ケース1 博麗神社
それは梅雨の少し前のことだった。
「ちょっと萃香!」
神社の境内に博麗の巫女の叫びがこだまする。
博麗神社の巫女博麗霊夢は頭から白い湯気を立てながら、境内の隅で飲んだくれている飲んだくれの小鬼の元へ足音を立てながら向かっていた。
「なんだい霊夢、藪から棒に」
飲んだくれの小鬼、伊吹萃香は酒をあおりながら面倒くさそうに答える。
「なんだいじゃないわよ! 神社の返しが、梁の中に入って右の方に裏返っているじゃないの」
「はあ?」
「だーかーらー、あんたらの直した神社の返しが、梁の中に入っていて右に裏返っているのよ!」
「……なに言ってるんだか分からない。まるでスペイン宗教裁判みたいだ」
その一言で、境内の空間は歪み、そこから三人の人影はけたたましい音と共にするりと現れた。
「まさかの時の、八雲家スキマ裁判! 我々には突然の登場と恐怖、その二つ! それに可憐で純情で、だから四つで、それでいて高貴なふいんきを醸し出していて……ええと、その、つまり五個ぐらいで……それで、その」
それは幻想郷でも名の知られた大妖怪、八雲紫その人と、その式である八雲藍と、そのまた式の橙だった。
唐突に現れて、口上を述べたは良いが言葉に詰まってしまったスキマ妖怪を、巫女と鬼は呆然と見ているしかない。
「……ええと、やりなおし」
恥ずかしそうに紫は呟くと、式達を伴って再びスキマに消えていく。
取り残された霊夢と萃香は所在なげにじっと目を見つめあっているが、これ以上沈黙していても仕方無いと思った鬼は、ゴホンと咳払いをする。
「ええと、まるでスペイ……」
その台詞の途中でスキマは開かれ、八雲紫たちは姿を現した。
「まさかの時の、八雲家スキマ裁判! 私たちの武器は多様で可憐な純情がさく裂し、スキマからコンニチワで恋は突然に……ああ、もう!」
上手くまとまらなくて、紫は地団駄を踏んだ。
「ゆ、ゆかりさま。がんばって!」
橙は、必死に紫に声援を送る。
しかし、紫は言葉を詰まらせたまま顔を赤くすると、
「藍……あんたがやりなさい」
と、式の藍にささやく。
「ええっ、できませんよ。私に紫様の代わりなんて」
「いいから、ちょっと台詞を言えばいいだけだから、簡単よ」
そんな会話をすると、三人はまたスキマに消えていく。
「………………………………」
「………………………………」
無言で霊夢と萃香は見つめあう。
二人の間には微妙な空気が流れはじめていた。
「…………まるでスペ」
萃香が台詞を言おうとした瞬間。八雲藍を先頭にスキマから三人は現れた。
「まさかの、ええと……その」
「……まさかの時の、八雲家スキマ裁判でしょ」
いきなり詰まる藍に紫は耳打ちする。
「まさかの時の、や、八雲家スキマ裁判! 我々は、えーと、その……」
「頑張って、藍さま!」
橙は藍に声援を送る。
「我々の武器は、突然出てきて、凄いんです!」
唐突に藍は絶叫した。
一体何が凄いのか。
八雲藍の言葉に、霊夢と萃香は首をかしげる。
「説明は済んだわね! では橙! 罪状を読みあげなさい!」
あまりに要領を得ない藍の説明に、いたたまれなくなった紫は、霊夢達の前に進み出ると橙に命じた。
「ええと、『お前らは邪教を崇拝していたので拷問します』って、拷問は可哀そうです~」
罪状を読み上げた橙は、涙目になっていた。
しかし、紫は構わずに霊夢と萃香の前に進み出る。
「さあ、申し開きはあるかしら?」
紫は、大上段から大見えを切って霊夢と魔理沙に尋ねた。
「無実よ」
「同上」
そんな紫に対して霊夢と萃香は、冷静に返すだけだった。
「無実? それは随分とおかしな事を」
そう言って紫は背後の二人に合図を送ると、二人はおかしそうに笑い始める。
その笑いは、あまりに恐ろしく思わず悪魔的笑いと評したくなる笑いであった。
更に紫は奇妙な動きを始める。
手をクイクイ悪魔的に動かすそれは、まさに悪魔的動きとしか形容できない動きであった。
「さあ、藍! 嘘付きを拷問で本当の事を吐かせるのよ! とりあえず……コウノトリを出しなさい!」
コウノトリ。
それは、首枷と手枷と足枷が一体となった拘束器具で、その形がコウノトリに似ていることから、その名がつけられた刑具だ。
このコウノトリで拘束された者は身動きを取ることはおろか、身体を常に折りたたんだ状態で拘束されるので、精神的にも、肉体的にも犠牲者を苦しめる恐ろしい拘束器具なのである。
本当に恐ろしい刑具なのだ。
紫に命じられて藍がスキマから出したのは、
「カッコー」
鳥の郭公だった。
郭公(かっこう)
動物界、脊索動物門、脊椎動物亜門、鳥綱、カッコウ目、カッコウ科、カッコウ属。
カッコウと鳴くので郭公と名付けられた鳥である。
藍がスキマから出したそれは、鳥のコウノトリですら無かった。もしかしたらコウノトリはカッコウの托卵の犠牲となり、成長することができなかったのかもしれない。
「……………………」
紫は「どうするのよ、この空気」という目で藍を見ている。
「……………………」
藍は「申し訳ありません」という目で紫を見た。
その時、郭公はカッコーと鳴いた。
「……それで拘束しなさい」
「はい?」
「良いから、その郭公で霊夢達を拘束しなさい!」
目頭を押さえながら、紫は命じた。
あまりの惨劇に見てられないのかもしれない。
とりあえず、藍は萃香の角の間に郭公を止まらせてみる。
「ははは! これで動けまい!」
頭に郭公を止まらせた萃香は、とりあえずやる気無く立ちつくしている。
主人の苦難に橙は、悪魔的な動きをすることによって、場を持たせようしているが、すでに事態は一人の式によって収まるレベルを突破し、空気の重さはマリアナ海溝も驚くほどに重くなっていた。
海溝に空気は無いが。
再度、郭公はカッコーと鳴く。
「帰るわよ!」
「ま、待ってください紫様!」
「ゆかりさま、待ってー」
「カッコー」
三人はスキマでするりと帰り、巫女と鬼と郭公だけが残された。
ケース2 霧雨邸
「まったく……集めるだけ集めて整理をしないんだから」
呆れたようにアリスは、魔理沙の書架を見てため息を吐く。
乱雑に積み重ねられた本の山、その中に自分の家から無くなっていた本を見つけると、アリスは抜き取ってしっかりと回収する。
「いやー、良く言うだろ? まず集めろ、ってな。その格言に従っているだけさ……とりあえず、外の世界の本だっけ?」
「ええ、パチュリーを尋ねたらあんたが持って行ったって言うからね。どうしても研究に必要なのよ」
そんな話をしながら、アリスと魔理沙の二人は本の山を整理していた。
「これは、中世の活版印刷の本。それに、塩入れに関する伝承をまとめたパンフレット……そしてこれがスペイン宗教裁判に関する記録……」
八雲紫は疾走していた。
田んぼのあぜ道を無我夢中で走っている紫の後ろには、藍と橙が追いかけている。
「ゆ、紫様! どうして、スキマを使わないんですか!?」
走りながら藍が紫に尋ねる。
「大丈夫よ!」
答えになっていないが、八雲紫は自信満々に言い放つ。
紫が言うなら、きっと大丈夫なのだろう。
三人は全力で走り抜け、気が付けば魔法の森に差し掛かっていた。
「ゆかりさまー! ど、どうして飛ばないんですか!?」
藍の後ろに必死に着いていく橙が、息を切らしながら問いかける。
「平気よ!」
またも答えになっていないが、紫は自信満々に言い放った。
紫が平気なら、きっと平気なのだろう。
魔法の森を駆け抜けた三人は、凄まじい勢いで霧雨魔理沙の家に駆け込んだ。
「まさかの時の、八雲家スキマ裁判!」
魔理沙とアリスが呆然と見守る中、八雲紫は息を切らせて現れた。
スペインには苛烈な宗教裁判の歴史がある。
異端がはびこるスペインを危惧した教皇は、スペインに異端審問官を送り込んだ。
キリスト教にとって、カトリックにとって、異端は異教よりも罪深い。
異端審問は苛烈を極め、スペイン宗教裁判は恐怖の代名詞となり、人々にとって異端審問官は恐怖であり、恐怖と異端審問官は同義語となった。
それを模倣したのが八雲家スキマ裁判である。
スキマから飛び出し、突然行われる裁判に人々は大いに驚愕した。
その衝撃たるや、全米が驚愕するほどでついには映画化決定までしたが、幻想郷に映画館は無いので人々が知ることは無かったのが残念です。
ここは霧雨邸の地下室、紫たち三人は魔理沙を柱に縛り付けていた。
「霧雨魔理沙! 貴方には魔法を使った容疑がかかっている!」
「ああ、魔法は使っているぜ」
容疑が肯定され、八雲家は色めき立つ。
「ちょっと!」
「なんだ?」
小声で紫は魔理沙に耳打ちする。
「ここで、貴方が否定しないと話が始まらないじゃない!」
「ああ、そうか。すまん」
紫は咳払いをすると、やり直す。
「霧雨魔理沙! 貴方には魔法を使った容疑がかかっている!」
「そんな事は知らないぜ!」
憐れなる黒白の魔法使いは否定するが、恐怖そのものである紫は揺らがない。
「藍!」
「はい!」
悪魔的な笑いを浮かべると、紫は藍を呼び出す。
進み出た藍は、恐怖の代名詞である悪魔的笑いを浮かべると、悪魔的動きを行いながら魔理沙に近づいていく。
嗚呼、霧雨魔理沙の運命は如何に。
「しっぽもふもふの刑になさい!」
「……し、しっぽもふもふの刑ですか!?」
橙が、恐ろしさに顔を歪める。
恐れる橙の顔から、紫の命じたしっぽもふもふの刑がどれほど恐ろしい事か、賢明なる読者諸君は容易に想像がつくであろう。
「ははっ!」
冷酷非情な九尾の狐は返事をすると、くるりと後ろを振り向いて、九本のもふもふした尻尾で霧雨魔理沙ペチペチ叩いた。
「うわっ、おいおいくすぐったいぜ!」
もふもふの尻尾を押しつけられて魔理沙は、笑いをこらえるのにやっとだ。
「ふふふ、どうやら効いているみたいね」
八雲藍の悪魔的拷問が効果的とみた紫は、二人の周りを回りながら「改悛しろー、改悛しろー」と悪魔的な動きで威嚇する。
「ら、らんさま。私も手伝います!」
可愛く見えても、橙も幻想郷にその名を轟かす八雲家の一員だ。一歩、進み出たその眼には漆黒の炎が点っている。
橙も後ろを振り向くと、主人である藍のもふもふ刑に加わった。
「橙! まだ、橙では魔理沙を満足させることは……」
「大丈夫ですッ、まだ経験は少ないですけど、精一杯頑張ります!」
くねくね動く二つの尻尾が魔理沙の顎をとらえ、魔法の森に住む魔法使いは堪え切れなくなって大笑いをする。
「……いい? これから我々は、貴方が魔法を使ったことを告白するまで拷問し続けるわ。今が十時だから、あと二時間もしたらお昼にして、なんとあんかけカニチャーハンを作るわ! 沢蟹などではないズワイガニをぜいたくに使った特製のあんかけカニチャーハンよ! それに三時はスコーンを焼いて紅茶の時間。夜はこってりとカツ丼にでもしようかしら! それが嫌なら白状しなさい!」
「すみません紫様! 紫様の取っておいた『とろけるプリン』食べてしまいました!」
紫の改悛を迫る説得に、なぜか藍がひれ伏した。
「…………ばかぁ!」
その一言に固まっていた紫は、我に返ると藍の頬っぺたを引っぱたいていた。
ケース3 地獄の法廷
四季映姫・ヤマザナドゥは、幻想郷の閻魔である。その仕事は幻想郷の死者を裁くこと。
「お願いします! どうかご慈悲を!」
幻想郷の死者は、善良なものも多いが悪人が居ないわけではない。
「……貴方の慈悲を願う言葉、それはきっと生前の貴方が耳を貸すべき言葉ではありませんか? あなたの罪は地獄の鬼たちの責苦で償ってください」
いま、四季映姫の前に引き出された死者も、数少ない幻想郷の悪党の一人であった。
罪を裁く。
その果てしない大任を、四季映姫は日々の務めとして果たしていた。
「だが、たかが盗みでこんな罰なんてあんまりだ。まるでスペイン宗教裁判じゃないか!」
罪深い死者がそう叫んだその時、閻魔の法廷の入口に視線が集中する。
しかし、何も現れなかった。
三途の川の船上で八雲紫はお茶を啜っていた。
「遅いわね」
「すみませーん、遅いのは仕様でして」
全然すまなくなさそうに謝る三途の川の川渡し、小野塚小町を見て、八雲紫はため息をひとつ吐く。
「……間に合いそうにないわね」
お茶を一口飲んで紫は、つまらなそうにぼやく。
その肩で、郭公が「クックドゥルドゥー」と一声鳴く。
渡し船に乗った紫一行は、三途の川に消えていった。
それが、幻想郷の人々が八雲一家を見た最後の姿だった。
「そんな終わり方あるかー! そんな訳でギリギリ割り込んで、まさかの時の八雲家スキマ裁判! 私たちの武器は、7つあって唐突、可憐、恐怖、躍進、隙間それから……幻想郷を愛する熱い心よ!」
「紫様、一個足りないです」
おわり
最初の郭公で大笑いしてしまいました。
自分は「サイクル野郎危機一髪!」が好きだなぁ。
個人的にシリーズ辱編希望w
ちょっとカミカゼスコットランド高地連隊に入隊して来ます…
罪人に対する過剰なまでの好待遇、しっぽもふもふとカニチャーハン、いいですねぇ。
きこりになりたい霖之助にSPAM嫌いな輝夜ですね、判ります
・・・って作者歳いくつだwww
まさかここで見れるとは思わんかったですw
ワロタwwww
萃香の馬鹿歩きはまだですか
「This is an ex-Mystia」
辱め大陸横断鉄道の刑をしてくれると信じていたのに……ッ!
前作といい、作者とは良い酒が飲めそうだ
「取り残された霊夢と萃香」かな?
なにやってんのゆかりんw
萃香じゃないですか?
以前の作品『 吸血鬼には向かない職業 』の続きか!!! とか思ったりしましたが
違いました、少し残念。
でも面白かったです。
「大丈夫よ!」「平気よ!」のくだりが好きです。