Coolier - 新生・東方創想話

テンションがおかしいようです

2009/06/12 12:47:13
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 夜風が心地よい。
 青ざめた満月の光の下で心地よい風を感じる。
 月光に照らされた紅魔館の庭をただ見下ろした。
「クククッ」
 不意に、笑いが漏れる。
 普段なら絶対に出さない声に、なおおかしさを感じて声は大きくなる。
「ふふ、あはははは!」
 虫の声一つ聞こえない空間に、ひとしきり笑い声が響いた後、再び静寂が訪れた。
 体が熱い、気分が高揚している、満月に限り主人の様子が変わるのも分かる気がする。

 不意に思う、自分は人なのだろうかと。

 吸血鬼の従者として仕えているうちに、自分も変わってしまったのではないかと。
 だから、これほどまでに心が騒ぐのか、主人同様に満月に狂わされてしまうのかと。
 人を辞めるつもりは無かったけれど、自然に変わってしまったのならどうしようもない。
 体が火照って仕方が無い。思い切り体を動かしてみたい。
 今からでも追いかけてみようか、主人は先ほど当ても無く飛び去って行ったばかりだ。
 まだ、追いつけるだろう。なあに、見つからなかったら時を止めて探せばよい。

 そう考えて、テラスの縁に手を掛けて、地を蹴ろうとした……

「咲夜さん!」

 声のほうに顔を向ける。

「あら、美鈴。どうしたの?」

 紅美鈴。ここ紅魔館の門番長だ。
 また、私の教育係でもあった妖怪である。大陸風の衣装に、鮮やかな赤い髪。

「どうしたもこうしたもありませんよ」

 意識を塞ごう。この時分に小言は勘弁して欲しい。
 何かをぐちぐちと連ねている美鈴に向かって距離を詰める。

「……ですか? 聞いていますか、咲夜さん」

 ごめんね、まったく聞いていなかった。
 端正な美鈴の顔が目の前にある。呆れた表情ような表情が浮かんでいる。
 気に入らない、きっといつも通りに、またこの子はとか思っているに違いない。
 いつまで教育係のつもりなのだろうか。もう、地位も実力も私のほうが上なのに。

「咲夜さん?」

 何も言わない私に、美鈴が訝しがるような声を上げる。
 決めた、罰を与えよう。自分の立場が分かっていない不届き者に罰を与える。
 自分が、まだ人であるか確かめる実験台になっていただこうか。
 思うがままに、彼女の首に腕を回す。
 そのまま絡めて、驚いている美鈴に顔を近付けて。そのまま……

 かぷりっ

 一瞬の沈黙。

「痛いーーーーーーーー!?」

 叫ぶ美鈴を無視して何とか血を吸おうと試みる。
 でも吸えない。どうすればよいのだろうか?

「マジ噛みは痛いですって、咲夜さん!?」

 うん、なんか本気で痛がってるわね。
 優しい私は、痛がる美鈴を気遣って噛むのをやめてあげた。
 見ると先ほど噛んだ首元にはくっきりと私の歯型が付いている。

「なんなのよ、いきなり……」

 目の端に光るものを浮かべて首元をさすりさすり。
 美鈴、口調が素に戻っているわよ。そんなに痛かったの?
 それにしても、思い切り噛んだのに血が吸えなかった。
 ふんっ、命拾いしたわね。私が吸血鬼だったら、貴方死んでいるわ。

「とりあえず、部屋に戻りましょう、ね?」

 首をさすりながら美鈴。
 諭すような物言いが気に食わない。この期に及んでまだ保護者気取りか。

「嫌よ、どうしてもと言うなら捕まえてみなさい?」

 そのまま、背を逸らして仰け反るようにテラスの縁を越える。
 浮遊感を少しだけ味わったところで、魔力を開放して飛翔を開始する。
 美鈴が私目掛けて、飛び降りるのが見えた。ゲームの始まり。

 全速力で飛翔。
 美鈴自身の飛翔速度は速くない。むしろパチュリー様についで遅い。
 空中戦では絶対に追いつかれることは無いのだが。

「咲夜さ~~~ん!」

 走ると速い。その速度はお嬢様の飛翔スピード並だ。
 空を行く私の少し後ろ辺りをぴたりと付いて来る。
 観察しながら逃げていると、美鈴が足に力をこめるのが分かった。

「つかまえてごらんなさ~い!」

 挑発するように声を投げかける。
 セイッ!と声が聞こえて美鈴が飛んだ。
 目の前に赤い髪。とっさに時を止める。
 凍てついた青い時の中で、彼女はすでに私を抱きしめるかのように両手を広げていた。
 あまりにも速い。跳躍から一秒程しか経っていない。危なかった。

「残念だったわね!」

 そのまま彼女の後ろに回って時間停止を解除。
 当然のことながら、彼女の両手は空しく虚空を抱きしめる。
 落下していく美鈴と目が合ったので、んべーと小さく舌を出しておく。
 着地を待たずに、彼女に背を向けると再び全力で飛翔を開始する。

 木々の間を縫い、紅魔館の廊下を疾走し、美鈴の手を逃れ続けて一時間。
 え、なんで時間が分かるかと? それは体内時計に決まっている。
 銀時計を取り出すとやはりジャスト一時間。さすが私、完全で瀟洒!

「追い詰めましたよぉ!!」

 目の前の美鈴がそう言った。
 紅魔館を覆う、城壁の四隅の一角に私は居た。
 目の前の美鈴を突破するのは疲れきった私では無理だろう。
 かといって時を止めることは出来ない、なぜかって? 魔力切れだ。
 後先考えずに時を止め、飛翔を繰り返せばさすがに魔力も尽きる。
 もう、飛翔すら出来ない。
 美鈴もそう思っているだろう。そこが狙い目。

「さあ、観念してくださいよ!」

 一時間も私を追い掛け回して、さすがに疲れたのか美鈴はやや頬が高潮し、少し息が荒い。
 私も似たようなものなんだろうけれど。
 両手を胸元で構えて、じりじりと間合いをつめてくる美鈴。私を逃がさないように慎重なのは分かるけれどなんだか……

「手つきがやらしいわ、何をする気なの?」
「は?」

 言葉に美鈴の気が逸れた。
 その一瞬を利用して壁へと飛ぶ。
 二度、三度と三角跳びの要領で上へと登っていく。
 このまま壁を越えて外へ、紅魔館の周りに広がる森に入ればまだ私も逃げ続ける事が出来る。
 が……

「きゃっ!?」

 あと、一蹴りという所で足が滑った。
 そのまま、宙に投げ出される。このまま、地面に叩きつけれられてしまうのだろうか。

「咲夜さん!」

 なんて言う事はぜんぜん心配していなかった。
 私を追ってきた美鈴が受け止めてくれる。
 それを信じて疑わない。昔から、貴方は私を助けてくれていたから。
 美鈴の感触を感じて。

「とと、うわ、重っ!」

 失礼な、私が重いと言うか? 落下の衝撃が加わっただけなのよ、勘違いしないで。
 そのまま落下、衝撃。

 目の前に端正な顔がある。
 月光に照らされた紅い髪がとても綺麗だと思った。

「危ないじゃないですか」

 責めるような口調の美鈴。

「大丈夫、美鈴が助けてくれるって分かってたから」
「もう……」

 美鈴が、私に覆いかぶさるように上に乗っている。
 でも、なんだか安心する。これがほかの誰かだったらすぐさまナイフを刺しているところだけど。
 ああ、例外があるわ。お嬢様だったらぎゅ~~としているわね。

「なんで、こんな事をしたんですか?」

 美鈴が問いかけてくる。
 今度は責めるような響きは無い。あくまで優しく、まるで親が子を諭すように。

「だってぇ……」

 それが気に入らないの。

「お嬢様も、パチュリー様も、貴方も。妖精メイド達まで、まだ私の事を子供扱いするんだもの……」

 ちゃんと仕事はこなしている。
 その件に関してはちゃんと皆も認めてくれている。
 でも、時折感じる、優しい視線が妙にくすぐったくて困る。
 紅魔館で召抱えられて、皆に世話を焼かれて、さっちゃんは偉いねえと褒められていた頃から変わらない、その視線。

「皆、咲夜さんの事が大好きなんですよ、だから心配なんです」
「いやよ、もういい加減大人扱いして欲しいわ!」

 美鈴は少し困ったような顔をする。
 その頬に手を伸ばして、撫でるように触れた。

「この状況で、咲夜さんを大人扱いしたらどうなるか分かりますか?」
「わかるわ、だって大人だもの」
「まったく……」

 燃えるような紅い髪とは対照的な、澄んだ湖に様な青い瞳。
 吸い込まれそうな程に深いそれに、それを体現したような貴方の包容力に私が何を思っていたのか貴方は知っている?
 近付いてくるその瞳、ずっと見ていたいけれど、こういうときは瞳を閉じるものなのよね。

 世界が闇に覆われて、美鈴の呼吸と柔らかい感触だけが全てを支配していく。



 咲夜をベッドに寝かせた。
 それで一安心。今宵の騒動はこれにて決着。
 部屋を見渡すとテーブルの上には空けたばかりのワインボトルとグラス。
 グラスの中身は三分の一ほど。
「これだけで、ああまで酔ってしまうのだから」
 美鈴は誰とも無くつぶやいてため息。
 十六夜咲夜は実は酒に弱い。そのうえ、酒乱なのだ。
 普段、博麗神社で開かれる宴会などでは飲んだ振りをしているだけ。
「おつかれさま、美鈴」
 声をかけるのは、何時の間にそこにいたのかレミリア・スカーレットだった。
 赤い瞳を愉快げに細め彼女は言う。
「私が居ない間に、勝手に酒を飲んだ咲夜のお守は大変だったでしょう?」
 呆れるほどにずうずうしい説明口調に美鈴は苦笑する。
「そうですね、咲夜さんのストレスが限界まで溜まると、たまたま出かけてしまうお嬢様には心配をかけられませんからね」
 探り合うような表情でお互いを見つめて、やがて堪えきれずに笑い声を響かせる。

 いくら身体能力がずば抜けていようと、完全で瀟洒と言われるくらいな完璧な仕事ぶりだとしても咲夜も人間だ。
 その心には色々と重荷がかかる。紅魔館一の労働量を誇る彼女ゆえに心労は並ではない。
 だから、必要なのだ。ガス抜きが。

 レミリアが行ったことは二つだけ。
 満月に魅せられて出かける事、従者に気まぐれでワインをプレゼントする事。

 美鈴は肩をすくめると部屋を出て行く。
 ここ数年、繰り返し行われてきた騒動。
 レミリアは眠る咲夜の傍まで寄るとしばらく寝顔を見つめた。
 少しだけ、思案するように眉をひそめる。
 やがて軽く背伸びして、頬にキスをした。

 「おやすみね、咲夜」

 そういって、彼女も部屋から出て行く。

                           -終-
作者もテンションがおかしいようです。

お読みくださりありがとうございました。
みたらしいお団子
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コメント



0.4560簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
これは十六夜咲夜ではなく咲夜という名の女の子でござるよ!
3.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんは紅魔館の住人全員の娘なんや!
17.100名前が無い程度の能力削除
酒に弱いとか…すごくいいじゃないか!!!
これは可愛がりたい咲夜さん!
26.100名前が無い程度の能力削除
いい、これはいいものだぁぁぁ!!
保護者な美鈴もちゃんと分かってるレミリアも酔っ払ってテンション上がっちまった咲夜さんもみんないい!!
なんというGJ!!
27.100名前が無い程度の能力削除
これはいい!
29.100名前が無い程度の能力削除
「つかまえてごらんなさ~い!」

あれ、浜辺の情景が…
33.100名前が無い程度の能力削除
これはさくやんだ
40.100名前が無い程度の能力削除
ちっさく!!
48.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんかわいいしめーりんもいい
55.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さん可愛いなぁ
75.100名前が無い程度の能力削除
さすがのお団子ですた