Coolier - 新生・東方創想話

純情ハラスメント

2009/06/05 22:43:38
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 歩き方からして、古明地さとりは他の妖怪と一線を画す。大物であればあるほど堂々と、そして何にも怯まず前だけを向いて歩くもの。中には歩かず隙間を渡る者もいるが、それは例外。常識からも例題からも外すべき妖怪である。
 古明地さとりも、勿論大物の部類に入る妖怪だ。背は小振りなれど、地位も能力も一般妖怪と比べるまでもなく強大で、さりとてやはり背は小さい。
 だからというわけでもないのだろう。さとりは決まって、道の端っこを歩きたがる。
 自分の歩く場所が道だと言わんばかりの大物達に混ざって、さとりのその歩き方は異質だった。妖精メイドだって、もうちょっと真ん中寄りに歩く。
 お燐は不思議に思い、尋ねてみたことがある。何で、そんなに端を歩くのかと。
 さとりは鉄のように固い表情のまま、冷たい声で言った。
「言ったところで理解されない事を、私は言うつもりなんてないわ」
 理解できるかどうかなんて、言ってみないと分からないだろうに。さとりはそうやって、自分で勝手に相手の気持ちを決めることが多かった。他人の心を読める割に、いやだからこそ、他人の心に鈍感なのだ。
 無論、この気持ちも読まれているのだろう。それで意見を変えてくれたらいいのだが、さとりは何の反応も見せず、地霊殿の奥へと消えていった。
 あくまで端っこを歩きながら。





 心を読める能力を便利に思う人もいるだろう。でも、そんな奴にはビンタをくれてやりたい。グーで殴ってやりたい。靴で踏みつけてやりたい。……いや、靴は止めよう。喜ぶ奴がいる。
 さとりにとって覚りの力は決して、手放しで喜べるようなものではない。これで助かったことも幾度かあるけれど、苦しんだ回数の方が圧倒的に多いのだ。プラスマイナスを考えれば、ない方が良いに軍配があがる。
 だからといって、この力を手放すつもりなどない。覚りは覚ってこその覚りであるし、今更他人の心が読めない生活など、送るのも恐ろしい。よくもまあ、こいしは簡単にこの力を封じたものだと呆れを覚えた。
 力を捨てるつもりなどない。さりとて、あまり心は読みたくない。
 その矛盾を解消すべくさとりが考案した対処方こそが、あの端っこ歩きだった。いくら強力な力とて、その効果範囲には限度がある。だからなるべく距離をとれば、力が及ばなくなると考えたのだ。
 この考えは正しかった。ある程度の距離をおけば、さとりの力は働かなくなる。相手の心が読めなくなったのだ。
 ただし、その距離は十メートルなんて短い距離ではない。もっと遠く、相手が米粒ぐらいに見える距離より少し離れたぐらいでないと力は衰えなかった。だからはっきり言えば、端っこ歩きはまったくの無駄だったのである。
 そう分かっているはずなのに、身体に染みついた習慣というのは恐ろしい。歩くときはついつい、端っこを好んで歩くようになってしまったのだ。これはこれで、さほど面倒もないし真ん中を堂々と歩くのはあまり好きではなかった。
 他人の目が訝しげになるデメリットはあるものの、そんなのは元から気にしていない。覚りに向けられる視線など、どれもこれも大差ない、マイナス色に染められたものばかりなのだから。
 唯一の例外があるとすれば、地霊殿のペット達。そして、妹のこいし。後は脳天気な巫女や、ゴーイングマイウェイの魔法使いぐらいのもの。後は総じて、恐怖やら嫉妬やらの似たような感情ばかり。
 地霊殿の廊下を歩くうちに、自然と溜息が漏れる。違った目で見て欲しいなんて、そんな馬鹿げたことは言わない。だけどそれなら、せめて近づかないで欲しい。さとりも相手も、どうせ良い思いなんてしないのだから。
「さとり様、さとり様」
 苦悩が全く伝わらない、巫女以上に脳天気なペットの言葉に、さとりは足を止めた。空のことだ。どうせ、くだらない頼みなのだろう。
 しかしそれも、憂鬱な今なら聞いてあげることができる。くだらなければくだらないほど、さとりにとっては気が紛れ、ありがたい事なのだから。
「何ですか、お空」
 尋ねはしたが、相手の言葉を待つ必要はない。さとりは覚りなのだから、その時点で相手の心など手に取るように分かるのだ。力を使い、空の心に踏みいった。
(赤ちゃんってどうやってつくるんだろう?)
 さとりは踵を返した。その回転力で廊下が抉れるほどの勢いで。
 そしてさとりは走った。背後から空の声が聞こえても、決して立ち止まりはしない。心苦しさは感じても、空の質問に答えるわけにはいかないのだから。だから、さとりは走り続ける。空と、子供に聞かれたら返答に困る質問ランキングの栄えある第一位に十八年連続で輝き続けている質問から。
 息が切れ、苦しくなって、ようやく立ち止まる。振り返っても、空の姿はどこにもなかった。まいたらしい。
 肺が過度な運動から反抗しているように痛む。仕方なく深呼吸を繰り返し、新鮮な酸素やら何やらを渡して、怒りを鎮めて頂いた。膝についていた手を離し、襟元を整える。幸いにも地下は充分に涼しく、汗はすぐにひいた。
「まったく、何を言うのかと思えば。一体、どこで訊いてきたんでしょうね。こ、子供の作り方なんて……」
 知っていますか、イエスかノーでお答えください。さとりなら、頬を染めて視線を逸らしながら、誰も見ていないところでイエスに丸をする。ここで嘘をつくほど、自分を演出するつもりなどない。
 無論、実践経験は皆無だ。それどころか、異性と手を繋いだことさえない。
 当たり前と言えば当たり前の話である。覚りは人間からも妖怪からも恐れられ、忌み嫌われる種族。そんな連中と好きこのんで手を繋ぎたがる輩などいない。恋仲など、以ての外だ。
 だからきっと、今後もそういった縁とは程遠い場所にいるのだろう。さとりは。
 こいしに関しては、もう種族が覚りというだけの話。彼女を深く知るものが現れれば、あるいは子を宿す仲にまで発展するかもしれない。
 そこまで考えて、さとりは思わずしゃがみこんだ。子を宿すって。子を宿すって。
 運動ではない原因で熱を帯びていく頬に手をあてながら、邪念を払うように頭を振る。「まったく、つまらない事を考えて時間を潰してしまいました。あの様子だと、お空が諦めるのにも時間がかかるでしょうし」
 しゃがんだまま、ふと首をあげる。見るのは天井ではなく、そこよりももっと上の世界。
「あまり気は進みませんが、非常時ですしね」
 自分へ言い聞かせるように呟いた。





 地上の者達が自分をあまり良い目で見ないことを知っているものの、それでもさとりは地上が好きだった。
 春には桜が、夏には向日葵が、秋には秋桜が、そして冬には南天が。花だけでも美しいのに、そこへ気象というトッピングも加わる。太陽の下で輝く向日葵や、雪に埋もれる南天の実など見ているだけで飽きない。
 そのくせ、花より団子とばかりに食事の方も充実しているのだ。地下にはない食べ物が、地上には山のようにある。もしもさとりが覚りで無かったら、今頃は地上を満喫していたはず。我ながら、その姿が容易に思い浮かぶ。
 最近はこそっと変装して、何度か屋台にもお邪魔した。覚りだとばれなければ、これほど過ごしやすい場所もあるまいて。
 だが、今は変装などしていない。胸で存在を強調する第三の目を見れば、誰でもさとりが覚りなのだと気付く。気付かないのは妖精や低級の妖怪ぐらいである。現に地上へ出てきた途端、一部の妖怪は隠れるように姿を消した。妖精は相変わらず、はしゃぎっぱなしだ。
「しばらく様子を見て、落ち着いたら帰ることにしましょうか」
 鬼ごっこか何なのか。駆け回る妖精を見ながら、そんなことを口にする。
 とりあえずは、守矢神社にでも行ってみようか。こいしも何度か訪れたことがあるというし、空に力を与えた神というのにも興味がある。
 神社へ足を向けたところで、地上では珍しい自分を呼ぶ声が聞こえた。
 不意に、さとりは空を見る。黒羽色の翼をはためかせ、一匹のブン屋が地上へと足を降ろした。
「これはこれは、随分と珍しい方が地上にいるじゃないですか。今日は観光か何かで?」
「いえ、ちょっとした事情があっただけのことです」
 すっかり取材モードの文には悪いが、話すことなど何もない。ここで馬鹿丁寧に、空がしてきた質問から、それに困って地上へ逃げ出したことまで話す義理などどこにもないのだ。
 答えることはないと会話を打ち切って、神社へ向かおうとした時のこと。流れ込んできた文の思考に、足を止めた。
(この様子だと、あの八咫烏はちゃんと質問したようね)
 目を見開き、震える手を文へ伸ばした。
「お」
「お?」
「お前かぁぁぁぁ!!」
「あや、げふっ、ちょっ! やめて!」
 か細い腕のどこにそんな力があったのか。文の抵抗も空しく、さとりは鬱憤をぶつけるように叫びながら揺さぶり続ける。
「お前が! お前のせいで! 私はあんな恥ずかしい思いを!」
「違っ! ちょっと取材のネタができれば、と思って!」
 問答無用とばかりに、さとりの手は緩まない。
「そんな事で私はぁっ!」
「……………………」
 最初は悲鳴をあげていた文も、今となっては物言わぬオブジェクト。ただされるがままに揺さぶられ、口からは蟹のように泡を吹いてた。そんな事にも気が付かず、さとりは文を離そうとしない。
「あっ、さとり様!」
「お、お空!?」
 聞き慣れた声に反応し、さとりの手がようやく文を手放す。こうなっては揺さぶっている場合ではない。一刻も早く逃げなければ、羞恥心が限界を突破して恥ずかしくて死ぬ。腹上死よりも不名誉な死があるとすれば、恥死ぐらいのものであろう。無論、そんな死に方をした者がいるわけもないので、恥死という単語はさとりが勝手に作った。
「どうして逃げるんですか、さとり様ぁ!」
 こちらの事情も露知らず、空も容赦のない飛び方でさとりとの距離を詰めようと必死だ。以前までの空なら、ある程度飛んだらスタミナが尽きて休み始めるところなのに。今の空にとって休憩という二文字はごく稀にしか必要としていない。
 神め、いらん力を与えやがって。今になって初めて、不必要な力を与えた守矢の神に恨めしさを覚える。
「子供の作り方教えてくださいよぉ!」
 さとりを訝しげな目で、尚かつ遠巻きに見ていた妖怪達。空の発言で、その視線の色が変わる。不気味な妖怪を見る目から、変質者でも見るような目に。
(子供ってどういうことだ?)
(あの烏とそういう仲なのね)
(さとりも卵生むのか)
 共通した誤解の混ざった思考が流れ込んでくる。一々否定してやりたいところだけれど、それを空が許してくれない。立ち止まることは即ち、羞恥に値する。
 いや、この時点で結構な羞恥を覚えているのだけど。
 紅葉よりも真っ赤な顔のさとりが空をまくまで、一時間以上の時間を要したという。





 逃走というのは、相手の意表を突かなければならない。目標を見失った奴がまず考えることは、対象の行きそうな所を当たる。
 さとりならば、地霊殿に戻るか、あるいは顔見知りのいる博麗神社に行くか。神社繋がりで守矢も危ないと考えたさとりは、まさしく空の意表を突きにでた。
「烏から逃げてウチにねえ。まぁ、一度覚りって奴を見たくはあったから、呼ぶ手間が省けて良いんだけど」
 足を組み替えながら、玩具でも見るようにさとりを見下ろす。事実、彼女は心の中でもさとりを見下していた。これが吸血鬼の矜持というやつか。耳にしたことはあっても、実際に対峙するのはこれが初めてだ。
 メイドから差し出された紅茶を頂きながら、自分を観察するレミリアを観察する。
 見た目はさとりよりも幼いくせに、どこか大人びた態度。もっとも大部分はやはり子供っぽく、紅茶を飲もうとしたら熱かったようで、舌を出しながらメイドに文句を言っていた。
「それにしても、あなたほどの妖怪がどうして逃げる必要があるのかしら。質問に答えられないほど、馬鹿なようには見えないけど。ねえ」
「そ、それはその……知ってはいるけど答えづらい質問というのがありまして……」
「へえ、どんな質問をされたのかしら。興味深いわね、教えてちょうだい」
 言うのは憚れるが、ここまで世話になっておいて無言で帰るのも心苦しい。それに、どうせ後から天狗があること無いことを書いて世間様にお披露目するのだろう。それならば、こちらでなるべく正確な情報を与えて方が得。
 天狗を止められるのなら、それに超したことはないけれど、新聞記者としての文を止めることは紫を起こすことぐらい難しい。
 もじもじと手を合わせながら、探るような上目遣いでさとりは口を開いた。
「こ、子供の作り方を教えて欲しいと」
 今にも消え入りそうな、か細く小さな声。しかしレミリアの聴覚はそれをつぶさに捉え、そして笑いに変えたのだった。
「クッ……フフフ、なるほどねえ。天下の覚りが何を困っているのかと思えば、子供の作り方とは」
 口元を押さえても、笑いは治まるところを知らない。馬鹿にされる覚悟はあったが、こうして実際にやられるとやはり腹が立つ。鼻尻に皺を寄せ、半眼の目をより細める。レミリアは責める視線を気にした風もなく、自然と笑いを引っ込めた。
 ちなみに側に控えていたメイドはクスリともせずに、主のティーカップが空になるのを待っていた。
「笑い事じゃありません。私は真剣に悩んでいるんです」
「悩むほどのことかね。いや、失敬。実際に悩んでいるんだったか」
「……他人事ですね」
「他人事だからねえ。それに、私だったら包み隠さず全部話すよ。それぐらいで傷がつくほど、スカーレットの名前は脆くない」
 傷がどうとか、矜持がどうとか。そういう類の話ではない。単に恥ずかしいだけなのだが、そこまで説明したところで、また笑われるのがオチだろう。
「それが言えれば苦労はしません。大体、どうやって説明するんですか。あ、あんな行為……」
「ローストビーフの作り方も、子供の作り方も大差ないわよ。あくまで、説明する上では、という話だけど」
 ここまで堂々と振る舞われては、逆にさとりの立場がない。恥ずかしがっている方が、おかしいような感じだ。
「言っておきますけど、まさか子供はキャベツ畑で生まれるだなんて思ってないでしょうね?」
「覚りにしてはらしくないわね。そう思うんなら、私の心を読んでみなさい」
 言われるがままに、レミリアの心を読み取る。そして、即座に顔に血が上った。のぼせたように赤くなるさとりを、レミリアは大層満足げに眺めている。
「おやおや、どうやら覚り妖怪はこの手の話に奥手なようで」
 そう言いながらも、彼女の頭の中では子供の作り方が実践ビデオのように垂れ流されている。嫌がる相手を更に追いつめる行為は子供らしくとも、頭の中身は完全な大人に近い。大人というか、オヤジだが。
 ちなみにメイドの咲夜は微動だにせず、
(キャベツ畑じゃなきゃ、何畑から生まれるのかしら?)
 と心の中では首を傾げていた。いずれ、この従者もレミリアによって赤く染められるのだろう。
「私でこんなに恥ずかしがっているようじゃ、パチェを相手になんて出来ないわよ」
 パチュリーという魔女には以前一度だけ会ったことがある。正確には話したことがあるだけで、実際に対面したことはないのだが。
「私の知識だって、全部パチェから教わったものだもの。悔しいけど、性知識なら私の師匠ね」
 矜持の高い吸血鬼に、そこまで言わせるほどの相手だ。迂闊に出会おうものなら、瞬間湯沸かし器のように頭から蒸気を出して倒れる可能性もある。空から逃げ込んだ館は、どうやらさとりにとって魔境だったらしい。
 一刻も早く、此処から立ち去らねば。
「お、お邪魔しました」
 慌てて席を立つさとりを止めようともせず、レミリアは微笑みながら素直に見送った。
「また誰かに追われたら此処へ来るといいわ。今度は、ちゃんと耐性もつけてね」
 大きなお世話だというのは、捨て台詞にしては陳腐すぎたかもしれない。





 意表を突き、尚かつ桃色話からは縁遠い場所。
 その二つを満たす場所で、さとりが知っている所は最早一つしかない。
 出来れば頼りたくなかった相手で、訪れたくなかった場所だ。
「大体のことは鏡で把握しましたが、私は匿ったりしませんよ。嘘はつきませんから、あなたのペットに場所を尋ねられたら素直に教えます」
 四季映姫は相変わらずの堅苦しい口調で、逃げ込んださとりにそう告げる。勿論、最初からこの閻魔が親身になって守ってくれるなんて思っていない。ただ、此処なら早々に空が来ることもないだろうと思ってのことだ。
 地霊殿にいる時、さとりはあまり閻魔のことを良く言っていなかった。もしも空がそれを覚えていれば、此処だけは決して近づかないだろう。
 まぁそれも、空が覚えていてくれたらの話だが。
「それでも構いません。ただ、しばらく此処にいさせてくれたら良いんです」
「逃げるだけでは、根本的な解決になりませんよ。あなたに積める善行は、といっても無駄なんでしょうね」
 覚りに言葉は必要ない。思った時点で、それは全て伝わっているのだ。
 閻魔はそれを嫌と言うほど知っている。だからさとりと対峙する時だけ、この閻魔は口数を減らすのだ。
「ですが閻魔様。世の中には言えることと言えないことがあります。私がどうして言えないのかは、勿論わかっているのでしょう?」
「当然です。浄玻璃の鏡からはあなたとて逃げることはできない。ここに至る経緯の詳細まで、私はそれを把握しています」
「でしたら、私の苦悩だって想像できるはずです。閻魔様ならどうしますか、部下の死神が同じ質問をしてきたら」
「む……」
 悔悟の棒で口を隠し、熟考を重ね答えを導く。
「そもそも小町がそういう質問をしてくるという前提が有り得ませんが、もしもしてきたとしたら、私も全て説明します」
 思っていたものと答えが異なり、さとりは面食らう。お堅い閻魔のことだから、きっと答えられないと予想していたのに。
「実際に見せてくれと言われたらさすがに断りますけど、説明するだけなら恥ずかしさも感じません。所詮はただの言葉」
 そこまで言って、ああ、と唸って映姫はさとりを見る。
「なるほど、考えてみればあなたにとっては酷なことかもしれませんね。あなたは心が読める。だからもしも完全に話が伝わったとしたら、その情景ごと心に流れ込んでくる」
 何やら勝手に判断しはじめたが、そもそもさとりはキスの話をするだけで耳を塞ぎたくなるほどの羞恥心の持ち主。例え心が読めなくとも、説明という段階で有り得ない。
 なのだが、映姫は一人で納得してしまったらしい。こういう時、相手が覚りでないことが悔やまれる。全てを読まれるのは苦痛でしかないが、誤解がそのまま伝わるのも腹立たしい。
「ですが、それも苦行の一つだと耐えるべきです。いずれまた、同じ苦しみが襲ってくるともしれない。逃げ続けるのも手段の一つではありますけど、それではあなたは何も変わりません」
 態度こそ平素のままだが、口調が段々と落ち着いてくる。言葉が腰を降ろし始めたら、これは長い長いお説教フラグ。映姫と付き合いがあるものならば、ここでの判断は共通していた。
「変化を望まないことも大切ではありますが……」
「ありがたい御言葉、確かに頂戴しました。それでは私、少しばかり用事を思い出しましたので、これで」
「あっ、ちょっと! まだ私の話は終わってませんよ!」
 怒りの言葉を意図的に聞き流す。
 ここで逃げずに最後まで付きあうのは、あの死神ぐらいのものだ。
 生憎とさとりには、悠長と説教に付きあうだけの暇は無かった。





「それで逃げに逃げて、振り出しに戻ったわけ?」
「……幸せの青い鳥だって、まさか自分の家にいるとは思わないでしょ」
 聡明な姉とは思えない馬鹿げた発言に、こいしは呆れながら頬を掻いた。
「それ、結局捕まってるから」
「あう……」
 追われ続けることで、いつのまにか精神力も摩耗してしまったらしい。普段なら言わないような事も、今なら平気で言える気がする。言ってはいけないのだが。
「大体さあ、お姉ちゃんはちょっと純情すぎるんだよ。今時、ちょっとませた子供ならそれぐらいの質問に答えられるよ」
 そんな事を言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。こればっかりは鍛えたくないし、強くなろうとも思わない。
「マンゴー」
「ひぅ」
 顔を伏せる。
「フルーツポンチ」
「はぅ」
 目尻に少し涙がにじんだ。
「光化学スモッグ」
「うぅ……」
「いや、今のエロくないでしょ」
 どこぞの吸血鬼のようにしゃがみ、一切の言葉を遮断するように頭を抱えた。無論、それで遮られるほど言葉というのは脆くない。押さえた手の隙間から、容赦なく妹の声が鼓膜へと届けられる。
「そういえば、ドラマで主人公とヒロインが手を繋ぐだけで赤くなってたわよね、お姉ちゃん」
「さ、さすがに手を繋ぐぐらいじゃ……」
「でもキスシーンになったらチャンネル変えたでしょ」
 答えに詰まる。事実だった。
 しかも後から、どうしてあんなシーンを放送するのか憤りすら覚えたくらいである。気まずくなるではないか、色々と。
「まぁ、それは良いんだけど。どんな質問にせよ、答えないとお空が傷つくよ」
 親指で、こいしは窓の外を指す。
 中庭ではうずくまった空が、いじけたように地面に落書きをしている。拗ねて家を飛びだした子供のようだ。
 実際、飛びだしたのはさとりの方なのに。
「答えないなら恥ずかしいから答えられないって、ちゃんと言わないと。誰だって、お姉ちゃんみたいに心を読めるわけじゃないんだから」
「それは……」
 自分が出来る事を、相手に求めてはいけない。閻魔のところではまどろっこしさを覚えたが、あれこそが普通の会話なのだ。むしろコミュニケーションとは、誤解の方が多いものなのである。
 自分が特殊すぎるあまりに、些か他人の気持ちを蔑ろにしすぎたのかもしれない。空の気持ちを察していれば、素直に答えることはせずとも、何か誤魔化すぐらいは出来た。それをせず逃げだしたのは、ひとえにさとりが他人の気持ちを理解していないから。
 心が読めるのと、理解するのとでは意味が大きく異なる。
 肩の力が、ふわっと抜けた。
「そうですね、説明することができなくとも、説明できないことは説明できる。例えそれで笑われたとしても、お空を傷つけるよりは良いでしょう」
「私としては、笑われるぐらいなら子供の作り方を教えるけど。まぁ、それもお姉ちゃんらしいって言えばらしいか」
 こいしの笑顔に送り出され、中庭へと足を踏み入れる。地下の灼熱が光源となり、むき出しの地肌を仄かな橙色で染めていた。
 細く長い木々が、まばらに生える庭。その一本の根元で、空が落書きを続けている。
「お空」
「あっ、さとり様!」
 迷い子が親を見つけた時のように、空の顔が一気に華やかなものへと変わった。落書きの手を休め、両手を広げて駆け寄ってくる。体格の差から出来れば避けたかったところだが、逃げ続けた報いと思おう。
 真正面からさとりは空を抱きしめ、倒れかかった身体を起こし、何とか平行を保った。
「探したんですよ、もう!」
「悪かったわね、あちこち飛び回らせて。疲れたでしょ?」
「あー、でも鬼ごっこみたいで楽しかったです!」
 そう言って貰えると、罪悪感も多少は薄れる。
「それでお空、子供の作り方なんだけど……」
 さとりの言葉に、俄に空の顔色が曇った。よもや、忘れてしまったのか。
 物忘れが激しい方だと思っていたが、ここまであっさり忘却されては逃げ回った立場がない。そう考えながら、空の思考を読み取った。
(どうしよっかなぁ。全部、こいし様から聞いちゃったんだよねえ。でも、せっかくさとり様が教えてくれるって言うし。聞いた方が良いのかなぁ)
 裾を振り乱しながら、第三の目が落ちそうになるのも無視しながら、さとりは地霊殿へと引き返した。
 こいしの姿はどこにも無かった。
 忘れていた疲労感が、子泣き爺のように背中へのし掛かってくる。思わずさとりは膝をつき、完膚無きまでに項垂れた。
「あ、あのさとり様……」
 気遣うような声で、空が駆け寄ってくる。さとりはそれに答える気力もなく、ただただ項垂れるだけだった。
 それをどういう風に勘違いしたのか。
 空は人工太陽のように眩しい笑顔で、善意100%の言葉を投げかける。
「子供の作り方でしたら、私が教えてあげますよ!」
 本当の地獄はここからだ。
 と、元灼熱地獄跡の上でさとりは思ったという。
 
 
 
 最近、さとり様が廊下の真ん中を歩くようになった。何故かと訊いたら、
「子供の作り方を訊かれるよりかは、遙かにマシ」
八重結界
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コメント



0.6710簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
こいしちゃん黒すぎるwww
4.90名前が無い程度の能力削除
こんなさとり様、四六時中ヤることしか考えれない年頃の男の前に出たりしたら、
一体どうなってしまうんだろうかww
10.100謳魚削除
くうさとにぃぃぃぃ!
イっちまえよぉぉぉぉぉぉ!
さとり様がつぼすぎるんですだぜちくしょう。
20.90名前が無い程度の能力削除
まさかの咲夜さんwww
おくうもさとり様も可愛いなあ。
24.100名前が無い程度の能力削除
さとりんは流石にこれは無いってぐらい純情乙女なんだぜ

コイーシ(笑)
26.90名前が無い程度の能力削除
メイド長が最も純心だと……!?
28.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんww
34.100名前が無い程度の能力削除
畜生、同じネタで話を書こうと思ってた俺涙目wwww
しかしおもしろかった。光化学スモッグが。
35.100名前が無い程度の能力削除
これおもしれええw
44.90名前が無い程度の能力削除
久々に小説でテンション上がりました

ところで、第三段落?の
>今頃は地上を満喫してはず
は「満喫していたはず」、でしょうか
たまたま見つけたので報告しときます
51.100名前が無い程度の能力削除
光化学スモッグww
ウブなのか耳年増なのかわからんw
52.100名前が無い程度の能力削除
おあちゅりーさん、えろすww
57.100奇声を発する程度の能力削除
光化学スモッグwwwwww
面白かったです!!!
60.100名前が無い程度の能力削除
桃い、桃いなこの話。
63.100名前が無い程度の能力削除
かわいいなあ、面白かったです
69.無評価八重結界削除
脱字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
75.100名前が無い程度の能力削除
できれば咲夜さんにはずっとそのままでいて欲しい
77.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんとは意外www
81.100名前が無い程度の能力削除
そうか、さとりも卵生むのか
ビンタもグーもばっちこーい
87.100名前が無い程度の能力削除
これはいいさとりん
88.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さんはもう!!もう!!
さとりさんももう!!!もぉうう!!!
新雪ってレベルじゃねーぞ!!
90.100名前が無い程度の能力削除
面白いw
91.90H2O削除
さとりは純情なのに、こいしの黒さに驚いたwww
93.90名前が無い程度の能力削除
光化学スモッグは吹いたわw
99.90名前が無い程度の能力削除
こいしぃぃぃぃぃぃいい!
100.100木冬削除
もうムッチュリーでいいやwwww
103.無評価マイマイ削除
咲夜さんwwwww
それなら、自分が手取り足取り腰取り教えてくぁwせdrftgyふじこlp
114.100名前が無い程度の能力削除
>喜ぶ奴がいる。
呼んだ?
118.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず面白かったですけど気になることが。
子供の作り方は知っていますがマンゴーとフルーツポンチが分かりません。
どういう意味何ですか?
144.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さん、子供はカボチャ畑からとれるんだよ
146.100名前が無い程度の能力削除
もういろいろ面白かったよ
160.100名前が無い程度の能力削除
ヒャゥッ