May 9, 2009
転生の儀も先日をもって終わり、あとは死を迎えるのみとなった残りの生を記録するため、短い間ではあるが日記をつける事にした。
日記をつけるのは初代御阿礼の子たる阿一以来のことになる。
これまでの御阿礼の子が日記を書かかったのには訳がある。日記を記す前にまずはその背景から説明しようと思う。
私達の転生においては、記憶の一部のみが引き継がれる。
その一部とは主に幻想郷縁起のことであり、日常のことを覚えていることはほとんどない。
阿一の次代阿爾が生まれた時、その手元には一冊の日記帳があった。阿一の物だ。
成長した阿爾はそれを読んだ。
幻想郷縁起の編纂に明け暮れる生活に、里の人間達が助けを差し伸べてくれたこと。
ずっと胡散臭い女だと思っていた某妖怪の意外な優しさに触れたこと。
若くして世を去る自分を何人もの友が儚んでくれたこと。
さまざまな日々の感動と葛藤とが日記にはありありと描き出されていた。
けれども、それらは全て阿爾の記憶には存在しないものだった。
日記を読み終えた阿爾は花を携えて村はずれへと向かった。百年後の幻想郷、日記の中の友人達はとうに墓場の住人だったのだ。
それ以来、歴代御阿礼の子達は日記を書くことをしなかった。
しかしそれを知るはずの私が日記を書くのにも、また訳がある。
幻想郷は五年ほど前にスペルカードルールと呼ばれるルールが設けられた。
縁起の中でも少しばかり書いたので詳細は省くが、このルールのおかげで幻想郷は格段に平和になった。
平和になりすぎてボケてはいないか、妖怪と人間の関係が薄れていないかと疑問の声もあるが、概ねこのルールは好意的に迎えられている。
そのため、これまで危険性が高いと判断していた妖怪達についても調べることができるようになった。
色々と無理をしたせいで私の寿命は歴代の御阿礼の子よりずっと短くなってしまったが、私に後悔は無い。
幻想郷縁起の記述は私の代で一気に膨れ上がったし、そして同時に私は多くの友人を得ることができた。
吸血鬼の館を守る門番。他人からどう思われようと自分の職務に誇りを持っている、と答えた彼女。その言葉は私に力を与えてくれた。
マヨヒガに住まう黒猫。いいことがありますように、と別れ際にくれたマヨヒガの湯呑み。今もこうして私の体を温めてくれている。
永遠亭の薬師見習い。縁起を書くために訪れただけの私に、彼女が調合してくれた薬。あれが無ければここまで体をもたせることはできなかっただろう。
ひまわり畑の花娘。今までずっと恐ろしい妖怪だと思っていた彼女が見せた、花を語るあの表情。思わずうっとりとしてしまうほどだった。
妖怪の山の白狼天狗。ホントは駄目なんですけど、と言いながらもこっそりと山の奥へ通してくれた。そんな彼女のはにかんだ笑顔は本当に素敵だった。
地底で暮らす鬼の四天王。見知らぬ私すらもつい誘われてしまうほどに、楽しそうに呑んでいた。あの時呑んだ酒の味を、私は忘れない。
様々な人妖に出会い、触れ合い、時に別れ、そうしてわかったことがある。
この幻想郷は何よりも暖かく、そして美しい。
その美しさが少しでも次代に伝われば、そう思い日記へと筆を取るものである。
本来ならこれから今日の日記を書くところだが、今はまだ起床して日記を書くことを思い立ったばかり。
夜には私の友人達が来るので、本格的な日記はその後にしようと思う。
夜、白黒とメイドと巫女が来てポーカーをした。
白黒がやたらツイていて、身包み剥がされた。きっとイカサマに違いない。
最初の日記だからしっかりと書くべきなのだろうが、今日はもうフテ寝することにする。
暖かくはなってきたが流石に服が無いと寒い。明日こそ勝って取り戻す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 10, 2009
今日も遊びに来た白黒から新しい友人を紹介された。元さとり妖怪で、今はその力は既に無いらしい。
そんなことを言いつつも実はさとり能力でイカサマをするのではないかと思ったが、今日のポーカーは大勝利に終わった。
服をひんむいたら子猫みたいにおとなしくなった。
やはり生きた獲物はいい。色んなところを触ったり遊んだあげく最後には食べた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 11, 2009
今朝九時頃、十二単みたいな重ね着をした白黒に叩き起こされてポーカーを挑まれた。
私の体調が悪いのを見て取ったのか、邪魔な服を脱ぎ捨てておかゆを作ってくれた。
夜も寝ないで遊んでばかりいるからこんな事になるんだ、と怒られた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 12, 2009
昨日からずっと寝たきりのままで、体調も悪く非常に辛い。
いらいらしていたら、白黒がまたおかゆを作りに来てくれた。
いい人だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 13, 2009
あまりにも体調が悪いので薬師に来てもらったら、腕にでっかい注射を打たれた。
それから、もう私は長くないと彼女が言った。
正直に言ってくれて気が楽になった。
おかげで今夜はよく眠れそうだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 14, 2009
朝起きたら、背中とお腹がくっつきそうなくらいお腹が空いていた。
お腹の音があまりにも五月蝿いので、足を引きずって台所に行ったら米が全然足りなかった。
ご飯を一日抜いたくらいでよく鳴るお腹だ。
白黒にでも見つかったら大変だ。 思い切り笑われるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 16, 2009
昨日、この屋敷に来てくれていた白黒がおかゆを作り置いてくれたらしい。ずっと寝ていてわからなかった。
夜、からだ中が熱くて熱くて食べられなかった。
胸の奥に黒い何かが落ちていくのが感じられる。
いったいあとどれくらいもつだろうか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 19, 2009
熱は少し引いて、また日記が書けるくらいにはなった。
白黒が作り置いたおかゆを食べた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 21, 2009
おかゆを作りに白黒が来た。
ひどい顔で私を見ていた。私はもっとひどい顔だっただろう。
おいしかったです、と言ったら『もっと元気よくうまいと言うもんだ』と言われた。
明日、死ぬ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――あぁ、これは死ぬな。
朝起きた私が第一に思ったのはそれだった。
体が言うことをきかない。考える力が沸いてこない。
でも、やらなければいけないことがある。
私の頭を支配するのは、残された一つだけの思考。
一言だけでもいい。一言だけでも遺さなければ。
私は机の日記へと体を引きずってゆく。ページは昨日開きっぱなしにしたはずだ。
目はもうほとんど見えない。床にへばりついたまま、机の上を手で探る。あった。筆だ。
遺したいことはたくさんある。でも、きっと一言が限界だ。
どんどん薄れ行く意識の中、最後まで私の中に残ったのはあの優しいおかゆの味だった。
おかゆ、おいしかった。
あぁ、違うか。そう。おかゆ、うまかっ――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
May 22, 2009
かゆ
うま
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まさかオチは…と思いましたが、ほんとにそうくるとは…
途中で読めちゃいました…
今は腹を抱えているwww
最初のポーカーのあたりですでに気付けてしまったけれど、面白かったです
たまに見かけるけどよく解んないんですよねぇ
でもこれで良かったのかもしれない。