Coolier - 新生・東方創想話

お嬢様と蝉時雨

2009/06/14 02:01:21
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紅魔館の主、レミリア・スカーレットは開け放った窓の外を眺めながら気だるげにため息をつく。外はうんざりする程の快晴で、耳を覆いたくなるような蝉時雨。空には雲一つなく、もしあの陽射しの下に出ようものならそれだけで身体が焼け焦げてしまいそうだ。しかも非常に暑い。比較的年中涼しいはずのこの紅魔館でさえ、うだるように暑いのだ。少し前までしばらく続いていた雨と曇りが今では懐かしく感じられる。

「咲夜ー!お茶を!冷たいお茶を!」
「はい、お嬢様」

レミリアの言葉からわずか数瞬、銀髪のメイド――十六夜咲夜が紅茶の乗った盆を手にその隣に立っていた。いや、現れたと言ったほうがいいのかもしれないが、レミリアは特に気にするふうでもない。程よく氷が浮かんだグラスを受け取ると、すぐにごくごくと飲み始める。

「んく、んく、ぷはー。ありがと、咲夜。いつもながら美味しいわ」
「ふふ、そう言って頂けると私もやりがいがありますわ。それにしてもお嬢様、先程お入れした紅茶は飲んでおられませんが、どうかなさいましたか?」
「すまないわね。暑くて仕方がないのよ。まだきちんと夏にも入っていないのに、一体どういうことなのかしら。貴女は暑かったりしないの?」

しばらく前に咲夜に入れてもらった紅茶がテーブルの上にまだ飲まれずに残っている。飲まなかった理由はただ暑いから、という一言に尽きる。ここ数日の間に耳障りな蝉の声は聞こえるようになってきたし、とても熱いお茶を楽しめるような気分にはなれなかったのだ。この暑い時に熱いものを飲む気にはなれないし、ホットは夜中にでも飲めればいいや、とレミリアは思う。

「確かに暑いですわね」

その割には涼しい顔で答える咲夜。

「…あまりそうは聞こえないんだけど」
「気のせいですよ、きっと」

あくまで咲夜は涼しげな微笑みを崩さない。いつものことといえばいつものことなのだが、暑くて堪らないレミリアからすれば首を傾げざるを得ない。しかししばらく考えたところで結局は咲夜だから仕方ない、というところに落ち着くのだった。

「…ふうん。地下はどうかしら?パチェの図書館とか涼しそうなものだけど」

レミリアはいつも暑そうな恰好をしている親友のことを思い出す。今ではあの図書館のひんやりした感じが懐かしい。

「そうかもしれませんわね。先程も上の階は暑いから地下の図書館から出たくないとパチュリー様はおっしゃられていましたし」
「やっぱり。実際、こんなに暑いとイライラして何も手につかないわ。私も図書館に行こうかしらね」

言うが早いかレミリアは椅子から素早く立ち上がる。どうせこれから昼を過ごすなら、少しでも涼しそうな場所に移動したほうが利口というものだ。しかし、そのまま部屋から出ようと歩き出したときだった。

じぃー…

「?」

謎の音。くぐもったうめき声のような音が二人の耳に入る。音は確かにこの部屋の中でしているのだが、どこから聞こえてくるのかわからない。

しゃわしゃわしゃわしゃわ――!

突如大音量が部屋を満たす。蝉の声だ。思わずレミリアは耳を塞ぐ。

「な、なんなの!?宇宙人が襲来したとでもいうの!?」
「お嬢様、落ち着いてください。ただ蝉が家の中に入って来ただけですよ。ほら、あそこに」

思わず跳び上がるレミリアだったが、あくまで冷静な咲夜は天井を指差す。レミリアがそちらへ視線を向けると、天井の端に1匹の蝉が張り付いているのがわかる。小さな体を黒光りさせながら偉そうに鳴き散らすその様は、夏の暑さにやられたレミリアに怒りを抱かせるのに充分だった。

「すみません、すぐに排除致します」
「いや、別にいい。こいつは私直々にぶっとばしてやるわ……神槍『スピア・ザ・グングニル』」

右手に槍のごとく収束していく紅い光。天井の蝉に狙いを定めて――

「ちょ…お嬢さま!館の中では」
「そらっ!」

咲夜の制止など聞かず、赤光の槍を放つ。轟音が紅魔館を揺らし、天井には大きな穴がぽっかりと開いていた。虫ごとき、ただの蝉ごとき一瞬で塵と消えるだろう。

「やったわ!」
「はあ…」

喜ぶレミリアとは対照的に、咲夜は沈んだ顔でため息をついている。しかしそれもつかの間。

「!?」

じぃーじぃー…

どうやったのだろう、レミリアの放った攻撃を蝉は見事に回避していたようだ。再び彼女の攻撃態勢が整う前に素早く窓から飛び出していく。

……そしてもちろん、屈辱的な置き土産を残して。

「う、うわあああああ!!?」

おなじみ“蝉の小便”。

引っ掛けられたのだ。



  ★☆★☆★



「咲夜、蝉狩り!」

言い放つレミリアの表情からは、隠し切れない負の感情が如実に滲み出ている。風呂に入って服も着替えたのだが、心まではすっきりしない。理由は言うまでもなく、目下外の世界の音を支配するあのうざったい昆虫、蝉に外ならなかった。

「前から五月蝿いとは思っていたけど、今度という今度はもう許さない。庭の蝉を捕り尽くして奴らに思い知らせてやるわ。もちろん咲夜も手伝ってくれるよね」
「とても面白そうなのですが……すみません、お嬢様。私は今から人里まで買い出しに行く必要があるので、ご一緒には参れません」
「む、買ってくるのは大事なものなの?」

ぶすっとした調子で尋ねるレミリア。

「今デザート類が切れておりまして…お嬢様も昨日ケーキが食べたいとおっしゃられていましたし、そろそろ材料を調達して来ようかと」
「むう…」

レミリアとしてはぜひ咲夜に手伝ってもらいたかったが、ケーキが代償になるのはつらい。咲夜が作るケーキはレミリアの大のお気に入りだ。

「代わりにお夕飯のデザートにケーキをお出ししますから」

とどめだった。レミリアは諦めて頷く。にっこりと微笑む咲夜。

「わかったわ。でも私はこのやり場のない怒りをどこにやれば…」

館の外では相変わらず無数の蝉の鳴き声が響いている。むしろ先程より勢いを増したような気もして、レミリアの苛立ちは募るばかりだ。このまま引き下がるなど紅い悪魔のプライドが許さない。

「では美鈴に頼みましょう。あの子ならきっとしっかりやってくれますわ」
「おお!確かにそうね。そうしよう」

紅美鈴。純粋な身体能力では紅魔館でも随一の実力を持つ館の門番だ。レミリアの脳裏にも彼女が蝉を相手に思うままに活躍する姿が容易に浮かんでくる。

「すみません、私の手が空いていないばっかりに」
「気にしないで。その代わりに美味しいケーキ、期待してるわ。それじゃ、美鈴を呼んで来て」

窓の外を眺めながらレミリアはひらひらと手を振る。

「かしこまりました。美鈴にもよく言っておきますが、日差しにはお気をつけてくださいね。では、少し失礼します」

そう言うと咲夜は丁寧に頭を下げて部屋を出ていった。


「くく…見てなさいよ、蝉どもが。私の力をとくと味わうがいいわ!」



★☆★☆★



「お嬢さま、良く似合ってると思いますよ」
「……」

程なくしてやって来た美鈴と一緒に外に出るレミリア。どこかむすっとした表情だ。服が汚れるからと咲夜から無理矢理着替えさせられた上下のジャージに身を包み、その手には美鈴のお手製だという虫捕り網を持たされていた。正直なところ一見しただけでは彼女がこの館の主人であることに気付ける者は少ないだろう。片手に差す日傘と背中の翼が唯一“らしさ”を主張していた。対する美鈴はいつも通りの動きやすそうな民族風の衣装である。犬小屋ほどもある大きな虫籠を手にしていた。

「それにしてもお嬢さまが外で遊びたいとおっしゃるとは……それも虫捕り。私も嬉しい限りですよ」

美鈴は満面の笑みを浮かべて言う。しかしレミリアにとってみればこれは遊びではない。何がそんなに楽しいのかよくわからなかった。

「遊びじゃないわ。これは復讐よ。あの憎き蝉どもへの」

即答。蝉の声が一際聞こえてくる庭の木の一つを指差しながらレミリアは答える。いつの間にこれほど増えたのだろう。木に張り付く無数の蝉が遠目にもわかった。ち、とレミリアは心の中で舌を打つ。

「はいはい、了解しました。じゃあ早速あの木からいっちゃいましょうか」

宥めるようにそう言って美鈴はレミリアが指差した木まで移動する。網を握り締めて後に続くレミリア。

「そりゃあ!」

木に近寄るなり、片手に日傘を差したまま根元にとまっていた蝉目掛けて豪快に網を振り下ろす。べきゃ、と柄が悲鳴を上げるが、美鈴の作った網なら大丈夫だと思ってレミリアは少しの加減もしなかった。

じぃー!じぃ~

失敗。狙った蝉は網の横を擦り抜けて飛び去ってしまう。音に驚いたのか他の数匹の蝉も後に続いた。

「ぐぐぐ…」

レミリアは歯ぎしりをして悔しがる。

「お嬢さま、蝉はああ見えて意外とすばしこいですから、死角から回り込んで――」

言いながら木の裏に手を伸ばす。すぐに引っ込めたその手にはすでにもう蝉が一匹握られていた。じぃじぃとくぐもった鳴き声を出しながら羽根をじたばたさせるが、手際よく虫籠に放り込まれる。

「こんなふうに蝉にわからないようにされるといいですよ。あと、あまり声を出したり重いっきり叩きつけたりするのはいかがなものかと…とにかく焦らず慎重に、多分網は優しく被せるぐらいで捕れると思います」
「へえ」
  
感心したように頷くレミリア。美鈴に傘を預け、しばらく籠の中で暴れる蝉を見つめていたが、すぐに網を手に次の獲物を探す。とりあえず木の真ん中辺りに留まっている蝉を見つけてふわりと飛び上がった。今度は刺激しないようにゆっくりと。あと網を一振りすれば届くところまで近付く。まだ蝉はピクリとも動かずに鳴き続けている。緊張の一瞬。焦らず、慎重に。美鈴の言葉が脳裏をよぎる。そっと網を上段に構え――

  

今度は音もなく、流れるような動きで振り下ろした。

じぃ!じぃ~!

捕らえた。蝉の頭上に被せた網の中に、上に飛び立って逃げようとした蝉がすっぽりと納まっていったのだ。

「よし!」
「まだ!網を反して逃げられないようにしてください!」

下に居る美鈴から掛けられた声にはっとして網を反す。こうすれば網の奥の部分が折り込まれる形になるので、そこまで入り込んでいた蝉は出口を失って逃げられなくなるのだ。

「ふう……」

レミリアはため息をついて額を拭う。気付けば額には玉のような汗が浮いていた。そのまま蝉を逃がさないように慎重に網を持って地面まで降りていく。

「やりましたね!お嬢さま!」
「……」

手を叩いて喜ぶ美鈴。降りてきたレミリアに手早く日傘を渡す。それを受け取ったレミリアはしばらく呆けたように網の中で鳴きながら暴れる蝉を見ていた。

「や…やったの……?」
「そうですよ!そこにちゃんと捕まえておられるじゃないですか!」

美鈴はニコニコして網を覗き込む。立派な熊蝉が羽をばたつかせてもがいていた。

「失礼します」

片手で抑えながら慎重に網の中から蝉を取り出す美鈴。ゆっくりとレミリアの手まで持っていく。

「うわあ」

羽をしっかり押さえるようにしてレミリアは蝉の体を掴む。予想以上に、普段使うティーカップ以上に軽い。しかしただの物を持っているのとは違う。羽を動かそうとする必死の力が、じぃじぃという鳴き声が、振動としてダイレクトに指に伝わってくるのだ。そしてそれはレミリアの手の中でこの蝉に、ただの虫ならぬずっしりした存在感を与えている。そしてその感触はすなわち、何かを成し遂げたときに感じる達成感でもあった。

「や…やったわ!ついにこのにっくき――」

蝉を、自らの手で捕まえたのに。不思議と怒りや苛立ちはもうレミリアの内には残っていない。心を先程まで満たしていたはずのそれらの感情は別のものに置き換わっていた。嬉しいという感情。圧倒的な達成感。

「――ふう。いや、虫捕りも意外に面白い、かもね」

深くため息をつく。レミリアは蝉を体の裏側までじっくり見てから名残惜しそうにそれを虫籠に放った。中で踊る蝉を見ていると自然と笑みが零れてくる。どうしてかはよく分からなかったが、今はただそれが心地良かった。

「美鈴、咲夜の帰りまでは時間があるし、まだまだ捕るわよ!」
「ふふ、了解しました!庭の蝉すべて、捕り尽くしてしまいましょう!」



  ★☆★☆★



「疲れたわね」

  
「ええ、疲れました」


どれくらい時間が経っただろうか、玄関ドアの前に座り込んで天を見上げる二人。レミリアはジャージ姿のまま日傘に寄り掛かるように足を投げ出して座り、美鈴は後ろ手を地面について胡坐を掻いている。その傍には蝉で一杯になった巨大な虫籠があった。レミリアと美鈴が縦横無尽に庭を飛び回った結果である。


「まあでも、悪い気分ではないわ。こんなのもたまには良いものね」


「でしょう?蝉はせいぜい一ヶ月くらいしか生きられないけど、その間に一生懸命鳴いて、こうやって私たちに楽しみをくれることもあるんですよ」


美鈴は腕を枕に仰向けに寝転がって、感慨深げに言う。


「ふうん、ただ無意味に生きてるわけじゃないのね。まあ、そいつらには世話になったから借りを返したまでだけど、良い気分転換になったわ。その点では感謝しないといけないかもね。あ、そろそろ咲夜が戻って来る時間よ。ケーキには期待しとかないと」


ゆっくりと立ち上がるレミリア。もう一度庭の木を見渡してみる。捕り尽くした、と言うほどではないが、もうそこから蝉の声はほとんど聞こえない。しかし遠くからは確かに蝉の力強い鳴き声が響いてくるのがわかる。


「ふふ、そうですね。楽しみです。でも……そういえば…この大量の蝉、どうしましょうか?」


「あ」





相変わらずの夏の日差しと蝉時雨。夏は暑いし、汗をかいたりすると気持ちが悪いし、蝉は五月蠅いし、そして日差しは何よりレミリアの天敵でもある。でも、こういうのも悪くないと感じることもあるのだな、とレミリアは思う。事実、彼女の耳にはしばらくこの時の蝉時雨が残り続けていた。もちろん、決して悪い意味などではなく。
レミィ「蝉の利用法って何か知らない?」

パチェ「美味しいわよ」

レミィ「!?」


 ~~~~~~


夏が待ち遠しい……

夏なんてまだまだ先のことですが、最近あまりに暑いものでこんなものを書いてしまいました。少しでも楽しく読んで頂けると幸いです。
gaoth
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コメント



0.1640簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
とても楽しく読めました。
呼んでいる途中で、まるで童心に帰ったように次へ次へ読みたくなる作品です。
3.100奇声を発する程度の能力削除
少年時代っていう曲を何となく思い出しました。
6.100名前が無い程度の能力削除
共感できますね。うるさいからと捕まえようとすると逃げていき、捕まえるとなんだか嬉しくなる。
こんな空気は好きですね。

さて、それはそれとしてそこの七曜魔女、お前はどこの民族だ。
蝉を食うんじゃない。
10.100名前が無い程度の能力削除
※蝉は後で(紅魔館の)スタッフがおいしく頂きました
11.100名前が無い程度の能力削除
蝉って案外美味しいらしいよ
天然のから揚げみたいなもんだから意外といける
19.100名前が無い程度の能力削除
なんか蝉談義になっているが、確かに食えないことはないらしいね。ナイトスクープで食べていたような…?味は淡白な海老のような味らしい。
25.100名前が無い程度の能力削除
おお、蝉取りとは懐かしい。
取り方は自分の所では大体が美鈴式でした。
30.100名前が無い程度の能力削除
暑い日差しの中紅魔館の庭を駆け巡るレミリアと美鈴の姿が想像できて、ほのぼのした気分となれました。

こう言う風に無邪気に駆け回ってみたいですね。
37.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのでよかったです

ただもうすこしオチが欲しかった

お嬢様が蝉時雨を聞いてるのは捕まえたのを放したと言うことなんでしょうか?
この?が個人的にはもったいなく感じました
38.80名前が無い程度の能力削除
いいですねぇ
次も期待
40.100名前が無い程度の能力削除
パッチュさんは蝉を食べるのか……。
羽化したてのをフライにして食べるというのは聞いたことがありますが、ミンミン鳴いてるのは食べられないでしょう。
41.90名前が無い程度の能力削除
夏休みの少年をやっちゃってるレミリアお嬢様がすごく可愛い……。
麦藁帽子装備だとさらに萌えると思うのですがどうか。
幻想郷って、少年時代がそのまま眠っている気がして郷愁をかき立てられます。
47.100名前が無い程度の能力削除
蝉って美味しいのかー
48.100名前が無い程度の能力削除
遠い夏を思い出す……