Coolier - 新生・東方創想話

二等辺三角形

2009/06/01 19:19:07
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※このSSを読む前、もしくは読んだ後に、
 作品集76『覗くならば』を読むことをオススメします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日もまた、紅魔館の一日は門番が光に包まれて始まる・・・・・・決して太陽の光ではない。
「邪魔するぜ」
「んぎゃぁ」
 
 台詞にしてわずか二行、というよりもう一行にまとめられるんじゃないかと思いたくもなるだろうが、そこに至るまでは結構長い。
 まず、門番隊の中でも目の良い隊員が遠くの空から迫る黒い陰を見つける。そこで隊長である紅美鈴が緊急出動、前方に特化して気を放出し跳ね返ってきた感触からそれを霧雨魔理沙と推測する。
 その時点ではすでに霧雨魔理沙からも紅魔館が見える目視戦闘状態――そう、すでに戦闘は始まっているのだ。
 紅美鈴はすぐさま門番隊を下がらせ、迎撃体勢に入る。スペルカードを取り出し、準備は万全。
 だんだんと大きくなってくる黒い影(魔理沙の服のほとんどを占める黒色)を真正面から見据える。
 箒に乗った魔理沙の速度は巫女の低速移動に勝り巫女のワープに劣る。だんだんとがぐんぐんとになり、魔理沙のにやけた笑顔すら見て取れるまで接近する。
(さぁ・・・・・・来い!)
 景気づけに右足を振り上げ地面へと打ち下ろし、スペルカードを発――
「邪魔するぜ」
 魔理沙の手元――正確には手に持って突き出した八卦炉――から放たれた白い光、マスタースパークが美鈴の視界を埋め尽くした。
「んぎゃぁ」
 こうして、今日もまた美鈴は光に包まれて紅魔館の一日は始まる。
 
 
「・・・・・・今日は門番隊はさがらせてたのか?」
「魔理沙さんがいっつもそんな調子ですから、部下に犠牲を出したくないと隊長が」
 すっかり仲良くなってしまった門番隊副隊長にちょっと焦げた美鈴を背負って差し出した魔理沙の問いに、返ってきたのは苦笑交じりの答え。
 美鈴は門番である、つまり美鈴は門から離れることができない。つまりある程度立ち位置は決まっている。対して魔理沙は空中を飛び回り自在な位置からマスタースパークを放つことができる。専守防衛(?)の弊害というやつだろう。
 とはいえ魔理沙に悪びれる様子も無い。
「それじゃ、ちゃんと渡したからな」
「えぇ、渡されました」
 こげた美鈴を副隊長に渡して魔理沙は紅魔館へと入っていく。副隊長は手を振ってそれを見送っていた――それでいいのか門番隊。
 
 
 魔理沙にとっては見慣れた紅魔館であるが、紅い内装は見慣れない、というより目に悪い。館の主である吸血鬼のセンス――スペルカードの名前とかも――を疑いながら魔理沙は図書館へと足を向ける。
「さぁて、」
 一歩目を絨毯に踏みおろし、
「今日はどの本を」
 二歩目を踏み出し、
「借りようかな」
 三歩目は空を切った。
「おろ?」
 視線の先には天井、背中にはシーツ。初めてではない体験だがそれでも慣れないなぁと魔理沙は思う。靴は履いたままだからシーツを汚さないように慎重に身体を回して、床に足を下ろす。
 目の前にはメイド服を着た女性が立っていた。
「紅魔館へようこそ、魔理沙」
「そしてさようなら・・・・・・とか続けないよな?」
「続けてほしい?」
 メイド長、十六夜咲夜は笑いながら、銀のナイフを右手で弄び始めた。くるりと回ったり握りかえられたりしているナイフは威圧感を与えるものだが、慣れた魔理沙には関係ない。それでも生理的に額から流れ落ちる汗は止めようがなかったが。
「冗談よ冗談」
 何時の間にかナイフが右手から消え、ついそれに気をとられた魔理沙はこの部屋――メイド長の自室――に起こった変化に気づくのが遅れた。
 まるでナイフと入れ替わりで現れたように、机の上にティーポットと二つのティーカップ、そしてビスケットの籠が置かれていた。先ほどまでそれは存在しなかったと、魔理沙は断言する自信があった。
「さすがインチキ手品師」
「酷い言われようね」
 種も仕掛けも無いこの手品の肝は、咲夜が持つ力――時間を操る程度の能力。紅魔館に足を踏み入れた魔理沙を(彼女の体感時間で)一瞬でメイド長の部屋に運んだのも、ナイフを消し紅茶とお菓子を出現させたのも、全ては彼女が時を止めて行ったもの。
 本当に自分と同じ人間なのだろうかと、思わず訝しげな視線を寄せた魔理沙に対して、咲夜は笑って告げた。
「お茶とお菓子はいかが?」
 もちろん魔理沙に断るつもりはなかった。
 
 
 霧雨魔理沙という存在が紅魔館を訪れる理由といえば、まず第一に図書館を訪ねる
(襲撃する)ことだろう。第二第三があるとすれば、宴会の知らせか悪魔の妹のご機嫌取りか。
 とはいえ、回数だけでいえばここ――十六夜咲夜の部屋を訪れ、十六夜咲夜とともに茶会を楽しむことの方が多いだろう。
 最初に訪れた――訪れさせられた――時も今回と同様に何時の間にか部屋に連れられていた。驚いて抗議すると、「不法侵入者は入ったところで止めないとね」という理論で返され、結局お茶会を開くことになった。
 つまりは魔理沙自信が望んだことではないのだが・・・・・・紅茶とお菓子の魔力は魔法使いを篭絡させるほどにある、それが咲夜お手製ならなおさらのこと。
 たまに訪れさせられるお茶会を楽しんでいる魔理沙がそこには居た。
「ふむ・・・・・・今日はアッサムか」
 椅子に深く腰掛け、カップを手にする。まずは香りを楽しみ、次に味を嗜むのが淑女というものだ。普段は酒や薬品を煽って(?)いる彼女だが、このような落ち着いた雰囲気も嫌いではない。
「残念だけどアールグレイよ」
「言ってみただけだぜ」
 そういいながらも心の中ではちょっとショックだったりする。なにせ昔はオレンジペコを文字通りのものだと思い込むという分かりやすい勘違いをしていたのだから。それを咲夜に突っ込まれて以来せめて有名な銘柄は当てられるようにしたいと訓練したり判別薬を作ろうとしたりしていたりする。
 全部咲夜にはお見通しなのだが。
「・・・・・・ほんと可愛いわね」
「何か言ったか?」
「何でもないわ」
 手品師に必要なのは心情を顔に表さぬポーカーフェイス。少なくともこの感情を隠すのは咲夜には慣れたものだった。
 そうとは知らないでか、魔理沙は気にせず紅茶をもう一口。次に摘んだビスケット(ハート型)を口に運び、また紅茶を一口。
「うん、美味い」
「あまりがっつかない方が良いわよ、乙女なんだから」
「・・・・・・体重計が怖いぜ」
 そういいながらもビスケットに延びる魔理沙の手が止まる気配はないし、咲夜もそれを止めようとはしない。ただ慈愛に満ち溢れた笑顔でその様子を見つめている。
「そういや、今日は何でだ?」
 ビスケット三枚目あたりで魔理沙はふと大事な話を聞いていないことに気がついた。
 主語の無い問いかけだが、これまた初めてではないので咲夜もすぐに答える。
「門番隊の守備範囲外からの攻撃、レッドカード一枚よ」
「そりゃないぜ・・・・・・」
 時を止められる人間に反則だとかは言われたくない、そう思いながら魔理沙は四枚目に手を伸ばした。
 いつもこのお茶会が開かれる時は咲夜は何かしらの理由をつけてくる。その理由を尋ねるのももはや習慣となっていた。
「ふむ・・・・・・飲まないのか?」
「え・・・・・・えぇ、少し冷まして飲むの」
 ふと、何の気なしに発したような魔理沙の問いに、一瞬だけ咲夜のポーカーフェイスが崩れた。が、それはコンマにも満たない時間だったから、咲夜は気づかれていないだろうと安堵する。
 魔理沙も納得したのか五枚目に手を伸ばし――た手が口元へ行き、
「ふわぁぁ・・・・・・」
 大きな欠伸が漏れた。
「お腹が膨れたら眠くなる・・・・・・子供ね」
「行ってくれるぜ・・・・・・」
 減らず口を叩きながらも、魔理沙の瞼は重力に引かれて落ちていく。懸命にそれを上げるが、その度に下がり、二度目の欠伸が出てくる。
「・・・・・・疲れてるのかな」
「どうせ徹夜続きとかでしょう、いいからベッドで横になりなさい」
「い~つもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょ」
 変化球で会話のキャッチボールをしながら、魔理沙はカップを置くと靴を脱ぎ始めた。ちゃんとそろえた靴をベッドの足元に置き、自身はベッドの上で横になる。すでにその動作すら億劫になってきているようだった。
「ほんと、眠いぜ」
「ほんと、眠そうね」
 何時の間にかベッドの枕元に腰掛けた咲夜の言葉もほとんど耳には入ってこない。
 そして、一分も経たずに魔理沙の意識は途絶えた。
「・・・・・・ごめんなさいね」
 起こさないように――その心配はする意味がないのだが――そう咲夜は呟く。
 自分の紅茶を飲まなかったのは、ポットの紅茶に睡眠薬を入れていたから。
 睡眠薬を入れたのは、眠っている魔理沙を観察したかったから。
 可愛い存在が大好きな少女はどこにでもいる――ただ、咲夜はその度が過ぎていた。
 
 そして今日も、咲夜は罪を重ねる。
 
 
 
 本当は、ずっと前から気づいていた。
 
 
 幻想郷を紅い霧が覆う異変。
 この異変の解決のために動いたのは二人の人間。
 紅白の巫女と、普通の魔法使い――霧雨魔理沙。
 
(目に悪い・・・・・・帰ったらトマト食べよ)
 その頃は見慣れぬ紅魔館の内壁に疲れ目の心配をしながら、魔理沙は箒にまたがって飛んでいた。途中途中で現れる雑魚は切り札を出すまでもなく落とし、雑魚でない存在に対してはそれ相応の対応をする。
 館に入るまでは楽なものだった。門番には少し苦戦した。図書館の魔女は何とか落とした。
 ゲームのように段々と強くなってくる敵。魔理沙は考える・・・・・・さて次に出てくるのは誰だろうか。
 妖怪・妖精・妖怪(?)・悪魔・魔女と来たら・・・・・・もう打ち止めだろうさすがに、などと思いながら大玉をばらまこうとした雑魚を瞬殺。そのま進んでいき――目前に誰かが立ちふさがった。
「あー、お掃除が進まない!」
 館に入ってから見かけるメイドと同じような服装をしているが、顔立ちや雰囲気がどうもそれらとは違って見えた。そう、まるで・・・・・・自分と同じ人間のようだと、魔理沙には思った。
 蒼い目は、冷たい中に温かみを持っていた。
 魔理沙は考える、なぜこんな館に人間が居るのか。
「お嬢様に怒られるじゃない!」
 その疑問は実をいうと間違っていた。
 こんな館に居るような人間とはどのような存在か。これが正確な問いだった。
 
 
 
「ま、蓋を開ければ時は止めるわ空間は操るわでどこが人間だよとツッコミたくなる奴だったな、咲夜は」
「ふ~ん、そうなの・・・・・・私からすれば貴女や霊夢こそ人間のようには見えないわ」
「これでも人間ですわ」
「・・・・・・字面だけでは誰だか分からないわ」
 酷いぜ酷いぜ酷くて死ぬぜ、とばかりに魔理沙は傷つくがそれを表情には出さない。
 魔法の森の人形遣い、アリス・マーガトロイドの家で家主と向き合って、紅茶を飲みながらお菓子を摘む。咲夜が淹れたものとはまた違った味わいを魔理沙は楽しんでいた。
 というよりも、そういったところで楽しまないとやっていられないと感じていた。
「まぁ、確かに人間らしくないといったらそうかもね・・・・・・良くできた人形のようにも見えるから」
「咲夜はちゃんと血が通った肉体を持ってるぜ? だいたい良くできた人形なんてレミリアが欲しがると思うか?」
 ふとアリスの発した言葉に魔理沙は思わずムキになって反論する。してから「しまった」と内心思うが、アリスは気にした風もなく続ける。
「私は欲しいわよ、そんな人形」
 できれば聞きたくなかった言葉、耳を塞いで大声を張り上げれば聞かずに済んだかもしれないが、そんなことをする暇はなかった。
 だから魔理沙は、思わず出してしまいそうになった大声を紅茶で何とか飲み込んだ。
 そんな飲み方では、もう味も何も分かるはずがなかった。
 
 
 
 十六夜咲夜が何を欲しているかを霧雨魔理沙は知っている。
 アリス・マーガトロイドが何を欲しているかを霧雨魔理沙は知っている。
 アリスは自立人形を欲し、咲夜はお人形さんを欲する。
 咲夜は良くできた自立人形のようで、アリスは綺麗なお人形さんのようだった。
 恋や愛などといった綺麗なものではない、それぞれに違う想いでお互いを欲していることを――魔理沙は知っていた、知りたくはなかったが。
 
 
 
(なぁ咲夜・・・・・・私は知ってるんだぜ)
 どことなく優越感を感じながら・・・・・・この程度のことでしか優越感に浸れない自分に嫌気を感じるという悪循環に魔理沙は陥っていた。
 場所は咲夜の部屋のベッドの上、顔を枕に伏せた状態で寝息を立てる――フリをしていた。
 自分の身体を嘗め回すように見つめる咲夜の視線を感じながら。
 紅茶に薬が入れられていることは知っていた。いくら魔理沙が不摂生なたちがあろうと、自分の体のことは自分が良く知っている。疲れもないのに突如眠気が襲えば、何らかの干渉を受けていると予測できるぐらいには魔法使いであった。
 あとは薬や魔法に対抗する薬を造り、それを服用して――そして魔理沙は咲夜の所業を知った。
(・・・・・・ここで起きたら、どうするのかな)
 どうせ時を止めて平静を保って、何もしていないフリをするのだろうと当たりをつける。
 魔法の森で魔法使いとして生きてきた魔理沙の心は、乙女であっても綺麗であるとは限らない。幻想郷は一昔前とは比べ物にならないほど平和になったとはいえ、それは全てを救う平和ではない。
 だから最初に咲夜の所業を知った時は、所詮この人間もその程度かと、魔理沙はどこか冷めた頭で考えていた。だが、何をされているかを知るためにこっそり監視用の魔法を施したことで、その思いは崩れた。
 薬で眠らせた魔理沙に対して、咲夜は何もしなかった。ただ、ずっと見つめるだけ。寝顔を見つめ、体を見つめ、髪を見つめる。その視線は優しさと冷たさを併せ持っていた。
 すぐに魔理沙は気づいた、その視線が少女の――可愛らしい物を見つめる少女の目だと。
(優しくされると、弱いんだよな)
 打算があったとはいえ紅茶とお菓子を振る舞ってくる存在。自分を優しく見つめてくれる存在。その存在が心の中で大きくなっていることに、魔理沙はその瞬間まで気づかなかった。
 だから、気づいてもなお素知らぬフリで咲夜の所業を放置する。
 それなのに――咲夜の視線がアリスにも向いていることを、魔理沙は敏感に感じ取っていた。
 可愛らしい存在も、飽きるかもっと可愛い存在が居れば捨てられる。
 その考えに至った時、魔理沙はどうしていいのか分からなくなった。
 そして、その答えはまだ出せていない。
(咲夜・・・・・・)
 うつぶせの状態だから背中――主にうなじ――に向けられる視線を感じながら・・・・・・魔理沙はほんの少し、涙を流した。
 それに咲夜が気づくことは、ない。
 
 
 二等辺三角形。
 二つの等しい辺を持つ三角形。
 三つの頂点は線によって結ばれるが、重なることは決して・・・・・・無い。

 
自らを弄ばれ、だけど心地良いからそれを受け入れ、
されど相手は別の女(しかも友人)を追いかける。
・・・・・・幻想郷ってドロドロしてますね(え
 
というわけで、元々続く予定のなかったこのお話は終わり。
魔女の心境を書ききる自信が無いのでアリス視点は書かないつもり。
ハッピーエンドや一抹の救いがあるエンドにする自信が無い、ともいえる。
何せ欝エンドまっしぐらの悪寒。
せめて、三人には幸せな幻想を。
 
評価・コメントありがとうございます。
 
煉獄さん
ものすごーくそれぞれの辺が長い二等辺三角形ですはい。
 
名前が無い程度の能力さん
知らないのもまたかなりの不幸かもしれませんけど、果たしてどちらが良かったのか。
RYO
[email protected]
http://book.geocities.jp/kanadesimono/ryoseisakuzyo-iriguti.html
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コメント



0.810簡易評価
5.90煉獄削除
別サイドですか……。
魔理沙の咲夜さんへの想いや、そんな咲夜さんが彼女に向けている視線と同じものを
アリスへ向けていること、それを感じ取った魔理沙の現状に対しての心情が
良く書かれていたと思いますし、面白かったですよ。
二等辺三角形という表現も上手いと思いました。
7.100名前が無い程度の能力削除
形は違うけれども互いに磁石のように強く惹かれ合う「人形達」の姿を
片方に対する恋慕のような感情を持ちながらうっかり発見してしまったのが普通の人間である魔理沙の不幸といえますね。
世の中には知らない方が幸せなこともあるということでしょうか。
17.100名前が無い程度の能力削除
大変宜しい。