今日も私は空を駆ける。
誰よりも速く、そして誰よりも優雅に空を。
この羽根の一本一本に託すは、はるかな思い出の一つ一つ。
そして今日もまた一つ、新しい思い出を刻んでゆく。
作戦準備は完璧?魔力の充填はOK?それじゃ行きましょうか。
――ま、今回こそ勝たせてもらうとするかな!
そうそう、その意気。
さぁこっちも風を集めて、今日もレースの幕開けだ。
誇り高き鴉天狗のこの射命丸文、まだまだひよっこ魔女なんぞに負けるわけにはいかない。
なんてったって、あれからまだ―――
「待ってろよ、次こそ絶対勝ってやるからな!」
それが彼女の口癖だった。
どちらも幻想郷最速を自負する者同士、ぶつかり合うのは必然で、そして一度ぶつかってしまえば気が合うのも必然だった。
あの頃は二人で集まっては馬鹿もやったし、無茶もした。
マヨヒガに忍び込んで『妖怪の賢者、寝ぼけ姿をスクープ』なんてやったこともあった。
あの時は紙面には乗せられないような写真が大量に撮れたのに、いつの間にか全て彼女の研究資金として流されていた時は流石の私も激怒したものだ。
彼女も彼女で一度やり出したら止まらないタイプだったから、あの時はそのまま衝突してしまって。
あぁ、そういえばあの時が初めてだったか。
――どっちが速いかで決めようぜ!
彼女は速かった。そして私も速かった。
彼女は人間だった。しかし私は妖怪だった。
短距離なら互角、長距離なら私。
直線なら互角、小回りなら私。
人間、それもまだ少女の身の彼女の体力では長距離を駆けるには厳しく。
箒という道具を用いる以上、体一つで自在に曲がれる私に小回りでは勝てないのは道理だった。
しかしそれでも彼女は挑んできた。
いくつもの工夫を凝らし、いくつもの趣向を取り入れて。
疲れ果てながらも幻想郷の端から端まで、木々にぶつかりながらも山中を。
そしてそんな挑戦に毎度敗れる度に彼女は言うのだった。
「待ってろよ、次こそ絶対勝ってやるからな!」
そんな彼女の捨て台詞を50は聞いただろうか。
大人になって勝負を挑んでくることもなくなってきたその頃、彼女は結婚した。
相手は半人半妖の古道具屋の主人でも、寂しがり屋な森の人形遣いでも、本に埋もれた図書館の主でもなく、名も知らぬごくごく普通の里の人間だった。
式は里の広場で厳かに行われ、顔の広い新婦を祝うために大勢の人妖が里に押し寄せた。らしい。
里の人間もあまりの妖怪の数に最初は戸惑っていたものの、新婦と楽しそうに酒を飲み合う姿を見て意気投合した。らしい。
私はその様子を知らない。そう、行かなかったからだ。
今でもごくときたま、何故あの時式に行かなかったのかと自問する時がある。
――結婚した彼女とは勝負ができなくなるだろうと思ったから?
元々その頃はもうほとんど勝負はしなくなっていた。
――彼女に結婚の事をずっと内緒にされていたから?
そこまで狭量では無いつもりだ。
――彼女のことが好きだったから?
個人として好意は抱いているが、愛情といった意味では無い。
――彼女に先を越されたから?
一番無い。
結局その時の私はその答えを出せないまま、式も終わって3ヶ月も経った頃だっただろうか。彼女に勝負を挑んだ。
彼女は、そろそろやっとかないとな、等と気乗りのしない声で言って、物置の影から埃をかぶった箒を取り出した。
彼女があれほど大切にしていた箒の、まともに手入れすらもされていないその姿に、私はひどく驚くと同時にどこか裏切られたような気分を覚えた。
かつて何度も行ったこの勝負、気力の乗りきらぬ彼女にイラついた私は、全力で駆けた。
里から博麗神社までの一直線、空を駆ける私達にしてみればごくごく短いその距離を、私は彼女を半分以上引き離してゴールしていた。
「負けちまったな」
そう笑う彼女の顔には、それまで私が見たことも無かったような濃い疲労の色が見えていた。
彼女は、老いたのだ。
人間は魔力を宿す器としては不完全だ。
吸血鬼の食料や悪魔の生贄にはよく処女の血が用いられる。
これは不純物が無い、ということもあるが何よりも血に含まれる魔力量が違う、ということにある。
幼い子供が何も無い虚空に話しかける姿を大人は気味悪く思うが、それは子供故の潜在魔力でしか見えていないモノがそこにいるからだ。
大人になるにつれ人は魔力を失ってゆく。
だからこそ魔法に携わる多くの者達は、より強大な魔力を得るために捨虫の法を習得する――つまり人間であることを止めるのを夢見て、そしてそのほとんどが願い半ばで散っていく。
しかし魔法使いであったはずの彼女はその道を選択せず、人として生きる道を選んだ。
かの巫女がそうしたように、かのメイドがそうしたように。
お互い背中に声をかけることも無く、私は彼女を置いて妖怪の山へと帰った。
そしてそれきり彼女と会うことは無かった。
彼女が死んだ、と聞いたのはそれから15年経ったかどうだったか、それくらいの頃だった。
流行り病であっけなく逝った、と伝えに来た巫女は言っていた。
長らく顔も合わせていない故人の葬式へと訪れた私を迎えたのは、かつて弾幕を交えた旧友の顔ぶれと、その中にたたずむ一人の少女だった。
年の頃は15,6といったところだろうか。真っ黒な喪服に身を包んだ少女の長い金髪は、嫌が応にもその母親を連想させた。
少女は私の顔を見るなり、その手で一枚の紙を差し出した。
習字用の半紙によれよれの字で書かれていたのは。
『待ってろよ、次は勝つ』
たったそれだけだった。
死後の世界で待っているべきは彼女の方だというのに。
もう終わってしまった彼女にはとうに次など無いというのに。
私の羽根は十数年ぶりの疾走を既に予感していた。
それに遅れて、私はようやく気が付いた。
目の前の少女がいつの間にか喪服姿ではないことに。
小さなその身を包んだそれは、かつて彼女が好んだ白黒のローブにとんがり帽子。
右手に携えるは手入れのされた魔法の箒。
あの頃彼女が誇った身に余るほどの魔力を身に纏い、彼女と寸分違わぬその顔で―――
「さぁ、勝負といこうか!」
勝負はもちろん私が勝った。
けれどもそんなことはどうでもよかった。
ただ、美しいと思った。
人が。そして人の織り成す営みが。
今日も私は空を駆ける。
誰よりも速く、そして誰よりも優雅に空を。
この羽の一本一本に託すは、はるかな思い出の一つ一つ。
そして今日もまた一つ、新しい思い出が刻まれていった。
もちろん刻まれたのは私の勝利だったわけで、負けた少女は背後で箒がまだまだ遅いだの、魔力量が足りないだの言いながら今回の反省点を列挙している。
もう何代も代替わりを繰り返して、平時のその姿は彼女を連想させることなど無いというのに、この不満顔だけは瓜二つと言う他無い。
そんな少女の背中に一声かけ、私は妖怪の山へと飛び立つ。
また次の勝負の時を待つために。
飛び立とうとする私の背中にかけられるその声は―――
「待ってろよ、次こそ絶対勝ってやるからな!」
―――もちろん、待ってますよ。
霧雨魔理沙があなた達の中にいる限り、ずっと。
なんてったって、あれからまだ200年しか経っていないのだ。
たったの200年。人間一人の生と比べればそれはそれは長い年月だが、人が紡いできた歴史に比べればまだまだほんのちっぽけなものなのだ。
一息に舞い上がった蒼天から里を見下ろすと、少女はいまだ箒をいじり続けていた。
そういった-彼女達の姿を見る度に、私はこの営みがいつまでも続いてゆけばいいと、そう願わずにはいられないのだった。
しかし今になって思えば、魔理沙もあの勝負の時点で既に身篭っていたなら身篭っていたと言ってほしかったものだ。
そりゃあ箒もしばらく使わないだろうし、魔力だって低下する。
妊婦相手に勝負を挑んだなんて知れたら天狗の誇りも何もあったもんじゃない。
あれは速さ勝負では勝てなかった彼女なりの意趣返しだったということか。
老いによる魔力低下にしてはずいぶん早いとは思ったが、全く人間と言うやつは本当に一筋縄ではいかないものだ。
今更気が付いたのか、と小さな魔女がどこかで私を笑う声が聞こえた気がして、私は空を見上げた。
久方ぶりに思い出す彼女のしたり顔はとても眩しくて、私はほんの少しだけ目を瞑った。
こういうのはあまり見ない作品だからそこが惜しかったけど、まだまだ良く出来る点はあるから次に期待してます。
こまっちゃんが助けに来てくれるとこまで幻視した。
色々掘り下げれる部分は多かったと思うんだが。
だがまたそれも良し
あと○ンコ自重しろ