深深と、鬱蒼と茂る魔法の森。そこには仲の良い三人の妖精が住んでいる。
「あーあ、なんか楽しい事ないかなぁ」
赤い服の妖精が、乾いた切り株に座って足をバタバタさせた。
彼女はサニーミルク。光を屈折させる程度の能力を持つ。
「楽しい事を楽しく見つけられる事なんてどうかな?」
白い服の妖精が、身を乗り出しケラケラ笑って提案した。
彼女はルナチャイルド。音を消す程度の能力を持つ。
「それを繰り返しても楽しくなりそうにないわね。かくれんぼならこの前何回やったっけ……」
青い服の妖精が、手を頬に当ててクルクル回り始めた。
彼女はスターサファイア。動く物の気配を探る程度の能力を持つ。
三妖精はその能力の相性もあいまってか、常に行動を共にしていた。
特に悪戯を仕掛ける際のコンビネーションは他の妖精の追随を許さない……と三人は思っている。
その彼女達は今も楽しい事──悪戯する相手を吟味していた。
「そうだ!」
サニーミルクが弾むように手を叩く。
「前に拾ったケーコーなんとかという道具を見せたあの変な道具屋! アレに悪戯しよう!」
「あー。あのアレな店主ねぇ。どうするルナ?」
「いいんじゃない? アレな人間に色んなアレな事しようよ」
仏頂面を浮かべているあの店主を想像し、クスクス笑ったルナチャイルドが承諾した。
「前はちゃんと話さなかった気がするし。今度はとっておきの悪戯で驚かしたいわ」
それに、知り合いの魔法使いが頻繁に出入りしているので、あまり怖くも無さそうだと妖精達は考える。
「よし決まり! じゃあ、早速──」
「待って。先に悪戯の内容を決めようよ」
スターサファイヤが、今にも飛び出そうとしていた二人を止めた。
「例えば────ごにょごにょ」
僅かな相談の後、にんまりと笑いを浮かべて、三人は飛び立った。
◇
名前とは、有実と無実を繋ぐ境界線。
それが有る物と無い物では、生者と死者よりも深い隔たりがある。
例えば、ここに一匹の蝶がいる。この蝶は主に蛾と呼ばれるものだが、外のある国では、それを区別する事が無い。この二枚の大きな羽でひらひらと舞うものは全て蝶と呼び、【蛾】というもの自体が彼等の中には存在しないのだ。この事から解るのは、先に名前が有り、後にその存在が生まれるといった事柄だ。
名前とはそれ程に大きな意味を持つ。かって神々の力であったそれは、時代を経る事に我々の元にまで下ってきた。今では少し力のある個人がそれを名付けるだけでその名前は世界に認知される。僕の力が読み取れるのはおそらくその末端のみなのだろう。神々が名付けた真の名前と、用途を知るまでの力は備わっていない。
だから物の一つ一つ、その起源を読み解くためには、永く高尚な思考が必要だ。故に僕は孤独を好む。こうしていれば、いつの日か、一つくらいは物の真名と、真の価値を識る事が出来るかも知れない。
────カランカランカラン
扉から音が鳴る。
僕の名前は森近霖之助。魔法の森の近くで、香霖堂という一つの道具屋を営んでいる。
孤独と思考を好む人間が、こうして商売を行っているのを不審がる人も多いだろう。
だが、考えてみて欲しい。こうして物のやりとりをしていれば、物がどのような意図でどのように必要とされるのかが解る。それがどんなに突飛なものであれ、それは物の起源を知るための大きな手掛かりとなる。だから僕はできるだけ様々な商品を扱うことを念頭に、外の道具も含めて幅広く売買を手がけていた。人はよく僕を趣味人や似非商売人などと呼ぶが、僕ほど商売人らしい人間は外の世界でもそうそう居ないだろう。
眺めていた踊るような格好の奇妙な土人形を机に置いて、客を出迎えるために扉に向かった。
「いらっしゃ──」
「ごめんくださーい」
扉から顔を出したのは、僕の腰にも届かないような少女達だった。背中には蝶のような蛾のような羽がついている。
見覚えがある。以前、蛍光灯という外の品物を持ってきた事がある妖精だ。
しかしなんで又、こうして来たのだろうか。見たところ今日は何も持っていないというのに……。
「相変わらず暗くて薄気味悪い店だなぁ……」
きょろきょろと店内を見回しながら、ちらちらとこちらの目元を窺っている妖精達を見て、すぐに脳裏に閃いた。
……単にこいつらは暇なので、僕に悪戯の一つでも仕掛けにきたのではないだろうか、と。
そうと解っては、やれやれと溜息をつくしかない。また変なのに目をつけられたものだ。
それにしても、妖精は注意深い人間には寄ってこない筈。僕は注意深い人間なので、原因は他にある。
そして真っ先に思い浮かぶのはあの迂闊な娘だった。アレが暇つぶしを考える妖精を寄せてしまったに違いないだろう。まったく迷惑にも程がある。
「──ねえ、この店って本当に開いてるの?」
「ああ、開いてないよ」
「開いてないだって」「なんだ、開いてないんだ」「嘘よ。こーんなにいっぱい物が並べてあって、お店が開いてない事なんてないわ」
一匹が反論した。この妖精は物を並べていれば、店がやっているとでも思い込んでいるのだろうか?
……確かに、それは一つの記号だろう。古来より人間は多くの物を並べる時、そこに何かの意味を見いだしてきた。特に物の配置というのは重要だ。外の世界にはそれに特化した魔法学も存在する。家で当てはめるなら、北側に風呂桶を置けば寒いし、それに伴い寝床があれば寝冷えして健康を損ねやすくなる。それだけの事だが、数や複雑さを重ねればそれは馬鹿に出来ない代物だ。
僕の店でも、普段から商品の配置には充分な配慮が為されていた。外に置かれている物品も、ただ乱雑に置いているわけではない。それぞれに意味があるのだ。常に万全な態勢を整える為にも試行錯誤をする日々を送っている。もしかしたらこの妖精はそれを──
「私知ってるわ。こういうのを暇人っていうのよ」
──考え過ぎだったようだ。やはり、妖精という生き物の頭に中身を期待してはいけない。
もしかしたら、普通に買い物に来たのかもとも思ったが、妖精は基本的に金を持たない。だから何か買うために店に来たとは考えられない。
お客様は神様だ。だから客でない相手は何様である。そういう輩がこれ以上増えても困るので、さっさと追い出す事に決めた。
「あいにく、今は妖精相手に商売はやっていない。それに今日は用事があってね、これから出かけるところだ」
「えー」「ええー」「ぶーぶー」
悪戯を仕掛ける相手がいなくなってしまっては、やり甲斐もないだろう。三匹は不満げに頬を膨らませた。
僕は真理の探求の為に、思索という世界に出かけねばならない。こんな頭に紙風船をつけたら空まで飛んでいってしまいそうな連中を相手にしている暇はない。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ねぇねぇこれ見て!」
一匹が手を前にかざして、外の明かりを店の中に導いた。それは踊るように壁を反射していき──暗い店内を光の柱群で染め上げる。
もう一匹が、店の扉を大きく開け閉めして、音がカランカランとけたたましく鳴り響き──しかし妖精が得意気に指を立てたその瞬間、ピタリと辺りが静寂に包まれた。
さらにもう一匹が腰に手を当て胸を張り──そのまま固まってしまった。そして寂しそうにその場でうずくまる。こいつは一体何がしたかったのだろう?
「どうだ! すごいでしょう」「あんたにはこんな事出来ないよね!」「……………………」
二匹が自慢気に胸を張った。
成程、つまり自分達の力を見せつけて、それに僕が悔しがる姿を見たかったのか。
非常に愚かな行為である。個人が持つ力とは、普段は隠し持ってこそ意義があるものが多く、ましてやそれを見せびらかそうとする行為はその価値を貶めるだけでなく、力そのものの性質を下げてしまう。炎を扱う力があっても、予め水を用意されたら元も子もない。多くに知れ渡り、対策を練られたり他者に簡単に扱われる力などは存在そのものが薄っぺらいのだ。外の魔法がそれを如実に物語っている。あちらでは手近なもので誰でも爆破の呪文が使える。
「あんたの力は知ってるわ! 確か拾ったものの名前がわかる程度の地味っちぃ能力よね! そんな奴が私達無敵の三妖精に敵いっこないわ!」
ほほほ、と手をくねらせながら高笑いする妖精を見て、哀れみさえ感じてきた。さて、どうしたものか……。
「参った。と言って床に手をつけてもいいのよ? お高い人間さんが妖精に頭を下げられるものならねぇー」
こっそり人の後をつけて悪戯の機会を狙う妖精が、こうしてわざわざ姿を見せているのも、おそらく挑発して僕を店の外におびきだそうという魂胆なのだろうし、ついていった先には罠が仕掛けてあるに違いない。だからしきりにこうして声をあげる。
放っておいても良いのだが……しかしこのままだと店の扉に永延と陣取られ、商売に差し支える可能性がある。妖精が入り浸る店など、信用に置けないものの代名詞の一つだった。
「……ふむ」
僕は一つ頷いて、店の奥に進んだ。確かあれはまだ残っていた筈……。
「ちょっと。何か言いなさいよ!」
妖精の一匹が声をあげるが、それを無視して僕は例の物を探す。
記憶通り、それは戸棚の下にある鉄壺の中から見つかった。さらに横にあった二つのガラス箱も取り出す。
さて、これで準備は良いだろう。
「よっ……」
霊夢と魔理沙が最近使っている丸台を、店の真ん中に置いた。
何かが始まると見たのか、さっきまで囃し立てていた妖精達が興味深そうに、急に黙り込む。観客としてはなかなか良い反応に思わず頬が緩んだ。
「さて、先に君達の素晴らしい能力を見せて貰った訳だが……」
一旦、言葉を区切る。
さっと手を広げて、大仰に話し始めた僕を、妖精達がじっと見入っているその様子はすっかり当初の目的を忘れてしまっているかのようだ。
「──実は僕にも使える」
妖精達がぎょっ、とする。
間髪入れずにパッ、と袖から取り出したガラス細工の人形を、それぞれの視線の高さにまで合わせてじっくりと眺めさせ、それを端っこにいた一匹に手渡した。
「君が扱う光を操るという力だが、それを使えばこの人形を見えなくする事も容易いだろう」
赤い服を着た妖精が、おずおずと頷いた。この事は幻想郷縁起にも載っていた事だが、推測だけでも事足りる。
コツコツと足音を立てながら、妖精達の前をゆっくり歩く。そして人形を眺め回していた一匹から、ひょいとそれを摘みあげた。
「やってみせよう」
そう言って、僕は人形を、そっとガラス箱に入れた。
その途端、人形はまるで最初から無かったかの様に──姿を消す。
「えっ!」「ええ!」「うそ!」
「お解り頂けただろうか?」
僕は少し人形を持ち上げる。下半身を斬られてしまったかのように──今度は半分だけ見えない。
唖然として口を開けている三妖精の前で、今度は鈴を取り出した。
一度振ると、それは近い夏の到来を告げるように涼やかに鳴り響く。
「君が扱う音を消すという力だが、この美しい鈴音も聞こえなくする事ができるだろう」
白い服を着た妖精が唇をとがらせて「当然」とばかりに頷いた。
僕は頷きを返し、もう一度鈴を鳴らす。そしてもう一つの透明なガラス箱に鈴をおさめて、紐をその天井にくくりつけた。
「やってみせよう」
透明な箱を揺らすと、まだ少し曇った鈴音が聞こえる。それ見た事かと白い妖精が胸を張っている間に、それは徐々に小さくなっていき────
「────」
完全に音が消えた。
慌てて妖精が駆け寄ってきて、ガラス箱を揺するが、箱の中で鈴は揺れても音は出ない。他の二匹が駆け寄ってきて、同じように揺すってみるが、結果は同じだ。
妖精たちがやがて、怯える様に僕のほうを見上げた。
「君達が使える程度の力なら、僕にも扱える。──それどころか、こんなものは誰でも使えるくだらない子供騙しの力だよ」
僕が手をかざすと、窓からの光が折れ曲がって三妖精を照らす。
眩しそうに目を細めて──それを叩きつけるかのように床に反射させた赤い妖精が、ぐすり、と鼻をすすり上げて店から飛び出して行った。他の二匹もそれに続く。
────カランカラン
扉から乾いた音が鳴り響き、僕は息をついた。
「……これでようやく静かになるな」
「ああ、静かに邪魔したぜ」
いつの間にか店の中に入り込んでいた邪魔者──霧雨魔理沙を見て、僕は溜息をついた。
「一体何の用だい魔理沙。相変わらず用事もなく半居候かい?」
「何だ、随分機嫌が悪いな香霖。腹でも減ってるのか。そうか減ってるか。仕方ない私がとれたての手料理を振舞ってやろう」
そう言ってぐっ、と突き出してきたのは魔理沙の身長半分もありそうな代物だった。
「とれたてって……その魚がかい? また随分と大きいな。それにこの辺りじゃ見ないものだ」
「ああ、どうやら外の世界から流れてきたものらしくてな。白くて柔らかい箱に入っていたぜ」
魔理沙が言っているのは発泡スチロールとかいう保存用の箱の事だろうか。
「珍しいな。そんなものどうやって……」
「ああ、あの隙間妖怪の式神だか招き猫が運んでいるところを襲撃したら、快く分けてくれたぜ」
「それは強奪じゃないか」
「ああ、だから『とれたて』なのさ」
魔理沙がひらひらと手を振って、お勝手に入っていく。外の魚といったら、それは海の幸かも知れない。随分と珍しいものをこちらに分けようと思ったものだ。
「できたぜ」
しばらくして、割烹着をつけたままの魔理沙が出てくる。
皿にいっぱいに盛り付けられた、魚の身を節状に切ったもの──皮の表面が少し炙ってある。これは本で読んだ事がある。外でタタキと呼ばれる調理法に違いない。
それにしても見たことのない魚でよく料理できたものだ。僕がそれについて尋ねると「至極簡単だったぜ」としか言わなかった。もしかしたら過去何回か挑戦して、練習を重ねていたのかもしれない。
素材調達の心当たりもある。あの妖怪少女なら、外の魚くらい手に入れるのは容易いだろう。宴会の裏手で、魚相手にこっそり格闘している魔理沙の姿が思い浮かんだ。
「ふむ──悪くないな」
酢味噌の和えがうまく効いている。少し炊いた米の舌触りが間をとりもって、味を引き立てる。
「だろう? とれたての私の魚だからな」
普通の刺身にしたものを、魔理沙は芥子醤油を絡めて頬に含んだ。
しばらく新鮮な海の幸に二人で舌鼓(したづつみ)を打ち、息をついた後にお茶を飲む。
「さて、腹も膨れたところで聞きたい事があるんだが」
トン、と湯のみを置いて、魔理沙が身を乗り出した。成程。そういう事か。
「さっきの手妻かい? あいにく、魔理沙が思っているようなものじゃないよ」
「なんだよ。ありゃ魔法じゃないのか?」
おそらく窓からずっと僕と妖精達のやりとりを窺っていたのだろう。それで気になって、先に気前良くご馳走してくれたのだ。まったく分かりやすい奴だと思う。
「魔法といえば魔法と言えるかもしれない。ただ、一つは普通に、一つは外の道具の力を借りてようやく扱える程度の魔法さ」
「気怠い前置きはいいから、さっさと教えてくれよ」
説明し甲斐のない奴でもある。まあ、おかげで美味く珍しいものに有りつけた訳だし、これぐらい教えてやっても構わないだろう。
僕はさっきから置きっぱなしにしておいた二つのガラス箱を指さした。
「これにはそれぞれ中身が違うものが入っている。片方は今は蓋を開けることができないが、もう一つは……、まあ、横に出してある人形を持ってもらえれば判るさ」
「なんだそりゃ。──うわ! こいつ、ベトベトじゃないか。もしかして……こりゃ油か?」
「ご名答。一つのガラス箱には油がいっぱいに詰まっている。そこにガラスの人形を入れると──」
「おお? 見えなくなったぜ」
魔理沙がつまんだ人形を油の湖面で上下させる。先程と同じように、人形は消えたり現れたりする。
「魔法の油なのか?」
「いいや。外の世界で作られた少しきれいなだけの油さ。むしろ種はガラス細工の人形の方にある。そも、それなりに透明なガラスならなんでもいいがね」
「どういう事だ?」
「油と硝子に宿る神は非常に相性が良くてね。ガラスを油の中に入れると、そのまま光を素通りさせて見えなくさせてしまう。これは外風に言うなら光の屈折率が非常に似通っているから起きる現象だという。まあ、神同士の暗黙の了解と、悪戯心の一つだよ」
「ふんふん、成程な。つまり私と香霖のようなものか」
「ああ、水と油ぐらい仲が良いね」
「もう一つは何だ? 音も、神の仲が云々なのか?」
「いいや、むしろ逆だね。──こちらは神が存在しないのさ」
「? どういう意味だよ。トイレの話か?」
「そのままの意味だよ。この箱の中には今、神がいない。だから音が伝わってこないんだ」
僕はもう一つのガラス箱を持ち上げると、ある箇所を示す。
「ここに小さな穴みたいなものがあるだろう? ここからこれを使って……」
僕は先程は袖に隠しておいた道具を取り出す。円柱形のその道具から伸びる管の先を、その穴に差し込んだ。
すると、ボロ家に入る隙間風のような音が響いて──ガラスの蓋が開く。
「お? 随分あっさり開いたな。さっきはあんなに揺すっても開かなかったのに」
魔理沙がガラス箱を揺すると、中の鈴が軽やかに響く。少々危険なものかと思っていたが、問題はなさそうだ。
「風の神を元に戻したからだ。さっきまでは一時的に結界が張ってあって、蓋は開かなかったのさ。風の神が存在しない空間とは、非常に危険だからね」
「そうなのか?」
「ああ。僕達は普段から単体で生きているわけではない。あらゆる神の力の加護の下で生きている。とりわけ、風の神の力は偉大だ。彼の神がいない場所では息を吸うことも不可能になる」
「風の神って……、あの新しい山神の事か? なんだか有難味がないな」
「その神とはまた違う。そうだな、どちらかというと龍の方に近い。天と地と風。そこに宿る神は最も強大な力を持っている。これはすなわち──」
「ああ、含蓄は耳クラーケンだからもういいぜ。つまり香霖は、その道具で神様を箱から追い出しちまったんだな。まったく悪どい商人だぜ。そのうち天罰が当たるな」
「避雷針が近くに居るから大丈夫だろう。ともかく、このポンプという外の道具は、一時的に風の神を移動させる事が出来る道具さ。ある一定の条件を満たせる物がないと、使っても意味がないがね」
「その一つがこのガラス箱か……ふーん。見たところ大した特徴もないがな」
「それは水槽と呼ばれるものだ。水と魚を入れるものらしい。……まあ、本来の用途とは違うみたいだが、今回使うには良さそうだったのでね」
蓋は別のものを拝借したわけだが、ポンプは元々一緒についてあった道具だ。もしかしたら、逆に風の神を箱に迎え入れる為の道具なのかもしれない。
「外では神が存在しない空間を、神が空(から)である事を表して真空と呼ぶらしい。そこでは風の神が運ぶ音も当然伝わらない。だから、鈴の音が聞こえなかったのさ」
「ほぅ」
魔理沙が僕からポンプを奪って、ガラス箱を弄くっている。
「それは売り物だから貸す訳にはいかないが、油と透明なガラスくらいなら自分ですぐに用意できるだろう。家に帰ったら試してみるといい」
「そうだな。後で霊夢辺りにでも、ほんのり見せびらかしてみるか」
自分で確かめて満足したのか、息をついた魔理沙がこっちを見上げる。
「あ、そういや後一つあったぜ。最後のは──」
「あれはただの鏡だ」
「先に言うなよ」
ちぇっ、と舌打ちされる。そう大したものでも無いだろうに。
「──しかし大人気なかったな。あいつら大泣きしてたぜ? まったく香霖は酷い奴だな」
種明かしした途端にこれである。まったく現金なものだ。
「僕はできるだけ紳士的に対応したつもりだがな。そちらと違って暴力で追っ払う事なんてとてもできやしない」
「私は淑女的だぜ? 相手が泣く暇も与えずに吹き飛ばすからな」
「どこかで淑女の言葉が泣いてるよ」
手を広げて呆れる僕の前で、魔理沙が上品に笑いながらスカートの先をつまんだ。
▽
「くっやっしぃー!」「くやしいくやしいくやしい!」「……お魚おいしそう」
パン、とはたかれたスターサファイヤが木から落ちる。
泣き出して飛び出した妖精達だったが、入れ違いに魚を抱えて入っていった魔理沙に気を取られて、近くの木の上からずっと様子を窺っていたのだった。
「あいつがやった事って全部デタラメじゃない! くっそーあいつ、ハンッ、て顔してたわよ。ハンッって!」
「そうよそうよ! 絶対許せないんだから-! 冷たい視線で妖精を虫ケラみたいに見下して何様のつもりよあの冷血馬鹿最終鬼畜道具屋!」
「海のおさかな……」
スターサファイヤに二人から跳び蹴りが入った。
「スターは悔しくないの!? 私達の能力があんな人間にコケにされて!」
「そうよそうよ! これはふくしゅーよ! リベンジ! リメンバーパールなんとか!」
「二人とも酷いなぁ……。別に私は馬鹿にされてないし。ほら、お弁当」
スターサファイアが渡したクッキー袋の包みを開けて、二人がむぐむぐと口を動かす。
「大体さ、スターが最初に提案した作戦が悪かったのよ」
「そうそう。あんな偏屈な唐変木人間、揺すっても叩いても動きやしないわ」
「そうねぇ。あれは本当は足の下から根っこが生えてる妖怪なのかも知れないわ」
どこからか取り出したコーヒーを優雅に飲みながら、スターサファイアが相づちを打つ。
「少し作戦変更の必要があるわね」
ピッ、と指を立てる。真剣なその表情に、二人が顔を近づけた。
「今度はうまくいくのでしょうね?」
「また自分がまったく役に立たない作戦とか無しよ?」
「古傷えぐらないでよ。えーとね。要は、あいつが興味持ちそうなのを持って行けば、外までおびき出せるんじゃないかしら?」
「興味? それって……」
「あ! わかった-! はいはい、きっと外の道具ね!」
「そうそう、ルナお利口ね。クッキー1つあげる。でね。それを拾って持って行けば、あいつは慌てて外まで追いかけてくるはずよ」
「待ってよ。前に持って行った時は、あいつそんなに驚いて外の道具に反応しなかったわよ?」
「いいところに気がつきました。サニーにも1つあげる。うん。もちろんそれは私も考えたわ。だけどそれは、単に大きさが足らなかったのよ」
「むぐむぐ。大きさかぁ。そうだね。大きいとやっぱりびっくりするよね」
「むぐむぐ。うんうん。インパクトが違うよね」
「ずず……。そうそう。でね、実はね──もう見つけてるのよ」
「え!?」「ええ!」
「ふふふ。クッキーを飛び散らせる程驚いてくれたみたいね。黙ってた甲斐があったわ。見つけたときは私一人で、ちょっと諦めたんだけど……この三人の力が合わされば、問題ないはずよ」
ハンカチで顔を拭きながら、スターサファイアが得意満面の笑みを浮かべる。他の二人が目を輝かせて詰め寄った。
「どこどこどこ?」「やっぱり私達三人無敵だね!」
「ふふ、こっちこっち」
星の妖精に導かれて、他の二人がついてくる。しばらくして、
「───これよ」
「おおおおおおおおお!!」
月と日の妖精の歓声が重なった。
◇
「じゃあまたな香霖」
「ああ、また。魔理沙、寝冷えしないようにちゃんと布団は敷きなさい」
「子供扱いするなよ。香霖は誰かの尻に敷かれないよう気をつけな」
────カランカラッ
扉の音のように笑いながら、魚を背負い魔理沙が出て行く。切り分けた残りの部分は神社に持って行って振舞うつもりらしい。おそらく、今夜あそこはちょっとした宴会騒ぎになるだろう。
僕は騒がしいのが好きではないので、先にこちらに寄ってきてくれた彼女の心遣いには感謝したいと思う。まあ、単に強奪現場から近かっただけかもしれないけど。
「──ふう」
さて、ようやく静かに時間を過ごせる……と思ったが、むしろここは気を引き締める時間だ。最近嫌な予感がよく的中する。そう、邪魔の後に邪魔が入るなど、特に顕著な例で、勝って兜の緒を締めよではないが、きっと静かになった所を兜割りされかねない騒ぎが訪れ──
────ドタンッ。カラカラカラカラン。
た。予想通り。
扉が大きく開け放たれ、耳奥に響くほどに音が激しく奏でられた。
鈍い音を立てて、店内に訪れたのは縦長の大きな箱。……九十九神が店に襲撃してきたのだろうか? だが、そこまで物に恨まれる覚えはない。
逆にこれがもし買い物に来た客だとしたら、僕の店はついに神を迎え入れるまでに発展を遂げたという事だろう。それは日頃物の配置と共に、手入れを怠らない僕の研鑽と努力が認められたことに他ならない。ただ、物の神が道具屋に品を購入に来るという光景は、傍目から見て酷くシュールだと言わざる得ないが……。
しばらく箱は宙を這いずる様に店内を漂い、ピタリとその動きが止まった。
「……ちょっ! ちょっとスター! 三人の力を合わせるって言っておいて何で見てるだけなのよ!」「ぜーっ……ぜーっ……もう駄目、もうもたない」
何も見えなかった空間から声が聞こえ、続いて箱の下から先程の二匹の妖精が現れた。そしてはたかれた蚊のように、ぺちゃりと箱に潰される。
扉の後ろからは、もう一匹の妖精が姿を現した。
「二人ともだらしないわねぇ。私は誘導役だからしかたないのよ。ほらほら、もうちょっと頑張って!」
「もう私も無理よ……」「もう、生まれ変わって良いよね……?」
どうやらあの妖精達がまた懲りずに店に来たのは解った。ただ、これだけ大きな道具を持ち込んできたのだから、今度は何か交渉するために来たのかも知れない。僕は客になら大変寛容だ。これなら先程の無礼に多少目を瞑っても良いだろう。
「ちょっと待って! これは私達のなんだから、勝手に取っちゃ駄目よ!」
最後に入ってきた一匹が、身を挺して道具の前に立ちふさがる。僕はその襟をひょいと掴んで、脇にどかすと、早速品定めを始めた。
「別に奪うつもりはないさ。こうしてちゃんと道具を持ってきたのだったら、それは交渉に値する。……ふむ、どうやらこれは外の道具で間違いないようだね。外装のダンボールという箱に、外の魔術結社の名前が刻印されている。これはおそらく外で売れなかった品の一つが、倉庫で眠る内に完全に忘れ去られ、幻想郷に流れた物だろう。こういった物は非常に保存状態が良い事が多くてね。内部には使用法の説明が書かれた魔導書まで一緒に付随されている。──大変に価値があるものだ。これなら是非引き取りたいね」
「そんな話はいいから! 早くどかしてー!!」「……たくさんのお月様、お花畑、うふふあはは」
妖精がわめくのでしかたなく箱を横にずらしてやる。……ふむ、この大きさならダンボール箱自体にも価値がありそうだ。中身と分けて売るのも一つの手か……。
「はーっ……はーっ。どうだ人間! 驚いたか!」「……………」
「ああ、驚いたよ。箱開けてもいいかい?」
「ねぇ、サニー。ルナから光の鱗粉が出て半透明になってるけど……」
「わ゛ーっ! ルナ今はまだ死んじゃ駄目ぇ-!」
騒がしくしている妖精達を尻目に、僕はダンボール箱を丁寧に開けていく。過去何度かこういった物を扱っているので、比較的簡単にその作業は行えた。流石にこれだけ大きい物はかなり珍しいが……。
中身が姿を現した。僕は目で確かめると同時に目を見張る。素晴らしい──これは本当にすごいお宝かも知れない。これをもし上手く使えれば、この後の季節で実に快適な……いや、静謐で知的な思考を妨げることのない空間を保つことが可能になるだろう。思わず小躍りしながら口笛でも吹きたくなる衝動にかられた。
「…………」
その様子を、全て見られてしまったらしい。妖精達がじっとこちらを窺っている。
……迂闊だった。商人が取引の際に感情を表に浮かべてしまうなど、恥ずべき行為の一つである。ましてやそれが妖精にも解る程度だというなら尚更だ。
僕は咳払いをして──気持ちを切り替えた。
「商品の方は改めさせて貰ったよ。そこそこにいい品みたいだ。ただ、壊れているかも知れないので少し驚いてしまったが──これくらいなら、修理の必要も考慮して、多少値引きすれば大丈夫だろう」
和やかに説明し、品を指し示す。つられるように妖精達が箱の中を覗き込んだ。
「壊れてるの?」「さっき落としちゃったからかな?」「うーん……わからないなぁ」
実は僕にも壊れているかどうかは解らない。ただ、そういった可能性の一つを提示してみただけだ。決して、とりあえず文句をつけて上手く品の価値を引き下げよう等とやましい事を考えている訳では、決してない。あらゆる物には神が宿っており、その神が祟りを起こしていると初期不良という呪いが掛かる。それを見破る為にはこれを作った制作者の元に行かねばならないが──あいにく、外の世界の品なのでそれを確かめる術はない。故に僕が代わりにその事を指摘してあげただけの話である。むしろ良心といって差し支えないだろう。
「うむ。まあ、折角ここまで遙々重く辛い思いをしてまで運んできた品物だ。これには君たちの汗と涙と何かの結晶が色々混じっている事だろう。僕も無闇にそれを無下にしたくはないし、こんな壊れているかもしれない代物を、また元の場所、もとい家まで同じ苦労をかけて運び戻させるのは実に忍びない。────だから今回は特別に、この店の商品のどれかと交換という形で、取引してあげよう!」
僕はさっと手を広げ──店内にある様々な商品を指し示した。
「これだけの豊富な品から一つ選べるなんて、君達は実に幸せな妖精だ。中には交換できない物もあるが、それは大抵単なるガラクタで、お客様に到底出せる品ではないからだ。それ以外なら、何でも好きな物を持って行くと良い。──ああ、もし迷うなら、疲れているだろうし、君達が持てそうな小さくて軽い価値のある商品なんかがお勧めだよ。何、そう言ったものは幾らでもある。その中で最高の一品を選べば、普通に物を買うより何倍も得をして、皆に自慢できるだろうさ」
大袈裟に見栄え良く口上を述べると、妖精達が目を輝かせた。特に最後の文句が得に気に入ったらしい──妖精は仲間に何かを自慢するのが大好きなのだ。
そしてヒソヒソと内緒話をし始める。それにも大方見当がつく。多分、騙されないようにいい物を選ぼうとしているのだろうが、そんなのはすでに僕の手の平でダンスをしているようなものである。
相談をする行為自体が、既にある程度こちらの提案を受け入れてしまった証に他ならないのだから────
▽
「──ねえねえ。どうする?」
「なんか最初の予定と違ってきちゃってるけど……」
「うーん。でもあの人間の言うとおり、もうアレが運べないのだったら、とりあえず何か貰ってもいいかもねぇ」
「そうだなぁ……。あ、忘れてた!」
ルナチャイルドが内緒話が漏れないように、周囲から音を消す。
「でもさ。一体何を貰えばいいのよ。見たところ全部ガラクタばっかじゃない」
サニーミルクが腕を組んで、納得いかなそうに店内を見回した。
「人間の道具だから仕方ないよ。でもさ、こういうの一個持ってるだけでも珍しがられるじゃない? 何て言ったっけ……そうそう! コレクターってやつ!」
スターサファイアがニコニコ笑って他の二人を促した。
「スターは変なのを集めるのが好きだからなぁ。まあ、私は別に構わないけどね」
「どうせだったら、あの人間がアッと驚くようなすごいの貰っていこうよ。それだったら最初の予定も果たせて……えーと、確か両刀使いってやつ!」
「違うよサニー。一人二股だよ」
「多分、一石二鳥だと思うわルナ。ああ、なんだかワクワクしてきたー!」
「でも騙されないようにしないと。あいつさっきから目がギラギラしてて怖いし」
「ていそうの危機ってやつね。なんの事か知らないけど。うん、……あいつ悪人面だもんねぇ」
「大丈夫。私そういうの見抜くの得意よ?」
「じゃあ、交渉はスターに任せるよ。──あいつがびっくりするようなの選んでよね」
「どうせなら三人で楽しめるのがいいなぁ」
「いいわよ。任せておいて」
三人の中では珍しく主導権を握った星の妖精が、ふふん、とわずかな胸を張った。
◇
三匹が持ってきた外の道具──これは空気や温度を自在に調整するエアコンという代物だった。今、外の世界ではこれを使って季節も自在に調整しているのだろうか。
以前、外の世界に意識が飛んだ事を思い出す。あの時はもう冬に近かったというに、外の世界はまるで寒さを感じない生温い空気で占められていた。あれは、おそらくこれを使用した結果だろう。
そういえば、少し本で読んだことがある。今、まさにこの星の温暖化計画が進められているのだと。外では星そのものを温かくするのが流行りらしい。その為に順調に温かくするにはどうすれば良いのかという事が、その記事では熱心に話し合われていたようだ。この道具はその計画の要に使われているに違いない。
勿論、僕はこれを使って幻想郷そのものの季節を操ろう等と大それた愚かしい事をしようとは思わない。それはあらゆる神々や龍への冒涜であると同時に、幻想郷の生物にとって大変な不利益になるだろう。季節とは、即ち流れである。冬に暖かい日があっても桜が咲かないように、夏に冷え込んでも熊が冬眠しないように、必ずある一定の手順と伝を踏まない限り、そこに辿り着くことはない。それを乱す行いは、数字を1、2、3、と数えている人の横から出鱈目な数字を吹き込んでわざと数え間違えさせるようなものだ。春桜、夏の涼風、秋紅葉。冬は雪酒、ただ流れ事も為し。風流自然は流れにまかせて出来たらそれが最良の作品で────
「ねえねえ。あいつアッチの方見てどうしたの?」
「……相変わらずアレだなぁ」
「アレだよねぇ」
妖精のひそひそ声で意識が覚めた。──やはり、こんな状況では明瞭な思考は難しい。あれではだだ漏れの思念のみで、何も考えて無いに等しかった気がする。まったく僕らしくもない。妖精のアレな軽さにやられてしまったのだろうか?
「相談は終わったかな?」
咳払いして、向き直る。
「──終わってるみたいだね。これは君達にとっては役に立たない大道具だろうが、ここで売れれば、決して無駄にはならないよ」
ともかく幻想郷そのものを危機に晒す道具にもなり得る魔道具・エアコンを、妖精如きに渡す訳にはいかない。
「君達もワクワクしているだろうが、それは僕も同じさ。有意義な交渉ができる事を期待しているよ」
うまくものにできれば、この店だけ素敵な涼みと湿度と温風を独占し、一年中快適が約束されるからとか、ついでにその快適空間に寄せられたお客で店も賑わい商売も大繁盛、などと断じて考えていない。そんな人を堕落の奈落に突き落とすような地獄の道具で、数多の犠牲者が出ることは未然に防がねばならない。そう、僕は使命感にただ燃えているだけである。
「この日の為に用意されたような素晴らしい道具が幾つもある、どれ、一つ一つ説明してあげよう」
ついでに要らない在庫の処分を検討している等、真っ当な商人の風上にも置けない事は、ほんの少ししか考えていない。
「例えばこれだけどね────」
この難局を上手く切り抜ける事が、商人・森近霖之助の真骨頂なのだ────
▽
「うわぁ……なんだか正に欲望にずぶ濡れている商人って感じ。私が光を曲げてる訳でもないのに、幻覚が見えるわ」
「本当に大丈夫スター? いざとなったら助けるけど……」
「大丈夫よ。アレの背後にヤマタノオロチが見えてる気がしても、私の草薙の舌剣で斬り裂いてあげるわ────」
スターを中心に、三妖精が鶴翼の陣を画き、交渉が開始された────
◇
僕が最初に取り出したのは、銀色の光沢感のある代物だった。馬鹿でかいコップに、奇妙な取っ手をつけたような形をしている。
「……何この変なカップ? なんだか飲みにくそうね」
「少し似ているが、全然違うよ。せっかくだから実際に使ってみせよう」
僕はお勝手に向かうと、本物のカップと、前に魔理沙が持ってきた林檎を持ってきた。
「林檎はそのまま食べても美味しいが、時にそれだけでは物足りない事もあるだろう。だがこれを使えば──」
皮をむいた林檎を容器の中に放り入れる。そして取っ手を掴んでクルクルと回転させた。
シャリシャリと、甘噛みするような小気味良い音が中から鳴り響き──しばらくしてその音も収まる。
僕はカップを机に置き、容器の上部にあった注ぎ口から、白粥のような優しい色合いを魅せている果汁を注いだ。
「飲んでご覧」
これもサービスだ。カップを手近な妖精に渡す。
しばらく妖精は匂いを確かめるように鼻を鳴らしていたが、やがて一口含むと──目の色が変わった。すぐにおかわりを所望され、僕は三妖精全てに行き渡るように量を調節しながら、カップを順番に手渡していく。最後の一匹が歓声を上げたところで、僕は説明を開始した。
「──これはジューサーという道具だ」
机の上に置いてある銀色の容器に向かって、三匹は一斉に頷く。
「用途はたった今、君達の舌が味わった通り、美味しい飲み物を簡単に作ってくれる……とても素敵な道具だ」
僕は妖精の視線を邪魔しないように動きながら、ゆっくりと本を朗読するように声を響かせる。
「使い方もとても簡単。好きな果物、または野菜などを中に入れて、容器の横にある取っ手を回せばいい。それだけで注ぎ口から飲み物──ジュースが出来上がる」
敢えて外の世界の言葉をそれらしく使うことで、どこか神秘性を見立てる。人も妖精も、未知の響きに時に強く惹かれるものだ。
僕はその後も手に入れた経緯、その材質など妖精の知性に合わせてわかりやすく、少し脚色を交えて語っていった。そして、
「おそらく紅茶やコーヒーと言った嗜好品は君達も好んでいる事だろうが……このジューサーによってもたらされる光溢れる森の恵み、木々の実りから造られるその一滴。これぞまさに、妖精の嗜好品に相応しい!」
最後の一説だけ特に強調して──演説を区切った。
妖精達は自己陶酔するかのようなうっとりした表情を浮かべている。今──彼女達は木漏れ日の中で、取れたて木苺の甘酸っぱい香りに包まれながら、その果汁を優雅に味わっている自分達を夢想しているに違いない──これも僕の巧みな弁舌のなせる技だ。内容は子供はジュースでも飲んでろと言っているみたいだが。
即興で行ったこの催しだが、反応は上々のようだった。
「──如何かな?」
充分間を保った事を確認してから、僕は静かに退くように尋ねた。妖精達はハッと覚めるように現実に帰還し、ヒソヒソと相談し始める。
一番手として出したこのジューサーだが、実際、そう悪い品ではないと思う。ただ、ちゃんとした使い方も解っていながら……僕が手元に置きたくない理由が一つある。
以前、魔理沙が勝手に持って行ってしまい、無断でこれを使用してしまったのだ。どうやら魔法の森の茸をすり潰すのに使ったらしい。
そうとは知らず、いつの間にか戻されていたそれを見て、僕は中身の飲み物が入れ替わっている事に気がつくこともなく、ソレを気軽にカップに注いで飲んでしまった。
──あのキノコジュースの味は、恐らく死ぬまで忘れる事が出来ないだろう。しばらく、半妖の僕が彼岸の先を視たくらいなのだから。
魔理沙はこれに一体何種類の茸を入れたのだろうか? それを聞くことすら、躊躇われる。……森の一滴は致死の味だった。
ともかく、洗うには洗ったが、以来この銀の容器を見る度に、中で得体の知れない何かが繁殖しているような錯覚に襲われる事がある。精神衛生上の為にもできるだけ早く手放したい。
「………っ!」「……えー!」「後で……ごにょごにょ」
相談がまとまったらしく、一匹の妖精が進み出てくる。
「──確かに、良い品物ですわ。ですが、私ならあの道具を使わなくても、美味しい飲み物がつくれますの。これではこちらの品と交換はできません。──お次はどちら?」
なかなか堂に入った話しぶりで、妖精は次の交渉を促した。
後ろの二匹は物欲しそうな視線をジューサーに浮かべたままだから、大分良い線にいっていたのだろうが……どうやら、この交渉事で主導権を握っているのは、この青い妖精らしい。次はその好みを見極めるのが肝要だろうか。
……しかしやはり、死神の影が取り憑いた物は、そう簡単には離れてくれないものらしい。
「ふむ。宜しい。ならばお次は──」
舌打ちしたい気持ちをおくびも見せず、僕は次の商品を取り出す。
「これだ。君達の行う知的な遊び──かくれんぼにもってこいじゃないか?」
坑内用携帯電話。携帯といっても有線で繋がれているので、今ひとつ訳がわからないものだが、妖精の遊び道具には良いのではと考えた。
先程とは別の語り口で興味をそそるが、
「おあいにく。私達はそんなものが無くてもかくれんぼのエキスパートですの」
あっさり却下された。確かに、光を操り、音を消し、気配を探る能力を持っているならば、こんなものはまったく必要ないだろう。こちらの思慮が浅はかだったと認めざる得ない。
「これならどうだい? 手廻し洗濯機。これは乾いたまま服を入れて──その間は外の時間でわずか二十秒。つまり呼吸を七回する程度の時間であっという間に────」
「便利そうだけど、確かセンザイとかいう物が必要なんでしょ? それでは使えないわ」
「これはいいものだよ。魔法瓶といって正に──」
「それは持ってるわ」
その後、でんでん太鼓 、ロケットペンシル、柱時計、アイスクリーム製造機、下駄スケート、ブルマ、など様々な品を提示したが、なかなか妖精のお気に召す物がない。アステカの生贄人形等は、青い妖精の気を大いに引いたが、他の二匹の猛反発を受けて下げられてしまった。
押しも引かれもしない侃々諤々と行われる交渉事は、このところ燻っていた僕の商魂に次第に火を付けていくことになる。
「……どうだろうか?」
「──とっても良かったけど、私達には大きすぎるわね」
フラフープの実演を行った後の交渉で、僕は大きく息をついた。後ろの二匹は未だパチパチと手を叩き続けている。
……一体何をやっているんだ。まさかこの僕とした事が妖精の術中に嵌っているだけじゃないのか?
疲れた頭の中でそんな邪推をするが、この妖精達にそんな様子はない。無邪気に、ただ純粋に楽しんでいるように見えてしまう。
青い妖精はそれなりに気を張ってるようだが、それでも説明をする度にうんうんと頷いて、一々爛々と瞳を輝かせるし、外の遊び道具を与えた時は店中ではしゃぎ回って──そして何かを期待するようにチラチラとこちらを窺っていた。
まるで、こんな僕をただ遊びに誘いたかったとでも言うように。
「…………」
……いい加減にして欲しい。僕はそんなに暇じゃ無いんだ。
ただ、商売の為にこうして馬鹿な妖精の相手なんかしてやっているだけだ。下に合わせてるだけだ。
落ち着け森近霖之助。こんなもの、さっさと騙くらかして、追い出せばいいだけの話だろう? こんな飯事(ままごと)を続けているなんて僕らしくもない。
逢魔時の紅い光に魅せられて、ただ心も移ろっているだけの話だ。
「……佳し」
小さく気勢を上げて、僕は椅子から立ち上がった。
「なかなかお目が高い。良し、ならば今度はとっておきの商品を見せようじゃないか──」
▽
道具屋の店主が奥に入っていく。それを見守るスターサファイアの後ろから、サニーミルクとルナチャイルドが話しかけた。
「……ねえねえ、スター。もうそろそろいいんじゃない?」
「結構色々な面白いのあったよ? 私も何かと交換してもいい気がする」
二人はうずうずした様子で、周囲に置いてある様々な道具に目をやっている。
「そうねぇ。余り物に福がある気がしたけど、十分楽しめたし……。そろそろ決めましょうか!」
「うん!」
三人の息が合う。そこで奥からガタゴトと物が落ちる音が響いた。
「……っと、しまった」
「────待って! それ見せて!」
店主が慌てて拾い、しまおうとしたソレを、スターサファイアが止めた。
「ど、どうしたの?」「あれって何?」
急に大きな声を上げたスターサファイアに驚きながら、店主が手に持っている丸い道具を見つめる二人。一見、なんの変哲もない物に見える。
「うん。なんだか解らないけど、キリじゃなくピン、ときたわ。あれって、すごく良い物な気がする……。それに、あれだけ慌てて隠そうとした道具だもの。きっとお店で一番凄い道具よ」
「へぇー」「ほぉー」
指を立てて自信満々に言う青の妖精に、二人は思わず納得してしまう。
「参ったな……これは商品じゃないんだが」
そう首を振った店主に対して、スターサファイヤは指を振った。
「売れない道具は確かガラクタなのでしょう? だったら、見せるぐらいはできるはずよ?」
「……ふむ」
「それに、暗くなってきたし、そろそろ私達もお家に帰らなきゃならないの。だから、早くしないと……お互い嬉しくない事になるわ」
気難しそうに顔をしかめる店主に対して、スターサファイアが追い打ちをかける。
「もしそれを見せてくれたら、品をすぐに売る事を考えます。交換は……今まで見せてくれた物のどれかで結構ですわ」
「そうか……。ふむ、ならばやむ得ない」
渋々と納得した店主が、球体を机の上に置く。
見た目は、少々突起がついている円台に、子供頭大の球体を取りつけただけの単純なもので、全体は闇を溶かしたように黒かった。
「…………」
じっと黙り込んでいる店主。それを見て、星の妖精が後ろに目配せすると、得心したように日と月の妖精が頷いた。
「──商品の説明して下さいますか? 店主さん」
スターがクルリと踊るように回って、スカートの先をつまむ。続けて、サニーとルナの二人も回って、上品にお辞儀をした。
それを見て、霖之助は苦笑し「かしこまりました。お客様」と胸に手を当てて礼を返した。
「これは──プラネタリウムという」
厳かに、囁くように店主が説明を始めた。
「僕たちが住んでいるのは幻想郷という小さな世界だが、この世界は本来もっと大きく、計り知れない程に拡がっている。今まで見せた様々な道具が、それを物語っているだろう」
三妖精は頷いた。想像する事もできなような広い世界が、幻想郷の外には確かに存在する。
「そしてこの世界を遠くから見つめると、それは西瓜の様に丸い姿に見える。そう────あの月のように」
霖之助が窓を開ける。そこにはいつの間にか姿を現していた白い月。ルナチャイルドが嬉しそうに頷いた。
「昼間は眩しく照らす太陽も同じ。今は少し欠けてしまっているが────美しい円を描いているのが解るだろう」
霖之助が反対側に手を振ると、そこには山に沈みこむ赤い日。それを眺め、サニーミルクが感慨深気に目を細めた。
「そして、夜空に浮かぶ数々の星々。あれも実は近くで見れば、月や日と同じ────球を象っているのだ」
霖之助が天空を指し示す。静かに佇む青い星を、スターサファイアが満足そうに見上げている。
「この事から示されているように、円は世界の全てを表す記号だ。そしてこのプラネタリウムは────世界を見る為の道具だよ」
三妖精が驚き見つめる中、店主が球体の台に触れる。
「これが月」
黒い球体の一部が輝き、一つの円を、薄暗くなりはじめた店内の壁に映し出す。
それは今まで見たこともないくらい近くで眺めた大きな月。兎が餅つきをしている月面の肖像画が、揺らぐ光ではっきり照らされる。
「これが日」
こんどは球体そのものが輝き始めた。紅く、穏やかな文様が常に渦巻くように蠢いている。黒点と呼ばれる模様と動きまで再現しているのだろう。まるで生き物のように、めくるめく姿を変えている。
「そして星」
一瞬、全ての明かりが消え、そこに数々の星が誕生した。いつの間にか閉められていた窓に、天龍の欠片が墜ちていく。
明星、星座、星団、星雲、天の川、そして流れ星。 星づく夜の数多の光が、神霧の店を中から染める。
「全ての世界──渾天を映し出す。光の贈り物さ」
星座の模様に照らされながら、香霖堂の店主は説明を終えた。
サニーミルクが唖然と、ルナチャイルドが茫然と、スターサファイアは昂然と胸を躍らせ、それから顔を見合せ、
「もらったああああああ!!」
道具に飛びかかる。
サニーが光を曲げて姿を隠し、ルナが音を消して追跡を困難にする。殿でスターが霖之助の気配を探り────動けてすらいない。それを見てほくそ笑んだ。
一気に店の外まで飛び出して、もう一度振り返る。扉の傍で佇んでいる影。それに向かって、
「ありがとコーリン!」
魔理沙がよく口にする名前を言った。きっと「呼ぶ」という意味なのだろう。変な名前だと思った。
勝ち鬨とばかりに、姿を現した三人は大きく手を振って────もう一度大きな声で影を呼ぶ。
僅かに、影が手を振り返した気がした。
○
すっかり日も暮れ、昼間の喧騒はどこか遠く、静かな闇が訪れる。
本日何度目かわからない溜息をついて、僕──森近霖之助は暗い店内に舞い戻った。
それから椅子の上の蛍光灯に手を掛けて……やめた。電気が勿体無い。僕は冥い机の上で、土人形を眺め始める。
「…………」
上手くやった。と、思う。────ほぼ計画通りに事は進んだ。
あのプラネタリウムという道具だが、言うまでもなく外の道具である。そして、外の道具はその誰でも使える利便さ、汎用さと引き換えに、大きな欠点があった。
電気。
この外で作られる魔法エネルギーが無いと殆どの物は動かないらしい。
このエネルギーは普段は有線で直接、エネルギー精製所から繋がねばならないが、一応携帯できるものある。電池、バッテリーと呼ばれるものがその代表で、今、幻想郷で使えるとしたらこれだけだ。
最近その事をとある妖怪少女から詳しく教えてもらったのだが……これは個人で作るのは至難の業らしい。
そしてあの眩く光を放つ室内用プラネタリウムは、電池を使用して動いていたようだ。二つほど、蓋を開けた窪みに差し込まれていたものを確認してある。
電池というものは便利だが、酷く寿命が短い。
それに様々な大きさがあり、それによっては必ず道具に対応するとも限らない。そうなると、いつ流れてくるかも定かでない。
────つまり、あの道具は幻想郷では一日程度しか使えない欠陥品だという事だ。
「…………」
あの妖精達はあれを酷く気に入ってしまった様だが、残念ながらあれはすぐにガラクタ同然の、黒いだけの円になる。
もし直して欲しいと言われても、僕にはどうする事も出来ないし、仮に電池を仕入れたとしたら、やはり高くふんだくるつもりだ。そう、このエアコンをせしめた様に。
「…………」
戦利品をじっと見つめる。やはり僕は商人だから、今はこれを見てほくそ笑むのが相応しい。
「──あらあら。なんだか随分嫌そうな顔してるのねぇ」
闇の中から影が浮かび上がり、ぎょっ、として僕は思わず席を立つ。
真逆と思うが、この声は──
「今晩は、道具屋さん。ご機嫌いかが?」
八雲紫。幻想郷の全てを牛耳り、裏から蛇の如き糸を引く影の黒幕──というような陳腐な羅列が浮かんでしまう程、常に不吉で胡散臭く耐え難い笑みをたたえている妖怪の少女だ。彼女は外の世界についても僕より余程精通していて、またストーブの燃料やその他の物品を定期的に供給してもらっている手前、頭が上がらない存在でもあり、その実誰よりも相手にしたくない存在でもある。
一言で説明すると苦手だ。
「あら、何だか色々余計な事を思われてる気がするわ。何かしらね?」
「いや、今夜も御美しい」
「そうね。美しい私ですからね。──そうそう、今日は随分とかわいいお客さんを相手にしてらしたのね。羨ましいわ」
今までの行動を全て見たとしか思えない、それでいて強烈な皮肉である。
昼間の魔理沙といい、今の幻想郷では覗き魔の通り魔が横行するのが流行りなのだろうか? 僕は溜息をついて、椅子に腰掛けた。
「全て御覧に?」
「いいえ。お茶を飲みながら御覧よ。あら、丁度良い椅子ね」
闇の中、影がダンボール箱に上に座る。……一応箱も商品なのだが。
「それで、なんの御用かな?」
「あら、用があるのはあなたでなくて?」
また訳わからない事を言われる。御用というより誤用な返答の仕方としか思えない。
「特には無い。……まあ、強いて言うなら少し外の道具で欲しい物があるぐらいかな」
「あら、何かしら?」
「……以前話を聞いた電池という道具を、やはり自分でも試しに作ってみたい。一通り全ての型を揃えて貰えれば、言うこと無いかな」
「あら。そんなのはお安い御用よ。……代金は鰹節かしらね?」
そこまで見ていたのか。魔理沙以上の遠慮無さと暇人っぷりにむしろ清々しさを感じられてくる。この妖怪は暇さえあれば誰かを覗いているのか? 悪趣味すぎる。
「あら、そんな事無いわよ?」
胸中のの罵倒に返答された。店を捨てて逃げたくなってくる。
「今日は私の式神──の式神が物を運んでいる最中にいじめられてしまったそうなのよ。それで泣きベソかいているのを見て、私の式神が騒いで飛び出して行こうとしてたものだから、慌てて止めたわけ。それからはもう、落ち落ち眠れなかったわ」
……。やはり君が原因か魔理沙。この妖怪にしても、大人しく二度寝してくれれば良かったのに。
「二度寝は良くないわ」
もうやめてくれ。
「まあ、お話は解りましたよ。魔理沙には僕の方から言っておきますから、今日の所はどうか穏便に」
謝る筋合いでもないだろうが、一応こうでも言っておかないとこの妖怪は引かないだろう。
……しつこいようだが、本当に僕が保護者って訳ではない。あいつはもうとっくに独り立ちしている奴だ。それこそ僕より何倍も早く。
「あら、急にそんな事言われても? 魔理沙って何の事なのかしら。わからないわ。それにあなたにどんな関係があるのかしら?」
ちょっと苦手だったものが今、極めつけに進化した気がする。
「──まあ、そんな事はどうでもいいのよ。それよりも、実はあなたに用があったの」
「はぁ」
疲労にトドメを刺された思考で、僕は曖昧に返答する。
「これを見て──」
八雲紫が闇に手をかざした───
妖精達の家だろうか。目の前に映された光景はまるで大きな木の内側のように見える。
そこには、例の三匹がプラネタリウムを囲んで、星の動きに合わせてクルクルと回っていた。
時々星が歪んで見えるのは、あの光を操る妖精の仕業だろうか。もしかしたら、同じようなものを創り出せるか練習しているのかもしれない。
横には夕食と思わしき盛りつけられたスープ。それすら今は忘れてしまっているようだ。
──少女達ははしゃぎ続ける。永遠に終わらぬ舞踏会に酔いしれるように。日と月と星の妖精に祝福されて、プラネタリウムが廻る。
「ふふ、楽しそうね」
彼方の光景から漏れる光を浴びて、八雲紫が呟くようその言葉を口にした。
……その横顔がいつもと違う微笑みに見えるのは、ただの光の悪戯なのだろうか。
その問いに答える事もなく、妖怪の少女はそれを眺め続け、僕も従った。
ただ、それも長くは続かない。
「どうしたの?」
光から目を背けるように顔を逸らしていた僕に、幻想郷の賢人が問いかける。
「……どうもないよ」
僕は愚人に成り果ててしまったのだろうか? 情けない声でそれに答えた。眼鏡を直す振りをして、再び目を落とす。
しかしこちらを見続ける彼女の視線についに耐えきれなくなり、僕はポツリと言葉を洩らし始めた。
「まあ、確かに楽しそうだ。だけどあれは外の道具だし、どうせすぐに使えなくなる」
「あら、そんな事無いわよ? あれは私が作った物だもの」
その時僕がどんな衝撃を覚えたのか。言葉で表すのは難しい。ただ、おそらく傍目には動きがしばらく止まっていた程度の事だろう。
「なんだって?」
「あら、随分遅いお返事ね。ふふふ、でも答えてあげるわ。────正しくあれは私が作った道具。ちょっと前に、しばらく月の様子を詳しく観察したいと思っていた時があってね、その時に作ったのよ。ただ、普通に創ったんじゃアレだから、少し遊び心を込めて、外の遊具の外見を真似てみたのね。お陰で色々余計な機能までつけちゃったわ」
「……あの、電池らしいものは?」
「インテリア。職人は細部まで拘らないといけないわ。別に取り外したところで何も起きないわよ」
「はぁ……」
「まあ、すぐに要らなくなったから、外の世界に捨てちゃったのよ。だけど、いつの間にかこっちに戻って来ちゃったのよね。どうやら機能的にもまだ外では幻想みたい────それをこちらの誰かさんが拾った、というお話」
「あれの動力は?」
「秘密。でも少なくとも、幻想郷にある限り動き続けるような代物よ。──どこかの誰かさんが電池を用意してあげなくてもね」
そう言ってクスクス笑う。やはり先程の微笑みはただの錯覚だったのだろう。
「あなたにお礼を言うわ」
先程以上の衝撃だったのだろうか。今度は気がついたら体が傾いていた。
「なんだって?」
「そこまで驚かなくてもいいじゃない。傷つくわ。くすん。
────お礼を言うのは当然なのよ。何であれ、私が作った物を貴方が商(あつか)い、一番必要とする者に売(あたえ)てくれた。
制作者冥利に尽きるというやつね。仏は要らないけど」
日傘を回して、彼女は笑う。
「物は作られただけでは、まだ存在していないも同然。それを扱う者が現れて、対に成ることで意味を持つ。そして──真の所有者と対になった場合、それは真名を持ち、真価を発揮する。おめでとう。今あの物(子)は誕生したわ」
あら、解り安過ぎたかしら、と八雲紫が楽しそうに微笑む。見た目通りの少女のように。
「……ああ、おめでとう」
苦笑して、らしくもなく僕も祝辞を述べる。
ありがとうお父様、と彼女は僕の手を捧げ持って、甲に口づけた。
プライドや体を張ることすら厭わない。八雲紫は一流の皮肉屋なのだろう。これにはとても敵いそうになかった。
「今日はこれから神社で宴会ね。私、出品者だし。──あなたも来るかしら?」
「いや、これから少し店の整理と片付けをしなくては。遠慮するよ」
「あら、つれないのね」
ほほほ、と口遊みながら紫は新たな空間を横に開ける。そこには遠いような近い神社の光景。ああ……また魔理沙が羽目を外しているな。
傘を幽雅に差しながら、結界を越える妖怪少女が其処に向かう。その後ろ姿に向かって、
「御馳走様」
一応、魚の礼を言った。どういたしまして、と後ろ手を振りながら、八雲紫が消えていく。はしゃぎ続ける妖精達の光景も、一緒に。
──暗い店内と、静寂が甦る。そこに、
「あ、そうそう。そのエアコンという道具だけど、室外機っていうのがないと意味がないのよね。だから私が貰っておいてあげる」
宙に浮かんだ片手が、ひょい、と何かをつまみあげる動作をする。
「!? ──な! ちょっと、それは!」
「物は真の所有者に相応しいわ。解りやすいでしょ? あとお魚代ね、────うふふふふ」
唖然とする僕の前で、不吉な笑い声が消えていく。
「…………」
僕は溜息をついて、空になって、さらにややへこんでしまっているダンボール箱を見つめた。
まるで今の自分を見るかのようで、実に忍びない。
────カランカランカラン
今日は扉から先に外には出なかったが、ついに足を一歩踏み出した。
夜空には満天の星光。その下では、何処かの木家に居るあの三匹──いや、三人の妖精が、同じ星空を映して遊んでいるに違いなかった。
ま、それはともかく、
適度に腹黒でどこか締まらない店主と愛嬌溢れる光の妖精達に、乾杯<カラン
暖かみのある保護者的な霖之助も大好物です。
ご馳走様でした。
紫も美味しいどこ取りで楽しかったです。
こんな香霖堂に行きたい。
最終的に美味しい思いをした三月精
何かと世話を焼く魔理沙
やはり胡散臭い妖怪の賢者
面白かったです!
だが見た目幼女の妖精にブルマを売りつける店主は通報されてもいいレベル
それと霖之助をお父様呼ばわりする紫様ですが年齢的にかんが
誤字
魔理沙が来たあたりのこーりんのセリフ
手妻→手品
かと思います
霖之助および三月精の駆け引きが、じつに楽しかった。
そして全て持っていく紫、流石です。
まあそこが良いのか、そうなのか。
そういや香霖堂の紫は確かに少女だったなあと。原作通りなんだよねそういえば
真空って言葉は結構いいよねとか、最後にスターサファイア強いなあでした
紫は原作と変わらずおいしいとこ持ってくなw
そして悪戯好きでかわいらしい三月精がすげぇ和む。
三月精という三位一体でどうしても登場人物が多くなりがちな集団をよくぞうまく描写してくれました。
最後までスラスラと読めたし、納得の点数を。
誰もいないところで
複線の張り方、暗示といい、見事な構成力。次も期待してます。
大真面目にフラフープを実演している霖之助想像して吹いたw
あと魔理沙の警告通り、紫の尻に(ダンボールが)敷かれてて泣いた。
って言ってるスターを想像したらそれだけでもう・・・!
本当にありそう
三月精も似たような雰囲気なら購入の優先順位をあげようかなぁ
紫もいい具合に胡散臭くてとても魅力的でした。
描写もかなり原作風味であまり違和感を感じず
楽しめました。
霖之助の道具屋がなかなか繁盛しないのは、案外彼自身の物欲のせいかもしれませんねぇ。
いやー三月精がかわいい
オーバーテクノロジー二重損した霖之助可愛いよ
元気で可愛らしい三妖精と、理屈屋の霖之助、両方堪能させてもらいました。
香霖堂らしかったです。