里長からの依頼で妖怪を退治した霊夢。
謝礼の米袋を担いで意気揚々と帰る中、ふと強い視線を感じて来た道を振り返った。
見ると、30代前後であろうか。流れるような黒髪を背中で縛った、どこか既視感のある美しい女性がたたずんでいた。
「何か用?」
物怖じしない霊夢は問いかける。基本的に年上の人間には言葉遣いを改めるが、この時は何故だか必要ない気がしたのだ。
霊夢に問われ、その女性が口を開きかける。丁度その時、女性の後ろから十にも満たないような少女が顔を覗かせた。
「なっ!」
さすがの霊夢も驚きの声を上げる。その少女の容姿は、数年前の自分――霊夢自身のものと酷似していたからだ。
一歩、二歩。無意識のうちに足を踏み出す霊夢。そんな彼女を押し留めるように、その女性は口を開いた。
「霊夢」
決して大きくはないが、不思議と心に染み渡る声。その自分への呼びかけを聞いた途端、自然と霊夢の足は止まった。
女性は混乱する霊夢にしばらくいたわるような視線を向けていたが、それを振り切るかのように鋭い声を発した。
「紫に気をつけなさい」
「え?」
思わず戸惑いが口をつく。しかし女性は少女の手を取ると、もはや霊夢をかえりみることなくその場を立ち去って行った。
---------------
数日後、博麗神社。
霊夢が居間でぼんやりとお茶をすすっていると、空間が突如として口を開け、中から一人の女性が姿を現した。
言わずと知れた隙間妖怪、八雲紫その人である。
「はぁ~い、霊夢。お元気……って、どうしたの?」
常であれば面倒くさそうに自分を一瞥するだけの霊夢の表情が、緊張で強張っていた。
その原因が自分にあると気づいた紫は、扇を取り出すとぺちぺちと霊夢の肩を叩いた。
「霊夢にそんな顔は似合わないわよ。いつもみたいに『賽銭~、もっと賽銭~』って叫ばないと」
紫のからかうような様子にも表情を変えることなく、霊夢は言った。
「紫、あんたに話があるの」
「なるほど。で、霊夢はどう思うの?」
神社への帰路に出会った親子。自分に似ていた少女。そして見覚えのある姿の女性。
その女性の発した最後の言葉「以外」を紫に話した霊夢は、自信なさげに自分の推測を口にした。
「私の……母親なんじゃないかと思うの」
言って霊夢は、我ながら他人行儀な呼び方だと思った。普通なら『お母さん』と呼ぶだろう。
しかし物心つく前から親の居なかった霊夢には、その呼称を使う馴染みがなかった。
「あら。ならもう一人は誰だと思うの?」
「……妹?」
扇で顔半分を隠した紫に、疑問系で返す霊夢。
もしあの少女が妹だとしたら、父親もまだ生きている可能性が高い。
紫からは何の説明もなく、そして聞いても答えはぐらかされるだけであり、いつしかもう死んだものだと諦めかけていた肉親への想い。
それが先日の邂逅により、再び霊夢の中で息吹を取り戻したのだった。
「……そろそろ頃合かしらね」
お互い見つめあうこと数分間。先に目をそらせたのは紫だった。
手にした扇をぱちんと畳み、一つ息をつくと最後通告とばかりに厳かな声を上げた。
「霊夢はその二人の正体を知りたいのね?」
「ええ」
「知って後悔はしない?」
「もちろん」
対する霊夢は即答だ。
何しろ今まで最悪の可能性はいくつも考えてきたのだ。
例え自分が捨てられたのだとしても、はたまたお金で売られたにしても。
一時的なショックは受けるだろうが、それを乗り越える自信はあった。
それより今はただ、真実だけが知りたかった。
「……そう。意思は固いようね。わかったわ、霊夢。あなたの疑問に答える。
霊夢、あなたが会ったその二人は――あなたの母親と妹ですわ」
ああやっぱり。
女性に感じるものがあったのも、少女が自分に似ていたのも、血を分けた肉親だったからだ。
となると次に疑問につくのは、なぜ自分が一人、ここにいるのか。
霊夢にはそれがどんな答えだろうが耐える準備はできていた。いや、できているはずであった。が、
「そして霊夢の父親はこの私、八雲紫」
そのあまりにも予想外の紫の言葉に、霊夢の頭は真っ白になった。
は? 何を言ってるんだこの年増は。間違えて脳内に隙間でも作ったのか?
呆然とする霊夢をよそに、紫は今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように言葉を重ねた。
「考えてみれば当然でしょう?
だれが手塩にかけて育てた娘をどこの馬の骨ともわからない輩にくれてやるものですか!
初めてのお風呂も、初めての手料理も、初めての接吻も、そして当然初めての○○○も。
娘との初めては全て親である私が受け取るのが当然なんですから!
……あら、霊夢。どうしたのポカンと口を開けて。折角の私似の美貌が台無しよ。
あ、わかった。女同士でどうやって子供を作るのかを疑問に感じているのね。
そんなの性別の境界をちょいちょいと弄れば一発ですわ。あら、やだ。私とした事が一発だなんて。はしたない」
再度取り出した扇で薄紅色に染まった頬を隠す紫。
しかしそんな胡散臭い照れ隠しなど霊夢の目に入るはずも無い。
「え、ちょっと待って。今の話だと紫の娘が私の母親って事にならない?
という事は、ひょっとして……」
「そう、霊夢の考えている通り。
あなたの祖父もこの私、八雲紫であり、代々の博麗の夫は全てこの私、八雲紫ですわ」
霊夢にはもう紫が何を言ってるかわからなかった。いや、正確には理解したくなかった。
「あ、そうそう。霊夢の母親はあなたを生んで霊力を失ったから別の場所に移ってもらいましたわ。
霊力が無いのにこの神社に居たら危険でしょう? 大丈夫。里近くの結界で何不自由なく暮らしてもらってますから。
あの時は急に暴れ出した妖怪のせいで少し結界が緩んでいたけれど。
それで霊夢。あなたも引退したくなったらいつでも私が……って、霊夢? 顔が真っ」
---------------
翌日、博麗神社の境内。
霊夢は「何か納得できない」といった面持ちで箒の柄の上で頬杖をかいていた。
「うーん。私、あんたに何か聞きたいことがあったのよねー。
それが何か知らない?」
霊夢の問いに答えるように空間が歪み、隙間から紫が姿を現した。
「あら、霊夢が覚えてないことを私が知っているはずありませんわ」
「あんたなら何でも知ってそうだけど」
「それは買いかぶりですわ」
優雅に微笑む紫を半眼で睨む霊夢。
「なーんか喉元まで出かかってる感じで気持ち悪いのよねぇ」
「覚えてない、ということはどうでも良かったのよ。きっと。
それより里で羊羹買ってきたのだけど、一緒にどう?」
「紫にしては気がきくじゃない。じゃ、お茶入れてくるから中に入って待ってて」
箒と羊羹の包みを抱えてゆっくりと社務所へと戻る霊夢。
紫はそんな霊夢を見て、うっすらと目を細めるのだった。
謝礼の米袋を担いで意気揚々と帰る中、ふと強い視線を感じて来た道を振り返った。
見ると、30代前後であろうか。流れるような黒髪を背中で縛った、どこか既視感のある美しい女性がたたずんでいた。
「何か用?」
物怖じしない霊夢は問いかける。基本的に年上の人間には言葉遣いを改めるが、この時は何故だか必要ない気がしたのだ。
霊夢に問われ、その女性が口を開きかける。丁度その時、女性の後ろから十にも満たないような少女が顔を覗かせた。
「なっ!」
さすがの霊夢も驚きの声を上げる。その少女の容姿は、数年前の自分――霊夢自身のものと酷似していたからだ。
一歩、二歩。無意識のうちに足を踏み出す霊夢。そんな彼女を押し留めるように、その女性は口を開いた。
「霊夢」
決して大きくはないが、不思議と心に染み渡る声。その自分への呼びかけを聞いた途端、自然と霊夢の足は止まった。
女性は混乱する霊夢にしばらくいたわるような視線を向けていたが、それを振り切るかのように鋭い声を発した。
「紫に気をつけなさい」
「え?」
思わず戸惑いが口をつく。しかし女性は少女の手を取ると、もはや霊夢をかえりみることなくその場を立ち去って行った。
---------------
数日後、博麗神社。
霊夢が居間でぼんやりとお茶をすすっていると、空間が突如として口を開け、中から一人の女性が姿を現した。
言わずと知れた隙間妖怪、八雲紫その人である。
「はぁ~い、霊夢。お元気……って、どうしたの?」
常であれば面倒くさそうに自分を一瞥するだけの霊夢の表情が、緊張で強張っていた。
その原因が自分にあると気づいた紫は、扇を取り出すとぺちぺちと霊夢の肩を叩いた。
「霊夢にそんな顔は似合わないわよ。いつもみたいに『賽銭~、もっと賽銭~』って叫ばないと」
紫のからかうような様子にも表情を変えることなく、霊夢は言った。
「紫、あんたに話があるの」
「なるほど。で、霊夢はどう思うの?」
神社への帰路に出会った親子。自分に似ていた少女。そして見覚えのある姿の女性。
その女性の発した最後の言葉「以外」を紫に話した霊夢は、自信なさげに自分の推測を口にした。
「私の……母親なんじゃないかと思うの」
言って霊夢は、我ながら他人行儀な呼び方だと思った。普通なら『お母さん』と呼ぶだろう。
しかし物心つく前から親の居なかった霊夢には、その呼称を使う馴染みがなかった。
「あら。ならもう一人は誰だと思うの?」
「……妹?」
扇で顔半分を隠した紫に、疑問系で返す霊夢。
もしあの少女が妹だとしたら、父親もまだ生きている可能性が高い。
紫からは何の説明もなく、そして聞いても答えはぐらかされるだけであり、いつしかもう死んだものだと諦めかけていた肉親への想い。
それが先日の邂逅により、再び霊夢の中で息吹を取り戻したのだった。
「……そろそろ頃合かしらね」
お互い見つめあうこと数分間。先に目をそらせたのは紫だった。
手にした扇をぱちんと畳み、一つ息をつくと最後通告とばかりに厳かな声を上げた。
「霊夢はその二人の正体を知りたいのね?」
「ええ」
「知って後悔はしない?」
「もちろん」
対する霊夢は即答だ。
何しろ今まで最悪の可能性はいくつも考えてきたのだ。
例え自分が捨てられたのだとしても、はたまたお金で売られたにしても。
一時的なショックは受けるだろうが、それを乗り越える自信はあった。
それより今はただ、真実だけが知りたかった。
「……そう。意思は固いようね。わかったわ、霊夢。あなたの疑問に答える。
霊夢、あなたが会ったその二人は――あなたの母親と妹ですわ」
ああやっぱり。
女性に感じるものがあったのも、少女が自分に似ていたのも、血を分けた肉親だったからだ。
となると次に疑問につくのは、なぜ自分が一人、ここにいるのか。
霊夢にはそれがどんな答えだろうが耐える準備はできていた。いや、できているはずであった。が、
「そして霊夢の父親はこの私、八雲紫」
そのあまりにも予想外の紫の言葉に、霊夢の頭は真っ白になった。
は? 何を言ってるんだこの年増は。間違えて脳内に隙間でも作ったのか?
呆然とする霊夢をよそに、紫は今まで溜まっていた鬱憤を吐き出すかのように言葉を重ねた。
「考えてみれば当然でしょう?
だれが手塩にかけて育てた娘をどこの馬の骨ともわからない輩にくれてやるものですか!
初めてのお風呂も、初めての手料理も、初めての接吻も、そして当然初めての○○○も。
娘との初めては全て親である私が受け取るのが当然なんですから!
……あら、霊夢。どうしたのポカンと口を開けて。折角の私似の美貌が台無しよ。
あ、わかった。女同士でどうやって子供を作るのかを疑問に感じているのね。
そんなの性別の境界をちょいちょいと弄れば一発ですわ。あら、やだ。私とした事が一発だなんて。はしたない」
再度取り出した扇で薄紅色に染まった頬を隠す紫。
しかしそんな胡散臭い照れ隠しなど霊夢の目に入るはずも無い。
「え、ちょっと待って。今の話だと紫の娘が私の母親って事にならない?
という事は、ひょっとして……」
「そう、霊夢の考えている通り。
あなたの祖父もこの私、八雲紫であり、代々の博麗の夫は全てこの私、八雲紫ですわ」
霊夢にはもう紫が何を言ってるかわからなかった。いや、正確には理解したくなかった。
「あ、そうそう。霊夢の母親はあなたを生んで霊力を失ったから別の場所に移ってもらいましたわ。
霊力が無いのにこの神社に居たら危険でしょう? 大丈夫。里近くの結界で何不自由なく暮らしてもらってますから。
あの時は急に暴れ出した妖怪のせいで少し結界が緩んでいたけれど。
それで霊夢。あなたも引退したくなったらいつでも私が……って、霊夢? 顔が真っ」
---------------
翌日、博麗神社の境内。
霊夢は「何か納得できない」といった面持ちで箒の柄の上で頬杖をかいていた。
「うーん。私、あんたに何か聞きたいことがあったのよねー。
それが何か知らない?」
霊夢の問いに答えるように空間が歪み、隙間から紫が姿を現した。
「あら、霊夢が覚えてないことを私が知っているはずありませんわ」
「あんたなら何でも知ってそうだけど」
「それは買いかぶりですわ」
優雅に微笑む紫を半眼で睨む霊夢。
「なーんか喉元まで出かかってる感じで気持ち悪いのよねぇ」
「覚えてない、ということはどうでも良かったのよ。きっと。
それより里で羊羹買ってきたのだけど、一緒にどう?」
「紫にしては気がきくじゃない。じゃ、お茶入れてくるから中に入って待ってて」
箒と羊羹の包みを抱えてゆっくりと社務所へと戻る霊夢。
紫はそんな霊夢を見て、うっすらと目を細めるのだった。
あのゆかりんならヤリかねんと‥。
まったくの個人的な感想ですが、もう少し長めにして、
シリアスか、コメディか、ホラー(紫さま、ごめんなさい)か、
何れかへの傾斜を強めた方が内容のインパクトが生きてくるように思います。
生意気を言ってすみません。
アイデア字体は悪くないので、もっと溜めて溜めてネタばらししたほうが面白くなると感じました。