※この小説は作品集58「二人の巫女」の続編的な位置づけになっていますが、
これ単体で読んでも特に問題はありません。
季節はずれのバレンタインネタです。レイサナです。
そこそこ百合かもしれませんので、お気を付けください。
「よしっと。必要なものはこれで揃ったかな。」
2月13日。つまりバレンタインデーの前日。私こと東風谷早苗はチョコ作りの準備をしていた。
「思ったより簡単に手に入って良かった。」
小さい頃からの習慣で、バレンタインデーには手作りチョコを2つ用意していた。
といっても別に男子にあげる訳ではなくて、いつもお世話になっている神奈子様と諏訪子様に
渡していただけであるが。
(それにしても河童の技術ってすごいんだなあ)
一番気がかりだったのが、型に入れたチョコレートを冷やして固める方法だった。
冷蔵庫はあったものの、電気を供給する方法がなかったので役に立たなかったのだが、
ある時神社に遊びに来ていたにとりさんが
「なあんだ、そういうことなら私に任せてよ!」
と言って、あっという間に守矢神社に電気を引いてしまった。
外の世界の時とは違って使える量にかなり制限はあるものの、電気のあるなしはやはり大きい。
(にとりさんには感謝しないと)
揃えた材料を確認する。
いつも作る分量よりも一人分多い、その材料を。
(霊夢さん……)
頭の中に思わずその名前が浮かんでしまい、ぶんぶんと頭を振る。
「よし、始めよう!」
気合を入れて、私は作業に取り掛かった。
「あーうー。良い匂いー。」
トッピングの作業をしている最中、諏訪子がひょこっと顔を出した。
「あ、諏訪子様。すいません、うるさかったでしょうか?」
時刻はもう夜更け前である。まだお二人ともお休みになる時間ではないが、
余り騒がしくするのはよくない。
「ううん、別に大丈夫だよ。夕御飯も終わったのに台所から良い匂い
がしたからちょっと気になっただけ。何作ってるのー?」
「チョコレートですよ。明日はバレンタインなので。
もちろん諏訪子様にもお渡ししますよ。」
それを聞いた瞬間、諏訪子はぱっと瞳を輝かせる。
「そういえば今年もそんな時期だね。早苗のチョコはおいしいから楽しみだなぁ。」
無邪気に喜ぶその姿に思わず早苗の頬が緩む。
「ふふ、楽しみにしていてくださいね。」
「うん!……あれ?」
ふと、作りかけのチョコに視線を向ける。
「今年は三つ作るの?」
へ?と早苗が諏訪子の見ている方を向く。
そして突然あたふたし始める。
「い、いやその、これは違うんです!
ただ材料が余ったからというか、思わず作り過ぎてしまったというか、
水につけたら増えたというか!」
顔を赤くして突然言い訳を始めた早苗を諏訪子が宥める。
「お、落ち着いて早苗。あと最後のはさすがにどうかと思うよ。」
「あー」とか「うー」とか唸る早苗の姿に小さく笑う。
ちなみに繋げたら私のセリフになるから禁止ね、早苗。
「……あの巫女にあげるんでしょ?」
それはほとんど確信に近い問いだった。
「え、えっと、それは……。」
案の定、早苗は真っ赤になって俯いてしまった。
そんな様子を微笑ましく思う諏訪子。
「ふふ、別に隠すことでもないじゃん。
頑張ってね、早苗。」
「でも、受け取ってくれるでしょうか……。」
早苗はチョコを作りながら悩んでいた。
霊夢が自分のチョコを受け取ってくれるかどうか。
嫌われてはいない、と思っている。
でも、突然チョコを渡して受け取って貰えるかどうか……自信がない。
変な人に思われたらどうしよう、嫌われちゃったらどうしよう、それなら渡さない方がいいんじゃないか、
そんなマイナスの思考が早苗の中に渦巻いていた。
「むー。」
うーん、と腕を組んで考え込む仕草をする諏訪子。
と思ったら、突然パッと顔を上げた。
「ね、ね、早苗。ちょっとこっちに来て。」
ちょい、ちょい、と手招きする。
「え?」
「いいから、ほら。」
「は、はい。」
言われた通りに諏訪子の前まで行く早苗。
「うーん、ちょっと無理かなぁ。少し屈んでくれる?」
「えーと……、こうでしょうか?」
戸惑いながらも、素直に諏訪子の言葉に従う。
ちょうど二人の目線が同じ高さになる。
「うん!そのくらい!」
「きゃっ!」
唐突に、頭を抱えるように抱きしめられ、早苗は小さな悲鳴を上げる。
「あ、あの……、諏訪子様……?」
突き放す訳にもいかず、おずおずと赤い顔で様子を伺う。
「やっぱりずいぶん大きくなったねー。昔は私と同じくらいだったのになぁ。」
嬉しそうに早苗の頭を撫でる諏訪子。
子供扱いしないでください、と言いたかったが何故か早苗は言うことが出来なかった。
(あったかい……)
恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上に大きな安心感があったからである。
「ねえ、早苗。」
「?」
「不安な気持ちはあるだろうし、分かるよ。
でもさ、せっかく作ったんだし渡さないと勿体ないじゃん。
大丈夫!早苗なら絶対に上手くいくって!
もし受け取らなかったりなんてしたら、私が神社に蛙大量に
けしかけてお仕置きしてあげるから!」
「諏訪子様……。」
諏訪子だって霊夢のことを良く知っている訳ではない。
でも、早苗の想いは知っている。
これまで、私たち以外の他者に興味を示さなかった早苗が、
恐らくは初めて感じているであろう感情。
上手くいって欲しいと素直に思う。
だから、せめて出来ることとして、背中を押してあげる。
「だからね……頑張って。」
そう言って、優しく微笑む諏訪子。
その顔を見て、早苗は自分の中にある不安が少しづつ薄れていくのを感じた。
(そうだ、逃げてちゃ何にも変わらない)
顔を上げる早苗。
その表情には先ほどのような思い悩んだようなものはなかった。
「はい!上手くいくかはわかりませんけど、頑張ります!」
「その意気だよ、早苗!」
抱きしめていた早苗の頭を解放して、右手をグーの形にして前に出す。
早苗も同じように右手をグーの形にして、諏訪子のそれとちょんっと合わせる。
「じゃあ私はそろそろ寝るね。おやすみー。」
「はい、お休みなさい、諏訪子様。それと……。」
「ん?何?」
「その……ありがとうございました。」
ふふ、と諏訪子が笑う。
「どういたしまして。」
そう言って諏訪子は自分の部屋に戻っていった。
「……よし!」
最初よりも更に気合いを入れてチョコ作りを再開する早苗。
(霊夢さん、喜んでくれるといいな……)
そして当日。早苗は神様2人に見送りをされて博麗神社に向かうところだった。
「それでは、行って来ます!」
「……ああ、行っておいで。」
「行ってらっしゃーい。気をつけてねー。」
神奈子は早苗が飛んでいった後もしばらくその方向を見つめている。
その瞳は心なしか虚ろである。
(さーて、そろそろ来るだろうなあ)
心の中である予測をして諏訪子は身構える。
あんまり当たって欲しくないのだが、多分当たるだろう。
がばっ!
「うわぁぁあああん!!!諏訪子~!!!」
来やがったか!
「ああほら、よしよし……。そんなに泣かない。」
諏訪子はまるで赤子をあやすように神奈子の頭をなでる。
傍目から見るとなんとも奇妙な光景である。
逆ならまだ違和感はないのだが。
「だって、早苗が……あの子があんなに嬉しそうにチョコを持って行って……。
今までは私たちだけにチョコをくれてたのに……。」
「早苗だって年頃の女の子なんだし、私たち以外の人に上げたっておかしくないでしょ?
逆に早苗は今までそういう機会がなかったし、良いことだと思うんだけどなぁ。」
幻想郷に来る前、早苗からチョコを貰う度に、親馬鹿全開と言った感じで
デレデレしていた神奈子の顔を思い出して苦笑する。
「むー……諏訪子は寂しくないの?」
「まあ、私は早苗が幸せならそれでいいかなーって。」
もちろん諏訪子にとっても早苗は大事な子孫である。
だが、神奈子のように早苗が小さい頃からずっと一緒にいた訳ではないので、
一歩引いた目線で早苗のことを考えることが出来る。
「ほらほら、いつまでもいじけてないで戻ろーよ。」
「うう、わかったわよ……。」
未練たらたらと言った感じで境内に戻っていく神奈子。
(はあ、いつになったら神奈子は私の気持ちに気付いてくれるんだろー)
子離れ出来ないこの様子じゃ当分は期待薄かなー、と諏訪子は
自分の手にある包みをポケットにしまう。
そして博麗神社がある方角を見つめて、優しく微笑んだ。
(お互い頑張ろーね、早苗)
神社の前の鳥居をくぐると、境内で掃除をしている霊夢さんがいた。
「こんにちは、霊夢さん」
「……あんたも飽きずによく来るわね~。」
霊夢さんは苦笑しながら言ったが、以前よりも対応が柔らかく感じる。
それを素直に嬉しいと思ってしまう。
「立ち話もなんだしとりあえず上がったら?」
「はい。でも掃除は途中でいいんですか?」
「暇つぶしでやってるようなもんだし。」
霊夢さんらしいなあと思ったが、境内を見渡してみると
意外なほどにきっちりと掃除がされている。
(それだけ暇だってことなのかなぁ?)
「……今すごく失礼なこと考えてなかった?」
「い、いえ、そんなことないですよ。」
危ない危ない。霊夢さんはすごく勘が鋭いんだった。
さて、どうやって渡そうかなと考えていると台所から霊夢さんがお盆を抱えて戻ってきた。
「はい。あいにくお茶受けは大したものはないんだけど。」
「いえ、ありがとうございます。」
霊夢さんに出して頂いたお茶を飲んで一息つく。
うーん、私もお茶は入れるけど、霊夢さんのには適わないなあ。
今度、おいしいお茶の入れ方でも教わろうかな。
ふと、霊夢さんの方に視線を向ける。
流れるような黒髪に整った顔立ち、健康的な白い肌。
目を瞑ってゆっくりとお茶を飲んでいるその仕草。
それら全てが霊夢さんの魅力を引き立てている。
(やっぱり、綺麗だなあ)
「……あの、早苗?そんなにじっと見られると流石に恥ずかしいんだけど。」
「ひゃい!?」
思わず声が裏擦ってしまった。
「い、今目瞑ってましたよね!?」
「何となく分かるのよ。勘よ、勘。」
どれだけ鋭いんですか!うう、恥ずかしい。
心なしか霊夢さんの顔も少し赤くなっている気がする。
なんとなく何を話していいのか分からなくなって、私は黙りこんでしまった。
「それで、今日は何の用?また何か聞きたいことがあるの?」
このままでいても埒があかないと思ったのか、霊夢さんが話を切り出してくれた。
実は私は最近頻繁に博麗神社に足を運んでいた。
表向きの名目は、分社の監視だったり、幻想郷での心構えを聞くなどということであったが、
本心はただ霊夢さんともっと親しくなりたいだけだった。
だけだったのであるが……。
(えーと、料理とか掃除のことは教えてもらったし、他には――)
思った以上に教えてもらえることが多くてびっくりした。
食材の保存方法から季節ごとに取れる果物や野菜、その場所、
取ってきた野菜を効率的に使い切る方法、使用済みのお茶の葉を
使った掃除の方法など、前にいた世界では知らなかった色々なことを
霊夢さんは知っていた。
一人暮らしだからということもあるだろうが、それにしてもすごい。
以前気になって、「どうしてそんなに色々知っているんですか?」と聞いてみた。
そうしたら、
「無から有は生み出せないわ。ならば、既にあるものを有効に活用することが必須なのよ!」
と力強く断言された覚えがある。
何故か切ない気分になって、その日私は初めて他人の神社にお賽銭を入れた。
っとと、思考が逸れてしまった。
そうだ、今日はそういうことを聞きに来たんじゃない。
右手にある包みを見る。
これを霊夢さんに渡しに来たんだ。
覚悟を決めて、俯いていた顔を上げてきっと視線を向ける。
霊夢さんが不意をつかれたように少したじろぐ。
「いえ、今日はそういうことではありません。霊夢さんにお渡ししたいものがあるんです。」
「私に?何かしら?」
「……今日がバレンタインだってこと、知ってますよね?」
「まあ、一応は。」
チョコを持つ自分の手が震えているのが分かる。
でも、逃げちゃいけない。
諏訪子様に言われた言葉を思い出す。
「女同士で何をって思われるかもしれないですけど……」
そう言って、手に持ったそれを霊夢さんに差し出す。
自分の正直な気持ちと一緒に。
「霊夢さんの為に作りました……好きです、霊夢さん。」
差し出されたそれと、早苗の言葉を聞いて私は固まってしまった。
今日がどういう日であるかくらい、私だって知っている。
これまでも、魔理沙や紫などからチョコレートを渡されたことだってあった。
だけど、それらは単純に「イベントを楽しむ」という目的のものだった。
こんなに真剣な顔で、こんなに真剣な言葉で貰ったことはない。
(早苗が私のことを……好き?)
混乱する。思考がまとまらない。
でも目の前には真剣な顔で手に持った包みを私に向けている早苗がいる。
どうすればいいんだろう。
(私は博麗の巫女で……博麗の巫女は全てに対して中立でなければいけなくて……)
じゃあ、受け取らない?
(それは……なんか嫌だ)
じゃあ受け取る?
(でも、受け取って何て言えば良いの……?)
早苗のことは嫌いじゃない。それだけははっきり言える。
早苗に好きと言われて、嬉しいと感じている自分もいる。
何度も遊びに来る早苗を、自分はいつの間にか心待ちにしていた。
(「わぁ~、霊夢さんって本当に色々知ってるんですね!」)
一人暮らしで学んだ生活の知恵を教えてあげた時、こっちが驚くくらいに
喜んでくれた。その笑顔がとても可愛いと思った。
(「聞いてください!外の世界には洗濯機と言うものがあって――」)
外の世界のことを色々と話してくれた。その時の早苗の顔はとても楽しそうで、
聞いているこっちも思わず楽しくなってしまった。
(もしかして、私は早苗のことを――)
その結論に達しかけた時、思考を遮るように早苗の声が届いた。
「……ごめんなさい、突然こんなこと言われても迷惑ですよね。」
「え……?」
早苗はそう言うと、差し出していた両手を引っ込める。
「気にしないでください。私は霊夢さんに伝えることが出来ただけでも良かったです。」
そう言って笑顔を見せる。
けど、それはいつも見せる早苗の笑顔とは似ても似つかない、とても切ない笑みだった。
きゅっと胸が締め付けられる。
「……今日はもう帰りますね。お茶、御馳走様でした。」
ぺこりとお辞儀をして、背中を向ける。
「あ……」
思わず手を伸ばすが、届かない。
早苗が行ってしまう。
自分の為に作ったと言った、あの包みを持って。
――すごく寂しい気分になった
「……ま、待って!早苗!」
気がついた時には私は駆け出していた。
そして、「え?」と驚いて振り向いた早苗の手を掴んで、無理やり引き寄せた。
「きゃっ!」
ぽすっと私に倒れ掛かるように寄りかかった早苗の背中に手を回す。
自分でも何をやっているのかと思うが、止まらない。
「霊夢さん……?」
早苗の顔を見ると、真っ赤な顔で自分を見上げている。
その顔を見て、また自分の胸の鼓動が速くなるのが分かった。
(ああ、そうか)
すごく単純なことだったんだ。
「ねえ、早苗。」
「は、はい……?」
密着している早苗の胸からとくん、とくんという音が聞こえてくる。
「あのね、私……。」
何て言えば自分の今の気持ちを伝えられるかと考えたが、すぐにやめる。
早苗は正直に自分の気持ちを伝えてくれたのだ。それに応えればいい。
「私も早苗のこと……好きよ。」
多分、この言葉を言った時の私の顔は大変なことになっていただろう。
「え……?」
「だから、早苗が好きだって言ってくれてすごく嬉しいの。
それ、貰ってもいい?」
「れ、霊夢さん……ふぇええええん。」
「ちょ、ちょっと、どうして泣くのよ。」
「だ、だって……嬉しくて止まらないんです……。」
早苗は私の胸にしがみつくようにして泣き続けている。
そんな早苗を愛おしく感じて、背中にまわした手に力を込める。
私たちはしばらくの間、ずっとそうし続けていた。
サァァァァァ―――
いつの間にか、外は雨になっていた。
「ねえ、早苗?」
「何でしょう?」
「この雨じゃ、帰るの大変よね。」
「……そうですね。」
「……泊まっていったら?」
「え!?」
「ほ、ほら、せっかく作ってきてくれたんだからゆっくり食べたいし、
それに……もう少し早苗といたいし。」
「霊夢さん……はい!喜んで!」
サァァァァァ―――
二人を祝福するように、雨は優しく降り続けていた。
事の前のシャワーかと思った俺の心は汚れている!
泊まりの内訳も気になって仕方ない俺の心は真っ黒だァッー!!
ニヤニヤさせていただきました
レイサナ大好きなので、読んでいてとても幸せな気持ちになりました。
良いお話をありがとうございました。
レイサナは最高ですね。
落ち着けハマーD
で、続きはどこにあるんですかね?