Coolier - 新生・東方創想話

巫女の彼女に一つの礼を

2009/05/31 23:59:11
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 ────最初に、光が。

 そういう言葉があったが、その光が私の場合、彼女だった。

































 ここはどこだろうか。……私には思いうかぶ過去がない。

 それでいて、体はまったく動かず、利かず、ただ意識だけが宙にのぼるように、世界を見聞きできた。

 今、私の前には彼女がたっている。

 まだどこか幼さの残る少女で、それでいて、とても変わった服を着ていた。
 あたたかい血のように紅い衣と、つめたい雪のように白い衣。それをあわせたものだ。

 そう考えている内に、世界は少しばかり鮮明になった。

 生き生きとした森の木々。並べられた石畳。朱い棒……いや、あれは鳥居だろう。

 そうか、ここは神社……神のやしろ。────ああ、彼女は神に仕える者、巫女だったのか。
















 彼女が私の前にかがむ。

 どこか哀しそうに、なにか求めるように、ひとつ息をついた。……心配してくれているのだろうか。
 彼女のその様子からして、私の容態は思わしくないようだった。

 大丈夫だ。

 そう、言葉をかけようとして────口があかない事に愕然とする。

 いや……それもそうだろう。まったく自分では動かせないくらいの、なまりの様なこの体。
 こうして生きているのが、不思議なくらいだろう。

 そう思っているうちに────私の意識はまた遠く闇へとかえっていった。






















 次に目覚めた時も、彼女は目の前にいた。

 私のもとに座りこみ、なにかをしている。どうやら私は世話を受けているようだった。

 ありがとう。

 そう伝えたくて、手をのばす。────そんな簡単な事も、まだ私の体は頑なに拒んだ。

 彼女はお辞儀をするように一度頭を下げると、少し悲しそうに、でも私にほほえんでくれた。

 そして何かを言う。……まだ私の耳は遠いようで、それはうまく聞き取れなかった。


















 彼女は毎日、同じ時間に私のもとに訪れてくれた。

 そのおかげだろうか、世界は次第に眩く、そして音も少しずつ届くようになっていく。意識も長くたもてるようになった。

 相変わらず……言葉を聞き取る事はできなかったが、それでもなにかの思いは伝わってくる。

 それだけで、今の私には十分だった。……しあわせだった。























 ある日、彼女が庭にいる時に、どこからか別の少女が降りてきた。

 黒く大きい帽子に、黒い服。それに白い割烹着のようななにかを身につけている。手には大きなホウキ。

 この少女はこの神社のお手伝いさんなのだろうか?

 ……いや、どうもそんな様子ではない。どちらかというと、神社に遊びにきた子供のように、どこかあどけない雰囲気だ。
 黒の少女と、巫女の彼女は知り合いのようで……友人だろうか。親しげに、話している。

 途中、黒い少女が私のほうを見た。  

 哀れむような、面白がるような、そんな視線。……少女は何かを言う。
 私には聞こえなかったが、近くでそれを聞いたらしい巫女の彼女が、ひどく怒っているようだった。

 ……ああ、そんなに怒らなくていい。私は確かに、だれかにワラわれるような存在だ。
 彼女がこうしてかばってくれるのは嬉しいが、未だ体が動かせなく、礼を言う口すらもたない。

 自分の無様さに、涙が──ああ、出ているかもわからない……。わからないのだ。
















 彼女には、友人が多くいるようだった。

 気がつくと、神社が幾人もの少女たちで埋められていた事もある。

 その誰もが楽しげに、ゆったりと時を過ごしていた。時々彼女がいなくても、思い思いに何かをしている。
 
 たまに私の方を見て、やはり哀れみのような、冷たい目を向ける者もいたが、そんな事は些末な事だった。

 ……常に童たちが集うこの神社の、なんとあたたかみのある事か。

 遊びの輪に加われなくても、おかげで私は寂しくもなく、穏やかな時を過ごせた。






















 ある時、彼女が姿を見せなかった日々があった。

 私は驚いた。普段、あんなに元気にはしゃぎ回っている彼女が、まったく神社に訪れないなんて。
 いや、もしかしたら、彼女は別の部屋にいて──そのまま動けない状態だとは考えられないだろうか?

 そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちになり、今まで以上に、動こう、動こうとひたすら考えた。

 もし彼女が病気をしているならば、私が助けなければならない。
 普段こうして世話を受けているのだったら、今その恩を返せなくてどうする?

 自責の念と、焦りがただ募り、私はただひたすら動かそうと体に強いた。

 たとえすぐにバラバラになってもいい。ボロボロに朽ちてもいい。
 彼女の額に冷たい布の一つでもかぶせてあげられるのなら、それだけでも価値はあるのだと。私は心の中で叫び続けた。

 そんな、彼女の今までの看病に泥を塗るような事を考えた罰だろうか、……私の体はやはり動かなかった。


 ──そこに、あの黒い少女が訪れた。

 黒の少女は私のもとに座り、彼女がいつもするようになにかをしている。
 ……まさか、そんな。私はこの少女にまで、世話を受けているのだろうか、迷惑をかけてしまっているのだろうか。

 そして思う。友人の少女がここにいるという事は、彼女も同じように看病を受けていて、そして、寝床から私の事を頼んだのではないかと。
 ああ、なんてコトだ。私は……わたしは……何もできないのに、彼女は私の事を……こんなにも気にかけてくれている。

 こんなにも、心も、体もみっともない私を。彼女は許してくれるのか。
 帰る場所すらわからない私を慈しんでくれるのか。

 どうすれば……いいのだろう。どうすれば、ワタシは……。

 そんな私の肩を──黒の少女が軽くたたいた気がした。
 
















 白い軌跡が、ちらほらと。……雪だ。


 彼女が、庭をはいている。しんしんと降り積もった彼らを、神への道を現すために、そっとどかす。

 衣の半分が景色にとけて、淡くうつろう紅の色。ゆらゆらと、それは一つの灯のように。誰かを導くように。

 ああ、あれに誘われるように、彼女の横に立ってみたい。赤くかじかむ手の、代わりをつとめてあげたい。

 焦がれ、もどかしく、ただ見つめる。






















 美しさとは、なにかの輝きだと誰かが言った。

 では彼女のもつ輝きとは何だろう。世界そのものから浮いているような、幽玄なもの……とも違う。

 優しさ、だろうか? ……いや、それは私への配慮だけではわからない。

 社交……それも言葉が聞こえない私には判断できない。

 それに、彼女のもっているモノとは、他にない唯一なものに思える。


 やはりそれは──幻想だろうか。その類い希なる不思議さに。その空気に。


 あの巫女の少女にそれを見て、ここには多くの者が集まっている……惹かれているのだ。

 そう、……私もその一つに違いない。














 雪かきが終わる。

 鳥居からまっすぐのびる参道の、掃き清められたその場所で、彼女は一つ息を吐く。

 霧のようにかすむそれが、雲になって雪に成るのではないか。

 そんな埒もない事を考えていたら……──彼女が、こちらに歩いてきた。
 
 まだ震えている肩、それでも白い布を手にとり、私の体を優しくゆすった。

 いつもより丹念に、きれいに拭いてくれているようだった。

 そして、いつものように話しかけてくる。いや……いつもより強く、望むように。

 ……これはやはり、私の事だろうか。早くなおって欲しい、という事なのだろうか。

 そうであってほしいという願いと、そうであっては哀しいという、二つの私が声をあげる。

 前者はともかく、後者はなぜそう思うのか。……なぜなのか。
















 
 神事。

 境内に幾つも篝火がたかれ、その中心に彼女がいる。

 私の近くには黒の少女と、なぜか羽が生えた三人の幼児達がいて、それを一緒に眺めている。

 まだ星々の宿る闇夜に対し、やがて日の昇る山々に向かって、巫女が詠う。 

 ──私はこれを識っている。

 明けの明星、天香香背男命を抑え封じる儀式。

 日之女の方、天照大神を迎える夜明けの祈祷。

 これを行わないと、その年は妖怪の力が高まり、人間の安全が脅かされる。 

 覚えて……いや、どこかで……そんな話を聞いた覚えがある。
 
 彼女は日の出まで、祈りを捧げるのだろうか。

 篝火と巫女の彼女を、ぼう、と見続けるうちに──私の意識が夜明けの光を映すまえに消えていく──
 












 

 メを開けると、彼女がナいていた。

 まさか、儀式が────いや、今は景色も明るい。天空には、眩きあの方がちゃんと鎮座している。

 ……無事に成功したのだ。

 でも、彼女は悲しそうに泣いている。…………。

 なぜかわからないが、私の体にすがりつくように、ただ、気を落としていた。

 理由はよくわからない。それでも彼女が悲しんでいる。それならば。

 君は、よくやった。
  
 手も言葉もだせないが、私はその頭をそっと撫でる。……赤い布飾りが、風で少しゆらめいた。


 しばらくそうしていると、──ふと、なにかに気がついたように彼女は頭をあげた。

 そして笑う。

 ……。最初から、泣いてなどなかったかもしれない。そんな笑顔だった。

 鳥居の方にかけていく彼女の後ろ姿を見送りながら、私は思う。

 ああ、そうか、いつの間にか、こんなにも────……

 新年から遊びに訪れた友人たちに囲まれている、日より眩しい彼女を見て、私はただ目を細めた。








  













   

 雪融けはゆるやかに。地の眠りが覚めていく。
 この体があたたまる頃には、春の息吹がこの楽園にも訪れるだろう。

 相変わらず動かないこの体と、遣えぬ言葉と、ぼんやりとした耳音と、変わらない日々。
 彼女はいつものように私のもとに来てくれて、彼女がいない時は他のだれかを眺めて過ごす。

 このままこの日常に埋もれていくのも、悪くないのだろう。そう想い始めたその頃に──あの者が現れた。


 ──あらあら、驚いたわ。まさかこんな処にねぇ。


 私を見て、その者はそう言った。日傘を差して、紫色の派手な格好をしている。
 一見、姿形は他の少女と似たようなものだが──その不吉な笑みは、例えようない不安を私に抱かせた。

 なにより、なぜ、この者だけ、急に私は言葉を理解できたのか……。


 ──初めまして。ご挨拶できて光栄ですわ。


 そう言って日傘をくるりと回し、くすくすと笑いながら少女が私におじぎをする。
 どこか人を馬鹿にしたような……いや、そんな事はいい。それよりも。

 もしかしたら、この者には私の言葉も解るのだろうか?


 ──正解。くすくす。ええ、十分に。


 私の独白に、返事が返る。
 驚きと共に、恐怖と期待が入り交じった感情が私を支配した。……私は少し考えてから、伝えたい言葉を決める。

 そうか。ならば頼みたいことがあるのだが……。


 ──あら、何かしら?


 見ての通り、私はこんな体だ。口も開かず、言葉も表せない。そして過去もない。
 しかし、こんな私を、この神社の少女が世話をし続けてくれている。
 だから、なにかお礼をしたいのだが……その方法が見つからない。どうか、智恵を貸してもらえないだろうか。


 ──…………。ふふ、うふふふふ。そう、アナタがねぇ。ふふふ。


 日傘の少女はなにが面白いのか、堪えきれないとでもばかりに笑い続ける。
 面を上げた時には、笑い涙まで出てたようで、しきりに目元をこすっていた。


 ──失礼、ごめんなさいね。まだ起きたばかりだったから。うふふふふ。

 ……いや、構わない。おそらく、私の言い方がまずかったのだろう。
 だが、偽りなく、思っていることだ。それはわかってほしい。

 ──えぇ、えぇ。わかっているわ。記憶がないのなら、確かにそういう事もあるでしょう。
 ふふふ……いいわ。あなたには智恵どころか、手を貸してあげますわ──約束しましょう。


 そう言って、日傘の少女は宙に小指を突き出した。そしてくるりを回す。
 ……これは、指きりのつもりだろうか? 私も気持ちだけ、小指を回した。

 紫の少女はまたクスリと笑うと、私を見下ろした。

 
 ──さてと、では早速取引だけど……こういう話は単純な方がいいのよね。
 確認だけど、あなたはあの子にお礼がしたい。それでいいかしら?


 思いだけ、頷く。この者なら、それで解ってくれるだろうと思った。


 ──了承、ね。わかったわ。ではそれに対して、私は条件を一つ出しましょう。
       

 そして日傘をたたみ、それを真っ直ぐに私に向けた。

 
 ────あなたには、ここから消えて貰うわ。


 日傘が、トン、と私を叩いた。
 ゆらいだ体以上に、私はその言葉に動揺する。

 ゆらぎが小刻みになった時にようやく、なぜ、とかすれた問いをなげかけた。


 ──あなたは此処にいては駄目なのよ。あなたは本来<こちら側>じゃあないんだから。 
 

 世界が、きしむような音を立てる。……一体、それは、どういう意味だ。
 冗談……いや……少女の目はもう笑っていない。これは、嘘でも、遊びでもなく、本気で──


 ──本気。正式な取引で、冗談を言うほど哀しい事は無いわ。うふふふふ……もちろん、あなたが消えたら約束は守るわ。
 あの子にはちゃんとお礼をしてあげる。……さて、お返事は如何、寝坊助さん?


 …………。しばらく、何も考えられなかった。

 だが、この者は条件を提示し、私に答えを求めている。……取引をもちかけている。
 つまりこれは、問答無用に手をかけたりはしないという、約定だろう。

 ならば、私も、その礼儀に応えなければならない。
 狼狽する気持ちを抑えて、私は言葉を伝える。


 ……わかった。その言葉、信じよう。

 ──あら、思ったよりわりと素直に信じてくれるのね。周りに見習わせたいくらいだわ。ふふふ。


 少し、間を置いて、さらに言葉を選ぶ。


 ……ただ、あまりに突然の事で、私は驚いている……少しだけ時間を貰えないだろうか。

 ──…………。ええ。もちろんいいわよ。ゆっくり吟味してくださって結構ですわ。
 正直、あなたとこうしてお喋りするのも大変だから────少し日をあけてから、またここに訪れるわ。
 それまでには、ちゃんと決めておいてね──……


 そう言いながら、紫の者は消えていった。
 世界に呑み込まれるように去った彼の者を見て、ようやく──あれはヒトではないのか、と理解した。














 どこか遠く、狂おしく、夜の意識に心がふさぐ。

 ……今まで、少しは考えていた。
 私に記憶がないのに、彼女が世話をしてくれること。その事について。

 それはとても簡単で、憧れていて、その実、胸がくるしくなるものだった。


 ────彼女は、昔の私を知っている。そして、どこかで事故に遭った私を、助けようとしてくれた────  


 そんな夢想があった。……だが、真実はそれを妄想だと告げている。
 私には、此処とは違う、帰るべき場所があるのだ。

 どういった経緯で流れたかはわからないが、それは考えてもしかたがない。
 あの者は、異邦の私はここには存在してはいけない、と言った。

 ならば私は、あの者の手を借りて、元の場所に帰らなければならない。……かえらねば。

 …………。

 本当にそれでいいのだろうか? ここから去ってまで、成しとげたい事だろうか。
 動けもせず、口もきけない、……そんなモノを、果たして帰るべき場所は受け入れてくれるのか?

 家族、恋人、友人、そういった者達がいて、今の私を受け入れてくれるのだろうか?
 いや、そもそも私は孤独の存在で……元の場所には、誰もいないのかもしれない。

 戻されたが最後に、棺桶の中にただ沈むだけかもしれない。

 ……それは恐ろしい。怖い。悲しい……。

 …………。

 ……ここ居る限り、その恐怖に怯えることはない。悲しみはない。
 今まで通り、穏やかに、しあわせに過ごせるだろう。……それはとても素晴らしく思える。

 彼女がいて、神社に訪れるその友人たちがいて、季節彩る木々があり、そこに宿る鳥がいて、新たな芽吹きがある。

 清浄な風と、豊饒な土と、見渡せば遠くに人の里、不尽の如き高く天貫くあの岩山。
 深淵なる広き森、霧に抱かれる湖。小さく見える紅の屋敷。さらに遠く遠くに見事な竹林。それらに住む人々。動物。自然。

 どれもこれもいつか訪れてみたい。いや、想像をしているだけで、こんなにも胸が躍るのだ。
 どうして、ここから離れることなど、できようか。

 体がなおり──彼女と肩を並べてこの世界を巡る。その希望を捨てられようか。

 ────この幻想から、どうして背中を向けられようか────

 …………。

 そう、最初から答えはでていたのだ。
 悩むことなど、何もなかった。
 


















 

 幾つかの日が過ぎ、そしてまた夜が訪れる。
 彼の者は、音もなく私の前に現れた。


 ──今晩は、いい夜ね。

 …………。


 あの日と同じように紫の者が嗤う。暗く冥く楽しげなその笑み。
 その様子に、夜の王という言葉が一瞬浮かぶ──が、それもどこか違う。

 酷く薄気味悪く曖昧なこの存在は……まるで色とりどり斑模様の蛇のように、目を背けたくなるくらい、禍々しさの塊に視える。
 本来、関わってはいけないナニカだと、私の中で警鐘が鳴らされ続けている。

 そう、間違いなく危険な相手だ。ましてや、まともに取引など──と思う。


 ──どうしたのかしら?


 しかし、それでも……紫の者は真摯だった。

 不吉な笑みをたたえているその奥底で──こちらを心配しているのだと、そう視えてしまった。
 ずっと人を眺めているだけだった、のが幸いだったのか、不幸だったのか──今、私はこの者を信じるしかない。

 
 ……今晩は。いい夜だ。

 ──あら、今度はちゃんと挨拶を返してくれたのね。嬉しいわ。  
 

 クスクスと笑い出す。その仕草と皮肉とは裏腹に、そう悪くは見えなかった。

   
 ──もっと、準備を整えてからと思ったけど、私も気が急いてたのかしら。
 あれから十日くらいしか寝られなかったわ。これだとお肌があれちゃうわねぇ。

 ……十分だろう。と、いうのが礼儀だろうか。それに、貴女は若くて美しい。



 世界そのものが吹きだした。

 そう思えた瞬間だった。
 当の本人の様子は……その名誉のため、言及しないようにしよう。ただ、おかげで少しばかり時間が過ぎた。 

      
 ──傘が折れちゃったわねぇ。

 ……すまない。一応、正直に言ったつもりなのだ。

 ──お上手ね。と、今度は流すわ。見た目より策略家で困ったちゃんね、あなた。

 ……それは照れてしまう。ましてや自分より上手の者に言われては尚更に。

 
 私のつまらない台詞のどこかがツボだったのだろうか。
 これ以上ないというくらい笑い転げた後だというのに、紫の者はまた腹を押さえはじめた。
 起きたてで、少しばかり螺子がゆるんでいるのかも知れない。

 それにしても、人と話すとはこんなにも面白いものだったのか。 
 改めて、名残惜しい。……彼女とも、こうして会話を重ねたかった。


 ──あら、答えは決まってたのね。
 
 ……ああ、答えは決まっていたよ。


 思えば簡単なこと、私が此処から離れたくないと思うほど、彼女に対する思いも同時につよくつよく募っていく。


 最初に、光が。
 私の場合、それが彼女だった。


 その中に、彼女の友人たち、神社の優しさ美しさ、遠く憧れた情景の数々────全てが詰まっている。

 さながら風船の中に入れられた風船をふくらます様に、その中身が拡がるほどに、外側も拡がっていく。

 今の私にとって、世界そのものである彼女のために、なにか出来ること──これほど魅力的なものは他にないのだ。


 ……私がどこに帰るかは未だ解らない。
 でも、彼女のために何かができた後の未来(せかい)なら、たとえどんな処でも、それはとても素晴らしいものになるだろう。


 今も神社のどこかで寝息をたてているだろう彼女を思うと、それだけでこの緊張に震えている心が落ち着いていく。

 紫の者はそんな私を見てなにか思ったか、折れた傘をクルクルと廻し始めた。


 ──前に、この神社で大きな災害があったのだけどね。

 ……?

 ────ああ、あなたは聞いてるだけで良いのよ。むしろお願いね?
 ええと、そう。結構ひどい事故だったわねあれは……人災、いえ、あれも天災よねぇ。首謀者は懲らしめてやったけど。 
 
 まあ、おかげで二回もこの神社は潰れちゃったのよねぇ。あの子もしばらく家が無くなってて面白……いえ、不憫だったわねぇ。
 でも、やはり一番不憫だったのは……────

 
 折れた傘の先が、私を示す。…………。
 云われた通り、私は黙って聞いている事にした。
 

 ──それはそれは、巻き添えも巻き添えで、思えばあの時、私も落ち着きが足らなかったのかも知れないわ。
 この神社は外とこちらの両方に建っている事を、境界を造っておいてなんだけど、すっかり忘れてちゃってたのよね。 
 あなたには気の毒な事だったけど……まあ、こうしてちゃんと無事だったことには、感謝しなくちゃね── 


 すました表情はそのままに、紫の者が軽く肩をすくめる。この者なりの、照れかくしみたいなものだろうか。


 ──この神社は、幻想郷の結界の一つの基点。
 その仕組みの中に、外側に神様を置いて、内側にそれに仕える巫女を置く、というものがある。

 二つ合い離せぬもので結界を挟みこんで強化する。……磁石のN極とS極の間に、紙を挟んで支えているようなものかしら。
 これが、博麗大結界を保持している重要な歯車の一つなの。
 
 利点はあるわ。これなら内側で急に巫女がいなくなっても、まだ外側に神様がいるから、すぐには崩れない。
 巫女の代替わりまでの時間は稼げるというわけ。もちろん、これは逆もしかりという訳なんだけど────


 廻していた傘がピタリと止まる。


 ──まあ、今の貴方には関係のない話ね。さて、時間もそろそろ押してきたし、準備はいいかしら?


 紫の者は、そう言って今にも明けそうな山々を見下ろした。
 私は、……ワタシはうなずいた。
 

 ──ふふ、流石ね。早し。潔し。こちらの都合で振り回してばっかりで、アレだけど……。そうね、やはり最後は正直に話すわ。


 横目でこちらを見て、僅かに、申し訳なさそうに眉を下げた。

 
 ……なんだろうか?

 ──今のあなたは、全て跡形もなく失われてしまうわ。元の場所に還り、過去(きおく)が戻るのだから。
 もう少し、時間はあるのよ? 名残があるなら、もう少し待っても大丈夫なのだけど。

 ……そうか。だが、それよりも。

 ──何かしら?

 ……巫女の彼女に一つの礼を。あの子が喜びそうなものを……どうか。


 紫の者は、驚いた猫のように目をパチパチとさせて──……それから尊いなにかに祈るように目を瞑り、そっとこちらに手を合わせた。



 その背中から、今にも世界を染め上げそうな夜明けの槍が伸びてくる。

 夜と朝の境界で、愛しき全てのものが天に照らされていく。

 ああ、これが最後の光景(ユメ)だとは、……なんと素晴らしき贈り物……幻想なのだろうか。



 ──うふふ。大丈夫。必ず喜んでくれるわ。……それじゃあね。神霊さん。今度から、避難所はちゃんと選んでね。


 紫の者が、私の方に、ナニカをはじいた。
 


 ああ、日が──貫くような朝日が────、──ワタシを消していき、その光を浴びて、はじかれてきたナニカが輝いて────



 ────────あ…あ────ワカった───ソウカ、これが────ワタシ────…………

 ──────……

 ───……

 ──…

 ……

 …




























 ──チャリン








































 博麗神社。
 幻想郷の東の境に位置する神社である。
 日は昇り、目に眩しいその時間に、いつもの様に彼女は起き出していた。

「おっ、そぅ、じ~」

 よくわからない歌を口遊みながら、日課の境内の掃き清めをすませる。
 今年はいつもより丁寧なそれは、石畳を毎日輝かせていた。
 それを見て、楽園の巫女は満足そうにほほえむ。

「もう年明けの悲劇はごめんよ。というか、今年は参拝客、まだ誰もこないじゃない……。余計なのは来るのに」

 箒に寄りかかりながら、巫女はぶつぶつと、ちゃんとキレイにしているのになぁ……と文句を言いはじめた。

「大体、最近の参拝客は貧弱なのよ。骨がないわ。骨。……最近骨が主食に見えてきた気がするなぁ」  

 とぼとぼと、物憂い気に神社へ向かう。
 だが、途中で面を上げた時には───いつもの暢気な巫女だった。

「おっ、さっい、せん~」

 白い布を手に取り、賽銭箱に歩み寄る。
 汚らしい賽銭箱だと、参拝客は見向きもしないだろう。今年もこちらには特に力を入れ、こまめに掃除をしていた。
 ついでに隅々まで中身を確認してしまうのは……致し方ない事だと割り切っている。

「うぉす。おはよう。……なんだ、朝っぱらからまた賽銭泥棒か。精が出るな」

 空から、箒にまたがった黒い少女が降りてくる。
 そして、ガタゴトと賽銭箱を揺らし続ける紅白の紅を、呆れたように眺めた。

「もう儚い望みは捨てとけよ。去年神社がぶっつれてからさっぱりじゃないか。  
 式年遷宮の際に、貧乏神でも賽銭箱に取り憑いたんじゃないか?」

「(ガタゴト)」

「私が代わりに調べてやっても、葉っぱしか出なかったくらいだしな。
 狐か狸ぐらいしか拝みにきてないとしか思えん。いなり寿司でも新たに祀ったらどうだ?」

「((ガタガタ)))」

「そうだな、ここは一つ神社の名前でも改名して、霧雨神社と名づけよう。
 これなら流れ星のように賽銭も降りそそぎ……」

「きたー!!」

「うおぉう!?」

「やったぁ!」

 賽銭箱に頭まで突っ込んでいた巫女が、勢いよく飛び出した。

「ほらほら! ちゃんと見なさいよ。賽銭よ賽銭!」

 彼女が誇らしそうに掲げた手の先には、確かに輝く銭がある。

「誰か来てくれたのよ! 良かったぁ……嬉しいなぁ」

「よ、良かったな……。うーん……だけど小銭一枚だぜ、これじゃ飯代の足しにもならんじゃないか」

「そういう問題じゃないのよ。誰かが来て、賽銭を入れてくれたって事自体が嬉しいの。
 賽銭っていうのは、誰かが私や神様をまだまだ頼りにしてるって証拠なんだから」

「そういうもんかなぁ」

「うん、そういうものなの──ああ、今日はなんか良いことありそうねぇ」

 はずむような足取りで、巫女は神社をまわっていく。
 途中、空にはじかれた銅銭が────まるで光の涙のように、一つきらめいた。



















 
    
 自分の中で、東方が何年目かとなりました。
 どこかで知って、興味本位で体験版をやってみたのが始まりでしょうか。今は昔の話。
 
 長く大切にした物には神様が宿る。という考え方が最近好きです。
 昔と違い、周り中、物で溢れているこの時代。それを念頭にいれて生活してみると、だらしのない自分には丁度良くて面白い。
 うん……ホコリ払いって便利です。パソさんには長持ちして貰いたい。
  
 今回は賽銭箱が主人公のSSに挑戦。
 二度読みが面白い、というのを目指してみましたが如何だったでしょうか。

 では、今までも、そしてこれからも頑張り続ける巫女の彼女と、最後まで読んでくれた貴方に感謝を込めて──チャリン 
ネコん
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コメント



0.3120簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
賽銭箱だと思って読んだらもうギャグにしか見えないwww
9.80名前が無い程度の能力削除
最後の最後まで語り部が誰なのか解らなかったのが残念のマイナス点
11.100名前が無い程度の能力削除
正体が笑いどころなのだとしたら、逆に感動しましたわ。
何ていい話なんだ……ええい、博麗神社はどこだ、俺は賽銭を入れるんだ!
そして霊夢と箱の両方を喜ばせてやるんだ!

賽銭代わりに100点チャリン。
12.100名前が無い程度の能力削除
上手い、そして途中で解らなかったので完敗。
ええ話や。
13.100名前が無い程度の能力削除
神霊……。ああ、博麗神社の神様が賽銭箱に一時避難してたのかw
むしろ解らなくても普通にいい話として読める事に驚いた。

そして読み直したら、賽銭箱に絶賛される紫……そりゃ吹き出すなww
15.90名前が無い程度の能力削除
最初の方で簡単に気付けてしまったのが残念。
とは言え、それでも充分におもしろかったです。
21.80名前が無い程度の能力削除
つ⑤
独特の味わいある文章が良いですなぁ…。
25.90名前が無い程度の能力削除
うむ、薄々賽銭箱だろうとは思っていましたが…
でもこんな素敵な神様がいてもいいじゃない。
29.90名前が無い程度の能力削除
畜生、感動した私に謝れ!www
もってけ泥棒!つ1000円
いや、いいお話でした。そして、読み返すと最初の感想と180度変わってしまうというww
35.100名前が無い程度の能力削除
やwwwらwwwれwwwたwww
箱かよwww賽銭箱かよwww
39.100名前が無い程度の能力削除
あれ、状況はギャグのはずなのにいい話になってる
40.80GUNモドキ削除
記憶の戻った『彼』に、四十五円(始終ご縁)がありますように(チャリン
41.100名前が無い程度の能力削除
紫が何かを弾くまで全然わからなかった
チャリーンで確信できた
面白かったです。
45.100名前が無い程度の能力削除
つ ミ ◎
47.100名前が無い程度の能力削除
ちゃりん。
56.90名前が無い程度の能力削除
2回読んだ作品はひさしぶりだった
58.100名前が無い程度の能力削除
二度おいしい最高の料理でした。
読み終わった直後のいまなら樋口さんまで出せる。
65.80名前が無い程度の能力削除
ネタじゃなくおもしろかった。
68.80名前が無い程度の能力削除
おお、すごい発想とオチだ。
⌒◎
 [賽銭箱]
69.100名前が無い程度の能力削除
うふふふふ
73.100名前が無い程度の能力削除
やべぇ、ここまで読ませられたのに読めないのは初めてだ
読み直しても若干の感動があるぜ
78.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙登場のあたりでオチには気づいちゃったけど、十分に楽しめました。
お見事ですw
83.100名前が無い程度の能力削除
主コメみるまで分からんかったw
つ[賽銭]
87.100名前が無い程度の能力削除
『みんなが哀れんだような視線を』あたりでもしかして~なんて思ったりしました。
わからなそうでわかりそうな絶妙なヒントだったと思います。
話の作り方がとてもうまいなぁと。つ ミ ⑤