守矢神社の裏に立つ木造の倉庫の前に二人の戦士が立っていた。
一人は守矢神社の風祝、東風谷早苗。彼女は普段着にしている腋丸出しの巫女服ではなく、Tシャツとトレパンの上から割烹着を被っている。これは畑仕事をする時と同じく汚れることを前提とした服装で、格好からもこれから挑むミッションがいかに困難か如実に物語っていた。
もう一人は妖怪の山に住む河童の少女、河城にとり。彼女の服装は早苗とは対照的に普段着のままだった。ただ、彼女は普段から機械弄り等の作業をしているし、服を着たまま平気で河に潜るので汚を気にしていないのかもしれない。
「それじゃ、空けますね」
倉庫の扉をあけるとまず、畑に撒く肥料のツンとした匂いが襲ってくる。二人は思わず口と鼻を手で覆った。
守矢神社の倉庫は一見木造だが鉄筋やコンクリートを使って内部で補強を行っている。肥料の匂いと、湿ったコンクリートの発する独特のにおいが混ざって倉庫の中はお世辞にも快適な空間とはいい難かった。
「神社の倉庫だからもっと神器とか、いわく付きの品物が並んでいると思ったのに、普通だね」
「期待に添えなくてすいません。にとりさんのいうような品物は、全部外の世界の諏訪大社や博物館に寄付してしまったので、ここにあるのは本当に生活用品と神社の行事に使う道具だけなんです」
「でも、外の世界の道具はいくつかあるんでしょ?」
「ええ、電化製品はここに来る前にけっこう処分しちゃいましたけど、幻想郷でも使えそうなものは大体もってきましたよ」
「なら、気合入れて頑張るよ。早苗、まず中の物、全部外に出しちゃえばいいんだよね?」
「この状態じゃそれしかないでしょうね……すいません、なにしろ幻想郷に来てずっとこのままだったので」
倉庫は手前の方に鍬や鎌、肥料の入った桶といった畑仕事用の道具が置かれていて、奥の方はよくわからない道具が無整理で捨て置かれている。
二人に課せられたミッション。それは倉庫整理である。
――守矢神社が幻想郷に引っ越してきてから約一年半。
去年は、生活基盤の構築や、信仰集めで忙しく倉庫は完全に放置状態だった。
そのしっぺ返しを食らったのが今年の春、幻想郷に来てから神社の裏で小さな畑を始めたのだが、無整理の倉庫から畑仕事の道具を取り出すのに半日以上かかってしまった。
時節は六月半ば、本格的に暑くなる前に倉庫を本格的に整理しようと思っていた早苗に、親しい友人の一人であるにとりが手伝いを申し出た。河童は技術に対する関心がとても高い種族で守矢神社にある外の世界の道具を見ているだけで楽しいらしい。
にとりのおかげで倉庫の整理は予想以上にはかどった。早苗より頭一つ小さい身長の小柄な体格にも関わらず、自分の体重に匹敵する荷物をヒョイヒョイと運び出していく。
「早苗、これいったい何なの?」
にとりが業務用テントの骨組みをまるまる抱えているのを見て早苗は絶句した。骨組みの材質は金属製、そのうえ枠と足の一式をまとめて束ねていたのでその重さは確実ににとりの体重より重いはずだ。
「それは業務用テントの骨組みですね。しかし、よく持てますね、とても重いからバラしてから二人で運ぼうと思っていたのに」
「この程度なら大丈夫、予想していた重さの半分くらいしかないからね。しかし、テント、これテントなのか」
にとりはしきりに首をかしげながら骨組みを外に運び出す。
「テント、わからない訳じゃないんですよね?」
「うん、ただわたし達が作るテントは、木製の骨組みを組み合わせて作るものだからイメージ違うなと思って」
「多分、完成した姿もにとりさんのイメージと違うと思いますよ」
にとりのイメージするテントというのは、おそらくキャンプ等で使う野外で雨風を凌ぐ用途で使う物のことだろう。なら、倉庫にある業務用テントの形状は彼女のイメージとかなり違うはずだ。
「そういえば、同じ骨組みがあと二つ並んでたけどそれもテントなの?」
「はい、それも同じテントです。その辺りにあるのはイベントで使っていた道具みたいですね……そうだ、いい物があります!」
パン! と手を叩いて早苗は、業務用テントの置かれた一角でキョロキョロと目配せする。
「あった」
早苗の探していた物はすぐに見つかった。それは台車の上に置かれた『HONDA』のロゴが入った大きなダンボール箱でひときわ大きな存在感を放っている。
「早苗、これは?」
「これは、ですね……」
驚くにとりの顔を想像して、早苗は珍しく不敵な笑みを浮かべる。
「家庭用発電機だよ。また懐かしいものを見つけたね」
そう言葉を発したのは守矢神社――いや諏訪神社の祭神、八坂神奈子だった。彼女はゆらりとした足取りで倉庫の中に入ってくる。
「ああ、神奈子様。そのセリフは私が言いたかったのに」
「神奈子様、発電機って本当ですか!」
セリフを奪われた早苗と、衝撃的な単語を聞かされたにとりは同時に問い詰める。
「本当だよ。早苗、セリフ取ったのは謝るから、にとりに中身を見せてやって」
「もう仕方ないですね……にとりさん、これが発電機ですよ」
箱の中に入っていたのは、やっぱり箱だった。周囲を鉄の枠に囲まれた鉄の箱。
「これが発電機か、早苗触ってもいい?」
「触ってもいいけど分解はしないでくださいね」
じっくり見られるように発電機を箱から取り出す。
発電機を仔細に観察するにとりは、早苗の目から見てもとても興奮しているのがわかった。
「本当に懐かしいな。早苗、最後にこれ使ったのはいつだったけ?」
「えっと、幻想郷に来る直前にやった最後の夏祭りですよ」
「ああ、あの時か。二年も経っていないはずなんだが、すいぶん昔に感じるねえ」
守矢神社が外の世界で過ごした最後の夏、幻想郷に行く準備と、祭りの準備を平行して行っていたのでとても忙しい夏だったのを覚えている。
ここにある物は、守矢神社が外の世界で宗教法人として活動していた証拠といってもいいかもしれない。全国に二六一六あるしがない分社の一つだが、それでも夏祭りと、元旦の時はだけはこういう道具が必要だった。
「夏祭りか、また出来るといいんですけど」
夏祭りは元旦と並んで守矢神社の一大イベントだった。町内会や地元のテキ屋、アルバイトとして早苗の学友も巻き込んで祭りを盛り上げるために奔走した。とても忙しかったが、それだけに充実していた気がする。
祭りに参加した人々は、諏訪神社の祭神が主催として本部席に座っているとは夢にも思っていなかっただろう。
「なら、やってみるかい」
「神奈子様、本気ですか!?」
神奈子の発した予想外の一言に早苗は思い切り動揺した顔を見せる。
「だって、早苗はやりたいんだろう? 夏祭り」
「それは……」
早苗個人の感情として夏祭りを復活させたいし、理屈として考えても夏祭りのようなイベントを守矢神社の主催で行えば信仰を得る大きな助けになるだろう。
「でも、神奈子様。一つ大きな問題があります」
「なんだい?」
「うちには、祭りを行えるほどの自己資金がありません」
祭りのような大きなイベントを行うにはお金がかかる、それは外の世界でも幻想郷でも変わらない。
守矢神社が幻想郷に来て最初にぶち当たった問題の一つが貨幣制度の違いだった。幻想郷は明治時代に外界から閉ざされてしまったため、今でも明治政府が作った金貨、銀貨を貨幣として使用している。
食べ物はある程度、自給自足が利くし、山の妖怪から寄進(大半が食料の現物)も得られるので暮らしていく分にはなんとかなったが、幻想郷に来た当初の守矢神社は無一文に等しかった。
現在は人里からの寄進や、お払い、雨乞いの謝料として若干の現金収入があるが、祭りを行うのに届くとは思えない。
「なるほど、文無しは確かに大きな障害だ」
「ですよね……」
「しかし、資金が無いならその分、協賛者を確保すればいいだけだろう。出来る、出来ないは、実際に動いてみてからでもいいんじゃないか?」
早苗の心配をよそに神奈子は大きな高笑いを上げるのだった。
「祭り――出来るよ」
その後、夏祭りの相談をするために部屋に訪れた早苗、神奈子、にとりの三人に、諏訪子はあっさりとそう答えた。
「へっ? 諏訪子様、どういうことですか?」
諏訪子の発した予想外の一言に早苗の目は点になる。
「だから、祭りをやる程度の自己資金はあるんだよ。赤字になるリスクは高いけど、別にそれは構わないんでしょ?」
「少々の赤字なら被っても問題ないだろう?」
神奈子の目配せに対して早苗は無言で肯いた。守矢神社は別に営利企業では無い、存在の第一義は、金儲けではなく、氏子の精神の安定にある。
外界に居たときの夏祭りも、普段世話になっている地元の人々をもてなす目的で行っていた。
「しかし、そんなお金どこにあったんですか?」
早苗はキョトンと首をかしげる。多少の現金収入はあったが、その大半は山の妖怪との宴会費用で消えていると思っていた。
「普通に神社の活動で得た収益だよ」
諏訪子は部屋の奥にある卓上机の上に立てていた台帳を早苗に手渡した。
「早苗、これはなんなの?」
見慣れない形式で書かれた数字の羅列に、にとりは首をかしげる。
「これは……神社の会計帳簿です! 守矢神社で使った、お金の出し入れを記録しているんです。諏訪子様、こっちに来てからも帳簿つけていたんですか?」
帳簿には幻想郷に来た当初から、先日までの収支記録が複式簿記で事細かに記録されている。
この帳簿の内容が確かなら、守矢神社には外界の日本円に換算して一〇〇万円くらいの貯蓄があることになる。
「諏訪子様、ありがとうございます!」
感極まった早苗は思わず諏訪子に抱きついた。
「ダメだよ早苗、どんなに小規模でも法人として収益を得てるなら帳簿はつけなきゃ。神奈子はともかく、早苗も気にしてないんだもんなあ」
諏訪子は、幼い外見、言動に反して、非常にまめな所がある。外界に居るときも、根回しの上手い神奈子が周囲との調整を、諏訪子は経理を担当していた。
「おお、これはスゴイな。こうしてみると、幻想郷ではあまり金って使わないんだな」
神奈子も諏訪子のつけた帳簿を見て感心したようにうなずいた。
「山での宴会は、酒もつまみも現物の持ち込みが多いからね、あんまりお金は使わないの。残り物を翌日に食べるから食費も浮くし」
「でも、これならいけそうですね、お祭り」
早苗の言葉に神奈子も力強くうなずいた。
「よかったね、早苗。お祭り、楽しみにしてるよ」
成り行きでついてきたにとりは、早苗の嬉しそうな顔を見て激励の言葉をかける。
「はい、にとりさんもありがとうございます」
早苗は満面の笑みを浮かべたまま、にとりの両手をギュッと握った。
「あれ?」
早苗は握った両手を離さない。にとりの中で不吉な予感がうずまいていく。
「手伝ってくれますよね……」
満面の笑みを浮かべたまま、早苗は有無を言わさぬ迫力を伴ってそう告げた。
*
にとりに割り当てられた仕事は会場設営だった。
言葉だけ聞くとただの雑用のように聞こえるが、実態は違う。彼女に頼んだのは、祭りで使う舞台装置の製作、材料・作業員の確保、そして一番大きな仕事が、屋台の配置を含めた会場レイアウトの作成である。
早苗達にできない仕事を一元的にお願いした形で、とてもじゃないがアルバイトがやる仕事ではない。
『守矢祭』の重役への抜擢に、にとりは恐縮しまくっていたが、この仕事を行うには河童が最も適任であるし、他に頼めそうな当てもなかったので半ば強引に引き受けてもらった。
ちなみに仕事内容を詳しく話したとき、にとりの顔はリアルで緑色になっていた。
「そろそろ来るころですね」
早苗は神社の境内に仁王立ちし、守矢祭を行うための最後の戦士を待っていた。
身につけているのは乙女の戦闘服である青い巫女服、手にしているのは御幣。どちらも、いざとなれば弾幕ごっこも辞さない覚悟の表れである。
目的の人物はすぐにやって来た。
その名は射名丸文、伝統の幻想ブン屋の二つ名を持つ烏天狗で、幻想郷で最も広い活動範囲を持つ妖怪の一人でもある。
相変わらず耳が早い。
神奈子が天魔の元に祭りを行うための協力要請に行ったのは、つい昨晩のことだ。
多くの天狗が新聞のネタのために神社に訪れるのは織り込み済み。そして、一番乗りが射名丸文であるのも早苗達の予想通りだった。
「こんにちは、清く正しい射名丸です。早苗さん、今日は守矢祭についてのお話を聞きに来ました」
「ほう……」
相変わらずの鉄壁スカートに、早苗は小さく感嘆の声を漏らした。あれだけ風を巻き上げながら着地しているのに、文のスカートは全く隙を見せない。
「こんにちは、文さん。守矢祭の話ですか? いいですよ、とりあえずお茶でも淹れるので上がってください」
「すいませんね、気を使わせたみたいで」
文は招きに従い、迷わず敷居をまたいだ。
居間に文を招いた早苗は、お茶と、昨日人里で買った羊羹を振る舞う。
美味しそうに羊羹を頬張る文を見て、早苗は柔和な笑みを浮かべた。
「早速、話を聞かせてください。聞いた話だと、守矢祭は人里も巻き込んで行うとらしいですが、それは本当ですか?」
「はい、神奈子様も、諏訪子様も、お祭りをやるなら御山だけでなく、お二人を信仰する全ての人妖を招くべきだと意見が一致しました」
「会場は、どこにするんですか?」
「祭り会場は人里の近くで行うことにしました。最初は本殿の境内を使おうと思っていたのですが、一般の方が御山に入るのは困難だ、という指摘がありまして。いろいろ考えた結果、人里の外れに分社を置いているのでその周辺を借りようという話になりました」
「賢明だと思います。なんだかんだいって、人里の周辺が最大の人口密集地ですからね、人里に寄生している妖怪も少なくありませんし」
さすがに人里に住んでいる妖怪は存在しないが、周辺で生活し、狩猟採集、果ては生産活動を行って人里で商売をする妖怪というのが幻想郷では数多く存在する。
祭り会場を人里近くにしたのは、人だけでなく、そういう妖怪を呼び込むためでもあった。
「出し物としては、御山、人里の双方から屋台の希望者を募っています。あと、神社側でいくつか皆さんで楽しめる企画を……とりあえず、神楽をやろうって話になっていますね」
「ほう、神楽ですか。もしかして、舞うのは早苗さんですか?」
神楽という言葉に、文の瞳がキラリと光る。おそらく、早苗が舞うという話を新聞のネタにするつもりなのだろう。
「いや、いいお話を聞けました。早苗さんのおかげで、御山の馬鹿共が競って新聞を買ってくれそうです」
「どういうことですか?」
「いえ、気にしないでください。早苗さんには関係ない話です」
早苗の質問を文は笑って誤魔化すことにした。真実を知っても気持ちいいものではない。
早苗もあえて追及はせず、代わりに懐から一冊の小冊子を取り出した。
「ところで文さん……これ見ていただけませんか」
「これは、外の世界の本ですね?」
文に手渡したのはA-4サイズの薄い小冊子で、標題に『守矢祭』と記されている。
「ええ、外の世界で作っていた祭りの会報です。お祭りって大変なんですよ、会場に屋台を呼ぶにも面倒な調整が沢山あるし、お金もかかります。だから、協賛者を募るんです。お祭りを盛り上げるためにお金をくださいって、そうしてお金を出して出してくれた方を会報で宣伝する。文さんも、新聞で似たようなことやっていますよね?」
「そっ、そうですね……」
文は早苗の言葉に不穏な気配を感じ、小さく腰をあげた。なぜ彼女がこんなことを言うのかわからない。
「ところで文さん、私達、友達ですよね?」
「あの、私、すぐに記事書かないといけないんで!」
逃げるために立ち上がった瞬間、文はなにかに足をつかまれた。
「あやっ! あやややや!!」
足もとを見ると、足首をつかんでいるのはにとりのノビールアームだった。
「あきらめよう、もはや逃れることはできないんだよ」
隣室に隠れていたにとりがヒョッコリ顔を出す。その顔は、前に見たときより幾分やつれているように見えた。
「私は記者なので中立を……」
振りほどいて逃げようとしや矢先、今度は台所から神奈子が、彼女が座っていた卓袱台の下から諏訪子が姿を現す。
「文さん、あなたの腕を見込んで会報作るのお願いしたいんですけど?」
早苗の言葉は強制ではない、お願いだ。
しかし、文は自分を挟んで立つ二柱を改めて見る。
前門の神奈子、後門の諏訪子、強大な二柱に囲まれた状態で文に拒否の選択肢は残されていない……。
*
こうして守矢祭実行委員会のメンバーが決定した。
会長、八坂神奈子。
副会長、東風谷早苗。
会計、洩矢諏訪子。
会場設営、河城にとり。
広報、射名丸文。
思いっきり身内人事だが、技術者である河童を会場設営に、記者である烏天狗を広報に据えた完璧な布陣でもある。
そして、早苗の担当は雑用であった。他のメンバーに比べて格段に楽な仕事だが、理由はちゃんとある。
「守矢祭か、お祭り使って信仰を集めるなんて考えたじゃない」
霊夢は湯呑を両手で支えながら興味なさそうにつぶやいた。
早苗は幻想郷に住むもう一人の巫女、博麗霊夢が住む博麗神社に顔を出していた。
その場に魔理沙、アリスも居合わせていたため、四人そろって縁側でお茶を飲んでいる。
「信仰は、集まれば恩の字くらいに考えています。あくまで目的は祭りの開催そのものなので」
「で、わざわざ家に来たってことは、博麗神社も協賛者にならないかと誘いに来たの?」
「それは違います、博麗神社に協賛金が払えないのは最初からわかっていますから」
「ぎゃははは!! そりゃそうだ、わかってるじゃないか早苗」
早苗が持ち前の天然毒舌を発揮すると、魔理沙はいっさいの遠慮なしに大声で笑い出した。
ピシッ! と紅白の巫女のコメカミに青筋が浮かぶ。
「あんた、相変わらずね……じゃあ、なんでうち来たのよ? そっちは、かなり忙しいんでしょ」
「かなり所じゃないですね」
早苗は守矢神社の状況も思い浮かべてため息をつく。主に協賛者確保の営業をやっている神奈子、文はまだマシだが、実務担当の諏訪子とにとりは早くも仕事量のヒートアップが始まっている。
今朝、朝食を食べているときも目の下にクマを作った諏訪子が『さなえ~、夢で数字が襲ってくるよ~』といって泣いていた。
「こうして尋ねてきたのは、霊夢さんに神楽を舞うときの伴奏をお願いしてもらえないかと思って」
「伴奏って、篠笛で?」
その問いに早苗は無言でうなずいた。
「どういうこと、神様にやってもらえないの?」
早苗の発言に真っ先にツッコミを入れたのはアリスだった。守矢神社には正式な祭神がいるのに他の神社の巫女に頼るなんて、普通に考えると変な話だ。
「神奈子様も諏訪子様も、篠笛を吹いたことないらしくて、和笛って洋笛に比べて吹くこと自体にコツが必要でかなり難しいじゃないですか?」
神楽をやる上で問題として持ち上がったのは曲の音源だった。テープレコーダーがあるので練習する分にはなんとかなるが、本番までテープ音源はあまりに情けない。
「そんな状況で、よく神楽やるなんて言い出したわね」
「諏訪子様、たっての希望なので。今回、一番の功労者は予算を確保してくれた諏訪子様ですから……ずうずうしいお願いだと思いますけど……」
「わかったわ、協力すればいいんでしょ。まったく、めんどくさいわね……」
承諾はしたものの霊夢はあきれ顔でため息をついた。
「しかし、霊夢が篠笛を吹けるなんて意外だったな。けっこう難しいんだろ?」
「ああ、それは心配していません。霊夢さんなら、篠笛渡して曲聞かせれば、初めてでもそれなりに吹けるはずです」
「あんたが私にどんなイメージを持ってるのか、一度じっくり話し合う必要がありそうね!!」
早苗に暗に人間離れしていると言われた霊夢の額に、怒りのマークが灯った。
「なんにせよ、伴奏者が無事見つかってよかったじゃない。祭りには私も参加させてね、会場で人形劇やってもいいんでしょ?」
「それは、是非お願いします」
アリスが行う人形劇は魔法使いが行うだけあって、普通の人間には不可能なクオリティになっている。会場でもきっと人気の出し物の一つになるだろう。
「その代りというわけではありませんが、アリスさんにお願いが、出来れば霊夢さんや魔理沙さんも手伝ってくれると嬉しいかなって……」
「言ってみなさい、次はどんな厄介事なの?」
苦笑いを浮かべる早苗に、霊夢は憮然とした顔のまま先をうながす。
「先日、神奈子様が人里に打ち合わせに行ったときに、守矢神社製のお守りの売ってほしいという依頼があったんです」
「確かに、守矢神社も人間が行くにはツライからな」
自分も人間なのに他人事のように魔理沙がつぶやく。
博麗神社も人里から妖怪の巣窟と噂されているが、妖怪の山の頂上付近に建つ守矢神社も妖怪率ではいい勝負。むしろ、天狗の哨戒網を抜ける必要があるため参拝する難易度は博麗神社より高い。
そのため、守矢神社の面々が人里に降りてくるこの機会に、諏訪神の加護を得たお守りやお札を売ってほしいという希望が相当数あった。
「わざわざ売ってくれって言われたんでしょ、景気のいい話じゃない?」
霊夢の表情がますます不機嫌になる。
「問題は、お守りの在庫が全然ないんです。お願いします、お守り作るの手伝ってください五〇〇個も手作りするなんて一人じゃ無理ですよ」
早苗は、土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
外界に居るときは、お守りやお札がまともに売れるのは元旦だけだったので、生産の発注は一年に一回しかしていなかった。
幻想郷に来るときに臨時発注なんてかけなかったし、残っていた在庫も山の妖怪に売ったり、あげたりで底をついていた。
購入希望者の数からおおまかに割り出した必要数が約五〇〇個、それを作るのは当然、雑用係の早苗である。
「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ!」
「バイト代は出します」
「ぐっ……」
金の話をされて霊夢が押し黙る。
早苗が提示したバイト代は普通の内職と比べるとかなり割のいい話だった。発注側がそれだけ追い詰められている証拠ともいえる。
「私は、受けるわ。針仕事なんていつもやっていることだしね」
「私もいいぜ、割のいい儲け話だしな」
快諾した魔理沙とアリス視線が霊夢に注がれる。
非難とも要求ともとれる二人の視線にさすがの霊夢も折れた。
「わかった、手伝ってあげるわよ。バイト代、ちゃんと出しなさいよ」
「はい、それはモチロン!」
霊夢の言葉を聞いて早苗の表情がパッと明るくなった。
「……それで、私達へのお願いはそれだけなの?」
先を読んだようなアリスのセリフを聞いて早苗は苦笑いを浮かべる。
「あの……できれば売り子もお願いしたいかなって……」
*
博麗神社からの帰り、早苗は心底ホッとした気分で空を飛んでいた。
お守りの作成はアリスが半分以上の二六〇個を引き受けてくれた。一人で家庭内手工業ができる彼女なら問題なくこなすだろう。
霊夢、魔理沙、早苗の割り当ては一人八〇個。
負担は大幅に減ったが、それでも手順に沿って組み立てるだけのボールペンの内職とはわけが違う、ミシンも使わず手縫いで作ることを考えると今夜から夜なべして頑張らないと到底間に合わない。
魔法の森の上空まできたとき早苗の目に人影が映った。幻想郷の人妖には飛行する術を心得ている者が多いため、飛んでいること自体はべつに不思議なことではない。しかし、人口密度が少ないせいか、こんな風に飛んでる誰かに偶然鉢合わせるのは初めてだ。
突如現れたUFOは早苗のいる方向に真っ直ぐ近づいてくる。
彼我の距離が五〇メートルを切って、ようやく早苗は相手が妖精だということに気づいた。
水色のワンピースを身に着け、髪はショートカット、気の強そうなツリ目のとても元気そうな女の子だ。
「あの……こんばんは」
無視するのも気がひけたので、早苗は妖精の少女が眼前に来た所で声をかけた。
「こんばんは~。あんた見ない顔ね? 腋出してるけどれいむの仲間?」
妖精の少女は早苗の服の間から見える腋をじっと凝視する。
「私は、東風谷早苗といいます。霊夢さんとは、仲間みたいなものかな? お名前聞いてもいいですか? あなたも霊夢さんの知り合いみたいだし」
霊夢の顔に広さは、博霊神社で行う宴会に参加する妖怪の数で思い知らされていたが、まさか妖精にまで知り合いがいるとは思わなかった。
「あたい、チルノ。さいきょーの妖精だよ」
チルノは、小さな胸を大きく逸らせながら自己紹介する。
「チルノさんですね、よろしくお願いします」
「よろしく……って、なんか調子狂うわね」
幻想郷では珍しい早苗の礼儀正しい態度に、チルノは腑に落ちないような表情を浮かべた。
「そうそう! 私はあの御山にある守矢神社に住んでいるんですが、今度うちの神社の主催でお祭りをやるんです。人里の近くが会場なのでチルノさんも遊びに来てください」
「お祭りか……でも、あたいは行かないかな、行ってもお金ないと意味無いしね」
「お金ですか?」
「うん、お祭りって遊ぶのにお金、必要なんでしょ。あたい、お金持ってないもん、だから関係ないわ」
チルノの表情は寂しそうでも、悲しそうでもなく、本当に自分とは関係ないと思っているようだった。
*
「……と、いうことがあったんです」
早苗は帰ってから、早速、二柱にチルノと会ったときの事を相談した。
「なるほど、確かに妖精は金持ってないなよな」
「似たような妖怪も珍しくないよ」
「幻想郷のお祭りなので、そういうお金を持ってない方でも楽しめるようにすべきじゃないでしょうか?」
外の世界ではお金を持ってない人がほぼ居なかったので問題なかったが、幻想郷では野外で自給自足している妖怪、妖精は珍しくない。このまま突っ走れば、そういう者達を切り捨てることになってしまうと思った。
「じゃあ、神社でなんかアトラクションやるか。参加費無料の奴」
「やるって、なにやるの?」
…………………………。
三人は一様にうつむいて考えたが、妙案は一様に浮かんでこない。
結局その場は解散し、企画内容は各々の宿題となった。
しかし、その後も良いアイディアは浮かんでこなかった。
考えていないわけではなかったが、皆、祭りに向けた実務が忙しく日数は流れるように過ぎていく。
言い出しっぺの早苗も昼間は霊夢と共に神楽の稽古。神社に帰ってからも、普段の家事と平行してお守りを作るという多忙な日々を送っていた。
――七月に入り、祭りの準備も佳境を迎えたころ。
早苗が博霊神社から帰ってくると守矢神社でとんでもないことが起こっていた。
空が三分で、弾が七分――。
守矢神社の上空で、そう言い換えてもいいほど壮絶な弾幕勝負が行われていた。
神社に居合わせた文とにとりは、早苗の顔を見ると同時に苦笑いを浮かべた。
「なっ、なにが起こってるんですか!?」
「神奈子様が持ってきた企画に諏訪子様が壮絶な査定をかけて、それで神奈子様が切れた」
横で見ていたにとりによると、神奈子が持ってきた神社主催の企画書に対し、諏訪子は一瞥しただけで予算を五分の一にしろと言ったらしい。
「五分の一は壮絶ですね」
それは実質的な却下だ。どんな企画書を持ってきたかわからないが、一瞥しただけでそれでは怒りたくもなるだろう。
「いいんじゃないかな? お二人共、ここのところ働き詰めで溜まってると思うし、正直私もダウンしそうですが」
そう言いつつ、文は二柱の展開する弾幕勝負をカメラに収める。明日か明後日には、『守矢神社の二柱、自社の上空で大喧嘩』の見出しの新聞が発行されるだろう。
「神奈子!! お前は馬鹿か!! 打ち上げ花火なんて一発いくら掛かると思ってるんだ!!」
とうとう罵り合いが始まり、諏訪子の甲高い声が神社の境内に鳴り響く。
「馬鹿はお前だ諏訪子!! 喉自慢大会なんて誰が喜ぶんだ、そんな企画で喜ぶのは一部の年寄りだけだろうが!!」
「いいじゃないか、定番じゃないか喉自慢大会!! だいたい神奈子の企画はいつも金が掛かりすぎるんだ!! 外にいた時だって、売れない演歌歌手一人呼ぶのにわたしがどれだけ苦労したと思ってるんだ!!」
「赤字でもいいって言っただろうが!! それとも銭ゲバに落ちたかミジャグジ神!!」
「最終赤字はともかく、神奈子のやり方じゃ途中で資金が枯渇するだよ!!」
罵り合いによって、喧嘩の大まかな原因をつかんだ三人は予想通りのくだらない原因にため息をつく。人間であろうと、神であろうと営業と経理は分かり合えない存在なのかもしれない。
「早苗、どうしよう?」
いつまでも終わらない二柱の弾幕勝負に、にとりは不安そうな表情を浮かべる。
「たしかに、いいかげん止めなきゃいけないですね、綺麗なのは結構なんですが……!」
上空で展開される弾幕勝負を見ていた早苗の中で、電撃のような閃きが走った。
「いけるかも……神奈子様、諏訪子様、喧嘩を止めてください。私、いいこと思いつきました!!」
早苗は有らん限りの大声で二柱に呼びかけた。
『弾幕コンテスト!?』
早苗の出した企画名をその場にいた全員が一様に言い返す。
「そうです、夜になったら希望者を募って、夜空に弾幕を展開してもらうんです。評価基準は強さではなく美しさ、そして順位に応じて商品つけるんです。打ち上げ花火に比べたら安いと思うし、喉自慢大会みたいに歌っている当人以外は楽しめないなんてこともないと思うんですけど」
「確かにいいかもしれないね、打ち上げ花火に比べても幻想郷らしいし」
「弾幕なら皆で見て楽しめるから参加賞付けてもいいよ、お祭り会場限定で使える商品券とかさ、四〇人くらいに渡しても打ち上げ花火に比べたら微々たなもんだし」
早苗の出した妙案に二柱は感心したように唸り声をあげる。
「早苗、よかったね」
「『弾幕コンテスト』ですね、せいぜい宣伝させてもらいます」
にとりと文は早苗の肩をポンと叩いて激励する。半ば強制的に巻き込んだ二人だが、なんだかんだ言ってお祭りに愛着が沸いているのかもしれない。
*
7月半ば、夏至の日に守矢祭は開催された。
『パーフェクトフリーズ!!』
四方八方に放たれた氷塊がチルノの放つ冷気に当てられて空中で急停止する。
その様子を下から見上げていちゃ観客から大きな歓声が上がった。
弾幕コンテストは盛況のようだ、空に放たれる十人十色の弾幕を観客は興奮した様子で見上げている。
「こうして見ると綺麗ですね……」
早苗は上を見上げながら隣に立つ霊夢に話しかける。
「こうして見る機会なんてほとんど無いからね」
同じように上を見上げたまま霊夢は言葉を返す。
普段はかかわすのに必死で確認する余裕もないが、こうして下から見上げるとその美しさは花火と比べても遜色がない。
二人は本部兼お守りの臨時発売所として立てたテントの下にいる。この時間の売り子は彼女等だったが、お客が来る気配はない。
きっと、この会場にいる全ての人が二人と同じように上を見上げているのだろう。
「しかし、お祭りって儲かるのね。うちでもやろうかしら」
守矢祭は予想以上に盛況で『このままなら黒字になりそうだよ』と、諏訪子は嬉しそうに話していた。
準備は大変でここ一ヶ月は目が回るように忙しかったが、それでもやって良かったと素直に思える。
「霊夢さん、その時は是非手伝いさせてくださいね」
弾幕って音は鳴ってるんでしょうかねぇ?
それとも弾幕にあわせて虹川三姉妹が音楽を奏でる?
せっかくの物語が興ざめです。
早苗が祭りの手伝いをしてもらうために色々と行動したりと面白かったですよ。
花火の代わりに弾幕を空に打ち上げるというのもきっと綺麗なんでしょうね。
誤字や一字余計な部分がありましたので報告です。
>元旦の時はだけはこういう道具が必要だった。
『時だけは』ですよ。
>守矢神社製のお守りの売ってほしいという
『お守りを』です。
>普段はかかわすのに必死で
『か』が一字余計です。
お祭り当日編とかあったら嬉しいかも。
まあ、自家発電のくだりだけはスキマチェック入りそうですけどね。
ただオチがないというか、もう2場面くらいシメに欲しい。アレッ、ここで終わり?という印象。
もうひと味欲しい気が。
あと誤字。『博麗』。
しかし、弾幕という東方ならではの事柄を持ち出しているのは非常に好感が持てました
話しの流れもオチまでは良かったので、あとはホントにオチだけですねぇ
>こんにちわ
こんにちは
>こんばんわ
こんばんは
両方だ・・・
幻想郷で同人誌が販売されてたらショックだけどねww
内容そのものは良かったと思いますよ。
祭りシーンでもひと波乱おこせそうな感じだし、もっと続きがあってもよかったのでは?
本番も見てみたいです
ぜひ!これからも書いてほしいです。