話しだったからです。
時期的には、秘封倶楽部を結成したすぐ後っぽい設定なのでメリーも非現実的なことをぽんぽん信じない性格だと思ってますので。
ご指摘有り難うございました
>>17様
そう言って頂けると幸いです
老婆の話のどこに非現実的な部分があったのかが分からないんです
というか、メリーが疑ってたのはそういった理由だろうと思って彼女の文(超展開)を使わせてもらったのですが、分かりづらくてすみません
素直に楽しめた。今後にも期待!
秘封倶楽部らしいお話だと思います。
秘封倶楽部が出会った幻想郷の残滓といった風情がとてもよかったです