ここ一ヶ月ほど、紅魔館では異変が起きていた。昼間に門番長紅美鈴がいないのである。
昼過ぎに姿を消し、夕方過ぎに戻ってくる。ひどく疲れきっていて残りは殆どシエスタ・タイムとなる。
まあもともと招かれざる客など殆ど来ないので何かしら館に被害が出ることなど一人を除いてないのだが。
「美鈴は何をやってるんだ?」
招かれざる客の一人に分類される霧雨魔理沙が門番妖精に尋ねた事もあったが的確な答えは返ってこなかった。
彼女はそれきりたいした興味も抱かずに館へと侵入していく。美鈴のいない門など彼女の力をもってすれば簡単に突破できる。
もっとも居ても、押し入るのにかかる時間が数十分ほど遅れるだけなのだが。
「居なければ居ないで楽でいいけどな、少し物足りないけれど」
群がる妖精たちを蹴散らしながら彼女は目的地である図書館へと急いだ。
一方そのころ、門番長である紅美鈴は何をしているのか。
彼女は館の中に居た。腰まで伸びた鮮やかな赤い髪をやや揺らしながら移動中であった。
「あと三十分、余裕ね」
呟き、歩を進める彼女の前に一人の女性が現れる。
「美鈴、少し良いかしら」
美鈴とは対照的な銀の髪を持つメイド長、十六夜咲夜だ。
「はい、何でしょう?」
「その、ね……」
完璧で瀟洒な彼女にしては珍しく、やや歯切れが悪い。
「場所を移せるかしら、すぐに済むけれど」
「分かりました」
二人は連れ立って移動する。
昼食の時間を過ぎたのか食堂には誰も居なかった。
適当な席に腰掛けながら美鈴は対面に座った咲夜の言葉を待った。
「……まずはごめんなさい」
咲夜の言葉の意味が分からず眉をひそめる美鈴。
「あなたとパチュリー様が話をしているのを聞いてしまったの、その、盗み聞きみたくなってしまって」
俯いたまま、咲夜は続ける。
「ここ最近、お嬢様がお休みになられるときだけ、貴方は寝室に立ち入ることを許されている」
お嬢様、彼女たちの主人であるレミリア・スカーレットは吸血鬼である。
ゆえに昼に寝て、夜に起きる。
「何をしているのか、大体想像はつくわ。
パチュリー様は言っていたもの、お嬢様は激しいからあなたの負担が大きいと」
しばしの沈黙、やがて覚悟を決めたようにメイド長は顔を上げた。
「わ、私も……」
言いかけて、言葉が尻すぼみに消える。
再び俯きかけて、困ったような表情の美鈴を盗み見て、また顔を上げる。
「お嬢様のよ、よと……ぎ……を」
「あの、咲夜さん?」
叩き付けるようにテーブルに手を着いて彼女は早口でまくし立てる。
「あなたが門を守らなくなってパチュリー様が嘆いていたわ、魔理沙が来る回数が増えたって!
それだけじゃない、壊される物や妖精達の損害が増えていて予算だって……だから……」
普段の物静かで冷たい印象からかけ離れた様子に、やや面食らう美鈴をよそに言葉を続ける。
「負担は分け合いましょう、私は大丈夫だから。紅魔館の為ですものね!」
一気に言い終えて、脱力し椅子へと崩れるように座り込む。
まるで数百メートル全力疾走の後の様に顔が真っ赤だ。
美鈴はやはり困ったような表情のままで何かを言おうとした。
「えっと、咲夜さん。あのですね……」
「駄目よ、咲夜」
その言葉を幼さの残る声が遮った。
咲夜が身を正し、美鈴がため息をつく。
あちこちから蝙蝠たちが集まり、収束し、そこには一人の幼女が立っていた。
背には一対の蝙蝠の羽、青銀の髪、何より目を引くルビーのような赤い瞳。
永遠に幼き紅き月、真祖と呼ばれる吸血鬼、レミリア・スカーレットであった。
「お前では勤まらないわ」
「お嬢様、確かに私はそのような経験はありません。
ですがどのような命にも従うつもりでございます!」
彼女はメイド長を一瞥すると言葉をとめるように命じた。
それに従い、黙り込んだ咲夜に変わり美鈴が尋ねる。
「お嬢様、どうしてここへ? 部屋でお待ちになられておられるはずでは……」
「待ちきれなくて出向いてしまったのよ、それほどまでにお前の体は魅力的なのだ」
「それは、恐悦至極の極み」
レミリアが促し美鈴が立ち上がる、咲夜が悲しそうに美鈴に視線を向けた。
それに向けていつものやわらかい笑みを返した。
きっと、咲夜なりに考えた結論だったのだろうと、美鈴は推測する。
彼女は愛している、この紅魔館という全てを。愛するものが乱れれば自分を犠牲にしてでも何とかしようとするだろう。
美鈴はそんな彼女をとても愛おしいと思う。
レミリアに従いながら、取り残された咲夜に美鈴はもう一度微笑んで見せた。
心配ないと、果たして伝わったかどうか分からないが。
レミリアは自室でワインの入ったグラスを傾けていた。
体くらい洗わせてほしい、との美鈴の頼みを聞き入れ彼女を待っているのだ。
これからの楽しみを思うと顔が自然と緩んでくる。
初めはぎこちなかった美鈴も回を重ねるごとに自分から動くようになってきた。
幾度味わっても飽きることのない、まさに彼女の求める理想であった。
「失礼します」
言葉とともに美鈴が部屋へと入ってくる。
背の高い、メリハリのある体をバスローブで包んでいる。
わずかに上気した頬は普段の快活さからは信じられない程の艶っぽさを醸し出している。
「美鈴、分かっているわね」
「はい、お嬢様」
美鈴の声に緊張などは無い。
彼女は自然な動作でバスローブを肩から落とした。
美鈴の肢体があらわになる。
鍛え上げられて引き締った体。だが、決して筋肉質ではなく女性らしいしなやかさを感じさせる。
胸元の形の良い豊かな双丘、引き締ったウエスト、それらを隠すように黒い下着をつけている。
これはレミリアの趣味であった。黒という、一見美鈴に合わないアンバランスな色が逆に白い肌を引き立てている。
「似合うわ、美鈴」
「ありがとうございます」
うっすらと笑みを浮かべて、彼女はそのままベットへと体を仰向けに横たえる。
グラスを置いて、待ちきれないようにレミリアが飛翔し、その横へと降り立った。
「動いては駄目よ……」
言葉に、美鈴は笑みを絶やさずにうなずいて……
----時を一月ほど遡る。
レミリア・スカーレットは苛立ちを隠せなかった。
「いったいなんだというのだ」
彼女は一つの苦痛に苛まれていた。
今までこんなことは無かった、こんな苦しみを味わうことは無かった。
そして、それは真祖の能力を持ってしても対応できないことだった。
原因はおそらく、パチュリーに指摘された事が関係しているのだろう。
「あら、レミィ、背が1.25cm伸びたわね」
数百年ぶりの成長だ。
どうして見ただけでわかるのか理解しかねるがそれにより一つの弊害が起こってしまった。
肩から首へ、それから後頭部にかけての鈍い鈍痛。夜起きた時に感じて、不愉快でどうにかなりそうだった。
それは何故か吸血鬼の再生能力が及ばずに、咲夜にマッサージさせても一向に直らなかった。
なぜこんな事になったのか、簡単だ。すなわち、枕が合わなくなってしまったのだ。
あらゆる枕を幻想卿から集めさせ試してみたがどれも鈍痛の解消にはならなかった。
もう、生きている限りこの鈍痛からは逃れられぬのかと恐怖を感じ始めていた頃に……
彼女は見つけたのだ。
博麗神社ではたびたび宴会が開かれている。
あらゆる魑魅魍魎百鬼夜行が神社に集い無礼講を満喫する。
レミリア達も例外ではない。普段はすぐに分解させてしまう酒も、この日ばかりは微酔にとどめる。
それは素面のままでいる野暮を止めるためでもあり、例の鈍痛をごまかすためでもあった。
そのためか、普段よりも強くアルコール分を残してしまい熟睡。
目を覚ましたのは翌日になってからであった。
幸い日陰に居たおかげで消滅はしていないようだが……
そこでレミリアは気が付く。
自分の頭がなにか柔らかい物に包まれているということに。
寝ぼけ眼で触ってみる、とてもやわらかくて暖かくてすぐにそれに夢中になった。
暫し堪能し意識が覚醒した後身を起こすと、自分を抱えるように美鈴が涎を垂らして眠っていたのである。
「胸か……相変わらず無駄にでかい……」
そう呟いて気がついたのだ。
レミリアは思わず首元へと手を当てる。
感じない、自分を苦しめていたあの鈍痛が綺麗さっぱり消えているのだ。
「……見つけた」
そう、興奮気味に呟く。
「ついに、見つけたぞ!」
興奮で高鳴る胸を心地よく感じながら彼女は叫び……
「うるさい、頭に響く!」
巫女の投げつけた酒瓶をまともに顔面に受けた。
レミリアはご機嫌だった。
おっぱい、おっぱい、ふわふわおっぱい枕。
「お嬢様、失礼します」
言葉とともに、美鈴の手がレミリアの頭に伸びた。
優しくその青銀の髪を撫でる。
初めは遠慮していた美鈴も今は黙っていてもこうして撫でる様になった。
待ちきれないほど魅力的な枕。
もうこれなしでは眠れない。
「しかしお嬢様」
「何だ?」
「皆、誤解しているようですが」
撫でられて、幼い安らかな笑みを浮かべているお嬢様はわずかに眉を寄せた。
「何をだ?」
心底分からない、と言うように彼女は疑問符を出した。
「いえ……問題ありません」
「……フンッ」
ごまかした美鈴に少々不機嫌そうにレミリアは鼻を鳴らした。
だが、それ以上追求する様子は無い。
「本当、まだまだ子供ですね」
呟きに反論しようとレミリアは口を開き、言葉を発することなく閉じる。
「お嬢様?」
だんだんと瞼が下りてくる。
返事をするのも億劫な様子だ。半ば混濁した意識でレミリアは思う。
もう、寝てしまおう、美鈴なら大丈夫だ。
私が熟睡するまで居てくれる。どんなに酷い寝相でも合わせてくれる。
「お休みなさいませ、お嬢様」
美鈴の声とともに、レミリアの意識がブラックアウトしていく。
これでもう、夜の目覚めは完璧だろうと、最後まで彼女は安らかな笑みを浮かべていた。
幸運な事に彼女は気がついたのだ。
おっぱいこそ、至高の枕であるのだと。
萃夢想の立ち絵ではあんなに…ゲフンゲフン
しかし、吸血鬼の膂力で発揮される寝相は如何ほどのものなのか
鬼に匹敵する膂力に天狗に匹敵するスピード…!
恐ろしい!
無茶しやがって…
美鈴の胸枕はどんな寝心地なんでしょうね?
後書きにあるおまけも面白かったですよ。
誤字の報告
>「居なければ居ないで楽でいいわね、少し物足りないけれど」
魔理沙のセリフなら『楽でいいな(楽でいいけどな)』ではないでしょうか?
>本を隠すのはは小悪魔に任せられるし
『は』が一字余計ですよ。
>あなたの激しい寝相についていければよけれど
『ついていければ良いけれど』じゃないでしょうか?
報告は以上です。(礼)
特に紅魔郷は旧作を引きずっているのか、ごっちゃというか多目というか
ところで私もその枕のお世話になりたいのですg(ピチュ)
あとがきに激しく同意!!!!
乗られてる側も胸が圧迫されて苦しいしで良いこと何も無いぞw
その点膝枕はちょうど良い感じ。
正座のようにされると高くなり過ぎるから足を伸ばすように
してもらうのがポイント。
話は面白かった。
咲夜さんがんばれ超がんばれwww
それはさて置きあの人にまた新たな能力が!?
>あらゆる枕を幻想卿から集めさせ
あらゆる枕を集める程度の能力
しかし発想がドラ○ンボールのふかふかき○たまくらレベル。だがそれがいい!それでいい!