シャクシャクシャクシャク。
己が咀嚼する音が響く。歯を押し下げる度に音が発せられる。
それも当然、私は今 食事中なのだ。普段より少し遅めの昼食だったため、簡単なもので済ませているけど。
シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク。
よく咀嚼する。一口食べたら百回噛むなんて言われているが、口の中の食べ物がペースト状になっているため五十回程度で飲み込んでしまう。やや悔しい。
だが、よく噛む事で食材の持つ甘味を楽しめ、かつ噛む事で脳の満腹中枢が刺激されるため、少量の食事で満腹を得られるのだ。
まぁ、元々で私は少食であり、友人や知人からは少食過ぎると常々指摘されるけど。
少量でも自身が満腹になり、健康を保っているのであれば、それでいいじゃない。
大食いに美徳は感じないのは私だけなのか。
シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクごっくん。
咀嚼が終わり、飲み込む。そしてまた箸で新たに丼の中身を取る。
もやしである。見紛う事無きほどのもやしである。
豆より発芽したスプラウト――新芽の意――であり、その栄養素はほぼ水分で占められている。
味も淡白なものであるが、無い訳ではなくしっかりした味で、どのような味付けにも大体は適合する事ができる。
そして何といっても、この歯応え。火の通し方によって姿を変える事が可能であり、火の通しが短時間であればシャクシャクと、長時間であればくったりとした歯応えとなる。
私はどちらかといえば――いや、絶対的にシャクシャクした歯応えの方が好きだ。
火の通しが短時間で直ぐに食べられるというのが利点だし、食べていて楽しいと思う。
ただ、あまりに火を通し過ぎないと野菜特有の青臭い匂いがどうしても残ってしまうため、見極めも重要なのだ。
むしろその匂いがいいという者もいるようだが、そんな人とは私は酒を酌み交わしたくない。うん、理解できない。
本日の私の昼食はもやしをさっと炒めて味付けしたものを、丼によそったご飯に乗せただけのもの。
名付けるならば『もやし丼』である。
貧しい食事? 経済的と言ってもらいたいものだ。
いくら、このような豪華な屋敷に住んでいるとはいえ、節約は大切であると思う。
また他者を従事させる者であれば、むしろ率先して節約するという姿勢を示さなければいけないのだ。
またもやしと少量のご飯を頬張る。咀嚼する度に、甘味が口の中を占領するのが快感だ。
もやしの味付けはオイスターソースと塩胡椒で、濃過ぎないように味を調えている。濃い味はどうにも好きになれない。
あぁ、酒の肴であれば濃い味でもなんとか食べられる。何とか、なので少食の私の内でも更に少なめでいいのだが。
もやしを一本箸で掴み、しげしげと見つめる。
本日の食事は自身で作ったのだが、もやしの豆の部分と根っこを全て手作業で取ってある。
地味で面倒な作業だが、これを怠ると雑味が出てしまうため、私はもやしを食べる時は必ず取るように心がけている。
簡単な食事ではあるが、手は込んでいたりするのだ。
ふと、気配を感じてそちらを見やる。赤髪の従者がこちらを見ていた。
私の視線に気がつくと、私が食事中と見てか、彼女は言葉は発せずにぺこりと頭を下げた。
彼女は既に昼食を済ませているようで、手には水の入った小型ボトルが持たれていた。
給水のために寄ったところ、主がいたというだけのようだ。
ごくりと、音は聞こえはしなかったが、彼女は確実に生唾を飲み込んだようだ。
私のもやし丼に興味があるようだった。だが、主の食事をねだる訳にもいかないという、彼女の従者精神がそれ以上は前に出させないのかもしれない。
私の視線にそのような思考が出てしまっていたのか、彼女は慌ててもう一度頭を下げると、こちらが声をかける間もなく早足でその場を立ち去った。
ふむ、ちょっと見つめ過ぎてしまっただろうか。ちょっと反省。パワハラで訴えられなければいいけど。
そういえば、前に白黒の魔法使いが私の目つきを『ジト目』なんて言ってたか。
鏡を見ている訳でもないが、丼を置いて目元を撫でる。
一応、常に座ったような目つきを自分でも気にしていたため、あれを言われた時は結構なショックだった。
白黒もそんな私を見て――よほどショックを表に出してしまったのか、迂闊――、慌てて「いや、ミステリアスな魅力もあるぜ」などと取り繕っていたけどね。なら言わないで欲しいものだ。
ごくりと飲み込み、少しお茶をふくんで口の中を洗い流す。薄味の味付けとはいえ、この作業は重要だ。どんなに薄味でも同じ味が続けばどうしても飽きが出てしまうから。
そして再びもやしを食す。口の中をリフレッシュしただけあって、また旨味を十分に堪能できた。
そういえばお新香もあったか。私とした事が、迂闊だった。
流石に半分近く食べた現状からわざわざお新香を取りに行くのも面倒だ。
しょうがない。お新香はまた次回にしよう。
ふと、あの子はちゃんとご飯を食べているかしら、と胸中で独りごちる。
昔は色々あって自分の殻に閉じ篭っていたような時期もあったけど、紅白や白黒のせい――いや、おかげと言うべきか。ともあれ、最近はある程度奔放になってきた。いや、正直なところ奔放過ぎるけど。
妹という存在である彼女を、甘やかしてはこなかったと私は思っていたが、従者曰く「激甘です」との事だった。
普段と同じを装っても、結局は彼女の境遇を少なからず哀れんでしまっていたのかもしれない。少なからず部下を扱う者として、誰かに偏見を持ってしまっていた事は反省しなければいけない。
それでも今度彼女が私のところに来たら、知らずに甘やかしてしまうのかもしれない。我ながら、我(が)の弱さに苦笑が漏れてしまう。
気を取り直して、もやしとご飯を食べる。飽きの来ない味とはこういうものの事なのだろうと、全く意味も無く思った。
もやしは貧弱である事の比喩にも使用される。
だが、待って欲しい。植物の新芽であるため、もやしの持つパワーは非常に素晴らしいものなのだ。
実際に栽培の際に密集させてしまうと、栽培用機材を壊してしまう事もあるらしい。事実か定かではないけど。
つまり、もやしが弱いものと思うのはまさしく人がもやしの外見から抱く先入観以外の何物でもないだろう。
私も基本的に体が強い方ではない。また地下に篭っているためか、それを皮肉ってだろう。もやしの真価を知らぬ者は私をもやしと呼ぶ事がある。
言う方はきっと悪い意味で私に告げているのだろう。そいつがもやしの真価を知らないと思えば、私はそんな奴をあえて下に見てやるのだ。……悲しくなんかない。
かちゃりと背後のドアが開く。振り返ればヤツがいる。もとい、先ほどの赤髪の従者が照れ笑いしながら入ってくる。
どうにも、私のご飯が気になって仕方が無くて戻ってきたようだ。
よかった、先ほどの視線で気分を害していないらしい。心底、胸を撫で下ろす。
彼女はとたとたと静かめに――埃を巻き上げぬよう気を使ってくれたようだ――駆け寄る。
そして、笑顔のまま私の持つ丼を指差して、彼女は口を開く。
「さとり様。その美味しそうなものは何ですか?」
「……もやし丼よ、お燐」
そういえば確かにキャラが被る部分もあるのですね。
妹のくだりで気がつけよという感じですが、「レミィの妹の世話をしている」などと脳内補正してしまっていました。
いい意味で裏切られた。
日の光の届かぬ地霊殿の主であると言うことを考えれば、むしろもやしが似合うのはさとりの方かもしれませんね。
もやし丼…なんだか美味しそうですね。
話でも書かれていますが、もやしって色々な味付けとかできて良いですよね。
後書きのパチュリーも含め、面白かったですよ。
さとりんは,本当にうまそうに食うナァ
頭脳労働はカロリーを大量消費するんだ、仕方ないよね!
よもやさとりだったとは
最後まで分かりませんでした
と思っていたらさとりさんでしたか
いやはや、一本とられました
分かります。
それよりパチュリー様ワイルドすぎw
地霊殿で一人もやし丼食べてる絵はなんかシュール
冷静に考えれば分かるはずなのに、改めて先入観は恐ろしいなと思った次第
骨食ってるよ…… プロレス?
パチュリーがステーキ食ってる姿も見て見たいもんだぜ
なんだか無性にあのシャクシャクが堪能したくなった。モヤシGJ!!
稗田の従者=お手伝いさんがもやし丼に興味持つのは変だなーとは思いましたがw
ああさとりかーと思った後、
最後パチュリーが出てきても「?」だった自分が謎
他の人の感想見てやっとミスリード誘導に気づくとかもうねw
それがないならちょっとアンフェアな作りだと思う。
ミスリードを誘うにしてもペットを従者と呼ばせるのは。
短めで、挑戦的なものでしたがご意見通り作りが甘い点が多かったようです。
まだまだ精進が足りませんでした。
>少しリードがわざとらしすぎたかな
>それがないならちょっとアンフェアな作りだと思う。
お二人のご意見通り、強引なこじ付けは事実ですね。
特にお燐を従者と呼ぶ表現は原作中には無いはずです。
小悪魔とお燐で共通の差し障り無いような表現を考えましたが、力不足は否めません。
貴重なご意見、本当にありがとうございました。
これは間違いなくマチョリーさん
大好きです、ミスリードされるの……。