Coolier - 新生・東方創想話

あたらしい呪術~悪魔祓いから見る基督教系呪術の考察~

2009/05/31 17:42:54
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…と言った弱点を皆さんはご存知かと思いますが、
それでは、彼らが水や銀に弱いのは何故でしょうか?
それは、彼らが本質的には幻想の存在であるからです。幻想の存在である彼らは、水にも、銀にも、その姿が映る事はない。
つまり、彼らは、【彼らは存在しない】と証明する物に対して、非常に弱いのです。
これはまた、基督教を信じる者が彼らに対して強い事の類例でもあります。
基督教の信者は、彼らを強く否定するからです。【主の御名において】、或いは、【そうあれかし】。つい先日説明した場所ですね。
しかしまた、彼らがより強くなる条件も然りなのであります。
例えば、【彼らの存在を信じる者】、【彼らを恐怖する者】、またそれらの血液などが彼らの糧である事は有名です。
総括致しますと、基督教系の術者を目指すのであれば、恐れぬ事、受け入れぬ事と、この吸血鬼の項はただそれだけの話です。
それでは次のページを開いてください。
この図はウイチグス呪法典からの引用となっていますが、これは解釈が読み手によって分かれる物でありまして、と言うのは実はこの法典は科学的、物理学的な意味で捉えようとした時にも整合性が取れるよう偽装されているからでありますが、その真なる意味はと言うと…


******


…マズい。
非常にマズい。
果たしてあの外側から来たと言う先生サマが今現在話しているのは、日本語なのだろうか。まずはそこが論点となって然るべきだろうと思うのですよ。
ですよ。ええい何だそのウイチグス呪法典とやらは。図を見ても物理学的な意味すら理解出来ないと言うのにどうやって真なる意味を理解しろと言うのだこのヤロウは。
あ、話がまた逸れた。雑談とかヌカしつつも意味不明な言葉の羅列でしかもそれをジョークとしてきっちり捉えている周りの連中は何なの?天才なの?
でなければ、私がお馬鹿さんと言う事になるが、それは断じて認めないので周りは天才だらけなのでした。めでたしめでたし。
全然めでたくない。ただの人間である私は、こうやって魔術を身につけなければ何の力も持てないと言うのに、全く話が理解出来てないという事は全く魔術の習得が進まないと言う事だ。
いや、アイツ(=先生サマ)の話は何かもう魔術ってより衒学に近くなってる気がする。ドグラ・マグラってなぁに?
手元の教科書?にはそんな怪しげな言葉は無い。無いと言うのに、何故か先生サマはヒートアップ。読むと一度は気が狂うとか言ってるが、確かに納得だ。こいつはキチガ
いやいやいや。駄目です禁句ですタブーです。うるさい人たちが文句つけてくるからそう言う事はメッ!なんですよ。
しかしそれはそれとして、魔術の習得ってアレじゃないの?ほら、魔法の杖とか箒とか棍棒とかをぶんぶん振り回して撲殺じゃなくてぴぴるぴるぴる言いながら目からビーム出すもんじゃないの?
ちょっと違うかも知れない。
それにしても、実習とかまるでやらないよ?ずっと座ったままこいつのキチガイ染みた知識を披露されてるだけだけど、これを理解すれば魔法が使えるようになるの?
あ、ヤバい。言ってしまった。聞かなかった事に。駄目?
駄目か。そうか。ならば死ねー!エターナルフォースブリザード!相手は死ぬ!
うわ、超かっこいい。魔法が使えるようになったら使おう。いつになったら使えるのか分からないけど。
そんな事をぼーっと考えていたら講義が終わってしまった。今日飲み込んだ知識は一つ、吸血鬼の弱点についてのみ。
…どうしよう。
…とりあえず、
実習、
してみようか。


******


「何か御用でしょうか」
「貴方様の主であられますレミリア・スカーレット様を打ち倒したく存じますので、不躾で誠に申し訳ありませんが、どうかそこを退いて頂けないでしょうか」
私は出来うる限り礼を尽くして目の前のメイドへと頭を下げた。
「…そんな事を言われて通す訳がないでしょう。と言うか門番はどうしたのかしら?」
門番は通してくれたのに、どうやら駄目っぽかった。いやそれ以前に通した門番が駄目っぽかった。
「駄目駄目ですわ」
「はぁ、そうですか。それでは失礼をば」
頭を抱えたメイドの横をさりげなく通り抜ける。
ヒュン。
ナイフが飛んできた。
「ええと」
「通す訳がないでしょう?」
「………」
未だ魔術の欠片も使えない私には、このメイドの異常なまでの戦闘力に対抗する術はない。
むしろ私の性能では最高までレベルを上げてもこのメイドは倒せない気がする。
つまり、私がやる事はただ一つ。
「…すみませんでした!今すぐ帰ります!」
逃げるのである。逃げの一手である。追いかけられたら頓死確定だけどきっとこっちは物凄く弱いし見逃がしてくれるよね。
「逃がしませんわ」
くれませんでした。ファxク。
気付かない内に簀巻きにされました。残念、私の実習はここで終わってしまった。
「それで、どうして私の主を打ち倒そうと考えたの?」
「話すと長くなるのです。と言うわけでこの縄を解きやがれです」
「ナイフでざくっと解いてあげましょうか」
メイドさんは大量のナイフを取り出しました。笑顔で。超殺されると思いました。英語で言うとオーバーキル。かっこいい。される側だけど。
「すみませんでした今すぐ全部ゲロしますので許してください」
そして私は語り始める。
まず出生の秘密からだ。私は極々平凡な両親の下に生まれたと見せかけて実は極々平凡な両親の下に生まれたのだった。
そして物心ついた時から、私は極々平凡に暮らしていたと見せかけて実は極々平凡に成長していったのだった。
そんな事を一時間ほどつらつらと語っていたら、ナイフが段々近づいてきました。だから長くなるって言ったのになんで殺る気満々なのこの人。カルシウム足りてないってきっと。
「大事な所だけ話せばいいのよ。と言うか貴方そんな平凡な事をよく一時間も語れるわね…聞き入ってしまった私も私だけど」
昔から話をするのは好きなのです。
「それで?」
大事な所。
そうだ、話すとするならば切欠だろう。
「…蛍の妖怪をご存知ですか」
「ええ、まあ。私が知ってるのと同じのなら多分」
「つまりそう言う事です」
よし、なんか決まった。なんかそれっぽい事言ったから納得してくれる。
「どういう事よ」
くれませんでした。フxック。
けれど、その本当の理由はあまり話したくない。とても情けない理由だから。
「………」
あと、お話するのは好きだけど嘘は下手です。そして嘘ついたのがバレたら殺されそうなので黙ります。
「…どうしても話せないのかしら?」
あ、良い人補正来た。きっとこのまま解放…
「それじゃあ、お嬢様の今晩の食事が調達出来ましたわ」
この世から解放してくれるらしい。わぁい。
「…凄く情けなくて話したくないのですが」
「いいわよ、貴方がどんなにかっこ悪くても私は気にしないわ」
あ、フラグ来た。きっとこのままこの人と相思相愛に…
「余りに下らない理由だったら夕食のメニューに肉が増えるだけですし」
なる訳がなかった。超怖いよこの人。
仕方ない、と私は話を始める。
私がどうして魔術を会得しようとしたのか、その始まりを。


******


「…と言うわけです」
「間を空けただけじゃない。本当に刺すわよ」
きっと誤魔化せると信じていた手法が全く通じなかった。
いやほら、こうすれば何となく語った気になるし語られた気になる不思議なトリックなのですが、完璧超人なこの人の前ではきっと下等超人のこっちの考えなど余裕で透け透けなんですよ。なんかエロい。
その完璧超人さんは、ナイフを一本一本数えつつ、「何本目に死ぬかしら…?」とか言ってました。
「…本当にくだらなくて情けない理由なんですが」
「焼き方はレア・ミディアム・ウェルダンのどれが良いでしょう?」
「焼かないという選択肢はないんですね」
「人間の生け造りはグロテスクなのよ」
今度こそ本当に殺されそうなので、仕方ない、と私は話を始める。
「…蛍の妖怪をご存知ですか?」
「さっきも聞いたわよ」
「その蛍の妖怪なんですが、私めにとても許せない事を致しまして、魔術を覚えようとしているのはその復讐の為なのであります」
復讐。
そうだ、これは復讐なのだ。メラメラ。燃える。目指せダークヒーロー。そんな感じ。
「それで、何でお嬢様を狙ったの?」
しまった。よく考えてみればここの主を狙ったのと元々の理由はあんまり関係なかった。
「と見せかけて実は今日の授業の復習なのであります」
カツリ。
頭上二ミリ位(体感)の所にナイフが突き刺さった。
本当の事を言っただけなのにたまたま言葉がかかっていただけで殺されかけた。すごい理不尽。力持ちって素敵。
「いやその、今日の魔術の授業で吸血鬼についての項目をやりまして」
「ああ、あの外側から流れてきたとか言うインチキ臭い自称魔術師の先生ね」
「あのキチガ…あの先生はいつまで経っても座学ばかりなので、たまには実習をと思い立った私は、こうして紅魔館に攻め入ったと言う次第なのであります。さあ解け。約束通り解け」
約束したかどうかは覚えてないけど、とりあえず強気に催促すると解いてくれるかも知れない。
「約束はしてないけど解いてあげるわ。どの道貴方程度ではお嬢様に何らかの危害を加える事は出来ないでしょうし」
あ。
冷静に考えれば、目の前のメイドよりも吸血鬼の方が強かったのだった。
つまり、私に出来る事は何もない。実習?無理。死ぬる。
「…ええと、それじゃあ帰りますね。お仕事ご苦労様です」
「はいはい。もう二度と来ないで頂戴」
次来たら問答無用で殺されそうなので頼まれても絶対に来ません。


******


「…それで」
私は再び簀巻きにされて廊下に転がされておりました。昼間だと言うのに薄暗くて、仄かに妖気が漂うこの館の廊下は、実はカーペットは柔らかくて凄く寝心地が良いのです。
「…なんでまた来てるのよ、貴方は」
余りの寝心地のよさに凄く眠たくなったけれど寝たら死ぬので適度にリラックスしつつ、
「いやその、よく考えたら強い人が居るんだからこっちで教えてもらえばいいかと思って」
と答えました。
「…はぁ」
と溜息を吐きつつ彼女は凄く鬱陶しい物を見る目でこちらを見ました。
「まあ適任者が居ない事もないけれど…」
「メ○がそこらの人間のメラ○ーマより強い人でお願いします」
「…居ない事もないけれど」


******


「…戦闘力たったの5。ゴミね」
いきなり暴言を吐かれました。簀巻きのまま階段を蹴落とされて転がってまだ息がある事が不思議なくらい落ちてその直後の事だったので何だか泣きそうになりました。
溢れそうになった涙をなんとか堪えて、とりあえず私は言葉を尽くして弟子入りの志願を致しました。
「断るわ」
にべもなく断られました。この人は怖いと言うより冷たいと言うかもうこっちの事を虫けらくらいにしか思ってないよね。酷い。
「…いえ、丁度良かったわ。貴方、ちょっとその水を飲んでみなさい」
そう言って彼女は未だ簀巻きにされたままの私に、机の上の水差しに入った液体を飲むよう指図しました。ミッションインポッシブルです。
そしてよく見るとそもそも『水』ではありませんでした。なんだか不思議に鉛色と赤色を行き来するドロっとした何かでした。
「そうね、水ではなかったわ。青汁よ。青汁です。青汁でした。青汁は体に良いのよ」
私の知る限りではこんな青汁はこの世に存在してはいけない。余りの怪しさに存在しないを飛び越えて絶対否定。指先一つで私を縛っていた縄が解け、私はその液体の前に立たされました。
「飲みなさい。体に良いから。                                                             たぶん」
今最後にちっちゃくたぶんって聞こえた気がする。
だがそれでも、
魔術が使えるようになるのであれば、
………。
一本、逝っとく?
逝きます。
ごくり。
…あ、意外と美味しい。
ごきゅごきゅごきゅ。
緊張で喉が渇いていたので全部飲み干しました。
「あら、全部飲んだら致死量だと思ったけれど大丈夫みたいね」
とても後悔しました。前説無しでそんな物を飲ませて楽しいのかこのドS様。
「でも体に良いのは本当よ。一口で全身の霊穴が開いてパワーが凄まじい勢いで迸ってすぐに一生分の力を使い果たして一時間くらいで死ぬわ」
それを体に良いと言える精神が凄い。流石に魔法使いは格が違った。
「いえ…ちょっと待って。ああ…この記述を忘れて…」
ぶつぶつと何か言い始めました。私はとりあえず空を飛ぼうとジュワッ!のポーズをしてみたりしていましたが一向に飛べる気配がありませんでした。
「…失敗ね。その前に気絶するわ。セーフティ・ロックと言う訳ね。にしても、霊穴が全開な事には変わりないのに空すら飛べないなんて…」
くらくらと貧血のような気分の悪さが私を襲い、私は真っ暗闇の中へと落ちていきました。


******


そして気がついた時には膝枕…
…等と言う素晴らしいイベントはある筈もなく、外に放り出されていました。夜風が酷く冷たく感じられる夏の夜でした。


******


「もしかして…簀巻きにされるのが好きなのかしら貴方は」
そしてそれから三日後の今日もまた、私は簀巻きにされているのでした。場所は大図書館で、此処までの移動法は転がるオンリー。もちろん階段も転げ落ちましたとも。
「戦闘力が6に上がったわね。毎日転がって少し打たれ強くなったのよ。ゴミには変わりないけれど」
凄く微妙な進歩でした。魔術が全く関係していない所がちょっぴりキュート。キュートなゴミ。帰ったら泣こう。
と言うか好い加減に毎回簀巻きにするの止めて貰えないのかな貰えないんだろうなきっと。
「…好い加減しつこいし、貴方が此処までする理由を話しさえすれば協力してあげなくもないわよ」
青汁(と言う名の謎の液体。多分謎ジャムとかそんな類)を四日連続で飲み続けたお陰で少し好感度が上がったらしく、新しいイベントが起きました。
事情を話しますか?
ニアはい
 いいえ
「…復讐?」
そうです復讐なのです。
あの蛍の妖怪めはわたくしにとても許せない事をしたのであります。
「…復讐の割には、全然殺気とか邪気とか陰気とかそんなのが無いのですね」
ポジティブなのが取り得ですから。
「咲夜、嘘に決まっているでしょう。…いいえ、嘘ではないわね。けれど、本当でもない」
しまった。バレた。普段は非情なのに、心の機微を読み取るのが非常に上手ですね貴女。ああ、ナイフが飛んできそうなくらい上手い事を言ってしまった。と言うか飛んできた。その内死ぬ。
「…話しなさい。ほんの少しだけ気に入ってるのよこれでも」
致死性の何かを連日飲まされて手に入れたのが、ほんの僅かな好意である。これを以って良しとするかどうか、それによって各人の誇りとかそういうものが左右されるのである。
そういう物が丸っきり無いので、私は良しとしました。
「無いのね。薄々分かってはいたのですけれど」
「無いのよ。最初から分かってたわ」
無いのです。私の復讐の為ならそんな物は犬に食わせろなのです。
それでも、この話だけは私の誇りの最後の砦でした。私が、復讐を誓うに至るまでの出来事は。
あの日、蛍の妖怪に助けられた、あの出来事は。


******



蛍はね、すごく、弱いんだ。
                            -ある蛍の妖怪。



******


お前が私の死か、と何処か醒めた感情で私はそれを受け入れました。
私の目の前に現れたのは、巨大で醜悪な妖怪です。
恐るべきあやかしの形であるそれは、ただの人間である私には当然太刀打ち等出来よう筈もなく、ならばせめてと一度は逃走を試みたものの、足を傷つけられ、既に逃げる事は出来なくなっていて…
そして私は、襲いくるそれから目を逸らさずに、その瞬間を待ったのです。
けれど、それは上空に何かを見つけたのか、幾つもある目をそちらへと向けて、動かなくなりました。
突然、衝撃が走り、私は吹き飛ばされて…ゴロゴロと、こちらで毎日転がっているように転がりました。
何かが、空から降りてきたのです。それは私と妖怪の間に降り立って、激しく何か攻撃を始めました。
空から降りてきたそれは…彼女は、私が一度会話をした事のある蛍のあやかしでした。
…ただ、二言三言、言葉を交わした、それだけの繋がりでした。
彼女が私を助ける理由などないのです。なのに、彼女は私の前で、無数の蝕腕を備えた醜悪な妖怪に立ち向かっていきました。
けれど以前彼女は私に言いました。蛍は凄く弱いのだと。
その言葉の通り、彼女はその妖怪にじりじりと押され始めました。
じりじりと、少しずつ。彼女の攻撃も相手に届いてはいるのですが、後に調べた所、相手はレギオンと言う名の悪食で有名な妖怪のようで、再生能力が非常に高く、負った傷のどれもがすぐに修復されていくのです。
そして彼女もまた、その妖怪の攻撃を身に受け、しかし蛍のあやかしである彼女には再生能力などほとんどなく、ダメージがどんどん蓄積していくのが傍目にも分かりました。
それでも、彼女は退きませんでした。
私を守るかのように…いえ、彼女は私を守って戦っていたのです。
そんな彼女に私は…
…ふつふつと、怒りが芽生えるのを感じていました。理由はよく分かりませんが、兎に角腹立たしかったのです。
それから…
これ以上彼女が傷つくのを、私は見たくないと、そう思って、一つ、二つと、傷ついた足を引き摺って、彼女と妖怪の間に割って入りました。
「…何、してるの?」
「私の事はもういい。構わずに、逃げてください」
そもそも、私は一度生を諦め、死を受け入れたのです。彼女が居なければとうにただの肉塊となり、妖怪の餌食となっていた筈でした。
だから、そんな私の為に、彼女がこれ以上傷つくのは、どうにも耐えられない。そう考えたのです。
でも、それでも。
許されるのであれば。
「…もし、貴女が私の事を覚えていてくれるならば」
どうか、歌ってください。と、私は彼女へと告げました。私は、死を覚悟しておりましたが、それでも何か残せればとそう思ったのであります。
「あの蛍たちへ向けたような、歌を」
「………」
彼女は、表情を凍りつかせて沈黙しました。私は、このような優しいあやかしも居ると、それを知れただけでも、充分に幸せだと思ったものです。
一つ、妖怪の方へと足を踏み出すと、彼の無数の蝕腕が、鋭利な槍の如き形へと変貌し、
…その瞬間、私は彼女の名前すら知らない事に気づいて、それだけが少し心残りだと思っておりました。
ですがもう時間は無く、無数の槍が私目掛けて放たれて、
…けれど、私は生きていました。
「…いやだ」
無数の槍を、彼女は受け止めながら…傷つきながら、それでも強く、「いやだ」と。
「歌ってなんか、やらない」
だって、と彼女は続けました。
「私はあんたの事、全然知らない。名前だって知らない。そんな奴の為に歌ってやる義理なんてない」
ああ、その通りだと、私は思いました。でも、それなら何故彼女は私を守ってくれているのだろうかと、困惑の感に囚われました。
「だから」
と、彼女は更に続けます。
「だから、絶対助けてやるわ。このお人良しの大馬鹿人間!」
醜悪な妖怪が、人間には出せないような悲鳴を上げました。
蛍のあやかしに触れた蝕腕が、次々と溶けていく光景を、私は目にしました。
「蛍はね、確かにすごく弱いさ。だけど」
その時、彼女の体が、光り輝き始めます。
「それでも…蛍は命を燃やしてでも、そうしなきゃいけない時がある事を知ってるんだ」
いつか見た幻想の蛍火が、彼女の体から発せられたのです。攻撃を加えようとした蝕腕は、光に触れると共に飛び散っていきました。
「だから私は!知能も持たない、人間を食らうだけの化け物なんかに!あんたを殺させはしない!」
-蛍はね、
駄目だ。そんな事をしてはいけない。
-すごく、弱いんだ。
あやかしの事も、魔術の事もよく知らない私にも、彼女が何をしているのか分かりました。
-なのにね、自分の命を燃やして、火を出すの。
自分の命を燃やして、火を出しているのです。
私を助けるために、命を燃やしているのです。
-…馬鹿、みたいだよね。私みたいに長生きして、力を持てば、もっとずっと生きられるのに。でも、それでも。
彼女が突撃する。無数の蝕腕、無数の槍を備えた、醜悪な巨体へと向かって。
-あの子たちは、それで良いと思ってる。
命を燃やしながら、蛍火を放ちながら、全ての攻撃を燃やしつくしながら、駆ける。
その光景を、何の力も持たない私は、ただ見ている事しか出来ずに…
そして。
「…馬鹿みたいだと、思ってたけどね。今なら、私もあの子たちの気持ちが分かるんだ」
とん、と。その巨体に手を触れ、彼女はこちらを向いたのです。
…とても優しい笑みでした。止めさせなければならないのに、思わず息を飲み、見惚れてしまうほどに。
直後。
彼女の掌から、膨大な光が放出されました。とても強い力を持つのに、淡い色をした、蛍の光でした。
その光の中に、巨大な化け物は溶けて、燃えて、消えていったのです。
そして、彼女は…


******


「…彼女は、幸いにも気絶しただけで済みました」
そしてこれこそが、彼女への復讐の理由なのであります。
彼女は自分の命を使ってまで私を助けました。私にはそれがどうにも許せないのです。
だから、
「私の方が彼女より強くなって、彼女の危機を救ってやる。これが私の復讐です」
話し終えると、少しだけ残っていたプライドが恥ずかしさを訴えてきたけれど、顔に出さないように逆に変な顔をしようと努力しました。
二人は、アホの子を見るような目でこっちを見ていて、やるんじゃなかったと思いました。
「何と言うかまぁ…」
「…とても気に入ったけどとても気に入らないわ」
どっちなのでしょうか。あと、少しだけ気に入っている相手に致死量のドロっとした何かを毎日飲ませるようなドS様に、とても気に入られたり気に入られなかったりしたら一体どうなってしまうのだろう。とても怖い。
そんな事を考えて、逃げようとしたら簀巻きにされました。
「まあ任せなさい。とりあえずこれを飲むといいわ。とても体に良いから。もしかしたら」
最早隠す気もなく憶測がダダ漏れとなっていました。
「咲夜、次からこのサンプ…実験た…この人間は丁重に此処まで案内なさい」
「今サンプルとか実験体とか言いそうになりやがりましたよね貴方」
「かしこまりました」
「かしこまらなくて良いですけど簀巻きにされないのならかしこまって欲しいこの気持ちはどうしたら?」
「簀巻きにして転がしてきてもいいわ」
「そうしますわ」
「うわぁい人を人と思わぬ扱い万歳」
そんなこんなで。
私の復讐への道は開かれたのでした。


******
ふふ、そんな事言って-(ロアナプラの方の方言でこんにちわの意味)

最後までお付き合い下さりありがとうございました。
初めましての方は初めまして。そうでない方はサイバーパンクでサムライでニンジャでヤクザでテッポウダマでアーコロジーでトーキョー・メガ・シティで鬼哭街でモエかんでザイバツでニューロマンサーな自分のSSを再び手に取ってくださりありがとうございます。
蛍火の続編の皮を被った何かです。あとプチに昔投稿した【アリスの】アリスのノート【ヒ・ミ・ツ♪】から『あたらしい呪術』の伏線をこっちに持ってきたり。
相変わらず『私』の性別は謎のままにしておきました。ご想像にお任せします。性格がずいぶん変わったような気がしますが気にしないでください。よくある事です。                                              たぶん。

文体は今までで一番軽やかに。頭の中の小人さんが面舵いっぱい切った結果らしいです。小人さん達は何処へ行くか全く予想出来ないので、次は宇宙に向けて飛び立ってるかも知れません。手漕ぎボートで。
なんか続き物っぽく終わってますが続きを書く予定はないです。小人さん、いえ小人様方の気が向けば書くと思います。

それでは、また機会があれば次も読んでいただけると嬉しいです。
目玉紳士
[email protected]
http://medamasinsi.blog58.fc2.com/
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コメント



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9.100名前が無い程度の能力削除
ロアナプラのこんにちはって、ケツ穴をもう一個増やそうか?じゃないのww

なんで蛍すぐ死んでしまうん?的なノリでww
10.100名前が無い程度の能力削除
軽っ!
テンポ良くてええ感じですなあー。
こういうノリは大好物です。
14.90名前が無い程度の能力削除
お前が私の死か ってナウシカでしたっけ?
なんだかサクサク読めて良い作品でした
15.90名前が無い程度の能力削除
リグルカッコ良杉ワロタwww