「ねぇ。どうして私を信用してくれないの?」
紅魔館に新しい住民が入ってきた。
名前を、十六夜咲夜。レミリアお嬢様が付けた名だったか。
彼女はお嬢様を狙うハンターとしてこの屋敷に来て、私に倒された。
私―――紅美鈴に。私たち従者に言わせれば敵でしかなく、故に当然彼女を殺すつもりだった。
しかし、
――――「待ちなさい美鈴」
お嬢様本人が、その行為を止めた。
――――「そいつは私の従者にする」
はぁ。いつものお戯れで?
――――「いいえ?運命が教えたわ。私に」
それだけの時間でこの少女―――歳は14か15か―――は死を免れた。
後にお嬢様に聞いた話だが、彼女には特殊な力、つまり「時間を止める」という人とは到底思えぬ能力を持っていたのだ。
私との戦いでも理解不能な動きを何度もして見せたが、やっと納得がいった。
そして故に彼女は裏切らないと。
裏切ってしまっては、行き先がないから。
そんな日の翌日、私は現在の紅魔館メイド長兼門番長として、あることを命じられた。
それは、十六夜咲夜の世話。
まぁ、世話というとアレだがつまりは仕事を教えることと身辺警護である。
あれから1週間、仕事に関してはまだ掃除や水回りの仕事しか教えてはいないが、能力に関しては申し分なさそうである、というのが館の総意だった。
私は思った。
彼女―――十六夜咲夜は“あの子”に似ている、と。
「ねぇ。どうして私を信用してくれないの?」
だからだろう、私が彼女に大きな仕事をいつまでも与えずにいたことに不満を持ったらしかった。
「私は貴女に言われたことで失敗はしてないでしょう?それに、聞いたでしょ?私はここを追い出されたら行き場なんてない。お嬢様もパチュリー様も昨日お会いしたばかりの妹様も私を信頼してくれた。なのにどうして貴女はいつまでも…」
言葉尻は小さくなっていったが、言いたいことは当然、分かった。
「お嬢様も…私にもっと仕事を任せてもいいのに、って言ったわ!それじゃ駄目なの!?」
その言葉の端々には、恐怖が混ざっていた。
そう、ここを追い出されたらどうしよう、ここで認めてもらえなかったらどうしよう、という思いが。
だから、決めた。
「………似てるからよ」
言おうと。
「似てる?私が?誰に?」
咲夜は聞く。分からないから。
「貴女に、聞かせてあげるわ。昔話をね。今は仕事があるから、明日の昼頃に私の部屋に来て頂戴」
そう言って私は咲夜の前から姿を消した。
私はお墓を前にして、小さな声で呟く。
「ねぇ、貴女も見てる?貴女がいたら、何ていうのかな…今の状況…」
「話するんだ?」
「聞いてらしたのですか?お嬢様も人が悪い」
レミリアお嬢様はいつものように紅茶を一口含むと小さく笑った。
「人じゃないけどね。あんたがどうするか、パチェと賭けてたんだけど…」
「人が悪いことで」
「引き分けねぇ。人じゃないけど」
どうやら私が自分から話すと賭けたようだ。二人同じじゃ賭けにならないだろうに。
「美鈴。小悪魔知らない?」
「さっき本に埋まってましたが」
パチュリー様は全く動じなかった。
あ、微妙に本の裏で笑ってる。
こぁちゃんが可哀そうだと思う最近。
「美鈴。思考を変えても時間は過ぎるのよ?」
「う」
どうやら考えるのを止めていたことがばれてしまっていたらしい。
「あ、ところでお嬢様」
「また逸らす?」
「いいえ。咲夜に焚きつけるような事を言っていたようですね」
「あら。何の話?」
お嬢様は盛大にとぼけてみせる。まったく。
「もっと仕事を任せてもいいと思うだなんて、私の所に行って文句言えって言ってるようなものじゃないですか」
というかそれが目的ですねお嬢様それで賭けに勝とうだなんて酷いですよ結局どっちでも結果は同じなのにはぁ。全部言ってしまいたい。
「ふふふ…良いじゃない」
「良くないです。私にとってはトラウマなんですから」
本当、勘弁してほしいものだ。
「随分軽くはなったでしょ?」
「でも昔に比べて、です。内心まだあれは私の…」
「だったらしっかりけじめつけたら?あの子をしっかりと見て、ね」
一拍の間があった。
「ふぅ。敵いませんねお嬢様には。二の舞になったらどうします?」
「貴女を信じるわ。貴女の失敗なら仕方ない」
私たちは他愛ない話で朝まで笑っていた。
「聞かせて。“昔話”」
「来るの早いな…」
昼になると(何時からが昼だとかは言えないが感覚的に)早速と言わんばかりに彼女が部屋に来た。
「長くなるわ。覚悟しててよ?」
私は話し始める。私の、過ちを。
私、紅美鈴は困っていた。
「どうかお願いします!!」
紅魔館に、二人の妖怪が雇ってくれと、言ってきた。
「参ったなぁ…」
どうやら彼女たちは生活に困り、人間を襲おうにも能力が空しいほど低く、大人10人も集まられてしまえば間違いなく勝てないらしい。
しかし妖怪は嫌われていたため雇ってなどもらえるはずもない。
どころか、村等に出れば自分の羽や色の違う瞳が自分が妖怪だと伝えてしまう。
人からは、忌避される。
だが、生活は苦しい。
困り果てて仕事を探したが妖怪でも雇ってもらえるのがここ、紅魔館しかなかった、ということらしい。
「まぁ、そういうことなら仕方ないか」
私は彼女たちの必死さに負けて、彼女たちを雇った。
一人は戀那<レンナ>、もう一人は愛緋<アイヒ>と名乗り、その仕事振りは確かなものだった。
戀那はどちらかというと活発な子で、妖精達をうまく統率し、体を動かす門番の方の仕事にも精を出してくれた。
愛緋は大人しい子で、館内をよく綺麗にしてくれる子だった。愛緋はあっという間に館の構造を覚えて隅々まで綺麗にしてくれた。
時には馬鹿な失敗をして笑ったり、また時には一緒にご飯を食べて笑ったり、僅か1週間にして今までよりもずっと楽しい毎日が出来上がった。
お嬢様もこの久し振りに役に立つメイドに喜びを示した。
妖精メイドではこうはいかないから。
でも、そんな日々は長く続いてくれるものではなかった。
ある日、人間たちが大所帯で紅魔館にやってきた。
奴らは一目見ればわかるハンター集団で、まさに殺気の塊。
当然、私たちは門を固めた。
真昼間で、お嬢様や妹様はお休みになられていたし、パチュリー様はその日体調を崩されていた。
門番の意地もあり、誇りもあり、断じてここで止めるという意思を固め、門を固めた。
ハンターの中の一人が悠長な声で私達を嘲笑った。
「やぁお嬢さん。吸血鬼を殺したいだけなんだ。どいてはくれないかね?」
「黙れ」
その男の首が落ちて、それが開戦の合図になった。
敵は大勢。気で見積もっても100は居るだろう。
それに引き換え此方の戦力は自分を含めて戀那と愛緋とで3人。
まだこの頃は妖精の戦闘能力は今ほどすらなかった。
入り乱れる武器や人。
身体能力が低いという二人には厳しい筈…
「美鈴隊長!!!!!!」
突然、戀那が私を見て、いや、私の後ろを見て、真っ蒼な顔で叫んだ。
どうしてだかは分からなかった。
だって私の後ろにある気配は愛緋のもので他には誰一人…
「がっ…!?」
私は、背中に鋭い痛みを覚えた。
自分の脇腹から、光る刃が姿を覗かせていて。
それが体を貫いていると理解するのとほぼ同時に、追い打ちのようなハンターたちからの攻撃の雨嵐。
そして、聞き覚えのある声が笑っていた。
「愛緋!!!??」
笑っている声は、愛緋のものだった。
戀那は咎めるよりも悲しみが勝った声で叫んでいた。
「どうして!!!!!」
愛緋は面倒臭そうに話し始めた。
戀那の問いに答えるように。
「うっさいなぁ、戀那ぁ。あのさぁ、もっと常識に戻って考えたら?こんな所で本気で働きたいとか思う訳?悪魔の館だよ?悪魔の!」
私の意識は完全に途切れるには至らず、ぼんやりと霞む景色の向こうにその声を聞いていた。
悪魔の館、か。
分かってはいた。だけど、彼女らは人に迫害されたから来たんじゃなかったのか…?
それでも生活するために…
「でさぁ!!私一人じゃ怪しいかもしれないから!アンタも連れて来てあげたって訳!」
怪しい…?何がだ…?
「私が紅魔館の内情をハンター達に伝える事で!私は今後の生活を保証してもらったって事!これで分かったでしょう戀那!アンタは見事に私のカムフラージュを果たしてくれたの!しかも!あんたが基本外で動いてたから同じ外の美鈴はアンタに手一杯!3日で中身を覚えられるくらいには時間がとれたわぁ!ありがとねぇ!」
空気が変わった。
戀那は、真っ蒼な顔のまま。俯いて、涙を流す。
「さぁて、この門番殺して、おじょーさまをぶっ殺してもらわないと。後で復讐なんてされちゃあ堪ったもんじゃないからね」
愛緋の声が意地悪く響く。
ハンター達が醜く笑う。
「このっ…!」
「動くなよって」
愛緋は笑って私を蹴飛ばした。
「何?まだ私が“大人10人には勝てない”程度の妖怪だとでも思ってるの?アンタ位ならタメ張れるつもりなんだけど?」
「ぐぅ…この…」
ハンター達が私を囲む。
死ぬか…?死を、覚悟する。
だけど。
だけど、ただで殺されるなんてまっぴらごめんだ。
反撃の準備だけは、しないと。
「さよならぁ!美鈴さん!」
愛緋の声。合わせて迫りくる幾多もの刃。
そして、
血飛沫。
自分のものではない、血飛沫。
「え…?」
美しく、紅が視界を染める。
綺麗に、綺麗に、奇麗に。
そんな場面に居ながら、なんとも間の抜けた声だった。
そんな思考は愛緋の声で遮られる。
「邪魔だよ!!!!戀那!!!!!」
血飛沫の主は、戀那、だった。
愛緋がそのまま戀那を蹴飛ばそうと動いた時、私の中の何かが弾けた。
「死n」
「黙れええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
傷の痛みも忘れ、私は愛緋を思い切り蹴飛ばした。
顔は驚いた表情のまま膠着した愛緋が、ハンターの群れを突き破って飛んでいく。
15メートルは飛んだだろうか、その辺りで彼女は倒れた。
私が体を起こすと、ハンター達が素早く武器を構える。
しかし、その先に動こうとはしない。
目の前の妖怪がまだ十分に戦えることを知ってしまった以上、当然と言えば当然の動きだった。
「戀那!!」
でも私の眼中にはそんなものは映ってすらいなかった。
在るのは、20本もの刃を全身に受け、意識があるのかも怪しい戀那だった。
「た…いちょ…」
「喋っちゃだめ!知ってるでしょう?パチュリー様ならこんな怪我すぐに…」
戀那は薄く笑っている。
「いいえ…ぱ…ちゆ…さま…は」
「黙れと言ってるでしょう!!!喋るなぁ!!!!」
私は戀那を強く抱きしめた。
ぞっとするほど、軽かった。
「あ…」
「わかって…ます…よ…わた…し、は、ほん…と、…よわい…よう…かいで…すから」
「あ…あ…」
後ろから刃鳴りがして、私は持てる殺気を全て注ぎ込んで、睨みつけた。
ハンター達は、動かない。
「お前ら、本当なら今すぐここで殺してやりたい所だけど、時間をあげる。消えろ」
ハンター達は顔を見合わせる。
今戦えば勝てるのではないか、そうも思っただろう。
しかし、少し話をしていたかと思うと、消えていった。
しかし、どうする?戀那が言おうとしていた通り、パチュリー様は回復系統の魔術をほとんど使わない。
まぁ必要なかったからだが。
「…くそっ!!」
人間の病院では駄目だ。逆に殺されることすらあり得る。
でも、でも、でも、
「たいちょう…」
「戀那!」
戀那は口から血を垂らしながら、しかし確かに話をしようと口を動かす。
もしも、自分が彼女だったら?
絶対に思うだろう、最期の言葉を聞いて欲しいと。
最期と信じたくないのは確かだけれども、現実が時に非情であることは長い時を生きていれば当然理解している。
「わたし…のせいで…こんな…なっちゃって…すみませ…でした…」
「そんな事はどうだって良い!」
そんな謝罪の言葉なんて聞きたくない。私が聞きたいのは―――
「たいちょう…わたしね、うれしかったですよ?」
「え…?」
何がだ?こんな目にあって、何を嬉しいと言える…
「たいちょうが、わらってくれて。わたしとはなしてて、…わらって…くれて…」
それが、最期。
閉じた瞳は、何故だろうか、少し幸せそうだった。
3日後、私が戀那と愛緋の使っていた部屋を片付けていると、戀那の日記帳が出てきた。
衝動的に私はそれを開いた。
その開いたページに、彼女の最期の言葉、その意味が書かれていた。
1月22日 天気 曇り
今日から仕事が始まった。
私はもともと外で騒いだりするのが好きなので、やんちゃな妖精達とは気が合いそうで嬉しい。
しかし、紅美鈴さんには無理を言ってしまったようで申し訳なくてならない。
大体、突然来た妖怪なんて信用できないというのが現実だろう。
なのに、美鈴さんは私達を信用して(くれたのかは定かじゃないけど)住まわせてくれた。
本当に困ってたから、心底助かった。あのままいたら凍え死んじゃうもんね。
でも何より嬉しかったのは、今日の仕事中、少し美鈴さんとお話をしたのだが、私の話で彼女はとても笑ってくれたのだ。
今まで、迫害しかされてこなかった私が、誰かと一緒に笑ったのだ。
今日という日を、絶対に忘れないでいよう。
いつか、この恩を返せますように。
「……話し過ぎたわね」
咲夜は、俯いていた。そんな過去があったなんて、全く知らなかったから。
私は、紅美鈴は、だから言わないといけない。
「分かった?私が…」
「分かったわよ。どうして仕事をもらえないのか、完全な信用をなかなか得られないのか。
私は…愛緋って奴に似てるって言うのね。
……でも、」
少し悲しげに、咲夜はそれでも私をしっかりと見据えて、はっきりと言った。
「でも、私は信用されてみせるわ。最初は、行き場がないからここに居た。でも今は違うもの。この紅魔館にいて、本当に楽しいと、ありがたいと思ってる。だから、私はもっと」
「――――役に立ちたい?」
私は軽く笑ってみせた。
咲夜は、笑って。
笑って、頷いた。
「明日、もう少し仕事増やそうか」
「え?」
驚いた声をあげるのが、少し可愛かった。
「そこまで言われたら、ねぇ。仕事辛くて後悔しても知らないよ?」
「ご心配なく!しっかりこなしてみせるわ!」
「それじゃ、今日は今日の仕事をこなしてきなさい」
「はーい!」
元気よく答えて消える(文字通り)咲夜を尻目に、私は小さく呟いた。
「なぁんにも、分かってないなぁ、全く。あんたみたいなしっかり者は…いつかあんな酷い目にあうかもしれないから…深い所まで関わらせたくないのに」
目の前で部下に死なれるなんて、あんなに悲しい想いはもうしたくない。
だから、皿洗いとか料理だけをさせていたのだ。
いつかまた、この館に敵が来ても主戦力になってほしくないから。
「アンタみたいに、生真面目でしっかりしてて何事にも一生懸命な、戀那にそっくりな子にはさ」
そう言って笑うと、どこからか戀那の活発で明るい声が聞こえた気がした。
紅魔館に新しい住民が入ってきた。
名前を、十六夜咲夜。レミリアお嬢様が付けた名だったか。
彼女はお嬢様を狙うハンターとしてこの屋敷に来て、私に倒された。
私―――紅美鈴に。私たち従者に言わせれば敵でしかなく、故に当然彼女を殺すつもりだった。
しかし、
――――「待ちなさい美鈴」
お嬢様本人が、その行為を止めた。
――――「そいつは私の従者にする」
はぁ。いつものお戯れで?
――――「いいえ?運命が教えたわ。私に」
それだけの時間でこの少女―――歳は14か15か―――は死を免れた。
後にお嬢様に聞いた話だが、彼女には特殊な力、つまり「時間を止める」という人とは到底思えぬ能力を持っていたのだ。
私との戦いでも理解不能な動きを何度もして見せたが、やっと納得がいった。
そして故に彼女は裏切らないと。
裏切ってしまっては、行き先がないから。
そんな日の翌日、私は現在の紅魔館メイド長兼門番長として、あることを命じられた。
それは、十六夜咲夜の世話。
まぁ、世話というとアレだがつまりは仕事を教えることと身辺警護である。
あれから1週間、仕事に関してはまだ掃除や水回りの仕事しか教えてはいないが、能力に関しては申し分なさそうである、というのが館の総意だった。
私は思った。
彼女―――十六夜咲夜は“あの子”に似ている、と。
「ねぇ。どうして私を信用してくれないの?」
だからだろう、私が彼女に大きな仕事をいつまでも与えずにいたことに不満を持ったらしかった。
「私は貴女に言われたことで失敗はしてないでしょう?それに、聞いたでしょ?私はここを追い出されたら行き場なんてない。お嬢様もパチュリー様も昨日お会いしたばかりの妹様も私を信頼してくれた。なのにどうして貴女はいつまでも…」
言葉尻は小さくなっていったが、言いたいことは当然、分かった。
「お嬢様も…私にもっと仕事を任せてもいいのに、って言ったわ!それじゃ駄目なの!?」
その言葉の端々には、恐怖が混ざっていた。
そう、ここを追い出されたらどうしよう、ここで認めてもらえなかったらどうしよう、という思いが。
だから、決めた。
「………似てるからよ」
言おうと。
「似てる?私が?誰に?」
咲夜は聞く。分からないから。
「貴女に、聞かせてあげるわ。昔話をね。今は仕事があるから、明日の昼頃に私の部屋に来て頂戴」
そう言って私は咲夜の前から姿を消した。
私はお墓を前にして、小さな声で呟く。
「ねぇ、貴女も見てる?貴女がいたら、何ていうのかな…今の状況…」
「話するんだ?」
「聞いてらしたのですか?お嬢様も人が悪い」
レミリアお嬢様はいつものように紅茶を一口含むと小さく笑った。
「人じゃないけどね。あんたがどうするか、パチェと賭けてたんだけど…」
「人が悪いことで」
「引き分けねぇ。人じゃないけど」
どうやら私が自分から話すと賭けたようだ。二人同じじゃ賭けにならないだろうに。
「美鈴。小悪魔知らない?」
「さっき本に埋まってましたが」
パチュリー様は全く動じなかった。
あ、微妙に本の裏で笑ってる。
こぁちゃんが可哀そうだと思う最近。
「美鈴。思考を変えても時間は過ぎるのよ?」
「う」
どうやら考えるのを止めていたことがばれてしまっていたらしい。
「あ、ところでお嬢様」
「また逸らす?」
「いいえ。咲夜に焚きつけるような事を言っていたようですね」
「あら。何の話?」
お嬢様は盛大にとぼけてみせる。まったく。
「もっと仕事を任せてもいいと思うだなんて、私の所に行って文句言えって言ってるようなものじゃないですか」
というかそれが目的ですねお嬢様それで賭けに勝とうだなんて酷いですよ結局どっちでも結果は同じなのにはぁ。全部言ってしまいたい。
「ふふふ…良いじゃない」
「良くないです。私にとってはトラウマなんですから」
本当、勘弁してほしいものだ。
「随分軽くはなったでしょ?」
「でも昔に比べて、です。内心まだあれは私の…」
「だったらしっかりけじめつけたら?あの子をしっかりと見て、ね」
一拍の間があった。
「ふぅ。敵いませんねお嬢様には。二の舞になったらどうします?」
「貴女を信じるわ。貴女の失敗なら仕方ない」
私たちは他愛ない話で朝まで笑っていた。
「聞かせて。“昔話”」
「来るの早いな…」
昼になると(何時からが昼だとかは言えないが感覚的に)早速と言わんばかりに彼女が部屋に来た。
「長くなるわ。覚悟しててよ?」
私は話し始める。私の、過ちを。
私、紅美鈴は困っていた。
「どうかお願いします!!」
紅魔館に、二人の妖怪が雇ってくれと、言ってきた。
「参ったなぁ…」
どうやら彼女たちは生活に困り、人間を襲おうにも能力が空しいほど低く、大人10人も集まられてしまえば間違いなく勝てないらしい。
しかし妖怪は嫌われていたため雇ってなどもらえるはずもない。
どころか、村等に出れば自分の羽や色の違う瞳が自分が妖怪だと伝えてしまう。
人からは、忌避される。
だが、生活は苦しい。
困り果てて仕事を探したが妖怪でも雇ってもらえるのがここ、紅魔館しかなかった、ということらしい。
「まぁ、そういうことなら仕方ないか」
私は彼女たちの必死さに負けて、彼女たちを雇った。
一人は戀那<レンナ>、もう一人は愛緋<アイヒ>と名乗り、その仕事振りは確かなものだった。
戀那はどちらかというと活発な子で、妖精達をうまく統率し、体を動かす門番の方の仕事にも精を出してくれた。
愛緋は大人しい子で、館内をよく綺麗にしてくれる子だった。愛緋はあっという間に館の構造を覚えて隅々まで綺麗にしてくれた。
時には馬鹿な失敗をして笑ったり、また時には一緒にご飯を食べて笑ったり、僅か1週間にして今までよりもずっと楽しい毎日が出来上がった。
お嬢様もこの久し振りに役に立つメイドに喜びを示した。
妖精メイドではこうはいかないから。
でも、そんな日々は長く続いてくれるものではなかった。
ある日、人間たちが大所帯で紅魔館にやってきた。
奴らは一目見ればわかるハンター集団で、まさに殺気の塊。
当然、私たちは門を固めた。
真昼間で、お嬢様や妹様はお休みになられていたし、パチュリー様はその日体調を崩されていた。
門番の意地もあり、誇りもあり、断じてここで止めるという意思を固め、門を固めた。
ハンターの中の一人が悠長な声で私達を嘲笑った。
「やぁお嬢さん。吸血鬼を殺したいだけなんだ。どいてはくれないかね?」
「黙れ」
その男の首が落ちて、それが開戦の合図になった。
敵は大勢。気で見積もっても100は居るだろう。
それに引き換え此方の戦力は自分を含めて戀那と愛緋とで3人。
まだこの頃は妖精の戦闘能力は今ほどすらなかった。
入り乱れる武器や人。
身体能力が低いという二人には厳しい筈…
「美鈴隊長!!!!!!」
突然、戀那が私を見て、いや、私の後ろを見て、真っ蒼な顔で叫んだ。
どうしてだかは分からなかった。
だって私の後ろにある気配は愛緋のもので他には誰一人…
「がっ…!?」
私は、背中に鋭い痛みを覚えた。
自分の脇腹から、光る刃が姿を覗かせていて。
それが体を貫いていると理解するのとほぼ同時に、追い打ちのようなハンターたちからの攻撃の雨嵐。
そして、聞き覚えのある声が笑っていた。
「愛緋!!!??」
笑っている声は、愛緋のものだった。
戀那は咎めるよりも悲しみが勝った声で叫んでいた。
「どうして!!!!!」
愛緋は面倒臭そうに話し始めた。
戀那の問いに答えるように。
「うっさいなぁ、戀那ぁ。あのさぁ、もっと常識に戻って考えたら?こんな所で本気で働きたいとか思う訳?悪魔の館だよ?悪魔の!」
私の意識は完全に途切れるには至らず、ぼんやりと霞む景色の向こうにその声を聞いていた。
悪魔の館、か。
分かってはいた。だけど、彼女らは人に迫害されたから来たんじゃなかったのか…?
それでも生活するために…
「でさぁ!!私一人じゃ怪しいかもしれないから!アンタも連れて来てあげたって訳!」
怪しい…?何がだ…?
「私が紅魔館の内情をハンター達に伝える事で!私は今後の生活を保証してもらったって事!これで分かったでしょう戀那!アンタは見事に私のカムフラージュを果たしてくれたの!しかも!あんたが基本外で動いてたから同じ外の美鈴はアンタに手一杯!3日で中身を覚えられるくらいには時間がとれたわぁ!ありがとねぇ!」
空気が変わった。
戀那は、真っ蒼な顔のまま。俯いて、涙を流す。
「さぁて、この門番殺して、おじょーさまをぶっ殺してもらわないと。後で復讐なんてされちゃあ堪ったもんじゃないからね」
愛緋の声が意地悪く響く。
ハンター達が醜く笑う。
「このっ…!」
「動くなよって」
愛緋は笑って私を蹴飛ばした。
「何?まだ私が“大人10人には勝てない”程度の妖怪だとでも思ってるの?アンタ位ならタメ張れるつもりなんだけど?」
「ぐぅ…この…」
ハンター達が私を囲む。
死ぬか…?死を、覚悟する。
だけど。
だけど、ただで殺されるなんてまっぴらごめんだ。
反撃の準備だけは、しないと。
「さよならぁ!美鈴さん!」
愛緋の声。合わせて迫りくる幾多もの刃。
そして、
血飛沫。
自分のものではない、血飛沫。
「え…?」
美しく、紅が視界を染める。
綺麗に、綺麗に、奇麗に。
そんな場面に居ながら、なんとも間の抜けた声だった。
そんな思考は愛緋の声で遮られる。
「邪魔だよ!!!!戀那!!!!!」
血飛沫の主は、戀那、だった。
愛緋がそのまま戀那を蹴飛ばそうと動いた時、私の中の何かが弾けた。
「死n」
「黙れええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
傷の痛みも忘れ、私は愛緋を思い切り蹴飛ばした。
顔は驚いた表情のまま膠着した愛緋が、ハンターの群れを突き破って飛んでいく。
15メートルは飛んだだろうか、その辺りで彼女は倒れた。
私が体を起こすと、ハンター達が素早く武器を構える。
しかし、その先に動こうとはしない。
目の前の妖怪がまだ十分に戦えることを知ってしまった以上、当然と言えば当然の動きだった。
「戀那!!」
でも私の眼中にはそんなものは映ってすらいなかった。
在るのは、20本もの刃を全身に受け、意識があるのかも怪しい戀那だった。
「た…いちょ…」
「喋っちゃだめ!知ってるでしょう?パチュリー様ならこんな怪我すぐに…」
戀那は薄く笑っている。
「いいえ…ぱ…ちゆ…さま…は」
「黙れと言ってるでしょう!!!喋るなぁ!!!!」
私は戀那を強く抱きしめた。
ぞっとするほど、軽かった。
「あ…」
「わかって…ます…よ…わた…し、は、ほん…と、…よわい…よう…かいで…すから」
「あ…あ…」
後ろから刃鳴りがして、私は持てる殺気を全て注ぎ込んで、睨みつけた。
ハンター達は、動かない。
「お前ら、本当なら今すぐここで殺してやりたい所だけど、時間をあげる。消えろ」
ハンター達は顔を見合わせる。
今戦えば勝てるのではないか、そうも思っただろう。
しかし、少し話をしていたかと思うと、消えていった。
しかし、どうする?戀那が言おうとしていた通り、パチュリー様は回復系統の魔術をほとんど使わない。
まぁ必要なかったからだが。
「…くそっ!!」
人間の病院では駄目だ。逆に殺されることすらあり得る。
でも、でも、でも、
「たいちょう…」
「戀那!」
戀那は口から血を垂らしながら、しかし確かに話をしようと口を動かす。
もしも、自分が彼女だったら?
絶対に思うだろう、最期の言葉を聞いて欲しいと。
最期と信じたくないのは確かだけれども、現実が時に非情であることは長い時を生きていれば当然理解している。
「わたし…のせいで…こんな…なっちゃって…すみませ…でした…」
「そんな事はどうだって良い!」
そんな謝罪の言葉なんて聞きたくない。私が聞きたいのは―――
「たいちょう…わたしね、うれしかったですよ?」
「え…?」
何がだ?こんな目にあって、何を嬉しいと言える…
「たいちょうが、わらってくれて。わたしとはなしてて、…わらって…くれて…」
それが、最期。
閉じた瞳は、何故だろうか、少し幸せそうだった。
3日後、私が戀那と愛緋の使っていた部屋を片付けていると、戀那の日記帳が出てきた。
衝動的に私はそれを開いた。
その開いたページに、彼女の最期の言葉、その意味が書かれていた。
1月22日 天気 曇り
今日から仕事が始まった。
私はもともと外で騒いだりするのが好きなので、やんちゃな妖精達とは気が合いそうで嬉しい。
しかし、紅美鈴さんには無理を言ってしまったようで申し訳なくてならない。
大体、突然来た妖怪なんて信用できないというのが現実だろう。
なのに、美鈴さんは私達を信用して(くれたのかは定かじゃないけど)住まわせてくれた。
本当に困ってたから、心底助かった。あのままいたら凍え死んじゃうもんね。
でも何より嬉しかったのは、今日の仕事中、少し美鈴さんとお話をしたのだが、私の話で彼女はとても笑ってくれたのだ。
今まで、迫害しかされてこなかった私が、誰かと一緒に笑ったのだ。
今日という日を、絶対に忘れないでいよう。
いつか、この恩を返せますように。
「……話し過ぎたわね」
咲夜は、俯いていた。そんな過去があったなんて、全く知らなかったから。
私は、紅美鈴は、だから言わないといけない。
「分かった?私が…」
「分かったわよ。どうして仕事をもらえないのか、完全な信用をなかなか得られないのか。
私は…愛緋って奴に似てるって言うのね。
……でも、」
少し悲しげに、咲夜はそれでも私をしっかりと見据えて、はっきりと言った。
「でも、私は信用されてみせるわ。最初は、行き場がないからここに居た。でも今は違うもの。この紅魔館にいて、本当に楽しいと、ありがたいと思ってる。だから、私はもっと」
「――――役に立ちたい?」
私は軽く笑ってみせた。
咲夜は、笑って。
笑って、頷いた。
「明日、もう少し仕事増やそうか」
「え?」
驚いた声をあげるのが、少し可愛かった。
「そこまで言われたら、ねぇ。仕事辛くて後悔しても知らないよ?」
「ご心配なく!しっかりこなしてみせるわ!」
「それじゃ、今日は今日の仕事をこなしてきなさい」
「はーい!」
元気よく答えて消える(文字通り)咲夜を尻目に、私は小さく呟いた。
「なぁんにも、分かってないなぁ、全く。あんたみたいなしっかり者は…いつかあんな酷い目にあうかもしれないから…深い所まで関わらせたくないのに」
目の前で部下に死なれるなんて、あんなに悲しい想いはもうしたくない。
だから、皿洗いとか料理だけをさせていたのだ。
いつかまた、この館に敵が来ても主戦力になってほしくないから。
「アンタみたいに、生真面目でしっかりしてて何事にも一生懸命な、戀那にそっくりな子にはさ」
そう言って笑うと、どこからか戀那の活発で明るい声が聞こえた気がした。
それにしても、明日も続くはずの日記が遺言なっちゃうっていうのは、ありきたりだけどじんわりくるものがありますね。
頂いたコメントを読むのは至高の楽しみですな。たとえそれがテスト前日でも(阿呆
2>
「今回は」なんて後書きに書いてしまったからこんがらがらせてしまったかもしれないですね。すみません。
日記っていうのは一つの手段ですよね。誰も読むことのない自分。素顔の自分。
それを誰かに知ってもらう時というのは大抵自分が普通ではなくなった時ですから。
そういう事を思うと日記ってもしかして死亡フラグ(台無しだ
空海 様>
まぁまぁ落ち着いて。
仏の空海、お慈悲の心で…ってお慈悲の心満載じゃないかー!!(得点的な意味で
いやもうほんとに、ありがとうございます!
7>
実際このお話はその部分が書きたかった衝動で生まれているのでそう言っていただけると感謝!従者!十六夜!(はい黙るー)です。
この先咲夜がメイド長になるのはもはや必然ですね。
美鈴を命がけで救った戀那にそっくりだったんですから。
毎度毎度こうしてコメントを頂き感動モノですね。
私は果報者。幸せです。やっぱりまた書こう!って気になりますから。