幻想郷には、外の世界ものがよく流れてくる。とはいっても、外の世界で幻想入りしてしまったものなのだが。
しかし外の世界の物品であることに変わりはなく、それらの品々は収集癖のある者にとってはまさに宝だったりする。
「ほう……なるほど」
たとえばこの僕。森近 霖之助にとっては、香霖堂の商品にもなるし、自分を満足させることもできるというお得な品だ。
「これは、おもしろいな」
そんな僕が今読んでいるのは、いわゆる小説。これも外の世界からのものなのだが、その内容は実に独創的なものなのだ。
「ふむ……」
僕はその小説を読みながらも頭の片隅で、このままでは店の片づけができないな、と考えていた。
今回収集したものはほとんどがこの小説や「まんが」と呼ばれる娯楽書物だったのだが、
「やはりこれ以外は合わないな」
今読んでいる小説以外は特に魅力を感じなかったのだ。
特にまんがの方が駄目だった。
娯楽雑誌らしく読みやすさを追求した書物なのだろうが、その結果として物語が破綻していたり、ストーリーが二転三転するようなものはどうにも合わなかった。
「しかし、どうしたものか」
店の中に積み上げられた書物の山。
今まで集め続けたものなのだが、一度読んでしまって以降興味がわかない書物たちだ。
「さすがにもう置いておく場所がないな……」
興味がわかないからといって、それを捨ててしまうという選択肢は僕にはない。
「誰かに買い取らせるか」
そう言った途端に、商人としての誇りが燃え上がるような気がした。同時に収集家としての思いもわき上がってくる。
どうせなら高く売りつけたい。でも粗末に扱うような相手には売りたくない。
そんな思考が絡み合い、知り合いの名前が人妖問わずに浮かび上がっては消えていく。
霊夢……却下。これ以上ツケを増やされてはたまらない。
魔理沙……却下。彼女に書物を丁寧に扱うなんて考えがあるものか。
紫……却下。気がついたら二束三文で買い取られてしまいそうだ。
「うーむ」
この三人以外にも多くの知り合いの顔が浮かんでくる。最も、僕の知り合いなんてたかが知れているのだが。
「よし。お得意様を頼るとするかな」
少し長めの思考の後に、僕はこれらの書物を持って香霖堂を出発した。
目指すは紅魔館。
香霖堂のお得意様だし、何よりあそこには大きな大きな図書館があったはずだ。
門番に図書館に用があることを伝えると、快く通してもらえた。
魔理沙などはよく止められるというが、やはりそれは日ごろの行いなのだろう。
そのまま何度か来たときの記憶を頼りに館の中を歩き、図書館にたどり着いた。
「そういうわけで、買い取ってくれ」
図書館の中で、主であるパチュリーを見つけた僕は、まず真っ先にこう告げた。
「何よ……」
相変わらず不健康そうな肌にネグリジェを纏った魔女が、いかにも迷惑そうな顔でこちらを見ている。
いつものことだ。
「本当、うちの猫いらずは何をしていたのかしら」
そのままの表情で愚痴のようなものをこぼす。
これもまた、いつもの風景だ。
「ずいぶんあっさりと通してくれたけどね」
そして僕がこう返す。
何度かここを訪ねるうちに身についてしまったもので、今ではあいさつ代わりになっている。
「そう。まあいいけど。……それで? 今日は何を持ってきたの?」
ようやく不機嫌そうな表情を少しおさめたパチュリーは、僕の荷物に興味を示している。
「外の世界の娯楽書で、まんがと言うらしいんだ。僕にはどうも合わなくてね」
そう言いながら荷物の中の書物をテーブルの上に置いていく。
パチュリーはその中から適当に一冊とってパラパラとページをめくり始めた。
「僕としては、やっぱり活字を追う方が楽しくてね」
まんがを流し読みしているパチュリーに、さりげなく自分の要求を告げる。この書物達が彼女の気に入れば、僕はお目当ての本を手に入れることができるというわけだ。
「……ここはいらないものを放り投げる場所ではないのよ?」
そんな僕の考えを知ってか知らずか、パチュリーはこちらをたしなめるような声色で告げる。
「当然さ。ここなら本を粗末にすることもないだろうしね」
そんな言葉に、僕は本心とリップサービスをそれぞれ半分含んだ言葉を返す。
「ふうん。……それで? 何が目的なの?」
珍しく彼女の方からそんな申し出があった。リップサービスが効いたのだろうか。だとしたら僕はやはり商人に向いていたということだろう。
「それなら、面白い文を期待するよ」
ここで特に欲しいものがない場合は、多少あやふやに言うべきだ。
本の虫、パチュリーの勧める本は、僕が知らない上に面白い本が多いからだ。
「そう……本自体はいまいちだったから……そうね」
右手を横に伸ばして開いたり閉じたりしながら悩んだ後、パチュリーは部下の妖精に命じて数冊の本を持ってこさせた。
「このくらいかしら」
こちらが持ってきたのは数十冊、対してパチュリーがよこしたのは五冊。
しかしこの交換自体は不利益を起こさないだろう。
「ああ、それでいいよ」
僕はパチュリーが差し出した本を風呂敷に包み、そのまま持って帰れるようにした。
「そう」
パチュリーはパチュリーで、僕から受け取ったまんがを読み始めている。
僕からすればつまらないものだったけど、彼女にはなにか面白さが伝わったのだろうか。
だとしたらまんが冥利に尽きるのではないだろうか。
「それじゃ、また何か面白そうなものが入ったら持ってくるよ」
僕はまんがの気持ちなんていうものを考えながら図書館を、紅魔館を後にした。
香霖堂に帰りつくころには日が暮れかけていた。
僕は扉を閉め、閉店であることを記してからロウソクに火をつけた。
パチュリーから譲り受けた本をさっそく読むためだ。
「さて、どんなものか」
本の虫が勧めた本だ。外れってことはないだろう。
そんなことを考えながら読み進めていく。
じっくりと、じっくりと。
「ふむ」
一冊目を読み終わる。
「なんというか……」
文章は素晴らしかった。
情景描写に使われる比喩表現や、話の構成がうまく、読んでいてひきこまれるような文だった。
「しかし……」
確かに文章はすごかったのだが、その物語には首をかしげるしかない。
「なぜ……首輪なんだ?」
ストーリーは、お金持ちの男性と貧乏な男の子が出会い、禁断の関係に落ちていくというものだった。
最終的には貧乏な男の子がお金持ちの男性のペットとして生きていくことになるというものだ。
その間には同性愛的描写が、それはそれは濃厚に描写されていた。
「よくわからないな」
他の四冊の本も適当に捲って見てみるが、どうも全て男性間の恋愛を書いたもののようだ。
「なるほど……本の虫め」
おそらくはパチュリーなりの意見なのだろう。
面白い本が読みたければ、面白い本を持ってこい。
そんな言葉がふっと浮かんだ。
あるいは、この本が彼女のお勧めだったのだろうか。
「とはいっても……」
僕には彼女を責めることなどできない。
そもそも中身を確認せずに持ち帰ったのは僕なのだから。
「しかし、やられたままというのはよくないな」
僕はパチュリーへの意趣返しを兼ねて筆を執ることにした。
本の感想を手紙にしたためて送りつけるのは今に始まったことではないが、今回はその内容を少々いじってみよう。
僕はしばらく考えてから感想を書き、封をして、それから朝一番にやってきたブン屋に手紙を託した。
「さて、どうなるかな」
とりあえず、少しでも驚かせることができれば成功だろう。
所変わって紅魔館。
図書館の主のもとに、手紙が届いた。
「パチュリー様。香霖堂さんから、感想文が届きました」
部下の声を聞いて、パチュリーは本を読む手を止める。
そして、彼女には珍しくうっすらと笑みを浮かべながら、部下の方に向き直った。
「そう。読んで」
パチュリーがそう言うと、部下はその場で封を開け、中に入っていた手紙を音読し始めた。
『素晴らしい書をありがとう。
とてもいい出来だったよ。
もしこんな書が他にあるのなら、是非とも読ませていただきたいね』
読み終わった後、沈黙が流れた。
部下もパチュリーも、霖之助に渡した本がどんな本なのか当然知っているのだ。
「えっと、パチュリー様……」
「何よ……」
お互い何を言っていいのかわからず、沈黙はそのまましばらくの間、その場を支配し続けたのだった。
これから数日ほど、香霖堂を訪れる紅魔館関係者の視線がなんだか意味深だったのは、決して気のせいではないのだろう。
この後の話も期待。
霖之助さんには暫くの間、生暖かい視線が送られるのでしょうねえ
どうやら霖之助さんには冗談が通じないようだ…
コーリンもパチェも冗談でやったということか?