宴も終わり、本来ならばほろ酔い加減でぐっすりと幸せに寝ているはずのこの時間。
そんな時間に私は完全にトサカに来ていた。
もしこの世界に自分一人しかいなかったら、大声でぶちまけてやりたい、そんな気分だ。
ここまで最低な気分になったのは本当に久しぶりだ。
奴等―――すなわち八雲紫と蓬莱山輝夜。この二人には本当に愛想が尽きた。
奴等ときたら。奴等ときたらこの夜の女王、レミリア・スカーレットをまるで拾ってきた犬猫か、小学校一年生の幼児のように扱ったのだ!
今思い出してもはらわたが煮えくり返る。
八雲紫の奴が今日おもむろにスキマから取り出したあのペロペロキャンディー……
「あら、欲しいのかしら?ならあげるわよ。ほら、あーーげた♪」
プルプルしながら頑張って背伸びしたのに手が届かなかったし! くそう許さん! 絶対に許さんぞ!!
そして蓬莱山輝夜。
あんな公衆の面前で、可愛い可愛いなどと言いながらこの夜の女王の髪を撫で回して!
しかも膝の上に乗せて抱きとめたのだ! この私をだ! 力が抜けてふにゃふにゃになってしまっただろうが……絶対に許さんぞ!
もはや奴等と同じ天を抱くことは無い!
力こそがすべてであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配するこの時代!
群雄割拠の乱世を支配するべきはレミリア・スカーレットだということを教えてやる!
「パチェ!」
「はいはい」
「方案は!」
「まずは霊夢を引き入れること、適当なエサで釣ってくればいいわ。霊夢さえこっち側にいれば大義名分などなんとでもできる。その後でも、侵攻は遅くないわ」
流石はパチェ。頭脳担当のまさに軍師。パラメータにしたら知力95政治92くらいか。まぁ統率と武力は20無いのだけれど。
「咲夜」
「はい、行って参りますわ」
「あぁ、それと天人をついでに連れてくるといいわよ」
「天人? 役に立つのアレ?」
「いえ全く。でも巫女奉戴って言うより天子奉戴って言った方が響きがいいでしょう? 史実的にね」
こういうどうでもいいところにこだわるところが無ければとホント思う。
まぁとにかく。
「咲夜はパチェの言う通りに進めて。あと行く前に美鈴と小悪魔を呼んでくるように」
「仰せのままに」
さて、まずは八雲紫。そしてそれから蓬莱山輝夜!
マヨヒガへ向かい南下し、制圧次第そのまま竹林まで攻め寄る!
奴等を倒した暁には、二人一緒にこの紅魔館の真っ赤な赤壁に繋いでくれるわ!
いざ出陣! 今こそ飛躍の時、我が志は千里にあり!
はぁ。だからあれほど言ったのだ。紫様は少しからかいすぎだと……
どうやら紅魔館の姫君はたいそうご立腹のようだ。
『右ストレートでぶっ飛ばす』
こんな手紙が届いたのがちょうど今朝のことだった。
こういった時に解決するはずの霊夢とは朝から連絡がつかない。既に篭絡されているといったところか。
元凶の紫様を生贄に差し出してもいいのだが、恐らく今回の目的には永遠亭も含まれている。
紫様一人差し出したところで止まりはしないだろう。
しかしこちらの戦力としては昨日の宴から眠りっぱなしの紫様に、まだまだ修行の足りない橙。
ふむ。
「橙、仕度するぞ。大事なものは全部木牛・流馬に詰めておくようにな」
「どこかへ出かけるんですか?」
「あぁ、永遠亭へ行くぞ。夕方前あたりが目安だ」
「わかりましたっ!」
抗戦するか、それとも輝夜も差し出すかは永遠亭で考えればいい。
今はまだ昼も過ぎたばかり。紅魔館の動くであろう夜までにはまだまだ時間があるが、念のため昼食を食べ次第早急にまとめておこう。
紫様は……まぁ置いていけばいいか。めんどいし。
レミリア達は止まりはしないだろうが、紫様へのお灸にはなる。
まったく紫様と来たら―――この音は、鳴子!?
からんからん、と音が響くなり、私は周囲の気配を探る。周囲に橙以外の気配は……四つ。早すぎる。まだ真昼だというのに。
吸血鬼が真価を発揮する夜までは待つだろうと思っていたが、大胆に予想を外してきたか。
図書館の司書は戦いには全く向いていないと聞くし、これで満足に戦えるのは魔女、メイド、門番の三人だけ。
この炎天下、少しでも日光があたればアウトだ。まさか日傘を差しながら戦うわけにもいくまい。
それを考えるとレミリアとその妹は―――いや、少し待つんだ八雲藍。気配は四つしかなかったのだ。となると誰か二人は紅魔館で留守番。
本陣紅魔館の守りを任されるとなると、魔女・メイド・門番・悪魔の妹のうち一人は間違いない。
時間的に足手纏いになる悪魔の妹と誰かもう一人で守り、残り四人で攻める、といったところだろう。
突如昼間に攻めてきたことといい、相手方にも中々に兵法を知るものがいるということか。
おそらく紅魔館に残したもう一人は司書の小悪魔だろう。攻め手に最大戦力を用いるのは基本中の基本だ。
となれば戦えないレミリアを抜いて敵は魔女、メイド、門番の三人。
久方ぶりの弾幕ごっこでない本気の勝負だが、吸血鬼の姉妹さえいなければなんとかできる。
こっちにはさっき橙が初めて一人で作った昼食が待っているんだ。
カレーが温かいうちに終わらせてやるぞ!
「この戦力差、勝てるわけもないというのに主人を守ろうというのかしら? 殊勝な心がけね」
目の前に立つは九尾の狐に二尾の猫又。
それに対してこちらはフランと小悪魔以外の四人。
フフン。圧倒的じゃないか我が軍は!
「正直な話なんだがな」
「あら何?降伏でもするのかしら?」
「紫様あげるからここをスルーしてくれないか? そっちにとっても悪い話じゃないと思うが」
へぇ。
へぇへぇ。
へぇへぇへぇ。
そう。そういうこと。やはりカエルの子はカエル、八雲の式は八雲ということね。
背伸びしても取れなかったあのペロペロキャンディーを「仕方ないわねぇ」なんて顔をして最後には差し出したあの八雲紫と一緒と言うことかッ!
そのような施し、誰が受け取るというのだ!
そのような哀れみ、誰が興じるというのだ!
頭を撫でながらニヤニヤしやがって! 私より少しばかり身長が高いからってコンチクショウ!
「欲しいものは自分で手に入れる――そう実力で。それが吸血鬼としての我が矜持よ」
貰ったペロペロキャンディーは美味しかったけど、それはそれ、これはこれだ!
心に棚を作れ。ペロペロキャンディーのことはそっちの棚に置いておけばいい。
「橙、こっちへ!」
「咲夜!傘を!」
日傘を持った咲夜が、その日傘を手渡す。美鈴へと。
面食らった顔をしているわよ、九尾!
私が自分で持つとでも思ったの? 日傘に隠れて三人が戦うのを後ろで見ているだけだとでも思ったの?
見るがいい、これが吸血鬼真昼のファイティングフォーム、美鈴・ライドオンモードよ!
――説明しよう!
美鈴・ライドオンモードとは!気を操る美鈴が主人を肩車し、主人の行きたい方向を気で読み取りながら動くいわば二心一体の拳である!
横から主人に傘を差しながら戦った場合、主人との身長差や日の当たる角度から、どうしても日光が漏れてしまう!
しかしこの技を使うことでレミリアとXY座標が等しくなり、日傘を指すべき方向を美鈴自身を基準として考えられるようになる!
急激な動きをしながらも日光を完全に遮って戦うことができる、小さい頃のレミリアが美鈴に『高い高ーい』としてもらっていた時の名残の拳なのだ!
「ちなみに今でも二週間に一回はこっそりやってもらっているのよ!」
パチェうるさい黙れ。
「傘を持つ美鈴の腕が一本使えなくなるものの、これで戦えるのは私と美鈴にパチェ咲夜で4対2。まさか、卑怯とは言うまいね」
「なるほどねぇ。二人が一つの環になる……いわば連環というわけか。しかし私の目には3.5対2、少々不利なものの悪くない勝負くらいに見えるんだが」
「強がりを言うじゃない」
「強がりかどうかは、試してみればいいさ」
「そうね、今日はこんなにも日が高いから―――速攻で殺すわよ、九尾の狐!」
まずはお互いに牽制のクナイ弾。こちらは完全にランダムばら撒き、相手は美鈴の首と私の足――連結部分を狙っての集中弾。
長年鍛えてきた私と美鈴、こんなものを食らうわけがない!
美鈴の皮一枚すら破ることなく、クナイ弾は既にはるか後方。
バラ撒いたクナイ弾にまぎれ一瞬で狐へと距離を詰めるのは美鈴の縮地。
同時にこちらからは顔面へ右ストレート。
地は踏めずとも美鈴が体を振り、重心移動と回転を最大限に生かすことで破壊力は十分。
しかしその破壊力は九尾の右腕にしなやかな柳のように受け流された。
やるじゃない。でも残念ね、左のあばらに突き刺ってるわよ? 美鈴のボディ。
こちらが右ストレートを放つと同時に美鈴との連結を解き、美鈴は右への捻りを反動として左へ回転し、流れるような神速の左ボディ。
一瞬で間合いを詰めて同時に放たれる高速の左右の拳、この二つを同時に捌くことはどんな達人にも不可能だ。
突き刺さった左ボディに九尾は後方へと吹き飛んで―――いや、これは自分から飛んだわね。
「なるほど、まさに一心同体というわけか」
当たり前でしょう?私達はこの技でアシュラマンやら天津飯やらを屠ってきたのだ。キャラが被るから。
腕が二本しかない貴様なんぞに負けるわけがない。
「それじゃあそちらの秘技を見せてもらった礼だ、こちらからも行こうか。橙!」
「はいっ!藍さま!」
「見るがいい吸血鬼よ、これが橙・ライドオンモードだ!」
橙・ライドオンモードッ!?
こちらのを見たからと言って一朝一夕で真似できるような技じゃあないわよ、九尾。
ほら見なさい。上に乗った二尾が既にバランスを崩している。なんて滑稽。
「フン、そんなもので私達に対抗できるとでも思っているの?だとしたら才能があるわね、お笑いの」
「いやいや、そんなこと思っちゃあいないさ。コンビネーションの習熟度も足りないし、そちらの門番に対してこちらの橙の個人技的にも不足だ」
「つまり――何か秘策があると言うわけ」
「そういうことかね。とは言ってもやることは一つ。三十六計逃げるに如かず、ってね!」
ハッ、誰が逃がすものか!
再び九尾へと踏み込もうとした瞬間、九尾は指をパチンと鳴らし、これは―――風!?
突風で傘を飛ばそうとでも? 甘い甘い甘すぎる! 美鈴用日傘は日光完全防備、総重量50kgの戦闘用鉄傘!
咲夜がさっきから『こんなもん持たせやがって』とばかりに睨んでるのもそのせいよ!
「咲夜!パチェ!あなた達も……パチェ!!」
さっきから返事の無いパチェの方を見ると―――喘息か!
風は傘を飛ばすためでなく、砂塵を舞い上げるため!?
「咲夜!」
「すみません、美鈴のぱんつを見るのに忙しいので」
風は傘を飛ばすためでなく、スカートをめくりあげるため!?
「美鈴!」
「前が見えません」
そりゃそうよね、こっちが右に捻って美鈴が左に捻ったら180度回転するわよね。
道理でさっきから微妙なところがくすぐったいわけだよ!!
風が無くなり砂塵も収まった時にはもう総勢11本の尻尾はどこにも見えなくなっていた。
まんまと逃げられた。こんちくしょう。
むぅ、流石に厳しかったか。まさか吸血鬼に真昼の屋外であれだけの動きをされるとはな。
「藍さま、早く戻りましょう!」
「あぁ、頑張って作ったカレー食べて欲しかっただろうにね、橙。本当にすまないね」
「いや、そうじゃなくて紫さまが……」
あぁ、そういえば置きっぱなしだったなぁ。
とはいっても、元々あの人のせいだからなぁ。どうするか。
「私、行ってきます!藍さまはここで待っててください!」
「ちょ、ちょっと待っ――――ッ痛!!」
さっきの左ボディ……やはり折れていたか!
橙は持ち前のスピードでもう完全に走り去っている。
この傷で追いかけていってもあいつらに見つかったら終わりだ。
橙の身軽さで見つからないように祈るのみか。
頼む橙。無事であってくれ!
―――なんて思ってからもう一時間も経つぞ!橙は!橙はどうなったんだ!
この橋の下を上流から橙の死体が流れてきたりしたら……あぁぁぁぁぁぁもう出る!私自ら出るぞ!
「ん……あれは……! 橙!」
「らーーんさまーーーー!」
「橙!よく帰ってきた!平気だったか!」
「あの人達は台所のカレーを食べてたので、裏からこっそり入りました!」
なん……だと……!
あいつらだけ食べやがって! 橙の初めてのカレーを!
橙の初めてを!
「橙は初めてだったんだぞ!」
「……ら、藍さま?」
「す、すまない橙! 別になんでもないんだ」
「それより、ちゃんと紫さまおぶってきました! まだ寝てますけど」
なるほどなるほど。
幸せそうな顔でぐっすり安眠というわけだ。
まったくこの人は、こっちがどれだけ苦労してると――!
「こんなものがあるから橙が危険な目に会うんだ!こんなものはもういらん!」
立っていた橋のど真ん中へと思いっ切り投げ捨てる!
アバラは痛むが今日も快調、メキメキメキッと橋にヒビが入るいい音だ!
どうだコノヤロウ! 思い知ったか!まだ寝やがって!
橋がどんどんベキベキいってるんだよ! この寝太り!
「ら、藍さま! 紫様ですよ! 書き込みに失敗したCD-Rじゃないんですよ!」
「いいかい橙。こんな紫様なんかより、私にとってはお前のような子を失うほうがよっぽど怖いんだよ」
「藍さま……! ありがとうございます!」
「さぁもうちょっとだ橙。この長坂を越えたら竹林だぞ」
「はいっ! 藍さま!」
竹林に入ったらまずは永琳のところか。
もはや二人を差し出して終わりなどということはない。
奴等は橙のカレーを食べたのだ! 私ですら食べたことの無い橙が一人で作ったカレーをだ!
……だがこちらにも非があるのは確か。紫様がをしっかり止めなかった私も私だし、いじられる吸血鬼の姿に実は結構和んでいたりもした。
まぁ適度なところで抑えて、少しばかり痛い目を合わせて追い返す。
そうしたらあとは今まで通り紅魔館・マヨヒガ・永遠亭でそれぞれやってゆけばいい。
そう、これをもって天下三分とする!
なぜか八雲紫が坂の前の橋で大の字になって寝ていた。
「八雲紫ですわね」
「八雲紫ね」
「八雲紫ですね」
マヨヒガの中を探してもカレーしか見つからなかったのに、なんだってこんな橋の上に。
九尾が連れてはきたものの、重いし邪魔になって捨てたのか?
それともサラダの国へに行く途中で柿っ八がつまづいて落としていったのか?
ドジっ子の馬謖たんが山頂へ坂を上ってゆくのを諌めようとして殴られたのか?
さっぱりわからない。さっぱりわからないがまずは近付いて額にマジックペンで―――
「待ちなさいレミィ。これは罠よ」
「フフ、そんなことはわかっていたわよパチェ。うかつに近付く私だと思って?」
「……まさに走り寄る瞬間でしたよね」
「……シッ!見てないフリをしてあげなさい、美鈴」
そこ。全部聞こえてるわよ。
しかし罠。罠か。この川を渡る唯一の手段であるこの橋、そんなところに堂々と一人で寝ているなんて確かに罠以外の何者でもない。
クッ、このまま立ち往生しろということ!?
「何してるのレミィ、さっさと行くわよ」
飛んでた。
何その視線。まるで哀れな子を見るかのようなそれ。
「あ、橋壊れましたね」
「来た時からベキベキ言ってたものね」
「ほら見なさい咲夜に美鈴! 罠があったのなら渡らせて罠にかけるはず、壊す必要など無い! つまり罠など無かったのよ! だから言ったでしょう!」
「……言ってましたっけ」
「……シッ!視界に入れちゃいけません、美鈴」
そこ。全部聞こえてるわよ。
しかも微妙にLVアップさせるんじゃない、咲夜。
見事川に落下した八雲紫は下流へと流されていってしまった。復讐はできなかったが……まぁ仕方ない。
ズンドコズンドコ流されてゆくあの情けない姿を見てかなり溜飲が下がったし。
まぁ、この勝利も我が天命のうちよ!
さぁ後は竹林の永遠亭を残すのみ。
『お前の土地で狩でもしよう』とか手紙を書いてやるのもいいが、まずは竹林に入ったところで小休止ね。
流石に日傘を持ちっ放しでは咲夜もきついだろうし。
でも、貴方ならわかっているのでしょう? 咲夜。私が戦闘時以外は咲夜にしか傘を持つことを許さないことを。
そう、それは貴方への信頼の証。
……目をそらされた。
絶対わかってねぇ。
「とにかく休憩! 竹林に入ったら永遠亭に対面する形で陣を張るわ! パチュリー、任せたわよ」
「はいはい、任せておきなさい」
えっちら歩いて、辿り着いたは永遠亭。
ウサギ達の案内を受け、実質責任者である永琳の間へと通された。
「来ているのね、彼女が」
「あぁ、もう目の前だな」
障子を開けば、レミリア達が外で休憩しているのが見えた。
周囲の竹や木々に隠れており、なかなかに頑丈そうな陣だ。
「何かいい案はある?」
ふむ。あるにはあるが―――
「一応考えはあるが、永琳殿もどうやら何か思うところのある様子」
「だったらお互いに自分の手の平に策を書いて見せ合いましょうか」
「ふむ、それはいい」
「それじゃ行くわよ、せーの」
『火』
『吸血幼女、地獄の淫乱媚薬責め』
ぶん殴った。
「本気で殴ることないでしょ」
平気で立ち上がってこられると少しプライドを刺激されるんだが。まぁいい。
「んで、どうするねホントに。まずは十万本の矢集めでもするかい?」
「大丈夫、もう終わってるわよ」
「うん?」
「適当なこと言って呼んだ妹紅にガソリンをかけて突っ込ませたわ。いわゆる苦肉の計ってやつね」
燃える。インスタントで作った陣が燃える。それを燃料に竹林そのものが燃える。
神妙な顔で近付いてきた妹紅から漂う、その匂いに気付いた時にはもう遅かった。
「お前等を追い払えば輝夜が私を愛してくれるんだぁぁぁぁぁぁぁッ!」
それは永琳の罠だ! と言う間も無く一瞬で燃え広がった炎。
炎に巻かれる前にと美鈴におぶってもらい全力で竹林の出口まで逃げる。
「美鈴、外に出るわよ!……美鈴、傘は……!そう、忘れたのね。仕方ないわ」
「お嬢様!」
「ここでいいわ、降ろしなさい」
「お嬢様……!」
「跡継ぎはフランに決めるわ。フランには、内々のことはパチェに、外のことは咲夜に相談するようにと言っておきなさい」
「いやだからお嬢様……!」
「覚えておきなさい美鈴!」
半ば焼け焦げた竹林から日の当たる外へと躍り出る。
「我がスカーレット家は! 代を重ねるごとに豪壮になってゆくのよ!!」
もう夜だった。
「……あたたかね、美鈴」
「……燃えてますからね」
「……帰ろうか」
「帰りましょうか。月も綺麗ですし」
「そうと決まれば何をしているの美鈴? さっさと背中に乗せなさい。主を紅魔館まで歩かせるつもり?」
「は、はい! お嬢様!」
美鈴の差し出した背中に乗ると、ゆっくりと風景が進んでいった。
「そういえば月といえば、昔はお月様は絶対に一個じゃないって、複数あるんだって思ってました。だから月はいつも形が違うんだって」
「……プッ、何それ?貴方が洟垂れクーニャンだったころの話かしら?」
「あはは、まぁそんなところですね」
夜の幻想郷、歩く二人の足音は一つ。
流れ行く風景と、変わらない月をずっと見ていた。
「咲夜ー。戻ったわよ。食事にしてちょうだい」
「咲夜さん、ただいま戻りました!」
「おかえりなさいませ。もう用意ができておりますわ。美鈴の分もあるわよ」
「ありがとうございま……!?これ……は……毒……?お嬢様! この悪来美鈴、お先に失礼つかまつります!」
「美鈴!? ……咲夜、これは一体?」
「いえいえ。美鈴にはしばらく眠っていてもらうだけ、ほんのちょっぴり遅れた宛城襲撃ですわ。そして赤壁の次といったら馬超・韓遂の乱。あんなクソ重い傘を運ばせていただいて大変感謝いたしております。僭越ながらこの十六夜咲夜、立派に乱を成し遂げてみせますわ」
「咲夜さんそこまで! さまよいつづけるがいい~、じゃなくてあわてふためくがいい! これぞ離間の計!」
「……あら、姿が見えないと思ったら小悪魔、いえ小賈ク魔といったところかしらね」
「フフ、油断は大敵ですよ咲夜さん。そしていよいよここで我が主の登場です」
「助かったわ小悪魔。パチェにもお礼を言わないといけないわね」
「レミリア様。離間といえば賈ク文和、賈ク文和といえば―――晩年はあなたの跡継ぎ様に仕えてございます」
「というわけでお姉様、館は跡継ぎの私に任せてもらうね! パチェもありがとう、まさに計画通り!」
「任せなさい。その代わり図書館の増設を頼むわよ」
「もっちろん! 咲夜は今まで通りメイド長、小悪魔はパチェのところに帰っていいよ! これからがんばろうね!」
「「「フランドール様万歳!魏王就任万歳!」」」
やっぱりただ才のみがあればいいなんてダメだ!!
まずは儒教思想に基づいた科挙を課し、合格したメイドだけを雇って―――
「あ、旧館主様は代わりに地下室でお願いしますね」
―――コンチキショー!!
いいなぁ、ノリと勢いでこの作品。悪くないですぜ。
ところで最後美鈴どこ行った?
しかしこんなレッドクリフ嫌過ぎるw
あと紫の長坂橋の戦いは分かるけど、藍のカレーは関羽が華雄を討ち取った時の台詞だろうか?
三国志わからないのでわかりません><
タイトルでもう笑わせてもらいました。
小ネタもいい感じです
>流れ行く風景と、変わらない月をずっと見ていた。
ここまでだったら90点。でも後の展開も含めると70点かなー
是非。
笑わせてもらったぜ。
三国時代に、まだ科挙は存在していなかったような。
まあ野暮な突っ込みはさておき、面白かったです。
というか永琳は「月の頭脳」から「月の煩悩」に改名すべき。
笑ったのは勿論ですが、感動しました。ファンである自分はニヤりときっぱなしでもう頬が攣りそうです。