Coolier - 新生・東方創想話

ダンスホール・後編

2009/05/25 00:51:08
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#11

 お嬢様へ
 ついに来るべき時が来たこと、そのことをはっきり感じて、今これを書いています。過去のことも未来のことも、わたしにはお嬢様ほどにはよく分からないでしょう。ですが今のわたし達のことについては、確信を持って話すことができます。これ以上一緒に暮らすことは、決して幸せにつながりません。いつかは行動しなければならなかった。お嬢様のためにも、わたしのためにも。分かっていました。悪魔と人間とが、幸せに暮らせる期日いっぱいまで、わたしは存分にご一緒できたと喜んでいます。わたしはそう思っています。お嬢様はどうですか? 同じく思って下さることを祈っています。そうして、もうこれ以上は叶わないことです。その時が来るまで、つまり今というこの時が来るまで、必ずやってくるだろう期限を前にして、わたしは上手くやれたと思います。わたしなりに、良い従者でいられた。上出来だった。今夜のお嬢様のお顔だけは二度と忘れることができませんが、それでもきっとまた笑ってくださるはずです。わたし達は上手くやれた。これ以上なく。一人の悪魔と一人の人間、わたし達以上に幸せに暮らした二人が果たしてあったでしょうか。わたしには想像がつきません。きっと、わたし達が一番です。そうして、きっと、一番良い時に終わらせることができました。だからこれきりです。わたしからお嬢様へ、お願い申し上げるべきでしょうか。ですが、お嬢様はわたしの行方を捜したりはなさらないでしょう。誰かに捜させたりもしない。お嬢様は分かって下さるはずです。だから余計な事は申しません。
 わたしの幸せという幸せは全て、お嬢様のまわりにありました。お嬢様が手ずから下さった幸福も沢山ありますし、お嬢様が知らずに落とされたものをわたしが拾ったことだって数えきれません。わたしがこの先、自分の人生を幸せだとか不幸せだとか、そういうことを一体どれだけ考えるのか分かりませんが、ひとつ、間違いなく言い切れることは、わたしが自分を幸せだと感じられるのは、お嬢様に出会えたからです。あなたのおかげです。あなた無くして知り得ませんでした。過ぎ去った年月の意味とか、出会いがもたらした因果とか、そういうものは、わたしよりもお嬢様の専門でしょうけれど、こればっかりはわたしでも断言できます。一切の幸せは、あなたがいたから。何度生き直したってそう言い切れます。
 こんな手紙を書かなくてはいけないのは悲しい事かも知れませんが、2番目、3番目の幸せを探しながら生きていけます。わたしの1番の幸せは、変わらずお嬢様のそばにあって、もしも、わたしのかけらひとつでも置いていけるのであれば、お嬢様の側に置いておきたい。見えないひとかけらを。残っていますように。そう信じさせてください。これから先のことについては、幾らか当てがあります。人里のどれかに降りようかと思っています。当ては幾つかありますので、安心してください。そこで別の生き方を探して、違う服を着て、よく働いて、相応に生きて、そうしてそれもいつかは終るでしょう。その時まで、心のどこかでは十六夜咲夜のままでいさせていただきますね。わたしはそれを寂しいことだとは思いません。
 出会ってからこれまで、お嬢様には忍耐と苦労をおかけしたと思います。それでも、お嬢様はどこまでも優しかった。わたしはこんな優しい、甘やかしてくれる方を他に知りません。そんなあなたを何度か哀しませて、傷付けたと思います。そうして、今から一番ひどいことをするのかもしれません。わたしが急に消えてしまって、それでもそんなことでお嬢様は動じられたりしないと、そう思い込んでしまえば楽になるかもしれませんが、おそらくそうは思えません。分かっています。誓っていいますが、もしわたしに人間としての自分を放り出させて、そのことを悔やませない相手がいるのだとすれば、それは間違いなくお嬢様です。お嬢様しかありえません。もしそういう道を選べるとしたら。わたしもわたしなりに考えました。お嬢様がゆっくり歩いてくださった一歩一歩をさらに長い時間に引き延ばして、お嬢様の牙と、その先にある幸せを思い描いてみました。でも、それはわたし達向きのやり方じゃない。わたし達には似合わない解決法です。そして、解決法にはならない解決法です。ほんの数年前を思い出せば、今の自分がどんなに静かで穏やかな時を過ごしているのかが分かります。本当に、奇跡のような静けさだと思います。わたしは毎朝驚いていました。お嬢様から名前を頂き、仕事も頂いて、わたしは始めて自分の居場所が分かりました。わたしがかつて浴びた返り血、わたしの流してきた人間の血の数について思いを馳せられるようになったのは、それからです。人間の血、同族の血が、重たい碇になってわたしを一所に繋ぎとめてくれました。自分の名前、仕事、過去、それら得難い財産を背負ってようやく手に入った、危うい均衡の、静かな水面の上で、わたしはようやくお嬢様と向かい合えるようになりました。そうして初めて、わたしはお嬢様の従者になりたいと、自分の心で思えるようになりました。こういう時間を生きられることを、毎夜、目が覚める度に驚いていました。また以前の嵐の中に帰りたいとは思いません。過去に流した沢山の血が、また同族の血だと思えなくなってしまうのは恐ろしいことです。枷を失って、再びお嬢様の手をわずらわせる何者かになってしまうのは恐ろしいことです。
 わたしがどこかであなたを損なわせ続けてることは、分かってました。パチュリー様がなにを心配されているのかも。今、眠っているあなたの側でこれを書いています。あなたの寝顔を眺めながら。わたしがいなくなれば、あなたはまた堂々とやっていけると思います。あんな顔を見せることもなく。吸血鬼らしく、最初に会った時のあなたみたいに。悪魔らしく、吸血鬼らしく、あなたらしく。きっと、時を置かずにそうしてくれるはずです。ですよね、お嬢様。そうでしょ?レミリア




#12

 先生は出ていった。また今日も。今度はいつ来れるんだろう。朝の鳥の音に包まれながら小さくなっていった。その後ろ姿を最後まで見送った後で、一人洞穴に戻る。あの嵐の夜からもう幾月も経っていた。私はもうどこへだって飛んで行けるのに、まだこの穴の中で暮らしている。先生の家に一度行ってみたいと言うと、先生に「君は人間を恐がらなさすぎる」と言われた。「先生だって悪魔を恐がらなすぎ」と言い返してやった。ともかくも町へ行くは駄目だと言うので、一応素直に従っておいた。
 先生はなんてことのない、ただのピアノの先生だった。お金持ちの家を回って、そこの娘さんに音楽を教える家庭教師らしい。そういえば昔、屋敷から流れてくるピアノの音を聴いた記憶がある。あれはお坊ちゃんが弾いていたのだろうか。きっとそういう幼い頃の蓄えを使い続けて、これまで生きてきたんだろう。最近どこかの学校に知り合いのツテを見つけて、そこから生徒を幾らか紹介してもらえたから、きっとこれから忙しくなるとか話していた。つまらなそうに聞く私に、なんだか嬉しそうに話し続ける先生を見て、こんな人といえども人間のルールの中で生活しているんだなと思わされた。人の気配の無いこんな場所でそんな話をされても、正直まったく想像がわいてこなかった。
 先生があの日どうしてあんなにボロボロになってここへ戻ってきたのか、私は聞かなかったし先生も話さなかった。降って湧いた破滅に見舞われて人里から逃げ出したのか、幼少から抱えてきた罪の意識が時を経てついにこの場所へ足を向かわせたのか、それとも、世渡りを知らないお坊ちゃんが長い年月の末に神経を擦り減らし切って、戻るべくして戻ってきたのか。その全てなのかも知れない。しかしともかく、最初に戻ってきた頃と比べて、今では随分と人里での暮らしも調子が上向いているように見えた。
 先生と再会して、私は随分久しぶりに時間を計る尺度を手に入れたように思う。遠い未来とか、もうすぐ先とか、そういう感覚は、長い間忘れていた。ただ時間に関してのなんとなくの認識があるだけだった。たとえば、森の寒い夜の時間は足を痛めたみたいにジリジリとしか進まない。昼間の森はそれより速い。川縁の時間は一見乱暴な足取りだけど着々と前に進む。人間たちの時間はもっと目まぐるしい。そういう中で、私が一人過ごす時間というのは、他のどんな時間とも切り離されて、ゆっくりと丁度良い案配で流れていくはずのものだった。一日がこんなに長く感じるとは思ってもみなかった。洞穴の中から見える小さい空をぼうっと見る。最近、空は良いなと感じる。夜でも昼でも、どんな天気でも、空があるということがありがたく感じる。空はどこからでも見えて、誰もが意識せずとも見ているもので、だから良いのだ。きっとここの天気も、先生の住んでる町の天気も、一緒だろうから。
 私の中の時間の流れが変わってしまったのだろうか。先生の中に流れる時間を想像する。もし二つの時間が一緒くたになってしまったら、きっと悪魔としてはおしまいだろう。私の時間というのは、いつも良い具合に眠っていた。たとえ私自身が目を覚ましていても、そのまわりで流れる時間は眠っていた。私自身も一緒になって眠ってしまえば、もう全世界は消えてしまう。遠のいて、向こうからの手もこちらからの手も届かない小さなものになってしまう。先生と会ってからは違う。時間はもう眠ってはくれない。私が眠っている時でも、外の世界は回り続けていくのが分かった。うたた寝を繰り返して、ふと目が覚めた時に、ぼんやりとした不安を感じる。しょぼくれた目で宙を眺めながら、失ってしまったもののことを想う。あの清々しい孤独は失われてしまった。私はこの先やっていけるんだろうか。世界を消してしまえるくらいの深い眠りを失って、この先やっていけるのだろうか。永遠の時間を生きていけるものなのだろうか。耐えていけるものなのだろうか。先生がいなくなったらどうなるんだろう、私は。
 ここへ疲れ果てた先生が戻ってきた時から、ずっと頭の中に居座り続けている絵がある。それはこの洞穴の中で、先生が事切れる情景だった。その絵は、先生と過ごしているうちにどんどん具体的になっていった。先生は横たわる。心底落ち着いた時にいつもそうするみたいに、深く息を吐いて、少し喉を鳴らす。いかにも安らかな表情。それを私がじっと見守っている。おしまいまでずっと手を握って、先生のまわりに静けさを作ってやる。この先もずっと私が生きている間、先生は私のものだったんだと思い返していくための手続きを、言葉ではなく視線で交わす。最後まで確認し合って、承諾し合って、それからようやく先生の目が閉じていく。
 最初にそんな光景を想像した時は、すぐに現実になると思っていた。しかし今となっては、なんだかずっと先のことのようにも思えた。
 洞穴の中を見渡す。最近よく本が散らかるようになった。先生に教わった読み方を思い出しながら、パラパラと本をめくるようになった。洞穴の隅には、紙切れが散乱している。先生が持ってきて、私が文字を書くのに使って、クシャクシャにしてしまった山だった。一人になった洞穴では、本や紙が、なんだか鉄のように冷たくなって見える。地面には他に、先生の靴跡、外から風に吹かれて運ばれてきた木の葉。なんの気無しに、手近な葉っぱを手に取って、かざしてみる。一人こうして過ごすことが、これまで当然のように見てきた洞穴のせまい空間が、ここでの眠りが、妙に気持ちを苛んでくる。長い間生きてきて、こういう気分になることもそりゃ何度かあった。そういう時には、どうしてたんだっけ。いつも何か、大事なひとつの言葉を思い出して、心を落ち着かせていた。なんだったっけ。何か大事な言葉があったはずなのに、引っかかって思い出せない。いつの間にか無意識に、手の中の葉っぱを、ビリビリと細かく裂いていた。このあたりでは見ない、大きめな明るい色の葉っぱだと気付いた。それはアスペンの葉だった。服か髪にくっ付いて、ここまで来たんだろうか。手の中で細かい欠片に砕かれてぱらぱらと落ちていった。




#13

 パチュリー・ノーレッジが棚の中から数冊の本を抱えて読書机の方へと戻ってくると、そこにはさっきまでいなかったレミリア・スカーレットが腰掛けていた。別の椅子をひとつ引き出す。レミリア・スカーレットが、天井に響くようなからんとした調子で言った。
「私、もうなんにも掴めないわ。
 掴めないし、操れない。私はもう、どんな些細な運命も捕まえられない。何ひとつ」
 まるで他人事のような喋り方だった。
「何を掴みたかったの?」
「私にとってのなにもかも。私にとっての全世界。前はちゃんと、手で捕まえて、どんな形をしてるのか確かめることもできたのにね」
「もう少し時間が経てば、また運命に触れられるようになるわ。元通りよ」
 パチュリー・ノーレッジは椅子に掛けて本を開いた。
「元通りって?」
「十六夜咲夜が来る前に戻るわ」
 レミリア・スカーレットは天井を仰ぐ。椅子を揺らしながら、視線を泳がせて。
「みんな、咲夜のせい?」
「咲夜のせいね。人間と一緒に長く暮らし過ぎたせい。
 もう少し長く続けてたら危うかったわ」
「そう」
「ええ」
「なんだか私ね、あの子が、咲夜がいなくなってから、なんだか全部のものが不完全に見えるわ。全然、完璧とほど遠く思える。なにもかもがどこかしら欠けてて。こんな場所だったかしら、私の紅魔館は」
「すぐ馴れるわ」
「咲夜のことをね、考えるの。思い出して、それから、その思い出の場所を紅魔館の中に探すんだけど、なのに、信じられないけど、ひとつも無いのよ。その思い出の通りの場所がひとつも残ってない。咲夜はみんな、持って行っちゃった。突然に」
「突然じゃないわ。
 気付いてるのかと思ってたけど。あの子がここからいなくなる準備をしてるって」
「ええ、完全に、気付いてなかった。きっと私だけね。馬鹿みたい」
 パチュリー・ノーレッジはページを捲る。レミリア・スカーレットは溜息をつく。
「でも、とにかく、あれはもう、終わったのね。あの時間は。あの場所は」
「迷い込んで手当を受けた鳥も、怪我が治れば空に消えるわ。そういうものよレミィ。群れの中に帰るのか、独りきりで飛ぶのか知らないけど、その決断をできるようにしたのは、あなたなのよ」
「もう終わったのね、あれは」
「ええ、終わったわ」
「あれは一体何だったのかしら」
「さあ」
「結局、咲夜にとって何だったのかしら、私って」
「さあ。でも、あなたのために生きてるような子だった。忠誠心を注ぎ込んでたわね。ひしひし感じなかった?」
「忠誠心。うん、忠誠心ね。ハッ、私は、あれで溺れ死ぬかと思ったわよ」

 眠りにつく前に、幾度も思い出される記憶がある。レミリア・スカーレットの頭にまとわりつく記憶。何かしら面白くないことがあって、苛立って寝室の扉をバタンと閉ざし、ベッドに潜り込んで日付が変わるのを待っている、そんなことが何度かあった。そういう時は大抵、扉の向こう側では、十六夜咲夜が問題を解決して回っていた。紅魔館の中のちょっとした問題であっても、些細なことから虫の居所を悪くしただけでも、その源になったおおよその原因を見つけ、解決してしまう。そこに辿り着くまでに、どれだけの時間を要したのだろう。一体どれだけ自分の心を削って生きているんだろうかと思った。
 まだ紅魔館に務め始めたばかりの頃には、もっと酷かった。もっと痛々しかった。閉じこもったレミリア・スカーレットのために、十六夜咲夜は館中の仕事を引っくり返して総点検していた。考えられうる限りの対処策と反省を重ねて、まるで世界に自分と主人だけしかおらず、見捨てられたら終りだとでも言うように。それでも大抵、十六夜咲夜の対処策は正鵠を得ていたのだから、成すべき仕事をしたら、それきり、自分の部屋で静かに待っていればどんなにか瀟酒だったろうに、十六夜咲夜はその後で、自分で自分の仕事を台無しにするのだ。
 足音を殺しながらレミリア・スカーレットの寝室の前まで歩いて、閉ざされたドアの前に腰を下ろす。冷たい廊下の床板の上に。部屋の中のレミリア・スカーレットは、扉のむこうに、独りでじっと小さくなっている十六夜咲夜の気配を感じる。互いに何も言わない。ただ黙って、日が変わるまで待ち続けた。扉の向こうで、十六夜咲夜は眠らず待ち続ける。その姿が目に浮かぶようで、レミリア・スカーレットは眠れない。泣いたの、咲夜? その顔を見るのがなんだか怖くて、扉はずっと開かないまま。時計台の鐘はまだ鳴らない。ベッドの中、レミリア・スカーレットは眠れない。十六夜咲夜の気配は、まだ眠らない。
扉のこちら側で、レミリア・スカーレットも眠れない。
扉のむこう側で、十六夜咲夜も眠れない。
レミリア・スカーレットは眠れない。
十六夜咲夜は眠れない。
レミリア・スカーレットは眠れない。
十六夜咲夜は眠れない。
レミリア・スカーレットは、まだ眠れない……。




#14

 先生を怒鳴りつけてしまった。自分の声が、獣の吼え声みたいに響いた。先生は悪くないと頭では分かっていた。全部、私の責任だ。こんなに取り乱してるのは。
 先生は、しばらくの間ここに来られないと言う。理由をまだぶつぶつ喋っている。またどっかの林で誰それが死んでいた、変な死に方だった。まるで魂を抜かれたみたいな。妖怪や魔物の噂がたつ。警戒の目が増える。先生がここで私と会ってることが他の人間たちにバレたら不味いことになる。そんなことを。
 しばらくって一体いつまでだ。先生は、人間っていうのは、無自覚すぎる。自分たちの時間がどれだけ限られてるかということに。私から見たら、先生の持ち時間は短すぎるのだ。足りなすぎる。これまでだって、もっと一緒にいられたはずだ。先生は子供の頃に出て行って、ふと戻ってきたらこんなに歳を取っていて、なのに悠長に、またそのうち会いにこれるとか言い出して。
 私は自分のやかましい怒鳴り声が先生をどんなに恐がらせて、幻滅させるだろうかと思いながら、黙っていられなかった。今日、日が昇る前に、先生が呟いた。いつか僕もあの町から出て行って、君もこの穴から出て行って、どこかで二人で暮らせたら良いのにって。こんな事を言い出さなきゃならないのなら、それが分かっているなら、どうしてあんな話をしたんだ。私に聞かせたんだ。それがどうしても許せなかった。手近な本を掴んで先生に投げつけてしまった。先生は何も言わない。どんな顔をしているのか、見れない。
「いいよね、先生は。気が向いた時だけここへ来て、人間の町に帰って普通に生活してる時には私のことなんて忘れてるんでしょ? 私はずっと一人で、洞穴の中で、もしかしてずっと先生が来こなかったらとか、先生はもう死んじゃってるんじゃないかとか、もう何度考えたかわかんないのに。先生と私は違うの。先生はこれから長い時間をどう潰していこうか考えながら生きてるかも知れないけど、私にとっては先生はいついなくなってしまうかも分からない人で、それってね、とっても怖いことなんだよ?」
 頭の中のどこか冷淡な部分が、ああこんなに声が震えてるな、こりゃあどうしようもないなあなどと考えている。
「じゃあ、どうしよう、私は。先生が来ないあいだ、一人でどうやってやり過ごそう。きっと満足できない。どこかに先生が生きてて、それを待ってるだけじゃ。先生と一緒に居た思い出があるだけじゃ駄目。今、ここにいてくれないと。手に取れるところにいないと。ああ、またあのアスペンの林にでも飛んでいってみんな忘れてしまえたらいいのかな」
「アスペンの林?」
 先生が馬鹿みたいな顔でこっちを見る。何も知らない顔で。そうだよ、あの、若い人間たちが夜通し群がる林。先生が私に考え無しに教えた場所。自分の声が、とりとめなく流れ出ていく。いよいよ駄目だ。
「だって、先生は、勝手にいつかいなくなっちゃうのは分かってるんだから、私があなたを欲しい時に、あなたは、いないんだから、私が代わりを調達したって、私のことを責められないでしょ?」
「…………」
 私の言葉で、先生の瞳にひびが入っていくように見えた。その目の奥に、更にもう一つの疑念が浮かんで、でもそれを打ち消し、顔をそむけた。なんで言い止まるの? そうだよ、あの林で見つかったんでしょ、男たちの死体。今さっき言ってたあれ。
「……そうだよ」
 私がやったんだよ。
「そうだよ私だよ。だって、人間と悪魔が夜の林で出会って、やることやって、ああ素敵でしたわ、さようなら、なんて、それだけで済むわけないでしょ。私だって悪魔の端くれなんだから」
「あの林へ行ったのか。行って……」
「そう」
 先生の表情は固まって動かない。
 私はその顔を見ていられない。
 言ってしまった。おしまいだ。自分で終りにしてしまった。秘密にしておかなければいけないことだった。先生には勿論、この先、悪魔とか魔物に出会った時も、言えるようなことじゃない。孤独が耐えられずに、考え無しに人間と交わったなんて。
「……僕も殺すのか?」
「なんでそんなこと言うの、馬鹿じゃないの?」
 私は先生の襟元を掴んだ。
「あなただって、殺したじゃない、子供の頃に。家に火をつけて。先生だって人殺しでしょ?」
 私は馬鹿言ってる。同じなわけない。状況も事情も全然違う。先生はうろたえていた。なにをやってるんだろう私は。この人にこんな顔させて。自分の口から獣じみた牙がはみ出しているのに気が付いて、すぐひっこめた。
「ねえ先生? 私はただの女で、先生を、まあ、ちょっと、大事に思ってて、だけど人間の女とは、生きる長さも、考えることも、違うだろうけど……」
「……どうしてだ」
 先生が震える声で言った。怯えさせてしまったのかと思って顔を見ると、先生の眼球は、静かに怒りで震えていた。その目と見つめ合った。二人とも何も言い出さなかった。しばらくして、洞穴の中で、しゃっくりみたいな間のぬけた高い音が続けて鳴りだした。それは私が嗚咽している音だった。喋らないと。
「こんな奴だなんて、思わなかった? 私ね、もう、駄目になっちゃった。駄目なの。ずっと、ここのところ。名前も思い出せない。ちょっと前に気が付いて、いつの頃からか分からないけど、もう自分の名前も思い出せない。あんなに大事だった名前が、もう頭の中をどんなに探しても出てこない。なんでか分かる?」
 先生は答えない。本の封印をどうにかするためにやったことが予期せぬ結果を生んだのだろうか。でもきっとそうではない。あの封印が解けてしばらくのあいだは憶えていた。
「忘れるわけない。ただ忘れるなんてことあるわけがない。いつか、名前を紙に書いておいたかも。でも今その紙を見たってそれだと分からない。なんでか分かる? 無かったことになったの。私がそれまでの私じゃなくなった。名前なんてもともと貰えるはずの無いような種類の何かに変わった。あなたのおかげで、こんなことになった。でもあなたが何をしたからってわけじゃない。それでも、あなたのせいで」
 私の考えが、行いが、思いが、名前を持つほどの悪魔にとって、どれほど卑しいことか、頭のどこかでは、分かってないわけじゃなかった。いつか先生も言ってた。大昔からの掟があるって。ひとかどの悪魔がやっちゃいけないことがあって、私はそれを越えたんだと思う。悪魔の掟を犯して、故郷から捨てられた。でも、私たちがこの洞穴で過ごす限りは、そんな掟も何も、届かないと思ってた。
「私もう駄目になった。先生のことを思って、先生に抱かれたり抱いたりした。先生のこと考えながら、他の男たちも貪った。そうして気が付いたら、もう私は何者でもなくなってた。帰る場所も思い出せないし、私の羽根じゃもうそこへは飛んで行けない。この間まで、私は立派な名前を持った悪魔だったのに、もう別の何かになっちゃった。別の、もっと弱い、小さい、違う何かに。もう悪魔でもなんでもないの。なにもできない。ただずっとずっと生き続けるだけ。一人っきりで」
 自分の口で言って、改めて愕然とする。これまで抱えたことの無い焦燥に引きずられて、まるで抗わずに進んだ結果がこれだった。
 先生は黙っていた。洞穴の中に私が鼻をすする音が響いた。妙に嘘くさく聞こえた。裏切られた先生の目に映る私は、どんなに惨めだろうか。今の私は完全な孤独の見本だった。
「……僕が生きてる限りは、ずっと一緒にいるから」
 先生が、小さな声で言った。こんなに吐き出すのが苦しそうな一声一声は聞いたことがなかった。
「君がいつか人間を殺すことくらい、分かっていた。そのくらいのことは。いずれ悪魔が人を殺すことくらいは、分かってて封印を解いた。だからそのことで別に、君への考えが変わったりしない。動揺もしない」
 嘘だ。嘘をついてるとすぐに分かった。私が森でやったことを知って、先生は本気で動揺していた。
「……子供の頃、屋敷に火を点けて、燃え広がっても、僕はまだ燃える屋敷の中にいた。家具をぶつけて窓を割った。下も見ずに飛び降りた。頭の中が空っぽで、首のもげたニワトリになった気分だった。屋敷の方ばかりが明るく燃えてて、自分の足や腕が無事か分からなかった。小さい頃から教わっていた神様に祈る言葉が、喉につっかえて出てこなかった。死んだ父への言葉も出てこなかった。僕は口をパクパクさせて一言も声に出せなかったけど、きっと、もし君の名前を知っていたら、それをずっと叫んでいたと思う。さっき君はずっと不安だったと言ってたが、僕だって不安だった。町にいるときも、ここへ歩いてくる間も、この場所にもう誰も残っていなかったらと思うと不安で仕様がなかった」
「じゃあ、お互いに不安がってたんだ」
「僕は、覚悟の上で解いたんだ。君がすることを止められるとも思わなかった。君を優先した。他の人間たちの生き死によりずっと」
 こういう風に嘘をつくんだ、この人は。ああだけど、この人はいつだって優しい。
「そう、じゃ、私たち、また共犯ね」
「ああ、そうだな」
「悪魔にそそのかされて、何かを台無しにされたとか、思ってない?」
「全く思わない」
 先生の手が、私の背中をなだめるように撫でていた。
「人間の掟も、悪魔の掟も、関係無い。君と僕だけだ。ここには。君と僕だけ」
 君と僕だけ。
 先生が静かに話すのは、魔法みたいな言葉だった。いつまでも効く魔法ならいいけど、わからない。多分、長くは効かない。数時間も持たないかも知れない。先生がいなくなったあとでは効いてくれない魔法だろう。だけど、今、この時、この洞穴の中では、これで充分だった。




#15

 ノックの音が四回。
「入りなさい」
 レミリア・スカーレットが応える。部屋に入って来たのは、パチュリー・ノーレッジの図書館で働いていた、あの小悪魔だった。
「あら、珍しい」
「レミリア様、少しばかりお時間宜しいでしょうか」
「ええ。何の用かしら」
「お別れの挨拶に来ました」
 一礼する。そもそもこの小悪魔は、レミリア・スカーレットの知らぬ間にパチュリー・ノーレッジがどこからか連れて来て図書館で使っていた。だから他の住人のように、紅魔館に正式に仕えていたわけではない。わざわざ別れの挨拶に来たのは、一応この館に世話になった者としての礼儀だろう。
「そう。あなたもなの」
「はい。その、咲夜さんがいなくなって、図書館が手狭になるので」
「ちゃんと仕事は後の者に引き継いだ?」
「はい、妖精さん方に」
「図書館が手狭って……まさかあなたが立っていられないくらい?」
 図書館の中の空間も、館の他の空間と同じように、十六夜咲夜の能力によって拡張されていた。でなければ、あれほど山のような蔵書は収まらなかっただろう。
「咲夜さんが去って、今、図書館内の空間は、パチュリー様の魔法で保たれています。ですがそれも永久ではありません。段階的に、図書館の本来の大きさへと戻している最中です。それに応じて、本も幾らか減らさなくてはなりません」
「あの本、処分するの?」
「あそこにある本は、もともと全てがパチュリー様の持ち物というわけではありません。他所の、このままでは朽ちていきそうな本や、誰かが充分に管理しきれず持て余したような本を、それぞれに断りを入れて、あの図書館へと移し、保管しています。とりあえずは、そういった本から手放していくようです。元の場所に戻して」
「それで、あなたはどうして?」
「あの図書館の中には、私の本もあるんです。大した量ではありませんけど。私が自分の本を抱えながら転々と移り暮らしていたところを、偶然パチュリー様に拾われました。私はそういう経緯で、あの図書館にいたんです。ですが、もう本を置く場所がなくなってしまいましたので、また元の暮らしに」
「咲夜がいなくなったから、ね」
「そうです。私が紅魔館で生活できていたのは、咲夜さんの能力のおかげだったんです」
「そう。パチェのお世話、ご苦労だったわね。私からもお礼を言うわ。何かあればまた頼りなさい」
「ありがとうございます。お世話になりました。では、失礼致します」
 小悪魔は、部屋を後にしようとする。レミリア・スカーレットが顔を上げた。
「…………ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「もうひとつ聞かせて。パチェが図書館に魔法をかけたのは、咲夜がいなくなる前よね。一度でも図書館が縮んでしまっていたら、もっと酷いことになってるはずだもの。事前に咲夜から聞いていたの? ここから、いなくなるって」
「はい、あ、いえ、直接には聞いてないはずです。誰も……」
「誰も?」
「はい。多分皆さん、それとなく察していたんだと思います。もしも咲夜さんが、何の準備もしないで紅魔館から消え去ってしまったら、きっと、咲夜さんを前提に回っていた紅魔館は、大変な事態になってしまいます。そうなっていないのは、事前に咲夜さんが、ここを少しずつ咲夜さん以前の紅魔館へと戻していったからだと思います。そのことを、皆さん察して……」
「じゃあ、パチェが図書館に魔法をかけたのも、自分で推測してやったのね」
「あ、いえ……それは……」
「何? 言いなさい」
「咲夜さんは一度、図書館にだけは、何かを告げに来ました。あそこだけは咲夜さんの管轄ではありませんでしたから。本もすぐには動かせませんし」
「小悪魔、ちょっとここに戻ってらっしゃい。聞かせて。何を告げたのかしら、咲夜は」
「知らないんです。咲夜さんは私とパチュリー様に何か伝えようとしました。都合に合わせた嘘だったかも知れませんし、腹を割って話すつもりだったのかも知れません。ですが、私が遮りました。言わなくても大丈夫ですって。分かったからです。咲夜さんがどうしたいのか、何を考えているのかを」
「あなたが?」
「はい」
「咲夜がここを出て行くことを? 何を考えて出て行くのかを?」
「はい」
「不思議ね。主人の私にちっとも分からないことを、あなたが分かるなんて」
「咲夜さんから、何も?」
「手紙があったわ。何度も読んだけど、でも、私達が離れ離れになる理由なんて、ちっとも分からない。全く分からない。分からないわ。ねえ、なんであなたは分かったの」
「……レミリア様」
「何?」
「私は、以前、ずっと昔のことです、一人の人間と一緒に過ごしていたことがありました。パチュリー様に拾われるよりずっと前、ここへ流れ着くよりももっと昔に」
「…………」
「大事な人でした。私にとっては誰よりも。
 もしもある日突然、咲夜さんがいなくなって、消えてしまったらどうなるのか、想像したことがありますか? 咲夜さんの能力が、咲夜さんという存在が、急に消え去ってしまったら、きっとこの館はお終いです。ガラガラ崩れて一環の終りです。でも咲夜さんはそうなることを選びませんでした。そうなる前に、自らここを離れていきました。
 もしも自分が生きたという証が、朽ちた廃墟しか残らないのだとしたら、それはいずれ死ぬ逝く人間にとって、とても辛いことなのではないかと思います」
「そんなこと、」
「だからきっと、残る必要があったんです、この場所は。
 咲夜さんは、きっと、あの頃の私たちよりずっと賢かった。あの頃、あの人と私は、まるで分かっていませんでした。人間と悪魔が一緒に暮らすのが、どういうことなのか。そうして私たちは、どんどん駄目になっていった。咲夜さんはずっと正しく理解して、ずっと賢く行動しました。だから、絶対に、咲夜さんの考えは正しかったと思います」
「…………そう。分かったわ」
「レミリア様」
「何かしら」
「………………いえ……すいません、忘れてしまいました。何でもないです」
 それを聞いて、レミリア・スカーレットの顔がフッと優しく綻んだ。
「どうも引き止めてすまなかったわね。もう行っていいわ」
 小悪魔は一礼して、部屋を出ようとドアまで歩き、ドアノブに手をかけた。だがそこから動かず、何故かそのまま固まっていた。
「どうかした?」
「……思い出しました」
「言いなさい」
「大したことじゃありません。ただ……謝りたくって」
 小悪魔がくるりと振り返る。目に涙が溜まっていた。
「後悔してます。ごめんなさい。後悔してるんです。手伝うようなことを、してしまって。咲夜さんがどこかへ行ってしまう、手伝いを、してしまったような気がして、片棒を担ぐようなことになってしまって、あなたに、本当に、申し訳ないと、思ってます。ごめんなさい」
「……でも、あなたさっき言ったじゃない。咲夜は正しいって」
「そう思ってます。でもひどいです。残酷ですよ。ひどい。突然、いなくなって、もう、帰ってこないなんて」
 レミリア・スカーレットはしゃくりあげる小悪魔の様子を、静かに見守っていた。
「今でも思い出すの?」
「何をですか」
「その、人間のことを」
「………………パチュリー様には内緒ですよ」
「分かったわ」
「忘れたりなんかしません。ずっと私の中に残ったままです」
「そう。ねえ、あなたはどう思う?」
「なにが、ですか?」
「あなたが今の私だったら、どうすると思う?」
「はい?……ハハッ、変なことを聞くんですね。私に聞くんですか? 私、バカな小悪魔ですよ?」
「でも聞きたいの。私にも、よく分からないから」
「攫いに行きます。飛んで行って、ここへ連れ戻して、もう二度と手から離しません。後のことなんか、構いません。だってまだ、いるんですから。手で捕まえられるところに」
「そう。あなた、さっきと言ってることが無茶苦茶ね」
「ええ……そうですね」
 レミリア・スカーレットは天井を見上げる。大きく溜め息をつく。
「全く、どうして生まれてくるのかしらね、ああいう輩は。どうせなら同じ悪魔に生まれてくればどんなにか良かったのに、なんで人間なんかになって生まれてくるんでしょうね。命取りね、私達にとっては。ああいう手合いに出会うってことは」
 そうして、小悪魔の方へと向き直る。
「小悪魔、パチェに、パチュリーに伝えなさい。まだしばらくの間、本も、あなたも、手元に置いておくようにって。私が帰ってくるまでの間、しばらくは」
「はい」
「あと、もし妖精メイドとすれ違ったら伝えて頂戴。急いで、日傘を用意するようにって」




#16

 季節が変わった。月の通る道が低くなったから、この洞穴にもわずかの時間だけ月明かりが差すようになった。夜は冷たく静かだった。先生のほうを見た。仰向けの顔の両眼に、月の光が小さく溜まっている。
「まだ起きてるの?」
「ああ、まだ……」
 先生がゆっくり腕を宙に持ち上げて、指で鍵盤を弾く動作をした。口からはっきりしない旋律が漏れている。かすれた声は洞穴の壁にすら届かない。すぐそばの私の耳にはかろうじて入ってきた。私はそれをじっと聴く。
「君の横でピアノを弾いたことは無かったっけ。なんとなくの記憶があるんだけど」
「ピアノはお屋敷の中だったでしょ。一度も入ったことなかった。ピアノなんて、触ったこともない」
「じゃあ、夢か何かかな。君と一緒に弾いてた。ならんで」
「私、楽器なんて弾けたかしら」
「上手だったよ。君らしい音だった。僕もあんな風に弾きたい」
 先生の頬はいつからか痩けてきていた。ここのところ、ずっと日を置かずに会いにきてくれる。服のボタンから布のほつれから、髪の毛から、もう細かい身なりにも頓着しなくなってきているのが分かった。私にはそれが清々しく感じた。
「いつか、この手足も動かなくなる時が来るんだろうな」
「それじゃ、その時は、私の側で動かなくなってよ」
「そうなるだろうな」
 静かな夜に目を閉じると、この洞穴全体がゆっくりと速度を持って私たちどこかへ運んでいるように感じる。先生も時折同じ感覚を共有した。ゴンドラに乗ってるみたいだと言っていた。洞穴が動いて行く。月も一緒についてくる。私はもう決めていた。この人が終わるとき、私も一緒に終わってしまおう。だってもう、どうにも、それ以外にないじゃないか。私はもうこうするしかないということに、そういう状況に、不思議と安堵していた。眠るのと同じだ。慌ただしい時間から離れて、眠る前の自分が一番正しい。先生はもうじき眠って、その寝顔を見ていると、私は眠らなくても生きていけるのに、それでも側を離れて別の場所を歩き回ったりできなくなる。
「ここ最近、なんでだろうな、変に人からの視線が気になる。顔色がどうとか言われて」
「そう、具合が悪いの?」
 声を弾ませてはいけない。待ち望んだことのように聞こえてはいけない。
「いや、なにか、普通の人じゃないみたいだって。生徒の子がそう言う。先生はまるで、まるで何かに……」
「何かに取り憑かれてるみたいって?」
 笑うような会話じゃなかっただろうか。だけど先生も苦笑して返した。
「ああ、そう言って、神経の細そうな子は、怖がるんだ。変に警戒心やら好奇心やらがたくましい子もいる。今日、ここに歩いてくる前に、なんだか視線を感じた気がした。前に、町中で感じた視線と同じような。その時は、振り返ると、生徒の一人がいて挨拶してきた。あそこは、町の広場だったっけ。今日感じた視線は、あの子が私の後を付けてきたのかも知れない。いや、あの子じゃなくても、別の誰かが」
 目を宙に定めたまま、先生の横顔は、確かになんだか人ならざる空気をたたえてきたようにも見えた。生きているような、もう生きていないかのような。動かない視線は、獲物と間違えて空気に襲いかかる野犬や、方向感覚を失った渡り鳥のそれと同質だった。
「なんとかしないとな、なんとか」
 先生が私の手を握ってきた。私も握り返す。震えているのが分かった。
「君と僕だけだ。……君と僕だけ」
 私は先生の背中に手を伸ばす。先生の顔を私に向けさせる。こういう場合は、私の方が先生を落ち着かせる役だ。私たちはもうすっかり似たもの同士で、同じように群れから逐われた身の不安にさらされている。
 私が自分の最期を決めてしまってから、私の不安はぼんやりとしたものではなく、一つの形あるものに変わった。やがて来るべき時を、何かの原因で逃してしまうこと、それだけが恐かった。その時を逃して、取り残されてしまうことのありませんように。今一番恐ろしいのはそれだった。
 私により掛かってくる先生の重心を感じながら、ああ、この人の終わりは一体いつになったら来るんだろうと考えた。先生の肩越しに洞穴の口からまるい夜空を見ると、もう月はどこかへ行ってしまったように見えた。いつの間にか、そんなに時間が経ったのかと思い、もう一度目を凝らそうとしたところで、先生の影がだんだんと視界を塞いでしまって、もう空も何も見えなくなってしまって、そこで私は瞼を閉じた。
「ピアノを鳴らす時はいつも、君のこと思い出しながら弾いてた。君の音と、君の中の音楽と」
 先生の腕に掴まれると、私は自分の肩や背中がこんなに小さかったっけと思う。ひとまわり小人になったような気分で、嫌いじゃなかった。先生の吐息が白く照らされている。毛布にくるまれた先生と私の間の空気だけ、暖かすぎるくらい暖かかった。
「そうだ、先生。思ったんだけど」
「ん?」
「私たちの匂い、本にうつっちゃうね」
「今更」
 うつらうつらして、今にも夢へ落ちていきそうになりながら、私たちがいつか最後に見る夢は、一体どんなだろうかとぼんやり思った。




#17

 空気はまだ冷たかったが、月の下には若葉がざわめいて、一攫い毎に冬の気配が洗い流されていく最中だった。遠く庭の端に門構えが見えている。そこに向かって黙々と歩くレミリア・スカーレットは、自分の足音が周囲に過剰に響き渡っているのではと思う度、不安げに足の運びを緩めながら、それでもまた、足を急かして進んでいく。片手には日傘。紅魔館の庭が、地面が、葉の一枚一枚が、雨に濡れたようにきらめいて見えた。辺りを取り巻く夜気が、痛々しく冴えわたって、吐き出される白い一息一息が、この瞬間を刻んでいくようだった。自分の一歩一歩が、鮮明に意識の中へと響いてくる。今、誰かに呼び止められたらどうしようか。いや、ただ、大丈夫、ちょっと散歩へ行くだけ、だから大丈夫、そう繰り返すだけだ。咲夜がそうしたみたいに。咲夜、お前は、私を眠らせようとした。埋もれさせようとした。レミリア・スカーレットを。あんな小さな声で。あんな頼りない嘘で。大丈夫、大丈夫と、壊れたみたいに繰り返して。
 背後の紅魔館は、漠然とした紅黒いシルエットになって、闇の中で揺らいでいた。冷たく張りつめた夜に向かって、ザラついたきめの粗い紅を投げかけながら、不確かに震えている。その中から、パチュリー・ノーレッジの「レミィ? レミィ?」と呼びかける声が、小さく聞こえた気がした。小悪魔から先程の会話の内容を聞いたか、いや、聞かなくても何かを察して、レミリア・スカーレットの姿を探しながら今しも館を飛び回っているのかも知れない。きっとすぐ戻るから、できるだけ早く。
 今、どのくらいだろう。私のいる場所から、咲夜のいる場所まで。分かっているのは、簡単に人間の群れの中に入っていけるような咲夜ではない、ということ。人里へと巣立ったのではなく、単に自らここを逐われたに過ぎない。手紙になんと書いてあったとしても、人里に咲夜はいないであろうことは確かで、いいや確かだ、私にだってそのくらいのことは分かるよ、咲夜。あれからお前はどこでどうしているんだろう。最後に別れてからどのくらい経っただろう。最後にどんな言葉を交わしたのかもよく覚えていない。一番最後に見せたのはどんな顔だっただろう。お前はなんて思っただろう。お前にとってどのくらいの時間が過ぎたのか知れない。だがきっと、また再び会えたなら、すぐにまたもとの二人に戻れるはずだ。がらんどうになって他人様の部屋のようになった私達の家の中で、ついお前の名前を呼んでしまう。返事の返ってきた呼びかけよりも、返事の返ってこない呼びかけのほうが多くなってしまいそうなくらいに。お前という季節を想ってる。寂しくしてないか。どのくらいだろう。お前がいる場所から、私まで。
 何度見上げても、月は白かった。どれだけ歩いても、同じ色の庭が続いている。門構えまでまだ遠い。長い道程のように感じるのは、足元が怪しいせいだった。馴染みの道のはずなのに、まるで均されてもいない道ならぬ道を無理矢理に踏み付けているかのような感触だった。この足が進むための道ではないと言うかのように。そうして何故だか上手く前へ前へと歩けず、けれど、このくらいならばまだ容易い。一人ならまだ容易い。少し前まで、ここを悪魔と人間が足音を合わせながら歩いていた。私達の間には、幾つもの運命が入り組んでいて、そういうものを踏みにじらずにやり過ごすことなんてできないまま、私達の時間やら思いやらがどこへどういう風に納まって行くのかも分からないまま、何かのしっぽを踏んづけて痛い目を見るのも怖がらず、それが私達の、私達向きのやり方だった。運命はもう分からない。うろうろと恥知らずに歩き回って、あとから格好付けるしかない。お前と暮らす。ならんで歩く。幾つもの運命やら時間やらを踏みつけにしながら。見た目だけは穏やかに。まるで何百年も前から途切れなくそうしてきたみたいに。季節の終りなんて、すっかり忘れたような顔をして。けれど片時も忘れないまま。
 お前のことを賢いって言う奴がいる。もしもお前が私の居ない場所で、私と分かれた後も、相変わらずずっと賢いまま上手くやっていけてるんなら、相変わらず馬鹿の私に、何が言えるだろう。お前と会って何を話せばいいんだろう。お前をどうやって口説き落とそう。もしお前がいつかみたく寂しそうに泣いてるんなら、何も言わずにお前の手を引っ張って、すぐに私達の家に飛んで帰って、それでお終いなのに。二人してまた馬鹿を続けたい。賢くなる機を逃して、これはもしかしたら、間違った行いかも知れない。多分、おそらく、それは結構な確率で。この先、見た目程には、穏やかな足取りではいられないかも知れない。優しい時間じゃないかも知れない。何も知らない館の外の連中にどう見えるかな。いつか、こう言われるかも。二人の違う運命の者同士が、好き勝手を押し通しながら、馬鹿みたいに、我が侭に、幸せを貪りながら暮らしたって。だけどそれは、勿論ちっとも間違ってない。
 空しさや哀しさを私に想像するな。無駄なことなんて一つも無かった。レミリア・スカーレットがレミリア・スカーレットとして燃え散らかるのを、お前は留めようとした。だがお前の声はか細い。この夜まで届かない。私達の間にどのくらいの距離があるのか、今度はお前に決めさせてやる。お前が傷つかない距離を考えてくれれば、それでいい。次またお前の季節が終わる時が来るなら、それが何時になるのかお前が決めていい。その時には、もっと上手に、私らしくやってみせるから。
 意を決し終わって止まらなくなっている自分の足音を、いつしか呆けた頭でぼんやり聞くうち、不意にレミリア・スカーレットは蹴躓きそうになり、羽根をバタつかせて身体を立て直す。内側から見た紅魔館の門構えが、眼前に迫っていた。もし今、誰かに呼び止められでもしたらどうするだろう。ただ、繰り返すだけだ。大丈夫だって。咲夜みたいに嘘をつくだけだ。




#18

先生へ
先生はもう何日間かずっと、ここへ来ていない。来てくれてない。ひどい人だ。なんてひどい。だけど先生が来ると、私はもうそれで、自分がそれまで考えていた先生への文句やら何やら、洞穴の中でひとり考えていたこと何もかも、さっぱり忘れてしまうので、先生が来るまでのあいだ、それを手紙にして、書き残しておくことにした。火なんか焚いてないし、ランプも点けてないのに、私の胸は悪い煙を吸い続けてるみたいに、鈍く重たい。植物に向かって息を吹きかけたら、枯れてしまうかもしれない。こういう感じを、わけの分からないものと言って放っておくのはよく無いので、私は兵隊が列を作る様子を思い浮かべて、きちんと行列を組ませて、気持ちを追い出したり、行くべき場所へと落ち着かせたりする。頭の中の兵隊たちには顔はついてなくて、手足は一本の線で、私がたくさんの人間を思い浮かべる時にはいつもそうなるような姿で、町で暮らす先生を想像する時も、まさに先生以外の人間はその姿だ。まあそれはどうでもいい。とにかくそういう風にして、物事をあっちへこっちへ動かして、考え事を兵隊みたいに命令通りの場所につかせていって、かたちの無い悩み事にとりとめを付けていくと、どうにも、この、本当は新鮮な空気のはずが焚き火のあとみたいに不味く感じる原因は、なんのことはない、先生がここに戻ってくれば解決することにまず間違いないのだ。アリが三匹。いや五匹だった。今、目についたから書いた。まあとにかく、私はあなたがいないとこんなだし、あなただって同じようなことを言ってたような気がするから、先生、はやくここに帰って来なさい。字はもう大分覚えたけれど、書くということは疲れる。先生への文句を書いてやるつもりだったのに、書けなかった。ここまで。さよなら。おしまい。小悪魔より。

樫の木 樫の木 樫の木 樫の木 樫の木
苦い 苦い 苦い 苦い 苦い
クロウタドリ クロウタドリ クロウタドリ クロウタドリ クロウタドリ
老人 老人 老人 老人 老人
雪解け 雪解け 雪解け 雪解け 雪解け
先生はやく帰ってこい

先生へ
毎日、新しい言葉を覚えてる。毎日、本を開いて。できるだけきれいな言葉から先に。先生は、まだ今日も来てない。しばらく前から、私はそわそわ考えるのをやめた。先生には私、私には先生しか駄目なのだから、いずれまたここに戻って来るだろう。毛布にくるまって、できるだけ鮮明に、先生のことを思い出そうとする。先生の重さや、先生の声や、先生の匂いを。馬鹿みたいだ、オナラや汗がこんなに良い匂いなわけないのに。

目が覚めた。手が震えてる。まわりがよく見えない。まだ夜。目からボタボタしずくが落ちてくる。この紙の上に落ちないようにしないと。夢を見てた。ついさっきまで。燃えてる屋敷の夢だった。この夢から目を覚ます時にはいつもそうだったから、横で寝てる先生に甘えて、掴んで、匂いを嗅いだ。けど、何もかもがいつもと違っていて、先生の返事は返ってこないし、目を開いても、私の目線は先生をつかまえる代わりに、その空中を通りすぎて、向こう側の本棚へと突き当たってしまった。はやく先生がここに来てないことを思い出せばよかったのに、頭がどうにものろくて、まだ寝てるみたいな回り方で、何度も先生を呼び続けて、どこへ行ったのか大声でたずねて、そんなことを繰り返してしまってから、ようやく、ここに先生がいないのは当たり前なんだと気が付いて、ひどい気持ちになった。深呼吸ができない。目が覚めてすぐに気付いていれば、もっと落ち着いていられたのかな。夢の中身をよく思い出そうとしたのにすぐには出てこなかった。いつも二人で見てた、あの屋敷の燃える夢で、多分、夢の中には先生がいたと思う。一緒になって燃える屋敷を見ていてた。燃え尽きてしまうまでずっと。夢の中の先生の姿が、お坊ちゃんだったのか、今の先生だったのか分からないのは、夢の中にそれを忘れていってしまったからだろうか。思い出せ。出てこい。記憶とか、なにかそういう、大事な、見えないものを、あの火の中に置き去りにして、屋敷と一緒に燃やしてしまった。そんな感じがする。手がまだ震えてる。顔や目を拭っているうちに、手が滑って字が書けなくなる。喉が痛い。夢じゃなく本当に屋敷が燃えていた、あの遠い夜に、幼い先生の何か大事なものも火の中に置き去りのままだったんだろうか。あの日、目に見えない大事な何かを燃やしてしまったんだろうか。火の中に何かを見失って、二人一緒に火を見つめたまま、何かを無くした。わけの分からないこと書いてる。書いてられない
しばらく外をぐるぐる歩いて、黒い屋敷の前まで来て、そこに腰掛けてじっとしてた。多分、先生を待ってたんだと思う。柱にもたれてほっぺたを乾かしてるうちに静かに朝が来て、今日の天気は晴れだと分かった。そのうち日差しがいやに眩しくなってきたので、洞穴に戻って、今これを書いてる。だいぶ落ち着いた。

柳 柳 柳 柳 柳
万聖節 万聖節 万聖節 万聖節 万聖節
先生 先生 先生 先生 先生 先生先生先生 先生 先生 先生 先生 先生 先生

 久々に字を書いてみようか。洞穴を片付けているうちに、昔書いたこの手紙を見つけた。こういうのは手紙じゃなくて日記って言うんだっけか。最近、人の住む領域がじわじわこっちまで迫ってきている。だから別の場所にも隠れ家がいるようになるかも知れない。今、洞穴のいろんな物を整理している。もし、人の目の届かないところまで引っ越さなくてはいけなくなるなら、全部持って行きたい。この手紙のことは忘れていたけど、手紙に書かれた出来事や想いはみんな覚えていた。先生のことばかり。結局まだ伝えられてない。
 一度、町まで歩いて行ったことがあった。これでも元悪魔なのだから、人間くらい簡単に騙して入り込んで、好き勝手に探せるような気がしてたけど、そうそう上手くはいかなかった。人間をかきわけて震える足で早歩きして、やみくもに疲れて逃げ帰った。悪魔だった頃より臆病者になったかも知れない。それもまた昔の話で、もうあれからかなり経った。こんな手紙を書いていたことも今思い出した。
 やっぱり引っ越す準備は必要だろうけど、もう少し後にしよう。まだ待っていたい。先生どうしてるかな。今どんな顔してますか。どんな暮らし方をしてますか、先生。




#19

 最初に会った時のあなたみたいに。悪魔らしく、吸血鬼らしく、あなたらしく。きっと、時を置かずにそうしてくれるはずです。ですよね、お嬢様。そうでしょ?レミリア
 涙を流したり、胸痛を覚えたりする時にいつも思うのは、人が心の内に刻む感覚という感覚は全て、受け入れるに足るだけの眩しさがあるということです。心に留まって、人生をかたち作っている何もかもは、きっと、どれもそういう美しさで出来ているはずです。猛獣のようにやってきて、不幸にも抗えずに身に刻んでしまった苦しみ以外は。
 わたしは、わたしのいない紅魔館を思い浮かべることができます。それは二つの紅魔館です。ひとつは、わたし達が知り合う以前の、長い時間に隔てられ、わたしの手の届かない紅魔館。もうひとつは、今まさに刻々と向かっている、明日からの紅魔館です。今日のわたしから見れば、その二つは全く違うもののように思えますが、やがて無限に続く時間の中で、殆ど同じものになってしまうのでしょう。わたしの手に届かない膨大な時間があるように、お嬢様の手に届かない膨大な運命もあるでしょうが、そういう波風の中でも、お嬢様の変わらぬ姿がある限り、どんな紅魔館を思い浮かべることも、わたしにとっては苦ではありません。いつだって幸せな想像です。そうでなければ、十六夜咲夜である資格がありません。
 お嬢様、レミリア、わたしがあなたに刻んでしまったものの中に、苦しみ以外の何かがありますように。できればたくさん。わたしとあなたの過ごした時間が、眩しさ、甘美さ、心地よい苦さ、もしもそういうものに包まれていたのなら、今日流したあの涙が、そういうもので作られた一滴一滴なのだとしたら、どうかあなたの胸にそれを置いてやってほしい。苦痛以外のものが見当たらなかったなら、あっという間に全てを忘れられますように。でも、もしそうでないのなら、留め置いてください。あなたが美しいと感じたところだけ。他はさっさと捨ててしまっていいから。今こうして手紙を書いているわたしを、あなたから離れて一人暮らすわたしを、もしも、美しく思い浮かべることができるのなら、それも近くに置いてやってほしい。願いが叶うなら、なにもかも覚えていてほしい。わたしと同じように。わたし達のどんな思い出も、叶えられなかった約束も、二度と満たされなくなった願い事も、全て。
 あなたがいずれ語る遠い昔話の中で、十六夜咲夜がまだあなたを愛し続けていられたなら、こんなに誇らしいことは他にありません。
                        十六夜咲夜




#20

 ひっかかるような風がうるさく吹き続けている。雲が何層にもなって、地面にあるどんなものより大きな姿でこちらへ向かってくる。雨が近いのかも知れない。土は乾いていて、靴底でボロボロと削り取られる脆さだった。かつて馴染んだ地面なのに、感触が随分変わったように思う。
 目の前には、ただの洞穴。もうカーテンも蓋も付いていない。真っ暗な中には、土の壁だけ。動物の巣穴と言って誰も疑わない。植物の迷路ももう無い。誰かが刈り取ったか燃やしたかして、今はまばらな雑草だけ生えていた。ここはもう以前のような人里離れた場所では無くなっていた。黒い大きな屋敷も、きれいに取り除かれて残っていない。どこか遠くから、カンカンと人間の働く音が響いていた。随分近くまで人家が迫って来たから、ここにも何か建てられるのかも知れない。剥き出しになった丘には、羽根を隠した私が一人。だけどじきにもう一人来るはずだ。
 森の洞窟へ引っ越しを済ませてからも、ここへは何度も来た。人の気配が増えてくると、少し離れた場所から眺めた。もし先生が来て、この場所の様子を知って、何も無い洞穴の中を見たら、どんな顔するだろう。今住んでる洞窟に先生が現れたら、どんなだろう。きっとあの頃と変わらずに、膝の上に本を開きながらぼそぼそ語らうだけだろう。あの本棚もガラクタも、一つ残らずそこに移した。何度も往復しながら。
 向こうから人影。白髪をなびかせて、辺りに視線を染み込ませながら、詩人みたいにゆっくり歩いてくる。背筋の若い、まだ身軽そうなお婆さんだった。この人はここ最近、何度かこの場所へやって来ては何もしないでまた帰って行く。なんとなく気になる人間だったので、近くで見てみたくなったのだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
 お婆さんの声色にはしっかりした知性の色が出ていた。表情は朗らか。互いにしばらく散り散りに視線を泳がせた後、
「あの」お婆さんの方から声が掛かった。
「このあたりの場所を、知っている方?」
「ええ、今いるこの場所のことだったら、良く知ってますけど」
「昔、大きな家が立っていたかしら?」
「焼けて真っ黒になったお屋敷なら、長いこと立ってましたね」
「それだわ、それだわ」
 お婆さんが見渡す。口元を僅かに動かして、何度も呟いている。本当だったのね、本当だった……。
「この歳になると、昔の思い出が不意に頭のどこからかから生き返ってくるの。子供の頃に誰かから聞いた、不思議な話なんかも。こんな話だった、秘密の場所で、秘密の恋人が待っていて、ある嵐の夜に、一緒にびしょ濡れになって踊って、その日から何もかもが変わったって……」
 お婆さんのふらつく視線は、やがて私を見据えて固定された。私の輪郭を確認し続けるみたいに。私は、開きっぱなしになっていた唇を閉じて、唾を飲み込んで、また口を開くと、言葉が出てきた。
「……ピアノを教えてた」
「そう。そうよ、ピアノの先生から聞いたお話。気持ちの良い午後に、ちょっと練習の合間に暇が出来て、部屋には私一人だった。その時に先生が、窓の外を眺めながら、独り言みたいに」
 私のまわりにある雲や土や風が、これまで掛かっていた透明な幕を取り去ったように、急に色濃く迫ってきた。今日ここで、この人と言葉を交わしたことが、良かったのか悪かったのか、私にはまだ分からない。言葉のリズムだけを聞いていよう。話の中身はまとめて持ち帰って、ひとりの時に、そっと開封すればいい。これから聞くこの話が、今ここにある他の物と結びついたり、混じり合ったりしないように。
「あの先生には珍しく、やけに機嫌が良さそうな顔してたわ。お酒を飲んでたのかも。ぼんやりした話で細かいところが良く分からなかったし、だけど不思議な話だというのは分かったから、てっきり夢の中の話をしてるんだと思ってた」
「いいえ、夢じゃありません」
「歳をとらない、赤い色の髪をした……」
「ええ」
「本当のことなのね」
「本当のことです」
「夢じゃなかった」
「はい」
「不思議な先生だった。私には、お気に入りの先生だった。私の姉や、ピアノを習ってた他の娘たちは、そうではなかったようだけど。中には気味の悪い噂をする娘もいたわね。ほら、変わり者だったから。恐がってる娘もいた、不吉な空気を持った人だって。私には全然わからなかったわ。私一人だけ鈍感だったのね、きっと」
「先生はどこにいるんですか?」
「どこだったかしら、あの人のお墓は」
「お墓」
「ええ、お墓」
「なんで」
「なんでって、私が子供の頃の話よ」
「あ、ああ、そっか、そうだ」
「ええ」
「それは…………そうか、そうですね。でも、なんで」
 自分の声が、賢いのか馬鹿なのか分からない森の野禽の鳴声のように、ひどく滑稽に聞こえた。灰色の空の下、びゅうびゅう鳴る湿った風が、妙に落ち着いた色であたりを浸していた。身体が、地面に突き刺さった一本の棒切れみたいだった。とりとめなく渦巻く頭で、ふと思いついた質問を口にする。
「傘はお持ちですか。じき雨です」
「あらそう。大丈夫よ」
「いつですか」
「いつって?」
「先生はいつ、どこで、どうして」
「知らなかったのね」
 お婆さんの表情が、まるでランプがパチリと鳴ったみたいに暗く変わった。それを見て、自分の平衡感覚が不意に全く頼りないものになった。部屋で一人寂しく壁を見つめているような視線を空の雲へと向けつつ、お婆さんは話し始めた。
「私が子供だった頃には、今では思いもつかないような酷いことがあった。みんな、人間以外の何かを、まだ強く信じて、恐がっていてね。ああいう人は、あの先生みたいな変わった人は、結局、単純な感情の標的になって、ああいうことになってしまう、そういう時代だったのかも知れない。だから」
 こちらを見た。視線が合う。外れる。言葉が続く。
「だから、本当に悪魔に憑かれていたかどうかとか、そういうことは、大した問題じゃないの、きっと。今ではあんなこと、考えられない。口に出される理屈には大した意味は無かった。何かに取り憑かれていただとか、当人が人間以外の何かだったとか、そういう言葉や噂には意味なんて無かったし、それが本当か嘘か、気にする大人も驚くくらい少なかった」
 お婆さんは、重たい灰色の雲に向けて告白するように、一言一言を風の中へと飛ばした。雲や風に心が込められてくみたいだった。私の心もどこかそういうところへ飛んでいけばよかったのに、私の心は身体の奥で固まって動けないままだった。
「私はね、何があったかは、よく知らないの。見てなかったから。見たくなかったしね。あれが起こった広場にも行かなかったし、怖かったから詳しく聞こうとも思わなかった。だけど、ぼんやり聞いた話では、きっと……
 ……そう長くは、苦しまなかったはずよ」
 傍らの石に、針穴のようなしみが次々と出来て、それら一つ一つはすぐに乾いて消えるのに、新しい針穴が絶え間無くぽつぽつと開き続けて、やがて石の表面全体を覆い包んで、色を変えてしまう。ぼんやり見ているうちに、ようやく私の耳に雨音が届いてきた。音が大きくなる。布が風になびくように、世界が大きくなる。自分がどんどん小さくなる。靴の裏の土の感触も、風の動きも、身体の芯の震えも、みんなひりひりした音になって響いて聞こえるようになって、私の頭や眼球をじりじり熱く痛め始めた。お婆さんが大丈夫かと声をかけた。
「本当の話です。私たち、雨の中で笑って、何度もキスして、あの人、ダンスは苦手だって」
「そう」
「さよなら、帰ります、ありがとう」
 言い切らないうちにもう羽根を広げて、身体を翻すと、駆け出すように飛び立った。振り返らず前だけ見てぐんぐんと羽ばたく。空中で一旦バランスを崩して、また持ち直し、それを境にして、どんどん景色がぼやけて、目がどうにも熱くなって役に立たなくなった。視界も、頭の中も、もうよく分からなくなった。私は、別の目で、別の景色を見ていた。生まれたばかりの人間がそうするみたいに大声をあげて泣く私と、それを抱える先生の体温。一体これはいつの涙だろう、本当の思い出だろうか、夢の記憶なのかも知れないし、頭が今勝手に作ったお話なのかも分からなかったけれど、これから先、私の流す全ての涙の源が、先生の側で流した、その涙になればいいと思った。この先のどんな涙も、今のこの涙も、全部、ひとつ残らず。先生、私たちの秘密の洞穴は、先生、私たちのあの洞穴は、ついに最後まで、他の誰にも立ち入られないままだった。あそこの物は、まだ全部ある。新しい隠れ家に、全部残ってる。ついてきて。速く飛んで行こう、急いで。顔を打つ雨粒の大きさがくるくる変わっていく。風が邪魔だ。空気が邪魔だ。捕まる。押されてつんのめって、前屈みになる。急げ。はやく、あの匂いの中に頭から飛び込んでしまおう。あの本と、あのランプと、先生の匂いの中に。あの時間の中に、あの時間の残り香の中に、身体を放り投げて、気が済むまで抱かれていたかった。はやく飛んで帰って、ずっとずっと、抱かれていよう。世界が脇をすり抜けて不格好に流れて行く。ほら、もうすぐ秘密の場所だ。あの秘密の隠れ家に行こう。あの匂いと、あの静寂の中に駆け戻ろう。




#21

 堅く静まりかえった紅い廊下を、珈琲一式乗せた台車を押しながら、小悪魔が一人歩いていた。十六夜咲夜がいなくなって以後、パチュリー・ノーレッジのために珈琲を淹れるのは小悪魔の仕事で、一日のうちこうして何度か調理場と図書館とを往復していた。窓越しに小さく切り取られた空を覗くと、雲の向こうで稲光りが瞬き、涼しく湿った空気と、何かをあきらめたかのような暗く優しい色合いがいつの間にかあたりをしっかり包んでしまって、あとは降るばかりだった。
 誰もいない廊下を過ぎて、玄関ホールを横切る。紅魔館というのは、こんな冷え冷えとした場所だっただろうか。主人は館を空けて久しく、メイド妖精達も今の時間は多くが休み中で、実際、館から発せられる物音というのは殆ど無くなっていたが、しかしこの静けさはそういう理由だけではなかった。館のあらゆる細部、装飾、照明、家具、調度品。十六夜咲夜が去って以降も、多くの妖精達の手によって館が維持されていることには違いなかったが、それでも妖精メイドの手と十六夜咲夜の手はやはり別物で、然るべく、日に日に、時を経るに従って、そこかしこに散らばっていた無数の輝きは落ち着きを取り戻しながら、館全体を覆う静かな空気の中へと沈んでいくのが分かった。長い年月を経て埋もれていった色彩、声、表情を、十六夜咲夜がつかの間だけ拾い上げ、彼女が去ったあとは再び眠りにつく。またも雷鳴。雲の上で大きな何かが引き倒されていくような轟きは、そのまま館のあらゆる場所に響き渡って、もはや紅魔館は抗うことを知らず、ただ外からの音の染み入るままになっていた。そんな中を、小悪魔の押す台車の小さな車輪の音が、珈琲の香りと共に、一定の速度で、ゆっくりと運ばれて行く。
 小悪魔はふと立ち止まり、あたりを見回し、次に我が耳を疑い、その後に窓に目を走らせた。耳鳴りではなく、それに似た音。何かがこちらへ風を斬って迫ってくるような、高い音が鳴り続けている。じっと耳を凝らす。唐突に、前後から立て続けにけたたましい音が飛び込んできて、小悪魔は身体を小さく飛び上がらせた。
 まず、小悪魔の後ろで勢いよく弾け飛んだそれは、玄関の大扉だった。是非なき弾丸の軌道で一直線に玄関へと飛び込んで来た何かが、そのまま広いホールを横切り、壁に突き当たって床の上で弾んだ。落雷。館のすぐ側だった。その轟音があらゆる扉の蝶番や窓ガラスを震わせたのを合図に、大粒の雨があらゆる角度から殺到して、館を眩しく叩き散らした。小悪魔は、細かく砕けた飛沫まじりの強風に髪をはためかせながら、玄関ホールに飛び込んで来た塊を唖然として見据え固まっている。やがてその塊が爆ぜるように笑い始めた。
 一塊に見えたそれは、噛み付き合うように抱きしめ合った二人分の身体だった。よろよろと互いを支え合いながら、上体を起こしていく。
「ほらっ、ほらね。私の思った通り。ちゃんと帰って来れたでしょ、降り始める前に」
「だってわたしが時間を止めてすっ飛ばして来たもの、レミリア」
「そうよ、そうですとも。だからほら、思った通り」
 二人は、玄関ホールに座り込んで、向かい合って、もたれ合って、笑い合っていた。レミリア・スカーレットも、十六夜咲夜も、ひどい格好だった。風やら枝やらをかき分けて飛んで来たのだろうか、髪も服装も盛大に乱れていて、こんな姿を館の者に見られることを少しは心配してもよさそうなのに、そんな様子はまるで無かった。近くに小悪魔が立っているのにもまるで気付かず、つまりは回りのことなんかまるで構わず、肩を揺らしながら、転がる板きれのように笑い続けている。雨脚に追いつかれる前に飛び込んだのに、二人とも既に頬だけはびしょ濡れだった。何度も顔を拭いがら、互いの顔がそんなにも面白いものであるかのように突つき合って、時折、耳に口を寄せて何か言葉を呟いて、また重なるように笑った。その滴と、髪の毛に王冠のようにくっ付いて来た葉っぱとが、床の上にバラバラ光りながら落ちた。
 足が無事についているのを確かめるようなもたついた動作で、二人して立ち上がる。目が回っているのか、頼りなく四本の足がもつれて、危うく転びそうになるところを、互いの手が支える。がらんどうの玄関ホールの真ん中で、ふらつく二人。雷鳴と、冷たい風と、絶え間無い雨音。嵐にかき消されないように、顔をくっつけて囁き合う。雷が瞬く。どしゃぶりの中で笑う。片方がよろめくままに、もう片方もよろめく。下手糞なダンスみたいに。人間と悪魔が二人してこんな表情を浮かべている光景を、これまでに見たことのある者が、果たしてどれだけいるだろうか。
 じっと眺める小悪魔の後ろに、気付けばパチュリー・ノーレッジが音も無く佇んでいた。しばらく佇むままにしていたが、やがて数回、咳払いをしてみせた。
「……あら、パチェ」
「おかえりなさいレミィ」
 ようやく他人が目に入った様子の二人は、ぎこちない足取りで向き直す。
「なんだか、その、いろいろ迷惑かけたかしらね、パチェ」
「そうでもないわ。別に。私はね。
 でも、そうね。
 急に館を飛び出してみたり、やっぱり帰って来たり、まわりにさんざ気を遣わせて、振り回して、大騒ぎして、それで、どう? 何か変わったのかしら? 何か解決できた?」
 パチュリー・ノーレッジの言葉に、二人はどこか間の抜けた、バツ悪そうな表情を浮かべて、互いの顔を見合わせた。結局、何か解決したかと言えば、何も解決していない。これまでと同じ問題が、これからも続いていく。この二人が共にある限り。あるいは、もうどうしようもならない地点に落ち着いてしまうまで。
「……なんだか、あなた達らしいわね」
 二人を眺めながら、パチュリー・ノーレッジが溜息まじりに笑った。
「あ。そうだパチェ、ひとつだけ変わったことがあるわ。咲夜の肩書き」
「あら、もうメイドは辞めるの?」
「咲夜は館の仕事がしたいって言うんだけど、せっかく妖精達に覚えさせた仕事、奪い返しちゃうのも勿体ないでしょ。だから、これからは他のメイドとは一段区別して、“メイド長” ってことにするから」
「そう。じゃあよろしくねメイド長さん。できるだけ早く図書館に顔を出して頂戴。今日でなくていいけど」
 それだけ言うと、パチュリー・ノーレッジは図書館へと引き返していく。
 レミリア・スカーレットと十六夜咲夜はしばらくその場で、まだ高揚覚めやらないという感じに繰り返し顔を見合わせては笑みを交わしていたが、やがてぴったりと並び合って、玄関ホールから伸びる階段へと歩き出した。小さな笑い声をクスクス響かせながら。紅い玄関ホールで、レミリア・スカーレットが手を引く。一歩ずつ、十六夜咲夜が紅魔館の懐へと戻っていく。きっと数日も経てば、この館は再び、彼女の紅魔館へと戻っていくだろう。十六夜咲夜には仕事に追われる日々が、レミリア・スカーレットにはあの胸痛が、あらゆる掟を踏みつけにしながら、ここに帰ってくる。
「小悪魔」
 遠い廊下越しにパチュリー・ノーレッジに呼ばれて、小悪魔は顔を上げる。
「珈琲、早くね」
「はい」
 再び台車に手をかけながらも、小悪魔はまだ、階段を上がっていく足音を耳で追い続けていた。こわごわと重なり合う二人の足音。歩みの心地を思いながら、聞こえてくる足音の一歩一歩を拾っていく。人知れず小さな声で、祝福の言葉か、あるいは、前途を祈る言葉を、そっと呟こうと口を開いて、しかしどうしてか、その声は胸につかえて出てこなかった。四本の足が静かに床を踏む音は、しばらく経つと雨音に紛れて、どうやらもう立ち去ったようだった。




#22

 朝が来なければ夜は永遠だ。この図書館には来ない。暗闇と澄んだ空気の中、密生地の木々のように本棚が垂直に伸びている。その合間を、言いつかった本の仕事も終えてしまった後、ふらふらと歩き回る時間が好きだ。どこまで歩いても、定規で引いたような本棚のシルエットがずっと続く。棚板の木目が、乏しい灯りの中で、魚の群れのように身悶えしている。貝殻の奥から聞こえる音に良く似た、ヒリヒリした夜の鳴声が、遠い天井から降りてくるのが分かる。外ではまだ雨だろうか。図書館には湿った風も雨音も届かない。雷の音も届かない。雷の中で一緒に踊った人のことを想う。しばらく歩けば、もうじき、彼と私の本棚の置かれた場所だ。
 図書館の端。他の本棚より随分と小さい、疲れた棚が仲良く身を寄せ合っている。時間によって削り取られて浮き出た木目。更なる時間によって再び均された木目。畑仕事をしてきた人間みたいな、砂混じりの風に削られて生きてきたような顔をした背表紙が、その中に収まっている。ここは一度も並び替えていない。配置は、あの時のままだ。この区画の本のならびは、先生のものだ。あのランプの灯りの下で、先生が編み込んだ並べ方のままだ。これらの本のページの端に折れ跡を付けたのは、先生の指だ。本に染み込んでいる匂いの何百分の一かは、きっと先生の匂いだ。洞穴で朽ちていくばかりだった本たちの紙面に、忘れて久しい理性の眼差しを浴びせかけたのは、先生の瞳だった。私をあそこに閉じ込めていた主犯の一冊は、先生が一度バラバラにして組み立てなおしたもので、先生の手による仕事の成果だ。この一画は、そのまま先生の作品で、先生の記憶装置で、あの時間の思い出だ。だからこの本棚の中から、先生の残したものを注意深く拾い集めれば、先生との間で語り残された言葉が、まだ見つかるかも知れない。
 私の中にもそれはあるのだ。いつかの夜に先生は言っていた。昔、私とピアノを弾く夢を見た。夢の中の私はピアノが弾けた。私らしい音というのは、一体どんなだろう。まだ今の私には分からないが、先生が、私のどこかに宿った音楽を拾い出してそれを聞き取れたのならば、私にもいつか同じ方法で、それを聴ける時が来るかも知れない。その時、先生と私とは隣り合って、夢の中の時間を再現できるのかも知れない。他にも、字を覚えられたこと、相変わらず本の中で暮らしていること、この外見のままで生きていること、名前の無い小悪魔になったこと、それらはみんな、先生と過ごした結果だ。先生と関わりない部分が、私の中にどれだけ残っているだろう。私はまだまだ、先生のものだ。
 人間の掟と悪魔の掟の重なり合う、小さな足場があった。そこで、二人で過ごした。その小さな足場の上で、二人きりで踊っていた。そこからはみ出して、いつまでも二人でいることは、許されなかった。あの足場の中でだけ。それでも、願いが叶えられていた。どんなに僅かであっても。私は私でいられた。その場所に、何があろうと留まりたかった。大切な得難い場所が、あの時間、あそこにあった。
 その結果、何が待っているのか、想像もしていなかった。殆ど、全てを失った。私がどれだけのものを失ったのか、正しく計ることは今となっては無理だ。名前の価値も、故郷の価値も、分からないまま。こうして、今も本棚に囲まれて生活しているのは、とても奇妙だと思う。変な因果だ。何もかもを守れず、何もかもを手放したまま、生き続けている。何もかも残せなかった。
 あの足場以外。
 あの小さな足場だけ残った。
 先生。私はまだその中で生きている。その中でこそ生きてる。あなたと私で踊った、あの足場の上で。あなたの聴いた、あの音楽の中で。あなたとの時間の中で。二人だけのダンスホールで。時々、時間を隔てて、あなたに足を踏まれることもある。とっても狭い足場だから。私はその度に、足を引っ込めたり、踏み返してやろうとしたりする。踊り過ぎて疲れた時には、身体の奥がキリキリ痛む。あなたの為に、放り出された私の心臓。戻ってこいとは思わない。
 「命取り」と、あの悪魔は言った。悪魔の身体の奥底で打ち続けている限り、悪魔の心臓は不滅なのだろう。それでも、いったん外に大切なものを見つけてしまったら、外へと転がり落ちてしまったら、外のことに対して傷むようになってしまったら、それはきっともう二度と元に戻らない。この身体の中には戻ってくれない。出会う前に戻ることなんて出来やしない。
 やがて、本当に踊り疲れる時が、来るかも知れない。命取りという言葉の意味を、この身で実証する時が来るかも知れない。いつになるのか分からない。でも、それまでの間、まだ一緒にいよう。まだ踊っていよう。できうる限りずっと。紅く紅く、いつまでも。私の心を置くことのできる、全ての足場。私の感じられる全ての音楽。私の目に映る全ての時間。そこが、私と先生のいられる場所であり、私たちのダンスホールなのだ。



 了
ここまで読んでくださった方いましたら、本当に、ありがとうございます。心から感謝を。
はじめまして、カササギと申します。これが初投稿作です。
物語内の時間で言えば、これは咲夜さんがメイド長に就任するまでを描いた過去話ということになります。各キャラクターの能力、オリジン等については、結構勝手を書かせてもらいました。個々のイメージを害してしまった方がいましたら、どうかご容赦ください。
読んで頂けたことに、重ねて感謝を。またいつか機会がありましたら。
カササギ
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コメント



0.2820簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
好かったです。

全体的に幻想的な雰囲気というのでしょうか。
とても素敵でした。
登場人物も皆魅力的で。
惜しむらくは、フランや美鈴が出てこなかったことぐらいですか。
この文章で描写されたらさぞかし魅力的な2人になったと思うので。

貴方の書かれる幻想郷をまた読める日を楽しみにしています。
2.100俄雨削除
敷き詰められた文章を目の当たりにした時、何事かと思い、読み進める。途中で挿入される過去が誰のものなのかと思案を巡らせ、それが彼女であったと気がついた時点で突如視界が開けた。
恐るべきはこの文章力、表現力、構想。貴方は一体――何者なのだ。とても素人とは思えない。踏んできた場数の違いを思い知らされる思い。驚愕すべきはこのような人物がwebに存在する事である。
この物語に対して正しい感想を述べられるだけの自信がない。ちょいと覗いて気がついたらもう二時半だ。どういう事なんだ。酷く切なくあるが、正しく私が見たものは、彼女が歩んだ道であり、これからの彼女等が歩むであろう道である。
何が言いたいかといえばなんじゃこらすげえぞ。
8.100名前が無い程度の能力削除
洞穴いいね!

これはもはや抒情詩だ。長い永い抒情詩だ。
9.100名前が無い程度の能力削除
過去話ということですが、これは……私がおぼつかなく想像するところの、紅魔の、咲夜とレミリアの関係のエッセンスを、それこそ時間をとめて引き出して、純化して、物語的高低による美しい流れをもたせたものと感じます。
だって、「レミリア」って。いとしく呼びかける咲夜は、どうしようもなく憧憬する彼女らの末来でもあるから。
前編のレミリアの涙がかなしすぎてどうしようもなくって、だから嵐の中豪快に戻ってきた二人が嬉しくて仕方ありませんでした。

それから、つつましくけなげに、傷だらけになって結び目の一端をほどいてくれた小悪魔。どうにか、むくわれますようにと、願わずにはいられません。
引き込まれた途端一気にどこかへ運ばれたような読後感。いや、ありがとうございます。
10.100夏衣削除
文章がみっちりとして改行があまりなくて、
少し読みづらかったですが、
気がついたら完全に引きこまれてしまっていました。

「君」は最初は吸血鬼姉妹のどちらかかと思ったのですが、よもや小悪魔だったとは。

物語の密さといい、全体に流れる雰囲気といい、ただただ、凄い、としか言えません。
12.100名前が無い程度の能力削除
吐き出すほどの強烈かつ重く圧し掛かる感情の描写なのに、
くどいほど敷き詰められた文章が絶妙なバランスで受け止めてくれました。

……私はいま何を読んだんだ?
13.100名前が無い程度の能力削除
すごく良かった。
15.100名前が無い程度の能力削除
詰められた文章を読み飛ばしてしまった所があるところを私はひどく悔いている。
こんなにも素敵なレミリアと咲夜なのだから。
だから読み返してこよう、わかるまで、何度でも何度でも。
16.100名前が無い程度の能力削除
……すまん、何も言えん。
一言言うなら、ありがとう。
17.100名前が無い程度の能力削除
誰かマジで製本してくれ
20.100柚季削除
素敵でした。とても。
それ以外に言葉が出ません。
21.90名前が無い程度の能力削除
楽しかったです。小悪魔の過去話は珍しい。
情景がすらすら出てくる描写も、読んでいて心地よかったでした。
23.100名前が無い程度の能力削除
こうも心理描写を詳しく書けるとは思いもしなかった。
筆力すごいな。他がやったらこうはいかん。
24.100名前が無い程度の能力削除
感想を書こうとしましたが、とても恥ずかしいことになるので、やめにします。
ただ、素晴らしい話を読ませていただき、ありがとうございました。
25.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気作りに重要なのは解るのですが、やはり読み難いといういう感想は変えられないのでこの点数。

他は文句無し、というか稀にすら見られぬ筆力に唖然、初投稿ってだけで素人じゃないよねコレは…。
27.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったです。
28.100名前が無い程度の能力削除
とても楽しめました
先生と悪魔の話が東方の設定の中に位置づけられてからはちょっと密度が足りないかなと感じました
前編の方がより魅力的だったかと思います
文章はいい具合に硬さに緩急があってすごく引き込まれました
30.100名前が無い程度の能力削除
感想が書けないほど凄い作品に出会ったのは始めてでした。
ありがとう。
33.100名前が無い程度の能力削除
なんとも言えない幸せな気分になりました。
34.無評価名前が無い程度の能力削除
まさに引きずり込まれた。
この文章の大海原の深い底に流れている哲学が、あまりにも巨大で繊細だ。
もはやこれは、『作品』という域を逸脱しているようにすら感じる。
一体、どれだけの時間と情熱を筆に注げばこんな表現が誕生するのか。

というか、本当に何時間かけたんでしょうか。いやはや、人の表現欲求とはかくも恐ろしいものなのですね。
35.100名前が無い程度の能力削除
…失礼。点数追加。
36.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品だ素晴らしい
小難しい哲学だプライドより泥臭くても手放したくないものは
しがみついてでも手放すな……小悪魔だからこそ言える事ですな……
38.90名前が無い程度の能力削除
もケーれむべんべ誕生秘話を見たぞ!
こうしておぜうさまはカリスマを捨て去っていったんだなあ。
41.100名前が無い程度の能力削除
読んでる間、とても幸せな時間を過ごせました。
こんな素晴らしい作品をありがとう。
42.100名前が無い程度の能力削除
この作品が読めたことに感謝を
43.100名前が無い程度の能力削除
やるじゃん
44.60名前が無い程度の能力削除
横書き、ゴシック体で読むもんじゃねー。
疲れた
45.100名前が無い程度の能力削除
これだけの才能の持ち主がなぜこんな場所にいるのかが理解できない
ここ数年でこれに勝るものを読んだ記憶はない
46.90名前が無い程度の能力削除
作品自体は面白かったのですが、
ちょっと、字が詰まりすぎてて読みにくかったです。

これで初投稿というのが信じられない…
47.100名前が無い程度の能力削除
……言葉が出ない。
ただ素晴らしい作品であるのは確かでした。
48.90名前が無い程度の能力削除
時空列的に紅魔郷の前みたいだからフランは地下室、そして美鈴が館に来る前かな?
詰まった文体も一気呵成に畳み掛ける文章のためにわざとそういう風に
してるのかと解釈してしまう。
それほど文章の質が高い。
あとコメントの内容も異様に質が高いw
49.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
50.100名前が無い程度の能力削除
このままレミリアと咲夜が離れ離れになっていたら一週間は鬱になってました。そのくらい引きこまれました。

こういう素晴らしい作品を読ませていただくたびに、本当に東方キャラって生きてるなあと感じてしまいます。
51.100名前が無い程度の能力削除
「悪魔」がまさか小悪魔とは。
レミリアか咲夜かと思いながらも色々引っ掛かってたものが一気にひっくり返されました。
新たなヒトと悪魔の関係がどうなっていくのかが気になります。
先生と小悪魔のようになってしまうのか、それとも違った結末となるのか…。
52.100名前が無い程度の能力削除
改行かな
それさえあればな
ってか、横じゃなくて縦で読むべき話かもしれない
54.無評価名前が無い程度の能力削除
改行を気にされている方が多いようなので、助言になれば幸いです。

HTML というか CSS の話になりますが、SS 全体を <span style="line-height:1.8;"> ~ </span> で囲うだけでも行間が広がり可読性が段違いに上がると思います。

以前、既に点数を入れさせてもらったのでフリーレスです。
55.100shinsokku削除
 結びの、了の字を見て、ああ読み終わったと気付いた時、鼻の奥に何やら異臭を感じました。
 慣れ親しんだ鉄サビの、がさがさしたニオイ。
 鼻血です。
 すぐさまちり紙を丸めて寝転がった自分は、鼻ティッシュモードで仰向けになると、天井を見詰めながら、本作にかかる想いについて反芻を始めました。
 ただこれだけが、お伝えしたかった、自分なりの感動の形態です。

 人間でありながら完璧である咲夜と、悪魔でも子供であるレミリアの黄金形。
 素晴らしいものを見せていただき、本当にありがとうございました。

 でも嫉妬で死にそうです。
56.100名前が無い程度の能力削除
読み進めていくうちに、2つの別れた物語がクライマックスに近づくにつれてもつれ合い、素晴らしいタイミングでかみ合わさったその瞬間の感動を当分忘れられそうにありません。
61.100名前が無い程度の能力削除
過去話の人物が誰かわかった時、ぱっとすべてがつながっていきました。
感動しました。ありがとう。
65.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいお話をありがとうございました。
67.無評価カササギ削除
ご感想、ご指摘、どうもありがとうございます。

>54さん
そのようにさせて頂きました。ご助言ありがとうございます。
68.100名前が無い程度の能力削除
何もかもが美しい物語でした
最高です
70.100名前が無い程度の能力削除
最後彼女たちが館に戻ってきたとき、物語の時系列を知って唸り声を上げました
素晴らしい物語をありがとうございます
71.100名前がない程度の能力削除
これで初投稿というのだから恐れ入ります。今度とも期待させていただきます。
73.100図書屋he-suke削除
真似できねぇぇ・・・
こんなハイクオリティでやってくる作家がいるとは
これで初投稿だもんなあ

またこれで創想話にくる楽しみが増えました
今後の活躍に期待
74.100名前が無い程度の能力削除
すげかった
それだけしかいえない
75.100名前が無い程度の能力削除
読み進めることがこれほどまでに心が踊り、かつ恐ろしくなった作品は久々でした。
読み終えた瞬間、立ち上がってあなたを褒め称えたくなりました。本当に素晴らしい!
惜しむらくは私の心があなたへの嫉妬でいっぱいなことでしょう。もうパルパルです。
80.100名前が無い程度の能力削除
こんな実力者が創想話に作品を投稿してくれたことに感謝
81.100名前が無い程度の能力削除
海外文学作品の翻訳のような綺麗な文章がすごくツボでした
84.100名前が無い程度の能力削除
恐れ入りました……
今後にも期待です。素晴らしい!
86.100名前が無い程度の能力削除
いや~、まいったねこりゃ。すごい。
87.100名前が無い程度の能力削除
紅魔館が更に好きになれました。
ありがとうございました。
88.100名前が無い程度の能力削除
途中何度もヤバかったけど、最後は涙が止まらなかった。このSSに出会えたことに感謝。
89.100名前が無い程度の能力削除
言葉はいらない この点数で語る
92.100名前が無い程度の能力削除
ここまで心を鷲づかみにされたssは無いです。ありがとう。そして次回作にも期待。
94.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。ええ、素晴らしいですとも。
96.100名前が無い程度の能力削除
ううむ濃いねぇ、実に濃いね。
深海の暗闇の中で水圧に押しつぶされながらも、
もっと深く潜っていきたいと思わせる作品でした。
次回作期待していますともノ
103.100名前が無い程度の能力削除
105.100名前が無い程度の能力削除
なんて文体だ。
読んでるだけで悲しくなってきやがる。
……だから、ラストは最高だ。
107.100名前が無い程度の能力削除
今更読みましたがすばらしいの一言。
創想話でも刊行されている小説でも見たことの無い素晴らしく綺麗な小説でした。
貴方の新作を心よりお待ちしています。
109.100名前が無い程度の能力削除
これは……言葉に表すことのできない感情が体の内で渦巻いています。凄い、凄すぎる。
この小説に出会えて良かった。ありがとう。
111.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。とても雰囲気のいい文章でした。
このような良作をありがとうございます。
112.100名前が無い程度の能力削除
感動した。ただただ感動したし、先生と小悪魔に涙した。
もう読み始めに感じた見づらさとか難しそうだとか、そんなのは全然気にならなくなっていた。
この作品に出会えてよかったです。
114.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです
115.100名前が無い程度の能力削除
胸がいっぱいになってどうしたらいいのか…
とてもよいものを読ませていただき、本当に感謝です
116.100名前が無い程度の能力削除
最高でした
117.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔だったとは…
なんとも幻想的な物語、良かったです
118.100名前が無い程度の能力削除
これが名作ってやつか……。
終わってしまった物語とこれからを予感させる物語。この二つの調和が見事としかいいようがない。
こんなに素晴らしいお話を読ませてくれたことに最大級の感謝を。
119.100名前が無い程度の能力削除
幻想板でオススメされていたので来たのですが
いやはや、なんと申しましょうか、物語の内容がハッキリしていくにつれぐいぐい引き込まれていきましたね。
人間と悪魔、その種族の溝の残酷さ、その溝を越えての絆、やばい、本当に感動しました。
120.100名前が無い程度の能力削除
以前拝見したのですが、感想を書いていなかったので。
縦軸の「悪魔」の話、吸血鬼姉妹じゃないのではと思いながら読んでいたのですが、途中で披瀝されてから一気に繋がっていきました。素晴らしい文章力、構成力に引きこまれました。ペンネームを変えて無ければ、投稿はこの1作のみと思われますが、またあなたの作品が読めれば嬉しいです。
121.100名前が無い程度の能力削除
軽い気持ちで読み始めたら大変なことになった
素晴らしい物語をありがとう
123.100名前が無い程度の能力削除
文体も話の内容もすごい。ただで読んでいいのか戸惑うくらい。
125.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔の少ない設定を柔軟な発想で見事に活かしていっらっしゃり、100点どころじゃ足りなくて何と申せばよいのやら。
過去の暗くもあり温かくもある彼女の記憶とこころは、パチュリー達と生きるもっと先の未来で、どう変わっていくだろう。
「先生と小悪魔」と似たようで違う「レミリアと咲夜」二組の悪魔と人間とのしあわせを祈ります。

ただひとつ惜しいのはお嬢様が咲夜をどう口説いたのか、その模様をみられなかったことです・・・!咲夜はどこにいたんだろう。どうやってお嬢様は居場所にたどりついただろう・・・え、二人だけの秘密ですか?素敵
127.100名前が無い程度の能力削除
読み始めた時は未来の話かと思っていましたが、まさかの小悪魔の過去話だったとは
レミリアと咲夜は作品中では結論を出すことは出来なかったけれど、きっと幸せな未来を掴みとってくれるはず…
素晴らしい作品をありがとうございました
129.100名前が無い程度の能力削除
初めて二次創作で泣いた
130.100名前が無い程度の能力削除
全部
131.100名前が無い程度の能力削除
すごい
134.100名前が無い程度の能力削除
幻想的な雰囲気をよく味わえました
135.100名前が無い程度の能力削除
紙媒体で読みたくなるSSに初めて出会ったような気がする。
機会があれば、あなたの話をもっと読んでみたいなあ。
136.100名前が無い程度の能力削除
生きてて良かった、大袈裟じゃない
137.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔に焦点をあてて、レミ咲の儚い関係を表現する。とても斬新で、素晴らしかった。良かったです。
141.100名前が無い程度の能力削除
もう何度も読みましたが、まだ評価を入れていなかったので。
マイベストなレミ咲です。
142.100名前が無い程度の能力削除
ああ、なるほど小説てこういうのをいうのか
143.100名前が無い程度の能力削除
これはもう立派な小説ですよ。
感想を語るのも無粋な気がするので、ただ一つどこまでも美しかったとだけ。
144.100名前が無い程度の能力削除
紅魔館が燃えたのかと思って読み進めていったら、いつの間にか感動に堕とされてしまいました。

誤字脱字はともかく、これだけの心理描写を退屈させることなく読ませることができる。
こういうのを魅力がある文体っていうんだろうなあ。いや素晴らしかった。
148.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい作品でした。これほど没入感のある作品はほんとうに久々です。

機会があればまたいつか。