Coolier - 新生・東方創想話

少女秘封倶楽部:下

2009/05/07 21:36:39
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このお話は最終話です。
上、中を読んでからお読みください。じゃないと意味分かんないです。



以下本編






14






蓮子は結果だけを求めた。
下らない前置きも、御託も必要なかったから。


「で、八雲…さん?」
「紫で良いわ」
紫は軽く言う。
「ありがと。紫、貴女は何を何処まで知ってるの?知っている事を私に教えて欲しい」
「ナニを何処まで、…っていやらしい子ね~」
いつもの調子でおどけて見せたものの、蓮子の表情は崩れなかった。欠片も動かない。
今の紫の発言に対して、怒りすら抱いていない、そんな表情。
「……ふぅ。少しはリラックスしなさい?固い頭じゃ私の話なんて到底理解できなくてよ?」
「忠告どうも。悪いけど親友の危機にリラックスできるほど人間出来てないのよ。続けて」

似てるな、と思う。
この蓮子という少女が。
いつも身近にいる人間、博麗霊夢に。
博麗の巫女は基本的に中立である。
妖怪に対して、限りない中立にたった裁定を下す。
一切の情を捨てた様なその姿に紫は最初恐れすら抱いた。
しかし実際付き合ってみればどうだ。
必死で中立を守ろうとしているではないか。
自分の中にある大きな大きな情を自分のシステムの為に何とかして捨てようと強いているではないか。
もちろん、おおっぴらにそんな事を伝えれば怒られてしまうだろう。
だから密かに密かに、忠告だったり、日常会話だったりする中に彼女を励ます言葉を入れ続けた。
今となっては何だかんだで中立に居つつ、大切なものの為にならば本気になれる、そんな人間らしい人間になってくれたように思う。
蓮子に協力しているのもいやいややっているように装ってはいるが本心ではとても心配しているのが見て取れる。
私もうパスして良い?というのは照れ隠しのようなものだと思う。勘違いだろうか?
そんな優しい、博麗霊夢に、宇佐見蓮子は似ている。
私は境界を通り、前々から興味のあったマエリベリー・ハーンを観察(ストーカーとも言う)している中で、彼女にも興味を持った。
しばらく見ていればすぐに分かった。
彼女は感情を表に出してしまわない子だと。
だけど、メリー…マエリベリー・ハーンの前ではとても素直で生意気な、本来の彼女になる。
それは彼女が本心を打ち明けられる存在にだけ見せる姿。

今もそうだ。
必死で周囲に自分の焦りや動揺、恐怖心を悟られないように素っ気なく、何でもないように、私に皮肉をかましながら、さりげなく本心が出る。

「続けて」即ち、―――早く言って、と。

「何よ紫」
考えにふけっている所を霊夢に突かれた私は素っ頓狂な声をあげてしまい笑われてしまった。




「良いでしょう、私の知っている事を出来る限りに伝えます。それは殆ど“全て”であり、しかし分かっていない事が一つある所為で、分かっていない事を増やしてしまっています」
紫は淡々と話し始めた。蓮子は聞き返す。
「それってつまりその一つさえ分かれば一気に…?」
「おそらくは、ですがそういう事です」
「…分かったわ。続けて」
蓮子の声には明らかな期待が込められていた。

期待。
当然だろう。自分では全く見当のつかないような問題のほぼ全てを知っているというのだ。
これを期待せずにどうすると言うのか。

「まず第一に。メリーが消えた原因は彼女の推測、つまりドッペルゲンガー説は正しくはない。これは蓮子、貴女が推測した通りよ。では、本当の原因は何か」
紫の目が少し泳いだ。
躊躇っている、そんな様子。
「彼女が消えたのは…」
口から発せられた言葉は、すぐには理解出来なかった。


「タイム・パラドックスよ」







15






私と私のご先祖様。
おじいちゃんやおばあちゃんならまだしも、1000年以上も前のご先祖様に、会った事がある人はそういないと思う。
では、どうすれば会える?
答えは“不可能”
その不可能を捻じ曲げてしまう現象が起こったとき、それをタイムパラドックスと言う。
分かりやすく説明するのなら、タイムマシンで過去に行き、過去の自分と未来からやってきた自分が出くわしてしまう、という事。
もっと分かりやすく言うならば、現在の自分が過去の自分を殺してしまうような事だ。
つまり、時間軸で考えればあり得ない事が起こることをタイム・パラドックスという。


だから、意味が分からなかった。

「パラドックス?何が?」


何が矛盾していると言うのか。いや、そもそもそれのどこがメリーの消える原因なのか。
「つまりね、私、八雲紫とマエリベリー・ハーンは直系なのよ」
「えっ…」
直系、の意味が最初理解出来ず、言葉が漏れただけだったが、すぐに頭は理解する。
先祖と子孫の関係だと言うのか?

だから、似ていた?

そして、会える筈のない存在同士が出会ってしまったら…?
当然、世界の異端。
ある筈のない存在により、世界は曖昧に揺れる。
その結果が、メリーの…

「ちょっと待って!妖怪は何年だって生きるんでしょう?紫の子孫がメリーだって言うならメリーが人間なのも不思議だけど、それ以前に何年も生きてるのが妖怪ならその話の何処に矛盾が合うと言うの?」
だって、当たり前だ。
いうなれば、50年前に生まれた人間と3日前に生まれた蝉が出会ったようなものだ。
何ら不思議はない。だって、そもそもの寿命が違うのだから。
「うふふ、早とちりは良くないわ、蓮子」
「何が早とちりよ?何か間違ってる?」
そういって私は魔理沙を見た。「間違ってるようには思えないがな」という魔理沙の言葉。
だが、霊夢は表情を硬くして、一言核心を突く。
「まさか…“逆”?」
「逆?何が…」
「ふふふ、大☆正☆解!流石ね霊夢」
大☆正☆解、という言い方がメリーにそっくりで、また胸が痛くなる。
「蓮子、貴女は理論は理解している。だけど、前提が間違ってるのよ。私はマエリベリー・ハーンの先祖じゃない。







―――――子孫よ」




「え」
「私は貴女達いた時代よりもの遥か未来の日本から来た。
時間の境界を越えて、世界に境界を作り。私が時間を敢えて超えたのは言うまでもないでしょう?面白いものが幻想になっていく時代が良かったのよ。あんな時代じゃ幻想になる物もならないものもみんなデジタル。ま、それにある程度時代を戻らないと妖怪はほとんど滅びちゃってたからねぇ」
そう笑って言う紫の言葉は、全く頭に入らなかった。
ただ、今知ったばかりのその真実が恐ろしく感じて、どうしようもなかった。
「メリーが…貴女の先祖?」
「そ。大きな矛盾だって分かったでしょ?」
だから、“私にも無関係って訳じゃない”なのか?
でも、信じれなかった。
だとしたら、なおさら大きな矛盾が生まれた事になるからだ。
そうでしょう?
「ふふ、そこまで一気に考えが回るなんて。流石に鋭いのね。霊夢もまだそこまで至ってないわよ?」
「これから世界はどうなるって言うの?私の行動が世界に反しているなら…貴女は!」
「もっとずっと大きな矛盾よ。私も恐ろしい。こんなに恐怖心を感じるのもなかなかないわね。自分自身がどうってのは実感湧かないけど…この世界は潰したくない…」
紫は珍しく真剣な、少し暗い表情になって俯く。
そう、大きすぎる矛盾だ。




だって、メリーはまだ誰とも結婚してないのよ?




つまり、メリーに子孫が存在する筈がない。





なら、紫は?





大きすぎる矛盾。存在する筈のない者になる。
過去に居た訳でも、未来に居る訳でもない。
存在そのものが無い筈の者だ。

「まぁ実際問題、私自身に何かあるとは思わないけど」
ふっと表情を戻すと紫はそんな事を言う。
「此処は幻想郷。幻想が存在できる場所だもの。だけど、幻想郷そのものが矛盾となってしまえばそれは―――」



そこまで言うと紫は口を閉ざした。
え、という顔を向けると、彼女は霊夢の方を心配そうに見つめている。
霊夢が真っ青になっていた。
「ちょっと…待ちなさいよ…」
かろうじて開かれた口から弱弱しく言葉が紡がれる。
「あんたが矛盾した存在で、幻想郷に存在するっていうなら…」
その言葉は、とどめ。

私は勘違いしていた。
紫という存在の矛盾なんて“コレ”に比べればどうという事でもなかったのだ。

紫の言っていた言葉の意味を漸く理解させるとどめの言葉。



「誰が幻想郷を創った事になるのよ?」







15







このままいけば、幻想郷が幻想になる。
完全な矛盾だ。
私自身気付けたのは紫という存在の矛盾まで。
その矛盾はもっと大きな矛盾を生む。
彼女のしてきた事が、全て幻想になる?

これが紫の言った“タイム・パラドックス”の全てだ。

「私…どうすればいいの?」
私の口が震える。かろうじて出た言葉すら弱弱しく、情けなく思う。
「蓮子。貴女が慌ててどうするのかしら?私だってこの世界を終わらせてやる気はないのよ。でも慌ててどうにかなる話?違うでしょう?しっかりと考えなさい。順序立てて、考えるの。貴女は何の為に勉強をしてきたの?学んだ事自体に意味なんてある訳ないでしょう?学ぶ中で、考え方、構成力、そう言ったものを身につける為に学んできたんでしょう?役に立たせなさいよ。学んだだけなんて不愉快でしょう?役立てなさい、自分の大切なものの為よ!」


怒鳴られて気付く。彼女も恐れているんだ。
整理しろ、情報を、考えを。
そうだ、何の為に学んだ?こんな体たらくじゃあの馬鹿教授と同じレベルだよ宇佐見蓮子!
しっかりと、正しい情報の下で物事を判断しろ。

その為には情報の整理が必要だ。
蓮子は考え、自分の荷物を開く。
「お、ウサギ蓮子、お前の荷物便利なのに入ってるんだな」
「いい加減名前覚えてくれない?てかわざとよね?」
どうやら幻想郷ではちょっと洒落た感じの黒と銀がマッチしたようなバッグは珍しいらしい。
ちなみにメリーからプレゼントされたものである。
確か誕生日プレゼントだったかしら。
ちなみに私はネックレスを渡したように記憶している。
似合ってて可愛かった。

「ん?おかしくない?」
頭に微妙な思い出を回想させつつしっかりと情報を整理していた私は(流石私!)ある事に気が付いた。
「紫は幻想になってしまってもここは幻想郷だから平気なんでしょ?」
「ええ。まぁ外の世界との出入りは出来なくなるかもしれないけど」
じゃあおかしい。

「ならメリーは今どこに居るの?」
そう、メリーの存在が“幻想”になったというのなら、ここにいなければおかしいではないか。

「それが、私の言った“分からない事”なのよ。それが分かれば此処に連れてくる方法もきっと分かるんだけど、ね」
紫の言うとおりだった。
何処に居るかが分からない者をどうやって連れてこれようか。

成程ね。
蓮子は頭を切り替え、その考察を始める。
状況から考えればメリーは幻想となって幻想郷にいなければおかしい。
じゃあ、どうしてメリーがここに居ないのか。
つまり、今分かっている事でメリーがここ以外の所に居る可能性、またその理由を考える必要がある。

「ねぇ、関係ない話かもしれないんだけどさ…」
霊夢が紫に聞いた。
「私と蓮子は何か繋がりはあるの?勘なんだけどさ、何かさっきから色々引っかかると言うか…」
「ええ、霊夢は蓮子の先祖よ。もっとも、厳密には蓮子の先祖の姉妹なんだけどね。ある代で、博麗の娘が二人いてね。それで幻想郷側と外の世界側とで別れたの。その幻想郷側の子孫が霊夢で、外側の子孫が蓮子よ。
だから似てるな、って思ったのよね。」
紫は思う。
最初会った時もこの事件が始まった時も分かんなかったけど、蓮子が外の博麗神社に来た時に分かった。
博麗神社に来ただけで幻想郷に来れる訳がない。
そんな簡単に入り込める結界ではないのだ。博麗大結界は。
だが彼女は入った。しかも、寝ながら。
それは博麗が彼女を呼んだから。
博麗の血が流れる蓮子を幻想郷が呼んだから。
その蓮子と紫の先祖のメリーが出会うなんてなんていう偶然かしらね。


「あら?まだ何か入ってたみたいね」
蓮子は自分の荷物の中からメリーが最後に残した紙袋を開いた。
あの時に重みを感じてはいたが、こんなに大きいものが入っていたとは。


マフラー、だった。

「馬鹿ね…もう冬は終わりそうだっていうのに…」
城がベースで、人が二人刺繍されていた。
一人は紫色の服を着た金の長髪の女性―――メリーだ。
もう一人は、ハットを被った黒髪の―――私。
真ん中には可愛らしいハートマークが刺繍されて、その中に文字が綴られている。



always on your side and I love you



「だから…言ったじゃない…」
ああ、私なんだかしょっちゅう泣いてるな。
でも仕方がないでしょ?こんなに想われて、それで涙を流さないでいられるほど薄情者じゃないのよ。
「私はまだ答えてないって…!」
そんなに想われてるのに私は返してない。
ふざけないでよ。

解決が見えて、直前で落とされて少し落ち込んでいたのだろうか。
さっきまで小さかった何かがまた燃え上がった気がした。

「答えてみせるからね…メリー、待ってなさいよ!」




決意新たに立ち上がると、ぱさりと何かが落ちた。
「??」
手紙だ。最初に呼んだ、メリーから私への手紙。
読み返している内に、引っかかる事があった。
「ドッペルゲンガー」
………………………………………………………
何だろう、この引っかかりは。
唯単にメリーは自分の消滅の理由をドッペルゲンガーを見たからだと解釈していただけに過ぎない。
なのに、何故だろうか。引っかかる。


「おい紫、お前これ食べないか?甘いお菓子だぜ?」
「あらあら、下手な嘘を吐くのね。それ激辛でしょう?」
「ちぇー、霊夢も引っかからないし、ルーミアとチルノだけしかまだこれ食べてくれてないぜ。ルーミアには強引に押しこんだだけだし。てか紫、お前妖怪だろ?精神に何か依存するっていうじゃん。甘いとか思いこめば何とかなるんじゃないのか?」
「何とかなるかもしれないけど嫌よ。大体分かってる事と違うように思い込むなんて難しいわ」


ふぅ。私にもその溜息は思った以上に大きく聞こえた。
全く、ここの人たちは何処までもマイペースなのね…。さっきのアレは確かに辛そうだったけどさ。

精神に依存する、か。
別に人間だって妖怪程じゃなくてもそういうのはあるだろう。
美味しそうな匂いがすればお腹が空いたような気になるし、殴られる、と思うと仮に殴られてなくても先走って「痛い」なんていうのはよくあることだ。暗くて何か出そうだと思っていればちょっとした音が恐ろしく感じるし、あれ?



あれ?







16







宴会はいつの間にか終わっていて、静かな夜の月の下、私は自分の推測を話した。


「そうか…成程ね蓮子。確かに可能性として十分にあり得る話だわ。……だけど」
紫は蓮子の憶測を肯定した。
蓮子の考えは“メリーがいるのは顕界と冥界の狭間”というものだ。
当然唯の当てずっぽうではない。蓮子なりの理論の下で組み立てられた結果だ。

鍵となるのは、“メリーは自分が死ぬと思い込んでいた事”

つまり、本来ならば幻想となる筈だったのに、思い込みがそれを邪魔してしまったのだ。
自分は死ぬ、という思い込みが。
それでは死の運命にある者が思い込みで脱せるというのか?
それは違う。
メリーは人間でありながら八雲紫に通じる強大な力の片鱗を持っていた。
境界を操ると言う紫に対して境界の見えるメリー。
比べてしまえばそれは片鱗に過ぎないかもしれないが、それでも片鱗であることに意味がある。
それを私はこう考える。
彼女は人間:妖怪の比率が9:1、またはそれに近い数値であり、妖怪である部分を少なからず持っているのではないか。
であれば“思い込み”が通常以上の意味を持ってしまう可能性は無いとは言いきれない。

“幻想となる運命だったものが、死ぬと信じた結果、その中間に挟まれてしまった”

これが結論だ。
これが私の出した結論。

「だけど」
紫は言った。ありえなくはない、だが何かがあると言う。
「もしもそれが真実なら相当な覚悟が必要になるわよ」
冷たい目。
それは威圧ではなく、確認のような。
「覚悟?そんなもの初めから…」
「世界には理が存在するの。破ってはならないルール。貴女はこれから半分とはいえ“死”を侵そうとしている」
それは大きな事なのよ、と紫は言う。
今なら退ける、と。私はお勧めは出来ない、と。

ま、関係ないけどね。

もう意志は決まっているもの。

絶対メリーと一緒の未来。
それ以外の運命は認めないわ。
「退く気は無いのね」
「欠片も」
分かってたくせに。
そう軽くウィンクしてみせたが、



紫は返さなかった。





「ねぇ蓮子?やるからには成功させなさいよ」
紫が静かに言う。背後に突然現れた何者かを気にもかけずに…
「ちょっ!!後ろ!!」
慌てる私と裏腹、紫は後ろすら見ずに、軽く笑って言った。
「藍、ちょっと頼みがあるのよ」
「はいはい、分かってて来たんですよ」
藍と呼ばれたその後ろの人は、私の方を少し見ると、何も言わずに去っていった。
「誰?」
「私の従者。優秀よ?」
「ふぅん…」
何を頼んだのか聞きたいとは思ったが、今はそれよりもメリーだ。
「さて、急ぐわよ蓮子。もしその予想通りなら、メリーはかなり衰弱してる筈よ―――死にかけてるんだから」


霊夢や魔理沙は付いてきてくれた。
私はそれがとても嬉しくて笑顔のままだったのだが、二人は意味分からんという顔で私を見続けていた。

「着いたわ。此処から境界を崩して幽明の狭間から貴女の友人を引きずり出す。紫。準備は?」
「別にいつでもー。あ、でもその前に~、と」
何か思い出したらしく紫は地面に紫色の光で線を引き始めた。
大きな円を描き、その中に入る。
「命かける覚悟のある人だけ」
その一瞬だけ何か強い威圧を感じ、膝が曲がった。
「この円の中に入ってきなさい」

迷いなんてない。
私はすぐに入った。

ふっと景色が変わった。

そう、境界を超えた時と同じような感覚。
黒かったり赤かったり紫色だったりするいまいち特徴のつかめない空間。
だけど感覚で理解していた。

これが、“境界の中”――――――







17





境界の中。
簡単に言うなら狭間だ。顕界でも冥界でもない、その間。


「あらら、霊夢に魔理沙まで来たのね。物好きな子」
「子、なんて言うなよな。面白そうだから来ただけだぜ」
「何て子」
「一緒にしないでよね。私は後学の為よ。境界関連の問題なら見ておいた方がいいでしょ?」
2人はそれぞれに何か言っている。
来てくれる事に喜びを感じながらも、今は、と集中する。
今は、メリーを助けないと。

「良い?これから私達は―――」
「世界に反します、でしょ?さっさとやんなさいよ」
霊夢が遮り、紫はやれやれと前を向く。どっちが前かいまいち分からないが。
後ろから僅かに見えた紫の頬には汗が垂れていた。
恐れているのだろうか。世界に反する事を。
「ふぅ。私に関係のない事だったら絶対引き受けないわ…」
そう言うなり、紫は手にしていた扇子で空間を切り裂いた。

ぴっと亀裂が一筋、そこから得体のしれない気配がなだれ込む。
それだけでいわゆる“普通の人間”である私には厳しい環境が出来上がってしまった。
「うぅ…ぐ…」
吐き気がする。頭が痛い。息が苦しい。
「大丈夫?紫…これは、“死”ね?」
「ええ。春と同じように概念にも何かしらの形が存在している事がある。これは死。蓮子、強く意志を持ちなさい。―――――飲まれるわよ」
「くそっ。私にだって結構きついぜ?ウサギ蓮子、お前大丈夫か?」
「あんたいい加減わざとでしょうがっ!!」
「はっはっは!そんだけ吠えられんならまだ平気だ!」
魔理沙はそう笑って私の腕を掴んだ。
「立てって。友人迎える時は胸張っとかないとな!」



どれくらい時間が経ったのだろうか。
とても長かったような気もするし、数分だった気もする。
ありきたりな表現かもしれないが、実際に経験するのは初めてだった。

「来るわ!!!」

紫の大声。
何が、と思った時には亀裂が大きく広がって、中から大きな影が出てきた。
その影は亀裂から溢れてくる闇に包まれて―――死に包まれている。
その影の正体は、


「メリー!!!!!!」


マエリベリー・ハーンだった。
私の探し続けていた親友、メリーが。
死に包まれていた。


「あー…これは酷いわね。紫、どうしたらいいかしら」
きわめて冷静な霊夢。
その態度が蓮子には不快に感じた。
「何か言ってる暇があったら早く蓮子を!!助けて!!」
「何を言っているの?」
しかし帰って来たのは冷たい返事。
「何って…!私は」
「親友を助けたいなら冷静になれ!!あんたの頭は慌てれば良い考えが浮かぶわけ!!?」
ばしんっ、と強烈な張り手を左の頬に受け、私は黙った。

そうだ、霊夢の言うとおりだ。
今すべきことは、何だ?

「ごめん」
「わかりゃ良いのよ。ほら、さっさと動く」
メリーの体を起こし、その顔を見る。
酷く衰弱しているのが見て取れる。

でも、


生きている。

息をしていた。

苦しそうな顔で、しかし肺を膨らませていた。


「蓮子!!彼女の存在が曖昧だわ!感覚を与えないと…」
「紫、ちょっとそれじゃ分かんないわよ。感覚って?」
「五感の事!でも全身が震えてる…触覚じゃ駄目ね。触れるだけじゃ弱いし強ければショックを起こしかねない」
「なら聴覚は?」
「同じよ!ショック状態になっちゃ…」
私の頭はぐるぐると回って、五感すら思い出すのが遅い。
「えっと…えっと…じゃあ視覚…は駄目ね、目をつぶってるし…嗅覚は?」
「都合良すぎよ!匂いのあるものなんて持ってないわ!」
ああもう!じゃあ後は、後は…
「味覚は?」
「だから!そんな都合良く食べものなんて…」
「持ってるぜ!!!!」
魔理沙が叫ぶ。

手には、チョコレート。


「あ…」
「ほら口開かせろって。そらっ」
私がメリーの口を開かせると魔理沙はチョコを突っ込んだ。
…良いのかこれで!?


「で、紫。こうする事に何の意味があったんだ?」
「死んでしまえ」

あまりにも即答で死んでしまえと言われた魔理沙は紫にマスパを放ったがあっさりと避けられてしまった後、
一拍置いて紫が話し始めた。
「今のは存在の確立の基本よ。触れてもらう事で自分は此処に居る、と感じる事が出来る。それと同様に、何かしらの感覚を遣わせる事で自分が存在している事を自覚させるの」
「強過ぎちゃダメ、ってのは何?」
「体は弱ってる上に意識は無いの。そんな状態で強い刺激を与えてしまったら体は驚いて過剰な反応をしてしまう恐れがある。弱ってる体にそれは危険すぎるわ」

だからチョコレートなんて持ってて良かったわ、と紫はいつも通りのくすくす笑いをする。

これで安心ね、全部終わり。
しっかり目的は果たせた。

すう、と景色が変わる。境界の中、から顕界に戻って来たのだ。


「あら?」
紫の声が、何故だか重たく響いた。

メリーや紫、霊夢に魔理沙…つまり私以外のみんなの体が浮き、結界―――私達の入っていた円からふわりと外れた。

どうして、だろう。

どうして勝手に動いたんだろう。
勝手に円から動いてしまったんだろう?

どうして、それだけの事なのにこんなに気になるんだろう?

たった、それだけの事なのに?







18






何がたったそれだけなのだろう?

意味があるに決まっているのに。

私は唐突に、苦しさを覚えた。

「がはっ…げほっ…あああああ!!」
口からは真紅の液体。それが自分の手を染めた。

「蓮子?どうした…」
「入るなっ!!!!!」
紫が大声で魔理沙を止める。
「ふぅん、最後に部外者には選択権を与えるって訳ね。この先は本当に命懸けよ!」
「……!」
「どういう事よ紫!手短に分かりやすく説明なさい!」

「簡単な話よ!世界の逆鱗に触れた!」
「世界に反したからか!?」
「その通りよ!それも、龍神様の怒りじゃない…これは外の…神道の神の怒り!?」
神道。つまり神社に祭られるような神の事だ。
「霊夢!分かるかしら?どの神がお怒りか!」
「誰もへったくれもない!世界そのものよ!つまり…天之御中主神!!」
高天原に最初に降り立ったとされる神。
それが、今怒っている。
流石の魔理沙や紫も、恐れを抱いた。
結界の中に入って、蓮子を助けたい。

のに。

「おい紫…こんなん見た事あるか…?」
蓮子の周りを明らかな力が包んいる。その内側からは蓮子の悲痛な声。
「もっと規模が小さいのなら、ね。私が幻想郷を創った時、同じような眼にあったわ…」
でも。紫の記憶の中であの日が蘇る。
「あの時は何人かの妖怪達が協力…つまり、私の受ける苦痛を共有してくれたことで何とか私は生き延びた」
それはつまり。
妖怪が“何とか生き延びた”痛みを超える力を今生身の人間が受けている…?
「くそ…足が…動かない…」
魔理沙は自分が恐怖を感じている事を今更に感じ、右側で何かが動く気配を感じた。
「霊夢!?」
「ふざけんな!!!!!」
霊夢が結界の中へ突っ込む。
「私は巫女よ!!?だけどね!!本気になって大切な人を救い出そうとする事すら認められないような腐った神なんかに仕えてやる気は毛頭ないんだよ!!この糞神!!」
何という巫女だ。
魔理沙は「はははっ」と自嘲するように上を向き、呟く。
「霊夢に負けたら悔しいな」
すぅ、と息を吸う。もう足は震えない。
「負けてたまるか!」
その後を追った。


意識が崩れてきた。
苦しさは増していくばかりでもう声も出ない。
私は死ぬんだな、そうぼんやりと思った。
ごめんね、メリー。
折角ここまで来たのに、私は世界に殺されちゃうみたい。
さよならくらい、しっかり言え

「ああああああああああああ!!!きっついわね!!」

え?
「全く!どうやったら痛みの共有だかが出来るのか聞いてなかったと思ったら!結界に入れば早速だなんてちょっと早すぎじゃない!!」
「霊夢…?」
「はっ!!諦めるなんてダサいんじゃないのか?このままエンドじゃメリーって奴は喜べやしないぜ?コンティニューさせてくれるほど甘くはなさそうだしな!」
「魔理沙…?」
霊夢と魔理沙が同じように苦しそうな顔に笑みを浮かべて私を見ていた。
そして、
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど…ここまで馬鹿だなんてね!!」
紫の声。
「ふふふっ…!私も…大馬鹿って…事かし…ら!?」
ちっ敵が前回は龍、今回は何とかさんって訳、と薄く笑い、傘を杖代わりにして蓮子を支える。
「あの時よりもきついじゃない…ったく!龍神様の方がお優しいって事ね!」

嬉しさ。
そんなものが込み上げてくるものの、それに気を取られているほど余裕はなく、痛み、苦しみは増していくばかり。
「あらぁ…このままじゃ全滅かしら…?」
「馬鹿紫!あん…たは知ってて何も対策しなかった…の?」
「威勢が良いのは…ここでも…?霊夢…、対策は…“間に合えば”、…かしら?」
霊夢や魔理沙、紫の表情もみるみる苦痛の色に染まっていく。
「こんの…仕方ないわね…!天之御中主神!!!聞け!!蓮子がした事はそこまでの罪か!!?お前に殺されなければならないほどの罪か!!?」
霊夢が声を張り上げる。
もっとも、苦痛に負け声自体は小さかったが。

声は、帰ってこない。

「ああもう!糞神!!」
「そんな言葉使い…だから返ってこないんじゃな…いの?」
苦しそうなのにしっかり突っ込むあたり紫は尊敬に値すると思う。

「もう…ダ…メ…」
再び私の口から血が吐かれ、地面を濡らす。
「蓮子、しっかり…なさい…!貴女が諦めちゃ…げほっ!!」
全員満身創痍だ。
死をここまで身近に感じる事など考えたくもないような現状。
「紫…私死んだら…博麗は…幻想郷は…どうなる…?」
「馬鹿言わないで…頂戴…っ」

もう立ってなんていられない。
全員膝を折り両手を地に付け、顔を寄せ合い励ましあう。
―――普段の彼女らから言えばありえない状況だ―――
そんな抵抗も、空しくなっていくばかり。
世界の怒りは、まだまだ治まる所を知らず、荒れ狂う力の塊となって4人を襲い続けた。




「はろー霊夢。苦戦中?」
蓮子は反射的に顔を少しだけ上げた。
知らない声だったから。まぁ知ってる可能性の方が明らかに低いのだが。
「レミ…リア?」
レミリアと呼ばれた幼い女の子は、躊躇う事すらせずに円の中に足を踏み入れた。
「ふん…こんなもの…?貴女が宇佐見蓮子ね…?私には視えるわよ?貴女達の運命が」
そう言いながら苦しそうな顔を隠し蓮子の肩に触れる。
「しっかり笑っている貴女の運命が」
そう言って強気な笑みを見せた。
「私はレミリア・スカーレット。吸血鬼よ。最愛の者を守りたいと戦う貴女の思いを聞いて、ここに来たわ。協力してあげる」
一体誰が…?そしてどうして面識のない私に協力なんて…
「私だけじゃなくてよ?」
後ろから、躊躇を知らぬ者達が次々と結界に足を踏み入れる。
「むきゅ…喘息持ちにさせる事じゃないわレミィ」
「パチュリー様…結構これ…きついですね…」
「咲夜さーん…大丈夫ですか…?」
「ありがと美鈴…うん、人間の遊びにしちゃあ随分じゃなくて?お嬢様」
会った事も話した事もない、名前すら知らない人たちが結界に入ってくる。
「紫…どういう…」
紫を見ると、彼女は笑っていた。
「間に合った、って事…よ!」
「ふん。八雲藍、だっけか?あいつの説明が分かりづらかったのよ…」
「五月蠅い。誰が分かり辛いだ。他の面子はすぐに理解してくれたぞ。お前が馬鹿なだけだ」
そんな声と同時に藍が結界に入る。
「ぐぁっ…!あの時より…大きい力です…ね!紫様…!」


その先はすごかった。
次々と人(多分妖怪なんだろうな)が入ってくるのだ。
色々な声が聞こえたがどの顔が何を言ったかなど私にはさっぱり分からなかった。

「貴女が式の言ってた蓮子ちゃんね…大丈夫よ。死の世界…私達の世界に来るには貴女達はまだ早い」
「幽々子様…ご無事で…すか…?蓮子と言ったな?お前の大事な人なんだろう?自分に誓って。しっかり最後まで守り通せ!」

「姫…貴女まで入る必要は…」
「いいえ永琳。入るのよ。こんなに必死になって生を守ろうとする、その姿。私達も目に刻みましょう?そこで覚える共感は…きっとただの錯覚なんかじゃないと思うから」
「し…師匠~…さっきの薬って何ですか…」
「あ、タフになる薬」
「やる気満々だ~…」

「四季様、良いんですか?閻魔様ともあろう者が神に背いても…」
「おバカ!」
「きゃん!」
「閻魔は別に神だの常識だのに囚われるものではありません。顕界でも言うでしょう?己の良心にのみ従えと」

「ふふ…限りある命を必死に咲く花、ね。良いじゃない、協力しましょう…?協力したら何だか、もっと綺麗な花を咲かせられる気がするもの」

「神奈子様!そんな、貴女様まで…」
「ええいお黙り!同じ神として苛立つのよ!ここまでの力の差も!考え方もね!!行くよ諏訪子!」
「はいはい!私達は取り戻せなかった。だからこそ、貴女には取り戻してほしいわ。大切な人をね」

「事件ですよ事件!さぁ椛。どうしましょう?」
「え…えっと…流石にこれは…」
「事件ですもの!大事件!事件を理解するには?当事者になるのが手っ取り早いんです!」

「やれやれ、紫、結局やったんだねぇ。ま、私だってあんたは大事な友人だしさ。気持ちは分かるさ。ほら天狗!私の酒に付き合いな!」


「あっははははははははは!ここまで集まってまだこんなにきっついなんて!よく耐えてるわねぇ私達!!」
紫は大声で笑う。
最早妖怪にはどうって事無いレベルなのかと思いきやまだまだ冷や汗が垂れている。
俗に言うやせ我慢だ。

でも、心強い。

でも、不思議。

「どうし…て?話した事もないのに…助けてくれるの…?」

紫が代表してその当たり前の質問に答えた。
「ここに居る者達はみんな、大切な誰かの存在があるから。私なら、幻想郷そのもの、みたいにね」
「答え…なの?それは…」
「二つの答えよ?みんな共感できるってことよ。そして、助けたいと思うの。自分にも大事なものがあるから。
それに、みんな宴会が好きでねぇ…ふふふ」
その先を大きな角が二本生えた小柄な女の子が続けた。
「幻想郷はみんな宴会が好き!宴会は人数多い方が楽しいだろう?ようこそ!幻想郷へ!!ってね!」
「つまり…」
私はおかしくなってぷっと吹いてしまう。
「酒の肴?」
「そんな所かしら?」

「最後は私が締めれば良いと?」
霊夢だ。汗だらだらの顔を心なしか笑顔にしながら、ひーひー言いつつも話す。
「幻想郷は全てを受け入れる。大事な人を守りたい、そう頑張ってる人を拒否するほど性格悪くないのよ?助けるのにそんな大仰な理由が要る?―――ねえ馬鹿神が!」
結構根に持っているらしい。
「しっかし…随分楽になったとはいえ…このまま続けば結局みんな死んじゃうわよね…」
改めて現状を見る。
というかこれが随分楽とは。此処の人間はおかしいんじゃないだろうか。

その場が段々と地獄絵図になってきた。
この激痛の中で夜中に起き続けていた時のように妖怪達のテンションが上がって来たのだ。
つまいり、この結界の激痛の中で、

「よっしゃぁ宴会だ―――!!!」








19







「蓮…子…」


悪夢のようなどんちゃん騒ぎ。
そんな時だったからだろうか。
最初、その声が何なのか分からなかったのは。

「え…?」

「蓮子ぉ!!」
「メリー!!?」

メリーが起き上がって、円の外側から私の名前を呼んでいた。
「蓮子!!」
「メリー!メリー!!メリー!!!」

「お、主役の登場かい?」
「萃香、大人しくしてなさいって…それよりお酒もっと~!そろそろ体力キツイ!」
そう言って酒で体力回復を試みる面々。
無茶苦茶だ。


結界の線を挟んで私とメリーは向かい合っていた。
「蓮子…?私はどうして…?」
「説明は…後よ…とりあえずもうちょい待ってて?」
メリーは分からない、という顔をする。


彼女が馬鹿だったら良かった。
馬鹿ならこういう事に気付かないのに。
「この線、いいえ、境界は何?」
「……」
答えられる筈もない。
答えればメリーはこの中に入ってくるだろう。迷いもせずに。

彼女はそういう子だから。

「何でもな」
「私には境界が見えるのよ!!?」
そう言うなり、

境界を簡単に乗り越え、躊躇の欠片もなく私の前に立った。

「え…」
「凄い人数…しかもお祭り騒ぎね。こんなに居ても、すごく苦しいのね…」
メリーの顔色は途端に悪くなり、息が荒くなり始めた。
「メリー!馬鹿馬鹿馬鹿!!早く出なさいよ!!」
「もう…蓮子ったら。ついでにもう出れないわよ」
メリーは当たり前じゃない、という風に私に言う。
「馬鹿!」
「何度も言われたわよ…主にさっき」
「でも…だって…げほっ」
「ほら蓮子。無理しないで」
そう言いながら、メリーは私の手を取っ






た時、結界が震えた。

突風が吹き、私の荷物が宙を舞う。
マフラーも、飛んでしまった。

「はい宴会中止!!集まりなさい!!」
紫の声に合わせて全員がすぐに円の中心に集まる。
迅速な動き。
私達も少し遅れて集まった。

だが、



少し、遅れてしまった。

歪んだ境界は最後に世界に反した者だけでも取り除こうとして。


「いけない!!世界に歪みが…!」
紫の言っている意味はいまいち理解出来なかったが、これだけは分かる。

私が、危険だ。

「う…ぁ…ああああああああああああああああああ!!!!!」
「蓮子っ!!!?」

紫が作る空間の切れ目より、もっと歪でひびだらけの裂け目。
その中から現れた無数の手が私の足を掴んでいた。


怖い怖い怖い怖い!!!
連れて行かれる!!

「蓮子!!捕まって!!」
メリーが右手を伸ばして、私の腕を強く握る。
メリーの手は、
「温かいね…メリーの手」
「馬鹿言ってないで!離しちゃダメだからね!!」


ずるっ


「あっ……」
「メリ…」
私達の手は虚しくも離れて、精一杯手を伸ばしたけど、メリーの手に届かなくて。






切れ目が閉じてしまう直前、一瞬柔らかいものに触れた気がした。






20






「蓮子ちゃんがハーンさん探しに消えてから1週間くらい経ったよね…」
「蓮子ちゃんも行方不明らしいって…」

そんな噂が絶えることなく広がっていく学校。
外の世界、と自分達の今居る場所が呼ばれる事を知らぬ人間達は、普段通りの日常を送っていた。

どちらが、幸せなのか。

真実を知ることと、知らぬこと。

そんなものは分からないから、だからね、とよく蓮子は言っていた。


「何が良いかなんて分かんないんだからさ。とりあえずその時出来る事全部やれば良いじゃない?」







21







「蓮子ぉ――――――!!!!」
切れ目が閉じて蓮子の姿は見えなくなり、同時に紫の張っていた円状の境界は消えた。
痛みも、共に。

後に残されたのは、幻想郷の人間や妖怪達と、マエリベリー・ハーン。

「そんな…死ぬのは私の筈でしょう…?」

何があったのかなんてわからないけど、蓮子が自分を助ける為に動いてくれていた事は分かる。
だから自分を見てあんなに叫んでいたじゃないか。
「貴女が…マエリベリー・ハーンさんね…私は霊夢よ。蓮子の…手伝いをしてたの」
「そう…ありがとう…」
誰も責められない。悪いのは自分だ。
その場は不気味なほどに静かで、誰も話そうとしない。
今起こってしまった事が、まだ理解できていないかのように。

会ったばかりでも、話した事がなくても、あの瞬間、それぞれが結界の中に入ったあの瞬間、蓮子もまた彼女らの仲間になったのに。
それなのにそれを一瞬で奪われたのだ。
会ったばかりでも素敵な魅力を感じた。
なら、ずっと一緒に居たであろうマエリベリー・ハーンがどれだけ苦しいか。
そう考えれば、誰も何も言えよう筈もなかった。

ドサ、と蓮子のバッグが落ちてきた。
「私が…あげたんだっけ、これ…」
虚ろな目でそのバッグを見る。そして自分の首元を見る。
そこには、綺麗なネックレス。
そう、彼女に貰った大切な――――

沈黙は続いていた。
だが、突然その沈黙の空気が変わった。
誰もが“ある物”を捜す眼で黙ったまま辺りを見回していた。
そして全員の眼はある一点に注がれた。

「…?」
その奇怪な眼は私に向けられていた。私、マエリベリー・ハーンに。
いや、厳密には私の少し後ろ、直前まで、蓮子がいた所――――
「え?」



全員の探しもの、マフラーが閉じた境界に挟まって、揺れていた。







あの日、私は何と答えたのだったか。
やれる事をやれば良い、そう言われた時、何と答えたんだっけ。
「……」
何言ってるんだろう、しっかり覚えてるじゃない。

「“当り前よね”」

「霊夢さん!!この閉じちゃってる切れ目、広げられますか!!?」
私の手はマフラーを強く掴んで。この下で蓮子もマフラーを掴んでいると信じて。
「紫!!」
「りょーかい!!!!」
紫が扇子を切れ目に当てると切れ目が広がった。
そして、

「メリ―――!!」
中からは蓮子の声が。
だが思い切り引っ張っても簡単には持ち上がりっこない。
そのうえ中からは再び蓮子を連れて行ってしまったあの無数の手が。
「はいメリーさんは引き上げるのに集中しなさい!萃香、手伝いたいのは分かるけどこれはやらせてあげなさい。代わりに―――」
霊夢は札を出し手にぶつける。
煙を出しながら消滅していく手を見せて、
「ストレス発散はさせたげるからさ」


「蓮子…捕まってなさいよ…!」
「あったりまえよ…!見えないかもしれないけどこの下底が見えないのよ!」
「分かったから叫ぶな!揺れる!重い!」
「重くない!!」



ようやく蓮子を引き上げ終えるのと、無数の手が実は無数ではなかったと証明されるのは、大体同時だっただろうか。

相変わらずぜーはー言っていた私達だけど、今まででもしかしたら一番の笑顔をしていたかもしれない。


「蓮子」
「メリー」

顔を合わせて言う。

「おかえり!!!」
「ただいま!!!」



私達の運命?
当然。

二人で笑ってる未来に決まってるじゃない!







LAST






「それじゃ、ホントにありがとう」
「こちらこそ。ひさしぶりにドンパチしたから良い刺激だったわ」


私達は外の世界に帰る準備を終え、博麗神社の前に居た。
「ホントに行っちゃうの?ここの方が楽しいと思うけど…」
「ありがと、レミリア。でもまぁ、やっぱ故郷だし…ね。またいつでも来るからさ!」
「その言葉巫女的に聞き逃せないんだけど…」
そんな他愛ないやり取り。
そんな中でも自分達がもうここの一員になれている気がして、嬉しかった。



幻想郷は全てを受け入れる、か。



「じゃあ、行こっか。メリー」
「そうね、蓮子」
私達は、幻想郷を後にした。

ふわ、と博麗神社に降り立つ。

私はここから入ったのよ。
ふーん。

「…あれ?」
「どしたのメリー…!?」

「うわあああああああああああ!!!」
私達はもう一度幻想郷に駆け込んだ。
今度はメリーがいたからすぐに入れた。


「で、どうしたのよ?」

若干苛立った様子の霊夢に聞かれる。
まぁ、当然だろう。さよならしたと思ったら下の根の乾かぬうちに戻って来たのだから。
まぁ巫女的に境界云々らしいけどそっちはいまいち分からない。
「い、いや、メリーの体が、また透けてきて…」
「はぁ!?」

一体どういう事だろう。
幻想郷ではまったく正常な体だ。これが外に出た瞬間アレでは流石にびびる。

「ああ、やっぱり戻ってきたわね」
「紫!あんた何か知ってるわね!!」

そんな現場に紫が降り立つ。
本当に神出鬼没だ。
「あのねぇ、メリーはもう“幻想”なのよ?」
「えっ…」
つまり、それは。
「だから、貴女はもう出られない。パラドックスを通過してしまった以上、もう幻想からは戻れないのよ」
じゃぁ…私は、どうする?
「まぁ、蓮子がどうするかは自由だけどね」
「決まってるじゃない。一緒に居るわ。メリーとね」
やれやれ、と笑うと紫はメリーに扇子を当てる。
「30分よ。良いわね。私だってこれ以上バランスは崩したくないんだから…時間内に別れを済ましてきなさい!30分経ったら私が勝手に連れ戻すから!」
「良かったわね。現実と幻想の境界をいじって貰えたってことよ。時間制限付きでね」
訳が分からんという顔の私達に霊夢が解説のおまけをつけ、私達はもう一度戻っていった。



とりあえずは、学校かしら?今は講義とかの時間よね。


級友たちにもみくちゃにされるだけされると、それだけで15分も経っていた。
事情を話してもきっと頭がおかしくなったと思われるだろう。
だから、私達は、―――――――




事実をありのまま話した。

当然の如く、ぽかんとした表情。
それでいいんだ。嘘を言って二度と話せないより、ずっといい。
嘘で逃げたら、きっと後悔するから。

「今できる事、やんなきゃね」
メリーの言う通りだ。

メールで知ったなかなか見所のあった(私の勝手なボイコットに感動したらしい)教授に適当な挨拶をしに行くと感動のあまりとか言って抱きしめられたのでセクハラだ逃げろうわあ押すなみたいなノリで逃げてきた。

結局誰一人まともに話す訳でもなく、いつものノリのままに学校を後にする事になったが、全く。
不思議な事に全く寂しさなどは無かった。



夜道を二人で並んで歩いていた。
「ねぇメリー」
「なぁに蓮子」
幻想郷を出てから25分。後5分で私達はここから消える。
幻想になって、きっと人々の記憶からも消えるのだろう。幻想とは、そういうものだから。
「あのさ、教えて欲しい事があるのよ」
「何?」
悔いなんてない。
自分で選んだ事。それに、これから新しい生活が始まるんだから。
それも、
メリーと一緒で。
「手紙。…途中までだったあれ」
「ああ」
「あの続きよ」
「知りたい?」
「から聞いてるんだけど」




貴女に貰った勇気は私の――――――



「宝物です。貴女が居たから私は此処まで来れた。貴女は私にとってかけがえのない大切な人でした。貴女にとっての私も同じであれたなら、尚の事嬉しく思います、よ」
「よく覚えてたわね」
「そりゃずっと考えてたもの…」
よく見てみるとメリーは真っ赤だった。
でもまぁ、きっと、私も。
私も同じような色なんだろうな。

「ありがと」
「何を今更」

お互いの顔が赤いのをお互いに笑いながら見ていた。
「仕方ないわね。『これからも』、」
「『よろしく』、ね!」
ぎゅっと強く手を握り合って、私達はこの世界に別れを告げた。







FUTURE







幻想郷と外の世界。
その二つを揺るがした小さな、大きな事件。
その事件からおおよそ1000年が経過した。


「あら?何かしらこれ」


博麗神社の巫女は神社の奥で大切にしまわれている木箱を見つけた。

「げっほ!げっほ!ああもう!埃っぽいなぁ!」
文句たらたらに、木箱を開く。
「…………布?」
長いマフラーが、大切にしまわれていた。
「誰のだろ…」
「それは貴女のご先祖様と、その親友の方の絆の証よ」
不意に背後からかけられる声。
「紫じゃない!あんたねぇ!いい加減突然現れないでくれない!?」
「うふふ、慣れなさい慣れなさい」
いつものやり取りの後、もう一度聞き直す。
「で、これが何だって?」
「絆の証。かつて、外から幻想郷に入ってきた素敵な二人の絆」
「私の先祖なんじゃないの?」
「いつか、教えてあげるわ」


縁側に広げられたマフラーは、その色を褪せさせる事無く、かつての姿のままだった。
紫色の人の刺繍と、ハットをかぶった人の刺繍。そして、その間のハートマーク。

「懐かしいわね、本当に」
そう言って紫は笑う。


「そろそろ、外の私が時間を超える時期かしら?」


誰も聞かないその言葉を誰に聞かせるでもなく呟くと、
「また会いましょう、秘封倶楽部。その夢まで、今はひとまず」
最後に一言残して紫は一人スキマに消えた。



「さようなら」


最後にはくすくすという声が響き、博麗神社はいつもの姿のまま。
あの日と同じ、いつもの姿。

全てを受け入れる、いつもの姿で。
ありがとうございました。楼閣です。
とりあえずこれはハッピーエンド…と言っても大丈夫かな、と思います。
ちなみに最後の紫さんのお話は理解する必要はありませんので「訳分かんねー」とか嫌あああ。
どうしても理解しないと気が済まねえ、という方はコメントの方に。
多ければ考えます。

話に必要な所謂“謎”は全て明かした筈です。
ですがそれでも腑に落ちない…って感じて頂けるとそこで初めて私の意図したお話が出来あがった事になります。
やっぱりお話は読み手が居てこそですからね。

今回は最終章という事で、前回の半分以下程度の量ですが、中身はそれなり(本当か?
目指した形は「納得、だけど腑に落ち切らない」という曖昧な形なので、ハードルが高かったなぁと反省。

上、中で「次回に期待」という声を頂き、張り切って創った結果がこの作品ですが、どのように感じて頂けたでしょうか?
少しでも驚きや楽しさなどを生み出せていれば嬉しく思います。

それでは、ここまでお読み頂き有難う御座いました。
楼閣
http://ameblo.jp/danmaku-banzai/
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コメント



0.730簡易評価
1.100ふぶき削除
楼閣さんGJ

上、中を読んで楽しみに待ってましたよ♪

まさか紫が未来から来た妖怪だったとは意外だった…
あと、幻想郷のみんな優しすぎだよ絶対w

次回作も楽しみ待ってますよ~ノシ
2.100名前が無い程度の能力削除
す…凄いの一言…
凄すぎて感想が言えない…感動…
3.100煉獄削除
紫様が未来からというのは予想外でしたねぇ…。
この話でのメリーと何かしらの関係があるのかな?とは思ってましたけども。
メリーを助けるために皆が協力して神に抗うのは凄いですね。
二人とも幻想になりましたが、大切な人と一緒にいられるようになったことが良かったです。
完結お疲れ様です、面白いお話でした。
4.10名前が無い程度の能力削除
相変わらずシーン毎でのキャラクターの感情の繋がりが無茶苦茶と言うかなんというか……
それと何の説明も無いいきなりな超展開もどうかと……
9.100名前が無い程度の能力削除
後ちょっとだけでもいいから続いて欲しかった
17.無評価楼閣削除
ぅええええ!?
何だか見た事もない展開になってます(点数的な意味で

という訳でもう前置きは良いや!早速返事させて頂きたいと思います!


ふぶき 様>
予想外の展開と感じて頂けると嬉しいです!
優しすぎるのは自分でも思いましたww
「何だかみんなそれぞれに大事な存在って居るんだなぁ」とか思っちゃった瞬間から妄想は止まらなくなりましたとさ!
次回作…ぐっはぁ頑張りますっ!
ありがとうございました!

2>
まままマジですか!?とても嬉しいです!ありがとうございます!
しっかし創想話にはもっと良い話が一杯ありますよ!
私がマジ泣きする事数知れず…そんな感覚を自分の作品でも味わって頂けるように書いていきたいですね~。

煉獄 様>
まさか貴方からそんな点数を頂けるとは…!
やっぱりメリーと紫の繋がりを創る事で話が出来上がっていきやすいので。
上記の通り考えてしまったらもう止まらないのでした~(笑)
ありがとうございました!

4>
うーん、伏線張りに頑張ったつもりでしたがまだ足らなかったみたいですね…。
申し訳ありません。
もう少し地の分というか展開の繋がりを意識して書いていきたいと思います。

9>
ぎゃあ。
続いて欲しいだなんて嬉しい言葉を…!
何だかそう言われてしまうと二人の幻想郷ライフを書いてみたくなりますね…。
多分ギャグ以外の何物でもないものになっちゃうと思いますがっ。
ありがとうございました!


今回の話は一番構想段階から悩まされた話でした。
秘封倶楽部はCDでしか描かれていないのでやはりどうやって作り上げていくか。
また、矛盾を作らないか。
頑張った結果がこのお話だったので、このような評価を頂いて狂喜乱舞しております(の割に字面は冷静

流石に受験生という立場上ポンポン書いていくことは厳しそうですが、やっぱり書くのは大好きなのでちょくちょく書いていこうと思います。今回と違ってかなり軽めな話になるとは思いますが。
評価をして下さった方々、ありがとうございます!

そして、現在この話を軽く編集の後、おまけを付けた総集編的な物を作っています。
よろしければそちらも。