知識とは、どうやって蓄えるものなのか。
書物をはじめとした、既に導き出された結果を見ることで蓄えるものだ。
あるいは、実際に実験を行って、過程を見ることで蓄えていくものだ。
そして彼女、パチュリー・ノーレッジは喘息を患っていることも関係して、前者の比率がとても高い。
それこそ、自分の書斎に引きこもってひたすら読書に勤しむくらいには。
そして、書物というのは限りなく有限に近い無限の数を誇っている。
パチュリーが一冊読み終わるまでに、世界では何冊の本が書かれているだろうか。
そう考えると、パチュリーの読書は終わりのない呪いのようにすら見えてくる。
最も、そんなことは彼女自身には関係のないことなのだろうが。
「ッ……」
そんなパチュリーは、紅魔館内部にある自分の書斎で袖をまくっている最中だ。
まくった袖からは不健康なくらいに白くて細い腕が見えている。
そして、逆の手には注射器が握られていた。
注射器の針の先端が腕に触れるときに僅かに表情をゆがめたが、そのまま止まることなく針は腕に刺さっていく。
針を刺すその動作は、とても手慣れているようだった。
針をきちんとさしたらピストンを押し込み、中の薬物を投与していく。
薬物を投与し終えたら、ゆっくりと注射器を腕から引き抜いていく。
そうやって注射器を完全に引き抜いたタイミングで、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜が書斎に入ってきた。
咲夜はパチュリーの姿を見るなり、呆れたように告げた。
「またですか、パチュリー様」
どこか批判を含んだ視線は、手に握られた注射器へと向いている。
「なによ……」
それに対して、普段通りの仏頂面を返すパチュリー。
しかし咲夜には、その表情が普段と少し違うようにも見えた。
「ただでさえ身体が弱いのですから。こういうのは控えていただいて欲しいですね」
注射器を取り上げながら咲夜がいう。
彼女はこの中に入っていた薬物のことを知っているのだ。
「いいじゃない。趣味と実益を兼ねた実験よ」
悪びれる風もなくパチュリーがいう。
「しかしいったい誰なんでしょうね。あんな葉っぱを庭に植えたのは」
今度はあからさまな批判の視線を向ける。
紅魔館の庭の一角には、現在とある植物が生えている。
鎮静効果のある麻酔を作るのにあたってとても重要なものなのだが、それとは違った使い方をするのにも使えるのだ。
「誰でもいいじゃない。……あの葉っぱ、人里に持って行って売りつけてるんでしょ?
里の方はよく効く麻酔を作れるようになるし、こっちはその対価で潤う。
それにわた、ケホッ、ゴホッ……私も有用させてもらってるんだから。誰も損をしていないわ」
途中で咳きこみながらも意見を述べる。
しかしそれは、とてもらしくないことだと咲夜は思った。
喘息を患っているパチュリーは、あまり長い会話を好まない。普段なら二言、三言で終わらせるはずだ。
しかし彼女は、まだ喋り続けようとしている。元が白いからだろう。頬が赤くなり、興奮状態にあるのがよくわかった。
「そもそも私は七曜魔女。れっきとした妖怪よ。
人間にとっての悪いものが、わ……私にとっての悪いものであるとは限らないわ。
現にこうやって服用するのはも……もう何回目かわからないけど、伝え聞いたような中毒症状は出ていない。
それどころか、服用した後は頭がすっきりしてるおかげで本の内容がゲッ、ゲホォ……ガフッ、あく……ゲホォッ!!」
「ちょっ、パチュリー様!?」
一気に喋り続けようとした結果、彼女の気管が悲鳴を上げたのだろう。派手に咳きこむパチュリーの背中を咲夜がさする。
「無理して喋ろうとしないでください。ゆっくりとでいいですから」
咲夜は背中をさすりながらやんわりと忠告をしてみたが、どうやら逆効果だったらしい。
目をギラギラさせながら、パチュリーはさらに言葉を発そうとしている。
「無理なん……ゲホッ、無理なんか、してな、……してない、わ」
声がかすれ、きちんと発せられなくなってきた。
本来なら寝室に運んで寝かせるべきなのだが、今のパチュリーにはそれができない。
過去に何度か似たような状態になった時、咲夜は何度も失敗しているのだ。
急激な興奮状態にある彼女と、客分相手にどうしても手を抜かざるを得ない咲夜。
力関係は明らかだった。
だから咲夜は、せめて喋り続けるのを止めようとテーブルの上にある、栞が挟まれている本を手にとった。
「パチュリー様。ほら、本ですよ。読んでいる途中なんでしょう?」
言いながら、少しでも楽な体勢で座らせようと位置をずらす。
これにはパチュリーも特に反発することなく、大人しく身体をずらしていってくれた。
「さあ、どうぞ」
楽な姿勢になったところで、咲夜は本を渡す。
本を受け取ったパチュリーは、もうこちらを顧みることなく本の中に没頭していった。
咲夜はブツブツとつぶやく声を耳にしながら、その場を後にした。
「申し訳ありませんお嬢様。パチュリー様は……」
「ああ。いつものあれでしょ。なら仕方ないよ」
恭しく頭を下げながら謝る咲夜と、それを受けるレミリア。
もともと咲夜がパチュリーの書斎を訪れたのは、レミリアがパチュリーと話をしたいと望んだからなのだ。
「はあ。しかしパチュリー様のあれ、どうにかなりませんか」
注射器で薬物を投与して、目をぎらつかせている様を思い出しながら咲夜が言う。
もともと不健康なパチュリーだが、ここ最近は特にやつれたように思えるのだ。
「どうにかって?」
そんな咲夜に、レミリアは心底不思議そうに問いかける。
これには咲夜の方が面食らったようだった。
「いえ、ですから……」
言葉を探して悩む咲夜に、レミリアは語る。
「どうにもこうにもね、あれがパチェの個性よ。
でなければ、このレミリア・スカーレットが友人になることもなかったでしょうね」
「薬の服用が個性ですか?」
「まさか。その程度の魔女なんてごまんといるわ。
重要なのはね咲夜、パチェが何のために注射なんかしてるか、というところよ」
薬の魅力に取りつかれて、依存症に苦しむ魔女なんて何人も見てきたのだろう。
そしてその魔女たちとパチュリーの間には違いがあるのだという。
咲夜は少しばかり考えて、結局何も言わずにレミリアの話を聞くことにした。
「パチェにとって重要なのは、快楽なんかじゃないの。
頭がすっきりして、本の内容がよくわかるようになる。
もっと言えば、知識を得るための手助けになる、ということが重要なのよ」
レミリアの言葉は、咲夜には少々意外だったようだ。
「ですが……知識のためとはいえ、身体によくないのでは」
そんな咲夜の言葉を、レミリアは一笑に付した。
「そんなことを気にするようなパチェじゃないわ。
吸血鬼の住んでいる館にやってきて、『ちょっと書斎を見せなさい』なんてのたまうようなやつよ」
「それは初耳ですね」
「だからこそ私はパチェの友達なのよ。
パチェの中じゃ、命なんかよりも知識の方がずっと大事なの。
生き物としては狂ってるけど、私の友人としてはまったくもって正常ね」
ここに至ってようやく咲夜の中で納得がいったのだろう。
なるほど、と頷いていた。
「ま、パチェがこの調子ならしばらく相手は無理だろうし。
もう一眠りするわ。食事の時に起こしなさい」
書斎のある方を一瞥してレミリアは自室へと戻っていく。
咲夜は礼でもって主を見送りながら、先ほどの言葉に自分自身を当てはめていた。
人間としては狂っているけれども、レミリアの部下、紅魔館のメイド長としてはまったくもって正常。
こう言われると、全てのことが当てはまるような気がして、それでも納得してしまうメイド長なのだった。
夜中や他の興奮中の状態と同じく、思考に変化がでちゅうから、正常に知識を得られているかどうか
まあ、パチュリーがそれでも問題無いとしてから使用しだしたなら、問題は無いな
脳内物質を操作出来るようになった方が便利な気も・・・
まあ大丈夫ならいいけどね。
薬物ネタを書くなら注意書きをするのを推奨します。