Coolier - 新生・東方創想話

霖と朱鷺子と紡がれる物語

2009/06/12 22:23:25
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零の概念。
そこに何も無いという考え方だ。
この零という概念も『発明された』と呼ばれている。
つまり、新しく『生み出された』訳だ。
何も無いところから、新しい物を作り出す……何も無いところから、『何も無い』という概念を作り出した。

「なかなか妙な感じだな」

僕は外の世界の本を読みながら苦笑する。
どうやら子供向けの小説らしく、ほとんどが平仮名で書かれており漢字にもルビがふられていた。
その中で零の概念についての説明があったので、思わず目を止めた。
何かを生み出すという行為はとてもエネルギーに満ち溢れた行為だ。
何も無いところから、今まで無かった物を生み出す。
例えば、料理だ。
材料を切り、熱を通したりする事で、姿をすっかりと変えさせる。
これも、新しく生み出すと言ってもいいだろう。
今まで誰も作った事のない料理なら、尚更だ。

「もっとも、僕の場合が道具だが」

僕が生み出した代表的な道具と言えば、ミニ八卦炉だろう。
残念ながら、不本意な使われ方をしているが。
そこは仕方がないと諦めるしかない。
あの白黒魔法使いはもっぱら火の代わりにしか使わないが、風も起こせる優れもので、癒し効果もあるのだ。
僕は自画自賛しながら小説を読み進めていく。
残念ながら、子供向けのせいか面白くはない。
もうちょっと盛り上がる様な展開を見せて欲しいものだ。
だらだらと登場人物達の会話を聞かされても、読者は飽きるというのに。

カランカラン♪

僕が外の世界の著者に文句の一つでも呟こうとした時、ドアベルが来客を告げた。
もっとも、彼の仕事は滅多に『客』の存在を知らせるものではなく、厄介事の方が多い気がする。
僕は、仕方なく、ゆっくりと顔を上げた。
どうせいつもの様に、たった二色で構成されている巫女か魔法使いだろう。
しかし、そこにいたのは、白黒ではなく、紅白でもない、朱鷺色の翼を持つ少女だった。


~☆~


「香霖堂へようこそ」

僕は慌てて営業スマイルのスキルを使用した。
自分で言うのもなんだが、僕の仏頂面は商売には向いていない。
だから、せめて笑顔で応対しろ、という霧雨の親父さんの教育だ。
多少なりともマシになるはずだ。

「僕は店主の森近霖之助。今日はどういった物をお探しでしょうか」

そこで僕は改めて少女の姿を確認する。
僕と同じ銀色の髪だが、前方と横だけ青みがかっている。
青を基本とした黒い肩口と白い袖といった上半身に対して、スカートは黒一色という洋服。
そして、何より目立つのが朱鷺色の翼だった。
丁度、ミスティア・ローレライと同属の様な雰囲気。
彼女は両手に数冊の本を抱えて、キョロキョロと店内を見渡していた。

「え~っと……買い取りってやってる?」

恐らく、値札の類がほとんどない商品に戸惑っているのだろう。
ここは本当に道具屋なのだろうか、と。
無理もない。
ほとんどが非売品なのだから。

「買い取り? もしかして、その本かい?」
「うん」

そういえば、と彼女から本を受け取りながら思い出す。
以前、霊夢があの十五冊の本を奪ってきた相手が彼女だった気がする。
その際、蹴破らんばかりに扉を開けてきたのだが……
もしかして、その時の復讐だろうか。
僕は少しばかり警戒を強めて、受け取った本を見ていく。
それは外の世界の本らしく、僕が読んでいたのと同じ児童書と呼ばれる物だ。
表紙には可愛らしくキャラクターの絵が描かれて、より手を出しやすくしているのだろう。
中身も、文学小説とかと違い、文字も大きいし漢字にルビがふってある。

「ふむ。どうやら普通の本だね」
「ん? 当たり前じゃない」

彼女は首を傾げながら怪訝な顔をした。
中々に表情が豊かで、子供みたいな雰囲気がする。
妖怪というのは、見た目通りの年齢とはいかない。
レミリア・スカーレットが良い例だろう。
見た目は十歳位の子供だが、恐らくその五十倍は生きている。
これは僕の持論なのだが、『性格が幼い妖怪は見た目も幼い』という精神容姿説がある。
見た目が幼い妖怪は、性格も子供っぽい。
逆に、見た目が大人な妖怪程、性格はきちんとしている。
子供の例はレミリアで、大人の例は上白沢慧音だ。
勿論、この僕も大人の方に入れさせてもらう。
僕は至って冷静な大人だからね。
この精神容姿説を持ち込めば、この朱鷺色の彼女の性格も簡単に分かる。

「そうだな……この本だと、あまり高くは買い取れないよ」
「え~、どうしてなのさ」

ふむ。
やっぱり、子供っぽい。

「需要と供給という物があるのは知ってるかい?」
「商品を欲しいと思ってる人と、商品を用意する量、みたいな物でしょ?」
「よく知ってるね」
「えへへ~」

彼女は褒められたのが嬉しかったのか、目を細めて頭をかいた。
どうやら、頭にも翼があるらしい。
ところで彼女は何者だろうか。

「その需要と供給に、この本は当てはまらない」
「な、なんで?」
「誰も欲しいとは思わないからさ。外の人間の、しかも子供向けに書かれた小説など、幻想郷で必要としている者はいない」
「嘘~!? だって、こんなに面白いんだよ! え~っと、あなた名前なんだっけ?」
「森近霖之助」
「霖之助だって読んでみてよ! 子供向けって馬鹿にするけど、テーマがきちんと設定されてて、読みやすくって、これこそ万人向けの娯楽小説なのさ!」

どうやら彼女は児童書にハマっているらしい。
自分の好きな物は、他人に薦めたくなる。
なぜならば、その好きな物について、全力で語り合いたいからだ。
若い頃に陥りやすい、まぁ、病気みたいなものだ。
僕にも多少、覚えがある。

「これが万人向けとは思えないな」

僕はさっきまで読んでいた児童書を彼女に見せる。
その瞬間、彼女の目が輝いた。

「わ、わ、わ! これまだ読んでない!」

彼女に本を渡してやると、彼女はそのまま愛でる様に表紙を眺めた。
そして背表紙で本のタイトルと作者の名前を確認し、裏表紙のあらすじを瞳を輝かせて読み始めた。
そして、表紙をめくり、もくじを眺め、本編へと突入していく。
立ったまま。

「おいおい、幾らなんでもこのまま読むつもりかい? え~っと……」

そう言えば、彼女の名前も聞いてなかった。
ついでに、彼女の種族も聞いておこう。

「君の名前を教えてくれないか? 良かったら種族も」
「無いよ」

ナイヨ?
いや、無いのか。

「名前が無いのかい? それは難儀だな。種族は?」
「分かんない。みんな私の事知らないって」

そんな馬鹿な。
自分の正体を知らない妖怪だって?
そんな存在が個を維持できる訳がない。
妖怪や異形というのはアイデンティティの塊みたいなものだ。
例えば、鬼。
彼等は人を攫い、喰らう。
これは決められた事だ。
鬼という存在は、人を攫って、食べる様になっている。
それ以外の存在を鬼とは言わない。
そして、それを行わなくなったからこそ、幻想郷に鬼はいなくなったのだ。
今は二人ほど見かけるが。
彼女達は特別な存在なのだろう。

「それじゃ、君は何て呼ばれてるんだい?」
「この翼の色が朱鷺と同じだから、朱鷺子ってみんな呼ぶよ」
「朱鷺子か。なるほどね」

名前は突き詰めれば個を表す記号でしかない。
この僕も、一度は名前を変えている。
名前によって存在を書き換える事も出来るが、彼女の場合は別だ。
何より自分の正体を知らない者に、名前など意味はない。
それこそ、彼女を呼ぶ際の記号でしかない。

「それじゃ朱鷺子、君の特徴はその翼だけかい?」
「う~ん……あ、角もあるよ」

朱鷺子はそう言うと、髪を手で押さえる。
頭の頂上付近に、ちょこんと小さな角が二本生えていた。

「ふむ……ますます分からないな……君は何者なんだい?」
「私はただの本読み妖怪なのさ」

彼女は口元を綻ばせると、トンと地面を蹴って浮かび上がった。
そこで寝転がる様にして本を開く。
どうやら、待ちきれないらしい。
そのまま本編に突入していった様だ。
本読み妖怪、というのも、あながち間違いではなさそうだ。
いわゆる、読書狂い……ビブリオマニアなのかもしれない。
僕は、しょうがない、と呟いて彼女が持ってきた本のチェックを始めた。
彼女が持ってきた本を買い取る事にして、そこから彼女が今読んでいる本の値段を差し引く。
その合計を僕は勘定台に置いた。
朱鷺子の様な書物狂いには、一つ確実に言える事がある。
読書中を邪魔されるのが一番ムカツクという事だ。
その事を充分に理解している僕は、静かにお茶の準備に取り掛かった。


~☆~


「何だか良く分からない存在か」

彼女が読書に夢中になってる間、僕は朱鷺子の正体について考えを巡らす。
彼女は、今も僕の上空を漂っている。
立ち読みみたいな状態だが、一応はお客様だから、邪険にする事も出来ない。
かといって、何もしないというのも耐えられないので、朱鷺子の正体を考える事にした。
ヒントは翼がある事。
それから、二本の小さな角だ。
一番簡単に思いつくのが、朱鷺の付喪神だろう。
彼女の翼が朱鷺色だからという強引な理論だ。
付喪神は、古くなったモノに霊魂や神が宿った存在。
朱鷺が長く生き、付喪神になった可能性もある。

「安易すぎるな」

付喪神が荒ぶれば九尾の狐、和ぎればお狐様といった様に、かなりの力を持つ存在となる。
朱鷺子があの八雲藍と同格かと聞かれれば、答えは否だ。
指先一つで弄ばれるだろう。
彼女の式、橙にも負けるかもしれない。

「付喪神でないとすれば……鬼?」

二本の角と言えば鬼だ。
だが、それこそ安易すぎるだろう。
朱鷺子に山を一撃で吹き飛ばせる程の怪力があるとは思えない。

「角があって、翼をもつ異形の存在……龍……」

確かに龍には角もあるし、小さな翼を持っている。
しかし、彼女がその龍とは思えない。
龍は人間だけでなく妖怪からも崇拝される最高神だ。
その龍の化身というのなら、もうちょっと、その、威厳があると思う。
こんな風に目を輝かせて、本を読んでいる姿からは威厳もオーラも感じられない。
いつか龍とは酒を呑みながら話をしてみたいと思っていたが……彼女の一方的な児童書話で終わってしまいそうだ。
だから、龍である事も却下だ。

「よく分からないな……よく分からない……そうか、『よく分からない』だ!」
「わぁ!? 急にどうしたのさ」

勢いよく立ち上がった目の前に朱鷺子の顔があった。
どうやら丁度、朱鷺子と本の間に顔を突っ込んでしまった様だ。
驚くのも無理はない。
しかし、僕は構わずにしっちゃかめっちゃか記憶の棚を引っくり返していく。
確か存在したはずなんだ。
よく分からない、という妖怪。
そう……鳥山石燕が描いた妖怪……

「モクリコクリ……違う。シロウネリ……そう、シロウネリだ!」
「しろうねり?」

朱鷺子が読書に戻ろうとするが、僕の言葉が気になったらしい。
お手製の栞を挟んで僕に向き直った。
僕は彼女が聞く体勢に成ったのを確認してから言葉を紡ぎ始める。

「徒然草は読んだ事あるかい?」
「ううん、無い」
「ふむ、まぁいい。その徒然草の中に、こんな話がある。ある坊さんが、また別の坊さんにあだ名を付けたんだ。その名前が『白うるり』。そんなあだ名を付けられた坊さんは、何の事か分からないから、あだ名を付けた坊さんに聞いたんだ。だけど、付けた本人も知らないというんだ。それ故に、『白うるり』という正体不明の『存在』と『名前』が生まれたんだ」
「白うるり……」

ごくり、と朱鷺子が息を飲んだ。

「そして鳥山石燕という江戸時代の画家が描いたのさ。風になびき、うねる、龍の如き正体不明の古布巾の化物、『白容裔(しろうねり)』」
「龍の如き正体不明の古布巾……って、古布巾!? 私ぞうきんじゃないよぅ!」
「いや、君の特徴と本人でさえよく分からないという条件を考えれば、君の正体はシロウネリさ!」

僕は自信満々に答えるが、顔にピシャリと手の平が襲い掛かった。

「女の子に向かって、ぞうきんとか言うな!」

どうやら朱鷺子は自分の正体に不満があるらしい。
布の妖怪ならば、元々意識が無いという存在だ。
恐らく朱鷺子は、現在の姿……つまりシロウネリと成った瞬間から意識を持ったのだろう。
まだ幼いというのも分かる。
彼女には知識が不足しているのだ。
児童書を好んで読んでいる点もそうなのだろう。
朱鷺子は、恐らく幻想郷で生まれた妖怪だ。
外の世界を追われた訳ではないと僕は思う。
きっと、幻想郷で古布巾が年月を経てシロウネリとなったのだろう。

「ふむ、まぁ本人が否定しても事実は変わるまい」
「ちょっと、霖之助酷い! 私は名無しの本読み妖怪! 朱鷺子であっても、ぞうきんなんかじゃないのさ」
「ぞうきんではない、古布巾だ」
「一緒だー!」

ピシャリと顔面に手の平が再び襲い掛かった。
まったく……眼鏡が壊れなければ良いのだが……


~☆~


「ふぅ~、面白かった~……」

パタンと本を閉じて、朱鷺子が心地よい息を吐いた。
面白い本を読んだ後というのは、グッタリと疲れているが、不思議と気分がいいものだ。
その醍醐味をこの妖怪も知っているらしい。

「読み終わったかい? だったら、ほら、買い取りのお金だ。その本の代金は引かせて貰ってるよ」

僕は朱鷺子にお金を持たせる。
不思議な顔を一瞬見せたが、朱鷺子の顔がパッと明るくなった。
恐らく、本を売りに来たという事を忘れていたのだろう。

「それで、妖怪の君が人間の通貨を手に入れてどうするんだい?」
「人間の里で、小説が売ってないかな~って思って」

なるほど。
素直に買おうという話か。

「しかし、人間の里に君好みの本は恐らく無いよ」
「え……どうして?」
「それを楽しむ者がいないからさ」

需要と供給の話をしたのに、もう忘れているようだ。

「人間の里にいる子供達はこんなものを読まない。せいぜい慧音の歴史書を眺める程度だろう。こんな空想に身を浸している暇があるのなら、畑でも耕している方が暮らしが楽になるからね」
「人間の子供は本を読まないの?」
「読む余裕が無いのさ」

恐らく、心の余裕がない。
娯楽小説というのは、それこそ暇つぶしと何ら変わりが無い。
お腹が空いている人間と時間が空いている人間……同じ人間だけれど、その性質は全く異なった者になってしまう。

「だから、子供向けの娯楽小説は売ってないと思うよ」
「そっか……霖之助は他に持ってないの?」
「それが唯一さ」

朱鷺子は大きくため息を吐いた。
彼女は、本当に本が好きなのだろう。
自らを本読み妖怪と名乗る位なのだから、それは相当なものに違いない。
僕も、読書という行為が大好きな一人だ。
ふむ。
ここは一つ、彼女に道を与えてみよう。

「無ければ、創ってみたらどうだい?」
「つくる?」
「そぅ。朱鷺子、君が小説を書くんだ」

その言葉に、朱鷺子はキョトンとした顔で自分の顔を指差した。

「む、無理だよ。私には書けないよ」
「そんな事は無いさ。読めるという事は、文字を書く事が出来るだろう」

読めるのに書けない、という不思議な特性など持ってないだろう。

「か、書けるけど、小説なんてどうやって書いたらいいか……」
「それこそ簡単だ。自分の頭の中で思い描いた空想を文字にしていけばいいだけなのだから」

本当は、文章の作法とか色々あるだろうが、まずは彼女をその気にさせないと。

「僕なんかも読書が趣味と言っても過言じゃない。そんな僕も日記を書いてみたんだが、なかなかどうして上手く書けるもんだよ。試しに君もやってみるといい」
「でも、筆も紙も無いよ……」
「ふむ。だったら、こういうのはどうかな?」

僕は店の中の棚から、シャープペンシルと芯、そして消しゴムを取り出した。

「これは外の世界の文字を書く為の道具さ。シャープペンシルと言って、この芯を入れる事によって、芯が続くかぎり永遠に書き続けられる」

僕はそう言って、シャープペンシルの頭の部分をカチカチと押して、実演してみせる。
少し薄汚れているが、機能は申し分ないし、芯もたくさんあった。

「どうだい、君がいま手に入れたお金で、これらを買ってみないかい?」
「う、うん……」

僕は朱鷺子にシャープペンシルを持たせ、読み終わった文々。新聞の裏側を手渡した。
朱鷺子はそれにおっかなびっくりと文字を書き示していく。

「お、おぉ、文字が書けたよ。これなら私も出来る気がする!」

よし、その気になった。
僕にとっては、彼女が正式なお客様に成った訳だし、一石二鳥という具合だ。

「後は君がどんな物語を創るか、だ」
「う~ん、それが一番難しいよ」
「そうだね。例えば、誰かをモデルに書いてみるのもいいかもしれない。幸い、幻想郷には個性的な人間や妖怪が多いからね。彼等をモデルに書いてみるのもいい」

なるほど、と朱鷺子は腕を組んで考える。
早速、物語を描き始めたのだろう。
何も無い所から、何かを創る。
それは、例え形の無い物語だとしても、とてもエネルギーが必要な行為だ。
時には詰まったり、時には天啓の様に降りてきたりする。

「ゆっくりと考えるのがいいよ。君の自由にしていいんだ。何かを生み出すというのは、凄く大変な行為だけど、完成した時に喜びは素晴らしいものだよ」

それは道具であっても、子供向けの小説であっても同じ事だろう。

「でも、霖之助。私が書いた小説なんか、誰が読むのさ? さっき霖之助も言ったよね、こんな小説は誰も読まないって。だったら、書いても意味がないんじゃない?」
「僕が読むよ」
「霖之助が?」
「あぁ、せっかく君が書いたんだ。僕が読まないと失礼にあたるだろう?」

朱鷺子が少しだけ笑顔を浮かべた。
恐らく、僕が味方に思えたのだろう。
もちろん、僕は彼女に協力する。
これほど面白い事はないからね。

「そうだな、最初は文々。新聞の裏を使うといい。書きあがったら、きちんと推敲をするんだよ」
「推敲?」
「自分で読み直して、悪い文章を書き直したり、新しく付け加えたりする作業さ。これをしないと、小説は絶対に完成しない。これを怠ると、名作も駄作に変わってしまうくらいさ」

へ~、と朱鷺子は感心した様に頷いた。
他にも、誤字脱字のチェックや文章のリズムといった話を聞かせてやる。
彼女はそれらを興味深そうに聞いてくれた。
普段、僕のいう事を聞いてくれない少女ばかりなので、なんだか気分がいい。
彼女こそ、僕の最大の上客ではなかろうか。
そんな気がしてきた。

「うん、分かったよ霖之助。とにかく一つ完成させる事だね」
「あぁ。その時は是非、僕に一番最初に読ませて欲しい。たぶん無茶苦茶に文句を言うと思うけど、怒らないでおくれよ」
「ちょっとは褒めてよ、霖之助」
「それは君次第さ」

彼女はクスリと笑って、シャープペンシルをクルリと指の上で廻した。
僕は朱鷺子の為に、読み終わって積んでおいた文々。新聞を紐で縛ってやる。

「ほら、これを持って帰るといい」
「ありがとう。霖之助っていい奴だね」
「僕は、創作者の味方なだけさ。あと読書が好きな人間に悪い奴はいないと思ってるからね」

これも僕の持論だ。
基本的に読書を楽しむ位に心に余裕がある者は、ある程度の知識も持っているし、落ち着いた者が多い。
残念ながら、約一名。
白黒魔法使いと呼ばれる盗賊だけは例外だが。

「あはは! 私にも持論があるよ。『本を大切にしない奴は友達を無くす』っていうの」
「それは単にケンカしただけじゃないのか?」
「貸した本を汚すのはどうかと思うのさ」
「確かにね」

盗んだ本はどうだろう、と魔理沙を思い浮かべる。
彼女は、あれでも本の扱いは丁寧だ。
そのお陰で友達が多いのかな。
朱鷺子の持論もどうやら大幅に外れている訳ではなさそうだ。

「それじゃ、私は帰るよ。ありがとね、霖之助」
「どういたしまして。君が小説を完成させるのを待ってるよ」

彼女は妖怪には似合わず、丁寧に礼をしていくと、ドアベルを鳴らして飛び去っていった。
手元には数冊の児童書が手に入った。
買われていったのは、シャープペンシルと芯と消しゴム。
それから捨てようと思っていた文々。新聞。

「商売としては上々だな」

果たして、彼女は小説を書き上げる事が出来るだろうか。
それが一番難しい作業なのだ。
口で言うくらいなら、誰だって出来る。
頭の中で物語を考えるくらい、誰だって出来る。
そこから行動を起こせる者は少ない。
完成させる事が出来る者は……もっと少ない。

「もし完成させてきたら、夜雀の屋台で一杯奢ってやる事にしよう」

これで、僕は彼女が挫折する方に賭けた訳だ。
勝負は成立。
彼女が勝つか、僕が勝つのか。
それは彼女次第という非常に不利な勝負だが、なかなか面白い。

「それにシロウネリという『よく分からない存在』が描いた物語だ。きっと『よく分からない』に違いない」

そんな作品を読んでみたいというのも正直な感想だ。

「さぁ、朱鷺子。君が紡ぐ物語を期待しているよ」


某PIXIVで朱鷺子がめっちゃ可愛く描かれたので、まるっと心を奪われました、久我拓人です。

タイトルの付け方は、元相方のパクリで。
彼は分かり易いタイトルを付けるというスタイルでした。
私が提案したタイトル案を絶対に採用してくれなかったくらいに。
ストレートなタイトルだと面白くないので、ちょっと捻って、『紡がれる物語』という事で。

さてさて、果たして朱鷺子は霖之助との勝負に勝てるのかどうか。
そして、誰をモデルにして小説を書くのか。
読んでみたいものですね~♪

あと、古布巾とか言ってしまって、朱鷺子ファンの方ごめんなさい。
きっと龍の化身なんだよ、朱鷺子は。

参考文献は『もっけ』の2巻、シロウネリの話でした。
でわでわ、この物語が皆様に気に入って貰えるよう、祈っています♪
<be>
久我拓人
http://j-unit.hp.infoseek.co.jp/
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コメント



0.3780簡易評価
14.90名前が無い程度の能力削除
朱鷺子がストレートに朱鷺の妖怪じゃなくて古雑巾の妖怪だったとは!
面白い解釈でよかったです。

>レミリア・スカーレットが良い例だろう。
>見た目は十歳位の子供だが、恐らくその五十倍は生きている。
たしかレミリアは500歳……つまり霖之助は10歳。
なんという新説!
20.100ななし削除
朱鷺子の書いた本を素直に読みたいと思う。
正直、読むことと作り出すことはまるきり違うが、彼女ならすばらしい作品を作るに違いない。
31.100名前が無い程度の能力削除
朱鷺子の元にあるものが朱鷺ではなく古雑巾ww
トンでも理論と言い切れない説得力ww

朱鷺子が描き出す物語を霖之助が読めることを願って
34.100名前が無い程度の能力削除
安易に朱鷺子朱鷺子と読んではいるが、実際には「名無しの本読み妖怪」ですからなぁ
盲点を突かれて目からうろこが剥がれた気分です
38.100名前が無い程度の能力削除
シャープペンシルで小説を書く、で「耳をすませば」思い出しちゃいました
まさか鷺じゃない可能性が出てくるとは…
42.80名前が無い程度の能力削除
文々。新聞の裏w
44.100名前が無い程度の能力削除
霖之助が久我さん。朱鷺子が私に置き換えられました。

>>だらだらと登場人物達の会話を聞かされても、読者は飽きるというのに。
耳が痛いです…
55.100名前が無い程度の能力削除
名無しの妖怪が描く本ですか。
これは読んでみたい。
出てくるのは紅白か、白黒か、それとも他の誰かか。
62.90名前が無い程度の能力削除
これは今までに無いまったく新しい朱鷺子ですね。新境地開拓と言うことで90点
69.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷の住人が書く小説は誰のものでも読んでみたいなぁ。