Coolier - 新生・東方創想話

少女秘封倶楽部:集

2009/05/12 19:39:07
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この話は総集編、つまり上中下を合わせた物+おまけになります。
もしもこう言った形での投稿が禁止事項(禁止事項も呼んではいますが)でしたら、お知らせください。
文章にも多少の修正を入れていますが、基本中身は同じなので、既に読んで頂いている方はおまけをどうぞ。
おまけは一番下に二つあります。

※とても長いです!たっぷり時間をとるか何回かに分けて読む事を推奨します。


それでは、ごゆるりと。









私は、生まれた時からある事が当たり前だった。
当たり前は、当たり前だから、当たり前。
私にも、当たり前。
お母さんにも、当たり前。
お父さんにも、当たり前。
お友達にも、当たり前。


確信なんて大仰なものじゃなくて、当然の事。
転んだら、痛い。
チョコレートは、甘い。
そんな、誰でも知っている当然の事。
生まれたその瞬間からだったと思う。もちろん覚えてはいないけど。
だからきっとチョコレートだとか転んだら、だとかよりも更に前提だった。
そう、例えば晴れた日の空が青い事のように。

だから、怖かった。

ふとした拍子に知ってしまった事。
当たり前が当たり前じゃなくなって、違う事に恐怖を覚えた。
そして悟ってしまった。
私は、化け物なんだな、と。











見てしまった。
出会ってしまった。
その瞬間、私の運命は決まってしまった。
それは、――――







喧噪の中、二人はケーキの皿を前にしていた。
「ねえメリー、聞いてる?」
「うん、とっても美味しいよねここのケーキ。蓮子が認めるだけの事はあるわ」
「ぜんっぜん違うし…てかさっきからそう言えば良いと思ってない?何回目よ?」
今の発言で分かっていただけただろう、私達秘封倶楽部は今町に新しくオープンしたケーキ屋でショートケーキを貪っ…美味しく頂いているのだ。


で、さっきからメリーがずっと上の空なのだ。
「あれ?じゃあ何?」
「じゃあって…あのね。最近学校休みがちじゃない、どうしたの?って聞いたんだけど…」
そう、ここ最近メリーは学校にあまり来なくなっていた。
先生(先に生まれたから先生なのであって断じて私よりも知識が多いわけではない)というか教授に聞きもしたのだが知らないとしか言いやしない。
週に1度くらいで学校に来るメリーを今日はやっと捕まえてこうして拉致ったのである。
「あ…ああ…それか…」
「メリー?」
メリーは教授たちよりも更に困惑した顔をした。
「そ…その…別に…」
その何とも言えないような態度。
言いたいけど言いたくない。そんな表情。
その態度に私は苛立った。
私達は秘封倶楽部だ。秘封倶楽部として今までずっと仲良くしてきたのに。
答えられないなら仕方ない。それなら「答えられない」と言ってくれればいいのに。
どうしてこんな態度なのか。
こう、答えたいけど答えられないの、という態度を示すのだろうか。
いや、
私は知っている。こういう態度をする理由を。
「何?私に何か言い辛い事でもあるわけ?」
マイナスの隠し事をしている場合だ。
自然と声のトーンが下がる。
「あ、いやそうじゃないの蓮子、ただ…」
しかし再び詰まる言葉。
言いかけた言葉を飲み込み、再び俯いたその姿を見て、

とうとう我慢が出来なかった。



「いい加減にしてよっ!!!!」
私はテーブルに力任せに拳を叩きつけ、大声で怒鳴った。
客の視線が一点に集められる。
「何さ!言えないなら言えないって言えば良いのに言いたいのか言いたくないのかも分かんないような態度ばっかり!!もう知らないからっ!!」
私は卑怯にも泣きながら怒鳴った。
泣いていたら親しい相手は言い返そうとすら出来なくなるのに、私は泣いていた。
きっと私は悔しかったんだと思う。
「言えないの」とすら言ってもらえなかった事が。
その程度すら信頼されていないのか、そう思ってしまって。
そんな自分の虚栄が混ざった怒りでもある事には、怒鳴りながらでも気付いていた。
しかし気付いたところで一度走り出した怒りは止まってはくれず、結局言う事を言って、私はお金だけ叩きつけるようにおいてさっさと店を出ていってしまった。


だから気付かなかった。

そんな私を見ていたメリーの目がとても寂しそうで、悲しそうだったことに。



翌日は、全てがうざったかった。
講義はノイズにしか聞こえないし(半ばいつも通りでもあるが)
ルームメイトのいつもは気にもならない下らない話題がいちいち耳ざわりだった。
何も食べたくなかったし、食べても美味しさなんて感じない。
不愉快過ぎて蹴飛ばした石が物理学の教授の禿げた頭に当たって落ちた。

午後になると教授の下らない講義をボイコットし、私はある場所に出かけた。
学校の裏庭に。
ここは、特別な場所だった。
私とメリーとが初めて話をした所。
秘封倶楽部が出来た所。
最初に活動した所。
因みに全部同じ日だ。出会ったその日に境界を超えたのだ。我ながらとんでもないと思う。
丁度年度末が近くて(もう講義は後一日で終わり。物理学が無くてよかった。何を言われるか分かったものじゃない)涼しい、というか少し寂しい風が吹いていた。

春は出会いと別れの季節だとかよく言う。
そんな下らない人間の決めた生活のサイクルによって生まれた後付けの理屈に自然までが同意しているように見えて尚更不愉快だった。
そもそも人間が「7月に卒業、8月に入学にしましょう」と決めていればそれだけで変わるような理屈だ。
そんなものにどうして木々まで同意しているように寂しさを表すのか。

メリーはいないし、今更会っても何を言ったらいいかなんて分からない。
今になって考えると昨日は酷い事を言ったと思うのだが、後の祭りだ。溜息しか出ない。
「はぁ…ホント、何か何もかもが嫌だわ。私にも境界が見えれば良いのに。そしたら境界を超えて暇を潰せるのに」
そんな独り言を呟きつつ講義終了の時間になった事に気づいた私は














竹林にいた。

「は?」
呆けた声が出た。が仕方ないだろう。
突然周りの景色が変わったのだ。少なくとも普通ならここで発狂してもおかしくない。
幸いにも私はこの原因を知っていたからパニックにはならなかったけど。

そう、境界を超えたのだ。

「ちょっと…冗談はよしなさいよね。私今一人なのよ…?」
しかし返事は無く見える筈の校舎は影も形もなく、代わりに、小さな女の子がいた。
「ええっと…誰?」
「わたしー?ルーミアだよ?」
ルーミア、と名乗った女の子は(外国の子だろう、金髪だし。頭のお札何?)妙に間延びした話し方だったが、しっかりと話は通じてくれそうだ。
現実は優しい。
「あのね、お姉ちゃん迷っちゃったのよ。町とか村とか…人の沢山いる所、どっちだか分かる?」
「お姉ちゃんは食べても良い人間?」
「…………はい?」
通じていない会話。前言撤回、現実は厳しい。
目の前で女の子は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべ、ぐっ、と私の腕を掴んだ。
「痛っ!!ちょっ…放してってば…!」
年相応とはお世辞にも言えない腕力。
「いただきまーす」
まずいまずいまずい!!流石に秘封倶楽部でもこんな経験は無い。
今度こそパニックに陥りかけた。
「おう、これでも食ってろ」
「むぐぅ!!!???」
そんな私の前に白と黒の見るからに魔法使いしてる人が現れて、ルーミアの口に何かを入れた。
とたんにルーミアは叫び声をあげて直前に私が陥りかけていたパニックに代わりに陥ったようにあたふたとおぼつかない足で逃げていった。
「ん、よし。大丈夫か?人里の人だろ?」
「ま、まあそんな所かしら。何食べさせたの?」
人里、ああなんて平和そうな響きだろうか。
「ん?ああ、あれか。トウガラシにタバスコ、ワサビにありったけのスパイスを固めたものだが。…食うか?」
「嫌よ!!」
何なんだろう。この人も怪しいんじゃないだろうか。
さっきの子は食べるって言ってたし、この世界では妖怪の類が溢れてるのかしら。
そんな不審そうなわたしの顔を見たのか、彼女は唐突に自己紹介を始める。
「そうそう、申し遅れました、だぜ。私は霧雨魔理沙、魔法使いで人間だ。だから安心していいぜ」
良かった、とりあえず信じよう。
というか信じないとそろそろ精神的に疲れてしまう。
「おいおい!私は名乗ったんだぜ?」
「へ?」
霧雨魔理沙は心外そうにそう言うと、私を指さした。
「お前だよお前!名前くらい言えよなー」
成程。
「ごめんなさい…。私は宇佐見蓮子よ」
「ウサギ?」
「宇佐見!!」


私は人里とか言う所に送ってもらいながら聞ける事を聞いて整理した。
魔理沙さんは里に着くと「じゃあなーまた会えたら会おうぜ」なんて言って飛んで行ってしまった。
飛んでいったこと自体に驚く余裕は残っていなかった。

「整理した事をまとめないとね…バッグ持ってて良かったわ…」
ノートとペンを出すと、私は聞いた話をまとめて写し始める。
「ここは幻想郷で、さっきの竹林は危険、と。思った通り妖怪の類で、人里なら安全らしい、ね。それから…」













「宇佐見ー!!宇佐見蓮子!!!宇佐見蓮子は何処だ!!」
本来ならば宇佐見蓮子が座る筈の席には誰もおらず、また誰も蓮子を見た者がおらず、小さな事件になっていた。
校内と周辺を捜したがそんな影一つ見つからない。捜索願が出される間際まで来ていた。
その蓮子が消えた、という知らせは級友のメールによってマエリベリー・ハーンの下にも届いた。

「ハーンさん!宇佐見さんが消えたって!心当たりない??」

「蓮子が消えた…?」
メリーは“何も無い部屋”の中でそれを知った。
大仰な表現をしたが、つまり家具や荷物が何一つない、という事だ。
そんな殺風景な部屋に、メリーの震える声が響いた。
蓮子が消えた。
どうして?
自分のせいではないか?
自分があの時怒らせてしまったからそれが理由なんじゃないか?
手が、震えた。
手に乗っていた携帯電話が滑り落ちて少し大きな音を立てる。
「私が…」
出てくる言葉は、紛れもなくマエリベリー・ハーンのものであるの筈なのにそれは随分と遠く聞こえた。
遠く、しかしはっきりと。
「私が探さなきゃ!!」
陽が傾き始めてから数時間、丁度18時を鐘が知らせていた。













「はぁ~…」
誰も通りそうにない道に蓮子はいた。
案の定危険と言われていた森に迷ってしまい、何とか誰にも(主に妖怪)見つからずに抜け出したのだが、入った場所とは景色が違う。
つまり森からは抜け切ったがまだ迷子だ。
「ここ何処よ…魔理沙さ~んいませんか~…」
情けない、とは思いつつも厳しいものは厳しいのだ。
疲労もそうだが何よりいつ襲われるか分からない状況というのは精神を削る。
そんな時間をもう2時間位過ごしたのだ。うん、疲れてても仕方がないよね、私。
「とにかく~、人!誰か優しい人!!居ないの!!?」
居ないようだった。
返事一つ返っては来ず、心中涙目だ。
「う~…どうしてこんなに何も無いのよ~…普段自分がどんだけ裕福だったかを思い知るわ…」
何だか悟った様な事を呟いてはみたものの、悪いがそんな言葉に効果などない。
むしろ誰からの返事もない事が身にしみてくるだけである。
「う~…あ~…あ…あれ?建物!?」
いやしかし、効果が無いわけではなかったのか、見たかったものが見えた。
蓮子にとっては救いの手、人工物だ。建物。即ち、誰かに会えるだろう、と言える場所。
何処をどう歩いて来たのかは分からないがこの運と勘とは秘封倶楽部のあの活動によって培われたのだと誰に言うでもなく誇らしく思った。
そんな、ほっとした思いと誇らしげな思いとが突然の声によって張り詰めたものに変わった。
「あら、珍しいわね。参拝客?」
誰だ?
蓮子の頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。
参拝客だと?誰がこんな辺鄙な処に参拝に来るのか。
「ちょっと?後ろ向かれっぱなしじゃ困るんだけど…あんた妖怪?」
「へ?」
振り向いたそこには紅と白の不可思議な服装の女の子がいた。
年は魔理沙くらいだろうか?
「あなたは?」
「まず名乗んなさいよ…あんたは妖怪…には見えないけど、ここらのじゃないわね。誰?」
妖怪に見えないも何もあったものか。
蓮子は心中でぼやく。
最初に会ったルー…何とかはどう見たって普通の女の子だったではないか。
「私は蓮子。宇佐見蓮子よ」
「蓮子さん、ね。私は博麗霊夢。此処の神社の巫女よ」
「へぇ」
こんな所の神社に巫女なんているのか。そりゃ賽銭は入らなさそうである。
私を見て“珍しい”と感じても仕方がない。
そんな呑気な考えをしていたら、突然強い気に当てられた。
そう、私のような一般人にも分かる強い気当たり。立っている事すら困難な、そしてあまりにも唐突な。
「で、あんた、何者?答えなさい。何処から来た?」
霊夢は私に玉串を突き付けて言い放つ。
さっきまでの柔らかな物腰は一瞬で消えさり、
冷たく。
冷たく。

魔理沙と同じくらいの歳?

冗談じゃない。
圧倒的過ぎる“何か”がこの子にはある。
「どこ…って私は突然周りの景色が変わって…」
信じてもらえる筈もない事だ。
いくら妖怪が跋扈している世界でもいきなり景色が変わって世界が変わってましたー、だなんてご都合主義以外にどう見える。
それなのに私には事実を言う、以外の行動が考えられない。

「景色が変わった?」
案の定聞かれた。
「仕方ないでしょ…事実なんだし、私にだって何が何だか分かんないんだから…」
嘘を吐くのはやめなさい、と。そう言われるだろうと思っていた。しかし、彼女は、いや彼女達の常識は私の想像以上に飛びぬけてしまっていた。
詰問の代わりに、
「あんの…」
怒りに震える霊夢の叫びが、
「馬鹿紫いいい!!!」

虚しく響いた。






5






「蓮子!!蓮子――!!」
メリーは走り続けていた。
陽が落ちて、風が冷たさを増して、それでも全力で。
走って走って走り続けていたら、私の足は何故か誘われるように、学校の裏庭に来ていた。
「な…何やってんのかしら私…こんなとこに居る訳ないじゃない…」
当り前の事を今更のように呟く。
ただ悔しかったのだ。
大事な人が、消えてしまった。
なのに、最後に交わした言葉は「いい加減にしてよ!もう知らないから!」なのだ。
そりゃ誰だって凹む。



「苦労してるみたいね、メリーさん?」


え?

背後から、少し大人びた女性の声。
蓮子の声ではないのに、どうして「メリー」を知っているのか。
学校のみんなも私を「ハーンさん」と呼ぶのに。
私をメリーと呼ぶのは蓮子だけ。
怖さがあった。
だがそれ以上に怒りがあった。
きっと蓮子が私をメリーと呼ぶのを知っている奴が私をからかっているんだ、そう思ったから。
だからきつい視線で私は振り返って、そして見た。
見てしまった。

私を。

「はろー?メリーさん?」
「わ…たし…と…同じ…顔…?」
私にそっくりな顔の女性がそこにいた。
ただ、帽子にはリボンが付いていて、服装は私よりもかなり派手な装飾がされていたが、顔は。
顔は、紛れもなく私と、同じ。
鏡を見ているように、同じ顔が自分を見つめていた。

怖い。

今度は恐怖が勝った。
「貴女…誰…?」
声を振り絞って聞く。そうするしか、出来なかったから。

確かめたかったから。

「私?私はね、“知っている人”よ」
直前まで浮かべていたからかうような表情を一転させ、鋭い目で私を見据える。


“知っている”とは何をか。

いや、分かっていた。気付いていた。でも、

認めたくなかった。
それが他の誰かにとっても真実であるなら、私の思いすごしであるとは思えなくなってしまう。
思いすごしだ、悪い冗談だ、そう信じたかった。

「私は、八雲紫。ハジメマシテ、マエリベリー・ハーンさん?」
「貴女は誰なの!!!!???」

最早恐怖心しか無い。
それ以外の感情などとうに忘れ去ってしまっているかのように。
恐れに駆られ、私はその場から逃げだした。
全速力で。此処に来るまで以上のスピードで。

「あららら、逃げられちゃったわ…ってああっヤバいわ!霊夢がキレてる!」
八雲紫は慌てたように空間に消えた。













霊夢と蓮子は神社の中で夕食を食べていた。
霊夢の作った夕食は和食。一般的な料理であったが、材料の質が外とは違い過ぎた。
そう、全てが天然物だ。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
しかも直前まで蓮子はお腹ぺこぺこだった。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
「あの…霊夢さん」
相手は年下なのに、どうしてもさん付けしてしまう、そんな雰囲気があった。
まあ、初対面の相手をいきなり呼び捨てるほど礼儀知らずでもない。
「まず私から質問よ。外からって言ってたわね」
「え、あ、はい」
「まぁ、よく無事だったわね。森にいたなら大抵一回くらい襲われて当たり前なのに」
「ああ、襲われはしたんですけど、魔理沙さん、って方に助けて頂いて」
それを聞くと霊夢の表情が少し緩くなったのを私は見た。
「あら、魔理沙に会ってたのね。それなら納得だわ。後一つ。此処には本当に不可抗力で来たのね?」
再びその表情を消した霊夢に鋭い威圧を感じる。
嘘を吐こうものならすぐに分かるぞ、とでも言うように。
まあ本当の事を言えば良い私には関係ないのだが。

「本当よ」
「なら良いわ。あんたの質問は?」

質問が出来る空気になって、私は二つの疑問を整理して、聞く。
「あの、紫っていうのは?」
一つは先程馬鹿と称された紫という(おそらくは)人物である。
「ああ、あいつは境界を操れるの…っても分かんないか、つまり―――」

境界?
境界を操る?
その能力は大事なあの子に通じるものが―――

「ここと外とを行き来出来る、もとい行き来させられる、とんでもない大馬鹿なのよ」
はぁさいですか。
「何よ」
「何も言ってないですって。それに、もう一つなんですけど…私、帰れるんですか?」
そう、帰れないのは非常に困る。
メリーのように境界が見えればそれで何とか出来るかもしれないが私に分かるのは時間と場所だけ。
今だって月と星が見えているが分かるのはここが幻想郷の博麗神社で時間が19時13分という事だけだ。
これでは世界の行き来など到底出来やしない。
「あら、帰りたければいつだって帰れるわよ?」
「あう?」
ちょっと待った。そんなオチでいいの?
「そんな、ってあんたね。戻れなくて良いわけ?」
「だから何も言ってないって。いや戻れることは吝かではないんだけど、何かあっさりしすぎて…うーん」
まぁいいだろう、そもそもメリー無しに異世界探検なんてしたって楽しくはない。
元の世界に戻って、メリーと仲直りをしよう。
それでまた境界漁って此処に来ればいいじゃないか。
「そういえば、どうしてあんなに私に威圧的な態度だったのよ。殺されるんじゃないかって思ったのよ?」
ついでに、といった感じで私は聞いた。
「ああ、何か企んでるバカだったら困るからね、脅しかけてただけよ。どうして?」

そりゃ怖かったというのもあるが、何よりも。
「今度親友と一緒に来ようと思ってね。勝手に入ると死にますよじゃやばいなと」



「“今度”は無いわ。残念だけど」
神社の外から、メリーの声が聞こえた。メリー、と言おうとして、しかしその言葉を発するのを何故だろう、頭が躊躇った。
「紫!!あんたがここに来たって事は…蓮子がここに来たのはやっぱあんたね!!」
霊夢は呆れたように言い放った。
実際大事とは捉えていないようだったが、結構不愉快そうだった。
「ええ、私よ」
「あのさぁ…分かってるでしょ?勝手なことされたら境界に悪いんだって…あんたも管理者でしょうが…」
そう言われてもちっとも悪びれずに紫は笑う。
「うふふ…でもね霊夢。私にしては珍しく今回は理由があるのよ」
「ホントに珍しいわね。何よその理由って」


その時だった。
突然私の心拍数が異常なほどに跳ね上がって、息苦しくなる。
何だ?
すごく…嫌だ。

聞いてはいけないような気がした。

聞くな。
そう本能が警告している。

紫という人は、そんな私を見透かしているかのように、ただ私を見ていた。

「メリー」

呟いた声は、響きすらしない。

しかし声は私の想像とは違った事を私に告げた。
「そうそう、メリーさんだけど、貴女の事をずっと探してたわよ?」
「え?」
頬に何かが伝うのを感じた。
「え…え…」
あんなにひどい事を言ったのに。
彼女は私を探してくれている。

帰らなきゃ。
帰って、謝らないと。

「霊夢さん。私、帰らないと!」
「ふぅ、そうみたいね。それじゃぁ…」
霊夢は何処か少し嬉しそうに私を見て、
「ま、そういう事だから紫。あんたが何をしたかったのかは後でみっちり…」


「無駄よ」


紫の声だった。
無駄、と。
無駄?
何が?


「もう、手遅れなのよ蓮子さん」

手遅れ?だから一体何が手遅れだというんだ。
私はこれから帰るし、霊夢さんは帰るのは簡単だって言ってる。
メリーが怒っているのなら仲直りは難しいかもしれないけど私の事を探してくれるくらいには心配までしてくれてる。
真剣に謝って、一緒にもっと美味しいケーキ屋さん紹介して、それで良い、それで色々と通じ合える仲間なんだ。
何が手遅れだ。
そう思うと突然目の前の紫という女が憎くなった。
ふざけるな。私達の事を知ったように。
姿形がメリーに似てるからって関係ない。

「私は貴女の為に貴女を此処に連れて来た。貴女が悲しむのを和らげるために」
「五月蠅い。霊夢さん、お願い」
霊夢さんが私を結界まで案内して、私に別れを告げた時、確かに紫は言った。
「もしかしたらまだ会えるかもしれないけど。その代わりそれが一番残酷だからね。貴女がその道を選ぶのならケチをつける気は無いけど」
そんな意味の分からない事を。
だから私は言い返す。絶対の確信をもって。

「そりゃどうも。私はメリーと一緒にまた楽しく生活するの。どんな手段だってあるんだから。それじゃ、ご忠告どうも」

そして私は消えた。
幻想郷から、元の世界に。
出てきた場所は、家だった。家の私室。なかなかどうしてこうも都合のいい場所に来たのだろうか。
出来れば幻想郷に着くときに都合良くして欲しかった…。

「そうだ!メリー!!」

私は走った。メリーの家まで。


何だか得体のしれない、嫌な予感を抱えながら。







EX







家の来客チャイムが鳴って、マエリベリー・ハーンは顔を上げた。30分休んだらまた探しに行こうと思って少し休んでいたのを思い出す。丁度30分経っている。
とりあえず来客を追い返して探しに行こう、そう思ってドアを開くと、その探している人がそこにいた。

「蓮子…?」
「メリー!!メリー!ごめんなさい!本当にごめんなさい!貴女の気持ちも考えずにあんな…」
「ちょっとちょっと蓮子!!待ってってば!私も悪かったしさ、怒ってないよ。そんな事より何処にいたの?」
蓮子が経緯を説明する。
その中のある事が、私を貫いた。

「…そっか」
「メリー?」
2分くらいして、私はは意を決した。
「蓮子、私が学校に行かなかった理由…知りたい?」
蓮子は驚いた顔でこっちを見る。
「もう良いっちゃ良いんだけど、話してくれるなら、ね。無理強いはしないよ?」

なら、話そう。

話して、謝って、そして、


“手遅れ”だった。




「メリー…?」

マエリベリー・ハーンの体が透けていた。足も、手も、顔も、体も。
「遅かったみたい…はは…悩みすぎちゃったな、話す決意をするのが遅かったみたいね」
「メリー??メリー!!??どういう事?これは何!!??どうして…」
そんな顔をしないで。
私の大好きな蓮子。
ずっと一緒に居たかったよ。
「さよなら、蓮子」
そしてメリーは消えた。
何の余韻もなく、あっさりと、影も形もなく消え去った。
「メリ――――!!!!!」


メリーの来ていた洋服がぱさりと落ちて、小さな紙袋が覗いた。
一枚の紙が貼ってある。
そこには見慣れた字で、
「蓮子へ
ごめんね!さよなら
       メリー」
と、書いてあるだけだった。




見てしまった、出会ってしまった。
決まってしまった私の運命。
それは、――――――――――――消滅。











7序章





「さぁて紫?教えてもらうわよ?何がしたかったの…」
霊夢は振り返り、問い詰めるべき相手を見る。
表向きは強気な態度で紫を問い詰める姿勢を見せるが、心に一点の不信感があった。

何故大人しく帰したのか

誰を、とは言わずもがな、あの宇佐見蓮子という外の人間だ。
八雲紫は目的なくこんな境界に良くない行為をする奴ではない。
ならば当然目的があったのだろう。

だが、見ていた限り紫は蓮子に何かしたとは思えない。
反感を買いたかったなら大成功だろうがそうでないのは馬鹿でも分かる。
なのにどうして何も為す事無く大人しく彼女を帰したのか。

分からない、理解出来なかった。

「…紫?」
紫は、俯いていた。
辛そうに、悲しそうに、ただ俯いていた。
「ちょっと?どうかしたの?」

「いえ…何でもないわ霊夢。みっちり絞られる前に帰ろうかしらね…」
「あっ…ちょ…」
霊夢のその静止の声がまるで聞こえていないかのように、紫はスキマに消えていった。

何も知らないフリをする月は歪な形のまま、ゆっくりと登っていった。













「メ…リー…?」
消えた、突然何の前触れももなく消滅してしまった友人の名を呼ぶ。
文字通り何も無い部屋ですら、その声ほど悲しさを響かせはしない。
私の――宇佐見蓮子の目の前で、マエリベリー・ハーンは消えた。
非現実過ぎる、そう頭の中では常識が声を上げる。
ならこれは何だというのだ。
常識は黙りこくる。
そう、非常識だ。そんな事は分かっている。
自分自身が学習している事が超統一物理学だ。現実、というものに関して言えばかなり真実に近い位置にある学問だ。
そして自分は悪いが教授なんかが言っている事では退屈ですらない程度の事は知っている。
(だから教授からの評価と試験の点数が反比例するのだが)
だから、知っているのだ。現実を。
いや、知っていると思い込んでいた。現実を。

目の前で起こっている事は現実だ。
逃れようのない、紛れもない現実。
現実は動かせない。目の前にある者がリンゴであるのにみかんだと言えばそれはみかんになるのか?
なる訳がないだろう。
現実は現実。それ以上にもそれ以下にもなりえない。

なら。なら、どうする?
そんな所まで良く思考が保ったものだ。
そこまで考えた所で思考は止まり、私は大声をあげて泣き続けた。
「メリー!メリー!メリ――――!!!」
ただただ愛しい友人の名前だけを繰り返して。















私に勇気をくれた大切な蓮子へ



ねえ蓮子、私達、一杯冒険したよね。
時には京都から周りの府県に、ちょっと前にはヒロシゲで東京まで行ったもんね。
その時その時で気紛れに境界越えたり境界越えたり境界越えたりってね(笑)

その更に前にさ、蓮子は「夢と現は違う物」って言ってたよね。
あの時はさ、実はさっぱり意味分かんなかったんだよね。
現に私は夢で見たものを持っているじゃない!ってね。
あ、何か文末に「ね」が重なってるわね。ほらまた(笑)
何か話そらしちゃってるね私。
とても話しにくい事なんだ。
当時理解出来なかったけどある事がきっかけで理解できる事ってあるのよね。
蓮子の言ってた事をこの前やっと理解したの。
夢で、私が消えたわ。理由も何も分からないけど、いきなりね。
目の前には貴女がいた。蓮子が。凄い驚いた顔をしてたのよ?カメラで撮れば良かったくらい。
夢で撮っても持って帰れるかもしれないでしょ?そしたら私は貴女の身に覚えのない写真を持っているってことよねうふふ。
でね、その次の日から、体がすごく重たかったの。
最初は風邪でも引いたかなって思ってたんだけど、段々違和感が出てきたわ。
時折私の体が透けてしまうの。
数分で戻るようなものだったんだけど、ぞっとしたわ。
だって自分の体の向こうに景色が見えるんだもの。

それで、何とかしたくて調べたわ。そしたら分かったの。
蓮子は知ってるわよね?“ドッペルゲンガー”って。
そっくりな二人が出会ってしまうと、死んでしまうってやつ。
あの夢を見るちょっと前の日に、私は会ったの。
私とそっくりな人に。
だから思ったわ。あの夢は私の死を伝えているんだと。

この前は怒らせちゃってごめんね。
蓮子は優しいから、心配しちゃうと思ったの。
夢で見てしまった以上、それは現実。
同じものである以上、起こってしまう事は変えられないと思ったわ。
もちろん、ただの夢でした―ってなったら話すつもりだったけどね。

それじゃあ蓮子、貴女がこれ読んでるとしたら私は死んじゃったんだと思うわ。
ありがとう、それからさよなら。
貴女に聞かれた事、ホントは直接話したかったかな。


貴女の最愛の友人であり続けたいと願います。
マエリベリー・ハーンこと、メリー


P.S
貴女に貰った勇気は私の







メリーが残した紙袋の中に、一枚の手紙が入っていた。
しかし、私が来る直前に書いていたのか、最後が欠けている。
「“あり続けたいと願う”ですって…?」
床が濡れた。
ポタリ、ポタリと滴が濡らす。
「ふざけないで…私は貴女に想いを伝えてないのよ…?」
腕は震え、手紙をぎゅっと抱きしめた。

私の所為だ。
夢と現は別だ、等とメリーに言わなければ彼女はいつものように「こんな夢を見たの」と話してくれたかもしれない。
夢と現との関連性を私が話してしまったから、メリーは私に話せなかった。
それなのにメリーは願ってくれている。
親友でいたいと願ってくれている。

「メリー…」
マエリベリー・ハーンの想いは、自分に伝わった。
これでもかと言う位、伝わった。


なら、どうする?


先程の問いが再び立ちはだかった。
でも、今度は違う。
蓮子の側にも、答えがある。
「メリーは一つだけ勘違いをしたわ…」
手紙を読んで、確信した事がある。
ドッペルゲンガー、と言った。当然知っている。そして相手はおそらくあの紫とかいう胡散臭い奴だろう。そうでないならこの繋がりは理解出来ない。偶然というのは出来過ぎていないものだ。
ドッペルゲンガー関連の逸話は多い。
しかし、それらとこれとは決定的な違いがある。
それが、メリーの誤解。
メリーは死んだ、いや違う。死んだ、かもしれない。
彼女は消えた。
しかし過去のドッペルゲンガーの逸話は死体が出ているのだ。それに出会ったら大抵その場で死んでいる。
それが、決定的な違い。

「悪いけどね…メリー。私達は秘封倶楽部よ。私達で秘封倶楽部なの」
震えていた腕を無理やりに抑えつけ、蓮子は言う。
「私の夢は何?決まってる!!」
夢と現は違う物。だから人は夢に向かって行けるのだ。
「メリーと一緒に過ごす未来よ!!現実だろうが運命だろうがそんなものに誰が私の最愛の友人を奪わせるものですか!!」
先程とは違う、弱さをかなぐり捨てた声。
「こんな摩訶不思議な現象よ?秘封倶楽部を相手にして不思議なままでいられると思って?」

まだ重みを持っていた紙袋をバッグに大切にしまい、蓮子はその家をあとにした。















霊夢はマヨヒガに向かっていた。
外の人間、宇佐見蓮子との騒動のあった翌日である。
太陽は真上に差し掛かっている時間帯で、きっとこれから会う妖怪は寝ている時間だ。
まぁ、あれは昼でも夜でも寝ている事が多いが。
昨日の様子は異常だった。
いくら自分が博麗の巫女、即ち中立であり誰かに加担する事のないものだとしても、普段の八雲紫という存在を知っていれば、否応なしにこうせざるを得ない。

あれでは異変ではないか。

全く、と呟いてはと顔を上げれば見覚えのある景色。
春雪異変の時だったか、その時に初めて来た、あのマヨヒガに着いていた。
「何も考えちゃいなかったのに…勘って怖いわね」
怖いのは勘ではなく霊夢そのものであるが本人には勘が怖いようだ。
「誰でも良いっちゃ良いんだけど…居るかしら」
「こらっ入るな!!」
橙登場。
「訂正。誰でも良くは無いわ。話さえ通じれば誰でも良いんだけど」
「無視するな―!これでも…」
と涙ぐましくも橙がスペルカードを放とうとした瞬間、
「黙らっしゃい!!!」
霊夢の玉串の一撃を浴び、橙は昏倒した。
「…ったく…ちょっと藍ー?紫ー?…ってどっちかくらいしかまともに居ないのね…」

「ああ、誰かと思えばお目出度い霊夢じゃないか」
「いつの話だいつの。紫居る?」
出て来たのは藍だった。
紫の式にしておそらくは最強の妖獣だろう。妖獣同士の戦いなど見た事は無いが。
「紫様か?今は休んでおられるが…昨日から様子がおかしかったのでな」
やっぱりだ。様子がおかしかったのは私をからかう為の演技という訳ではないようだ。
「そ。起こしてきて頂戴」
「勘弁してくれ…」
そう言いながらも勝てない相手に仕方なく従い紫の居る方へ向かって行った藍はそれとなく哀れに見えた。

「紫さm…」
バキャ、という嫌な音がして藍の悲痛な叫びが霊夢まで届いた。



数分後

「駄目だ。紫様は起きない」
「あんた…平気?」
思わず霊夢が心配してしまうほどに酷い目に会って帰ってきた藍は、それでも主が起きないという。
「スペル6つもぶつけたんだが…」
ほんまかい。
主なのかなんなのかいまいち分からない主従だ。

「そう…」
無理やりにでも起こすつもりでいたがこれじゃ埒が明かない。
夢想封印をぶつけても起きないんじゃないだろうか。
そんな事を考えつつこの後の行動を考える。
どの道この様子では藍に紫の異変の原因は分からないだろう。
「とりあえず起きたら呼んで頂戴。夜になっても起きなかったら私が無理やり起こすわ」
「あ、ああ。分かった」

霊夢はマヨヒガを後にし、神社へと戻った。
しかし、自分の勘には逆らえない。
とても、強い違和感が昨日から自分を支配していた。
「癪だわ…紫の所為よ、紫の。起きたらただじゃおかないわ」
と本人がもうしばらく眠っていたくなるようなセリフを吐き、大結界へと向かう。
「結界に異変は無い、と…蓮子を送ってからちゃんと調整したから当然なんだけどさ…」
誰に言うでもなく言ったその言葉にまさか返事が来るとは思わなかった。
「おーい霊夢!まだ此処にいたのか?」
魔理沙の聞き慣れた声だった。
「あら、まだって何よ」
「いや、今日も此処で宴会だって言ってないけど決まってるだろ?掃除してなかったから良いのか?って思ってな」
「帰れ」

その時霊夢は突然感じた。
結界の向こう側に、誰かがいる気配を。








10







「おい宇佐見蓮子!!宇佐見蓮子はいないのか?」
「教授ー蓮子ちゃんから手紙預かってまーす」
「何だと?」



拝啓素敵な教授さん

私聡明な宇佐見蓮子は友人を捜す壮大な冒険の旅に出る所存でございます。
つきましては、私の処置は適当にお任せしますんで、勝手につまんない講義をしていてください。
つまるところこれから当分抗議に私はいません!(☆
五月蠅く「宇佐見蓮子はいないのか?」とか言わないように!

それじゃば~い

教授よりは賢い自信のある宇佐見蓮子
+私の親友、マエリベリー・ハーン



「…………」
教授、沈黙。沈没。
結局その講義の時間は教授による愚痴で終わるのだが、最後が友人の為に頑張る蓮子は素晴らしいとかいう結論で終わった事に同級生一同が唖然としていた。
友人のメールによってこの事実を知った蓮子は教授を少し見直したというがこれはまた別の話。

「さぁて、メリー!見てなさいよ…貴女をこのまま終わらせはしないわ!」
そう強く叫んだ蓮子は、実は学校の敷地内に居た。
そう、あの裏庭である。
此処から私は幻想郷に入り込んだ。
幻想郷にはあの紫という女がいる。
ならば、もう一度幻想郷に行って何か手掛かりを掴みたかった。
意気込みがあった所で当てがないのでは虚しすぎる。


しかし、裏庭には何も無かった。
「…誰か来なさいよね…教授辺りに見つかったらどうなる事か…」

刹那、景色が歪んだ。

「え?」
しかし、一瞬で元通りの景色が視界を埋め尽くす。
気のせいか?
それとも何かあるのか?
まるで景色の暗転。
それは今までにも何度か経験してきたものだった。

そう、境界を超える時の景色。

しかし、今は境界を超えた訳ではない。
周りは変わらないし、学校もそのままの位置にある。
なら?
境界が絡んでいるのか?
思考回路は限界に近かった。
物理学では到底説明のつかない事象が昨日から立て続けに起こっているのだ。
それも、メリーが消えたという心的なショックも大きい中で。


蓮子は自分では気付いてはいなかったが、かなり疲弊していた。


「くそぅ…最初っから詰まるなんてなぁ…」
幻想郷に入ってからの動きは色々と検討したが、入る方法は流石に見当もつかない。

見当もつかない?

いや、待て。
一つだけあるじゃないか。


博麗


確か霊夢さんは博麗霊夢と名乗った。
なら、もしかしてあの神社は博麗神社なんじゃないか?

博麗神社なら知っている。
名前だけじゃない。場所も、今は誰も住んじゃいない事も。
当然だ。メリーと一緒に行った事もあったのだから。
知っていて当然だ。
私もそこで生まれたのだから。


私には霊感が無い訳ではなかったが特別強い訳でもなかった。
博麗神社の後継ぎとして生まれた筈の私は博麗神社から捨てられた。
神様の声なんて私には聞こえなかったから。
親や周囲の人間はまるで聞こえてもいないものを聞こえたと言わせたいようで。
幼い私はそんな事で嘘をつけなくて、役立たずとして捨てられた。

秘封倶楽部を始めたのは、それが一つの理由だった。
霊感が強い訳ではない私は、霊感が強かったなら見る事の出来た、到達できたであろう世界にずっと憧れていた。
だから、メリーを見た時に雷が落ちたように感じた。
私の目から見ても彼女に絶大な霊感がある事は分かった。
それがきっかけで彼女に声をかけた。彼女も私の霊感に気付いていて、互いに異能の者としてあまり良い思いをしてこなかったからだろうか、私達はすぐに打ち解けて仲良くなれた。
それで、最初は単なるオカルトサークルとして秘封倶楽部を立ち上げた。
心霊写真の分析などを中心に活動をした。
互いに協力したり一緒に過ごしている事で私の霊感はメリーに影響されるように大きくなり、
ある時にメリーは私に話した。

「ねえ蓮子。今まで黙ってたんだけど、さ。別世界って信じる?」
「別世界?信じ…てるのかしら。あるとは思うわ。どうして?」
こんな会話から始まった。
それが私達のこれからを左右する、どころかここまで大きくなるとは思ってはいなかった。
「私の能力は分かるでしょ?万物の境界。それは世界にも存在するの。それでね、この写真。ここに境界があるのよ」
「紙と空気の境界?」
「馬鹿。世界と世界の境界。つまりこの境界の奥には私達の想像もつかないような異世界が眠ってるのよ!!!」
メリーはとても嬉しそうだった。
「どうして“今まで黙ってた”の?」
「蓮子の霊感が変動してたからよ。霊感の増幅なんて自然現象じゃないからね、もしもそれが世界の境界を超えた時に干渉しちゃった場合にどうなるか分かんなかったから」
「つまり私の霊感が安定したと」
「大☆正☆解!」


この日から、秘封倶楽部は「オカルトサークル」から「不良サークル」になったのだ。
ぱんぱかぱーん。


うーん、何だか思考が逸れたわね。
でもこれでアテが出来たわ。博麗神社に行ってみよう。
私を捨ててから僅か一年で廃神社になってしまった私の母屋。
きっとそこに手掛かりがある筈だ。







11







「情けなー…自分の生まれた場所に戻ろうとしてるだけなのにすんごく疲れた…メリーと来た時は全然感じなかったのに…。私まだ引きずってんのかしら」
捨てられた、というのはどう見ても素敵な輝かしい思いでとは言えない。
その場所に戻る事もまた精神に優しい行為とは言えないだろう。
でも平気だと思った。
メリーと来た時には全く感じなかったから。
平気だと思ったのに。
一人だと余裕ぶる余裕すらなくなっていた。
「全く…大学生の女の子が一人で山登って汗だくだなんて…」
仕方ないっちゃ仕方ないのだが愚痴は出る。それも仕方ない。
結局メリーと来た時は1時間で足りた道のりを4時間もかけて歩いた。
「見てなさいよ…すぐにメリーに…」

視界が揺れた。
今度は境界なんて関係ない、完全な疲労によって。
「う…」
どっと疲れが押し寄せて、神社の鳥居を背もたれ代わりにしゃがみ込む。
「はぁ…」
今は少し休もう。少し休んで、その後行動を考えよう。
「じゃなきゃ…もたない…わ」
ゆっくりと蓮子の意識は闇に飲まれていった。
瞼が重い。











どれ位経っただろうか。
ぼぅっと意識が戻ってくる。
「煩い…」
周りはまるで祭りでもしているかのようにとてもうるさかった。
「ちょっと?生きてる?蓮子?」
誰だ?私を呼んだのは…紫の服…メリー…?

「ちょっと紫!!あんたいつの間に起きてたのよ?」
「今」

私に声をかけていたのは紫だった。
霊夢さんの大声で私の意識ははっきりと戻ってきた。
「しかも蓮子じゃない!紫あんたまた何かしたの?」
「今回はしてないわよ。この子が自分で外の博麗神社まで来て境界を超えたのね」
「だから神社に居るって訳か。ほら起きなさいって。何しに来たか知らないけど幻想郷に来たかったんでしょ?到着してるわよ?」
幻想郷。
そうだ、私はメリーを探しにここに来て、

「……なんで大宴会してるんです?」
「私が聞きたいくらいよ…冥界の屋敷の方が広いじゃない…」
会った事のない人(というか多分妖怪なんだろうなぁ)が大勢集まって悪夢のようなお祭り騒ぎが繰り広げられていた。
食えや飲めやの大宴会。
「お!ウサギ蓮子じゃないか」
「宇佐見だって言ったじゃない!」
その惨状に目を泳がせていた私に魔理沙さんが声をかける。
「魔理沙さんも宴会?」
「いつも通りな。あと“さん”なんて付けないでくれ…慣れてない事はされるもんじゃないぜ~」
「私も霊夢でお願い。さん付けなんてするような面子じゃないからねぇ」
二人ともいい感じに酔っているようで、魔理沙の方はもう顔が赤い。
霊夢は酒に強いのか、顔は赤いものの言葉自体ははっきりしている。
「で?何しに来たのよ…あんまりしょっちゅう境界越えられちゃうと流石に良くないんだけど」
「ごめん…でもメリーが…」
「?」

私は話した。あの後の事を。
メリーの所へ向かうと、メリーが消えた事。
紫が何か知っていると思い此処に来ようと博麗神社まで来た事を。

「うふふ、蓮子?私が何を知っていると?」
「全てよ。これから白状させるから」
不敵に笑う紫を睨みつける。しかし紫は笑みを崩さない。
「普通の人間である貴女が私に“させる”?ふふふ、応援してるわよ?」
紫は怪しく笑みを見せる。
人間である私には何も出来やしないと言うように。



しかし。


「私からも頼んじゃおうかしら?紫?」
「え?」
霊夢だった。霊夢が紫に玉串を突き付け、札を持ち、そう言い放った。
「今日さぁ、昨日あんたの様子がおかしかったのを不審に思ってあんたの家に行っても起きやしないし、その癖神社汚しに宴会だけは起きてきやがるし蓮子が聞きたい事は私が聞きたい事とも繋がってそうだからいっそのことまとめて話してもらえたりすると嬉しいんだけど?」
立て板に水、まくし立てるように霊夢は綴り、紫に「ね?」と笑いかける。
当の紫はまさかの伏兵に真っ青だ。
「あ、いや霊夢、その~」
「問答無用。話せ。じゃないと…」
「その先は聞きたくないけど…」
「夢想封印!!!!!」

爆音。
大宴会に仕込まれていた火薬のように私には理解出来ない“何か”が破裂し、紫を吹き飛ばした。
「ちょっと…死んだんじゃ?」
流石に心配になる。
「なぁに言ってんだ。あれで死ぬようなら10000回は死んでるぜ。ところで蓮子」
「へ?」
「お前外の世界から来たってホントか?」
何を言い出すんだろうか。
私、魔理沙に話したっけ?
「ああいや、霊夢に聞いたんだが…それでだ、外の世界の物何か持ってないか?」
ああ、その先は言わなくても分かる。
是が非でも欲しいという目をしていた。
「あ…ああ、うん。何かしらあるけど…欲しい?」
「くれるのか!?」
そんだけ欲しそうな眼をされたらあげざるを得ないだろう…。
「じゃぁ…ん、これはどう?」
そう言って私が渡したのは、板チョコだった。

「何だ?」
「チョコレートってお菓子よ。食べてみなさい?」
魔理沙は恐る恐るそれを口に含んだ。
そんなに恐がらなくても…あんたみたいにスパイスの塊なんて渡さないから。
「甘い!!」
「ちょっと!私にも一口!」
霊夢も便乗し、…あれ?紫はどうなった?






……無惨

その言葉がこの上なく当てはまる惨状だった。

ずたっぼろにされた紫が転がされ、口から煙を吐いていた。
「ひ…酷いわ…霊夢…」


「で、蓮子?貴女の友人が消えたって話だったかしら?それを紫が何か知ってるのね?」

傷がある程度癒えた紫を前に、霊夢が切り出す。
流石に妖怪は回復が早い。早すぎる。
「ゆかりん全身が痛くてたまらないわ…」
「これがメリーが残した手紙なんだけどね、ドッペルゲンガーだと思ってるみたいなの」
「ゆかりんは泣いてるわよ!!」
「成程ね、ドッペルゲンガーか。でもあれは消滅ってよりは死ぬってニュアンスなイメージがあるけど…」
「ゆかりんも死ぬかと思ったわ!!どうしてくれるの霊夢!」
「問題はそこなのよ。私の見立てではドッペルゲンガーではないわ。そうではない何かを勘違いしたか、…分かんないけど」
「ゆかりんも分かんないわ!どうして私がこんなに酷い目にあわされないといけないの!?」

「ねぇ紫。あんた死にたい?ガチで」
「ごめん…」

宴会の隅で真面目な顔をして(るのは私だけかもしれない)話している集団はかなり異様だったが本人たちには異様さは当然分からず、周りは酔えるだけ酔っていて誰も不自然さに突っ込みすらしなかった。
話の途中、霊夢は自分が何故この話にここまで首を突っ込んでいるのかが分からなくなって、
「ねぇ…そろそろ私関係ない?」
と聞いたものの、
「お願い…協力して欲しいの!」
という蓮子の必死さに負け、協力を余儀なくされた。

「うーん…紫の様子がおかしいと思ってたらいつも以上にうざい事するだけだし…ちょっと首突っ込みすぎたわ…」
因みに魔理沙は、
「こんな楽しそうなこと放っておけるか。チョコレート代位は働いてやるぜ」
と笑った。

ちなみにチョコレートは88円の安売りしていたやつである。
偽っておかないと適当な処で逃げられちゃうかな。






12







マエリベリー・ハーンはそこに居た。
ずっと一人ぼっちだったマエリベリー・ハーンには初めて心を許せる友が出来て。


あの日、日本に来ることが決まってからずっと抱えていた不安が霧消した。

「ねぇハーンさん。私宇佐見蓮子よ。よろしくね」


だから、ずっと一緒に居たかった。

なのに、どうして?

特別な幸せが欲しかったわけじゃない。
人並みの幸せを感じたかっただけだ。
その幸せを共有出来る人に出会えたのに。

私にとって別れは必然となり、全てが崩れ去った気もした。

でも、最後に会えて良かったと、心から思った。








13







「ねぇ魔理沙、さっきの甘いチョコレートってやつは?」
「あとは私のだ!とっとくんだよ!」

そんな下らない言い争い。
そんな光景を軽くスル―しつつ、蓮子は考えていた。
どうすればいい?

ドッペルゲンガーではないとして、ならば原因は何か。

これがはっきりしないと手の打ちようがないのは事実だ。
でもそんな事で諦めるようなら初めから幻想郷に来てまで解決しようとなんてしない。
それが分かっていても何とかしたい、だから何とかしようと足掻くんだ。

大学ノートは殆ど難解な理論で埋まり、解決への糸口を探す様子が見て取れる。
しかし、糸口は見えない。
そもそも物理的な問題ではないのだから。

「蓮子?貴女は自分が何をしようとしているか分かっているのですか?」

不意に、そんな声が聞こえた。
八雲紫の声。

先程までのぼろぼろでふざけた様な表情は何処へやら、真剣な面持ちで蓮子を見つめていた。

「何、って簡単な話よ。親友を取り戻そうとしている、それだけよ」
「いいえ、違うわ」
即座に発せられる否定。
「じゃあ何だってのよ」
「貴女は消えたものを蘇らせようとしているの。何を意味するか、大体分かるでしょう?」
「何よ、世界のルールをぶち破ろうとしてるって話?」

死んだものは戻らない。
同様に、消えた者は戻らない。

論理や心理などの域ではない。
厳然たる現実だ。

「世界のルールよ?貴女達が挑もうとしているのは何らかの意思じゃない。世界そのものなのよ?」
紫は、それを恐れていた。
だから、蓮子を此処に連れて来たのだ。
知らない所でメリーが消え、手紙には死んでしまう、と書かれている。
こうなれば死を疑う事もないだろう。
そうなればこんな無茶をしなかった筈だ。
だが、蓮子はあの時心の底から必死にメリーに会おうとしていて。
紫はそれを止める、もとい阻む権利は無いと判断した。

だから、仕方なくだが大人しく帰したのだ。

しかし、いまこうして危惧したとおり彼女は世界を破ろうとしている。
消え去る者を戻そうとしている。
だから、これは止めなくてはならない。
世界のバランスを担う柱の一つとして。
外で大きな異変になってしまえば当然幻想郷にも影響は小さくないのだから。

「今すぐに止めて、諦めなさい。悔しいでしょうけど、それが最善の道なのよ」

あまりに残酷な事を、告げる。
本当は言いたい事なんかではない。
しかし、言わねばならないのだ。

蓮子は俯いていた。
きっと分かってはいたのだろう。やろうとしている事がどういう意味を持つのか―――


「ふざけないで」


――――え?


「それを貴女が言う?幻想郷を創ったのは貴女でしょう?」
そこを突かれるとは意外だった。
「霊夢に聞いたのかしら?」
「んなこと聞かないわ。考えれば見当は付く。境界を操る力。この類の力でないと世界の隔離は不可能。そして消え去る者が、幻想がここに入り込むという事はただの境界じゃない、意味を持つ境界。ここまでくれば余程の大きさの力の持ち主しかあり得ないわ。私が境界を越えたって話を霊夢にした時霊夢は真っ先に貴女の名前を出した。つまりそれほど大きな境界の類の力を持ってるのは貴女だけって訳。で、話を戻すけど、世界に反するですって?それをどうして私が貴女に言われなきゃならないの?幻想郷を創った貴女がそれを言う?」
「私の境界は消えたものではなく消え逝きそうになる者を…」
「だったらメリーも一緒よ!!!!メリーはまだ消えてないわ!!消え去るというのは存在が認められなくなること!なら私は信じ続けるから!メリーの存在を!!私がいる限りメリーは消えない!!!」

そこまでを一気に言い切り、すううう、と大きく息を吸う。
何か言うのかと思えば何も言わずただぶはああああ、と息を吐き出す様を見ながら紫は唖然とし続けていた。
こんな人間、私は知らない。





傲慢で、愚かで、救いようのない哀れな存在。

これが普通の人間というものの総評だ。
霊夢や魔理沙など、規定がある以上例外もまた存在するが普通は。
だが、この人間は何だ。

霊夢達とも一線を画した存在。

世界の理、即ち真実を理解しながら、限りない可能性を理論の下で引っ張り出す。
今だってそうだ。
おそらく人間が聞けば単なる言葉遊びのように捉えられてもおかしくはないだろう。
しかし妖怪は元来精神に左右される生命だ。
そして世界は事実上物理的にではなく精神的、つまり形にならぬもので構成されている。

蓮子の理論は、妖怪の賢者という視点から言えば、一つの“正論”なのだ。


「…ふぅ。仕方ないわね」

紫の溜息。
心底呆れた風に見えるのに、口元はどこか笑っているようにも見えた。
世界のバランス、か。まぁ異質な現象が起こっている以上バランスはおかしくなってるんでしょうし。
そんな半ば諦めの笑顔。

それが、メリーにとても似ていた。


「私も協力してあげるわ。………ま、実際無関係ってわけじゃないからね」
「それについても問いただして構わないかしら?」
「今は勘弁…霊夢にいじめられて疲れたのよ」



この協力が、世界を打ち破る一つの道になる。
蓮子は思った。
絶対に、諦めない。







EX2







今進んでいる道が間違っていたり、途切れていたりして、進めなくなった時、貴女はどうするの?

進めない、これが覆しようのない事実だった時、つまり“意地でも通る”以外の方法で、という事だけれども。
貴女はどうする?
まず先に進めない事を認知する。
此処までは一緒ね。私と。
じゃあ次は?
もと来た道を引き返す。
そうよね、未知が途切れてしまったんだから、戻るしか無い。


なんて、言うと思った?

どうして道は一本だと決まっているの?
生きる事とは大海原を進む事よ。
初めから道なんてないの。
あてのない旅に、渦潮があるからって元通りに戻る訳ない。
障害があって進みようがないなら、全く違う方向へ行けばいいじゃない。

もと来た道は見てきたものばかりだけど、全く違う所には全く新しいものがあるのだから。


大事な友人を失った。
これは良いわ。分かった。
なら諦めて指定されたとおりの道を進むの?
お断りよ。

ここは大海原だもの。
世界に反する道くらい用意しておきなさい。
用意してない準備の悪い世界なら喜んで反逆してやるわ。


「道」は「未知」に通ずる。
知られてないから道なのに、どうして決まったように話す?

未知だもの。既知にするのは私次第だわ。
私の道は、私が決める。
世界なんかに、邪魔させるものですか。









14







蓮子は結果だけを求めた。
下らない前置きも、御託も必要なかったから。


「で、八雲…さん?」
「紫で良いわ」
紫は軽く言う。
「ありがと。紫、貴女は何を何処まで知ってるの?知っている事を私に教えて欲しい」
「ナニを何処まで、…っていやらしい子ね~」
いつもの調子でおどけて見せたものの、蓮子の表情は崩れなかった。欠片も動かない。
今の紫の発言に対して、怒りすら抱いていない、そんな表情。
「……ふぅ。少しはリラックスしなさい?固い頭じゃ私の話なんて到底理解できなくてよ?」
「忠告どうも。悪いけど親友の危機にリラックスできるほど人間出来てないのよ。続けて」

似てるな、と思う。
この蓮子という少女が。
いつも身近にいる人間、博麗霊夢に。
博麗の巫女は基本的に中立である。
妖怪に対して、限りない中立にたった裁定を下す。
一切の情を捨てた様なその姿に紫は最初恐れすら抱いた。
しかし実際付き合ってみればどうだ。
必死で中立を守ろうとしているではないか。
自分の中にある大きな大きな情を自分のシステムの為に何とかして捨てようと強いているではないか。
もちろん、おおっぴらにそんな事を伝えれば怒られてしまうだろう。
だから密かに密かに、忠告だったり、日常会話だったりする中に彼女を励ます言葉を入れ続けた。
今となっては何だかんだで中立に居つつ、大切なものの為にならば本気になれる、そんな人間らしい人間になってくれたように思う。
蓮子に協力しているのもいやいややっているように装ってはいるが本心ではとても心配しているのが見て取れる。
私もうパスして良い?というのは照れ隠しのようなものだと思う。勘違いだろうか?
そんな優しい、博麗霊夢に、宇佐見蓮子は似ている。
私は境界を通り、前々から興味のあったマエリベリー・ハーンを観察(ストーカーとも言う)している中で、彼女にも興味を持った。
しばらく見ていればすぐに分かった。
彼女は感情を表に出してしまわない子だと。
だけど、メリー…マエリベリー・ハーンの前ではとても素直で生意気な、本来の彼女になる。
それは彼女が本心を打ち明けられる存在にだけ見せる姿。

今もそうだ。
必死で周囲に自分の焦りや動揺、恐怖心を悟られないように素っ気なく、何でもないように、私に皮肉をかましながら、さりげなく本心が出る。

「続けて」即ち、―――早く言って、と。

「何よ紫」
考えにふけっている所を霊夢に突かれた私は素っ頓狂な声をあげてしまい笑われてしまった。




「良いでしょう、私の知っている事を出来る限りに伝えます。それは殆ど“全て”であり、しかし分かっていない事が一つある所為で、分かっていない事を増やしてしまっています」
紫は淡々と話し始めた。蓮子は聞き返す。
「それってつまりその一つさえ分かれば一気に…?」
「おそらくは、ですがそういう事です」
「…分かったわ。続けて」
蓮子の声には明らかな期待が込められていた。

期待。
当然だろう。自分では全く見当のつかないような問題のほぼ全てを知っているというのだ。
これを期待せずにどうすると言うのか。

「まず第一に。メリーが消えた原因は彼女の推測、つまりドッペルゲンガー説は正しくはない。これは蓮子、貴女が推測した通りよ。では、本当の原因は何か」
紫の目が少し泳いだ。
躊躇っている、そんな様子。
「彼女が消えたのは…」
折角の新しい情報。
しかし、口から発せられた言葉は、すぐには理解出来なかった。


「タイム・パラドックスよ」







15







私と私のご先祖様。
おじいちゃんやおばあちゃんならまだしも、1000年以上も前のご先祖様に、会った事がある人はそういないと思う。
では、どうすれば会える?
答えは“不可能”
その不可能を捻じ曲げてしまう現象が起こったとき、それをタイムパラドックスと言う。
分かりやすく説明するのなら、タイムマシンで過去に行き、過去の自分と未来からやってきた自分が出くわしてしまう、という事。
もっと分かりやすく言うならば、現在の自分が過去の自分を殺してしまうような事だ。
つまり、時間軸で考えればあり得ない事が起こることをタイム・パラドックスという。


だから、意味が分からなかった。

「パラドックス?何が?」


何が矛盾していると言うのか。いや、そもそもそれのどこがメリーの消える原因なのか。
「つまりね、私、八雲紫とマエリベリー・ハーンは直系なのよ」
「えっ…」
直系、の意味が最初理解出来ず、言葉が漏れただけだったが、すぐに頭は理解する。
先祖と子孫の関係だと言うのか?

だから、似ていた?

そして、会える筈のない存在同士が出会ってしまったら…?
当然、世界の異端。
ある筈のない存在により、世界は曖昧に揺れる。
その結果が、メリーの…

「ちょっと待って!妖怪は何年だって生きるんでしょう?紫の子孫がメリーだって言うならメリーが人間なのも不思議だけど、それ以前に何年も生きてるのが妖怪ならその話の何処に矛盾が合うと言うの?」
だって、当たり前だ。
いうなれば、50年前に生まれた人間と3日前に生まれた蝉が出会ったようなものだ。
何ら不思議はない。だって、そもそもの寿命が違うのだから。
「うふふ、早とちりは良くないわ、蓮子」
「何が早とちりよ?何か間違ってる?」
そういって私は魔理沙を見た。「間違ってるようには思えないがな」という魔理沙の言葉。
だが、霊夢は表情を硬くして、一言核心を突く。
「まさか…“逆”?」
「逆?何が…」
「ふふふ、大☆正☆解!流石ね霊夢」
大☆正☆解、という言い方がメリーにそっくりで、また胸が痛くなる。
「蓮子、貴女は理論は理解している。だけど、前提が間違ってるのよ。私はマエリベリー・ハーンの先祖じゃない。







―――――子孫よ」




「え」
「私は貴女達いた時代よりもの遥か未来の日本から来た。
時間の境界を越えて、世界に境界を作り。私が時間を敢えて超えたのは言うまでもないでしょう?面白いものが幻想になっていく時代が良かったのよ。あんな時代じゃ幻想になる物もならないものもみんなデジタル。ま、それにある程度時代を戻らないと妖怪はほとんど滅びちゃってたからねぇ」
そう笑って言う紫の言葉は、全く頭に入らなかった。
ただ、今知ったばかりのその真実が恐ろしく感じて、どうしようもなかった。
「メリーが…貴女の先祖?」
「そ。大きな矛盾だって分かったでしょ?」
だから、“私にも無関係って訳じゃない”なのか?
でも、信じれなかった。
だとしたら、なおさら大きな矛盾が生まれた事になるからだ。
そうでしょう?
「ふふ、そこまで一気に考えが回るなんて。流石に鋭いのね。霊夢もまだそこまで至ってないわよ?」
「これから世界はどうなるって言うの?私の行動が世界に反しているなら…貴女は!」
「もっとずっと大きな矛盾よ。私も恐ろしい。こんなに恐怖心を感じるのもなかなかないわね。自分自身がどうってのは実感湧かないけど…この世界は潰したくない…」
紫は珍しく真剣な、少し暗い表情になって俯く。
そう、大きすぎる矛盾だ。




だって、メリーはまだ誰とも結婚してないのよ?




つまり、メリーに子孫が存在する筈がない。





なら、紫は?





大きすぎる矛盾。存在する筈のない者になる。
過去に居た訳でも、未来に居る訳でもない。
存在そのものが無い筈の者だ。

「まぁ実際問題、私自身に何かあるとは思わないけど」
ふっと表情を戻すと紫はそんな事を言う。
「此処は幻想郷。幻想が存在できる場所だもの。ある筈のない私、でも平気でしょうね。だけど、幻想郷そのものが矛盾となってしまえばそれは―――」



そこまで言うと紫は口を閉ざした。
え、という顔を向けると、彼女は霊夢の方を心配そうに見つめている。
霊夢が真っ青になっていた。
「ちょっと…待ちなさいよ…」
かろうじて開かれた口から弱弱しく言葉が紡がれる。
「あんたが矛盾した存在で、幻想郷に存在するっていうなら…」
その言葉は、とどめ。

私は勘違いしていた。
紫という存在の矛盾なんて“コレ”に比べればどうという事でもなかったのだ。

紫の言っていた言葉の意味を漸く理解させるとどめの言葉。



「誰が幻想郷を創った事になるのよ?」








15








このままいけば、幻想郷が幻想になる。
完全な矛盾だ。
私自身気付けたのは紫という存在の矛盾まで。
その矛盾はもっと大きな矛盾を生む。
彼女のしてきた事が、全て幻想になる?

これが紫の言った“タイム・パラドックス”の全てだ。

「私…どうすればいいの?」
私の口が震える。かろうじて出た言葉すら弱弱しく、情けなく思う。
「蓮子。貴女が慌ててどうするのかしら?私だってこの世界を終わらせてやる気はないのよ。でも慌ててどうにかなる話?違うでしょう?しっかりと考えなさい。順序立てて、考えるの。貴女は何の為に勉強をしてきたの?学んだ事自体に意味なんてある訳ないでしょう?学ぶ中で、考え方、構成力、そう言ったものを身につける為に学んできたんでしょう?役に立たせなさいよ。学んだだけなんて不愉快でしょう?役立てなさい、自分の大切なものの為よ!」


怒鳴られて気付く。彼女も恐れているんだ。
整理しろ、情報を、考えを。
そうだ、何の為に学んだ?こんな体たらくじゃあの馬鹿教授と同じレベルだよ宇佐見蓮子!
しっかりと、正しい情報の下で物事を判断しろ。

その為には情報の整理が必要だ。
蓮子は考え、自分の荷物を開く。
「お、ウサギ蓮子、お前の荷物便利なのに入ってるんだな」
「いい加減名前覚えてくれない?てかわざとよね?」
どうやら幻想郷ではちょっと洒落た感じの黒と銀がマッチしたようなバッグは珍しいらしい。
ちなみにメリーからプレゼントされたものである。
確か誕生日プレゼントだったかしら。
ちなみに私はネックレスを渡したように記憶している。
似合ってて可愛かった。

「ん?おかしくない?」
頭に微妙な思い出を回想させつつしっかりと情報を整理していた私は(流石私!)ある事に気が付いた。
「紫は幻想になってしまってもここは幻想郷だから平気なんでしょ?」
「ええ。まぁ外の世界との出入りは出来なくなるかもしれないけど」
じゃあおかしい。

「ならメリーは今どこに居るの?」
そう、メリーの存在が“幻想”になったというのなら、ここにいなければおかしいではないか。

「それが、私の言った“分からない事”なのよ。それが分かれば此処に連れてくる方法もきっと分かるんだけど、ね」
紫の言うとおりだった。
何処に居るかが分からない者をどうやって連れてこれようか。

成程ね。
蓮子は頭を切り替え、その考察を始める。
状況から考えればメリーは幻想となって幻想郷にいなければおかしい。
じゃあ、どうしてメリーがここに居ないのか。
つまり、今分かっている事でメリーがここ以外の所に居る可能性、またその理由を考える必要がある。

「ねぇ、関係ない話かもしれないんだけどさ…」
霊夢が紫に聞いた。
「私と蓮子は何か繋がりはあるの?勘なんだけどさ、何かさっきから色々引っかかると言うか…」
「ええ、霊夢は蓮子の先祖よ。もっとも、厳密には蓮子の先祖の姉妹なんだけどね。ある代で、博麗の娘が二人いてね。それで幻想郷側と外の世界側とで別れたの。その幻想郷側の子孫が霊夢で、外側の子孫が蓮子よ。」

だから似てるな、って思ったのよね。
と紫は思う。
最初会った時もこの事件が始まった時も分かんなかったけど、蓮子が外の博麗神社に来た時に分かった。
博麗神社に来ただけで幻想郷に来れる訳がない。
そんな簡単に入り込める結界ではないのだ。博麗大結界は。
だが彼女は入った。しかも、寝ながら。
それは博麗が彼女を呼んだから。
博麗の血が流れる蓮子を幻想郷が呼んだから。
その蓮子と紫の先祖のメリーが出会うなんてなんていう偶然かしらね。


「あら?まだ何か入ってたみたいね」
蓮子は自分の荷物の中からメリーが最後に残した紙袋を開いた。
あの時に重みを感じてはいたが、こんなに大きいものが入っていたとは。


マフラー、だった。

「馬鹿ね…もう冬は終わりそうだっていうのに…」
白がベースで、人が二人刺繍されていた。
一人は紫色の服を着た金の長髪の女性―――メリーだ。
もう一人は、ハットを被った黒髪の―――私。
真ん中には可愛らしいハートマークが刺繍されて、その中に文字が綴られている。



always on your side and I love you



「だから…言ったじゃない…」
ああ、私なんだかしょっちゅう泣いてるな。
でも仕方がないでしょ?こんなに想われて、それで涙を流さないでいられるほど薄情者じゃないのよ。
「私はまだ答えてないって…!」
そんなに想われてるのに私は返してない。
ふざけないでよ。

解決が見えて、直前で落とされて少し落ち込んでいたのだろうか。
さっきまで小さかった何かがまた燃え上がった気がした。

「答えてみせるからね…メリー、待ってなさいよ!」




決意新たに立ち上がると、ぱさりと何かが落ちた。
「??」
手紙だ。最初に呼んだ、メリーから私への手紙。
読み返している内に、引っかかる事があった。
「ドッペルゲンガー」
………………………………………………………
何だろう、この引っかかりは。
唯単にメリーは自分の消滅の理由をドッペルゲンガーを見たからだと解釈していただけに過ぎない。
なのに、何故だろうか。引っかかる。

また考えに耽っていると、他愛ない会話(きっと普段からこうなんだろうな)が聞こえた。
「おい紫、お前これ食べないか?甘いお菓子だぜ?」
「あらあら、下手な嘘を吐くのね。それ激辛でしょう?」
「ちぇー、霊夢も引っかからないし、ルーミアとチルノだけしかまだこれ食べてくれてないぜ。ルーミアには強引に押しこんだだけだし。てか紫、お前妖怪だろ?精神に何か依存するっていうじゃないか。甘いとか思いこめば何とかなるんじゃないのか?」
「何とかなるかもしれないけど嫌よ。大体分かってる事と違うように思い込むなんて難しいわ」


ふぅ。私にもその溜息は思った以上に大きく聞こえた。
全く、ここの人たちは何処までもマイペースなのね…。さっきのアレは確かに辛そうだったけどさ。

精神に依存する、か。
別に人間だって妖怪程じゃなくてもそういうのはあるだろう。
美味しそうな匂いがすればお腹が空いたような気になるし、殴られる、と思うと仮に殴られてなくても先走って「痛い」なんていうのはよくあることだ。暗くて何か出そうだと思っていればちょっとした音が恐ろしく感じるし、あれ?



あれ?







16








宴会はいつの間にか終わっていて、静かな夜の月の下、私は自分の推測を話した。


「そうか…成程ね蓮子。確かに可能性として十分にあり得る話だわ。……だけど」
紫は蓮子の憶測を肯定した。
蓮子の考えは“メリーがいるのは顕界と冥界の狭間”というものだ。
当然唯の当てずっぽうではない。蓮子なりの理論の下で組み立てられた結果だ。


鍵となるのは、“メリーは自分が死ぬと思い込んでいた事”

つまり、本来ならば幻想となる筈だったのに、思い込みがそれを邪魔してしまったのだ。
自分は死ぬ、という思い込みが。
それでは死の運命にある者が思い込みで脱せるというのか?
それは違う。
メリーは人間でありながら八雲紫に通じる強大な力の片鱗を持っていた。
境界を操ると言う紫に対して境界の見えるメリー。
比べてしまえばそれは片鱗に過ぎないかもしれないが、それでも片鱗であることに意味がある。
それを私はこう考える。
彼女は人間:妖怪の比率が9:1、またはそれに近い数値であり、妖怪である部分を少なからず持っているのではないか。
であれば“思い込み”が通常以上の意味を持ってしまう可能性は無いとは言いきれない。



“幻想となる運命だったものが、死ぬと信じた結果、その中間に挟まれてしまった”



これが結論だ。
これが私の出した結論。

「だけど」
紫は言った。ありえなくはない、だが何かがあると言う。
「もしもそれが真実なら相当な覚悟が必要になるわよ」
冷たい目。
それは威圧ではなく、確認のような。
「覚悟?そんなもの初めから…」
「世界には理が存在するの。破ってはならないルール。貴女はこれから半分とはいえ“死”を侵そうとしている」
それは大きな事なのよ、と紫は言う。
今なら退ける、と。私はお勧めは出来ない、と。



ま、関係ないけどね。

もう意志は決まっているもの。

絶対メリーと一緒の未来。
それ以外の運命は認めないわ。
「退く気は無いのね」
「欠片も」
分かってたくせに。
そう軽くウィンクしてみせたが、



紫は返さなかった。





「ねぇ蓮子?やるからには成功させなさいよ」
紫が静かに言う。背後に突然現れた何者かを気にもかけずに…
「ちょっ!!後ろ!!」
慌てる私と裏腹、紫は後ろすら見ずに、軽く笑って言った。
「藍、ちょっと頼みがあるのよ」
「はいはい、分かってて来たんですよ」
藍と呼ばれたその後ろの人は、私の方を少し見ると、何も言わずに去っていった。
「誰?」
「私の従者。優秀よ?」
「ふぅん…」
何を頼んだのか聞きたいとは思ったが、今はそれよりもメリーだ。
「さて、急ぐわよ蓮子。もしその予想通りなら、メリーはかなり衰弱してる筈よ―――死にかけてるんだから」


霊夢や魔理沙は付いてきてくれた。
私はそれがとても嬉しくて笑顔のままだったのだが、二人は意味分からんという顔で私を見続けていた。

「着いたわ。此処から境界を崩して幽明の狭間から貴女の友人を引きずり出す。紫。準備は?」
「別にいつでもー。あ、でもその前に~、と」
何か思い出したらしく紫は地面に紫色の光で線を引き始めた。
大きな円を描き、その中に入る。
「命かける覚悟のある人だけ」
その一瞬だけ何か強い威圧を感じ、膝が曲がった。
「この円の中に入ってきなさい」

迷いなんてない。
私はすぐに入った。

ふっと景色が変わった。

そう、境界を超えた時と同じような感覚。
黒かったり赤かったり紫色だったりするいまいち特徴のつかめない空間。
だけど感覚で理解していた。

これが、“境界の中”――――――







17






境界の中。
簡単に言うなら狭間だ。顕界でも冥界でもない、その間。


「あらら、霊夢に魔理沙まで来たのね。物好きな子」
「子、なんて言うなよな。面白そうだから来ただけだぜ」
「何て子」
「一緒にしないでよね。私は後学の為よ。境界関連の問題なら見ておいた方がいいでしょ?」
2人はそれぞれに何か言っている。
来てくれる事に喜びを感じながらも、今は、と集中する。
今は、メリーを助けないと。

「良い?これから私達は―――」
「世界に反します、でしょ?さっさとやんなさいよ」
霊夢が遮り、紫はやれやれと前を向く。どっちが前かいまいち分からないが。
後ろから僅かに見えた紫の頬には汗が垂れていた。
恐れているのだろうか。世界に反する事を。
「ふぅ。私に関係のない事だったら絶対引き受けないわ…」
そう言うなり、紫は手にしていた扇子で空間を切り裂いた。

ぴっと亀裂が一筋、そこから得体のしれない気配がなだれ込む。
それだけでいわゆる“普通の人間”である私には厳しい環境が出来上がってしまった。
「うぅ…ぐ…」
吐き気がする。頭が痛い。息が苦しい。
「大丈夫?紫…これは、“死”ね?」
「ええ。春と同じように概念にも何かしらの形が存在している事がある。これは死。蓮子、強く意志を持ちなさい。―――――飲まれるわよ」
「くそっ。私にだって結構きついぜ?ウサギ蓮子、お前大丈夫か?」
「あんたいい加減わざとでしょうがっ!!」
「はっはっは!そんだけ吠えられんならまだ平気だ!」
魔理沙はそう笑って私の腕を掴んだ。
「立てって。友人迎える時は胸張っとかないとな!」



どれくらい時間が経ったのだろうか。
とても長かったような気もするし、数分だった気もする。
ありきたりな表現かもしれないが、実際に経験するのは初めてだった。

「来るわ!!!」

紫の大声。
何が、と思った時には亀裂が大きく広がって、中から大きな影が出てきた。
その影は亀裂から溢れてくる闇に包まれて―――死に包まれている。
その影の正体は、


「メリー!!!!!!」


マエリベリー・ハーンだった。
私の探し続けていた親友、メリーが。
死に包まれていた。


「あー…これは酷いわね。紫、どうしたらいいかしら」
きわめて冷静な霊夢。
その態度が蓮子には不快に感じた。
「何か言ってる暇があったら早く蓮子を!!助けて!!」
「何を言っているの?」
しかし帰って来たのは冷たい返事。
「何って…!私は」
「親友を助けたいなら冷静になれ!!あんたの頭は慌てれば良い考えが浮かぶわけ!!?」
ばしんっ、と強烈な張り手を左の頬に受け、私は黙った。

そうだ、霊夢の言うとおりだ。
頭が冷える。痛みが私の眼を覚ます。
今すべきことは、何だ?


「ごめん」
「わかりゃ良いのよ。ほら、さっさと動く」
メリーの体を起こし、その顔を見る。
酷く衰弱しているのが見て取れる。

でも、


生きている。

息をしていた。

苦しそうな顔で、しかし肺を膨らませていた。


「蓮子!!彼女の存在が曖昧だわ!感覚を与えないと…」
「紫、ちょっとそれじゃ分かんないわよ。感覚って?」
「五感の事!でも全身が震えてる…触覚じゃ駄目ね。触れるだけじゃ弱いし強ければショックを起こしかねない」
「なら聴覚は?」
「同じよ!ショック状態になっちゃ…」
私の頭はぐるぐると回って、五感すら思い出すのが遅い。
「えっと…えっと…じゃあ視覚…は駄目ね、目をつぶってるし…嗅覚は?」
「都合良すぎよ!匂いのあるものなんて持ってないわ!」
ああもう!じゃあ後は、後は…
「味覚は?」
「だから!そんな都合良く食べものなんて…」
「持ってるぜ!!!!」
魔理沙が叫ぶ。

手には、チョコレート。


「あ…」
「ほら口開かせろって。そらっ」
私がメリーの口を開かせると魔理沙はチョコを突っ込んだ。
…良いのかこれで!?



「で、紫。こうする事に何の意味があったんだ?」
「死んでしまえ」

あまりにも即答で死んでしまえと言われた魔理沙は紫にマスパを放ったがあっさりと避けられてしまった後、
一拍置いて紫が話し始めた。
「今のは存在の確立の基本よ。触れてもらう事で自分は此処に居る、と感じる事が出来る。それと同様に、何かしらの感覚を遣わせる事で自分が存在している事を自覚させるの」
「強過ぎちゃダメ、ってのは何?」
「体は弱ってる上に意識は無いの。そんな状態で強い刺激を与えてしまったら体は驚いて過剰な反応をしてしまう恐れがある。弱ってる体にそれは危険すぎるわ」

だからチョコレートなんて持ってて良かったわ、と紫はいつも通りのくすくす笑いをする。

これで安心ね、全部終わり。
しっかり目的は果たせた。

すう、と景色が変わる。境界の中、から顕界に戻って来たのだ。


「あら?」
紫の声が、何故だか重たく響いた。

メリーや紫、霊夢に魔理沙…つまり私以外のみんなの体が浮き、結界―――私達の入っていた円からふわりと外れた。

どうして、だろう。

どうして勝手に動いたんだろう。
勝手に円から動いてしまったんだろう?

どうして、それだけの事なのにこんなに気になるんだろう?

たった、それだけの事なのに?







18







何がたったそれだけなのだろう?

意味があるに決まっているのに。

私は唐突に、苦しさを覚えた。

「がはっ…げほっ…あああああ!!」
口からは真紅の液体。それが自分の手を染めた。

「蓮子?どうした…」
「入るなっ!!!!!」
紫が大声で魔理沙を止める。
「ふぅん、最後に部外者には選択権を与えるって訳ね。この先は本当に命懸けよ!」
「……!」
「どういう事よ紫!手短に分かりやすく説明なさい!」

「簡単な話よ!世界の逆鱗に触れた!」
「世界に反したからか!?」
「その通りよ!それも、龍神様の怒りじゃない…これは外の…神道の神の怒り!?」
神道。つまり神社に祭られるような神の事だ。
「霊夢!分かるかしら?どの神がお怒りか!」
「誰もへったくれもない!世界そのものよ!つまり…天之御中主神!!」
高天原に最初に降り立ったとされる神だ。
それが、今怒っている。
流石の魔理沙や紫も、恐れを抱いた。
結界の中に入って、蓮子を助けたい。

のに。

「おい紫…こんなん見た事あるか…?」
蓮子の周りを明らかな力が包んいる。その内側からは蓮子の悲痛な声。
「もっと規模が小さいのなら、ね。私が幻想郷を創った時、同じような眼にあったわ…」
でも。紫の記憶の中であの日が蘇る。
「あの時は何人かの妖怪達が協力…つまり、私の受ける苦痛を共有してくれたことで何とか私は生き延びた」
それはつまり。

妖怪が“何とか生き延びた”痛みを超える力を今生身の人間が受けている…?
「くそ…足が…動かない…」
魔理沙は自分が恐怖を感じている事を今更に感じ、右側で何かが動く気配を感じた。
「霊夢!?」
「ふざけんな!!!!!」
霊夢が結界の中へ突っ込む。
「私は巫女よ!!?だけどね!!本気になって大切な人を救い出そうとする事すら認められないような腐った神なんかに仕えてやる気は毛頭ないんだよ!!この糞神!!」
何という巫女だ。
魔理沙は「はははっ」と自嘲するように上を向き、呟く。
「霊夢に負けたら悔しいな」
すぅ、と息を吸う。もう足は震えない。
「負けてたまるか!」
その後を追った。


意識が崩れてきた。
苦しさは増していくばかりでもう声も出ない。
私は死ぬんだな、そうぼんやりと思った。
ごめんね、メリー。
折角ここまで来たのに、私は世界に殺されちゃうみたい。
さよならくらい、しっかり言え

「ああああああああああああ!!!きっついわね!!」

え?
「全く!どうやったら痛みの共有だかが出来るのか聞いてなかったと思ったら!結界に入れば早速だなんてちょっと早すぎじゃない!!」
「霊夢…?」
「はっ!!諦めるなんてダサいんじゃないのか?このままエンドじゃメリーって奴は喜べやしないぜ?コンティニューさせてくれるほど甘くはなさそうだしな!」
「魔理沙…?」
霊夢と魔理沙が同じように苦しそうな顔に笑みを浮かべて私を見ていた。
そして、
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど…ここまで馬鹿だなんてね!!」
紫の声。
「ふふふっ…!私も…大馬鹿って…事かし…ら!?」
ちっ敵が前回は龍、今回は何とかさんって訳、と薄く笑い、傘を杖代わりにして蓮子を支える。
「あの時よりもきついじゃない…ったく!龍神様の方がお優しいって事ね!」

嬉しさ。
そんなものが込み上げてくるものの、それに気を取られているほど余裕はなく、痛み、苦しみは増していくばかり。
「あらぁ…このままじゃ全滅かしら…?」
「馬鹿紫!あん…たは知ってて何も対策しなかった…の?」
「威勢が良いのは…ここでも…?霊夢…、対策は…“間に合えば”、…かしら?」
霊夢や魔理沙、紫の表情もみるみる苦痛の色に染まっていく。
「こんの…仕方ないわね…!天之御中主神!!!聞け!!蓮子がした事はそこまでの罪か!!?お前に殺されなければならないほどの罪か!!?」
霊夢が声を張り上げる。
もっとも、苦痛に負け声自体は小さかったが。

声は、帰ってこない。

「ああもう!糞神!!」
「そんな言葉使い…だから返ってこないんじゃな…いの?」
苦しそうなのにしっかり突っ込むあたり紫は尊敬に値すると思う。

「もう…ダ…メ…」
再び私の口から血が吐かれ、地面を濡らす。
「蓮子、しっかり…なさい…!貴女が諦めちゃ…げほっ!!」
全員満身創痍だ。
死をここまで身近に感じる事など考えたくもないような現状。
「紫…私死んだら…博麗は…幻想郷は…どうなる…?」
「馬鹿言わないで…頂戴…っ」

もう立ってなんていられない。
全員膝を折り両手を地に付け、顔を寄せ合い励ましあう。
―――普段の彼女らから言えばありえない状況だ―――
そんな抵抗も、空しくなっていくばかり。
世界の怒りは、まだまだ治まる所を知らず、荒れ狂う力の塊となって4人を襲い続けた。




「はろー霊夢。苦戦中?」
蓮子は反射的に顔を少しだけ上げた。
知らない声だったから。まぁ知ってる可能性の方が明らかに低いのだが。
「レミ…リア?」
レミリアと呼ばれた幼い女の子は、躊躇う事すらせずに円の中に足を踏み入れた。
「ふん…こんなもの…?貴女が宇佐見蓮子ね…?私には視えるわよ?貴女達の運命が」
そう言いながら苦しそうな顔を隠し蓮子の肩に触れる。
「しっかり笑っている貴女の運命が」
そう言って強気な笑みを見せた。
「私はレミリア・スカーレット。吸血鬼よ。最愛の者を守りたいと戦う貴女の思いを聞いて、ここに来たわ。協力してあげる」
一体誰が…?そしてどうして面識のない私に協力なんて…
「私だけじゃなくてよ?」
後ろから、躊躇を知らぬ者達が次々と結界に足を踏み入れる。
「むきゅ…喘息持ちにさせる事じゃないわレミィ」
「パチュリー様…結構これ…きついですね…」
「咲夜さーん…大丈夫ですか…?」
「ありがと美鈴…うん、人間の遊びにしちゃあ随分じゃなくて?お嬢様」
会った事も話した事もない、名前すら知らない人たちが結界に入ってくる。
「紫…どういう…」
紫を見ると、彼女は笑っていた。
「間に合った、って事…よ!」
「ふん。八雲藍、だっけか?あいつの説明が分かりづらかったのよ…」
「五月蠅い。誰が分かり辛いだ。他の面子はすぐに理解してくれたぞ。お前が馬鹿なだけだ」
そんな声と同時に藍が結界に入る。
「ぐぁっ…!あの時より…大きい力です…ね!紫様…!」


その先はすごかった。
次々と人(多分妖怪なんだろうな)が入ってくるのだ。
色々な声が聞こえたがどの顔が何を言ったかなど私にはさっぱり分からなかった。

「貴女が式の言ってた蓮子ちゃんね…大丈夫よ。死の世界…私達の世界に来るには貴女達はまだ早い」
「幽々子様…ご無事で…すか…?蓮子と言ったな?お前の大事な人なんだろう?自分に誓って。しっかり最後まで守り通せ!」

「姫…貴女まで入る必要は…」
「いいえ永琳。入るのよ。こんなに必死になって生を守ろうとする、その姿。私達も目に刻みましょう?そこで覚える共感は…きっとただの錯覚なんかじゃないと思うから」
「し…師匠~…さっきの薬って何ですか…」
「あ、タフになる薬」
「やる気満々だ~…」

「四季様、良いんですか?閻魔様ともあろう者が神に背いても…」
「おバカ!」
「きゃん!」
「閻魔は別に神だの常識だのに囚われるものではありません。顕界でも言うでしょう?己の良心にのみ従えと」

「ふふ…限りある命を必死に咲く花、ね。良いじゃない、協力しましょう…?協力したら何だか、もっと綺麗な花を咲かせられる気がするもの」

「神奈子様!そんな、貴女様まで…」
「ええいお黙り!同じ神として苛立つのよ!ここまでの力の差も!考え方もね!!行くよ諏訪子!」
「はいはい!私達は取り戻せなかった。だからこそ、貴女には取り戻してほしいわ。大切な人をね」

「事件ですよ事件!さぁ椛。どうしましょう?」
「え…えっと…流石にこれは…」
「事件ですもの!大事件!事件を理解するには?当事者になるのが手っ取り早いんです!」

「やれやれ、紫、結局やったんだねぇ。ま、私だってあんたは大事な友人だしさ。気持ちは分かるさ。ほら天狗!私の酒に付き合いな!」


「あっははははははははは!ここまで集まってまだこんなにきっついなんて!よく耐えてるわねぇ私達!!」
紫は大声で笑う。
最早妖怪にはどうって事無いレベルなのかと思いきやまだまだ冷や汗が垂れている。
俗に言うやせ我慢だ。

でも、心強い。

でも、不思議。

「どうし…て?話した事もないのに…助けてくれるの…?」

紫が代表してその当たり前の質問に答えた。
「ここに居る者達はみんな、大切な誰かの存在があるから。私なら、幻想郷そのもの、みたいにね」
「答え…なの?それは…」
「二つの答えよ?みんな共感できるってことよ。そして、助けたいと思うの。自分にも大事なものがあるから。
それに、みんな宴会が好きでねぇ…ふふふ」
その先を大きな角が二本生えた小柄な女の子が続けた。
「幻想郷はみんな宴会が好き!宴会は人数多い方が楽しいだろう?ようこそ!幻想郷へ!!ってね!」
「つまり…」
私はおかしくなってぷっと吹いてしまう。
「酒の肴?」
「そんな所かしら?」

「最後は私が締めれば良いと?」
霊夢だ。汗だらだらの顔を心なしか笑顔にしながら、ひーひー言いつつも話す。
「幻想郷は全てを受け入れる。大事な人を守りたい、そう頑張ってる人を拒否するほど性格悪くないのよ?助けるのにそんな大仰な理由が要る?―――ねえ馬鹿神が!」
結構根に持っているらしい。
「しっかし…随分楽になったとはいえ…このまま続けば結局みんな死んじゃうわよね…」
改めて現状を見る。
というかこれが随分楽とは。此処の人間はおかしいんじゃないだろうか。

その場が段々と地獄絵図になってきた。
この激痛の中で夜中に起き続けていた時のように妖怪達のテンションが上がって来たのだ。
つまり、この結界の激痛の中で、

「よっしゃぁ宴会だ―――!!!」








19







「蓮…子…」


悪夢のようなどんちゃん騒ぎ。
そんな時だったからだろうか。
最初、その声が何なのか分からなかったのは。

「え…?」

「蓮子ぉ!!」
「メリー!!?」

メリーが起き上がって、円の外側から私の名前を呼んでいた。
「蓮子!!」
「メリー!メリー!!メリー!!!」

「お、主役の登場かい?」
「萃香、大人しくしてなさいって…それよりお酒もっと~!そろそろ体力キツイ!」
そう言って酒で体力回復を試みる面々。
無茶苦茶だ。


結界の線を挟んで私とメリーは向かい合っていた。
「蓮子…?私はどうして…?」
「説明は…後よ…とりあえずもうちょい待ってて?」
メリーは分からない、という顔をする。


彼女が馬鹿だったら良かった。
馬鹿ならこういう事に気付かないのに。
「この線、いいえ、境界は何?」
「……」
答えられる筈もない。
答えればメリーはこの中に入ってくるだろう。迷いもせずに。

彼女はそういう子だから。

「何でもな――
「私には境界が見えるのよ!!?」
そう言うなり、

境界を簡単に乗り越え、躊躇の欠片もなく私の前に立った。

「え…」
「凄い人数…しかもお祭り騒ぎね。こんなに居ても、すごく苦しいのね…」
メリーの顔色は途端に悪くなり、息が荒くなり始めた。
「メリー!馬鹿馬鹿馬鹿!!早く出なさいよ!!」
「もう…蓮子ったら。ついでにもう出れないわよ」
メリーは当たり前じゃない、という風に私に言う。
「馬鹿!」
「何度も言われたわよ…主にさっき」
「でも…だって…げほっ」
「ほら蓮子。無理しないで」
そう言いながら、メリーは私の手を取る。






それと同時に、結界が震えた。

突風が吹き、私の荷物が宙を舞う。
マフラーも、飛んでしまった。

「はい宴会中止!!集まりなさい!!」
紫の声に合わせて全員がすぐに円の中心に集まる。
迅速な動き。
私達も少し遅れて集まった。

だが、



少し、遅れてしまった。

歪んだ境界は最後に世界に反した者だけでも取り除こうとして。


「いけない!!世界に歪みが…!」
紫の言っている意味はいまいち理解出来なかったが、これだけは分かる。

私が、危険だ。

「う…ぁ…ああああああああああああああああああ!!!!!」
「蓮子っ!!!?」

紫が作る空間の切れ目より、もっと歪でひびだらけの裂け目。
その中から現れた無数の手が私の足を掴んでいた。


怖い怖い怖い怖い!!!
連れて行かれる!!

「蓮子!!捕まって!!」
メリーが右手を伸ばして、私の腕を強く握る。
メリーの手は、
「温かいね…メリーの手」
「馬鹿言ってないで!離しちゃダメだからね!!」
メリーが叫ぶ。
眼に一杯の涙を浮かべて。
だけど。




ずるっ


「あっ……」
「メリ…」
私達の手は虚しくも離れて、精一杯手を伸ばしたけど、メリーの手に届かなくて。






私を飲み込む切れ目が閉じてしまう直前、一瞬柔らかいものに触れた気がした。







20







「蓮子ちゃんがハーンさん探しに消えてから1週間くらい経ったよね…」
「蓮子ちゃんも行方不明らしいって…」

そんな噂が絶えることなく広がっていく学校。
外の世界、と自分達の今居る場所が呼ばれる事を知らぬ人間達は、普段通りの日常を送っていた。

どちらが、幸せなのか。

真実を知ることと、知らぬこと。

そんなものは分からないから、だからね、とよく蓮子は言っていた。


「何が良いかなんて分かんないんだからさ。とりあえずその時出来る事全部やれば良いじゃない?」







21







「蓮子ぉ――――――!!!!」
切れ目が閉じて蓮子の姿は見えなくなり、同時に紫の張っていた円状の境界は消えた。
痛みも、共に。

後に残されたのは、幻想郷の人間や妖怪達と、マエリベリー・ハーン。

「そんな…死ぬのは私の筈でしょう…?」

何があったのかなんてわからないけど、蓮子が自分を助ける為に動いてくれていた事は分かる。
だから自分を見てあんなに叫んでいたじゃないか。
「貴女が…マエリベリー・ハーンさんね…私は霊夢よ。蓮子の…手伝いをしてたの」
「そう…ありがとう…」
誰も責められない。悪いのは自分だ。
その場は不気味なほどに静かで、誰も話そうとしない。
今起こってしまった事が、まだ理解できていないかのように。

会ったばかりでも、話した事がなくても、あの瞬間、それぞれが結界の中に入ったあの瞬間、蓮子もまた彼女らの仲間になったのに。
それなのにそれを一瞬で奪われたのだ。
会ったばかりでも素敵な魅力を感じた。
なら、ずっと一緒に居たであろうマエリベリー・ハーンがどれだけ苦しいか。
そう考えれば、誰も何も言えよう筈もなかった。

ドサ、と蓮子のバッグが落ちてきた。
「私が…あげたんだっけ、これ…」
虚ろな目でそのバッグを見る。そして自分の首元を見る。
そこには、綺麗なネックレス。
そう、彼女に貰った大切な――――

沈黙は続いていた。
だが、突然その沈黙の空気が変わった。
誰もが“ある物”を捜す眼で黙ったまま辺りを見回していた。
そして全員の眼はある一点に注がれた。

「…?」
その奇怪な眼は私に向けられていた。私、マエリベリー・ハーンに。
いや、厳密には私の少し後ろ、直前まで、蓮子がいた所――――
「え?」



全員の探しもの、マフラーが閉じた境界に挟まって、揺れていた。







あの日、私は何と答えたのだったか。
やれる事をやれば良い、そう言われた時、何と答えたんだっけ。
「……」
何言ってるんだろう、しっかり覚えてるじゃない。

「“当り前よね”」

「霊夢さん!!この閉じちゃってる切れ目、広げられますか!!?」
私の手はマフラーを強く掴んで。この下で蓮子もマフラーを掴んでいると信じて。
「紫!!」
「りょーかい!!!!」
紫が扇子を切れ目に当てると切れ目が広がった。
そして、

「メリ―――!!」
中からは蓮子の声が。
だが思い切り引っ張っても簡単には持ち上がりっこない。
そのうえ中からは再び蓮子を連れて行ってしまったあの無数の手が。
「はいメリーさんは引き上げるのに集中しなさい!萃香、手伝いたいのは分かるけどこれはやらせてあげなさい。代わりに―――」
霊夢は札を出し手にぶつける。
煙を出しながら消滅していく手を見せて、
「ストレス発散はさせたげるからさ」


「蓮子…捕まってなさいよ…!」
「あったりまえよ…!見えないかもしれないけどこの下底が見えないのよ!」
「分かったから叫ぶな!揺れる!重い!」
「重くない!!」



ようやく蓮子を引き上げ終えるのと、無数の手が実は無数ではなかったと証明されるのは、大体同時だっただろうか。

相変わらずぜーはー言っていた私達だけど、今まででもしかしたら一番の笑顔をしていたかもしれない。


「蓮子」
「メリー」

顔を合わせて言う。

「おかえり!!!」
「ただいま!!!」



私達の運命?
当然。

二人で笑ってる未来に決まってるじゃない!








LAST








「それじゃ、ホントにありがとう」
「こちらこそ。ひさしぶりにドンパチしたから良い刺激だったわ」


私達は外の世界に帰る準備を終え、博麗神社の前に居た。
「ホントに行っちゃうの?ここの方が楽しいと思うけど…」
「ありがと、レミリア。でもまぁ、やっぱ故郷だし…ね。またいつでも来るからさ!」
「その言葉巫女的に聞き逃せないんだけど…」
そんな他愛ないやり取り。
そんな中でも自分達がもうここの一員になれている気がして、嬉しかった。



幻想郷は全てを受け入れる、か。



「じゃあ、行こっか。メリー」
「そうね、蓮子」
私達は、幻想郷を後にした。

ふわ、と博麗神社に降り立つ。

私はここから入ったのよ。
ふーん。

そんなやり取りをして、ふと気付く。

「…あれ?」
「どしたのメリー…!?」

「うわあああああああああああ!!!」
私達はもう一度幻想郷に駆け込んだ。
今度はメリーがいたからすぐに入れた。


「で、どうしたのよ?」

若干苛立った様子の霊夢に聞かれる。
まぁ、当然だろう。さよならしたと思ったら下の根の乾かぬうちに戻って来たのだから。
まぁ巫女的に境界云々らしいけどそっちはいまいち分からない。
「い、いや、メリーの体が、また透けてきて…」
「はぁ!?」

一体どういう事だろう。
幻想郷ではまったく正常な体だ。これが外に出た瞬間アレでは流石にびびる。

「ああ、やっぱり戻ってきたわね」
「紫!あんた何か知ってるわね!!」

そんな現場に紫が降り立つ。
本当に神出鬼没だ。
「あのねぇ、メリーはもう“幻想”なのよ?」
「えっ…」
つまり、それは。
「だから、貴女はもう出られない。パラドックスを通過してしまった以上、もう幻想からは戻れないのよ」
じゃぁ…私は、どうする?
「まぁ、蓮子がどうするかは自由だけどね」
「決まってるじゃない。一緒に居るわ。メリーとね」
やれやれ、と笑うと紫はメリーに扇子を当てる。
「30分よ。良いわね。私だってこれ以上バランスは崩したくないんだから…時間内に別れを済ましてきなさい!30分経ったら私が勝手に連れ戻すから!」
「良かったわね。現実と幻想の境界をいじって貰えたってことよ。時間制限付きでね」
訳が分からんという顔の私達に霊夢が解説のおまけをつけ、私達はもう一度戻っていった。



とりあえずは、学校かしら?今は講義とかの時間よね。


級友たちにもみくちゃにされるだけされると、それだけで15分も経っていた。
事情を話してもきっと頭がおかしくなったと思われるだろう。
だから、私達は、―――――――




事実をありのまま話した。

当然の如く、ぽかんとした表情。
それでいいんだ。嘘を言って二度と話せないより、ずっといい。
嘘で逃げたら、きっと後悔するから。

「今できる事、やんなきゃね」
メリーの言う通りだ。

メールで知ったなかなか見所のあった(私の勝手なボイコットに感動したらしい)教授に適当な挨拶をしに行くと感動のあまりとか言って抱きしめられたのでセクハラだ逃げろうわあ押すなみたいなノリで逃げてきた。
ああ怖い。


結局誰一人まともに話す訳でもなく、いつものノリのままに学校を後にする事になったが、全く。
不思議な事に全く寂しさなどは無かった。



夜道を二人で並んで歩いていた。
「ねぇメリー」
「なぁに蓮子」
幻想郷を出てから25分。後5分で私達はここから消える。
幻想になって、きっと人々の記憶からも消えるのだろう。幻想とは、そういうものだから。
「あのさ、教えて欲しい事があるのよ」
「何?」
悔いなんてない。
自分で選んだ事。それに、これから新しい生活が始まるんだから。
それも、
メリーと一緒で。
「手紙。…途中までだったあれ」
「ああ」
「あの続きよ」
「知りたい?」
「から聞いてるんだけど」




貴女に貰った勇気は私の――――――



「宝物です。貴女が居たから私は此処まで来れた。貴女は私にとってかけがえのない大切な人でした。貴女にとっての私も同じであれたなら、尚の事嬉しく思います、よ」
「よく覚えてたわね」
「そりゃずっと考えてたもの…」
よく見てみるとメリーは真っ赤だった。
でもまぁ、きっと、私も。
私も同じような色なんだろうな。

「ありがと」
「何を今更」

お互いの顔が赤いのをお互いに笑いながら見ていた。
「仕方ないわね。『これからも』、」
「『よろしく』、ね!」
ぎゅっと強く手を握り合って、私達はこの世界に別れを告げた。







FUTURE







幻想郷と外の世界。
その二つを揺るがした小さな、大きな事件。
その事件からおおよそ1000年が経過した。


「あら?何かしらこれ」


博麗神社の巫女は神社の奥で大切にしまわれている木箱を見つけた。

「げっほ!げっほ!ああもう!埃っぽいなぁ!」
文句たらたらに、木箱を開く。
「…………布?」
長いマフラーが、大切にしまわれていた。
「誰のだろ…」
「それは貴女のご先祖様と、その親友の方の絆の証よ」
不意に背後からかけられる声。
「紫じゃない!あんたねぇ!いい加減突然現れないでくれない!?」
「うふふ、慣れなさい慣れなさい」
いつものやり取りの後、もう一度聞き直す。
「で、これが何だって?」
「絆の証。かつて、外から幻想郷に入ってきた素敵な二人の絆」
「私の先祖なんじゃないの?」
「いつか、教えてあげるわ」


縁側に広げられたマフラーは、その色を褪せさせる事無く、かつての姿のままだった。
紫色の人の刺繍と、ハットをかぶった人の刺繍。そして、その間のハートマーク。

「懐かしいわね、本当に」
そう言って紫は笑う。


「そろそろ、外の私が時間を超える時期かしら?」


誰も聞かないその言葉を誰に聞かせるでもなく呟くと、
「また会いましょう、秘封倶楽部。その夢まで、今はひとまず」
最後に一言残して紫は一人スキマに消えた。


「さようなら」


最後にはくすくすという声が響き、博麗神社はいつもの姿のまま。
あの日と同じ、いつもの姿。

全てを受け入れる、いつもの姿で。










おまけ1


紅魔館と八雲藍




「ほぅ。八雲紫の式がこんな所に何の用だ?」
紅魔館、主の部屋。館の最奥部にある、入ったら戻れぬ、悪魔の間(文字通り)。
その部屋に住む、レミリア・スカーレットの声が凛と響く。
「くっく…随分な慌てようじゃないか?え?」
その声をかけられたのは、八雲紫の式、八雲藍。
九尾の妖獣であり、紫の右腕ともいえるであろう存在。
その藍が、わざわざ紅魔館まできて、何の用だと言うのだろうか。
「紫様がこれから神と闘うかもしれない。協力して欲しい」
「意味分からん。帰れ」
何も考えずに用意していた答えを突き付ける。
「帰れん!頼む!!」
藍はそう言うなり頭を下げる。
「あの人数で挑めば…皆死んでしまう!!」

藍が頭を下げた。
それは紫が頭を下げてでも頼めと言った、という事だろうか。
また、皆、という言葉。そして、死。
レミリアは隣で黙々と本を読み続ける友人に目を向ける。
「良いんじゃない?聞く位」
魔女は目線を動かしすらせずに答える。
レミリアはそのまま視線を友人の反対側の隣に居るメイドに目を向ける。
メイドは何も言わず、静かに頷いてみせる。
レミリアの口からため息が漏れた。
「はぁ…で?ほら美鈴!ちょっとあんたも聞きにきなさい、あ――フランも呼んで頂戴」
パンを加えていた美鈴はむせていた。
「あの人数では、って事は人数の要る話なんでしょ?」
「恩に着る…!」
「貸しよ、貸し。あんたの主にその内返してもらうから」


藍は早口で語る。
外から来た人間、生と死の狭間に存在するであろうもう一人の人間、そして予想される神との対立。

「―――以上だ…。頼む!」
藍の、切実な声。
それぞれが、異なった表情をしていた。

パチュリーは、深刻さを理解し、目線を藍に向ける。
咲夜は、純粋な驚きを。
美鈴は、焦りを。
フランドールは、恐れを。

しかし、レミリアは…きょとんとしていた。
「えっ……と…」
「頼む!!」
「いやちょい待ってパチェ…」
友人を見る。友人の表情は一転して、いやらしい笑みを。
「…ぷっ」
「ああ??」
藍は焦りばかりが先走り、今の状況を全く理解出来ない。
そんな姿を見かねて、パチュリーが種明かしをした。
「八雲藍だっけ?あのね、レミィ馬鹿だから…」
「なっ…誰が馬鹿よ!!」

「レミィ、今の貴女の話、ほとんど理解出来てないの。馬鹿だから」

その後、咲夜やパチュリー、美鈴や挙句フランドールにまでみっちりしっかり細かく教え込まれ、やっと理解をした時は、もう藍が来てから15分以上も過ぎてしまっていた。

「じゃあ頼んだ!!私は他の所にも頼みに行ってくる!!」




そう言って藍は出ていったが、レミリアはそれからしばらくそのネタでからかわれる事を覚悟していた。
半分涙目で。




おまけ2

蓮子に再会する直前のメリーさん




「ふぅ。そろそろ…潮時かしら…せめて蓮子は探し出さないと…」
メリーは“何も無い部屋”で一人呟く。
寂しかった。
否、何も無い、というのは些か語弊がある。
自分が今書いている手紙と、大切な人への贈り物を入れた紙袋。
そして小さな、本当に小さな小物入れ。
それだけがある、何も無い部屋。

メリーは一人、手紙を書いていた。
迷っていたのだ。
手紙を書ききるか、蓮子を捜すか。
蓮子の事だ。そんな簡単に危険な事にはならないだろうが、自分が死んでしまう前に会いたかった。
謝る事は手紙でも出来る。
でも、会いたかった。

そういえば、と部屋を見渡す。
殆ど、何も無い。
だがこれはメリーが必要なくなったからと捨てたりした訳ではなかった。

勝手に消えたのだ。

日に日に家具が減っていくのは、自分の死のカウントダウンのようで。
一番怖かったのは写真だ。
写真から、自分の姿だけが消えた。
もう何が何だか分からない。今だって原因はさっぱり分かっていない。

ふわりと、小物入れが消えた。
中に入っていたネックレスが小さな音を立てる。
「あ…」
蓮子からもらったネックレスだ。
「最後くらい付けなきゃね…」
勿体なくて、傷ついたりしたら嫌で、なかなかつける事の無かったネックレスだが、今くらいは付けていたい。
手紙は中途半端なまま。この先が恥ずかしくて書き辛い。

メリーは立ち上がって、ドアへと向かった。
このままいたらその内自分まで消えてしまいそうで。
大事な紙袋や手紙が消えないようにと祈りながら、メリーはドアへと向かった。

直後、ドアが叩かれる。






「へぇ。あれはメリーが売ったとかじゃないんだ」
「あ、まー確かに捨てるよりは売るわねー。死ぬと思ってても」
秘封倶楽部の二人は幻想郷でも仲良く(いつも通りの)生活。
博麗神社に住まわせてもらう事も決まり、大宴会(勝利の宴<VS神編>)に参加させてもらっていた。
「でも結局家具が消えちゃった理由は…あ!!」
「遅いわよ。私は話聞いてて分かったけど?」
「仕方ないでしょ?私には先入観っておまけつきのスタートなんだから」

そう、家具やらなんやらが消えていったのはメリーが幻想になる祭に矛盾を生まない為だ。
だが、「蓮子から」「蓮子に渡す」など幻想でないものが絡んでいた時、それは消える事が出来ない。
現がまだ基準の一つだからだ。

「からもしもネックレスが部屋に置かれっぱなしだったら今は消えちゃってるんでしょうね。まぁ幻想郷のどっかにあるんでしょうけど」
「私の家具探そうかしら」






おまけFINAL

幻想郷




幻想郷は今日から宴会、今日も宴会。

新しい仲間を二人加えて、大きく変わった、今まで通りの大宴会。
新しい事が全て良い事という訳じゃないけれど。

これ位楽しむ位で丁度良い。

「飲みましょかー!」
『おー!』

鬼の音頭に合わせてお猪口を傾ける。
明日はきっと、二日酔い。

これ位楽しまないと、もったいない。

そうでしょう?

楽しい喧噪。
それが私達を祝福してくれているように聞こえたのは、気のせい?

違うわ。

「ね、メリー?」
「ええ、蓮子!」

隣に大切な人が居るからよ!


幻想郷は今日から宴会、今日も宴会。
ほどよく顔を赤くした、新しい二人の仲間と共に。
はい、繰り返しになりますが、上中下の総集編プラスです。
こういった形式が禁止でしたら本当に申し訳ないです。お伝えください。

で、それだけじゃ流石にいかんと考えおまけを3つ。
最後に二人の顔が赤かったのは、はたしてお酒の所為だけでしょうか?

おまけ3とFUTUREの間、つまり秘封倶楽部の幻想郷生活というのも書いてみたい気がしています。きっとハチャメチャで素敵。でも自分にそれが表わせるだろうか?

それからこの総集編で初めて読んで下さった方々、お疲れ様でした。
とても長かったのではないでしょうか?
ありがとうございます。

幻想郷ライフに関しては未定、という状態ですが、個人的には書いてみたいのでゆっくり進めていこうと思います。

それでは、この長いお話にお付き合いいただき有難う御座いました。

P.S
秘封最高!秘封素敵!!ああもうどうして秘封倶楽部はこんなに楽しいんだもう神主CD期待してるああ普段の会話聞きてえ討論に混ざりてえ頭良すぎる二人の哲学思考万歳影響されちゃうじゃないか物理学とか相対精神学とか以上に興味でてきちゃったじゃないか独学だな独学でもいいや手を付けてみよう何か話逸れてきたけどこれを続けている事に何の意味があるというのか決まっているだろうそうだ、やっぱり秘封倶楽部最高!
楼閣
http://ameblo.jp/danmaku-banzai
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コメント



0.990簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
おまけ読んでいて楽しかったです
次回作に期待します。
6.100名前が無い程度の能力削除
蓮子とメリーはずっと一緒にいてもらいたいものです
11.無評価楼閣削除
コメント頂いてることに気づいてなかったのは大問題ですね。
申し訳ありません。

2>
おまけ、実は結構頑張りました。
楽しんで頂けたら幸いです。ありがとうございます。

6>
その通りだっ!
秘封倶楽部は素晴らしいのです。
二人で一緒に歩いていってほしいですね。これからも。

本当、遅れてしまい申し訳ありませんでした。
ありがとうございます。
12.100名前が無い程度の能力削除
あっっはははははぁッ!!
これは見事ッ! これ一言に尽きる!!w
秘封倶楽部最高!!
13.無評価楼閣削除
ぎにゃあああ!今更気付いたコメントにっ!
それでも返すのが俺なのです。今これの次回作にあたる奴執筆中ですよ。

12>
秘封倶楽部最高!!
いやもう…そんな言われるとめっちゃ照れます。ありがとうございます!
シリアスでそう言って頂けると書くのはかどりますね!
最近ギャグ多いもので(汗

ありがとうございます!
25.80t260g削除
読みやすくはありますね

私も秘封倶楽部は大好きですから