ナイフが飛んでくるかそれとも罵声か冷たい目線か、おなじみのどれも持たずに咲夜は美鈴の隣に腰をおろした。
「……お仕事どうかなさったのでしょうかメイド長どの?」
「とりあえず変な敬語やめて頂戴」
とすん、と地面に腰を下ろしている姿は不思議なことなどないのに妙な違和感があった。スカートに土がついて汚れないか美鈴は気になった。
「お嬢様からお暇をもらったの」
「やめちゃうんですかっ!?」
「違う違う、ちょっとまとまった休日をね」
そう手を振ってから言って、咲夜は美鈴から視線をずらした。足もとの草をつまんで、ぷちりと千切って風邪に乗せて飛ばしている。
何か言いたい事があるから来たくらいは美鈴にもわかったが、説教でも愚痴でもないらしい。
「びっくりしたぁ」
「ほら、ここ来て長いじゃない。だからたまには休んできなさいって」
でもやる事思いつかなくて。そう言いながら、うーん、と伸びをしながら咲夜は空を見上げている。
さらさらと顔を撫でていく風が、咲夜の髪も揺らしている。そういえば彼女の髪が揺れるのも久々に見たなぁとぼんやり美鈴は思った。
「ねぇ咲夜さん」
「何かしら」
「暇ならどっか行きません?」
「誰と?」
「私と」
「いやよ」
あんまりに軽く言われてしまったので、美鈴は表情は変えないままあわてて次の言葉を探す。
「じゃあ美鈴はどう?私とどこかいくの」
「確かにちょっと嫌ですねー」
「そうでしょ」
実際は全然そんなことはなかった。心にもない事を言えば、咲夜は僅かに残念そうな表情を浮かべた。
ざまあみろ。どんなに完全だろうが瀟洒だろうが、何でもあなたの思うようになるはずなんてないんだ、と変な満足感を美鈴は覚える。
「咲夜さん」
座ったまま抱きしめた体は細くて、このまま腕に力を入れたらぐにゃりと折れてしまいそうだった。咲夜は体の力を抜いて寄りかかってくる。恐る恐る壊さないように、美鈴は抱きしめた。
「見かけ、なんでもうずっと変わらないんですか?」
「体の周りの時間と空間をいじってるの。まあ、若作りと言えば若作りね」
「あと、何年くらい持つんですか」
返答はなく、ただ咲夜の笑った気配がした。答える気はないらしい。
泣こうが怒ろうが声を上げようが、腕の中の人間一人どうする事も出来ない。今この時になって美鈴は思い知った気がした。ずっと昔から諦めようとしていた筈なのに、美鈴は何十年か何百年か振りに自分は無力だと思った。
「やっぱり、もう決めてるんですか」
「ええ、何度も考えはしたし、お嬢様も色々仰ってはくれたんだけど」
目を細めてにっこりと笑う咲夜はいつも通り完全な美しさがあった。儚いから美しいのかもしれないと、今初めて美鈴は思った。
「私は、変わらないわ」
そうですか、と美鈴は息のような声で言った。腕の中の体はつくりものみたいに何の匂いもしなかった。
こんな人の前で泣いたって何にも変わらないのに、美鈴の視界は滲んで仕方がなかった。涙をぬぐいたいのだが、両の手は咲夜を抱きしめるのに使っているのでみっともない事に垂れ流しだ。
「ねェ咲夜さん」
「はい?」
「私は、咲夜さんがいるところに行きたかったです」
ため息をつくように咲夜が笑う。腕の中の体が息を吐いて少しだけ小さくなった。
こんなふうにぴったりとくっついてもどうしたって同じにはなれないから、代わりに触ってみたり撫でてみたりしている。なれないとわかっているのに、忘れたふりをして何度だって繰り返してきた。
「ごめんなさいね」
ぽそりと吐き出された言葉に思わず顔を見れば、美鈴よりも咲夜の方が驚いた顔をしていた。えへへ、と気の抜けた笑い顔を作って美鈴は咲夜の頭を乱暴に撫でた。
「咲夜さんが謝る事じゃないですよ」
そうね、と咲夜が小さくうなずく。
「でも、あなたが泣く必要もないわ」
咲夜の白い手が美鈴の両目の涙をぬぐった。とても強いけど、とても脆くて何十年したら朽ちてしまう人間の手。皆が愛して、皆を愛してくれていた手。
「なんか、今一つだけ思い出しました」
「え?」
「咲夜さん、ここ来たのもこんな日でした」
そうだったかしら、と笑う彼女に、そうですよ、と返して美鈴は無理やり涙を止めて笑い顔を作った。
選ばれなかっただなんて、自分や紅魔館の為に人を捨てては貰えなかっただなんて、そんな傲慢なことは考えていない。
ただ初めて会った何十年前から、この人を好きになった時から、ずっと繋がった一本道だったのだと思うことしか自分には許されない。
「……お仕事どうかなさったのでしょうかメイド長どの?」
「とりあえず変な敬語やめて頂戴」
とすん、と地面に腰を下ろしている姿は不思議なことなどないのに妙な違和感があった。スカートに土がついて汚れないか美鈴は気になった。
「お嬢様からお暇をもらったの」
「やめちゃうんですかっ!?」
「違う違う、ちょっとまとまった休日をね」
そう手を振ってから言って、咲夜は美鈴から視線をずらした。足もとの草をつまんで、ぷちりと千切って風邪に乗せて飛ばしている。
何か言いたい事があるから来たくらいは美鈴にもわかったが、説教でも愚痴でもないらしい。
「びっくりしたぁ」
「ほら、ここ来て長いじゃない。だからたまには休んできなさいって」
でもやる事思いつかなくて。そう言いながら、うーん、と伸びをしながら咲夜は空を見上げている。
さらさらと顔を撫でていく風が、咲夜の髪も揺らしている。そういえば彼女の髪が揺れるのも久々に見たなぁとぼんやり美鈴は思った。
「ねぇ咲夜さん」
「何かしら」
「暇ならどっか行きません?」
「誰と?」
「私と」
「いやよ」
あんまりに軽く言われてしまったので、美鈴は表情は変えないままあわてて次の言葉を探す。
「じゃあ美鈴はどう?私とどこかいくの」
「確かにちょっと嫌ですねー」
「そうでしょ」
実際は全然そんなことはなかった。心にもない事を言えば、咲夜は僅かに残念そうな表情を浮かべた。
ざまあみろ。どんなに完全だろうが瀟洒だろうが、何でもあなたの思うようになるはずなんてないんだ、と変な満足感を美鈴は覚える。
「咲夜さん」
座ったまま抱きしめた体は細くて、このまま腕に力を入れたらぐにゃりと折れてしまいそうだった。咲夜は体の力を抜いて寄りかかってくる。恐る恐る壊さないように、美鈴は抱きしめた。
「見かけ、なんでもうずっと変わらないんですか?」
「体の周りの時間と空間をいじってるの。まあ、若作りと言えば若作りね」
「あと、何年くらい持つんですか」
返答はなく、ただ咲夜の笑った気配がした。答える気はないらしい。
泣こうが怒ろうが声を上げようが、腕の中の人間一人どうする事も出来ない。今この時になって美鈴は思い知った気がした。ずっと昔から諦めようとしていた筈なのに、美鈴は何十年か何百年か振りに自分は無力だと思った。
「やっぱり、もう決めてるんですか」
「ええ、何度も考えはしたし、お嬢様も色々仰ってはくれたんだけど」
目を細めてにっこりと笑う咲夜はいつも通り完全な美しさがあった。儚いから美しいのかもしれないと、今初めて美鈴は思った。
「私は、変わらないわ」
そうですか、と美鈴は息のような声で言った。腕の中の体はつくりものみたいに何の匂いもしなかった。
こんな人の前で泣いたって何にも変わらないのに、美鈴の視界は滲んで仕方がなかった。涙をぬぐいたいのだが、両の手は咲夜を抱きしめるのに使っているのでみっともない事に垂れ流しだ。
「ねェ咲夜さん」
「はい?」
「私は、咲夜さんがいるところに行きたかったです」
ため息をつくように咲夜が笑う。腕の中の体が息を吐いて少しだけ小さくなった。
こんなふうにぴったりとくっついてもどうしたって同じにはなれないから、代わりに触ってみたり撫でてみたりしている。なれないとわかっているのに、忘れたふりをして何度だって繰り返してきた。
「ごめんなさいね」
ぽそりと吐き出された言葉に思わず顔を見れば、美鈴よりも咲夜の方が驚いた顔をしていた。えへへ、と気の抜けた笑い顔を作って美鈴は咲夜の頭を乱暴に撫でた。
「咲夜さんが謝る事じゃないですよ」
そうね、と咲夜が小さくうなずく。
「でも、あなたが泣く必要もないわ」
咲夜の白い手が美鈴の両目の涙をぬぐった。とても強いけど、とても脆くて何十年したら朽ちてしまう人間の手。皆が愛して、皆を愛してくれていた手。
「なんか、今一つだけ思い出しました」
「え?」
「咲夜さん、ここ来たのもこんな日でした」
そうだったかしら、と笑う彼女に、そうですよ、と返して美鈴は無理やり涙を止めて笑い顔を作った。
選ばれなかっただなんて、自分や紅魔館の為に人を捨てては貰えなかっただなんて、そんな傲慢なことは考えていない。
ただ初めて会った何十年前から、この人を好きになった時から、ずっと繋がった一本道だったのだと思うことしか自分には許されない。
咲夜さんサイドも楽しみにしてます。