※このSSは作品集76「もやしどん」の続きとなっております。
シャクシャクシャクシャク。
咀嚼の度に歯応えの良さに比例した音が口内から発せられる。それも当然、私は今食事中なのだ。読書に没頭し過ぎたせいか、大半の者は既に食事を終えたようで、食堂にはちらほらとしか人影が見られなかった。
シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク。
どちらかといえば私はあまり噛まないで飲み込む癖があるらしい。従者にその点を指摘されてから、意識的に噛む回数を数えてみたところ、おおよそ二十回前後で飲み込んでいる事がわかった。咀嚼の回数が多い方が消化が良く、後々にも健康的になるのはわかっているのだが、いかんせん噛むのにも体力を使う体質のせいかそれができなかった。咀嚼回数は少ないくせに少食なのだから、不健康に拍車をかけてるってところか。やかましいわ。
シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクごっくん。
咀嚼が終わり、飲み込む。そしてまた箸で皿の中身を少しかき混ぜてドレッシングを絡ませる。本日はサラダ仕立てにしてみたのだが、思いのほかうまくいったようで味は上々だった。普段は従者の誰かに作らせているのだが、今日は自分で作ってみた。カリカリに焼いたベーコンを砕き、バルサミコ酢とオリーブオイル、それと塩と胡椒で味を整えたドレッシングにあえただけだけど。私の腕もまだまだ落ちたものではないようだ。むふん。
それにしても歯応えを残し過ぎただろうか。噛む度にやたらと体力――というか、顎の力を異様に消費するために少し顎が疲れてきた。やはり虚弱体質というのは何とかしなければいけないと思う。今度、月の賢者ことヤブ薬師にでも相談してみようか。いい結果が望めるかどうかは別として。
「あら、随分と遅い夕食ね、パチェ」
友人であり、この紅魔館の主でもあるレミリア・スカーレットがいつの間にか私、パチュリー・ノーレッジの背後に立っていた。友人とはいえ、もうちょっと気遣いして欲しいものだ。全く気配を感じられなかったため、危うくびっくりして吹き出すところだったじゃない。むきゅんむきゅん(←怒っている擬音)。
親しい仲にも礼儀あり、の言葉を実践して口の中のものは飲み込んでから彼女に向き直る。彼女の手には右にワインのボトル、左手にはワイングラスが二つ。これから晩酌――という表現でいいのだろうか――を妹であるフランドールと行おうという魂胆だろうか。妙に上機嫌な彼女を見るに、そんなところだろう。
「どう? 貴女も一緒に月を肴に一杯やらない?」
「悪いわね、レミィ。あいにく今日はこれで終わる予定なの」
そう言い、私は皿を箸でつつく。お行儀が悪いが、今は勘弁願いたい。レミィはきょとんとした後、私の夕食を見やるとくすりと笑みを漏らす。
「あんたは……。そんな白くてひょろっとしたもんばかりでは精力がつかないわよ?」
「ご生憎。こないだそれで失敗したせいで、こんな食事なのよ」
この前の5ポンドのTボーンステーキ、ついでに言うならばレア焼けの上にガーリックオニオンソースを大量にかけた逸品を思い出す。自身に体質改善のため食生活の改良を図ったのだが、うまくいくはずもなかったのだ。リアカーにF1エンジンを積んだらどうなるか? 見事に私の胃は大打撃を受けてしまい、いまだに胃もたれに悩まされている。今度から3ポンドにしておこう。
レミィはやれやれと言わんばかりに、これ見よがしにため息をしてみせた。馬鹿にしている訳ではなく、友人の進歩の無さに呆れたといった感じか。友人じゃなければ十分に失礼な態度である。
「まぁ、変えようと思うのは良い事ね。だけど無理はしなさんな、よ?」
そんな言葉と、最後ににこりと魅惑的な笑顔を見せると、彼女は出口へと去っていった。あの笑顔を咲夜に見せるもんだから、咲夜の馬力(ばりき)が翌日えらい事になってるってわかってるのかしら? 明日は図書館から小悪魔ともども追い出されて、大掃除でもされてしまうかもしれない。さもありなん。
よく見ると、何人かいた遅番のメイド妖精の娘達もいなくなっており、食堂は本格的に私一人となっていた。咲夜の能力のおかげでやたらと広くなったここは普段であれば活気に溢れている場所なのだが、皆誰もいなければこんなに寂しいのか。と感傷にふけってみるも、やはり一人では誰もリアクションしてくれないため、寂しさを上塗りするだけであった。それを紛らわすため、私はまたしゃくりと食べ進める。
あっさりした味付けではあるが、少々オリーブオイルが多過ぎただろうか? 少しくどさが目立っているように思える。まぁ、いつか咲夜に味付けの秘訣でも聞いておこう。あの娘はこと料理に関しては私以上に知識を持っている。どこでそこまでの知識を手に入れたのかと気になり、彼女に問うと「自主訓練のたまものですわ」と例によって瀟洒スマイルを返しやがった。悔しいけど、その道のプロには勝てないと痛感させられた。
そして私はしゃくしゃくと食べ進める。最後の一本も頬張って、咀嚼して、こくりと飲み込む。グラスの中で、存分に氷で冷やされた水をゆっくりと、こくこく飲んで食事をしめる。お粗末さまでした、と胸中で呟く。一応食事をこさえた自分にも敬意を。
箸を乗せた皿とグラスを手に、私は席を立ち、キッチンへと向かう。飛んで行こうかとも一瞬考えたが、食堂でそれは品が無いかと思い、よっこらせと歩き始める。こういうときはこの広さが恨めしく思う。というか、もう疲れてきた。本当に体質改善を図らないといけないと心底思ったので、明日から頑張ります。……本当よ?
キッチンへ入ると、おそらく明日の朝食の仕込みでもしようとしていたのか、咲夜がそこにいた。私と目が合うと、いつもの百点満点メイドスマイルを向ける。
「あら、パチュリー様、お食事中でしたか。気がつかなくて申し訳ありませんでした」
「いいのよ。私の方が外れた時間に食べていたのだから」
「そうですか。では、せめて食器は私が」
差し出される彼女の手。その奥には、やはりというか変わらない瀟洒な笑み。これで逆に「自分でやる!」と押し通せる者がいるなら、賞賛の拍手を送るところだ。
「……わかったわ。悪いけどお願いするわね」
もちろん私は無理だったので、素直に彼女に皿とグラスを差し出す。彼女は嫌な顔ひとつせずに受け取ると、水にさっとつけて素早く、かつとても丁寧に洗い上げた。皿もグラスも新品と見紛うような状態であった。
「さて……パチュリー様。食材の発注もするのですが、この前のTボーンステーキ肉をまた注文しておきますか?」
「いや、しばらくはいいわ」
「でしょうね」
くすりと、歳相応の笑み。何だ、私が失敗するってわかってたみたいな反応しおって。実際に失敗したのだから反論できないけど。あえて気づかないふりをして、私は先ほどまで食べていた物の残りを手に取る。
「代わりにこれを発注しておいて。しばらくはこれを多めに食べて胃を休めたいの」
「わかりました。確かに胃腸を整えるといいますからね」
ほんのりと笑みを残しつつも、少し仕事の時の顔になると、咲夜はそう応え、最後に一言付け足した。
「キャベツは」
そして一カ所誤字っぽいもの。
[馬カ]これは馬鹿、かな?
キャベツだったんですか……。
確かにキャベツも色々と調理できますね、生姜焼きのタレを使ってサッと炒めても良いでしょうし。
こういう美味しそうに食べていたりするのを読むと食べたくなったりしますよねぇ。
面白かったですよ。
脱字の報告
>少しくどさが目立ているように思える。
『目立って』ではないでしょうか?
むきゅんむきゅん。
ミスリードは意識していたのに食べ物には注意が行かず今度は引っかかりました。
前作ありきのミスリード物は新鮮で面白かったです。
この時点で逝ってきました。
むきゅんむきゅん死にすら到れなかった私は負けわんこです。
そしてきっちりミスリードさせて頂きました。
ありがとうございます。
カリカリのベーコン食べたい。
悔しさのあまり,むきゅんむきゅんと怒りの声をあげたぁ!!!!
前回もだが、むっしょーにもやし炒めが食べたくなるSSとして世に送り出したいww
むきゅんむきゅんが妙にウケて頂いたようで、なによりです。
>[馬カ]これは馬鹿、かな?
流石にパチェさんもそこまで鬼畜ではないかと。
ばりき、なので誤字ではないですが、わかりづらいのでルビをふらせて頂きました。
>『目立って』ではないでしょうか?
純粋な誤字でございました。ご指摘ありがとうございます。訂正しました。
>カリカリのベーコン食べたい。
>むっしょーにもやし炒めが食べたくなるSSとして世に送り出したいww
書き手としては、読んで頂いた方の食欲をあおる事ができたのなら本望です。
カリカリベーコンはフライパンに油を引かずに、中火でじっくりと焼いてください。
あと、もやしもそうですがキャベツ炒めやサラダも非常に美味しいですので是非。
そういう問題じゃねえよ。
そしてやっぱりもやしだと思ってしまった。
キャベツだったのね…。
ベーコンの時点でもやしっぽくないなとは思いましたがキャベツとは……
とうとつにキャベツを炒めたくなりました(笑)
「簡便」というのは「勘弁」の間違いでしょうか?語学力が無いため間違っていたらすみません
ご指摘ありがとうございます。修正致しました。
氏に『もやしの貴公子』の称号を差し上げたく。
え、いらない?折角用意したのに。むきゅんむきゅん。
どうも有難う御座いました。
くやしいのに笑っちゃう。これがビクンビクンか……っ!!