○注意書き
メタ傾向あります。ご注意ください。
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どくん、どくんという音が聞こえてきた。
さっきまで涙が走っていた顔が真っ赤になって、手がすこしだけどふるえている。こんなに緊張するのはいつ以来だろう、と風邪のときのようにぼんやりと考えた。
これでいいの? 本当に推敲は終わったのね? もう一日待ったほうがいいんじゃない?
そんな声が、自分の中から聞こえる。さらにもう一つ、声が聞こえた。
その声こそが、もっとも自分の投稿ボタンを押す手を止めている理由だった。
――すぐ下に彼女が投稿しているわよ。
ペンネーム――いや、誰もが知っていることだからペンネームで呼ぶ必要はないか。
彼女とは、創想話の期待の新人、パチュリー・ノーレッジのことを指す。
【東方創想話に投稿しました!】
◇ それぞれの価値観
彼女は処女作の『日陰少女に幸いを』が脅威の30000点越えを果たし、それ以降20000点を切ったことが一度もないという、奇跡の作家だ。
『○○(パチュリーのペンネーム)氏きた! これで一生やっていける!』
『……泣いた。ただ泣いた』
『どうしてくれる。これ読んだせいであなたの作品以外が楽しめないじゃないか!』
『おなかいたい』
などのあたたかいコメントが溢れ、スクロールバーはびろーんと伸びている。コメント率は2/3ほどだ。とうぜん、レートはすべて15以上。
描写、伏線、設定、キャラクター。どれをとっても文句のつけようがなくて、かならず心に残るものがある。ときには、気づけば涙を流していた、ということさえも。
だからといってギャグがダメなわけではない。シリアスだと思っていたらじつはギャグだった、というのは彼女の得意技。
その腕前は、読者を何人も呼吸困難で永遠亭送りにしたほどだ。もはや犯罪。
そのせいか最近、ギャグはあまり書かないみたいだけど。
そういうわけで彼女に勝てる作家など、プロを探しても創想話いなかった。
そうそうは、いなかった。
そのパチュリーがこの前投稿した。
その作品は伸びに伸び、すでに20000点を超えた。それを踏む勇気がないのか、ここ一週間投稿が一作もない。あるいは前編だから、サンドイッチにされることを考えてかもしれない。
高級すぎるパンに安っぽい具を挟み込むと、やがて潰される。
今ここで悩んでいる彼女も、ついさっきそれを読み終えたところだ。そして、泣いた。
話が感動的すぎて。そして自分の作品と比べると悔しくて。
ただただ、彼女は泣いた。
最近のはやりは『十分以内に読めるような短編ギャグ』だったはずだ。なのに、パチュリーが投稿したのは『200kbを超える長編感動作』。
200kbがまるで10kbのように感じられるような引き込み。気づけば時計の針はわたしを置いてダッシュだ、ははっ。
そんなわけで、投稿する勇気がもてなかった。
ちなみに彼女が書いたのは『70kbの長編感動作』。
とっても大切な、そして大好きなアイディアだったので、丁寧に、丁寧に、二ヶ月もかけて書いた。
目標は10000点。パチュリーには低く、彼女には高い目標だ。
正直なところ、この作品ではじめての万点越えの自信があった。さっきまでは。
パチュリーの作品を読むまでは。
パチュリーの作品は、絶対の評価を相対に変えてしまうほどの威力があった。読んだとたん、自分の作品が言いようのない駄作に感じられた。
ついさっきまでの輝きはいったい、どこへ行ってしまったのだろう。そしてその答えは、本当に見つかるのだろうか。
見つかると信じて輝きを探しに行きたい。だけどこれ以上、投稿を引っ張りたくない。きっと彼女が投稿すれば、きっと自分の作品が目も当てられなくなるだろう。
さあどうする。
どうする、投稿するか? それともやめておく?
右人差し指を、クリックしない程度の力でボタンに当てたり離したりしながら考える。
気持ちを落ち着かせるためだけど、やがてそこからわずかな水音が聞こえるようになった。
緊張している。
「……もう、どうにでもなれッ!」
叫び、彼女は創作にかけたすべての想いを乗せた指で、投稿ボタンを押した。「ちょっとまてッ!」という声が聞こえて気がして、どっと汗が流れ出す。
死のうと飛び降りたものの、とつぜん死にたくなくなり、建物に手をのばそうとしたようなものだ。
重たいせいか、すこしおくれてやっとページが切り替わった。
『投稿が完了しました』
「はあ……」
溜まっていた負の想いがどっと吐き出された。いつもならすがすがしいのだけど、今回はちがう。
もう戻れない、という気持ちがべっとりと心の中に張り付いているのだ。
でも無理をして、「コメントまだかなー!」と元気なふりをして叫んでみる。
そうでもしないと、心がこなごなに壊れてしまいそうだ。
その声はむなしく彼女の家と心の中を響き渡って消えたものの、ずいぶんとすっきりしたらしい。
◆
それからは、一分ごとの更新。一分で読めるはずがないのに。
こうしていると、コメントを待っている時間がやけに感じられる。
一分ごとのつもりだけど、もしかしたら数十秒ごとに押しているかもしれない。
しかしそんな目を傷めるだけの行為に、何分も時間を潰すわけには行かない。だいたい、今日は掃除をするつもりだったのだ。
待つよりかは掃除をしたほうがずいぶんと有意義だ。
と、心ではわかっていても体は考えに反するようにしか動かない。
雑巾を握るはずの右手は画面上のポインタをすべる。
獲物を探す鳥のように、矢印があっちに行ったりこっちに来たり。本当に自分は何をやっているんだろう。
獲物が見つからない。ちょうどいいの、何かないのか。もうほとんど読んじゃったしなあ……。
でも。
「何か、読んでみようかしら……」
彼女は、ペンネームを書く必要もないくらいばればれの、知り合いの作品をあさりはじめた。すこし、昔の話を。
◆
何作か読んだ。どれもおもしろかったけど、すこしだけ優越感があった。
さて、つぎの作品は何にしようか。やっぱりシンプルに点数かな。
そう思って、その作品集でぱっと目に入った点数の高い作品をクリック。5000点前後のやつだ。
ただ、このときの彼女はまだ、自分の失敗に気づいてはいなかった。
わりと短めの作品だ。まだシリアスかほのぼのか、ギャグかさえわからない。
ところで彼女には、先にコメントを読む癖がある。でも、それは長編のことでだ。
長いのはかなりの時間をとられるから、感想を読んで何となく自分の好みの作品だけを読む、という彼女なりの選びかただ。
でも短編はすぐ読み終わる。だから、こればっかりは感想を読まない。つまり、その話がどんな話なのか。それがわかるのは読み終わってからだ。
当たり前のことなのだけど、当たり前じゃないような読みかたをしているからスリルがある。
それだから、彼女は短編が好きなのかもしれない。
さてと、高点数の理由はいったいなんだろうね。
◆
「何……これ」
意味がわからない。バグか?
なぜだ、なぜあんなに点数が高い?
まだ数年しかモノ書きやってないわたしだけど、この作品ならいくつでもよくないところが指摘できる。
たしかに書きたいものを書いたといった印象を受けるけど、もう少し直すところがあるんじゃないか。
すがるようにあとがきを読んだ。あんなに点数が高いんだ、何かここに仕掛けがあるはずだ。
『はじめて東方創想話に投稿しました!
まだうまくないかも知れませんが、これから上達を目指してがんばるので、よろしくお願いします!』
ない。無難すぎるあとがきだ。「がんばってね」と言いたくなるけど、笑えるところも、あっとおどろかされる伏線回収もない。
「ホントに、これだけ?」
さらに下、コメントを読む。最後の可能性、コメントに何らかの仕掛け。
……あれ?
作者のコメントは、丁寧な感想返しだけ。ほかは全部感想だ。
それも、やさしめの批評とか、そういうやつばかり。
マイナス点はなかったのだけど(たぶんマイナス点が導入されるかなり前の作品だったからだろう)、30点以下がほとんど。それに、コメントも少ない。
ただ、一つだけ、100点があった。
それを見たわたしは、思わず目を疑う。
100点を入れた一人、それは――。
――パチュリーだ。
どうして。
彼女がコメントしているのを見るのはこれがはじめてだ。
あまりのめずらしさから、思わず目が彼女の文章にひきつけられる。
『この作品は、私がここに投稿するきっかけになった唯一の作品です。
作者さんの書きたいものを書いた、という気持ちがすごく私の心にぶつかってきました。これ以上、すばらしい作品に出会える気がしません』
べた褒めだ。
彼女はいったい、この文章から何を感じたのだろう。どうして、この作品を気に入ったんだろう。
わたしにはわからない。何度も読んだけれど、わからない。
どうして? どうしてなの、パチュリー……。
――作者さんの書きたいものを書いた、という気持ちがすごく私の心にぶつかってきました。
書きたいものを書いた、という気持ち。
書きたいものを書いた、という気持ち?
わたしと同じこと考えたんだ。
でも、それとおもしろさっていうのは別じゃないか?
彼女の行動の意味がわからない。
考えて、考えて――でもどれほど考えてもスッキリしない。ぐるぐるぐるっとイヤなものが頭の中をまわる。
でもやっぱり答えは煙のようで、これかと思って掴んだらふっと消えてしまう。何度やっても何度やっても、塵すら掴み取ることが出来ない。
一回空振りするたびに気持ちが乱れていく。イライラして、でも頭の中は冷静で――。
こんなどうでもいいことを考えるのが本当に有益なのか、いや無益だ。そう割り切り、結論を得た右指がバックスペースをクリックする。
「あ」
そこで気づいた。
「作品一個ずれてた……」
◇ けちの公式
「おもしろかった……」
「ええ、すごくいいわこれ」
パソコンの画面に張り付いていた蓮子が離れる。
メリーはまだそこに残り、カタカタとキーボードを打って感想を書いていた。
「七色人形さん、さすがだよね。長さが気にならない」
「ええ、この人はお人形のお話になるとすごくいいものばかりだよね」
感想を書き終わったメリーが100点の点数とともに送信すると、蓮子がマウスを奪った。
「霊夢の話、他にないかなー」
「ホントに霊夢好きなのね」
メリーがあきれて言う。
ちなみにメリーが一番好きなのは紫。
彼女が活躍していれば絶対100点。紫をけなす意味でのババアという表記があれば、絶対-30点をつけている。そろそろアク禁の日も近い。
「ええ、彼女が活躍すると自分のことのように誇らしいのよ」
「はまりすぎよぉ、危ないんじゃない?
だいたい、つぎわたしの番よ」
言いながらメリーが右腕を伸ばし、蓮子からマウスを奪う。その腕を蓮子ががっしりと掴んだ。
メリーが蓮子を見つめる。
「これわたしのパソコンだよね?」
蓮子の手に力がこもる。
「結界の裂け目を見切って創想話を見つけたのはわたしよ? こっちの世界にいる限り、ふつうはこんなもの見れないんだから感謝しなさい」
「むう……」
蓮子の力が弱まった。メリーが手を軽く振って腕を払いのける。
そのままメリーは、ちゃっちゃと自分の見たいページを開いた。
サーバー上の結界は、メリーしか見ることができない。つまりメリーにこのページを閉じられたら、彼女の力なしでは創想話に入れないのだ。
創想話は、とっくに失われたものらしいから。
黙ってメリーに従うしかない。
「これ読みなさい。というか読まなくてもいいから100点入れて」
そう言ってポインタで指差したのはやっぱり、紫が活躍する物語だった。作者『永久少女天使ゆかりん』氏。
「何でこんなに紫が好きなの?」
「紫言うな。紫さまって言え。まあ、ババアって言わないだけよしとするか」
メリーは画面を見たままぶつぶつと言い、その作品が万点まであとどれだけ必要か、そして一人につき何点入れればいいか、指を折ってのろのろと計算している。
「おそいおそい。
一人が毎日100点入れればあと二週間よ。でもだいぶ昔の作品だから見つけてくれる人もすくないかもね」
「あ、そうか。うーん、遠いなあ……」
あまりの遠さにがっかりしている様子だったけど、蓮子に「計算おそい」と突っ込まれ、「何よ何よ」と言い返す。さっきの気分はどこへ行ったのか。
と思ったら。
「はあ……何でわたしだけ計算おそいんだろ」
帰ってきた。
「べつにあんたが世界一番遅いわけじゃないでしょうに。でも大学生にしては遅いね」
ニヤニヤ笑いながら言い、蓮子がすっとメリーの手から離れたマウスを奪った。
「さ、霊夢のSS読むよ」
「あ、その前にそれに100点」
メリーがちょっと低めの声で言う。
蓮子はあきれた表情で「入れないよ」と言おうと、口を『い』の形にした。
しかし出てきたのは、メリーの予想とはまったく反対の一言だった。
「いいよ」
「ホント?」
おどろきのあまり思わずメリーがぴくりと反応すると同時に、蓮子がキーボードの上に両手を置いた。
「点数かける100円わたしに払うならね」
感想を打ち込みながら、「あ、マイナス点は絶対値で」と付け足す。「もちろんお望みどおり100点入れてあげるけどね」とも付け足した。
『おもし』
蓮子がたのしそうに打ち込んでいく。
「まったくもう……」
一方メリーは残念そうに、蓮子の手から離れたマウスを取って画面右上に。バツボタン、ポチ。
創想話を閉じた。
「あー、まだ霊夢活躍SS読んでないのに!」
◇ 創作の気持ち
「何なのよ、パチュリーのヤツ」
彼女はまだ、さっきのパチュリーのコメントを納得できずにいた。
それぞれ、好きキライはある。
そんなことわかっているけど、それでも納得できない。
何でアイツはあの話を評価したんだ?
考えれば考えるほど、答えは埋まっていく。砂漠に落し物をして掘り出そうとするときのように。
手探りで探しても探しても、やっぱり答えは出てこなかった。
出てくるのは、不満だけ。無理のないことかもしれない。答えを見つけたくて、自分に都合のいいものを答えにするのだ。
それが、創想話に対する不満だった。
「創想話、やっぱヤだなあ……」
こういう適当な評価をする人がいるんだもの。もっと、正当な評価をしてくれるところに乗りかえたほうがいいかもしれない。
「もういいわ」
自分の作品の評価も見ずに、彼女はパソコンの電源を落とした。感想を読みたいという気持ちはあったけど、それよりも幻滅が大きかったのだ。やがて、感想を読みたいという気持ちも完全に消えるだろう。
時間をムダに使ってしまった。ホントは今日、掃除する予定だったのだ。でも急に書きたくなって――。
何であんなに投稿したくなったんだろう。どうして、あんなに書きたくなったんだろう。
明日からはもっと時間を大切に使おう。創想話とはさようならだ。
◆
創想話への想いを切るために、雑巾を取り出して冷たい水で洗い流す。手が痛くなるほどの水の冷たさが、キーンと体のすみずみに広がっていった。
かじかんだ手で雑巾を絞る。すこしだけ白くにごった水が流れていく。それを見ていると、自分の創作への想いがすこしだけ流れたような気がした。
「ばいばい……」
ほんのすこしだけど。流されていく想いが手をのばして、自分にしがみ付いたような気がする。だけど彼女は、それをふりきって流してしまう。
ぽっかり穴があいた気分になった彼女は、その想いを紛らわすためだろうか、「がんばるか!」と声に出し、さっそくテーブルやたんすの雑巾がけをはじめた。
ごしごし、ごしごし。
みがき、輝きを持つくらいに光らせる。光っているのは水のせいなのだけど、なんとなく達成感を味わえた。
たんすやクローゼットをつぎつぎと開き、中も拭いてしまう。
想いを断ち切ってしまうと、ふしぎと今の作業に集中できた。だけどその集中は、服を入れている一つのクローゼットを開いた瞬間にふっと途切れた。
ボロボロの人形がそこにあった。
ところどころほつれ、水玉もようの血がいくつも散っている。しかしけっして、乱暴に扱われた跡はない。
人間が年をとるかのように、だんだんとボロボロになっていったように見える。
しかしそれはちがう。もとからこんなのだったのだ。
彼女は「あっ」と声をあげ、その人形に付いていたほこりを振り払った。人形が痛くないように、なでながら。
何も知らない人ならこんな人形の何がいいのだろう、と思うにちがいない。でもこの人形は、彼女にとっては大切な人形。それは、彼女の人形を扱う手、そして人形を見る目でよくわかる。
これは、彼女がはじめて作った人形だ。
これを作るために、何度も指に針を刺した。途中で投げ出したくなった。自分の不器用さが悔しくて泣いた。
でも、一度作ると決めた人形は、最後まで作らないと失礼。そんな想いに背中を押されて、人形に針を刺した。
もう少しで終わるからね、と涙が浮かんだ笑顔で言いながら。
そして、ついに完成した。
その人形は、ひどくいびつだ。金髪はパーマをかけたようにちぢれ、破れているし、針で刺したときの血で汚れている。まるで、血生臭い戦場で着ていた服のようだ。
汚いのは服だけかと言えばそうではない。
服の隙間の、白い肌は手あかと血で茶色くなっているし、ひどいものだ。
だけど、きれいに磨いた瞳だけは――なぜか自分に感謝しているように見えた。
あれから何年経ったか、もう覚えていない。
でも、あのときのことを思い出すと、ノスタルジアにも似た気持ちの海に沈んでいってしまう。
確かこの人形の完成のとき、脱力感と達成感を一気に味わったはずだ。
休憩しようとソファーに座り込んだら、すぐに寝ちゃったっけ。それで紅茶飲めなくなったんだよね。飲んだら苦かった。
あははは、と苦い記憶に笑う。いや紅茶はたしかに苦かったけど、そっちじゃないよ。
それからあの人形はしばらく右隣に寝かせていたけど、一人じゃかわいそうだと思ってお友だちの人形を作った。
その人形は、一つ目のと比べるとずいぶん出来がよかった。それを見て、何だかもっと作りたい気分になった。
作って、作って、作って――。
作れば作るほど、その完成度は高くなった。だいたい五人目くらいから、売っても文句は言われないほどだったと思う。
だんだんと新しい人形は輝いていって、古いものほど光を失う。はじめて作った人形のベッドの位置は、右隣からだんだん右へ、右へ。
最後にはベッドから降ろされ、このクローゼットに移動された。
そういえば最近、人形を作っていない。
飽きたのか、創想話が代わりに生きがいになったのか、それとも別の理由か。わからないけれど、とにかく作らなくなった。
ただぼんやりと飽きたのだ、と思うようになった。昔は日が暮れるのを気づかないほど熱心に作っていたのに、最近はお湯が沸くまでのわずかな時間でさえ集中できない。
湯気といっしょに飛んでいった情熱はもう帰ってこない。そしてつぎの日も、その繰り返し。
そんな気持ちで人形を作るなんてかわいそう。だから、作らない。
この人形を見ると初心だったころを思い出し、すこしの時間だけ救われる。その夢の時間が終わると、何で最近はこんなに無気力なんだろうとより一層気持ちが沈む。
はあ、何でだろうな……と人形のほこりを落としながら思い、人形をキレイにしたのを確認して片付け、クローゼットを閉じる。
そして、それを一年に何度も繰り返す。これから先何十年、ずっとこうなるんだろうなあと思いながら。
でも、このときだけ彼女の考えはちがった。それは、創想話の存在が捨て切れず、頭のどこかにまだ未練が残っていたからだろう。
そういえば創想話でも、こんなことがあったなあ、と。
なぜか自分は昔から、自分がいいと思った作品はそこそこ点数がもらえた。
そういう作品を、ときどき思い返す。
あのストーリーはここが甘かったけど、あそこはすごくよかったなあ、と。
今まで彼女は、それが点数のインパクトによるものだと思っていた。だけど、ちがう。
思いついたのをただすらすらーと書いたにもかかわらず、高得点だった作品があった。同じく、読者にこびるように書いて高得点を取ったのもあった。
感想をもらえるとやっぱりうれしかったけど、どこか冷めた気分だった。
――作者さんの書きたいものを書いた、という気持ちがすごく私の心にぶつかってきました。
どこかで聞いた――いや、読んだ? そんな一文がふと頭を通り過ぎた。
その一文は本当にすぐ立ち去ったけど、彼女に答えを与えるには十分すぎるメッセージだった。
「そうか!」
思わず叫んでいた。
彼女が創想話で書き続ける理由、そしてあの古い人形を捨てない理由、パチュリーがあの作品にコメントした理由、すべての答えがつながっていた。
目に見えていたけど、見る角度がちがったときのような。
何気なく歌っている歌の、本当の意味を知らなかったときのような。
はじめから目の前に答えがあっても、知らなかった本当の答え。
そう、はじめから答えは目の前にあったんだ――。
◆
遠い昔、霊夢に頼んだことがある。まだ、創想話がないころの話だ。
霊夢と人形が登場するおもしろい話を思いついて、思わず筆を握った。
はじめは人形劇にしようと思ったのだけど、それは簡易版にする。
そして本編は小説に。
霊夢と生きた記録を、彼女が生きている間に残しておきたかったから。
『ねえ霊夢、あなたの話を書かせて!』
『いいよ。わたしの名前の登場回数かける100円払うならね。あ、博麗なら半額でいいわ』
『すでに……いちにぃ、さん――五十二ページくらいは書いたわ』
一ページにつき――八回くらいは霊夢の名前を出したはずだ。博麗は三つくらい。
『えっと、ってことは――』
『計算おそい、49400円よ。あんたの記憶が正しければね』
出演料は払わないといけないと思ったけど、さすがに拒否したっけ。
はじめて、書きたいという気持ちを持った日。
あの日の想いにこもるエネルギーは書きたいという気持ちに集中し、今日まで生きてきた。
霊夢の小説を書くことは、そのときは叶わなかった。
だけど今、たしかにわたしは彼女の話――小説よりも手軽なSSを書いた。
部屋の中にある霊夢の人形。炎に包むのがイヤで、ずっと残してきた。この人形を最後に、人形作りを止めたんだった。最期になるかもしれない人形。
どうして上達していくと、やりたいことを止めてしまうんだろう。
どうして、無理してでも質を高めて期待に応えようとするんだろう。
ふっと笑う。考えるまでもなかった。そんなこと、答えなんて無限にあるからどうだっていい。
そう、どうだっていい。
だって――自分のやりたいこと、そして質の高い二つのもの――人形とSS、それぞれ一つずつ、ちゃんと作り上げたじゃないか。
こんなことをしている場合じゃない。作ったものは、ちゃんと責任を持たないといけない。
「はやくはやくはやく!」
パソコンの電源を入れ、創想話を立ち上げる。立ち上がるまでが、いつもの倍くらい長く感じた。
何度も読んだ創想話の注意書き。下り、太いほうのリンクをクリック。一番上にあるのが彼女の作品だ。
視界に入った瞬間、彼女はどくん、と心が跳ねるのを感じた。
「あ――」
それが何を意味するのか、すぐにはわからなかった。
◇ 東方創想話に投稿しました!
「レミィもそろそろ、運命いじってないで実力で作品を書いたらどうかしら?」
「イヤよ、点数低くなっちゃうじゃない」
「あのね……自分で書きたいものを書けばいいのよ」
「点数高い作品イコール書きたい作品」
まったくもう、とパチュリーはため息をついた。
「まあ、私も人のこと言えないかもね」
「ん、どういうこと?」
パチュリーは「んー」とすこし迷ったあと、ゆっくりと語りだした。
「書き手にとってのよろこびって、やっぱり感想をもらうこと」
「だよね」
本当はレミリア、点数だと思っているけどあえてパチュリーにあわせる。
自分とはちがうことを言っているけど、目の前にいるのは超作家。話を聞いておいて損はない。
「と思ってしまうけど」
「む……」
からかったのがたのしかったのか、パチュリーがくすりと笑う。
「でもね、やっぱり――自分の書きたいものを書いたときが最高だと思うの。
評価はそのつぎよ。
評価を気にして書いたとしても、むなしさしかない。現に私がそうだもの」
レミリアは首をかしげる。
点数が一番でしょ、そのために点数があるんじゃないの。それに、点数が多いほうが感想もらえるでしょうに。
何言ってんだお前? の顔でレミリアがパチュリーを見つめる。パチュリーは無視だった。
「あー、アリスがうらやましいなあ……。あんなに書きたいもの、のびのびと書けて」
書きたいもの、書きたいものねえ……。
まあ、話をあわせてみてもいいか。それに、パチュリーの言うとおり、運命操作するのにも飽きてしまった。
よし、こうなったら実力で高得点もぎとって、パチュリーをびっくりさせてあげよう!
すうっとレミリアが息を吸い込んだ。
「わかった!」
「え?」
変なタイミングでそんなこと叫ばれても。
でもちゃんと聞くパチュリーだった。
「私も、自分の書きたいもの書くわ! それを投稿する」
「やっとわかってくれたのね……。応援するわ、レミィ!」
「待ってなさい、すぐに書き上げて投稿してみせるわ!」
叫びながらレミリアは図書館から出て行った。その背中を笑顔で見送るパチュリーは、完全にレミリアがいなくなってから一つ、ため息をついた。
「のどが渇いた……」
大声を出したからだろう。
昔はよく、のどが渇いたと思った瞬間に、飲みやすい温度のお茶が出てきたものだけど、今はそういうことはない。
まったく、完璧な従者はどこに行ったのか。飲みやすい温度になるまでの湯気と一緒にいなくなってしまったんだろうか。
「お茶、いれよ」
慣れた手つきでパチュリーはお茶をくむ。紅茶からのぼってくる湯気が、彼女の眼鏡を白く染めた。
真っ白な視界の中で彼女は、瀟洒にお茶をいれる従者の姿を見た。
バツとして今度は、失敗ばかりする間抜けな従者の話を書いてやろう。そんなことを、ふと考えた。
◆
一週間後。
レミリアはついに、東方創想話に投稿した。
「わたしの作品を読め創想話住民ども、そしてたのしめ!」
この子の書きたい作品とやら、本当にフリーダムだった。蜂のような突っ込みコメントいっぱい。
最後には管理人出動。
というわけで、紅魔館全体がアクセス制限をかけられてしまった。
パチュリーのSSもアリスのSSもレミリアのSSも読んでみたい。
ちなみに俺は好きではない。
現実ネタは注意書きいれてくれ。
挑発した割には……
創想話やパソコンが幻想入りするような未来にも、彼女らに読んで貰えるんでしょうかねw
良いお話をありがとうございました。
けどレミリアがwww
誤字でしょうか?
つまり、この作品は東方の二次創作である必要が無い。
紅魔館アク禁のオチにしても、なんだか取ってつけたような感が…。
…俺が頑張って書いて上げた作品もどうやら埋もれそうだけど、これ読んだら、悔いは無かったと思えました。書きたいもの書いたからね。
ありがとう。
でも、東方創想話のSSとしては、100点満点だと思う。
こういう楽屋話的なものは、これから続く人たちへのエールなんだと思います。
少なくとも私はそう受け取りたい。
そう。
書きたいものを書けばいいんです。
ジョイ・オブ・ライティング!
なんにせよ、個人的にはよかった
自分を見直す気になるような作品でした。面白かったです
ですがそれでも書けたのは、やっぱり書きたいものだったからです。
みなさんどうもありがとうございました。
ところで、ちょっと気になったところと言いますか、付け足しておきたいことがあったので、数人のかたにコメント返ししておきます。
残りのかたはまたブログで。
>>9さま
現実ネタ=メタネタという解釈でよろしいでしょうか。
すみません、現実ネタという意味がよくわからなくて返信に困っています。
ので、とりあえずメタネタという前提で……。
とりあえず、メタのタグを入れておきました。
不快な思いをさせてしまい、すみませんでした。
>>16さま
それはえっと……その、説明しにくいですねえ……。
親父ギャグ……。
>>17さま
たしかにその二つの場面を抜いてしまうと東方のキャラを借りただけになってしまうでしょう。
ですが作者として、どうしてもその二つの場面だけは外すことができなかったのです。
なぜならその二つは、わたしが一番書きたかった場面と言ってもいいほどの場面だからです。
読者のかたからすれば蛇足と思っても仕方のない場面かもしれませんが、
それがあるからこそ、わたしはこの作品を『東方のSS』として、投稿することができました。
ただ、そうは思えないような書きかたをしてしまったのは、まちがいなくわたしの力量不足です。
すみませんでした。
でも、これだけ広く、深く私たちの世界に浸透しているインターネットが幻想入りしているという事は、
もしかしていなくなってしまったのは霊夢たちだけでなく全世界の『人間』なんじゃあ………なんてのは、少し思考回路が後ろ向きすぎますかね。
蓮子の立ち位置に密かに漂う『別れ』の匂い等、いろんな解釈が出来て面白いですね。
最初に注意書きは入れるべきだった
ありゃりゃ、そっちのことでしたか。
すみません、すぐに注意書きを追加しました。
ご指摘ありがとうございました。
他のかたは近いうちにブログでー。
ある意味ではこれこそ本当の『東方創想話のSS』なのではないでしょうか?
確かにメタなネタなので賛否両論分かれるのは必然ですが、
多くの東方SSを輩出してきた東方創想話だからこそこういったSSを受け入れる土壌は有ってしかるべきだと感じました。。
ここでは得点を入れませんが、次の作品に期待してます。
色々言われてるけど「面白かった」の一言で。
私もメタすぎるネタは苦手なので戸惑いましたが……読んでみたらすごく良い話でびっくり。
いや、これは創想話作家や他の創作活動に勤しむ人ならば、絶対に胸にくるものがあるはず。少なくとも私はそうでした。
笑いながらも、ついついしんみりしてしまう。
ただ、やはりこういう場に作家として投稿する以上、ちゃんとした作品で勝負せい! とも思うので減点。だって、この話をみる限り、作者さんにはその実力が充分にあるはずですもの。
書き上げる前に気づけてよかった……
創想話作家アリスの苦悩や卑しさのようなものにかなり共感しました。
同時に、アリスの潜在意識化にあった、書きたいものを書くんだという強い意志に感動すら覚えます。
自分は書きたいものを書き上げたのだ、と自信を持って言える作家になりたいものです。
創想話の作品として、100点!