梅雨入りを控えた六月。日々曇天が続く中で珍しく晴れたこの日、僕森近霖之助は新たなる好奇心の種を探しに無縁塚へとやってきていた。
空には雲ひとつないし、時たま吹く風がちょうどいいくらいの涼しさを運んでくる。商品を探すにはまさにうってつけの日だ。
とは言っても実は今日はそれほどの期待をかけて来ているわけではないのだった。
少し前に雨も降ったことだし、商品にできるような状態のいいものはおそらくほとんど落ちていないだろう。
そう思いつつも、久方ぶりの晴天だというのに家でじっとしているのももったいないわけで、言わば気分転換に出てきたようなものだ。
長らく来ていなかったせいで、辺りを見渡せば多くの品々が転がっている。僕はその中からわずかながらの状態のいいもの達を選り抜いていった。
何か特別興味を引くものでもあれば状態に関わらず持っていくのだが。そう思っていたところに、ちょうど僕の目に飛び込んできたのは一冊の雑誌だった。
表紙はボロボロだし、表紙から数ページは濡れたままだ。日に当たっていた後ろ半分ほどは濡れた後乾いて完全にくっついてしまっている。
僕は躊躇無くそれを拾い上げると台車へ乗せた。
見たところ他にめぼしいものはなさそうだし、僕はそのまま帰ることにした。
最後に拾った雑誌、○経PC。最初の一文字は表紙が破れていて読めないが、重要なのは最後の二文字だ。
PC、すなわちパーソナルコンピューター。
自宅で物言わず眠り続けるそれを動かすことができるかもしれない。
普段よりもずっと軽い台車を引いて、僕は上機嫌で自宅へと向かった。
ようやく香霖堂へ着いた時、時刻はちょうど正午を過ぎたあたりだった。
店先に台車を止め、荷を下ろし始めようとしたところで店の扉に紙が貼られているのに気が付いた。
『いないようだからパチュリーんとこ行ってくる。 ↓適当に食え↓ 』
足元を見れば、そこには簡素な包みに巻かれたお菓子。クッキーだろうか。
ふむ。この間の八卦炉のメンテナンスの礼と言ったところか。
最近また色々とお転婆を繰り返しているようで心配していたが、ちゃんと女の子らしく成長しているようだ。
あらかたの荷を倉庫に仕舞い終えると、僕は拾ってきた雑誌を広げた。幸いにして前半部分はそこまで濡れてはいないようだし、半日もすれば乾くだろう。
ページが張り付かないように一枚一枚めくり、根元から1ページずつ切り離してゆく。
本としての体裁でなくなってしまうのは残念だが、このまま乾かしてくっついて読めなくなってしまうよりはずっといい。
ページ順を忘れないように順番に縁側へ並べ、重しを一つずつ置いた。
あとはただ待つだけだ。今回こそ、倉庫で眠り続けるパソコンを動かす情報が見つけられるだろうか。
パソコン、パーソナルコンピューター、PC。呼び方は様々あれど、これらの能力は一つ。
それは情報の収集及び処理をすることだ。
情報を収集するパソコンを用いるためにこうやって情報を求める、というのは中々妙な話に聞こえるが、少し考えてみればこれは至極当たり前なことだとすぐに気付く。
霊夢や魔理沙には以前言ったことがあるが、パソコンとは幻想郷で言う式神のようなものだ。
決定的に違う点は、このコンピューターはパーソナル、すなわち個人に属するものだということ。
つまり、外の世界では八雲藍に匹敵するような能力を持ったそれを個人個人が所持しているということになる。とんでもない話だ。
だが本当にそうだろうか?いや、そんなはずは無い。
もし本当に外の世界が一家に一台八雲藍、いや一人一台八雲藍な世界だとすれば、コンピューターが幻想入りなどするわけがない。
これほど便利な物、一度使いこなしたら手放すことなどできなくなって当然だ。
しかし現実にパソコンは幻想郷に入ってきている。これが意味することは、外の人間とて皆が皆パソコンを使いこなせるわけではないということだ。
式の能力というものはその主の能力に比例する。それこそ八雲紫と八雲藍がいい例だ。
主が適切な使い方をできなければ、コンピューターはその能力を発揮することはできない。
パソコンを動かす情報が集められないということはパソコンを使役するだけの能力がないということだ。
おそらくこうしてパソコンを動かすために本を探したりするのも、外の住民の全員が通った道なのだろう。
乾くまでにはまだまだ時間がある。僕は魔理沙のクッキーをつまみながら、今まで集めた本でパソコンの復習をすることにした。
何杯目かのお茶が湯呑みから消え、僕が三冊の本を読み終えた時、外では太陽が既に半分ほど山間に隠れていた。
縁側へ顔を出してみれば、夕方の涼しげな風に干したページがヒラヒラと舞っている。これならいけそうか。
綺麗に乾いたページを順々に並べなおすと、僕は逸る心もそのままに縁側で座り込んで読み始めた。
『コア2デュオ』なる新技術の特集から始まるそれは、いとも簡単に僕の心を捕らえた。
わからない単語も少なくはないが、初めてこういった本を読んだ時に比べれば格段に理解しやすい。
少し前にパソコンを一つ分解して内部の名称と用途を一つ一つ自分の能力で解き明かしたことがかなり活きているようだ。
このコア2デュオとは、CPU――計算をするためのもの、つまり人間で言うところの脳にあたるそれのコア、核を二分割する技術らしい。
これはすばらしい。考えれば考えるほどその理がどれほど優れているか思い知らされる。
大量にある事象を一つずつ全力で処理していくより、それらを並列で同時に処理していくほうが間違いなく効率がいい。
膨大に大きな仕事一つをこなす場合にはその限りではないかもしれない。例えばタイムマシンを作るとして、必要になるのは何人もの秀才よりたった一人の大天才だろう。
だがそうではなく、簡単な仕事が複数あるような場合は並列処理のほうがずっとよくなる。
僕がさっきまでこれらのページを乾かしつつ、本を読みながら魔理沙のクッキーを食べていたのと一緒だ。
あれを一つ一つ順番にやっていたら、それこそ時間の無駄というものだ。
しかし、外の世界の技術には本当に感嘆せざるをえない。
道具というものは、本来一つの目的のために生まれるものだ。
例えば鎌は草を刈るために。眼鏡は視力を補助するために。鍋は調理をするために。
だが、パソコンの用途は情報収集、処理、そして演算。それはつまりなんでもできると言っているのと変わらない。
周囲の情報を集め、その要不要を処理し、それらの情報に対しアクションを起こす。そして今やパソコンはそれらを並列していくつも同時に行えるのだと言う。
それはもはや僕達生物とほとんど変わらないところまで来ていると言うことだ。
いつしかパソコンの周囲で最もよく見られる情報、人間達が不要だと判断される日が来たら一体どうなってしまうのだろうか。
つい先日自分の主と喧嘩して館から主を追い出したメイド長のことを思い浮かべて、僕は一つため息をついた。まぁ今では和解してちゃんとメイドをやっているらしいが。
その後一時間ほどかけてざっとページを見渡してみたが、どうやら他に僕の求めるものはないようだった。
デジタルカメラやアイポッドと呼ばれる周辺機器の解説が詳しく乗っていたが、肝心のパソコン自身を扱えない僕には今のところ必要の無い情報でしかない。
くっついてしまっている後半のページもなんとかめくってみたが、ほとんどのページが白くはがれて読めなくなってしまった。
なんとか読めたページもパソコンの広告やらで埋まっており、僕は無事に読めたページだけ残して雑誌をゴミ箱へと投げ込んでしまった。
少し遅めの夕食も終わり、昼間の疲れと汗を湯で流しながら僕が考えていたのは森の人形遣いと八雲の式神のことだった。
自律人形を目指していると語った彼女。無から作り出したものに思考を与えようというのは、パソコンを作った者と全く同じ考え方だ。
八雲紫が制御する式。自らの仕事を命令によって処理、計算させるというのはパソコンの用途そのものだ。
パソコンは彼女達両方の特性を併せ持っている。
しかし、今回僕が学んだコア2デュオという方式は彼女達には使えないだろう。
人形遣いは未だ思考や処理に至るほど研究が進んでいないようだし、八雲の式はもともと並列処理の可能な自身の脳を有している。
だとすれば、彼女はどうだろうか?
ふと思い立ったその思考に、いてもたってもいられなくなる。
今はおそらく九時頃。向こうに着く頃にはかなり遅い時間にはなってしまうが、あそこの住人ならばそれからが活動時間といったところだろう。
僕は足早に風呂から上がり、服を着替えた。
そしてそのまま机の上にまとめておいた雑誌のページを手に取り、湯飲みに残った茶の一杯を飲み込むと、夜の幻想郷へと躍り出た。
あぁ、そういえばまだ魔理沙は向こうにいるのだろうか?
紅魔館についたのは結局十時過ぎになった。
門番の紅さんは僕の顔を見るなり快く通してくれた。
レミリア様を見に来られたんですね、などと彼女は言っていたが、レミリアなら今は和解したばかりのメイド長とよろしくやっているだろう。
特別会う用事があるわけでもないし、邪魔をするのもどうかと思い僕はそのまま図書館へ向かった。
珍しい来客に図書館の主は少しだけ驚いた様子ではあったが、雑誌のページを手渡すとそのまま貪るように読み始めた。
彼女も僕同様に自分の好奇心に正直なタイプだ。好奇心は猫を殺すと言うが、この館にネズミがよく来るのはそのせいかもしれない。うちにもよく来るそのネズミは、今日はもう帰ってしまったようだが。
そうこう考えている間に一気に読み終えたパチュリーは、片手に持った紅茶の一息を入れるとゆっくりと話し出した。
「あなたがこれを持ってきた意図がよくわかったわ」
「どうかな?僕としてはいけると思うんだが」
「八雲の式は元々強力な妖怪に式を乗せているからこの方式は意味が無い。人形遣いはまだこのレベルまで達していない。だからうちの小悪魔を、と思ったのでしょう?」
彼女の使役する使い魔は、元々彼女が魔力を消費して呼び出した存在だ。
それに割く魔力半分で呼び出せる使い魔を二体を使役し、仕事を並列処理したほうが効率はぐっとよくなる。
特にここのような図書館では本の整理などといった小さな仕事がたくさん回ってくるだろうし、かなり効率はあがるはずだ―――と、僕がそんな風に考えたのだと彼女は思ったのだろう。
「けれども私は小悪魔との契約を解除する気はないわ。まぁ割と気に入ってるのよ、あれはあれで」
「ふむ、少し勘違いしているようだね」
「……言ってみなさい」
悪魔とは元々無から生まれた存在だ。
一定以上の濃度の魔力と、何かしらの概念が組み合わさって生まれる。
怠惰から生まれたベルフェゴール。
暴食から生まれたベルゼバブ。
淫夢から生まれたサキュバス。
そんな無から生まれた存在である悪魔達はその精神に大きく依存し、その精神は他者からの影響を受けやすい。
そして肉体は精神の奴隷、という言葉の通り、元々無であった悪魔達の肉体は精神状態によって大きく変動する。
サキュバスやインキュバスの姿が、とりついた人間の好みの姿になるというのもこの理屈だ。
つまり―――
「小悪魔の精神を二つに分割することで、肉体を二つに分けようということね?」
「その通り。最後まで説明する必要な無いようだね。第二の肉体の精製にはかなりの魔力が必要となるが、これは常時魔力を必要とする悪魔との契約と違って必要となるのは最初だけだ」
「最初の魔力さえどうにかしてしまえば、あとは今までと同等の契約魔力量のみで二体分使役できる、と」
「どうだい?」
「悪くない。すこぶる悪くないわ」
なるほど好感触、というわけか。ならばあとは問題になるのは魔力量と、小悪魔本人の気持ちか。
いきなり自分が増えるなどと言われたら誰しも驚く。朝起きたら僕の隣に僕が寝ていたらどうだろう。……いや、嫌悪感よりも好奇心が優先しそうな気もする。
まぁ僕の場合は置いておいて、間違いなくたいていの人はこれからあなたは分裂します、などと言われれば強烈な反意を押し出してくる。そこをどうするかだ。
パチュリーとて、自分が気に入っているという使い魔に対して強制はしたくないだろうし。
「適当な魔力実験だって言っておけばいいわ」
……全然そんなことは無かった。騙す気まんまんのようだ。
「いいのかい?」
「ま、問題があったらまた一つに戻してしまえばいいわ」
なんという暴君だ。
しかし、考えていなかったが切り離す時よりも一つに戻す時の方が問題があるんじゃないだろうか?
半分ずつに切り離した瞬間は全く同じ二人だ。すぐに戻せば元の小悪魔に戻るだろう。
だがそれぞれ別々の経験を積み、別個の人格に育った後でそれらを合体させて元の小悪魔に戻れるのだろうか。
「あなたも言った通り悪魔の肉体は精神に依存し、悪魔の精神は他者に依存する。今の小悪魔の姿形、精神構造を覚えておけば合体した後で元通りになるわ」
そういうことか。とすれば小悪魔の方に問題は無い。あとは魔力量についてということになる。
「そっちのほうも大丈夫よ、今日は喘息の調子もいい」
「ということは」
「準備にかかるわ。レミ……じゃなくてそこのメイド見習い。小悪魔を呼んできて。今すぐにね」
はい、とか細い声で返事を一つして、パチュリー側付きのメイドは本棚の奥へと消えていった。
なんだかずいぶん聞き覚えのある声だった気がするが、メイド長以外にここのメイドの知り合いはいないし、遠目にも背中から生えている羽が見える。妖精メイドの一人だろう。ただの勘違いか。
そうこうしている間にパチュリーは既に地面へ難解な魔方陣を書き写して終わっていた。
肉体を形どる魔力の濃度を保つためのものだろう。見れば、魔方陣の端の方から色が変わっていっている。既に魔力の充填中ということか。
しばらく見ていると、小走りに小悪魔が駆け寄ってくるのが見えた。
さぁ、始まりだ。
コア2デュオという技術は、果たして使い魔に応用することができるのか。
それができたからといって僕のパソコンが起動するわけではないが、好奇心を育てるのは大切なことだ。
いつしかそれが思いもよらない発見につながることだってある。
だが今回は僕ができることはもう何もない。あとは頭を空っぽにして彼女達を見ているだけでいい。
「来たわね。ちょっとした実験をするから、そこの陣の中に立っていて頂戴」
「あ、この中すごい魔力たっぷりですねー。ああ、パチュリー様の味が体中に染み込んできます……」
「……客人もいるからあまりそういった表現は避けるように」
「え゛、あ、香霖堂さん、いや、本日はお日柄もよく」
気にしないでくれ、と一声かけて、僕は魔方陣から少し下がった。
精神を扱うのには相当の集中が必要になる。下手な邪魔をしないほうがいい。
小悪魔は引きつった顔をしているが、彼女は優秀な使い魔だ。すぐに落ち着くだろう。
「目を閉じて自然体に。そうね、波一つ無い湖にぷかぷかと浮いているようなイメージで」
「……はい」
「そう。いいわよ、そのままになさい。息を吸って、止めて。息を吸って、止めて」
すぅぅ、と小悪魔の深呼吸がここまで聞こえる。
その呼吸が止まった瞬間、パチュリーの右手が閃いた。
精神が半分に切れるのに音があるのか、それとも魔方陣が立てた音なのか。スパン、という小気味いい音とともに、小悪魔の体が煙と化す。
黒い煙はあっという間に巨大な魔方陣を埋め尽くし、外からは全く中が見えなくなってしまった。
「首尾はどうだい?」
「……少し魔力を入れすぎたかもしれないわね。想定していたより煙が多いわ」
見れば、真っ黒なその煙は既に図書館の天井にまで達していた。15、6メートルといったところか。
だがその煙もだんだんと薄くなってきている。肉体の構築が今まさに行われているのだろう。実験の結果はすぐに出る。
薄まった煙の奥に見えるのは、影が二つ。
長い茶色の髪。
背中には黒の翼。
あぁ、どこからどう見ても小悪魔だ。
ただ問題は、それら小悪魔の象徴とも言うべき記号をそれぞれが一人ずつバラバラに持っている点だろうか。
あとはまぁ、彼女の言った通り魔力の入れすぎなのだろう。片方は少しばかりサイズが大きい。
何はともあれ、祝辞と弔辞を述べねばなるまい。
祝辞は小悪魔に、弔辞はパチュリーに。小悪魔からすれば大幅な昇進だ。なんせ悪魔から死神になったのだから。
パチュリーがこちらを振り向いた。思い切りこちらを睨んでいる。僕は目をそらした。
ああ、うん。間違いなく君が今想像している通りだ。申し訳ない。
悪魔の肉体はその精神に依存する。そして悪魔の精神は他者の精神に依存する。
コア2デュオなんて名前だ、イメージしてしまうのも仕方ないだろう?僕だってなんとか頭を空っぽにしようと頑張ったんだ。
ガイーン、ガイーンと大きな足音を立てながら、翼の方の小悪魔が魔方陣から歩き出た。
それを見ながらもう片方の、茶色い三つ編みの小悪魔は叫ぶのだった。
「死ぬぜぇ!俺の姿を見た者は、皆死んじまうぜぇ!」
どう見てもデスサイズヘルです。本当にありがとうございました。
駄洒落的な発想と話の流れは良かったです
けど自律稼動する(っぽい)1/1デスサイズHいるなら、デュオいらない子だね
エピオンがクソ強かったのを覚えてるぜ
これは、まさかねぇ
死神鎌持ちこあは誰も想像できないと思うww
ですね分かります
「死ぬぜぇ!俺の姿を見た者は、皆死んじまうぜぇ!」と強がる小悪魔を塑像したら腹がブレイクしたのでよし
途中も香霖堂らしくてよし
最後の流れるようなオチが面白かったw
さっきゅんつえー
ってか霖之助デュオしってるのかよw
後PCエンジンも思い出しました。
それはさておきオチがひどい(無論良い意味で。
途中までの香霖堂風味との落差が良かったです。
私の飲んでいたミルクティーです。
一緒にディスプレイ拭いとくれんかねwww
てっきり機械関連のオチかと思ったらこれだよ!
そして咲夜さん強すぎるww何やらしてるんですかww
そういやあのSFC版格ゲーW、メリクリウスも相当な凶キャラだったよなぁ(遠い目)