今年も桜が咲き誇る季節となりました、世の桜も、そしてあの方が愛でた桜も美しく咲いています。ただ一つの違いは、かつてあれほどの人々が花見に訪れ、あの方がその美しさを咎とすら思った桜が、今や私以外に見るもののなくなった事でしょう。…そしてあの方が愛でた美しい桜がこのようになった理由、それは全て私の咎によるものです。
私はあの方の娘として生まれました。私のような咎人には、あの方はその名を書くことすら恐れ多く思われます。私のように非才であるのみならず、咎すら負った私の存在も、ただあの方の娘としてのみ、後の世まで記録され続けるでしょう。ただあの人の偉大な名によって。
私には、死霊を操る力がありました。何時の頃からその力がありましたかは存じません。物心ついた時には、私はかの者達と共におりました。初めはただ見えただけでした、ですが、ただ見え、会話できるものでしたら良かったことでしょう、ですが私はある時に気づいたのです、私の力は死霊を意のままに操る力であることに。
その力は余りにも恐ろしいものです、私は望むままに、人の理すら超えられる力を手に入れたのです。それは人の身には過ぎたるものでしょう。
その力に気付いてから程なく、私はあの方と再会しました。そしてあの方の教えを聞き、そしてあの方の望みに沿い、世を捨てることとなりました。その時の正直な気持ちは、恐れ多いことを承知ですが、教えは、世への執着をすてるということは、私にはさしたる意味を持ちませんでした。
私はただ自らの力を恐れていたのです、そしてこの力が災いを招かぬよう、ただ人と、俗世のとの繋がりを絶ちたいと思ったのです。
その後に私は俗世と離れ、修行の日々を送る中、自らの力を活かす道を見つけることができました。この末法の世、戦乱は止むことはありません。死霊を見ることのできる私には、思いを残した死者を見ることができます。そして、望まぬままに生を絶たれた死者たちの執着は余りに激しいものでした。ですが私にはその者達を操ることができます。その者達の執着を消し、成仏させることが出来ます。
私は私の力をただその事のみに使うことと決めました、その中で次第に私は心に平穏を感じ始めました、そして、その平穏の中、穏やかな日々を送ることで、世への執着を次第に薄れさせていきました。
ただ心の赴くまま、自ずからに暮らす日々を送っていたのです。成仏のためだけに力を使い、ただ日々自然を愛でる、穏やかな日々が続きました。
ですが、この世に不変の物はありません。あの方も入寂する時が来ました。
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」
あの方は自らの望み通りに、桜の下でお釈迦様の入滅の日に合わせるかのように旅立たれました。
あの方は真に偉大な方でした。すがる私を捨てて世を捨てなさってから、ただ迷いと戦い続けた生涯でした。世を捨てたはずのあの方が、私との再会したのも迷いの結果でしょう。あの方の句を見るたび、迷いとの、執着との戦いを感じられます。その中で、あの方はただ自然であることを覚え、人の世への執着を捨て、西方浄土へと旅立たれました。
そう、あの方は真に偉大な方でした、そして人の世への執着を捨てられた方でした。
「ほとけには 桜の花を たてまつれ 我が後の世を 人とぶらはば」
あの方の最後の望みは、ただ桜の花で弔って欲しいということだけでした。
ああ、ですが、残された、そしてあの方のように偉大になれない我々は、世への執着を抱えたまま生きていかねばなりません。あの方が消えた世を。
…その後、執着を捨てられなかった人々が、桜の下であの方を追ったことを、私は責めることは出来ません。それはただ、彼らの問題でしょう。他者に対する咎を負ったわけではありません
「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」
ただ一心にそれを祈ったのでしょう。ですが、私の力はその執着に耐え切ることは出来ませんでした。
執着を残した人々は亡霊となりました、私の力は亡霊の影響を受けたのでしょうか、既に死霊を操るものでは無くなっていたのです、それは死を操る力となっていました。そして、もはや私に操れる力では無くなっていたのです。
私の意志に関わらず、私は人々を死に招くようになっていました。それだけならまだ良いのかも知れません、ですが、私の力のせいでしょう、あの方が愛でた桜は、もはや桜ではなくなりました、それは私と同じく人々を死に招くものとなりました、まるで意思を持っているかのように、人々を死へ誘います。それはもはや、桜ではないでしょう。それは妖怪と呼ぶに相応しい存在でしょう。
あの方が愛した桜を見るものはもはや私だけとなりました。言うまでもないでしょう、桜も、私も人々を殺すだけの存在となったためです。
私の力だけでしたら、私の存在が消えれば、力も共に消え去ることでしょう、ですが桜は、もはや妖怪となった桜は、私がいなくなった後も、妖怪として存在し続けることでしょう。人を死へと誘い続けるでしょう。
私にはあの方が愛した桜が人を死へと誘い続けることに耐えられません。桜にはただの一つの咎もないのです。ただ、私に咎のあることです。
…私はこれより我が身をもって、桜を封印します。咎無き人々を死に至らしめた咎は決して許されることは無いでしょう。ですが、許されるなら…望みがあります。このような、死を招く身となった苦しみを、二度と味わうことの無いよう、永久に転生を忘れること、それだけを望みます。
私のような咎人には、その魂魄が幾度生まれ変わろうとも、浄土へ行くことなど恐れ多いことです。ただ東方に留まり、桜を封印し続けることが、私にできるせめてもの償いです。
望みがかなうならば、私と桜は永遠に封印され続けるでしょう、封印が叶い、私と桜が消え去ったなら、このような忌々しいことは、忘れ去られるでしょう。そしてこの手紙もすぐに忘れ去られ、消え去るでしょう、私の存在も、ただあの方の娘として、名だけが残り続けるでしょう。
願わくは望みが叶いますよう…
ってことで続編?期待
自分でも短いな~とは思いますけど、最初に書いたときより半分以上削ってまして(前半に回想シーン、後半に短いながら幻想郷入りしてからの話)
前半はぐだぐだな感じがしたこと。後半は雰囲気が違いすぎるってので削りました。自分の文章力と構成力に絶望しつつ。なんとか形にしたいな~と思ったらこんなにあっさりと。
余裕があれば広げたいとは思います…