彼女との出会いは突然だった。
幻想郷にて、己の叶わぬものがあるとしても、自分に『恐怖』があるとは知らなかった。
私が彼女と出会い、それを思い知らされた。
今まで自分にはなかった『恐怖』を知った後、
決して逃げられないものになろうとは……。
四季映姫の第一回東方裁判
「あなたが、どこのどなたか知りませんけど幻想郷にやってきて、いきなり私に説教を垂れるとはどういうことかしら?」
八雲紫の前…それはいた。
禍々しい冠をつけた、青い服に身を包む少女のような姿をしたもの。
彼女は突然、紫の前に現れた。
今日も式である藍に、結界の調査を任せ、西行寺幽々子の元にと向かい、2人でお茶を楽しんでいた最中…彼女が自分達の前に姿を見せた。冥界であり、結界が張られてあるこの場所を易々と越えてくることなど普通は出来ない。
それだけならば、自分たちは彼女に対して敵意は見せないだろう。
だが、彼女は自分に対して、突然説教を始めたのである。八雲紫は、生まれてこの方、久しく、人に怒られるということを経験したことはなかった。自分が相手に対して説教をしたことは幾度ともなくあるが、このような姿をした少女に、説教などされる覚えはない。
「私は、ただ事実を述べているだけです。そう……八雲紫、お前は普段から、自分の仕事を式にと任せ、幻想郷という世界の結界を守る役割を担うべきはずの任務を放棄しています。そればかりか、こうして毎日、神聖な冥界にと訪れ、遊び惚ける毎日……」
「私が、自分の式をどう扱おうが、幽々子と遊ぼうが私の勝手じゃないかしら?あなたにそれを注意する権限があるのかしら?」
「当然。私は幻想郷のヤマザナドゥであるからだ」
「ヤマサタトゥ?」
幽々子が不思議そうに噛みそうになりながら、言う。
そんな幽々子の元に、その少女は、近づいていき…
「もう一度言います。私の名前は、四季映姫・ヤマザナドゥ。間違えないでください」
「ヤマザキでもヤマダでもなんでもいいわ。閻魔なんてふざけた名前を持つ奴がなんのよう?」
紫は、幽々子に対してちょっかいを出したところで、既に苛立っていた。
本当の彼女であるなら、逆に難解な言葉で、相手を翻弄してしまうところだが、逆に相手の説教で、苛立ちをこっちが感じてしまっていた。
「そう……八雲紫、お前に私は警告をしにきました」
「「警告?」」
幽々子はニコニコ笑顔で、逆に紫は驚いた表情でその言葉を聞き返す。
1人真面目な表情の四季映姫は、その手に持つ、木の棒のようなものを持って読み上げる。
「八雲紫、貴方のこれまで生きてきた罪状は、様々な人間、妖怪に対して悪影響をもたらしたものばかりです。混乱を起こし、戦争めいたことまで行なっている。それらは決して善行の類とはいえません」
「ふーん、それがどうかした?」
「……」
紫は、そんな四季映姫の言葉に対して、鼻で笑う。
四季映姫は、そんな紫に対して、視線を向け…見る
「私が、私の守る幻想郷の世界で、何をどうしようが勝手でしょう?あなたのような部外者にいちいちケチをつけられる謂れはないわ。ましてや警告なんて……」
冗談でしょ?といわんばかりの紫の余裕の表情に……。
「どうやら、口で言ってもわからないようですね」
四季映姫は、溜息をつきながら握る木の板…悔悟の棒を両手で握り、中央にそろえる。
「なに?私と戦うって言うのかしら。この子は」
紫はようやっと説教から解放された安堵感から大きく背伸びをしながら、幽々子と一緒にお茶を飲んでいた部屋から靴を履いて、白い小石で覆われた庭にと降りていく。
「紫、あんまり……無理をしないでね」
「わかってるわ」
幽々子は笑顔でありながらも、その瞳は、強く四季映姫にと向けられていた。彼女の実力が如何ほどのものなのか、興味があった。ここまでの結界を越えてくるだけでもかなりのものであることはわかる。
「それじゃー……行くわよ」
八雲紫は、扇子を宙で動かす。
すると、そこに穴が開き、大きな目がぎょろぎょろと見える隙間が広がる。
紫は、その中に手を突き入れる。
空餌…狂躁高速飛行体
次元を裂いて隙間が、少女の前に現れると、そこから光が、彼女に向けて襲い掛かる。弾幕の一種ではあるが、紫の弾幕は生半可なものではない。四季映姫は、特に驚く様子もなく、そこから現れる光に対して、悔悟の棒で払っていく。払われたものは、再び隙間に吸い込まれ…今度は、背後から隙間が現れ、光が襲い掛かるが…まるで背中に目があるかのように、淡々と払っていく。
「少しは……やるみたいね」
紫は扇子を口元に当てて、隙間の上に乗るようにして四季映姫を見つめる。
「そう……その、相手を見下した態度。それもいただけないですね。如何なる相手でも、常に心を込めて、尊敬の心を忘れないことです。なぜなら……」
「あ~もう、うるさいわね」
紫は、頭が痛くなりそうになりながら、さっさと決着をつけてしまおうと考えた。
思った以上に、相手が強いということはわかった。
それは、相手が自分の技を見切ったことではない。
彼女は、あの立っている場所からまだ一度も動いてはいない。
「…これならどうかしら?」
紫のやろうとしたことに、幽々子が気がつく。
そう、彼女のやろうとしていること…それは、只人ではひとたまりもないものである。
「紫!」
幽々子の制止の声も聞かずに紫の口元が歪む。
境符…四重結界
四季映姫を包む弾幕は、巨大な光とかわる。
幽々子は、その眩しさに目を覆う。
紫は、四季映姫がどうなったのか確かめようと、目を凝らす。
「そう……後は、その相手より自分が強いという絶対的な自信」
「!?」
その背後から聞こえた声に、紫は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
振り返る紫の前に立つ、四季映姫。
彼女は棒を振り上げる…それは、悔悟の棒。
その罪により、重さや固さを変える事が可能な裁判としての道具。
「あなたの罪なら、きっと脳天が割れるほどかもしれないですね。覚悟しなさい」
紫は敵わないと悟った。
自分は相手の動きを見ることも出来なかったのだ。
四季映姫の木の板が頭にと振り落とされる。
ポン
だが、紫に与えられた痛みは、まるで手で軽く叩かれた程度のもの。
「あ、あなた……」
「驚かしてやらないと、貴方はすぐに調子に乗りますからね。貴方が幻想郷のためを思い行動をしていることは知っています。ただ…貴方の行いが絶対的な正義ではないということを知っておくべきでしょう」
まるで親のような言い方に、紫は、ますます、その少女に恐れを感じる。
そんな紫に対して、くすくすと笑う幽々子。
そんな幽々子の前に四季映姫は、何気なく小さな鏡を取り出して、見せる。
「あら?なにかしら?」
幽々子はおもむろに、その鏡を見つめる。
そこには、幽々子の罪状の様子が映し出されている。
勿論、そこには紫も同じように映し出されている。
「な…なによこれ」
紫は、自分のプライベートが映し出されている様に、初めて恐怖を感じた。そう、この相手から逃れたい気持ち…まさしく恐怖だ。この女には敵わない。紫は、初めてそれを感じた。四季映姫は、鏡をしまうと、紫と幽々子を見つめ
「今後も、お前達がしっかりと善行を行なっているか、この幻想郷を守っているかどうか…見に来ることにします。しっかりと善行を重ねることです」
呆然とする紫と幽々子から立ち去りながら、四季映姫は、最後にようやっと笑顔を見せた。
それから……数百年後
「どこにいくのですか?八雲紫?西行寺幽々子?」
「あ、あぁ…奇遇ね。私達今からちょっとでかけるところなのよ」
「そうなんです。どうしてもって紫が言うので…ごめんなさいね~」
「ならば、この鏡だけでも見ていくが良いでしょう」
「「きゃぁあ~~~~!!!」」
幻想郷最強といわれる八雲紫も逃げたがる東方裁判は、これまでも…これからも幻想郷を守るために続けられていくことだろう。