残り火のような日差しが、大地を雪のように白く染めていた。
暑く眩い時期は取りたてた異変もなく過ぎ去り、秋の彼岸を迎えようとしている。蝉の声も、聞き納めとなるだろう。
幻想の和が保たれている中、僕は久々に店内の道具整理に励む事にした。
いつも当たり前のように季節は巡り、当たり前の如く我々はそれに合わせて生活を続ける。そうした中、出掛けもせず閉じこもっていてばかりでは、道具と一緒に頭にカビが生えるんじゃないか、と言われた事がある。
だが、普段こうして何気なくしている事でも、その起源を知っては人は驚きを見出せるものだ。
習慣づいた事柄でも、それには必ず意味があり、なにかしらの思惑が働いている。思考とはそれを探す手近な旅である。真に未知の驚きとは、普段の生活にこそ多く埋もれているものであり、それを認識することによって世界はがらりと変わるだろう。それは常に新しく自分で在り続けようとする精神の在り方である。こんな時期でも、僕は考え事を続けながら新鮮な自己の有様を心がけたい。
「そういえば香霖」
僕が棚の整理をしているところに、売り物の壷に腰掛けて暇を潰していた魔理沙から声が掛かった。
「なんで妖怪は、私みたいな女の子が多いんだ?」
首をかしげる彼女の手元には、最近、里の名士が編纂した本がある。そこにはわかりやすい解説文と共に、現代の多くの妖怪や英雄の姿絵が描かれていた。
そういえばそれに載っているのは、ほとんど少女の姿をしている。違うのは僕ぐらいなものだ。
女だらけの中に男を一人だけ混ぜている事や、店の紹介の文にどことなく悪意を感じるが……まあ、タダで貰ったものだし、とやかくは言うまい。
僕は少し思考すると、また棚を整理する作業に移った。魔理沙の質問はそれほど大したものでもない。妖怪が少女の姿を象っている理由など僕にはわかりきっていた。
「それは『妖怪』の文字を読んでその如くだよ。これで、わか──」
「わからんな。わからないからさっさと教えてくれ」
「……即答するのは考える気がないからかい。それにそれは人に教えを請う態度じゃないな」
「じゃあ、夜にサービスしてやるから」
魔理沙は「なにか作ってやるぜ」と言っているが……これは僕の家のものを使う気満々のようだ。あまり良い取引とは言えない。
しかしこれで答えないとずっと横から皮肉や文句の嵐になると予想される。これ以上仕事の邪魔をされてはかなわない。僕は溜息をついてから、話を始めた。
「名は体を表す。妖怪もその典型だ。まず妖の文字の『夭』。これは人の字が手に押さえつけられているように見えるだろう。これは人が頭を押さえられた様を象っており、そうしたことをされる弱々しい存在……つまり幼子を示す。これに女の字を付けると、そのまま妖を現す言葉になる。つまり少女を指しているんだよ」
「へぇ。そのまんまなのか。でもそもそもなんで、女の子が妖怪になるんだよ?」
「……売り物なんだから壺をガタガタ揺らさないでくれ。ちゃんと順番に説明するから大人しく聞きなさい。──少女は陰の気を吸って精神的に成長しやすい。また、まだ幼く無垢……空のような心の有様から、様々な神を宿しやすい。早くから妙に大人びてしまったり、気が不安定になりがちなのもこのためだ。箸が転がるのも可笑しいお年頃って聞いたことあるだろう?」
「一応な。私は箸ぐらいじゃ笑わないが」
そう言って魔理沙はそこらにあった小物を転がしてケラケラ笑った。……からかわれている様なので、あえて無視する。
「古来、それが“怪しいもの”として、周囲から見られがちだったんだ。体に神を秘め、奇妙な行動をとりやすい少女。それ故に人柱、また襲いやすい対象として選ばれる事が多く、命を落す事も少なくはなかった」
こうして早くから人から乖離してしまった少女という存在は、他より人外に成りやすかったのだ。素質的にも、その死に様からしても才能は充分である。
「怪しき少女が命を落とし、人から転じて化け生きてしまう。それが最も多かった時代……化生が妖怪と表されるようになったのはこの頃からだ。だから妖怪が少女の姿を象っていても、それは極々自然な事なんだよ」
「ふーむ。つまり霊夢は有力な妖怪候補って事だな。神社に妖怪達がうろつく理由がわかったぜ。……しかし、その全部が全部、今の妖怪ってわけじゃないだろ? むしろそういうのは少ないんじゃないか? 見た目が酷い奴も居るし、この前見た化け傘だって女の子の姿だったぜ。ありゃ正体は単なるボロ傘だろうに」
魔理沙の指摘は最もである。正確には妖怪の種類は大きく二つに分けられていて『妖の怪』と『物の怪』がありその由来も意味も大きく異なるが──説明が長くなるし、今回はあまり関係ないので割愛して、姿の事だけに留める。
「勿論、それにもちゃんとした理由があるよ。物理的な男性より、精神的な女性……陰の属性を持っている方が、強い妖怪になりやすいのはわかるだろう。妖怪とは、精神に大きく力を左右される存在だからね。そして過去に少女から妖怪に成って、今も生き続けている者は……間違いなく強い。これは妖怪の強さの基準である長命をも象徴している姿だ。──だから元々少女でなかった者でも、この姿になれば周りの者からは強者として見られる」
「はぁ? つまり、そこらの妖怪が、強そうな妖怪の真似しているだけっていうのか?」
「その通りだよ。化生の名前の通り、弱い妖怪は、強い妖怪の姿に真似(ばけ)て生きる。これは妖怪社会では当たり前の事なんだ」
強い種族の妖怪の姿が多種多様に及ぶのもこの為である。鬼や天狗がいい例だろう。
弱者がこぞって強者を模す事は、その種族全体の力を底上げにも繋がるので元の妖怪にとっても良いことずくめだ。
「これは組織力と言い換えても良い。集団の名を借りる人間と同じだよ」
強者を真似る事……これはつまりハッタリの様なものだが、妖怪は精神的存在なので、ハッタリでも強そうだと見られれば、それはそのまま己の力となる。だから妖怪は人を脅かし、自分を強く見せたがる。人の体を食べたり、驚かしてその心を食べたりするのもその一環だ。彼等は恐れられれば恐れられるほど強くなれるのである。
「これの効率を重視して、おどろおどろしく恐怖を煽る姿を目指す者もいる。……そうだな、どちらかと言うと昔はこちらの方が多かった」
「ふむ。でもそういうのがふらふら出歩いているのは、今はあまり見かけないな」
「まあね。これも時代の流れというやつだろう。現在の幻想郷では少女の姿のほうが人気がある。これは強いと言われる妖怪のほとんどが、その姿をしている為だ。だからこちらの方がハッタリも効くだろう?」
本で鬼や天狗の項目を開いてみる。どちらも紛う事無き少女である。ふむ、となると……見た事はないが、最強と名高い鬼や天狗の頭領も、もしかすると見た目は少女なのだろうか? うちが新聞をとっているこの天狗や、この前見た下っ端の天狗もそうであったし、皆が頭領の姿を見習っている可能性がある。
「まてよ、それだとそもそも強い妖怪達が何故少女の姿ばっかりなのかがわからないぜ」
「そうだな……これに関しては推測だが、おそらく『妖怪』の名そのものにあやかっているのと、一見弱々しい子供の姿をとっておきながら、凄まじい力を見せつければ──その方が人間が驚くし、恐怖する事を知っているからだろう。魔理沙も異変解決の専門家ならば、心当たりはあるんじゃないか?」
「ふむぅ。確かにあんな見かけでも酷い弾を撃つよな。要するにあいつ等は、見た目でも人を騙す陰険で凶悪な奴らなんだ。酷いもんだぜ」
「君や霊夢も大差ないと思うがね。……まあ、それだけという訳でもない。普段は温厚に接することで、人間とも積極的にコミュニケーションを取ろうとする意志の現れかもしれない。使う道具も共有できるし、日常生活にも支障は無いからね」
これは気がついてみると、とても素晴らしい事だった。妖怪は人間の道具を購入したがっている……つまり僕にとって大事なお客さんとなる。
この両方の長所をもって、少女の姿を選んでいるとなると、成程、賢者にふさわしい選択だな、と──特に後者に関して僕はそう思えた。
幻想郷という狭い土地では、妖怪と人間が共存している。だから妖怪の少女姿も自然な成り行きなのだろう。
また、単に妖怪の言葉ができた時代から生きているのだと考える事も出来る。あの八雲紫などはその典型に見えるが……果たして。
────カランカラ……ッ
「ねぇ、魔理沙はいる? ──いたわね。ちょっと今夜の宴会の事だけど……」
「おぅ。霊夢か。どうやらおまいさんは妖怪になる素質充分のようだな」
「? 何を言ってるのよ。あ、霖之助さん。お茶貰うわね」
そう言って勝手にお勝手に向かった霊夢が、お茶をお盆にのせて戻ってきた。
「今日は来る人数が多いから、ちゃんと打ち合わせしないと──魔理沙、ちゃんと手伝ってよね」
「へいよぉ」
「ちょっと待ってくれ。まさかここで相談するつもりかい?」
「そりゃそうよ。だってわざわざ神社に戻って相談するのも、此処でするのも一緒じゃない」
「……うちは井戸端会議の現場じゃないんだが」
「お客の来ないお店なんかより、井戸の方が役立つじゃない。それにこれなら立ち話でもないわ……よいしょっ、と」
「別に香霖の仕事の邪魔はしやしないさ。こっちはこっちで勝手にやるから気にしないでくれ」
いや、仮にもまだ営業中なのだ。そんな長々しくなりそうな相談事を店のど真ん中で始められたらたまったものじゃない……が、何を言っても、当の本人達は平気の平左と言った具合の面の厚さである。僕は配られたお茶を一口含みながら、その渋みに顔をしかめた。
「今夜はお酒の量が問題なのよ。神社のはちょっと切れかかってるし、だからある程度持参させないと……」
「これからいちいち伝言して回るのか。うへぇ、面倒くさいなぁ」
「いつも宴会で食っちゃ寝ばかりしているんだから、その位して貰わないと困るわよ。じゃないと、その内に化けるわよ」
「牛にはならんぜ」
二人は宴会の打ち合わせを続けている。すっかり蚊帳の外に置かれた僕はお茶を机に置くと、また棚の整理へと戻った。
「だからぁ、今日は焼酎なんかじゃなくてもっと……」
「いや、ここはきついのを一発お見舞いしてばたばた倒れさせてだな……」
宴会に出す酒の種類の事で、茶端会議は難航しているようだった。
二人が話しているのを聞いて、ふと考え事が浮かんだ。まだ少女である二人がいつも多くの酒を飲む理由についてだ。
人間は幼い頃から酒を飲み続けると、空の心体の部分に神が埋まっていき、成長が止まる。これは一見はデメリットに見えるかも知れないが、職業によってはその限りではない。
巫女である霊夢は、神を宿しやすい少女の状態を保っておく必要があるし、魔法使いをやっている魔理沙などは酒によるトランス状態によって魔力を多く引き出したり、新しい魔法を創造する事が出来る。もちろん、これは発想豊かな少女の時が望ましい。魔理沙が五大元素に当てはまらない奇抜な星の魔法を編み出せたのが、その顕著な結果だろう。
僕が彼女達の飲酒をそれ程とやかく言わないのは、そういった理由を知っているからだ。……まあ、それでも少し飲み過ぎだとは思うが。
ちなみに普通はデメリットにしかならないので、子供が飲んだら怒られるのは当たり前だ。
「……ねぇ、霖之助さんもそう思わない?」
急に話題を振られて、思考から覚める。
「なんだい? いきなり言われても話が掴めないな」
「香霖は鬼みたいに常に酔っ払っているんだな。ぼんやりし過ぎだぜ」
「うちに居候している鬼がちょっと飲みすぎなのよ。あと取材とか言って押しかけてくる天狗も。──あれはいくら何でも飲みすぎよねぇ」
どうやら宴会にくる酒豪の妖怪達についての文句のようだった。……そんな事を僕に言われても困るのだが。
「にしても、なんであいつ等あんなに飲むんだろうな?」
これ以上会議が長引くのは勘弁して欲しいので、一応答えておくか。
「それは、彼等が『妖怪』だからさ」
「なぬ?」
「霖之助さんにはわかるの?」
僕は先程魔理沙に話した事と、思考したことを前置きに話した。
「……妖怪も魔法をつかったり、神様と仲良くするためなのか?」
「そりゃなにかしら酒で解決している節もあるけど……それだと最初の妖怪“だから”って意味がわからないわ。やっぱり人間とは違うの?」
「ああ、妖怪の場合は、酒を飲む意味合いが少し異なるんだ。酒を飲むと当然、酔う。酔う(ヨウ)──これは妖怪の妖(ヨウ)や幼いの幼(ヨウ)と語が重なっているのがわかるだろう? この事から少女の姿を保つのに有効なんだ。それに、酒は飲むと心が奪われる。その時の行動は『奇し(くし)』『怪し(けし)』を現している。これまた妖怪の『怪』を意味するものとして大変縁起がよい」
「つまり縁起担ぎなの?」
「ああ。そして名前とはそのまま力とも成る。人気のある土地や人物の名前にちなんで商品の売り上げを伸ばすという風習があるだろう? それと同じさ。久志能加美、久斯榊(クシの神)──が酒の神様と云われるのもこの為だよ。この神様は酒を表す『奇し』の名の力を借りて、酒を嗜む者達の信仰を集めているからね」
そもそも名とは神々の力であり、それを神自身が利用するのは当然の事だ。また賢き妖怪達も、その力の利用法を知っている。
「妖怪も自身の名にあやかるものを取り入れることによって、存在を強化し、力を得る。つまり妖怪にとって酒とは、人をわざわざ襲わなくても済む、手軽な栄養源なんだよ」
今はその殆どが地底に住み、人間を襲わなくなっている鬼達が常に酒を飲み続けているのもこれが大きな理由だ。その強大な力は、酒の力によって未だ維持され続けているに違いない。
「また飲むと晴れ晴れするため酒は『栄え水』とも呼ばれる。これはそのまま力を増す意味合いを持つね」
これは妖怪と人間のどちらにも作用する効果だ。一般的に酒を飲むのはこれが為である。
人妖である僕は、妖怪という意味でも酒の恩恵を受けられるため、当然好んでいる。自分の『妖』の部分を強化して、常に明瞭な若い思考を保ち続けるのだ。
「へぇ、妖怪が飲むお酒ってそんな意味があったのねぇ……じゃあ、あれも食事の一環って事かしら」
「つまり栄養ドリンクなのか。だから夜中にばっか起きているんだなアレらは」
酒という、二人にとって身近で興味ある話だったためか、今回のこれは好感触だったようだ。普段もこのくらい熱心に聴いて欲しい。
「これで話も済んだだろう。そろそろ出て行ってくれないか」
「いや、これから本題のおつまみの話だぜ」
「お酒の種類に合わせなきゃ美味しくないものね。せっかくだから名前の縁起も担ぎましょ!」
「いいな。これは選評に熱が入るぜ。天狗や鬼の名にちなんだやつなら奴らを酔い潰せるかもしれぬ。──ああ、酒はやはり“鬼殺し”とかどうだ?」
紅葉のように陽がゆるやかに落ちていく中、少女達は酒と妖とその名の力について語り始めた。身近なところから驚きを得て、世界を創り変えた事に二人は興奮を隠せない様子だ。おそらく二人の選評会は、宴会の準備時間ぎりぎりまで続けられる事だろう。
……僕は余計な知識を吹き込んだけかもしれない。
まあ、あとは神主の(ry
>奇抜な星の魔法を編み出せたのが、その謙虚な結果だろう
謙虚じゃなくて、顕著?この誤字がちょっともったいなかった感じです。
気になって少し語源とか調べてみたけど、夭の字とか酒とかは正にそれですね。
香霖堂らしい言葉遊びが面白かったです。
霖之助らしくて、面白かったです。
一度やろうとしたけどそれっぽくならねぇ。
こういう蘊蓄好きな私は100点入れる以外の選択肢は無かったり。
ごちそうさまです。
幻想郷に少女がたくさんいる理由と酒ばっか飲んでいる理由について真面目に語っている話は初めて読みました。
とても面白かったです。
ところで彼の言っていることは本当なんですか?
着眼点もさることながら、内容・長さともにちょうどいい塩梅でした。
実に面白かったです。
神主かと思った。
大変興味深く、楽しい作品でした。
最近は霖之助のssが増えてきて嬉しい限りww
後は原作が…春が来てくれれば…っ!
この香霖はいいものだ
酒を飲むと体に悪いというのはそういう解釈もできるのか…
作品内からも説明できる理由が考えられるのはいいですね
少女大天狗の発想は無かった
平気のひらさ→平気の平左