※注意事項※
流血ありのガチバトル(一部に暴力的な表現あり)
オリジナルキャラ出現、独自設定あり。
⑨なチルノが好きな方はイメージを損なうおそれがあります。要注意・要覚悟して下さい。
人間を寄せ付けぬ霧深き湖の畔に、鮮血の如く紅(くれない)に塗りたくられた洋館が存在する。そのおぞましき外見的特徴から『紅魔館』と呼ばれ、興味本位で近づく者など誰もいない、呪われし悪魔の館である。
実際には、悪魔ならぬ吸血鬼が数多くの下僕と共に住んでおり、強大な力と忌まわしき過去を持つが故に、人間のみならず凡庸の妖怪達からも恐怖の対象とされていた。
それら遍(あまね)く人妖が、その名を耳にしただけで戦慄するという、紅き悪魔の館こと紅魔館の主、レミリア・スカーレット。彼女は今、己が館が誇る大ホールの大窓より、夜空を赤く染める満月を眺めていた。
かつては連日のように攫ってきた人間達の血を啜り、多くの同族や眷属達がその狂宴に酔いしれていたという血塗られた聖域は、古今東西あらゆる書物が揃うという地下大図書館と共に、この紅魔館が誇る一大施設であった。
だが、それも百年ほど前からほとんど使用されなくなり、数百人もの人数を一度に収容してもまだ余る程の大ホールも、今では年に数回程度、こうして彼女一人の為に開放されるだけの存在と成り果てていた。
この館は吸血鬼の居城として建築されたもので、当然の如く忌々しい日光が館内へと入り込まないよう、窓の数は極端に少ない。
しかし、大ホールの両壁面には、天井まで届くような巨大な窓が幾つも連なり、見る者を圧倒させる威容を内外に知らしめている。
一見、吸血鬼の居城としては矛盾しているようであるが、そもそも大ホールを使用するのは決まって夜間であり、その時間帯に日光を浴びる危険性などない。
闇の宴は、その名の通り夜の“とばり”にのみ開かれるものなのである。
窓から外を眺めれば、淡い朱色を帯びた満月は夜空に天高く登り詰め、漆黒の空に仮初めの太陽として君臨している。
今宵、地上へと降り注ぐ満月は狂気の光。あの光の下では妖怪達が血に飢え、狂い、そして脆弱な人間はただ脅えて身を潜めている事だろう。
「なんて綺麗な紅い月……昔を思い出すわ。……懐かしい日々。
ああ、昔のように心躍らせる出来事なんて、もう二度と起こらないのかしら?」
窓より差し込む月明かりに照らされているレミリアの姿は、一枚の絵画から切り抜かれたかのように美しく、息を飲むほどに神秘的であった。
と同時に、彼女を称える月の灯火は、幼い身体には不釣り合いなほどの大きな一対の羽と共に、愛らしい口元に冴える鋭い牙をも凶悪に反射していた。
「失礼いたします、お嬢様」
レミリアが満足げに月の狂気を楽しんでいると、背後から声が掛かる。おそらくいつものティータイムの時間なのだろう。
もうそんな時間なのか。どうやら時を忘れるほどに狂気を楽しんでいたらしいが、それも無理はないだろう。これほど美しい満月は滅多にある事ではないのだから。
「……ん、スザンナか」
「紅茶の時間となりましたので、ただ今お持ちしました」
「そう、じゃここへ持ってきて」
「畏まりました」
スザンナと呼ばれた従者は恭(うやうや)しくレミリアの側まで歩いてくると、すぐにその準備を始める。
素早く正確にソーサー、カップ、スプーンをテーブルへと並べていくも、物音一つ立てないそのきめ細かさは、彼女の練度と共に主への気遣いの高さを如実に現している。
カップに注がれた、血のように紅い紅茶――主成分は本当に血液なのだが――を嗜みながら、館の主たる吸血鬼は苦々しく呟く。
「――――不味い」
その言葉に、控えていた従者は「申し訳ありません」と深く頭を下げる。
「今すぐに煎れ直してまいります」
「その必要はないわ。ただ言ってみただけよ」
「? ……はぁ」
スザンナは表情こそ崩さないが、内心ではレミリアの言葉に苦慮していた。そんなスザンナの心を気に止めたのか、レミリアが言葉を続けた。
「これは本当に美味しい紅茶だわ。さすがスザンナね」
「ありがとうございます」
「ただ、貴女の煎れ方が下手とかじゃなくて、連中が用意した『原料』を使って煎れられた紅茶を、すぐに美味しいと認めるなんて癪じゃない?」
そう言って、レミリアは再び紅茶を口にする。その姿は優雅で気品溢れるものだったが、表情だけは固いままだった。
「いくら吸血鬼条約のせいで、私たちが幻想郷(ここ)で生きた人間を捕まえられないとは言え、ヤツらの提供する『食材』は鮮度が悪すぎる。
それに加えて、私の好きなB型の食材補充が極端に減った。これは、もしかしてわざとやっているんじゃないか、と勘ぐりたくなるほどよ」
レミリアは紅茶を少しだけ口にした後、カップを受け皿へと置く。その間、出てくる言葉はこのような愚痴ばかりだった。
その様子を見たスザンナは、またかと心内で苦笑する。
レミリアは紅魔館の当主でありながら、少々我が儘な嫌いがある。また、外見さながらの少女のような、幼い行動を取る事もあった。
今回の事もそうである。いきなり自分が仕える当主から、紅茶の味について「まずい」と駄目出しされたのだから内心は気が気ではない。しかもその理由が単なる気紛れとくれば、その心情は大体察しがつくだろう。
「ところでスザンナ」
「はい、何でしょうか?」
「貴女がメイド長を引き継いでからしばらく経ったわけだけれど、メイド長の仕事は如何かしら?」
「はい。先代が余りにも偉大な御方でしたので、その後を継ぐと決まった時は、今だから正直に申し上げさせて頂きますと、責任感と重圧に押し潰されそうでした」
「ほう……。しかし憶えているだろう? お前を指名したのはこの私だという事を」
「はい。この私めをご推薦くださったお嬢様のお顔に泥を塗るわけにはいきません。
先代にも負けないメイド長を志し、粉骨砕身の覚悟でこれまで努力してきたと自負しておりますし、これからも弛まぬ努力を続けていく所存でございます。
すべては、お嬢様の為に」
「ふふ。それだけの気概があれば十分。後は目に見える結果だけ。これからも努力なさい、この私の従者として相応しくあるために」
スザンナが当然の如く「はい」と答えると、レミリアは満足げに頷きながらティーカップを傾ける。紅い液体が喉を流れていくたび、満足感と相まって先ほどまでの苛立たしさは消えていくようだった。
「しかし、先代のメイド長も志半ばで死んでさぞや無念だったろうな……もっともそのおかげでスザンナの紅茶が飲めるようになったのだから、その部分は喜ぶべきか?
実際、紅茶の味に関してだけはお前は先代を超えているからな」
レミリアの笑えない冗談に、スザンナはどう返答して良いか戸惑い、結局「ありがとうございます」という、それが無難なのか最善なのかも分からない言葉しか返せなかった。
しばらくの沈黙の間、スザンナはまだまだ先代には追いつけていないと自分を叱責していた。こういう時、先代ならば気の利いた冗談の一つでも返したのかも知れないが、生憎と自分はそこまで器用ではなかった……というより、主従の境を超えてレミリアと冗談を言い合えるほど長く仕えている訳ではなかったのである。
「もういいわ、片づけてちょうだい」
「はい、畏まりました」
本日のティータイムはここまでのようだ。
一瞬、気まずいような雰囲気もあったが、どうやらレミリアも特に気にしてはいないようである。その様子を確認しながら、スザンナは安堵と共にレミリアが飲み終えたカップなどの後片付け始めようとした、まさにその時である。
「たーのーもー!!」
幼い少女のものと思われる、場違いとも言える叫び声が響き渡った。
すわ何事か、と声のする方向――大ホールの出入り口――へと視線を向けるが、そこには何もない。
紅魔館が誇る中央大ホールと、左右両館及び大図書館などの各通路を結ぶ、大きく重厚な扉。それが普段通りに整然とそびえ立っているだけである。
「?」
一瞬、久々の敵襲かとも思ったが、それならば有能な門番が力ずくで排除しているはずであるし、仮に門番の手に負えないような強大なハンターなり妖怪なりが進入しても、すぐに気配で察知できる筈である。
何事かと首を捻っていると、さきほどの可愛らしい声の持ち主と覚しき人物が「うんしょ、うんしょ」と重厚な扉を押し開け、しばらくしてようやくその隙間から這い出して来たのであった。
彼女は、肩で息をしながら「なんでこの扉はこんなにも重いのよ!」などと、扉に八つ当たりしている。
その様子を憮然と見ていたスザンナだったが、侵入者が妖精であった事を認めると、力が抜けたように叫んだ。
「おいそこの妖精! 今日はこの時間、立ち入り禁止の筈だぞ! なぜ勝手に入って来た!?」
館に住む魔女の予報により、当日の天気が快晴だと聞かされたレミリアは、月が狂気の真円を描くこの日、この時間を前々から楽しみにしていた。
そのために、何日も前からわざわざメイド総出で清掃し、関係者以外の出入りを固く禁止していた程である。だが、進入してきた妖精は何の事か理解していないようだった。
「ちっ、これだから妖精は……。
申し訳ありません、お嬢様。妖精に対する教育が不十分でした。……今すぐ叩き出しますので、しばしご辛抱を」
「……………………」
レミリアは無言である。その事がスザンナの気を焦らせる。
妖精の新人教育は自分の担当ではないが、だからといってメイド長である自分が免責される保証はない。少なくとも今この場に居るのは自分だけであり、その対応如何によっては、気紛れなレミリアの叱責を受ける事は十分にあり得る話なのだ。
「もう一度問う! 貴様の所属は!? 上司は誰だ!?」
だが、妖精はスザンナの言葉など全く聞く耳を持たず、ずかずかとこちらに歩み寄って来るではないか。
「っ!」
誰だ、この馬鹿をメイドにした奴は。妖精は元々馬鹿だが、目の前のコイツは馬鹿に輪を掛けた馬鹿っぷりである。スザンナは部下の顔を一人一人思い出しながら、そう毒づいた。
こうなったら手足の一本でも削ぎ落としてやろうか? 当主の前で自分に恥をかかせた償いは、きっちりと払って貰わなくてはならない……などと考えていた時、スザンナはその妖精に違和感を感じとった。
妖精の背中には羽があるが、目の前に居る妖精のそれは、ごく一般的な妖精の羽とは違い氷で出来ていた。それに妖精が近づいて来るたびに低下していく周囲の温度。
間違いなく目の前の妖精は氷とか、冷気に属する類の妖精である。そんな妖精は紅魔館には所属していない。
「貴様、ここの妖精ではないな? どこから進入した? いや、ここを紅魔館と知っての狼藉か!?
……もっとも、知らなくても八つ裂きだがな!」
スザンナは紅く光る目をつり上げ、鋭い牙を剥き出しにしながら、小さな侵入者に声を荒げる。
その声だけで、普通の人間ならば腰が抜けるほどの迫力なのだが、氷の妖精にはそんな威嚇も効果はない。更にお構いなしとばかりに、ホール中央へと足を踏み入れた。
「そんな事知ってるわよ! あんたがレミリア……なんとかとゆー悪い吸血鬼ね! このあたいがやっつけてやる!」
体格とは反比例した大きな声で、妖精は高らかにそう宣言した。
「――――――――」
「――――――――」
そのあまりに堂々とした宣告に、レミリアとスザンナは一瞬息を飲み、
「……は、はははははっ!!
何を言うかと思えば、これは傑作だ。お前如きが偉大なるレミリア様に敵うと本気で……いやすまない、私としたことが妖精の戯言をつい本気にしてしまったようだ」
そしてまた、スザンナは笑い出した。
玉座、という訳ではないが、それなりに立派な椅子に座っているレミリアも、口に手を当ててはいるものの、肩が小刻みに震えている。
笑われたのがよほど腹に据えたのか、「馬鹿にすんなーっ!」と妖精は地団駄を踏む。その様子が面白くて、さらに笑いに拍車がかかる。
「はあ、それでわざわざそんな笑えない……いや笑える冗談を言いに来たのか? その命をかけてまで、な」
まだニヤニヤと薄笑いを浮かべたまま、スザンナは妖精に尋問する。
「なによ! あたいはあんた達をやっつけにきたのよ! もうちょっと怖がりなさいよ!」
「おやおや、勇者サマがお怒りだ。
……だが、あまり図に乗るなよ、妖精。お前はお嬢様を二度に渡り侮辱した。本来はここまで侵入した時点で即刻排除されるべきなのだぞ?
こうして生かされてなお、謁見を許されている事自体、大変栄誉な事なのだと知れ!」
「そーだ! あたい、あんた達に言いたい事があってここまで来たんだった!
おい、レミリアなんとかという吸血鬼! これからあたいの言う事を守ってくれれば、退治するのは取り消してあげるよ!」
「これで三度……いい加減、貴様の戯言が耳障りになってきたぞ。
今すぐ無駄口を止め、お嬢様に今までの無礼を詫びれば、せめて苦しまずに殺してやるがどうだ?」
もはや我慢の限界とばかりにスザンナは妖精を排除しようとする……が、スザンナが動き出す寸前にレミリアがその動きを片手で制止させた。
「お、お嬢様!?」
「まあ待ちなさい。せっかくここまで来た久々の来客だ。すぐに潰してはつまらないだろう?」
「は、はあ……」
また、お嬢様の悪い癖が出たか。スザンナは内心大きな溜息をつきながらも、それ以上の意見も具申も、ましてや心配する事など微塵もなかった。なぜなら、相手はただの妖精でなのである。
「それに、私は勇敢な者が好きでね。この館を紅魔館と知り、この私をレミリア・スカーレットと知った上でなお、挑んでくるその勇気を尊重しているのだよ。
――たとえそれが蛮勇だったとしても、だがね」
レミリアは、失笑とも苦笑とも取れる小さな笑いを浮かべた後、こう切り出した。
「と、そこで聞きたい。おまえのような一妖精が、この私に一体何の用があるというのだ?」
「それじゃあ、よーく聞きなさいよ! あんた達きゅーけつきは、このでっかい館で沢山の妖精を無理矢理働かせているでしょう!!」
「無理矢理、だと……?」
「そうよ! ここでいじめられたってゆー妖精が、泣きながら逃げて行くのを、あたいはこの目で見たんだもの!!」
「ふん。ならその妖精に問題があるんじゃないの?」
「な、なんだとっ!?」
目の前の妖精は、頭から湯気を噴き出しかねない程の勢いでいきり立つ。
スザンナとしては目障りなので今すぐにでも消し去りたいが、レミリアが興味を持っている間は手出し出来ないのがもどかしい。
「まあ貴様ごときに説明しても仕方がないが、ここまで来たついでだ。説明してやるから有り難く聞け。
確かに私達はある程度の妖精を雇っているが、きちんと食事や寝る場所を与えている。妖精の方もそれで了承したからこそ、この館で働く事に同意したのじゃないか?」
「しらばっくれてもダメよ! あたいにはぜーんぶわかっているんだからね!」
「――?」
「あんた達、働かせてる妖精を殴ったり蹴ったり刺したりしてるんでしょ!? なんでそんな酷いことすんのよ!?」
無礼にもレミリアに向かって指を指してくる妖精の態度に、スザンナの心情は怒りで煮えたぎっていたが、所詮は妖精のする事、と割り切って考える事で幾分か怒りを抑える事が出来た。
「ふん、妖精は馬鹿だからな。いくら説明してもほとんど理解しないし、理解しようともしない。だとしたら、仕事を覚えさせるのに多少の体罰は必至なのだよ。
それに、そのような体罰は通過儀礼のようなものだ。実際、私も見習いメイドの頃は厳しく躾けられたものだ」
「なによ! 羽をむしり取ったり、頭にナイフを刺すのが、きょーいくだって言うの!?」
「腕の一本や二本、千切った所ですぐ生えてくる存在の癖に生意気な事を。痛い目を見るのが嫌なら命令通りに働けばいいだけの話だ」
「だったら、そこまで無理して妖精なんて雇わなきゃいーじゃない!」
(……チッ! こいつ、馬鹿のくせに痛いところを……)
かつて全盛期の紅魔館は、有能なメイドや腕利きの従者達を数多く抱えていたのだ。しかしこの幻想郷へと居を移してから起こした幻想郷武力侵攻事変、通称吸血鬼異変。
その当時の激戦で先代メイド長を始め、古くからスカーレット家に仕えてきた、名だたる従者達の大半が戦死したり、紆余曲折の末に館から離れて行ったりしたのである。
事変終結後に吸血鬼条約が結ばれ、人間からも妖怪からも一線を引かれた紅魔館は、それ以来人手不足がたたって、満足に館の機能を運営出来てはいなかった。
その抜けた穴をなんとか埋めようと、そこらの野良妖怪や野良妖精を引っ張ってきては寝る場所と食べ物を与えて仕事をさせようとしたのだが……本来、妖精は自由気ままな生き物。そしてその外見通りに知性も低い。
ほとんど使い物にならず、古参のメイド達や従者が力ずくで働かせようとしたところ、脱走者が続出という負の連鎖に陥ってしまったのである。
そんな現状では、館に残っている妖精達の大半も、半ば監禁同然の扱いで逃げるに逃げられないでいるだけなのだ。
もちろん、当初から妖精を住み込みで働かせる、という案に懐疑的な意見もあったが、これはレミリア自身の立案だったので誰も強く反対出来なかったのだ。紅魔館では当主が黒と言えば何でも黒、白と言えば夜空だって白なのだ。
「ふうん……それで、大切なお友達を助けるために、ここまで貴様一人で陳情に来たという訳か?」
レミリアは片手で頬を支えながら、テーブルに寄りかかったままくすりと笑う。
「いやいや、実に感動的な話ではないか。
ただ、残念な事に私は他人から指摘されたり注意される事が嫌いでね。この私が認めた者か、さもなくば私をねじ伏せるほどの強力な力を持った者でなければ意見を曲げる気はない。
――つまり、お前の陳情は却下だ」
「じゃあ、あたいがあんたをやっつけたら、あたいの言うことを聞いてくれると言う訳ね!」
「――――ふっ。……できるものなら、ね」
「お嬢様! ほ、本気ですか!?」
「あら? 私はいつでも本気よ。ただ……今回の場合は落第ね。せめてアレが門番クラスの妖怪なら、少しは話が違ったでしょうけど」
レミリアはクスクスと笑い、そして吐き捨てるように言った。
「目障りだわ。……まあ、暇つぶしにはなったわね」
「お嬢様。それではもう、このゴミを片付けてもよろしいですね?」
「ふふっ、好きになさい」
待ち侘びていた死刑執行の許可が下ると、スザンナはこの癪に障る妖精を目の前から消せる事に安堵していた。
刃物のような爪を光らしながら、すでに彼女の頭の中には、眼前に立つ無礼極まりない愚か者にどのような死を与えるか、その思考のみで溢れていた。
厳密に言えば妖精は不老不死に近い存在であり、物理的に肉体を損壊させた程度では完全な死は与えられない。
しかし、散々痛めつけてから首でも刎ねてやれば、流石に二度と紅魔館に忍び込もうなどとは、あの馬鹿頭でも考えはしまい。
それにはどうしたらよいか……? まずは足を切断しようか。それとも両目を抉ろうか。いや、時間をかけて指を一本ずつ潰していくのも悪くない。
久々に肉を裂く感触を味わえる喜びが半分ほどあったが、それが雑魚なのだという不満も同じくらいあった。
(――まあ、せいぜい良い声で泣け。その間抜け面を、もっと醜く変貌させてやろう)
内心、舌なめずりしながらもスザンナは構えない。構えを取る必要がない。妖精を相手にして、戦闘態勢を取る必然性などありえなかったからだ。
(――なんだ? あいつは相手の殺気も読めないほど馬鹿なのか?)
構えこそしていないが、スザンナからは隠しもしない純粋な殺気が漏れる……というより意図的なまでに過剰なほど放たれている。
たとえ格上の妖怪であったとしても――流石にレミリアのような存在は別格だが――その殺気を前にすれば二の足を踏むに違いない筈だ。それは、相手の気配や妖気を探る手段に長けた者であればあるほど、より顕著になる。
だが、妖精は殺気を撒き散らしながら牙を剥くスザンナなど、気にも止めず無防備に歩み寄ってくるのだ。
その光景は、まるで処刑場に赴く囚人のようであり、自殺志願もここまで極まったかと、スザンナは心底呆れ果てていた。
だが、レミリアはその様子を鋭く見つめていた。
レミリアは近づいてくる妖精の視線が、自分にのみ向けられている事に気付いていたからだ。レミリアと妖精の視線が一直線に交錯するが、妖精は決して視線を逸らさず、それどころか逆に睨みつけてくるのだ。
この、レミリア・スカーレットに対して!
……面白い、とレミリアは心の中で愚かな勇者に喝采を送る。
護衛は無視して大将首のみを狙う、か。戦術としてはまあ、あながち間違ってはいないとも言える。だが、スザンナは吸血鬼異変を生き抜いた強者。そんな彼女が妖精如きに出し抜かれ、自分への攻撃を許す筈がない。
仮に億が一の奇跡が起き、あの妖精がスザンナを突破できたとして、それが何になるだろうか?
妖精如きの腕力では、吸血鬼の肉体にかすり傷一つ負わせる事は出来ない。ならば魔法や妖術でも使うか。いや、妖精がそんな物を習得出来るとも思えないし、そもそも妖精には魔法や妖術を学習しようという発想自体ないだろう。
あまりの馬鹿さゆえ、一旦は薄れた妖精への関心だったが、レミリアの中で再びこの妖精に対する興味が湧いてきた。
妖精はなおも近づいて来る。すでにスザンナの必殺の間合いへと進入しているが、その歩みは止まらない。
「――チッ」
スザンナもその妖精の視線と意図に気付いていた。だからこそ、雑魚に雑魚扱いされた激しい憤りが、舌打ちとなってしまったのだ。
(なんという馬鹿な……いや面白い妖精だ)
そんなスザンナの憤りを横目で笑いながら、レミリアにはちょっとした好奇心が湧いた。
戦闘にもならない戦闘。覆るはずのない勝敗。分かり切った結末をあえて見ないように心掛けていたが、レミリアは妖精の『運命』を見てみようと思ったのだ。
その理由は、あの不貞不貞しくも無謀な態度の裏には何かあるのではないか、と思い始めたからだ。
可能性は低いが、もしかしたら何らかのマジックアイテムでも隠し持っているのかも知れない。あるいは単純に、強力な爆薬という事もありえるか。
それを何処で調達してきたのか、という疑問は置いておく事にする。とにかく、妖精は不死身なので最悪、相打ちになっても自身はいずれ復活出来る。いや、最初から自爆相打ちを前提とした行動だとしたら――あのような無謀な行動にも一定の説明がつく。
だが、その推考には同時に大きな疑問符も付いてくる。自己中心的で知性の低い妖精が、他の妖精のためにそこまでの自己犠牲を容認する筈がないからだ。
だから目の前の妖精の行動は、頭の悪い妖精の気紛れと無謀の産物。それ以外の何ものでもない筈なのだ。
しかし、しかし、だ。あの妖精が『普通』の妖精ではなかったら?
普通の妖精は他者のために動かない。
普通の妖精は他者のために命を賭けない。
そして普通の妖精なら、今この状況でなお私達に刃向うとする事など絶対にあり得ない。
そこまで考えると、レミリアは先ほど否定した推測を再び呼び戻す。
万が一、あの妖精が何らかの攻撃手段を有していると仮定して、それが即自身の命を奪うシロモノとは考え難い。
しかし、爆薬であれマジックアイテムであれ、それらの威力次第では手傷を負ってしまう可能性もゼロとは言えない。
今までは自身の能力を使うに値しない存在だと思っていたが、一度疑問を持ってしまうと何故かそれが無性に気になってしまう……というよりも、不思議な胸騒ぎを憶え始めたのである。
あり得ないとは思うが、妖精如きの攻撃によって――たとえそれが自爆という、究極的かつ無差別的な攻撃であったとしても――擦り傷一つ……いや、服に煤一つでも付けてしまうような事態にでもなれば、それはレミリア・スカーレットという吸血鬼の面子と沽券に直結するのだ。
そんなレミリアの心中を察してか、それともついに我慢の限界に達したのか。スザンナは眼前の異物を排除すべく、疾風を持って駆け出そうとした。
もっとも全力を出す必要はない。それでも、ほんの一足で必要な距離を移動できる。そしてそれは妖精如きでは回避も防御も許されない速度なのである。
スザンナは、まず狙う目標として右腕を選択する。気付いた時にはすでに切り落とされている、それは絶対に確約された一秒後の世界。
(さあ、愚かな妖精よ。己の血の海で溺れて死ね!)
スザンナの右足に僅かに重心が片寄り、軸足となって床を蹴ろうとしたまさにその瞬間。ほとんど同時に、妖精の身体を覆っている冷気が急激に冷え込み、大ホールの室温が一気に低下する。
さらにそれと同じ時間軸において、レミリアはテーブルに肘をついたまま、半ば興味半分で妖精の『運命』を視――――――――
「飛びなさい!!」
何かが弾けたかの如く、レミリアは全力でその場から飛翔した。レミリアの体当たりにより飛散した大ホールの窓ガラスと窓枠は、細かな破片となり空中を舞いながら派手な音を立てて地面へと落下する。
「…………ぇ……?」
それは、主の突然の行動に驚いた声であったのだろうか、それとも予想だにしなかった自身の敗北を認められない声であったのだろうか。
しかし確かに発せられたその一言は、すでにレミリアにも妖精にも届く筈がなかった。
レミリアは、館の外から自身が破壊した窓枠越しに、その光景を眺めていた。
自分が先ほどまで優雅に寛いでいた椅子を中心として、大ホール内部の三分の一近くもの体積が氷塊により侵食され、その一部は天井にまで達している。
すでに大ホールは巨大な冷凍庫と化しており、透明度の高い水晶のような氷塊の中で『冷凍保存』されているスザンナは、驚愕に張り付いた表情のままで時間までもが凍りついているかのようであった。
――思っていたようなマジックアイテムでも何でもなかった。あの妖精には、もとよりそんな物は必要なかった。何故ならば、あの妖精が持つ特殊能力は十二分に強力なものだったからだ。
そう――自身の……吸血鬼の命をも奪いかねない程に……!
妖精が持つには、余りにも不釣り合いな強力すぎる力。
成る程、あれだけの力を有していたのならば、あの妖精は吸血鬼を退治する“刺客”としての最低限度の“資格”は持っていたという事か。
――危うかった。
嘘偽りない、それがレミリアの本音だった。興味本位で運命を視なければ、今頃は自分自身もあの氷の中に閉じ込められていたのだから。
背筋が寒くなるのは、おそらくこの冷気の仕業だけではない筈だ。と同時に、怒りが沸々と湧き出してくる。
自身の優雅な時間を邪魔された事。
思い出深き大ホールを破壊された事。
腕利きの従者を一人失った事。
そして、自身に恐怖を与え、なおかつ全力で待避させられた事。
それら全てが、たかだか一匹の妖精により引き起こされたのだと思うと、さらに怒りに拍車がかかる。
自分をここまでコケにしてくれた当の妖精本人は大ホールの中で何かを叫びながら地団駄を踏んでいる。その奇行はあまりに耐え難く、ホールごと魔槍の一つでも叩き込んでやりたい衝動に駆られるが、それをぐっと押さえ込むことに成功する。
たった一瞬、たった一発で終わらせるには、あまりにも妖精の罪は深すぎる。ここはスザンナに代わり、あの妖精を教育してやろう。
(光栄に思うがよい。この私が、この手で、絶対の恐怖を教えてやるのだからな!!)
これだけは自分の手でやらねばならない。他の者には手出しなどさせない。どれだけ一方的な殺戮になろうとも、この怒りと昂ぶりを押さえる事など、今の自分には到底出来はしないのだから……!
と、そこまで考えてはたと気が付く。そういえば、他の従者はどうしたのだ? ……と。
自分がホールから飛び出す際に破壊した、窓ガラスや窓枠などの砕け散る音は決して小さくはなかった筈だ。仮にも紅魔館に仕えている者達ならば、どれだけ熟睡していようと、あれだけの物音がすれば飛び起きて瞬時に駆け付けて来る筈……。
不審に思ったレミリアが改めて周囲を見渡すと、静寂に包まれた視界に飛び込んできたその光景は、氷塊、氷塊、氷塊。
「……!! ……!?」
レミリアは、瞬時にはその氷塊が存在する意味と理由を理解出来ずにいた。
それらの中には、紅魔館が誇る最強の門番が、吸血鬼異変をも生き延びた屈強な従者達が、それぞれ詰め込まれていたからだ。
ある者は門前で、ある者は中庭で、またある者は廊下やエントランスで。ざっと見渡しただけでも十個前後の氷のオブジェが静かに月明かりを反射していた。
「――――――――」
言葉を失う、とは正にこういう事をいうのだろう。余りにも度の過ぎた驚愕が、言葉の発生という行為をも忘れさせてしまったようだ。
(何故だ? 何故、妖精如きがここまで出来る!?)
……いや、妖精だからこそここまで出来たのであろう。おそらくは門番も従者達も、侵入者が妖精だと油断して……端的に言えば侮っていたのだろう。
まさか妖精がここまでの力を持っていたとは考えもしなかったに違いない。そしてその油断につけ込まれてしまったのだ。それは、つい先ほどの自分みたいに……。
更に言えば、この館には大勢の妖精達が住み込みで働いている。その中に混ざってしまえば、潜入する事はさぞかし容易かった事だろう。
「く……くく……くくく……はーっはっはっはっはっはっ!!」
レミリアは気が違えたかのように叫び、そして笑った。
「あの妖精は、ただの一匹でこの紅魔館を陥落しかけたのだぞ!? 難攻不落にして、かつては幻想郷に血と恐怖の戦乱をも巻き起こした、この紅魔館を!!」
――嗚呼、これが笑わずにはいられようか!
レミリアの狂気とも思えるその声は満月の夜に木霊し、紅魔館の近くに棲息していた獣たちや、名も無き小妖怪たちは逃走を開始する。その様はさながら小規模な民族大移動とも例えられる程の異様な光景であった。
彼らは、今これよりこの場所が地獄すら生ぬるい、煉獄の刑場になると本能で察知しているのだ。
一体どれだけの間、夜空に猛っていたのだろうか。それは恐らく時計の秒針が、文字盤を一周するよりも短い時間だったのではないだろうか。
だがそれだけの時間で、紅魔館の周囲からはすっかり生物の気配が消え去っていた。今、この場に存在するのはレミリアと妖精のみ。
レミリアはぴたりと笑う事を止め、一呼吸してからゆっくりと背後へと向き直す。そこには大ホールから出てきた妖精が、ほぼ同じ高度で滞空していた。
彼我の距離は、目算でざっと30ヤード前後。それ以上近づいて来る様子もなかったので、この距離での戦い――弾幕戦を念頭に置いていると推測する。
「へえ……驚いた。逃げなかったのね、貴女。……もっとも、逃がすつもりなんてなかったけれどね」
「なんであたいが逃げる必要があるのよ?」
「――まさかとは思うけど一応、訊いておくわ。この期に及んで、この私と『戦う』なんて選択肢を選んでいるんじゃないでしょうね。
それがどれほど愚かしい事か、可哀相に貴女の頭では理解できないのね」
「ふん、あんたなんかまた氷漬けにしてやる!」
「言葉遣いが間違っているわ。そういう時は『また』ではなく『今度こそ』と言うべきね」
「そ、そんなのどっちだっていいのよ!
とにかく、氷漬けにされたくなかったらあたいの言う事を聞くのよ!」
「あらあら、怖い怖い。あまりの怖さに手元が狂いそう……。こんなことじゃいけないわね。
だって……手元が狂ったせいで、一瞬で終わらせたらつまらないもの……」
レミリアは静かに目を閉じ、それまでの不敵な笑みを消した。不気味な静寂の後、その眼をかっと見開き、高らかに宣言する。
「吠えるな妖精!!
お前は最大にして唯一のチャンスを逃した! もはやあのような奇襲など、私には通用しないと知れ!!
泣き、叫び、無駄な抵抗と命乞いをしてみせろ!!
妖精が不死身だと言うのなら、蘇生すら望まぬほどに切り裂き、何度でも内蔵をえぐり出してやる!!」
すでにレミリアの優雅さや気品さといったものは、全身を蝕む憤怒に取って代わられていた。
「さあ――こんなにも月が紅いから……本気で殺すわよ」
「ふん! さいきょーのあたいが、あんたなんてやっつけてやる!」
満月を背に、吸血鬼と妖精の影が怪しく映る。
一方は幻想郷のパワーバランスをも左右する吸血鬼、そしてもう一方は幻想郷でも最下層に位置するはずの妖精。
その二つの影は、向かい合ったまましばらく微動だにしなかったが、最初に動いたのは妖精の方だった。
妖精は両手をかざし、周囲に氷塊を展開していく。左右に放たれた何十という氷塊が突如その軌道を変更すると、弾幕となって交差するようにレミリアへと集中する。
「――遅い!」
氷塊の群れがレミリアへと到達する寸前に、レミリアの姿は幻の如く掻き消えた。
「がっ!???」
そして消えたはずのレミリアが再び現れたとき、レミリアの幼子のような指は、なんの慈悲も容赦もなく妖精の顔面を穿ち、右目眼球を押しのけて挿入されていた。
「あ……あ……」
妖精の残された左目が大きく見開かれ、何故、とばかりにレミリアを凝視していた。
レミリアにとっては単純に高速移動しただけなのだが、そのあまりの飛翔速度に妖精としては空間移動でも行ったかのように捉えきれなかったのである。
「闇空を制する吸血鬼の速さを見誤ったな。伊達にこのような翼を持っている訳ではないぞ」
ぐりん、と指を動かす。生卵の如くいとも簡単に眼球が潰れ、内部の液体が指にまとわりつく。
「うあああああああっっぁっ!!!!」
突き刺した指を眼球内で動かすたびに、心地よい絶叫がレミリアへの耳へと届き、怒りに満ちた心を潤した。
「あら? もしかしてこれで全力という訳ではないだろう?
処刑の時間は、まだ始まったばかりだというのに」
激痛に悶えながらも、妖精は何とかレミリアの束縛から逃れようと、足をぱたぱたと動かし、レミリアの身体を蹴り続けた。
「は、はなせっ! 離せっ!!」
しかし妖精程度の脚力では、何度蹴ろうともレミリアにとってみれば蚊に刺された程度の効き目もなく、その束縛から逃れることは到底適わない。
「はっ、いいぞ。もっと足掻いて見せてみろ」
レミリアは、さらに甘美な泣き声を上げさせてやろうと指に力を込めた時、妖精は自身の顔面を抉っているレミリアの腕をしっかりと掴みかかった。
「――!! させるか!!」
妖精の意図を瞬時に判別したレミリアは、顔面に指を突き刺したまま、振り抜くようにして強引に投げ飛ばす。
まるで投石機から射出されたかのような加速度で投げ飛ばされた妖精は、姿勢を制御する暇すら与えられず、紅魔館の屋根へと激しく激突した。
そのまま動かなくなった妖精の事など眼中にもなく、レミリアは自身の右手を丹念に確認する……が、指先から手の甲までが凍りつき、完全に氷結化してしまっていた。
「チッ……!」
舌打ちしながら右腕の肘から先を一度、蝙蝠へと変化させる。十数匹程度の蝙蝠がレミリアの周囲を飛び回る中、凍りついた二匹の蝙蝠がそのまま地面へと落下していった。
腕を元に戻しながら、レミリアは紅魔館の屋根に突き刺さっている妖精を見下ろしていた。その様は実に滑稽で、もしあれをオブジェとして飾ろうという従者がいたならば、即刻解雇を言い渡すだろう。
レミリアの周囲を飛んでいた蝙蝠の群れが再び収束し、依然と何ら変わらない自身の手が再現される。
蝙蝠二匹程度の損失では、戦闘には何ら影響しないとはいえ、紛れもなく妖精に手傷を負わされたという事実は残った事になる。
(この私が……妖精如きに手傷を負っただと……?)
妖精に追撃する事も忘れ、しばらく右手を眺めていたレミリアだっが、下の方で起きた物音にふと我に返る。
視線を向けてみると、紅魔館の屋根には隕石でも落下してきたかのような大穴が開いており、その中から妖精がよろめきながらも立ち上がろうとしている所だった。
「……ほう」
どうやら妖精はまだ戦うつもりらしく、少し足を引きずりながらも紅魔館の屋根から飛び立ち、再びレミリアの前方へと移動してくる。ただし、今度はかなりの距離を取っている。
その距離は50……いや、60ヤードはありそうだ。さすがに馬鹿の代名詞たる妖精でも学習はするようである。
だが、高度はレミリアよりやや低め。高低差の優位を捨てるのは何か意味があるのか、それともやはり妖精の知能不足か。
「いいわよ。そうでなくては面白くない」
レミリアは軽く腕組みをしたまま妖精の出方を待つ。先ほどの攻防(と呼べるかどうかは疑問だが)によって、妖精の大体の力量は把握できた。
やはり物を凍らせる能力だけはそれなりに強力だが、それ以外の能力――例えば腕力や耐久力、飛行速度などは、そこらの妖精とほとんど大差はない。
したがって、冷気にさえ気をつけていれば何ら恐れる相手ではない。
つまり、これはレミリアの絶対の自信と余裕である。その気になれば今すぐにでも首を落とす事は可能だが、それで事を終わらせるのはつまらなく、そして許せないのだ。
(この私を怒らせた以上、最後の最後まで私を楽しませる事。それがあの妖精に出来る、ただ一つの罪滅ぼしなのよ)
妖精の放つ弾幕など、後手に回っても全て回避できる。そんなレミリアの余裕な態度など知ってか知らずか、妖精は今度も先手必勝とばかりに氷の弾幕を視界一杯に連射してくる。
「ははっ、何処を狙っている!
――――むっ!?」
だが、その弾幕は先ほどとは違い、かなり拡散するタイプの弾幕のようだ。
どうやら妖精は、威力重視から手数重視に弾幕を切り替えたらしい。複数の違うタイプの弾幕を使いこなせるというだけで妖精としては破格だが、レミリアの身体能力を持ってすれば、この程度の弾幕を回避するのは何ら問題でもなかった。
「下手な鉄砲は、どれだけ数撃っても当たりなどしないわ」
レミリアはまるでダンスを舞うかのように、軽やかに妖精の弾幕を躱していく。
それは美しくも挑発めいた夜空の舞踏会。目を瞑り、手を叩いても妖精の放つ弾幕はレミリアにとっては、欠伸が出るほどの速度でしかなった。
右へ左へ。軽やかなステップを空中で刻む。当ててご覧なさい、とばかりに調子に乗ったレミリアが弾幕を紙一重で避けた時、妖精から集束された指向性の直進弾が撃ち出され、弾幕と弾幕の間にいるレミリアへと突き進んでくる。
「……おっと危ない!」
レミリアは氷弾幕の隙間からするりと抜けだし、空中で身を捻りながらその直進弾を回避する。僅かコンマ何秒後かに、直進弾が氷塊を砕きながらレミリアが寸前までいた空間を貫いて行った。
「……広範囲拡散型の弾幕と、直進貫通能力を持つ指向性弾幕の組み合わせ、か。妖精の弾幕としては中々に強力だが――当たらなければ意味はない!!」
吸血鬼の動体視力と身体能力の前では、この程度の弾幕は通用しない。レミリアの表情には、絶対の自信からくる笑みが零れていた。
さて、そろそろ反撃の一つでもして見せようか? などと考えていた時、一発の氷弾がレミリアの頬をかすめて飛んで行く。
「!!」
そこでレミリアは、妖精の放つ弾幕が徐々にその誤差値を狭めている事に勘付いたのである。
(――――妖精如きが、弾幕の弾道修正だと?)
三次元空間上で移動する物体を捕捉し、自身の撃ち出した弾を命中させるという行為は、実はかなり難しい。
自身と標的の、それぞれの縦・横・高さの位置、移動方向、移動速度、それに高低差、距離、弾の速度に射程距離、空気抵抗による減衰、風向や風力、気温、湿度、時には重力や地球の回転といった、あらゆる事象が影響する。
長い年月を生きた強力な妖怪の中には、緻密な計算の元に軌道を割り出し弾を撃ち出している者もいるが、ほとんどの妖怪たちは勘と経験を持って、だいたいの方向を決めて撃ち出している程度である。
妖精が複雑な数式を用いて弾幕を撃ち出しているとは考えられないので、恐らくは多くの妖怪たちと同様、長年培ってきた勘や経験を元にしているのであろう。
つまり、それは妖精が『経験』を積めるほど弾幕戦を行ってきた、という証左でもある。
(あの妖精は、かなり戦いの“場数”を踏んでいる……!)
そうでなければ、吸血鬼たる自身のスピードに、それも片目を失った状態でここまで正確に弾道修正できる筈がない。
だが、そこが問題なのである。何故なら、妖精という種族は本来戦闘などとは無縁の生き物だからだ。
(……何故、妖精がここまで戦闘慣れしているのだ?)
妖精が場数を踏むほどに戦闘を経験している事自体、すでにおかしい話なのだ。
しかも、過去の戦闘経験を基にして弾幕を展開し、必要ならばそれを修正するなど妖精としての在り方として、おかしいというレベルを超えて異常である。
妖精は、レミリアから60ヤード前後の距離を必死で保ちながら、懸命に弾幕をはり続けている。と、その時再びレミリアの眼前を一つの氷弾が掠めていく。
「……くっ、うざったい!!」
レミリアは回避を止め、空中で静止すると両手に魔力を集中させる。
瞬時にしてレミリアの周囲が夏場の蜃気楼のように歪み、本来は見えるはずもない魔力の渦が、目に見える気流となってレミリアに集中していく。
それはあまりにも高すぎるレミリアの魔力が引き起こす、副次的な現象だった。
「妖精にしては面白い弾幕だが、まだまだ生ぬるい!
さあ、残された眼で良く見るがよい! そしてその身体をもって味わうがよい! 本当の弾幕というものを!!」
レミリアの両手からは、レミリア自身の背丈より巨大な魔力の塊が何十と撃ち出された。
それは妖精の撃ち出した小さな氷弾を瞬く間に吹き飛ばし、または飲み込んでなお衰えず空間を侵攻して行き、今度は妖精が弾幕を回避する番となる。
妖精は、巨大な弾幕を死にものぐるいで回避していくが、レミリアがさらに弾幕を数十という単位で連続して撃ち放つと、その回避運動にも限界が見え始めてきた。
なにしろ、レミリアの魔力弾はほんの少しかすっただけで、鎌鼬(かまいたち)でもに巻き込まれたかのようにすっぱりと削り取られるのだ。回避する際は、かなり大きく避けなければ、ただそれだけで削り殺されてしまいかねない。
「ははははっ、どうした!? そら、もっと真剣に避けないと被弾してしまうぞ?」
次から次に撃ち出される強力な弾幕の前に、妖精は次第に逃げ道を失って行く。逆に言えば、こうして何度も弾幕を回避している事が驚愕なのだが……。
だが、妖精のけなげな健闘も空しく、不運にも重なりあった魔力弾が到達すると、ついに妖精の回避運動は限界を超えてしまった。
なんとか弾幕の隙間をかいくぐろうとしていた妖精だったが、その隙間自体がなくては話にならない。必死に潜り込める空間を探していたが、魔力弾が高速すぎてようやく回避できそうな隙間を見つけた時には、魔力弾は妖精の目前まで迫っていた。
妖精はそれでもダイブするかのように、頭から弾幕の隙間へと飛び込んで行く。何とか上半身を弾幕の隙間に潜り込ませる事に成功したが、下半身までは間に合わなかった。
「……ぎ……っ!!」
レミリアの魔力弾は、妖精の左太ももの肉をいとも簡単に削ぎ落として行く。被弾部分からは白い大腿骨が露出し、しばらく時間を置いて血を噴出し始める。
それでも、この程度で済んだのはまだ奇跡的とも言えた。まともに被弾すれば、今頃は全身が白骨化していただろう。
ともかく、被弾のせいで一時的に停滞してしまった妖精は、一旦仕切り直して距離を稼ぐつもりだった。この隙にレミリアに接近されては、妖精に勝ち目はないからである。
妖精は出血部分を押さえながら反転したが、背後には爪を研ぎ澄ましたレミリアが待ちかまえていた。
「あら? 何処へ行くのかしら?」
「――――!!」
妖精は驚愕しながらも、瞬時の判断……というよりもほとんど動物的な勘により、90度近い急激なターンを成功させ、レミリアの初撃を何とか回避した。
レミリアの爪が鋭く弧を描いた後、妖精の髪の毛が数本、ひらりと宙を舞う。
「……よくぞ躱した。とりあえずは褒めてやるが、次からはどうかな?」
こうした高度な空中機動を行えるのは、やはり羽を持つ者の特権だろう。
いかに強力な妖怪といえど、羽を持つ者と持たざる者では、少なくとも機動力に置いて一日以上の差があるものだ。それは、努力や才能とは全く違うベクトルを持った、種族としての優位差と言える。
だが、今回は話が違った。羽を持っているのは妖精だけではない。レミリアもまた、種族として羽を持っているのである。
全力で離脱しようとしていた妖精に簡単に追いつくと、レミリアはその爪を持って妖精を蹂躙する。
妖精はレミリアを振り切ろうと右へ左へと激しく方向転換し飛び回るが、レミリアの機動力は妖精を完全に上回っており、逃げ切る事など許されなかったのである。
レミリアの二撃目が旋回しようとしていた妖精の左肩を抉る。速度を落としつつも、それでも逃げ切ろうとする妖精に対し、レミリアは攻撃の手を緩めない。
続いての三撃目は左耳を落とした。
絶叫しながらも、ほぼ零距離で弾幕を放とうとする妖精の指を無造作に薙ぎ払う。
妖精の右手からは小さな指が四本、ぽろぽろと別離していく。慌てて手を引っ込めた隙に脇腹に五撃目。
出てはいけないモノが腹から飛び出しかけ、妖精はそれを両手で押さえ込む。
前屈みとなり、無防備となった妖精の背後に素早く回り込むと、その背中に無慈悲な最後の一撃が加えられ、氷で形成された羽が美しくも無惨に砕け散る。
空中にキラキラと輝く氷片と鮮血を撒き散らしながら、妖精は紅魔館の城壁近くへと墜ちて行った。
「――ふむ。やはり妖精の血は薄味だな」
手に付着した血を軽く舐め取り、所詮はこの程度か、とレミリアは呟いた。
「……脆すぎる。
まあ、妖精という事を考えれば奇跡的な善戦とも言えたが……」
レミリアが今まで戦ってきた連中と比較すれば、それほど特筆すべき強さではない。しかし、それが妖精となると話は別だ。
これほどまで強力な妖精など、見た事も聞いた事もない。おそらくは妖精という種族カテゴリーの中では間違いなく最強の部類には入るだろう。
だが、所詮は妖精。どれだけ力の強い鼠が居ようと、獅子の前では等しく餌となるしかないのだ。
レミリアは勝利を確信していた……というよりも、最初から勝利以外の選択肢など存在しない戦いだった筈だ。
妖精の意外性に少しばかり手を焼いたものの、小手先の技術を駆使した所で、種族としての圧倒的な優位差をひっくり返せるには至らなかった訳だが、それもまた最初から決定していた事である。
「生きていたとしても、すでに戦闘不能だろうな」
戦闘不能どころか、あのまま終わっていてもおかしくはない傷である。少なくとも、腹部と背中の傷は致命傷であり、レミリアとしてもいたぶり方が足りなかったかな、と少し後悔している程だった。
「ま、息があれば適当にトドメを刺して、早々に氷漬けになった奴らの解氷をせねばなるまい」
また、友人である魔女の手を煩わせる事になってしまうな、と思いながらもレミリアは妖精が墜ちていった周辺を見渡す。茂みの中にでも墜ちていたのならば、わざわざ探すのは手間だが正門に近い辺りに墜ちたはずだから、見つけるのは容易なはずだ。
(お、あそこか)
さほど苦労もせず、視線を落とすだけでレミリアは地面に突っ伏している妖精の姿を発見できた。
(どうやら少々、力加減を間違えたようだな……)
血だまりの中の妖精は胴体や頭、両手足とも健在で、まだ人の形を留めているが、微動だにも動く気配はなかった。もとより動く筈などなかったのだが。
(もう少し、遊んでやってもよかったが……まあ、死に顔でも見るとするか)
レミリアは妖精の死を確認するため、高度を下げようとした時だった。
何本か残っている妖精の指が、かすかに、だが確実に動いた事をレミリアの視力は見逃さなかった。
「!!!!」
出来れば、完全にトドメを刺すまでは息があって欲しいものだ、というレミリアの願いは叶えられた。
だが、それは同時にレミリアに最大限の衝撃を与える結果となる。何故なら、それは完全に意図していない光景だったからである。
「あだい……は、まだ……まげでない……わ、よ……!」
血だまりの中から声が聞こえる。紅い水たまりの中から這い上がる姿が見える。
妖精は血と贓物を引き摺りながら、腹這いで紅魔館の城壁にたどり着くと、その壁にすがるように身体を起こし、そして立ち上がっていく。
馬鹿な、とレミリアの口から漏れた言葉は一体何だったのか?
怒号か? 罵声か? 唖然? それとも或いは感嘆だったのかもしれない。
レミリアの爪は妖精のはらわたを深く抉った。腹の中で、自分の爪が小腸や大腸を切断していく感触が確かにあった。
事実、細断された腸の一部が、体外に噴出したのも確認した。
背後からの一撃では、羽ごと背骨に食い込むほどの一撃を食らわせた。背骨はもとより、肩胛骨や肋骨なども損傷しているに違いないはずだ。
妖精は元より、そこらの妖怪ですらこれだけの傷を負えば、戦闘続行は完全に不可能な筈である。
この自分が、こと戦闘に関して初心者のような戯けた間違いを犯す筈がなかった。レミリアは間違いなく、致命に関わる十分な手応えを感じていた。それは絶対の筈だった。
(……ならば何故、何故――――ここに妖精が立ち、私を待ちかまえていられるというのだ!?)
口から血の泡を吹き、流れ出した血液で地面に大きな血だまりが形成されている。
青かった服は、最初からそうだったかのように赤く染まっている。
それでも……紅魔館の城壁に背中を預け、確かに妖精は立っていた。
立ちながら、レミリアを睨むように見上げているその瞳には、一片の澱みもなかった。
それは、戦闘続行の有無を言わせぬ証でもあった。
「――――――――」
ここに来て、初めてレミリアはこの妖精に『敵』としてのはっきりとした認識を抱いた。それは強さとか弱さではない、戦士が戦場において共有する、誇りや在り方といった意識的な問題である。
紅魔館の当主となり、最低でも人間の寿命分以上の年月が流れた。
その間、自分の命を狙う他勢力の妖怪や吸血鬼、人間のヴァンパイアハンター達と数え切れないほど、血で血を争う闘争を繰り返してきた。
名誉や信仰、正義というくだらない感情のために戦う者もいれば、金や復讐、支配欲から戦いを挑んでくる者もいた。
だが、それらの大部分に共通して言える事は、最初は威勢の良いことを叫んでいても、こちらの力が遙かに強大だと解れば、掌を返したように卑屈になる奴らばかりだった。
ある者は泣き叫び、命乞いした。ある者は仲間を見捨てて逃げようとした。中には、眷属にしてくれと懇願してくる者すらいた。
そんな連中の中で、最後まで己の信念や生き方を貫き通せた者のなんと少ない事か。
それに比べて、これほどの優劣を見せつけ、致命となる傷を負ってなお、眼下の妖精はいまだに戦いを続行するつもりらしい。それどころか、自身の勝利を諦めていない。
今もなおレミリアを征伐し、妖精を解放出来ると本気で信じている。
例え、それがどんなに無知で、無謀で、愚かであったとしても――――今まで手を下してきた、有象無象のくだらない虫けら共よりは、我が一族の『敵』として相応しかった。
「正直、驚いたぞ。よもや妖精如きがこれほどの気概を見せてくれるとはな。だが、それも実力が伴わなければ只の愚者だ。
――名も無き妖精よ。貴様を我が“敵”として、最後の引導を渡してやろう」
レミリアは両手に魔力を集中し始めるが、それが撃ち出されるより早く妖精は飛翔した。背中の羽は半分以上砕け散っており、空を飛ぶだけで体中から血が滴り落ちる。
一体どこにそれだけの力が残っていたのか不思議なほどだったが、そのあまりに痛々しい姿を、レミリアは冷めたい目で見ていた。
「まだ、足掻くか」
「う…るざ……い!」
たっぷりと100ヤード近い距離を保つと、妖精は三度目になる弾幕戦を挑んできた。
だが、それも前ほどの勢いはない。ほとんど出鱈目に撃っているような、やけっぱちとも思える弾幕だった。
「あだい、は最強……なんだもん!!」
泣き声の混った声で、妖精が叫ぶ。
レミリアの周囲を氷の弾幕が掠めていくが、密度の薄い弾幕など避けてくれと言っているようなものだった。当然の如く、レミリアは軽くそれらを回避していく。
「……座して死ぬより、戦って死ぬ方を選ぶ、か。見上げた根性だが……まあ、いいだろう。これで終わりにしてやる」
レミリアは介錯とばかりに、かなり全力に近い魔力弾を放つ。それも大小入り混じった弾幕が優に百は超えている。
それらレミリアの魔力弾幕が、先ほどと同じように妖精の氷弾幕を駆逐しながら、濁流の如く妖精へと押し寄せて行く。
妖精の負傷度合いを考えれば、ほとんど満足な回避運動すらとれないだろう。魔力弾に飲み込まれ、骨まで吹き飛んでこの戦いは終わる……筈だった。
だが次の瞬間、妖精が今までに見た事もない弾幕を形成し始める。
今までの氷弾や直進弾とはまるでタイプの異なる、あえて表現すればレミリアの魔力弾に近いとも言えた。……もっとも、その規模は比較にはならないが。
「なんだ? この期に及んで、切り札でも取っておいたのか?」
しかし、それも無駄な足掻きである。
たとえどんな弾幕であろうと、自身の魔力弾を相殺出来るほどの強力な弾幕を張れる者など、レミリアが知る限り二、三人くらいしか思いつかない。
妖精から放たれた弾幕はレミリアの弾幕と交差するが、先ほどまでと同様にその大部分が魔力弾に飲み込まれ、消え去っていく。
(やはり、こけおどしだったか)
レミリアが心中でほくそ笑んだときだった。突然、レミリアのほぼ全ての弾幕が凍りつき、その動きを空中で停止していく!
「な――!!?」
さすがのレミリアもこればかりは我が目を疑い、声を荒げる。
己の魔力を凝縮した魔力弾。百近い眼前のそれらすべてを凍りつかせるなど、親友である魔女の魔法を持ってしても不可能……とまではいかなくとも、相当に困難な筈である。
「まさか――あの妖精の能力は、単純な冷気操作ではなかったという事か!?」
妖精がレミリアをも上回る魔力を持っているとは到底考えられない。事実、そういった兆候はまるでなかった。
だとすれば、残る可能性は魔力そのものを凍らせた……つまり、もっと根源的な部分――魔力を含むあらゆる物質の源、それらに直接干渉しているとでも……!?
「あ、ありえない! ありえる筈がない! そんな能力、妖精が扱うにはあまりに不釣り合いすぎる!!」
冷静さを欠いたレミリアが、そのあり得ない光景に目を奪われていると、なんと凍りついたレミリアの弾幕が、あろう事か自身の方へと移動して来るではないか!
「ば、馬鹿なっ!!?」
レミリアはここに至り、完全に動揺してしまっていた。その油断と動揺の落差が、目の前の弾幕に対する対応を遅らせてしまったのである。
レミリアが冷静さを取り戻した時には、凍りついた魔力弾はレミリアへと肉薄してしまっていた。
「くっ!」
レミリアは皮肉にも、自分自身が撃ち出した弾幕を回避する羽目になってしまった。
妖精の弾幕はまだどうとでも出来るが、自分の魔力弾の威力は自分が一番良く知っている。妖精の肉体が虚弱だとはいえ、かすめただけで肉を抉っていく威力である。まともに被弾すれば、レミリアといえど腕の一本は持って行かれるだろう。
それ故に回避に徹しなければならないのだが、魔力弾は何故か不規則な運動を行っており、回避が極めて難しい。
しかも、魔力弾は魔力を凝縮した爆弾のようなもの。下手に迎撃して連鎖爆発させてしまっても不味い事になりかねない。
「ぐはっ!?」
おちつけ、と自分に言い聞かせ、弾幕の薄い部分を探していた時、レミリアの腹部に突然の激痛が走る。何事かと見てみれば、脇腹に氷塊が突き刺さっていた。
「!!」
慌てて顔を上げてみれば、視界を覆い尽くす魔力弾幕の向こうで、妖精が氷弾幕を撃ち出しているのが僅かに見て取れた。
(小賢しい真似を……!!)
妖精の左右両方から伸びた氷塊が、向きを変え一定の距離で交錯するように撃ち出されているそれは、一番最初に妖精が使用した弾幕のパターンだった。
確かに弾幕が最終地点まで到達すれば、嫌らしい事この上ない弾幕だったが、それまでに要する時間は長く、また正面が手薄になりやすい。
だが、今の状況ではまさにうって付けの弾幕といえた。レミリアは自分自身の弾幕を回避している真っ最中で、妖精まで接近できないからだ。
一定の距離が保たれれば、この弾幕の難易度は急激に跳ね上がる。
傷自体は深くはない。この程度の傷、放っておいても数分で治る。だが、そう何発も被弾してはさすがにダメージが蓄積するし、回避運動にも支障が出る。
そこに魔力弾の直撃でも受けようものなら、さしものレミリアも無視できない怪我を負ってしまう事だろう。
そうしている間にも、妖精の氷弾幕がレミリアの行動範囲を圧迫し、今や完全に敵性弾幕と成り果てた自身の魔力弾が迫り来る。
レミリアの魔力弾では、同じ魔力弾を近距離で迎撃出来ない。凍りついているとはいえ、元は自分自身の魔力の塊である。いわば、不発弾を爆弾で吹き飛ばすようなものだからだ。
しかし、妖精の氷弾幕はその名の通り凍っている氷の塊なので、誘爆の恐れがない。こちらは手出しできないが、向こうは遠慮無く弾幕を張れるのである。
小癪な、とレミリアは毒づく。
(……まさか、ここまで計算に入れていたとでも……?)
そんな事があるはずがない、これはただの偶然の産物の筈だ。たまたま自分の得意とする弾幕が魔力弾であり、妖精の得意とする弾幕が氷弾だった、それだけの筈だ。
しかし、今はそれよりもこの弾幕を回避する事に専念するべきだ。この魔力弾さえしのぎきってしまえば、妖精には切り札がなくなる。
そうしたら、後は弾幕など使わずに直接攻撃で十分カタが付く。
氷弾の交錯部分の隙間を縫うようにレミリアは避け続けたが、目の前に迫った魔力弾を避けようとした際、羽に弾幕の一部がかすり体勢を崩してしまう。
それに一瞬気を取られたのが不味かった。一度タイミングを外すと、後はまるで蟻地獄の中でもがく蟻の如く、弾幕の袋小路ともいうべき領域に追いつめられてしまう。
「……くっ、しまった!!」
こればかりはレミリアといえど、どうしようもなかった。なぜなら、ある程度のパターンを形成している妖精の弾幕はともかく、魔力弾の方は予測も付かないアトランダム運動をしており、これらをすべて読み切る事は吸血鬼の動体視力を持ってしても不可能な事だったからだ。
「くそっ、この私がっ!」
急速に狭まる視界。背後には氷弾幕、眼前には押し寄せる魔力弾。上下左右前後を弾幕に挟まれ、すでに抜け出せるほどの隙間すら喪失していく。
「――舐めるなぁっ!!」
数発の魔弾が爆発すると、それが起爆剤となりレミリアの周囲に浮遊していた魔弾が一斉に連鎖的な大爆発を起こす。
火薬を何千ポンド分も積み上げ、一気に火を放ったかのような巨大な爆発は凄まじい爆風を発生させ、周囲の木々を根本から大きく揺らし、紅魔館の窓ガラスの大部分にひび割れを生じさせるほどだった。
何者もこの爆発の中では生きていられないのではないか、と錯覚させるほどの大爆発だったが、その噴煙が収まってくるとほぼ無傷のレミリアがその中から姿を現す。
――自身の身長の数倍たる魔槍を、その手に掲げて。
レミリアは弾幕が被弾する直前、魔槍を喚び出し弾幕を斬り払った。
魔槍の威力は凄まじく、発生した圧倒的な破壊エネルギーは魔力弾や氷弾はもとより、爆発で生じた衝撃波などもすべて外部へと押し返したのである。
「…………まさか妖精相手に、この槍を使う羽目になるとは思わなかったぞ」
――グングニル。北欧神話において、絶大なる知名度を持つ最高神オーディンが持つとされ、一度投げ放たれれば必殺必中。あらゆる物を貫き、外す事は決してない。敵を仕留めた後は、持ち主であるオーディーンの元へと戻って来る伝説上の神槍。
レミリアは自身の魔槍に、その偉大なる名を冠したのだ。ただし、単に名を騙っただけの模造品という訳ではない。
その威力は、薙ぎ払っただけで両者の弾幕をすべて消し飛ばした事実として、すでに実証済みである。レミリアの奥の手であり、同時に絶対必殺の武器であった。
高い身体能力と魔力を持つレミリアは、ただそれだけで大抵の敵には勝ててしまう。
レミリアがこの槍を手にするときは、素手では適わないと判断した時のみ。そんな戦いなど、レミリアの生きてきた長い年数の中でも、片手の指で事足りた。
それ故に、妖精如きに自身の禁じ手ともいえる魔槍を使わされた……というより、使わざるを得ない状況にまで追い込まれたのが、レミリアのプライドをズタズタに引き裂いていた。
「妖精如きに使うには些(いささ)か不相応だが……これまでの敢闘の褒美だ。我が魔槍の威力、冥土への手土産として刻みつけてやろう!」
矛先を妖精へと突き付け、レミリアは魔槍に全魔力を注ぎ込む。
そんな事をしなくても、魔槍の先端が触れただけで妖精の虚弱な肉体など、跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。だが、すでにレミリアはそんな事はどうでもよくなっていた。
ただ、全力で目の前の敵を消す、それだけが今のレミリアの思考だった。
「……?」
と、妖精はレミリアより少し低い高度までふらふらと上がってくると、目の前に氷の壁を形成し始めた。
「は、まさかとは思うが……そのようなチャチな盾で、我が魔槍を食い止められるとでも思っているのか?」
対する妖精は無言。
盾を作るのに集中しているのか、それとも減らず口を叩けるだけの体力が残っていないのか。
……今、こうしている間にも魔槍を軽く投げつければ、それで事足りるが……それではつまらない。
この槍を持ち出した以上、天地がひっくり返っても負ける事などない。ならば、妖精には全力を出し切って抵抗して貰わねば割に合わない。もちろんそれはレミリアの満足度が足りない、という意味だ。
妖精が氷の盾で受け止めようと足掻くのなら、それごと粉砕してやればいい。それぐらいの余興がなければつまらないのだ。
それにしても、残り少ないタイムリミットの中で、わざわざ余力を削ってまで防御に回る行為は理解に苦しむ。
そんな事に残りの力を注ぎ込むのなら、まだ弾幕の一つでも張った方がマシだというのに。
レミリアが見守り続ける間にも氷の壁は大きく、厚くなっていき、ついには紅魔館の城壁をも越えるほどの巨大な氷の『城壁』と化した。
それが氷であるという事を忘れるくらい素晴らしい透明度で、50インチ以上はある厚さにもかかわらず、まるで磨き抜かれた硝子のように向こう側が見て取れた。
(どうやら準備は終わったようだな……)
盾の向こう側で、妖精は攻撃に備えているかのように身構えている。それがまったくの無駄な努力になるとも知らずに。
レミリアは思考する。否、何を考える必要がある?
我が手にあるは、無双無敵の魔槍。その威力にレミリアは全幅の信頼を置いている。
全魔力を篭めて投擲(とうてき)すれば、それを遮る事など不可能。
――もっとも、以前……吸血鬼異変の時、一度だけこの槍を四重の結界で受け止めきった者がいたが――今回とは事情が違う。
たとえ、あの氷が鋼鉄と同程度の硬度を持っていたと仮定してもなお、我が魔槍を受け止めるなど不可能なのである。
「盾ごと蒸発して消え去れ!!」
レミリアは全身を発条(ばね)のように捻り、力を凝縮する。
魔力を極限まで貪り、その身に溜め込んだ魔槍は紅き魔力で溢れかえり、己が身に血を浴びる事を待ち望んでいるかの如く胎動し始めた。
「奔(はし)りなさい――――我が愛槍、グングニル!!!!」
腰から肩、そして腕へと寸分の無駄もなく溜め込まれた力を開放し、爆発させる。吸血鬼の腕力に加えて魔力でブーストをかけ投擲された魔槍は、レミリアの手を離れた瞬間から音速の域にまで加速する。
衝撃波を伴い射出された魔槍は、瞬きも出来ぬ刹那の時間で妖精の築いた氷の城壁へと到達、一瞬の抵抗すら許さずそれを貫通、粉砕した。
それでもなお寸分の威力も衰えない魔槍は、その超速度のまま遙か後方の小高い丘へと飛翔し、地面深く突き穿つ。
直後、槍に蓄えられていた魔力が氾濫し、巨大な爆発が生じる。その規模は小さな火山すら彷彿とさせるものであり、爆発が収まった後には小さな村落ぐらいならば、すっぽりと入ってしまうほどの広大な大地が削り取られていた。
「――――――――」
魔槍が牙を剥き、暴虐の限りを尽くし奔り去った後、その軌道上には何も残らない筈である。
……残らない筈だったのだ。
(――――これは夢か?)
レミリアは、我が目が正常に機能しているか疑った。それとも白昼夢を見ている可能性はないだろうか?
もしこれが夢だとしたら、実に最悪の悪夢だ。悪魔がナイトメアにうなされるとは、皮肉にも冗談にもならない。
氷の城壁は三分の一以上が消し飛んでいるが、まだ大部分が空中にその威容を示している。
残された氷壁には無数のひび割れが走り、かつての美しい透明度は微塵も残されてはいない。だが、崩壊しつつある氷壁の向こう側には、妖精が浮かんでいた。
右腕を肩口から失い、苦悶の表情を浮かべてはいるが、ただ一つの瞳から浴びせられる視線は、それでもなお戦う意思を有している。
「何故だ!? 何故生きている!!!?」
妖精が、妖精如きが、全力の魔槍を受けてなお、生きているなどあり得る筈がない。
たとえ相手が、幻想最強のドラゴンや神霊の類であったとしても、魔槍が当たりさえすれば浅くはない傷を負わせる自信があった。
吸血鬼異変の際、四重の結界で魔槍を受け止めた者だって例外ではない。あの時、もし命中していれば、その者の肉体は挽肉機に入れられた肉よりも、さらに無惨に引き裂かれていた事だろう。
伊達に神の槍からその名を拝借した訳ではない。我が魔槍には、その名に恥じないだけの威力がある。
それを人間と同等か、それ以下の虚弱な肉体しか持たない妖精が耐えきれる筈がない。魔槍が0.1インチかすっただけで、妖精の肉体は骨すら残さず蒸発する筈なのだ。
だからレミリアにとって、目の前の光景は悪夢と等しかった。己の全力が、妖精というちっぽけな存在に全否定されたかのような錯覚さえ憶えていた。
あらゆる負の感情が内包された視線で憎々しく睨みつけていたレミリアは、いまだ浮遊している氷の盾が傾いている事にはたと気付いた。
その不自然な傾斜は、グングニルとの衝突により傾いたのか、それとも……?
「まさか……いや、そんな……」
レミリアは一つの可能性を思いつくが、それを肯定する事は出来なかった。
(まさか。そんな事が果たして可能なのか?)
何度も思考を反芻(はんすう)させた末、ようやくその可能性を口に出す。
「盾に“傾斜角”を付けて、グングニルの軌道を逸らした、とでも言うのか……?」
我がグングニルは、その程度の策で回避できるほど脆い存在ではない筈だ。……しかし、現に目の前では妖精が生き残っている。あれが夢や幻ではない以上、その事実は受け入れなければならなかった。
だが、たとえそんな夢物語が可能だったとしても、ただの氷の塊でそんな奇跡が叶う訳がない。だとしたら、本当にあの氷には鋼鉄並みか、またはそれ以上の強度があったとでも言うのか……?
レミリアの背筋に冷たい物が走る。
無性に喉が渇き、掌が汗で滲んでくる。これほどの焦燥感を味わったのは一体何年ぶりか、それとも何十年ぶりか。
妖精はすでに死に体。体中からおびただしい出血を伴い、このまま何もしなくても、あと数分もすれば勝手に自滅してくれるほどの致命的な重傷である。
対して、自分は何回か被弾を許したものの、ほとんど無傷状態であり、体力、魔力とも万全とまではいかなくとも、それに近い状態である。
すでに勝敗は明確な筈だ。放置しておくだけで確実に勝利が手に入る。しかし、レミリアはそれだけの時間が待てなかった。
圧倒的優位な立場にありながら、レミリアは胸騒ぎが収まらなかったのである。
(この妖精は危険すぎる……!)
どれだけ強かろうと、真正面から力任せにぶつかってくる敵は先読みが容易であり、その対応がしやすい。しかし、直接的な戦闘力は弱くとも、この妖精のように奇手ばかり用いてくる敵は実に厄介だ。
何をするか予測できない分、その対応がどうしても後手に回る。下手をすれば出し抜かれかねない。……否、すでに十分出し抜かれたと言って良いようなものだ。
あれはもはや、多少の場数を踏んでいるというレベルではない。明らかに命を賭けた死闘を体験し、その中で死線を乗り越えてきている。それも一度や二度ではないだろう。
頭の良し悪しや、力の有り無しは関係ない。激戦をくぐり抜けてきた『経験値』とも言うべき肉体への記録が、あの妖精の実力を何段にも底上げしている。
これから先――妖精に残された時間が、たとえあと数分であろうとも――先手を打たせてはいけない。それがレミリアの結論だった。
(ここは直接攻撃で一気にカタをつける……!)
と同時に、レミリアは自身の無傷を放棄する。今こうしている間にも、妖精が何らかの『奇手』を虎視眈々と狙い、用意しているかもしれない。
レミリアは予測不可能な受けに回るよりも、多少の危険性はあっても接近し、確実に仕留める方を選んだのである。
(――――惜しいな)
レミリアは心の底から、その一言の言葉が自然に湧いてきた。
自身にここまでの覚悟を強要させる存在があり、しかもそれが妖精ときたものだ。
(もしあの妖精が、妖精としてではなく妖怪として生を受けていたならば、もっと面白い戦いが出来たであろうに)
それはある意味、形を変えた賛辞でもあった。
すでにレミリアからは、妖精がしでかした罪に対する怒りなど、欠片も残ってはいなかった。というよりも頭の中から抜け落ちていたほどである。
レミリアは、ただひたすらに目の前の敵を撲滅する事を考えていたが、怒りの感情が抜け落ちた今では、それまでとは違った冷静な落ち着きを取り戻していた。
彼我の距離は、依然として100ヤード前後はある。
いくら吸血鬼の飛行速度が速いと言っても、瞬間移動する訳ではない。1秒かそれとも0.1秒か。どんなに短い時間であれ、実際にその空間を移動する以上はカウンターで攻撃を喰らう可能性はある。
そのパーセンテージの高低など関係はない。ゼロでない以上は常に危険であり、事実、あの妖精は今まで限りなくゼロに近いパーセンテージをひっくり返してきたのだ。
レミリアはその背に誇る、黒き羽を大きく大きく夜空に開く。全力で飛翔すれば、妖精などでは視認も視覚も出来ない筈である……が、それほどの楽観はしていない。
レミリアの動きに勘付いたのか、それとも別の意図があるのか、妖精もまた、砕けた氷の羽を懸命に動かし、ゆっくりと飛行を始めた。
(……まだ何かするつもりか!?)
すでに妖精の出血は停止している。もちろん傷が癒えた訳ではない。血液という血液が出尽くし、もはや一滴の体液すら残されてはいないだけなのだ。
おそらくは、妖精の種族としての不死性のみで現状を保っているのであろうが、それも限界に近いはずだ。
潤滑油の切れた機械はいずれ故障し、停止する。血液をすべて失ってなお、生きられる生命体など存在はしない。
それでも妖精はすっと左手を上空へ掲げたまま、レミリアの周囲を飛行する。
その様は、なにかのタイミングでも測っているように見えた。
(やはり、何か狙っているな……!)
だが、特に弾幕を張る事もなければ、何か魔力の変動がある訳でもなかった。
しかし、妖精の特殊能力が単純な冷気操作ではないと仮定するならば、そんな見た目の変化など何の目安にならない。
一刻の猶予もない。妖精がまた何か予測も付かない奇手を使う前に、早く潰すべき……と身構えた所で、レミリアはその攻撃の手をも止めてしまうほどの、ある異常事態に目を奪われたのである。
妖精の背後に見える、巨大な湖。時折、紅魔館の窓から見ていたその湖の大きさや形状が、自分の知っているそれとははまるで異なっているのである。いや、普段のものと比べて明らかに小さい。
目を凝らして良く見てみると、湖の周囲には広範囲にわたって泥やら苔むした石などが露出し、それに混じって、大量の魚が口をぱくぱくとさせながら地面の上に転がっている。
それはまるで、急激に湖の水位が下降したかのような有り様だった。
「――――!!!?」
一体、これはどういう事か? 急激に湖が干上がったとでもいうのか? そんな事が起こりえるのか?
と、レミリアは周囲の気温が著しく下がってきている事に気付く。
今までも気温が下がってきている事は、なんとなく感じていた。だが、それは目の前の妖精が冷気やら氷やらを扱うせいであり、氷弾幕などの影響でこの辺りの気温が低下しているのだとばかり思っていた。
しかし、よくよく考えてみると、弾幕程度の氷でここまで気温が下がるものなのだろうか?
この気温の下がり方は尋常ではない。大ホールのような密閉された空間ならともかく、このように開けた空間の温度を下げるなど、並大抵の事ではない。
それこそ、まさにこの空間ごと冷凍されているかのようだ。
そこまで考えたとき、レミリアは胸騒ぎにも等しい激しい悪寒に襲われる。
……まさか。この気温の下がり方と、湖の水位の急激な減少、この二つに関連があるとしたら……!!
不安にかられたレミリアが周囲を見渡すが、何もない。
ただ、自分と妖精と、戦いで傷ついた森や大地があるだけである。単なる思い過ごしか、妖精に対する過大評価が過ぎたのか。
そう思いながら、レミリアは次に上空を見上げ――――
「!!!!」
上空にある異様なまでに異常な光景を確認した時、闇の支配者たるレミリアといえど痛烈な沈黙を強要され、驚愕の声がその口から漏れる事はなかった。
“そこ”に、は巨大という言葉では表現しきれないほど巨大な、氷の塊が宙に浮いていた。
満月をも飲み込むそれは、紅魔館よりも圧倒的に巨大な氷の塊だった。重量はどんなに少なく見積もっても数百万ポンドはある。
(今まで、これほどの氷塊に気付けないとは……!!)
いくら吸血鬼といえども、これほど巨大な氷塊に押し潰されれば、ほぼ致命的……下手をすれば即死すらあり得る。例えるなら、紅魔館が丸ごと落ちてくる様なものである。そして問題は、その氷塊が紅魔館より大きく、中身が詰まっているという事だろう。
(我ながら、なんという不覚!!)
レミリアは、自分自身の失態と不覚さを最大級の怨嗟で呪いに呪った。握りしめた拳から血が流れたが、自身への怒りから痛みなど知覚すらしなかった。
だが、妖精はこれほど巨大な氷の塊をいつの間に作ったというのだろうか?
いくら妖精が冷気を扱う能力を有しているとはいえ、少なくとも一分や二分では到底無理な筈である。もし妖精がこれだけの氷塊をすぐに作り出せる事が可能だったのならば、今までの戦いの中でとっくに使用していたに違いないからだ。
(だとしたら――最初からこれを用意していた?)
徹底的に弾幕戦に終始していた事も、ほとんど賭けに近いはずの魔槍の回避も、すべてこの巨大な氷塊を作るの為の時間稼ぎだったとでも言うのか?
高低差の優位性を捨ててまで、常に自分より少し低めの高度を飛んでいた事も、上空へ関心を向けさせないための布石だったとでも?
(そんな馬鹿な――――仮にそこまで考えていたとしても、途中で自分がやられる可能性の方がずっと高いではないか……!)
妖精と吸血鬼では身体能力が違いすぎる。これだけの氷塊を作るまでの長時間、時間稼ぎなど出来るはずがない。……と、そこまで考えた時、先ほどまでの戦いの様子がレミリアの脳裏をよぎった。
妖精にトドメを刺せる瞬間などいつでも……それこそ何度でもあった。だが、結局はレミリアはそれをする事もなく、少しずついたぶるように戦ってきた。
(まさか、この私が簡単には殺さないという事まで計算に……!?)
――馬鹿な。それでは。
(それでは……弄(もてあそ)ばれていたのは私の方ではないか!!)
レミリアはその考えを自己の中で否定し続けた。否定したかった。あんな馬鹿面を絵に描いたような妖精の掌の中で、無様に踊っていたなど認めたくはなかったのである。
(そんな筈は……そんな筈はないのだ。これは偶然に決まっている!)
しかし、それが偶然であろうと必然であろうと、実際に脅威が存在する以上は、それに対応しなくてはならない。
レミリアは自己の失態に対する追求を一時棚上げし、眼前の脅威に対処すべく、フルスピードで思考を始める。
何しろ、レミリアは超巨大な氷のほぼ真下に位置している。妖精を攻撃しようにも、一旦撤退しようにも、全てが中途半端な位置なのである。
突き付けられたチェックメイトの中、見上げるその氷塊は、一度では端から端までを見渡せないくらいの超巨大さにも関わらず、月明かりを難なく透過させている。
なるほど、これだけの透明度ならば気付き難くくはあるな、とレミリアは何処か現実逃避にも似た感想を抱いていた。
「潰、れ……ろっ……!!」
上空の氷に気付いてから今まで、一秒にも満たない僅かな時間ではあるが、レミリアは軽い混乱状態の中でどう動くべきか決めかねていた。
そんなレミリアに対し、審判の時は容赦なく時間切れを宣告する。
妖精が左腕を振り下ろすと、それまで風船のように浮いていた氷塊は、突如として自らの重量を思い出したかのように落下してきた。
地球の重力に束縛され加速する氷の鉄槌は、そのあまりの巨大さ故、回避など望めようもない。
グングニルを呼びだし、投擲する時間などない。
百匹の蝙蝠に変化しようとも、それごと全て潰される。
もちろん、弾幕では破壊不能だろう。
いよいよ進退窮まったかと思われた時、レミリアは何かがふっきれたような笑みで吠え叫んだ。
「――は!
私こそは誇り高きブラド・ツェペシュの末裔にして、気高きスカーレット一族の長!
暗き夜の世界を統べる、このレミリアを――――レミリア・スカーレットを舐めるなああぁぁっ!!!!」
レミリアは氷塊を睨みつけるように空中で静止すると、両手を左右にかざし身体からオーラのように魔力を噴き出す。それは氷塊にも負けない巨大な十字架を形成すると、落ちてくる氷塊を重く受け止めた。
闇に突如として現れた巨大な十字架は、一切の制御なしに放出されたレミリアの魔力そのものである。一点の破壊力ではグングニルに劣るが、その凄まじい魔力の放出はタイフーンやサイクロンなどとは到底比較にすらならないほどの暴風となり、周囲のありとあらゆる物を破壊し尽くし、絶虐への侵略対象とする。
真紅の十字架によって地上への下降を遮られた氷塊は、僅かずつではその速度を落としていき、レミリアまであと数ヤードという距離で完全にその動きを停滞させる。
「はあああぁぁぁぁ――――――!!!!」
レミリアはさらに生命力を魔力に変換し、放出し続けた。
二十年や三十年程度、いや例え百年の寿命が縮んでも構わない。そんな未来の問題よりも、今ここで地に伏っする方がはるかに重大で、そして屈辱であるのだ。
魔力の奔流で充ち満ち、溢れた紅き十字架は、僅かずつではあったが氷塊を押し返して行く。と同時に氷塊には無数の亀裂が走り、破片が飛び散っていく。
(……あと……もう少し……これさえ凌ぎきれば、今度こそ……!!)
身体中の臓器や骨、筋肉などから悲鳴があがり、血液が沸騰したかのような激痛が全身を駆け巡る。
だが、レミリアはそんな事には構わない。ただ、何かに取り憑かれたかのように全身から魔力だけを貪り、そして放出し続ける。己の誇りと勝利の為だけに。
――その時間は一分か、それとも十分だったのか……否、すでにここには時間という概念など存在してはいなかったのである。
氷塊はしぶとく、全体に数え切れないほどの亀裂が入ってなお、レミリアを押し潰さんとその巨体を落下させ続ける。この危険なチキンレースに乗ってしまった以上、レミリアはただひたすらにそれを迎え撃つしかなかったのだ。
いつまでも続くかと思われたこの均衡にも、終演の幕が降ろされる時が来た。それは突然であり、また実に呆気ない幕切れであった。
レミリアの、文字通り魂を燃やした命の十字架は、氷塊を貫き、融解させ、そして崩壊させた。
「……ふ、ふははっ、やったぞっ!」
あれほど巨大であった氷塊は、まずは中央部分から真っ二つに砕けると、その後は何か支えでも失ったかのように細かな断片へ、そしてさらに小さな破片へと自壊していく。
その様は、かつて自らを振り返りもせずに増長した人間達が、天に昇ろうとして神の怒りを買ったという、バベルの塔の末期を思わせるほど、儚い幻想であった。
その中にあってなお、魔力で形成された真紅の十字架は、レミリアの勝利を鼓舞するかのように長く、大きく、天にまで届いた後、夜というキャンパスの中で暗闇に上塗りされるように、掻き消えていった。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。
……はっ、はは、ははははっ!! どうだ!」
魔力を放出しきったレミリアは肩で息をしながら、妖精へと視線を移す。
彼女たち二人の周囲で砕け散る氷は、さながら雹や霰のように細分化され、人間大以上の大きさを残したものはほとんど見受けられない。
(――これで、今度こそ私の勝ちだ!)
すでにグングニルを呼び出すほどの魔力も残されてはいないが、身体能力だけでも妖精の十匹や百匹、軽く絞め殺せるだけの力は残っている。
今度こそ、今度こそレミリアは勝利を確信した。もはや妖精には、打てる手段は何一つ残されていないのだ。
「――!」
だが、もてる限りの奇手、奇策をすべて使い果たした筈の妖精の瞳は、この期に及んでなお勝利を確信しているかのように力強く輝いていた。
レミリアは、その瞳が気にくわない。……なぜ、どうして、この状態から勝利できる要因を見出せるというのだろうか!?
この絶望的状況を打開出来る策があるというのか?
――否、否である。そんなものあるはずがない。たとえ百歩譲って、そんな代物が存在したとしても……目の前の妖精に、それをするだけの時間も余力も残されてなどいない。
「っ――、その目をやめろ!」
放っておいてもあと数分、いや数十秒の命。だが、それすら惜しい。
妖精の現状では、すでに弾幕すら撃てるか疑わしいが、ここで勝手に自滅されるよりも、自身の手で戦いに幕を引いた方がいいだろう。
何より、その方が意味がある。それに、ここまで手こずらせてくれた“強敵”に対する礼でもある。
そう考えたレミリアは、今度こそ躊躇はせまいと妖精へと襲いかかった。
全力ではないが、かなりの高速度。負傷した妖精では、回避は不可能だろう。もっとも、負傷などしていなくても、妖精の身体能力では対応できない速度なのだが。
レミリアは真正面から妖精へと接近したが、妖精は回避も迎撃もしなかった。もはやそれだけの体力すら残されていないのだろうが、レミリアはそれでも手を抜く事はなかった。
もしかしたら無意識のうちで、妖精に対する不安感があったのかもしれない。
レミリアは妖精の死角へと瞬時に回り込み、その爪を鋭く振り下ろす。これで、本当に決着がつくかと思われた、その時。
「――ひあっ、!!?――」
突如としてレミリアの腕に走る激痛。
あまりの突然の出来事に、レミリアは紅魔館の当主としてあってはならない程の情けない声をあげてしまう……が、それぐらい予想外の出来事だったのである。
咄嗟に腕を確認してみると、まるで火傷のような火膨れ状態になっている。
(!?――――!!――――!!!!)
はっとなり、上空を見上げたレミリアの目に飛び込んできたもの、それはレミリアの勝利を押し流す――“雨”――であった。
そしてレミリアは全てを理解する。自身には、勝利を呼び込める運命など残っていないという事実に……。
レミリアはつい先ほどまで、氷の真下で魔力という『炎』を盛大に炊いていたのだ。それは吸血鬼にとって、自分でギロチンの留め金を外すに等しい愚行だった。
しかもその重大性に気付かず、あろう事か勝利に酔いしれ、自ら『雨』の中へ飛び込んでいくとは……。
「――“氷”は、溶ければ“水”になる。……こんな……こんな、ガキでも解る簡単な理屈を失念していたとは――」
大部分の氷は、レミリアの膨大な魔力によって吹き飛び、細かき破片や雹となって湖や森などに落下したが、それでも融解した氷のもたらす水量は甚大だった。
吸血鬼にとって流水は弱点の一つである。全身を流水で焼かれれば、それこそ命に関わりかねない。
一刻も早く、この場から逃げ出さねばならない。
だが、局地的なスコールとも言える膨大な流水の真っ只中へと投げ込まれたレミリアに、退路を見出す事など不可能であった。
まるで頭から酸を浴びせられたかのように体中がただれ、白煙を上げながら焼き尽くされていく。
羽は早々に溶け落ち、一部には骨が露出し始めていた。
(なるほど、妖精のあの絶対の自信はこれだったのか……)
奇手や奇策など無くてもよかったのだ。……ただ、動かずに待っているだけで、間抜けな吸血鬼が自ら死地へ飛び込んでくれる。
(ふん。あれだけ妖精を散々見下してきた私が、結局は一番の間抜けだったとは……)
先ほどまで全身を貫いていた激痛は、今はほとんど感じなくなった。それは痛覚を感じる神経までも焼かれたという事であり、すでに末期に近いのだろう。
指先はとっくに白骨化し、美しく月明かりに照らされていた耳や鼻、優雅に紅茶を嗜んでいた唇も、今では見る影もなく溶け落ちているが、幸いなことにレミリア自身がそれを見る事はなかった。
(私は、どこで間違えてしまったのだろうか……?)
妖精の実力を見誤ったからか?
殺せる機会は腐るほどあったのに、それを実行しなかったからか?
単に、運が悪かったからか?
――いや、違う。すべては初めて妖精と相対した時。
妖精の運命を垣間見、その能力をこの目で確認してもなお……小物と侮り一笑に付した時から、すでに私の運命は負けていたのだ。
ほとんど見えなくなった狭い視界の片隅では、妖精もまた力尽きたのだろう、徐々にその高度を落としていく……が、このまま行けば先に地に伏すのは自分の方だった。
(ふん……認めるのは……悔しいが、貴様の……勝ち、だ……)
僅かに残された五感が、地面に落下する衝撃を感じ取った時、そこでレミリアの意識は静かに途絶えた。
不思議な暖かさが辺りを包んでいる……ような気がする。人間で言えば、太陽の下で寝ころんでいるとでも言うべきか?
吸血鬼たる自分が言うべき比喩ではないが。
それとも、暖炉の前で居眠りをしているとでも言い換えるか。
――不思議だ。
と、そこでレミリアは自分が意識を取り戻した事を知った。考えられるということは意識があるという事である。
もっとも、ここが死後の世界や夢の世界でなければ、の話ではあるが。
「――――――――」
ここは? と寝ぼけ眼で辺りを見渡せば、天井も内装も見覚えのある物ばかり。つまり、そこは自分の寝室であった。
つい反射的に身体を確認してしまってから、完全に目の覚めたレミリアは自分の行動に苦笑する。どうやら、またあの時の夢を見てしまったようだ。
(ここ最近は見ていなかったのに、今になってあの夢を見るとは……)
一体、あの時から何十年もの年月が経っているというのだ。
一定周期で見てしまうその夢。
どうやら相当トラウマになっているようだが、それも仕方ない。あんな妖精一匹に、屈辱的な惨敗を喫するなど、忘れろという方が無理だ。しかも馬鹿を絵に描いたような性格なのである。
時計を見れば、午前十一時前後。完全に真っ昼間である。今、この部屋の雨戸を開ければ、吸血鬼が忌み嫌う太陽の光が飛び込んできてしまうであろう。
眠りについてからまだ四時間も経ってはいないが、目の冴えてしまったレミリアは、ベッドの近くに置いてある小さな魔法のベルを鳴らす。
その音色は、この館にいる限り、何処に居ても必ずある者の耳に届くようになっている。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
ベルを鳴らしてから一秒も経っていないのに、すでにその従者はレミリアの眼前に控えていた。
彼女は十六夜咲夜。人間でありながらこの紅魔館でメイド長をしている。
そのメイドとしての働きぶりと人間離れした実力で、先代メイド長であるスザンナからも、これなら後釜を任せられると太鼓判を押されてその座を引き継いだ。
もっとも、メイド長の交代時期の前後に何やら多少のトラブルがあったようだが、それに関してはレミリアの関与する所ではない。
たとえ、人間である咲夜が上司となる事に不満を持った別の従者が、全身ナイフまみれで壁のオブジェとなっていたとしても、だ。
この紅魔館に仕えるからには、それくらいの火の粉は振り払えて当然。代々のメイド長が交代する前後には、必ずと言って良いほど発生する、恒例行事だからだ。
例外としては、スザンナが就任した時ぐらいであろうか。あの時は吸血鬼異変の直後で、ありとあらゆる事が混乱している真っ最中であった。
先代メイド長は後任を決める事もなく戦死してしまったので、レミリアが新しいメイド長としてスザンナを直々に指名すると、特に問題もなく決定したのだ。もっとも、それも何十年も過去の話だ。
「目が冴えてしまったの。しばらく起きてるから、お茶の準備でもして頂戴」
「かしこまりました」
咲夜がそう答えるか、答え終える前にレミリアはすぐに用件を修正する。まったく忙しない主だが、早く用件を伝えないと咲夜が消えてしまうため、ぐずぐずはしていられないのだ。
気紛れを言う側も、なにげに大変である。
「あ――ちょっと待ちなさい」
「なんでしょうか?」
「やっぱり、このまま起きているわ。少し外に出たいから、パチェに伝言を伝えて欲しいの。
あと、着替えるから手伝って」
「かしこまりました」
次の瞬間、まるで手品かなにかのように、咲夜の両手には折りたたまれたレミリアの普段着が音もなく存在していた。
着替えを終えたレミリアが、従者を伴って紅魔館のテラスへと移動する。
二階の屋上部分に設けられたテラスでは、数名の妖精メイド達が待ち受けていた。手には清掃用具を持っており、咲夜が声をかけるとお辞儀をして出て行った。
どうやらレミリアが着替えている間に、妖精メイド達へ清掃を命じていたようである。流石は完全で瀟洒なメイド長。その働きぶりは歴代のメイド長の中でも三本の指に入るだろう。
レミリアが席に着くと、すぐに紅茶とお菓子が用意される。
咲夜を傍らに控えさせたまま、レミリアは「今日はいい天気ね」などと、吸血鬼にあるまじき言葉を口にしながら遠くの景色を眺めた。
このテラスから眼前に見える景色は、湖と森林のみ。その湖にも、濃い霧がかかっている事が多いのだが、今日は霧は出ておらず、湖のほぼ全景を見渡せる。
「……? あれは……?」
湖上には小さな点が二つ浮かんでいる。
この距離を持ってしても、何やらただならぬ雰囲気が察知できるその動き方に、レミリアは戯れとばかりに目を凝らすせば、見覚えのある二つの影が何やら言い争っているように見える。
やがて、片方の氷の羽を持った青い影と、箒にまたがった白と黒の影はどちらともなく距離を取り、当然のように弾幕ごっこが開始された。
二人の放った弾幕により、空の一辺が様々な色や形の点描によって染められていく。
(ふん……例の問題児二人か……)
二つの影の正体に見当がついたレミリアは、暇つぶしの余興にと、その戦いを眺めながら紅茶でも嗜もうと思いたった。しかし、レミリアがカップを手に取った時には、湖の上で戦っていた青い影は、もう片方の白黒の影いに吹き飛ばされていた所だった。
一筋の煙を曳きながら落下して行った青い影は、途中で持ち直す事もなく湖に大きな水柱を立てる。その間抜けな着水音は、これだけの距離があるこのテラスにまで聞こえてきた。
まだカップに口も付けていないのに、いくらなんでも早すぎる決着。レミリアは内心で呆れかえった。
(あれが、この私を曲がりなりにも屈服させたヤツの成れの果てとは……)
箒にまたがった白と黒の魔法使い――霧雨魔理沙――は、その速度を落とすことなく対岸の目的地……要するにこの紅魔館へと近付いて来る。
「待ちなさい!」
視界の片隅では、いつものごとく門番が立ち塞がり、
「今日も、ちょっと通らせてもらうぜ!」
「貴女の場合は、ちょっとじゃないでしょう!?」
いつものごとく魔理沙との弾幕ごっこが始まる。
……そして、その結果もほぼ決まり切っている。
「――くそっ、背水の陣だ!」
「悪いな、これ以上の背水はないぜ?」
門番である紅美鈴を軽く突破した魔理沙は、そのまま中庭を跳び越え、紅魔館内部へと進入して来る。
この時の進入経路は特に決まっておらず、正面玄関から堂々と入ってくる事もあれば、窓や勝手口などから入ってくる事もある。つまりは、その時の魔理沙の気分次第なのであった。
「こ、こらっ! 待ちなさいと言ってるでしょう!」
「待てと言われて、待つのは馬鹿だけだぜ」
魔理沙を取り逃がしてしまった美鈴は、門から中庭近くまでは追ってきたものの、それ以上は追跡しなかった。
門番とは、その名の通り門の番人。屋敷の内部とは、管轄も責任も違うのである。
それに門番がたった一人の侵入者にかまけて、いつまでもそれを追いかけている事は好ましくはない。
門番が持ち場を長く離れていれば、本来守るべき場所が手薄になる。そこへ別の侵入者がやって来るという事態も考慮しなければならない。前の侵入者が囮という可能性もありえるからだ。
……もっとも、今の幻想郷ではそんな非常事態など、起こりえないのだが。
あるとすれば、一年に一度ぐらいの頻度で発生する、異変の際に組まれる特別警戒の時か、たまにやって来る天狗の記者や、それとも人間の里からの使者への対応ぐらいか。
「あうう……また魔理沙さんに逃げられてしまいました……」
がっくりと肩を落とし、ゆっくりと正門へと戻っていく美鈴。
屋敷へと進入した魔理沙は、内勤のメイド達やメイド長である咲夜が対応するだろう。それが来客用のもてなしなのか、弾幕ごっこによる歓迎なのまでかは判らないが。
「まったく……美鈴はまた進入を許したようですね。これでは何のための門番かわかりませんわ」
「ふふっ、確かに最近は負け込んでいるようね……。
昔は鉄壁の防御力を誇った紅魔の守護神も、近年の平和で少しばかり錆び付いてしまったかしら?」
美鈴は特に気付いていなかったようであるが、その一部始終は己の主に知られる所となっていた。
咲夜は、魔理沙を通してしまった美鈴の責を問うているが、レミリアは気にかける様子もなく紅茶を嗜んでいる。
「いつも言われているその事ですが、私は美鈴がそのような評価を受けていたとは到底信じられないのですが……」
「なにも不思議な事じゃないわ。……貴女だってそうでしょ、咲夜。
私がどんな手段を持ってしても侵入者を排除しろ、と命ずれば貴女は侵入者を生きて返すかしら?」
「屋敷を踏みにじる者に対する制裁として、お嬢様がそう望むならば」
「そういう事よ」
「?」
「パチェが本気で魔理沙を追い返そうとするならば、人間の魔法使いなんかでは到底抜く事の出来ない結界を何重にも張るぐらい、造作もない事だ。
それをせずに、わざわざ『抜け道』が用意されたトラップを使用している時点で、パチェの内心など理解できるというもの」
だろ? というレミリアの言葉はの中には、同意を求めた意味を内包している。咲夜としても反論すべき箇所はないので、「その通りでございますね」と、レミリアの言葉を肯定した。
「今この時ですら、時間を止めて魔理沙を縛り上げる事ぐらい簡単に出来るのに、それをしない奴もいる事だし、な?
――もちろん、悪い意味ではなくでだぞ」
そう言い、レミリアは不敵な笑いにも似た、はにかみを見せた。続き、咲夜もまた軽く微少で答える。
「それが叱責の意味だったならば、今すぐ魔理沙を地下室へ放り込んでいた所ですわ」
もしもレミリアが本気で侵入者を拒み、それを望んでいたとするのならば、魔理沙はこの館へ一歩どころか指一本すらの進入も出来はしないだろう。
おそらくは、初期防衛地点……いつも魔理沙が容易く突破している門番……紅美鈴の守る紅魔館正門で、その侵攻は容易く跳ね返されるはずである。
数百年もの長き年月を、侵入者の血と屍を持って門を護り続けてきた最強の守護者に対し、スペルカードルールなしで決闘を挑み、その背後の道を無傷でこじ開けられる者など現在の幻想郷に一体何人存在するのだろうか。
……少なくとも、魔理沙はその頭数には入ってはいない。
いわば連日繰り返される魔理沙の進入と、それを排除しようとする紅魔館側の対応は、それ自体が大きな弾幕ごっことも言える『遊び』であった。
もちろん今の幻想郷には、スペルカードルールというものがあり、さらに吸血鬼条約で縛られている以上は、即死・即滅亡に繋がる物騒な手段や、危険な手段に訴える事は出来ないという誓約もあるにはある。
それでも、門番である美鈴、メイド長である咲夜、そして魔女であるパチェリー。彼女たちはその事を理解し、また本人達も面と向かっては迷惑だの何だと言いながらも、この『遊び』を内心では楽しんでいた。
なにより、この紅魔館の主であるレミリア自身がこの『遊び』を望み、楽しんでいるのだ。
そうでなければ、いくら今の幻想郷が昔に比べて幾らか平穏になってきたとはいえ、そう何度も進入を繰り返されてなお、生きて屋敷からの帰還を許すという恥辱を、紅魔館側が平然と容認する筈がない。
ただし、魔理沙自身が人間としては破格の強さを持っており、スペルカードルール上に置いては紅魔館住人の誰であっても――たとえ当主たるレミリアであっても――互角以上に戦い、そしてそれを打ち破る可能性を持っているが故に認められた『特権』であるという事も、強く強調しなければいけない部分ではあるが。
「――およ? 吸血鬼が真っ昼間からこんな所で日光浴とは、ちょっと正気を疑うぜ?」
「……あら? 目の前で堂々と侵入した来たがこそ泥が、平然と私たちの前に現れる事の方がおかしくなくて?」
何を考えたかそれとも考えていないのか。よりにもよって、魔理沙はテラスでくつろいでいたレミリア達の前へと現れると、平然とした態度で箒からひょいと飛び降りる。
レミリアは魔理沙への対応の手間よりも、よくもまあ逃げも隠れもせずにここへ顔を出せるものだとという、その大胆不敵な思考に呆れていた。
「それは違うな。私は今は何も盗んでないから、こそ泥なんかではないぜ。
……強行突破してきた事については、百歩譲って認めてやってもいいが」
「百歩も譲らなければ認めないのね。
まあいいわ。それより、今まで盗んだ本があるでしょ? それに関しては何万歩譲れば認めるのかしら?」
「盗んだんじゃない。借りてるだけだぜ、死ぬまでな」
「相変わらず、減らず口と言い逃れだけは一人前ね。
私達を前に、そこまで何度も呆れた言い訳を吐いたのは貴女が初めてだわ。そしてその記録は金輪際、破られる事なんてないでしょうね」
「それは光栄だな。褒め言葉として受け取っておくぜ」
「貴女の場合、本当に褒め言葉として受け取っている場合があるから怖いのよ……」
レミリアの皮肉も、魔理沙にはどこまで通用しているのか。目の前で呑気そうにしている人間の魔法使いに対して、レミリアは溜息をつきそうになったが何とか堪えきった。
皮肉が通じない人間ほど、会話に苦慮する事もないのだ。
「ところで、こんな所で本当に何してるんだ?」
「見て解らないかしら?」
「…………紅茶を飲んでいるな」
「そう。たまには昼間のティーブレイクもいいかと思って、用意させたのよ」
「なんと言うか、吸血鬼の発想じゃないな」
「ふふっ、そこが優雅でしょう?」
「……どこがだ?」
「ま、人間にはこの優雅さは理解できないのね」
ふふん、と笑うレミリアの頭の中では「昼間にティータイム→あえて弱点の中で優雅に紅茶を飲む私恰好いい!」という図式になっているのだと推測されるが、それは人間に置き換えてみれば溶岩のまっただ中で飲食するようなもので、どこが優雅なのかさっぱり理解できない。
ただし吸血鬼たちにとってみれば、もの凄く優雅に見えるのかも知れないので、魔理沙はこれ以上の追求を止めておいた。
「……ふーん。ありきたりな事を訊くけど、日光は大丈夫なのか? まあ、ここにいる以上は大丈夫って事なんだろうけどな」
「その事もばっちり対策は打ってあるわ。ほら、上をご覧なさい」
魔理沙が空を見上げると、上空には大きな雲がぷかぷか、というより、どっしりという感じで浮いていた。紅魔館の真上だけではなく、ある程度は周囲もカバーしている程に大きいが、雨雲と言うほどに黒くはなく、一見しただけでは少し分厚いだけの雲にしか見えない。
ただし、通常の雲が風に流されてゆっくりと動いているのにも関わらず、その雲だけは空中で根を這ったかのように静止していた。
「あー、パチュリーの仕業か」
「そう。パチェに頼んで、紅魔館の真上だけ雲を置いて貰ったのよ」
こんな芸当が出来るのは、魔女であるパチェリーだけだ。
……という例えも語弊があるが、より正確に表現するならば、魔理沙自身や魔理沙と同じく魔法の森に住んでいる、もう一人の魔法使いでも同じような事は時間と費用を無視すれば、一応は可能だろう。しかしその費用対効果は死ぬほど最悪なものになる筈だ。
親友に頼まれたからと言って、ホイと気軽にやってのけるパチュリーの魔力は、相変わらず桁違いなものがある。
「……で。長い前置きになったけど、どうして侵入者の貴女がここにいるの? 図書館とは方向が逆よ」
魔理沙は、その質問には答えず「んー、そうだな」と呟きながら、レミリアの対面に向かい合うような形で、置かれていた椅子に腰掛ける。
「ちょっと、何で貴女までここに座っているのよ?
……というか質問に答えてもらってないんだけど?」
「一つ目の質問に対しては、単に飛んでたらお前らが見えたんで、純粋に何をしているのか気になっただけだ」
「じゃあ、二つ目の答えは?」
「うむ、話をしている内に小腹が減ってきてな。私にもお茶とお菓子を頼む」
「……呆れた。盗人に追銭する奴が何処にいるのよ」
「私はまだ何も盗ってないぜ? 盗人ではないから客人だな」
「本当に一度、閻魔に口の中か頭の中を調べて貰った方が良いわね」
お茶菓子が出てくる事を当然のように待ち受けている魔理沙の態度を見て、レミリアは呆れたような口調で、傍らに控えていた者の名を読み上げる。
「――咲夜」
「畏まりました」
レミリアのただ一言のみで、命令は伝達する。完璧な従者に余分な言葉は不要なのだ。
一瞬咲夜が消えたかと思うと、魔理沙の前にレミリアと同じ紅茶とお菓子が、整然と並べられていた。
突然目の前に出現したこれらのお茶は、咲夜が時間を止めて煎れたのである。お菓子類はキッチンまで作り置きしていた物を取りに行っていたが、時間を止めていたので当然ながら本人以外にとっては、まさに一瞬……いや一瞬以下の出来事なのである。
しかし魔理沙は咲夜の時間停止能力については、嫌になるほど知っていたので今更驚くべき所ではなかった。むしろ、魔理沙にとって驚くべき箇所は、テーブルの上に置かれているお菓子類の高い完成度のほうであった。
「おっ、悪いな咲夜。
……へー、これはまた美味そうだな」
口へと運んだ名も知らぬお菓子の感触とその味覚に、思わず魔理沙の口から「美味い」という実直な感想が飛び出した。
その後も、美味い美味いと頬張る魔理沙の姿は少女としてあまり褒められたものではなかったが、真っ直ぐな意見として自分の料理を褒められ、咲夜としても嬉しくないという感情はありえなかった。しかし、そこは悪魔の館の完璧で瀟洒なメイド長。
澄ました顔で「褒め言葉でも嬉しいですわ」と瀟洒に返した。
「いや、咲夜の作る物は何だって美味いぜ?
いつも思うんだが、毎回来るたびに違う物が出るのに、その全部が一様に美味いのが凄いよな。ひょっとしたら、不得意な料理を探す方が大変なんじゃないか?」
「ふん、当たり前だろう。咲夜の作るものが美味くない筈がない」
主からの意外な褒め言葉に、咲夜は内心で喜びに満ちあふれる。ただし、決してそれを表には出さない。
「ほう? レミリアが純粋に他人を褒めるのは珍しいな。まあ、自慢したくなるだけの腕ではあるがな。
しっかし、こんな美味いものを毎日食べられるって羨ましいよな……」
「だったら、うちで働いてみればいいじゃない。
毎日咲夜の料理が食べられるし、パチェの本だって読み放題よ?」
「そいつは魅力的だ、と言いたいが遠慮しとくぜ」
「ふふっ、安心しなさい。私も貴女なんて雇う気はさらさらないから。
あと一言だけ付け加えておくのなら、お前は侵入者という所だけは認めたのだからな?」
「侵入者にもてなしを施した時点で、客人と認めた事になってるぜ」
「――――――はあ、お前の減らず口には勝てる気がしないよ、まったく……」
レミリアは紅茶を一口啜り、口内を湿らせた。まったく魔理沙の舌は何枚付いているのか。呆れを通り越し、感心してしまう程に良く回る舌だ。
その魔理沙は、紅茶を飲んで「熱っ」と漏らした後、猫のように舌を冷ましている。どうやら良く回る分、熱には弱いようだ。
「少し熱すぎるぜー」などと咲夜に話しかけていた魔理沙に、レミリアは少し気になっていた事を訊いてみた。
「ところで、話は変わるが魔理沙。お前はこの屋敷に侵入する前、湖の上で一戦やらかしていたな?」
「ん? 見ていたのか。その通りだぜ。ここからじゃ結構遠いと思うが、よく分かったな」
「あんな派手な弾幕、嫌でも目に入ってくるよ。
と、そこで一体誰と弾幕ごっこをやっていたんだ?」
「ああ、チルノだけど?
まったく、あいつ弱い癖にあの湖を通るとき、いつも喧嘩をふっかけてくるからな」
魔理沙はやれやれだぜ、と大袈裟な頭(かぶり)を振った。その様子を静かに見ていたレミリアは、更に魔理沙へと質問を重ねた。
「ほう……弱い、か。お前から見て、チルノは弱いと思うか?」
「ん? まあ……そりゃあ、妖精という事を考えりゃあ強いとは思うぜ? 妖精の中ではただ一人、スペカを使えるんだしな。
だけど所詮は妖精だろ? 速度や回避力も特筆するほど高くはないし、そもそも魔力だって並の妖精よりは高いが、並の妖怪よりは低いはずだ」
自信満々にそう答える魔理沙に対し、レミリアはつい「ふっ」と、失笑にも似た笑いをこぼす。
それが魔理沙には気に食わない。
「なんだよ、何が可笑しいんだ?」
「そのチルノ相手に、お前は一度被弾を許した事があるそうじゃないか」
「――――なっ、何年前の話を持ち出してくるんだよ! くそ、誰が言ったんだそんな事……!」
「以前、神社に行ったときに霊夢から聞いたが?」
「うう、霊夢のやつ……!」
「自分の不注意を人のせいにするな。それに話を聞いたのは紅霧異変が終わってすぐだから、結構前だな」
「そ、そうだよ。確かにそれぐらいの時、一回だけ――いいか、一回だけ被弾した事はある。だけど、後にも先にもその一回だけで、それ以降負けた事なんてただの一度もないんだ!」
必死で釈明する魔理沙は、いつもの不遜な態度とは違いかなり焦っている。まるで、宿題を忘れた子供のような言い訳のようにも見えた。もっとも、本当に魔理沙の生きてきた年月は一般的に言っても「子供」に分類される年齢なのだが。
そんな魔理沙を正面に捉えながら、レミリアは顎に手を当てながら何かを考えているように見えた。
「……ふうん。一度だけ、か」
「そうだよ、悪いか?
……ああ見えてもチルノの弾幕って結構、初見殺しっぽい部分があるしな」
「初見殺し……まあ、確かにな。あの妖精の弾幕の中には、かなり嫌らしい弾幕も混じってはいるな。
完全な不規則運動をする多弾弾幕は、多少の手練れであっても手を焼くであろうよ」
「ん? パーフェクトフリーズの事か?
まあ、確かに他の弾幕は一度回避方法を見つければ何とでもなるが、まったくのランダム弾は始末が悪い。
何せあいつ自身にも予測できないらしくて、一度なんか自分の撃った弾幕に被弾していたぐらいで…………ってなんだ、お前随分詳しいな?」
「………………」
一呼吸分の時間のあと、レミリアは何もなかったように話を続ける。
その僅かな変化に、いつも側で仕えている咲夜だけは気が付いたが、彼女はレミリアの従順な従者。レミリアが何も言わなければ、わざわざそんな小さな変化を他者へ知らせる義務はない。
「忘れたか? あの異変はスペルカードルールが適応されて初の異変だったのだ。その主催者として、周囲の勢力に気を配るのも当然の配慮だ」
「ああ、そういえばそうだったな。
そうか……言われてみれば、あれが初めてスペカを使った異変だったな」
魔理沙は当時を懐かしむように両腕を組み、うんうんと何度も頷いている。
「当時としても、よく考えられた上に面白そうなルールだって思ったもんだ。今更ながら、このルールを考えついて、普及させた霊夢の事を凄ぇ奴だってつくづく思うぜ」
「ふふん、流石は私の霊夢ね」
「何でそこでお前が得意げになるんだよ。そして霊夢はお前のものではない」
魔理沙の鋭い突っ込みは華麗に流された。もちろん、レミリアの霊夢所有発言も真面目に受け止めている者はいない。少なくとも、一人以外は。
「スペルカードルールは本当に良く考えられている。
そこいらにいる凡愚な妖精や妖怪、人間如きが、吸血鬼たるこの私はもちろん、天狗や鬼に天人、そして神までもとルール上は対等に戦えるのだからな。
――もっとも、ルールを『対等』に普遍させる上で、相当に割りを食っている連中もいる……というより、幻想郷ではその割合の方が多いだろうけどな」
「その辺りのコメントについては、私は多くは語らないぜ」
「ふん。まあ、『恩恵』を一番受けているのはあんた達、人間だからね」
「人間だけじゃなくて、妖精もそうだし、妖怪の中にも恩恵を受けている奴は沢山いると思うぜ?」
「ま、食物連鎖の基本はピラミッド構造だからな。妖怪の中にも取るに足らん底辺連中は沢山いる」
「それだけじゃない」
「?」
「例えば、河童だ。あいつら水中じゃ、ものスゲー強いらしいが、陸の上じゃ人間とそうは変わらないらしい。まあ相撲は強いらしいがな。
それで、もし河童が天狗なんかと陸上で戦う事になったら、圧倒的に不利だ。だがスペルカードならそれが大分緩和されるだろ?」
「なるほど。……知識と理屈をこね合わせて説明するところは流石は魔法使い、パチェと同じだな。
まあ、そんな事を言ったらパチェに睨まれるだろうが」
レミリアはそう言い、笑いを噛み殺した。
その様子を、魔理沙は腹立たしくも苦笑しながら見つめていた。こんなくだらない事だというのに、パチュリーと同格扱いされた事が、ほんの少しだけ嬉しかったりするのだ。
「ところで魔理沙。お前は、もしスペルカードルールなしで戦った場合、チルノに勝てると思うか?」
「――いくらスペルカードルールがなくなっても、チルノの魔力では現状とそう変わらない威力の弾幕ぐらいしか撃てない筈だ。他の妖怪ならともかく、チルノなら負けはしないと思うぜ。
それに、あいつ馬鹿だしな」
「ふっ、浅はかだな」
「なにっ!?」
「スペルカードルールがない戦いだったならば、お前は今ここには居ないよ。……初見の被弾の時点で、な。
ま、あいつが馬鹿な点は私も同意するがな」
「――――――」
レミリアの言わんとしている事の意味を理解した魔理沙は、言葉を失い唇を噛んだ。
スペルカードルールがない戦いとは、すなわち命を賭けた戦い。そして命というものは、肉体的強度を無視すれば人間であれ妖怪であれ一人に一つしか持たないものなのだ。つまり、魔理沙は一度目の被弾で、そのたった一つを失っていたという事になる。
と同時に、なぜ今日に限ってこんな事を言ってくるのか、その真意を掴めないでいた。なにせ普段のレミリアは弱者に対して関心など持たないからだ。
「今日のレミリアはどうも変だな。
さてはレミリア、もしかしてチルノに弾幕ごっこで負けたとか言うんじゃないだろうな?」
「なにを馬鹿な。
相手がチルノならば何千回戦っても負けることはない。そもそも私はチルノと弾幕ごっこなどした事もない」
冗談半分で魔理沙がレミリアをからかったが、返ってきた答えは冗談も巫山戯も混じってはいない。それを訊いた魔理沙は、何か引っかかる物があったが、まあ当然かとそれ以上追求しなかった。
「余計なことを聞いて悪かったな。じゃ、私は今度こそ行くぜ」
「待ちなさい」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「パチェとばかりじゃなくて、たまにはフランとも遊んでくれないかしら?」
「……前向きに検討しておくぜ」
「それは肯定と受け取っていいのね?」
「悪魔の耳は都合が良すぎるな。まあ、弾幕ごっこがなければいつでも歓迎だぜ」
「ふふ、そう? 咲夜、大事な『お客様』をご案内してあげて」
レミリアの言葉は『お客様』という部分だけを強調していた。その中に込められた意味など、推測するまでもない。
いつの間にか魔理沙の背後に立っていた咲夜は、案内役ではない監視役。魔理沙はやぶ蛇だったかと、少々後悔もしたがそれはそれ、とポジティブに気持ちを切り替えた。
「あー、レミリア。私からも一つだけいいか?」
「何かしら? 大事な客人ですもの、盗み以外の事なら多少の無理は聞いてあげてもよくてよ?」
「そうか。なら言うが、お前こそフランと遊んでやらないのか? 結構前の話になるんだが、フランはお前があまり構ってくれないと嘆いていたんだ。
今は、ちゃーんと改善されているんだろうな?」
「……前向きに検討しておくわ」
「それは肯定と受け取っていいんだな?」
「こそ泥の耳は都合が良すぎるな。……ふん、まあ考えておくわ」
「こそ泥じゃないって言ってるだろ」などと捨て台詞を吐きながら、魔理沙がテラスを後にする。
少々やぶ蛇だったかと思いながらも、レミリアはその後に続く咲夜を見送る。咲夜とパチェが居れば、フランもそうそう弾幕ごっこに訴えてくる事はないだろう。
それにしても、とレミリアは魔理沙が人間の男でなくてよかったものだ、と一人口元を釣り上げる。あれは自覚がないのに、周囲を引きつける。
その点で言えば霊夢と似ているかもしれない。もっとも、霊夢は他者への介入は積極的ではないが、魔理沙は積極手に他者へ介入するという大きな相違点があるが。
咲夜が残してくれた紅茶を静かに嗜みながら、レミリアは先ほど魔理沙と交わした会話を思い返していた。
……確かに私はチルノと戦った事はない。少なくとも『弾幕ごっこ』では。
あの時、魔理沙は『弾幕ごっこで』と訊いた。だから私は『戦った事はない』と答えたのだ。決して嘘は言っていないだろう?
実際に、弾幕ごっこ……スペルカードルール上では、チルノと何千回戦っても負けないだろう。チルノの弾幕ごっこの強さは平均的な妖怪のそれと大差はない。……だがそれでチルノが弱い、と言い切れるか?
答えは『NO』だ。
弾幕ごっこの強さが本当の強さではない事は、門番である美鈴を見れば理解できる。
美鈴は地上戦、そして格闘戦に限定すれば、この私とすらほぼ互角に戦える程の猛者だ。また、それでなければこの館の門番など任せてはいない。しかし、弾幕ごっこにおける美鈴の強さはどうかといえば、人間である魔理沙には敵わない。
当然ながら私も誓約は受けている。グングニルも不夜城レッドも、真の威力の一割も出し切ってはいない。しかし、それでも圧倒的な地力によって、弾幕ごっこでも上位に食い込めるのである。
チルノは、その点では美鈴と似ていると言えなくもないが、大きく違う点がある。
美鈴のそれは修行により得た幅広い技術で、相手が何者であろうと隙を作らせない。そして二度、三度と再戦しても応用が利く。
しかし、チルノのそれは全てが応用が利かず、同じ相手と再戦すれば敗北は必至。
大ホールを氷漬けにした奇襲、グングニルを逸らした盾、巨大な氷塊での強襲。
奇襲や強襲、奇手に奇策。そして相手の油断につけ込んだ変則的な戦術。それらこそがチルノの本領であり、そしてチルノはそういう戦い方しか出来ないのだ。
だが、チルノが本来得意とする戦術は、そのどれもが弾幕ごっこでは使えない物ばかり。
弾幕ごっこはにおいては、発動と同時に完勝してしまうような攻撃はもとより、逃げられない弾幕を張る事も、相手に致命となる攻撃をする事も禁止され、さらにスペルカードを使う時には、わざわざ『宣言』までしなくてはいけない。
その上、面と向かい合ってよーいどんで戦いが始まり、スペルにも時間制限がある。こんな『実戦』など、一体どこに存在するというのか。
もともと弾幕での戦いがあまり得意ではなかったチルノにとって、弾幕ごっことは切り札を封じられて戦っているに等しいのである。つまりチルノの強さは弾幕ごっこの外にあるのだ。
ありえないだろうが、仮にスペルカードルールを排除した殺し合いが起きたとしても、私はもうチルノには負ける事はありえない。
すでにチルノの戦法・戦術は全て見知り、そして見切っている。
だが、今度はお互いの手の内を出し尽くす戦いにはならない筈だ。何故なら、万が一戦うような事があれば、戦闘の開始と同時に全力で攻撃し瞬殺するつもりだからだ。
チルノを侮っているわけではない。理由はまったくの逆だ。
私はあのチルノの“恐ろしさ”を知っている。馬鹿は予測が付かないとはよく言った物で、スペルカードルールの『誓約』が外れたチルノが、どんな予測不能な奇襲・奇策で不意打ちしてくるか予測がつかない。
故に後手など選ばない。先の先で瞬殺、これが最良の選択肢である筈だ。
だが、何度も言うようだが、そんな事態などまずあり得ないだろう。
今の幻想郷は平穏に満ちている。そして、この平穏を誰しもが深く望み、スペルカードルールを初めとした『誓約』を受け入れてまで、それを永く維持しようと努めている。
そのために霊夢のような博麗の巫女という存在が在り、そして八雲紫を中核とする妖怪の賢者達が、幻想郷の管理を行っている。
かくいう私も、今の平穏を好いている。吸血鬼異変の時のような己の命をかけた全力での殺し合いも決して悪くはない。だが、このだらだらと続くつまらなくて退屈で、それでいて面白い平穏な幻想郷。そんな生活を受け入れてしまっている。
テラスから下を覗いてみれば、中庭で妖精メイド達が和気藹々と談笑し、その片手間に手を動かして自分の周囲を掃除したり花壇の手入れをしている。
「は、どこまでも呑気な連中だ。
お前達を助けるため、命がけで戦った者がいた事など、もはや記憶の片隅にすら残ってはいるまい。
そもそも、知ってすらいるかも怪しいがな」
チルノに敗れたレミリアは、全回復するまで三日もかかった。特に魔力を使い切っていたのが不味かったらしく、肉体の再生が通常より著しく低下してしまっていたのだ。
だが、その頃には美鈴を始め、氷漬けにされていた従者達は全員助かっていた。助けてくれたのは、もちろん親友のパチェだ。
従者は反対したが、約束は約束だと、私は館の妖精を全て逃がした。これで紅魔館からは働き手が居なくなり、一時期は日々の食事の用意すらままならなかったのだが、一ヶ月もすれば新しい妖精たちが住んでいた。
そんな程度のものだ、妖精とは。馬鹿だから何の疑いもせず館に集まり、馬鹿だから辛いと逃げ出し、馬鹿だから前の苦労など忘れて館に戻る。
しかもメイド服などを支給して、以前より待遇をちょっと良くしただけで、妖精達は逃げる事もせずに今の今まで、そのまま居座り続けている。
そんな妖精のためにチルノはこの私と戦ったのだ。
……もっとも、妖精に対する認識を改めたのは間違いなくチルノとの戦いの後だ。その意味では、チルノは紅魔館で働く妖精達を『助けた』と表現しても良いかもしれない。
チルノは、我が紅魔館から妖精を救うために戦いに来た筈だったが、館から逃げ出した妖精達がチルノに何らかの礼をした、という噂は今に至るまで耳に入っていない。
それも当然だ。誰からも助けを求められた訳でもない。ただ自分の目で確認したというだけで殴り込みにやってきて、必死の思いで仲間を解放しても感謝されない。いや、それどころかチルノ自身、その能力故に普通の妖精達からは嫌われているというではないか。
では一体何のために戦ったのか? 名誉、誇り、栄誉……そんなものではないだろう。
自尊心? 確かにチルノは最強にこだわっているが、それだけで戦えるものなのだろうか?
何か理由があるのか、それとも何も理由はないのか。
人間に対し悪戯はするが、それ以上の事はしない。ちゃんとスペルカードルールを理解した上で、その範囲で可能な行動を取っている。それはつまり、チルノにはチルノなりの行動原理があるという事だ。
そうでなければ代々の博麗の巫女によって、とっくに退治されるか封印されているかされている筈だ。
なにせスペルカードルールが制定される以前、チルノはあの強い力を、少なくとも退治される程には“悪用”して来なかった、という事になるのだから。
……だからこそ、解らない。
あの時、チルノは何故どうして、一握りの見返りも一片の名声も求めず、戦いを挑んできたのか。力を悪用してこなかったチルノが、命を賭けてまで?
考えれば考えるほど、チルノという存在が不気味になる。
何せ、この私に勝った事を吹聴していないのだ。あの性格から、情けをかけているとは思えない。相打ちならば勝ちにカウントしていないのか、それとも単純に再生したら記憶がリセットされるのか。もしくは常人には理解できない何らかの理由でもあるのか。
これほどまでに不気味で恐ろしい存在を、皆、口を揃えては見下し、馬鹿だ馬鹿だと罵っているその様は、可笑しくて可笑しくて実に堪らない。
紅霧異変時に、霊夢と魔理沙に敗退した事もあった。それ以降も、私は弾幕ごっこで大抵は勝利してきたが、やはり負ける時もあった。
しかし、悔しくはない。チェスやポーカーなどと同じ、弾幕ごっこは結局は遊びの延長。弾幕ごっこで負けたのならば、弾幕ごっこで勝ち直せばいいだけの話だ。
弾幕ごっこで負けたからと言って、命を奪いに行くような幼稚な真似は死んでもしない。
――だが。命をかけた勝負で私を屈服させた妖精、チルノ。そいつにリベンジマッチ出来ないのが、悔しくはある。
たとえ何千回、チルノに弾幕ごっこで勝利を重ねたとしても、それは何の意味もないものだ。
もし出来るならば、何の制限も誓約もなく戦い、あの時の借りを返したいという気持ちもあるにはある。このままでは、まるで勝ち逃げされたみたいだからな。
だがまあ、それもよいか。
我が生に数少ない敗北を刻んだ、最強の妖精。その教訓を、これからの長い寿命で生かせる訓戒と出来るのならば、その代償としては悪くはないだろうよ。
(――だから、せめてもう少し、あの情けない態度はなんとかならないものか)
テラスから見下ろすその下では、ようやく湖のふもとまでたどり着いた……というより、流れ着いたチルノが、涙ながらに這い上がってきた所だった。
それを美鈴や、同じく門番努めをしている妖精メイド達があやしながら、チルノを正門付近の待機所まで手を引いて案内して行く。
年月とは、ある意味とても無情なものであるらしい。
平穏を受け入れ、それを望み、その中に生きていると、大切な何かを得る代わりに、別の大切な何かを失ってしまうようだ。
そして年月はまた、傷つけられた戦痕をも修復する。
あの時付けられた紅魔館周辺の戦痕も自然の回復力の中に隠されてしまい、それを見つけ出すことは容易ではない。仮に見つけ出したとしても、その意味を知る事はないであろう。
――それにしても。
吸血鬼異変から僅かも経っていない時期。幻想郷全体がピリピリとした空気に包まれていた時に、あれだけ派手な戦いを起こしてしまったのにも関わらず、それから何日も何年も、そしてついには今日に至るまで、隙間妖怪からも山の天狗達からも何も通達はない。
何故か? そんなの私が知る筈もない。
ただ、連中が全く知らなかったという事などありえないだろう。現に紅霧異変の時などはちょっかい出してきたしな。
「……沈黙こそは雄弁に語る、か。
何かの意図かそれとも陰謀か。利用されたのは私か、それともチルノか。或いはその両方か」
――気に食わない。いずれ隙間妖怪も締め上げ、本当の事を吐かせなければならないだろうが、遺憾ながらそれは今しばらく先の事になりそだ。
「……さて。私も、久しぶりに図書館にでも、顔を出してみようかしら」
レミリアは少し冷めてしまった紅茶を飲み干すと、カップを静かに置いた。
とその時、落雷のような爆発音と共に、地震のような地響きが視界を二、三度揺さぶった。妖精メイド達は一瞬何事かと辺りを見回していたが、音の発信源が図書館だと分かると再び仕事という名の談笑へと戻った。
「ふふっ、ふははははっ!」
誰もいないテラスで、ただ一人レミリアは小さく笑い転げた。
「――ああ。これだから現在(いま)は面白い!」
やはり今は最高だ。歴史の歯車が一つ違っただけでも、今の紅魔館の姿にはなり得なかっただろう。その歯車の中に霊夢や魔理沙などと並んで、あのチルノも当然入っている。
その事実に再び笑いながら、レミリアは大きく羽ばたき飛翔する。
(さあ、久々に私も遊んでみようかしら!)
この時のレミリアの笑顔は、もはや吸血鬼が獲物を狙う時の物でも、戦場で敵をなぶる時の物でも、闇を支配する者の不敵な笑みでもなかった。
その事に本人は全く気付いまま、煙を上げている図書館の天窓へと飛び込んで行く。
――本当に年月とは無情なものらしい。
その光景を満足に見ていたかもしれない、小さな隙間が閉じた……ような気もするが、それもまた幻想。
終
――ある時、ある場所で――
小山一つ分はありそうな程の氷塊と、それに負けないほどの巨大な十字架のせめぎ合いを、遠くから眺めている二つの存在があった。
それは空中に腰掛け、遙か遠くで起きている死闘を満足そうに眺めていたが、やがておもむろに指で空中をなぞると、そこに出来た空間の切れ目に身を潜り込ませる。
「最後まで見届けないんですか?」
横に控えていた従者の問いに、その者の主は「もう結果が見えたもの」と答えた。
「結果、ですか?」
九尾を風に揺らしながら、従者は主へと聞き返した。
「妖精の勝ちよ」
「私の計算では妖精の勝率は現時点で0.79%以下ですが、何か重要な計算違いがあるとでも?」
「貴女もまだまだね。妖精の勝率は0.38%以下よ」
「? 余計に下がっていますが……」
「それは普通に戦った場合よ。
今までの戦闘を見れば判るでしょ? 当初、貴女は妖精が戦闘開始後、一分後も生きている可能性は十億分の一もないと言い切った。
……けど、実際に妖精はああして、すでに二十分以上の時を戦っている」
「確かにその点では私の見通しが甘かったと素直に認めなければなりませんが……」
従者は首を捻りながら、主の言葉の意味を探った。なにせ自分の主は謎かけのような問答が大好きで、従者たる自分が言うのは烏滸(おこ)がましい事だが、その思考は実に不可解なのである。
「申し訳ありませんが、おっしゃっている意味が理解できません」
「そうね……これはあえて言うのなら『くぐってきた修羅場の違い』とでも言うべきかしら?」
「と言うと?」
聞き返す従者に対し、主はただ一つ、作ったような笑みで返す。
それは「貴女もまだまだね」という意味を含んだ笑みなのだ、という事だけは理解できた。
「ふふ、それじゃあヒント。
あの吸血鬼は恐ろしく強い。けど、戦闘経験は年齢と比較してみれば思ったほど多くはない。何故なら、そう強くない敵に関しては、いつも従者が対応してしまうから、雑魚と戦う必要性がなかったの。
まあ……温室育ちのお姫様と、野生を生き抜いてきた野良との違いというやつかしら」
そう言うと、その者は隙間の中でくすくすと笑う。
「気になったのなら、残って結果を見れば良いわ。
99%、妖精の勝ちよ」
「残り1%は?」
「吸血鬼のお嬢さんに、理性が残っていれば妖精が負けるわ。ただし、相当カッカしてるから、多分“頭上の危機”にまで気付いてはいないでしょうね」
じゃあね~、などと手を振りながら、その者は消えていった。
後に残された従者は、眼前で続く前代未聞の光景をどうやって他の賢者達に報告するべきか、頭を悩ませながらただ見守る事しか出来なかった。
だがこの主従の会話も、その者達が見ていた筈の戦いも、その後の歴史では伝えられていない。
それと締めに紫を使うのは上手く話が纏まる手段ではありますが、内容に対しての関連が薄く、安直であるように思えます。
許せるっ!
読み疲れてお腹いっぱいだから寝るよ!
防ぐのも難しい上に効果覿面すぎるぜ。
新鮮な切り口でした。
チルノがピンチの時に駆け付けてくるお嬢様か・・・いいね!燃える!!
それを危機してルールを作った霊夢はやはり天賦の才があったのだと。
このチルノだと雨の日は敵無しですねww
レミリアが焦って自滅するのはどうかと思う・・・
こうしてみると確かに真剣勝負でのチルノは強そうだ!
元が尊大な態度だから最終的に負ける話にし易いのだろうと思いますが、こういう扱いもいささか見飽きた感が拭えぬままでした
黒幕タグあったので誰か何か仕掛けをしてるのかと楽しみにしてみたものの少々残念。
チルノについても力の可能性はもっと有ると考えるのもアリかもしれませんが
いかに力大きくとも知慧が回らず活かせない、そのアンバランスさが規格外といえど彼女を『妖精』に留めてる要因じゃないかなー、と
百戦錬磨で素直に経験に変えて能力活かした姿は読んでて違和感拭えぬままでした。
そもそも美鈴クラスを不意とはいえ一瞬で氷漬けに出来てたら大蝦蟇相手に負けてない気は…(文花帖参照)
お嬢様はそろそろチーちゃんに全面的にデレて良い頃とおm(グーングニル
これだけの力を妖精の思考で振るう存在なんて、吸血鬼以上に警戒するべき存在ですし
それなのに弾幕ルール以前からほぼ野放しというのはちょっと……
とにかく魔王然としたお嬢様と対するチルノがかっこいい。
古き良き少年漫画を読んだような感じがしました。
ご馳走様でした。
レミリアとチルノでは氷という時点で相性が最悪でしょうね
多分馬鹿じゃなかったら冷気を防げるか避けれるかをできない者には
普通の勝負では負けなしではないでしょうか
その時にも他キャラが踏み台にされていて、要はチルノがいかに強いかを
都合よく描写されているところは同じかなと…
あなたの中のチルノは最強ですね
起承転結の『起』・『結』が弱いように感じましたが
>>普段はてんで大した事ないのに、いざという時は信じられない底力を出すというイメージがありますが何か?
↑に賛同してしまったのでこの点数でw
次回作があればまた読ませていただきます
話の内容も作者は王道を狙ったのかもしれませんが、王道という感じよりむしろご都合主義的?な感じが
見え隠れしているように思えます
そもそも紫が裏で手を引いている理由がわからん
ただ文章としてはそこまで酷く破綻していませんし普通のバトルものとしてなら、面白く読めました
何より私はチルノもレミリアも嫁キャラではありませんから限りなく公平に読めましたw
低い点数入れてる人の中には、レミリアがやられてるから批判してるって人もいるんじゃないですか?
バトルものって必ずどちらかが負けるから、両方の顔を立てるなんて難しいと思いますけど、作者がこれらの
批判批評を取り入れて次回作を作るつもりらしいので、その期待値をこめてこの点数で
数度の攻撃が致命傷であれば。
あまりにもたらればが多すぎるような。
このような不確定状況の中、開幕一手を見ただけでチルノの勝ちと
断じる紫にも違和感が強いです。
と言うか経験で奇襲を回避したりするのは可能だろうけど、チルノが
行っているのは経験の上での咄嗟の行動の枠を超えた十分すぎるぐらいに
頭を使った「策」のレベルなので、チルノが経験を頼りに無意識的に
行ったと言うのは強引過ぎるかと。
一撃の威力と貫通力に特化したグングニルを逸らせる盾なら、
凡百の妖怪相手なら正面から幾ら攻撃されても耐え切れるでしょうし。
スカーレットデビル相殺するほどの氷塊とか普通に上級妖怪名乗れるレベル。
何より技術も経験も無くてもただ吸血鬼であるだけで他を圧倒できるからこその
「種族的カリスマ」であり露払いをする部下が着く。
個人のスポーツとかやったら分かると思うけど策略が通用するのは、
ある程度拮抗できるだけの地力があってこそ。
レミイ派なのでバイアス掛かってることは否定しないがスペカルールでも5ボスは堅いハイパーチルノ
この内容で本当は強いけど能力を発揮しきれないと言うのは無理がある。
ご都合主義的なところも含めて王道の少年漫画のようなお話でとても楽しめました。
良いものをありがとうございます。
本当に少年漫画らしい作品でした。
たとえどれだけ馬鹿でも、ここ一番ではまぐれでも奇跡でも、とにかく勝つのが主人公。
そういうことです。
(夏の紅より、寒い時の妖の方が弱かったあたりらしすぎる)
レミリアが倒されたのは強者故の余裕もあったのでしょうが、やはり原因は部下への気遣いが足りなかったからではないでしょうか。配下が氷漬けにされたのに気付かないのはどうですかね。また、チルノは最初からあの氷塊を用意して置いて、もし自分が一撃で殺された時に操る者がいなくなった氷塊が落ちるという仕掛けもしてあったのではないですかね?
ただ氷の盾の発想はなかったww
どんなけ低温なんだww
レミリアが負ける流れは特に強引とか変だとは思わなかった。チルノ頑張った。
紫のシーンの意図は良くわからなかった。黒幕?
ただ個人的に、某死神漫画並に「なん……だと……?」系統の台詞を連発しまくってるのがちょっと気になりました。
けどとても面白かったです!
ていうか、チルノがレミリアに勝てない等と言ってるのがいますがそれなら非想天則はどうなるんですかねww
最強の氷精、スペルカード以前の死闘。
とても好きな作品です。面白かったです。
結局なんなの、って言うと、最初から最後まで「チルノ強い」しか描かれてないような気がする。
長いのに言ってることが少ない。すなわち、くどい。
それで読みにくくなっちゃってる。
ついでに言うと、チルノ視点がちっとも語られていないのが疑問に感じる。
ターミネーター見てるみたい、って言えば伝わるかな。チルノがそう見えて仕方ないんだよ。もはや恐怖だよ。
また、レミリアの扱いについて批判が多いのも理解できる。
まちがいなく「王道な敵」にはなってるけど、その代償ていうか、すごい小物な印象を受けるよね。
以下は個人的思考なんだけど、
1~4面組が実はめっちゃ強い、みたいな話はよくある。それ自体は全然かまわないし、むしろ読んでて楽しい。
だけど、それで5、6面ボスと本気でぶつかって勝利する、というと反感をもたれるのは当然。
まずは原作ありきで、その強さを測る指標はステージ順しかないんだから、不和を引き起こすに決まってる。
それを覚悟したうえで公開したのか、というのは問いたい。いわゆる、二次創作としての注意事項という奴。
だがチルノ側の描写が少なすぎる、表現がいちいちくどい、妖精なのに肉体の概念があるのか、突っ込みどころはほぼ過去コメにある通りなど、気持ちよく読めない部分も多い。
あとこの作品に限った話ではないが、高圧的な言葉で吠える描写が多い程かませっぷりが露呈するのは二次創作に多いよね(笑)