物事にはタイミングが重要だと思う。
何かやるにしても、好機を逃せば凡になるか、もしくは悪い方向へ自身の意図から外れて直進を続ける。雪だるま式とはよく言ったものだ。
伊吹 萃香はその日、まず訪れていた天界で桃をしばらく食べ続け、ちょうどやって来た知り合いの天人の娘にもう桃は食べ飽きたと告げると、激怒された挙句に追い出された。
次に訪れたスキマ妖怪宅では、そのスキマ妖怪に散々いじり倒された。具体的に言えば暇を持て余した家の主に着せ替え人形にされたのだ。やたらとフリルのたくさん装飾されたワンピースが多く、スキマ妖怪の趣味が見て取れた。最初は萃香も乗り気だったが、果てしなく続く着せ替えの連鎖に耐え切れず、結局は霧に姿を変えて退散したのだった。
そして、結局はいつも入り浸る――いや、ほぼ住んでいると言っても過言ではない博麗神社へ戻る事となった。
だがそれは誤った判断であると神社の巫女である霊夢に会った時点で思い知らされたのだった。
「萃香ー。それが終わったら廊下の雑巾がけをお願いね」
「あーい……」
朝、神社を出る際は万年炬燵で茶をすすっていたはずが、帰ってくると何故か神社内の掃除を始めていたのだ。大掃除というほどの規模ではないが、入念な掃除であるのは見て取れた。障子の格子の一つ一つを丁寧に拭いている霊夢を見て、萃香はげんなりとする。霊夢は本来そこまでまめな性格ではないはずなのだが、何がそこまで彼女を動かすのか。気になった萃香は彼女に問うと、
「ごき……あぁ、思い出すだけでおぞましいわ」
青ざめる家主――と言っていいだろうと萃香は判断した――に萃香はそれ以上の詮索をやめた。理由はよくわからないが、人間は何故かあの油虫を嫌う。似たような容姿であるカブト虫は、里の子供や一部の大人を含めて人気があるというのに。
兎にも角にも、人間の性質上で嫌ったものはとことん嫌い、その考えを変える事は用意ではなく、しかも目の前をバケツを片手に歩く霊夢は正直いえば頑固者だ、と萃香は思っている。よく言えば自分の考えを通す気持ちの強さだが、悪く言えば意固地で考えを曲げないとしか言いようがない。
恐れるものを排除するために掃除すると思い立った訳だ、と結論付け嘆息交じりに萃香は雑巾を絞る。
律儀に付き合う自分も自分だが、やはり萃香といえど普段から寝食を共にしている間柄――厳密に言えば、萃香が勝手に住み着いたのだが――のため、恩義を感じていない訳ではない。それはたまに酒を持ってきて霊夢に振舞っているが、どちらかといえば楽しむのは萃香自身やゲスト達の方が多く、霊夢は特に後片付けを押し付けられるケースが多かった。それでは恩返しにはならないものである。萃香はたまにはと思い掃除を手伝う事を受け入れたが、予想以上に入念な霊夢の仕事振りに恩義を即座に忘れて、いかに早く済ませるかに思案を巡らせていた。
今日は厄日だ。萃香は己の不運を日が悪いと決め付ける事にした。だからこそなんとかして早く終わらせて、酒を呑もう。霊夢も誘えばきっと乗ってくるはずだ。
試しに呼んでみよう。
「霊夢ー」
「なに? また奴が出やがったの?」
「い、いや、そういう訳じゃないけどさ……」
予想以上に不機嫌な返事に怯んでしまう。これは明確に何か妙案を提示しなければ、火に油を注いでしまい、本格的な大掃除になりかねない。萃香は彼女の言葉と、ついでに眉間のしわから即座に判断する。それだけは御免被りたいところだ。
瞬時に脳内の全細胞を総動員して全速力で思考を走らせる。何とかして早く掃除を終わらせる。それにはどうすればいいか? もちろん神社中が綺麗になるのが最終目的だろう。いや、今回は正確に言えばそれだけではない。萃香は思う、油虫が根絶されなければいけないのだ。
打開策に達すると萃香はバケツに雑巾を引っ掛け、続ける。
「霊夢、あたしの能力で神社中を綺麗にしてあげるよ」
「あんたの能力?」
萃香の能力とは密と疎を操る程度の能力。物質の密度を萃める、もしくは濃度を高めるというのが本来の働きであるが、やろうと思えば周囲の特定の物体を限定する事で萃める事もできるのだ。無論、限度はあるが今回のケースである神社内の埃や汚れ、また油虫を一気に萃めてしまう事くらいなら容易なものなのだ。
逆に疎の能力で密度を散らせば、集めた汚れを一気に飛ばせる。まぁ、飛ばす場所までは萃めた状態で固定して飛んで行けばいいだけだ。萃香は見事な作戦にむふふと笑みを漏らす。その笑みに霊夢は怪訝そうに首をひねる。
「そうだよ。まずは一気に神社中の汚れを萃めるから見てて!」
バッと腕を前に振りかざす萃香に、ある事に気づいた霊夢は目を見開き慌てて大声でまくし立てる。
「ちょ、萃香! だめ! 待ちなさいっ!!」
「ほぇ?」
カッ、というような音は実際無かったのだが、効果音があればそんな感じだろう。
静止もむなしく萃香の力によって、ものの見事に神社内の汚れや埃が二人の目の前にまるで一気に雪が積もったかの如く、どさっと降り積もる。それだけならばまだ良かった。一匹見つけたら三十匹とはよくある風説だと萃香は捉えていたが、その判断を改めざるを得ない光景が眼前に広がる。数えるのも馬鹿馬鹿しい数の油虫が奏でて反響するカサカサという音や羽音に、霊夢の顔は青ざめを通り越して、もはや雪原のような純白になっていた。
硬直した霊夢が何やら悲鳴を上げたように聞こえたが、『声にならない悲鳴』と形容するしかない悲鳴であった。珍しいものを聞いた、と油虫に対しては特に畏怖を抱かない萃香は冷静に彼女を見つめつつ胸中で独りごちた。
しばらくすると霊夢の顔に赤みが徐々に戻り――というか、通常の顔色からどう見ても真っ赤にまで一気に移行していった。萃香は悟る。これはまずい展開にしかどう考えても移りそうもない。そして、彼女の判断は即座に正しい事が霊夢の絶叫で証明される。
「萃香あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
その超絶的な大音量に驚いたのは萃香、ではなく油虫の大群の方であったようで、凄まじい羽音が上がる。そして再び固まる霊夢。
「ご、ごめんよ霊夢ー!」
瞬時に自身の密度を散らして――油虫が飛び交った影響で埃が舞ったため、それをよけたのだ――霧へと姿を変えて、萃香は最高速でその場から離脱した。我を取り戻した霊夢が更に激昂したように見えたが、体が勝手に動いてしまったのだからしょうがない。萃香は心中で詫びつつも、逃げる事はやめなかった。
あぁ、今日は本当に厄日だ。そう、胸中で無責任につぶやきながら。
博麗神社からどれほど飛んだか。わき目も振らずにひたすらと逃げ続け、気がつけば見知らぬ風景が萃香の眼前に広がっていた。
里の町から見れば逆方向に位置する山間部のようである。最近では山も開拓が進み、少しずつ棚田や畑が幻想郷にも増えていた。そのような背景とは無縁のようにこの場所は木々が生い茂り、耳を澄ませば鳥達のさえずり声があちこちから聞いて取れた。
萃香は高度をやや下げて風景を楽しむ事にした。現在の彼女の姿は密度を極端に下げているため、周囲から見ても霧としてもほぼ見えないくらいであったため、誰かに――特に追ってくるかもしれない霊夢に――見つかる心配はまず無いのだ。
木々が身にまとう緑豊かな葉の衣の間を、日の光が縫うように射し込んでいる。その日に当たり、眠そうに目を細める鳥。時折、風が吹くと葉がかさかさとこすれ、それが何重にも折り重なって合唱を奏でる。萃香は心に清涼感が満ちていく事を心地よく感じた。
更に高度を下げて森の中へと潜っていく。そうすると、緑の香りが鼻腔をくすぐり、彼女は何ともいえぬ安堵感が沸いてきたのだった。
しばらく進むと木々の声の中に、違った音が混ざり始める。その方向に耳を立てると、紛れもなく川のせせらぎ。鼻を利かせてみると、味の良い水にある独特の甘い香り(と萃香の談)が嗅ぎ取れた。彼女はその方向へ足を向けてみた。飛んでいるのだが。
「おおっ、これは」
探し当てた川はまさに字の如く清流。川の流れの底が普通に見て取れ、水の清らかな川にしか住まないと言われている淡水魚が多数泳いでいる事がわかった。幅もそれなりに広いが底は浅いようで、少し遠くには人間が建造したと思われる橋も確認できた。
近づけば近づくほど、萃香は水の味が気になって仕方がなかった。彼女の好む酒、特に日本酒は製造過程も重要だが、原料である水が更に重きを置かれる。何事においても土台は重要なのだが、酒造においてそれは顕著と言える。いくら職人の腕が優秀でも水が手を抜かれていては台無し、萃香はそう考えているのだ。
萃香は自身の密度を戻し、実体化する。そして靴を脱ぐと、川の中へ歩みを進めた。水へ足を入れると、その冷たさにぶるりと身震いをする。踏みしめた石に生えた藻のさわさわした感触と、指の間を抜ける水流がなんともこそばゆい。
両の手で杯を作ると、水をすくい上げる。手中の水面に日光が当たり、きらきらとゆれる。彼女はそれを口元へ運ぶと、くいっと水を一気に飲み干した。精製された水のような無機質な味ではなく、たくさんのわずかな味が舌の上を通り楽しませる。喉を過ぎる際にその冷たさに心地良さを覚え、こくりと喉を鳴らす。
「うん、うまい」
近年、前述の通り幻想郷も開拓が進み、その影響で清流は少しずつではあるが数を減らしていた。それ即ち上質な酒が減るという意味に直結している。だが人が増えればどうしても土地――厳密に言えば新地(さらち)が必要なのも事実である。酒とはある意味で趣味の品とも言える。楽しめる人とそうでない人がはっきり分かれるからだ。天秤にかければ土地と酒では土地が優先されるのは事実だ。そんな自身の結論に萃香はため息を漏らす。
ともあれ、今ここにある自然の恩恵を大切に頂こうと川へ手を伸ばすと、背後からカラリという乾いた音が聞こえた。背越しに聞いた感じではかなり近かったようだ。
振り返るとそこには人間の少女が目をぱちくりとさせていた。足元にはおそらく薪にするだろうと思われる枯れ枝があった。先ほどの音はこれかと萃香は胸中で納得した。
少女の視線の先はどう見ても萃香の頭、端的に言えば角に向けられていた。萃香はしまったと思い、焦りを見せる。妖怪が多い幻想郷ではあるが、萃香のように特徴のある角は伝承の中でしかおそらくは伝えられていないはずだ。
驚きを隠せない少女の胸中には目の前の存在についてこう思っているのだろう。
『鬼』と。
地上には萃香が戻ってくるまで、鬼は存在しなかった。地底の旧都にいくらか存在するのだが、人間との交流は一切無いので存在しないと同義だ。
そんな中、目の前にいきなり鬼が現れたらどうだろう。萃香は今すぐ霧へと姿を変えて逃げようかとも思ったが、靴を少女の近くに脱ぎ捨てている事を思い出し、迷いを見せる。いや、後で取りに戻ればなどと考えていると、少女が先に動きを見せた。
「あのっ……あなたは鬼さん?」
未知の存在に遭遇したら、まずは逃げるべきではないのか? 萃香は恐れられる側の存在なのだが、かえって冷静にそう考えてしまった。
肩の力が抜けた、いや抜かれたと言う方が妥当か。萃香は身構えるでもなく、普段で霊夢と接している時のように気さくに言葉を返す事とした。
「鬼を見るのは初めて?」
「う、うん」
こくこくと何度も必要以上に頷く少女。驚きがまだ勝ってるのだろう。一つの事にしか反応を示す事ができなくなっているようだ。萃香にはそれがおかしく思えて、ついふき出してしまう。
少女はきょとんとして、目の前で笑う小鬼を見つめる。
「わ、私、何か変な事を言ったかな?」
「いやいや、ごめん。ちょっと新鮮な反応だったからさ」
萃香自身の現在の知り合い達は各々が稀有な存在と知り合いな者が多いため、鬼である彼女と初見の際から驚きなどは見せなかった。そのため、驚くという反応は久しぶりに食らうもので更に笑いがこみ上げてきた。
そんな彼女の姿に少女はますますと困惑するしかなかったのだった。
「へぇ、萃香ちゃんっていうんだ」
それからしばらくして近くの木陰へ移り、二人で自己紹介を済ませた。少女は近くの山裾にある村に住んでいると語った。萃香も当たりさわりの無い程度で自身の事を説明した。
その間に少女は特に怖がる素振りも見せずに、萃香の言葉の一つ一つに興味深げに聞き入っていた。萃香としては話し易かったのだが、普通と思われる反応が無いためつい質問を入れてしまった。
「ねぇ、あたしの事が怖くないの?」
「怖い? 何で?」
少女は考えるでもなく、さも当然のように質問を返す。
従来、人間は妖怪でさえ恐れを見せて近づこうとしない者さえいるような種族である。鬼といえば、伝承の中で人を喰らう等の悪印象が人々に根付いているのは事実であった。
彼女はその事を知らないのだろうか。萃香はどんどんと湧く好奇心を抑え切れず、続けてその事を問う。
「あぁ、そうだね。おとぎ話とかの鬼さんは怖いね」
にこりと、完全に人事のように笑い飛ばされてしまった。霊夢とは違った意味で大らかな性格のようだ。萃香は続けた。
「『おとぎ話とかの』って事はあたしは違うって事?」
「うん。萃香ちゃんはかわいいから全然怖くないよ」
もし、伝承通りにもじゃもじゃ頭に角を生やして、虎柄の衣服を身にまとい、赤やら青の肌をしていたら逃げられたというのだろうか。
その事を伝えると、少女はケラケラと笑い、そして少し頭を下げた。
「気を悪くしちゃったらごめんね。多分そうだったかもしれない。でも萃香ちゃんと話してみて、そんなおとぎ話みたいな悪い鬼さんじゃないってすぐわかったから」
「てことは、話さなければ逃げたって事だね」
「もう、意地が悪いなぁ。でも、そうだよね。そんな風に思われてたんじゃ嫌な気分だよね。ほんとにごめんね、萃香ちゃん」
「いやっ、謝ってもらいたいんじゃないよ。こっちこそごめん、もう今の話は無しね」
あまりに素直に謝意を述べる少女に、萃香の方が毒気が抜かれてしまった。正直に言えば、好奇心の他にあった感情といえば暇をつぶせればというあまりいいものではなかった。萃香は下卑た考えを抱いていた己を恥じた。
少女はそんな彼女の言葉を「うん」と笑顔で答え、次々と矢継ぎ早に質問を繰り出す。やはり未知の存在へは好奇心が強いという事だろう。
萃香は彼女が集めていた枯れ枝を見やる。先ほどは驚いてしまったせいか落としてしまったようだが、今は綺麗にまとめて彼女のわきに置かれている。
「それって薪にするの?」
「それ? あぁ、うん。本当の薪だと男の人じゃないと取ってこられないから。私じゃ斧は危ないから使えないもんね」
身長的には萃香よりやや背がある程度であり、また見るからに細いと言える体躯では確かに小振りの斧とはいえ扱いは難しいかもしれない。そう考えると少女の判断は自身を客観的に実に的を射ていると思った。
だが、集めた量を考えても一晩分の薪に相当するかどうか。おそらくは二、三時間程度が関の山だと思われる量だった。果たしてそれを集める事にどれほどの意味があるか萃香には見出せなかった。
察したのか少女が苦笑交じりで口を開く。
「私もお手伝いしたいんだ。私ができる事も少ないからこんな事をしてて、集めた量もあんまりないけど、それでも本当の薪をある程度は節約できるんだよ。少しでもお母さんの役に立ちたいんだよね、へへっ」
最後に照れ隠しなのか、母親に実際褒められた事を思い出したのか、彼女は笑みをこぼす。
普段、博麗神社では何でも霊夢が仕事をこなしており、萃香自身も炊事程度の手伝いは行っていたが、あくまで『それ程度』である。本格的に家の仕事を行った事がなかったため、少女の持つ考えに到らなかったのだ。
それに萃香は少なからずショックを受けた。外見が自身と変わらない程度だと、人間で言えば十歳前後というところだろう。そんな少女が自ら進んで仕事を行う事と己があまりに怠惰な思考だった事に。帰ったら霊夢の手伝いをやるようにしよう、と決めるのだった。ちなみに謝る事を完全に忘れているのはご愛嬌か。
自分の怠けっぷりに恥ずかしさを覚え、萃香はなるべくさりげないように話題を変える事とした。
「えらいんだねぇ。でも、こんな山の中じゃ熊とか狼とか危なくないの?」
「大丈夫だよ。一応、獣除けにお母さんから貰った鈴も付けてるから。本当に怖いのはもっと別にあるしね」
「別?」
『お母さんから貰った』を言う彼女の面持ちは、心の底から嬉しそうなものであった。きっと大切に使っているのだろう。
別、という単語に気を取られたが、改めて彼女の姿を見やるとある事に気づく。
「ねぇ、鈴ってどこ?」
「えっ? ほら、ここの帯のところに……あれ!? 無いよぅっ!?」
「うん、な、無いよね……」
思えば出会いの際、少女の存在に気づかされたのは枯れ枝を落とした音であり、そもそも鈴の音など一切無かったのだ。道中で落としたのか、はたまた最初から身につけていなかったのか。
少女の慌てぶりにまた笑いがこみ上げてくる。霊夢とも普段しているような何気ない会話なのだが、なんでこうも違うのか。萃香にはわからなかったが、ささいな事と割り切り、深くは己に追求しなかった。
それからしばらく他愛も無い話を続け、話題は好物についてとなった。
「萃香ちゃんって何が好きなの?」
「人間だぞ、がおー」
「あははははっ。うん、それで本当は?」
冗談は通じないようだった。若干肩を落とす萃香。
「多分、皆と変わんないよ。普通にご飯とか味噌汁とか……焼き魚と香の物でもあれば文句無いね」
「へぇ、鬼っていっても変わらないんだね」
――本当に人間を食べる奴もいるんだけどね。萃香はそんな事実を打ち明ける事ができなかった。何故かはわからなかったが、この時間が無くなってしまうと感じ、それがひどく怖いと感じたのだ。萃香自身、己の中で整理できないもやがかかったような感情だった。
霊夢にも、また今までの知り合いにもこんな感情は無かった。それはこの少女があくまで何の力も無い人間であるからなのだろうが、それならば里の人間にも同様の感情を抱くのでは? 萃香は思考を巡らせるも答えが出なかった。
胸を支配する気持ち。整理できない気持ち。この時間を失いたくない気持ち。自身のキモチ。
「あっ、ごめん。もうおうちに帰らないと」
少女の言葉にはっと我に返る。気づくと、木々の間から射し込まれる光が、やや日が傾いてきた事を知らせていた。今から山裾の村まで戻るのであれば、急いだ方がいいだろう。
流石に山の中で日が暮れては地元の人間でも方向を失いかねない。この時間が終わる事に、萃香の胸にまた違った感情が生まれる。それは萃香も理解できた。かつて、同胞達との交流が徐々に減っていった際に感じた『寂しい』という感情。
萃香が表情に出さないよう、明るく勤めていると、枯れ木を持ち直した少女はやはり笑顔で萃香に向き直る。
「ね、萃香ちゃん。また会えるかな?」
「えっ?」
果たしてそれは萃香の望んでいた言葉であった。彼女が少女の言葉を理解するのは、唐突だった事と驚きでやや遅れる事となる。
「会えないのかな?」
「えっと、でも……」
あたしは鬼だから。
その言葉を萃香は飲み込む。事実を伝える事で本当に可能性さえも無くしてしまう事を理解していた。
少女はそれを察したのだろうか。やんわりと微笑む。
「だって、もう私達は友達だよね」
「ともだ……ち?」
言葉は知ってはいたが、今まで身の回りに友達と呼べる間柄の者はいただろうか。霊夢は友達というよりはもはや家族というような関係であり、他の知り合いは『友達』というよりは『友人』というニュアンスの方が合う気がする。
もっと昔であれば同族で友達がいたかもしれないが、もうひどく曖昧にしか思い出せない。
だが、友達を得る事になんのためらいが必要だろうか。萃香は迷いを振り払うと、つとめて明るく返す。
「うん、そうさ。あたし達は友達だよ! またお話とか色んな遊びとかしようよ」
「良かった。絶対約束だよ」
「うん、約束。そうだ、会う時はまたここで会おうよ」
そうすれば人の目を気兼ねなく会えるから。萃香は自身の心に沸いた卑怯な心に、今は気づかないふりをした。
そんな心情を察してか、それとも少女の純粋な気持ちなのか。彼女は変わらぬ笑顔でこくりと頷く。
「そうだね。それじゃ、私は村に帰るね」
「うん、またね」
少女は何度も振り返りながら萃香に手を振りつつ、山道へと消えていった。
また会える。その事が萃香には何とも嬉しく、暖かな気持ちを与えてくれている事をこそばゆく思えた。
そして、ひとつの事に気づく。
「鈴が無くて、帰り道は大丈夫なのかな……」
数週間後の博麗神社。
あの後、霊夢はスキマ妖怪に依頼して降り積もった汚れと油虫をスキマに処理してもらったらしい。その事で借りを作ってしまった事をネチネチと彼女に攻め立てられたのは言うまでもない。
ともあれ、必要以上に綺麗になった神社の縁側で、萃香と霊夢は饅頭を片手に茶をすすっていた。霊夢にいたっては至福と顔に書いているかのように、ゆるみ切った面持ちだ。
だが萃香は気持ちここにあらずの状態であった。少女と何度目かの約束をしていた日のため、時間を見計らっており、そわそわと足をゆらしていた。
無論、勘の鋭い霊夢はゆるみ切っているとはいえ、それに気づく。
「萃香。あんた最近どうしたの?」
「ん、何が?」
「何がって……。たまに今みたいに落ち着きがなくなってるような感じになると、ふらっとどっかに消えるじゃない」
別に悪い事はしていないのだが、何故か萃香の心にどきりという感覚が走る。
とっさに、彼女は嘘を口にする。
「ちょっと散歩してるだけだよ。ほら、あたしがふらっと消えるのはいつもの事じゃない?」
「まぁ、確かにそうだけど。……そうね、詮索なんて私の柄じゃなかったわ」
「いやいや、気になさんなって。そういう訳で散歩に行ってくるよ」
「えぇ、夕飯までには帰ってきなさいよ」
「あーい」
ふわりと、霧には姿を変えずに萃香は雲の多い空へと向かっていった。後姿からでも、明らかに彼女がうかれていると霊夢にも見て取れたが、あえて気づかないふりをした。あいつにだって何か楽しみな事があるのだろう、と結論付けて。
「ま、鬼にも色々あるって事だねぇ、博麗の」
いきなり発せられたその場に無いはずの声の方を向くと、長身のスタイルのいい女性が縁側に腰を下ろしていた。ついでに饅頭を頬張っている。一応、霊夢の所有物のはずである。
彼女の額には萃香とはまた違う特徴的な角が一本生えている。紛れも無い、彼女は地底の旧都に住まう鬼の一人である星熊 勇儀。先日の地底での異変の際に知り合ったのだ。
「ちょっとあんた。それは私の饅頭よ」
「あぁ、うまいね」
「おい」
いきなり彼女が現れた事を聞くより、饅頭を優先する辺りが霊夢たる所以か。
勇儀も勇儀でいい性格をしているため霊夢の言葉を全く気にせず、萃香が使用していた湯呑みに急須から新たに茶を注ぎ、それなりの熱さがあろうにごくごくと喉を鳴らして飲み干した。
「おっ、いい茶葉を使ってるね。饅頭との相性が最高だ」
「だから、饅頭もお茶も私のだっつってんでしょ」
湯呑みを奪い取ろうと――正確には自身の所有物のため取り返すだが――手を伸ばすが、勇儀はひょいと湯呑みを掲げてしまう。身長差がそれなりにあるため、霊夢にはもう届かない。諦めて霊夢は自身の湯呑みの茶をずずりとすする。
「ちょいとね、さとり嬢の遣いで香霖堂に来た帰りさ」
勇儀は次の饅頭をつまむと、質問された訳でもなく霊夢の疑問に答える。そして、ぽんぽんと傍らに置いていた風呂敷包みを叩く。
見た目通り、萃香より思考は圧倒的に大人であるため、霊夢の苛立ちを抑えようとしたのだろう。霊夢は毒気が抜かれてしまい、腰を下ろすと勇儀の湯呑みに再度茶を注ぐ。
ちなみにさとり嬢とは彼女の住まう地底の地獄を統べる地霊殿の主である。
「それで?」
「なんだい、博麗の? あぁ、やっぱり饅頭うまいね」
「そうじゃなくて、鬼にも色々って何よ」
少し指に付いてしまった餡子をぺろりと舐めると、茶をひとすすりして勇儀は答える。
「あの子はまだ子供なのさ」
「それは見た目は子供だけど。確か萃香って私よりずっと長生きしているんでしょう」
「年齢的には、ね」
そう言い、また茶をひとすすり。
意図を測れず、霊夢は首をかしげる。勇儀はやや口元を上げると続けた。
「萃香はいかんせん人との交流――あぁ、人間だろうが妖怪だろうがって意味ね。交流の経験が薄いんだよ」
「人生経験って事?」
「あぁ、そう言った方がわかり易いかもしれないね。人生経験が浅ければ年齢を重ねたって、幼稚な振る舞いしかできないような大人が人間にもいるだろう?」
「確かにそうね。萃香がそうだっていうの?」
勇儀はまた新しい饅頭を一口で頬張り、茶で流し込む。
「あの子が地上に戻ってきた時の事、聞かせてもらったよ」
萃香が地上に戻ってきた際、宴会を開かせるために人々の気持ちを萃めた事により、異変として霊夢が乗り出して萃香を叱り付けた事であろう。霊夢は胸中であの出来事を思い出していた。
考えてもみれば、自分の欲求を満たすために人々の気持ちを無視した行為でもある。勇儀の言葉を借りれば幼稚な振る舞いかもしれない。
霊夢に思い当たるふしがあると察したか、勇儀は 話を進める。
「自分の感情を前面に出して、相手に押し付けるなんてところがガキって事だね。歳なんて関係無いだろう、博麗の」
「まったくね」
知り合いにはその手の人物が多い霊夢にとって、何ともため息の出る話題であった。実際に大きなため息をひとつ漏らす。
「それにしてもだ。何で萃香を住まわせているんだい?」
「知らないわよ。気づいてたら勝手に住み着いていた」
「なら追い出せばいいじゃないか」
もっともな意見を受けて、霊夢は茶をごくりと喉に通す。別に慌てを落ち着かせる訳でもなく、ただ当然の事を伝えるための前準備であった。
「萃香はそれなりに家の事も手伝ってくれるから」
「それだけであいつを養おうってのか」
「別に養っている覚えはないわ」
また茶をごくり。
勇儀は彼女の言う事を理解しようと努力するも、腑に落ちない点しかない。
いくら知人とはいえ、利益が無ければともにすごす事も意味を成さないのではないか。
霊夢は更に、やはり当たり前のように続ける。
「一緒にいたいって思えれば、それだけでいいんじゃないの?
それでも理由が必要だっていうなら……そうね、一人より二人で呑むお酒の方が美味しいからって事でいいわ」
勇儀はようやく合点がいく。
彼女は既に萃香の事を居候としては見ていないという事だ。取ってつけたような後者の理由は、本当に取ってつけただけなのだろう。
照れ隠しなのか、霊夢は一瞬ではあったが勇儀から視線を外していた。
粋な彼女の告白に、勇儀はあえてその照れ隠しを気づかないふりをした。
「そうかいそうかい。独り身は寂しいからねぇ、博麗の」
「やかましい。……ところで勇儀」
「なんだい?」
「その呼び方は何とかならないの? 私には一応、霊夢という立派な名前があるのよ」
本日の出会いから、勇儀は霊夢を『博麗の』と呼び続けていた。確かに彼女のフルネームは博麗 霊夢のためそう呼んでも間違いではない。ただ、そう呼ばれて若干いい気分ではないのも事実だ
勇儀はカラカラと豪快に笑うと、また饅頭を頬張る。
「細かいねぇ、博麗の。そんなのだから、お前さんのはまな板なんじゃないかい?」
「ぶっ飛ばすわよ」
「お、落ち着こうじゃないか……」
いきなりラストスペルのスペルカードを抜く霊夢に、流石の勇儀も一歩後退してしまう。
霊夢は「はぁ」とまたため息を漏らすと、スペルカードを懐に戻す。元々、スペルを解き放つ気は無かったが、地底での弾幕ごっこの際に勇儀を徹底的に負かした事も牽制になっていたようだった。
二人揃ってずずりと茶をすする。少しぬるくなっていた。
「まぁ、いきなり下の名前で呼ぶってのが私の流儀じゃないんだ。悪いね、博麗の」
「……わかったわよ、そういう流儀もわからないでもないし、もう言わないわ」
今の言葉の最後にまた『博麗の』と口走ったところをみると、こいつは直す気がさらさら無い、と霊夢は悟った。この手の人物は自身で考えを変えない限りは、誰かから忠告されても変えやしないと普段交流のある連中からわかっていた。そのため、これ以上の追求は無駄であり、力の無駄使いという訳だ。
霊夢は饅頭に手を伸ばす。そしてその手は空(くう)を切る事となった。何の事は無い。勇儀が最後の饅頭を頬張っていたところだった。
「やっぱりぶっ飛ばすわ」
「んぁ? ふまないねぇ、あんはりふまはったはらふいふいはへちまったひょ」
「飲み込んでから喋りなさい」
ごくりと口の中の饅頭を飲み込むと、勇儀は同じ言葉を再度 発する。
「すまないねぇ。あんまりうまかったから、ついつい食べちまったよ」
「食べ過ぎだってのよ」
「悪かったって。そうだ、今度来る時に地霊殿名物の地獄蒸かし饅頭を持ってこようか」
「よし、それで手を打ちましょう」
霊夢は現金であった。また名物と呼称するくらいであるのならば、美味であるか、相当の平凡な味かのどちらかであると判断している。名物とは集客するための物のため、質を先行させるか名声を先行させるかの二択なのだ。
察したのか勇儀が続ける。
「味は保証する」
「すぐに持ってきなさい」
「まぁ、全部食べちまった手前もあるか。わかった、ついでにいい酒があるんだ。どうだい、早ければ今夜にでも一杯?」
そう言い、勇儀はお猪口を手で持ったような形を作り、くいっと傾ける。
鬼という種族は酒が好きな者ばかりなのだろうか。勇儀しかり、萃香しかり、知り合いの鬼は二人とも酒豪の域をはるかに超越した存在である。萃香と面と向かって初めて呑んだ際は、途中からの記憶が無くなっており、後に知り合いの白黒魔法使いに聞いたところ「知らない方がいいぜ……」と視線を外されたため、それ以上の追求はしなかった。
結局のところ、自分の呑み方を維持できれば何て事はないのだが。勇儀は性格を考慮すると絡んできそうだと、霊夢は考えていた。
しかし、酒豪の鬼が言う『いい酒』には非常に興味があり、その誘惑は決して打ち勝てるようなものではなかった。
「そうね。なら今晩一杯やりましょう」
「よし、そうと決まれば旧都に急いで取りに行かないとね」
風呂敷包みを持ち、勇儀は腰を上げる。そして空を見上げる。先ほどに比べると随分と雲が――正確に言えば黒みがかった雲が空を支配しようとしていた。
「こりゃ、今夜は一雨きそうだ。まったく、月見酒としゃれ込めれば良かったんだけどねぇ」
「天気ばっかりはしょうがないでしょう。天人にわざわざ天候操作なんていちいち頼んでたら、この先に生きていけないわ」
「そうさね。一度しかないその日だから面白いし、酒もうまいんだ。わかってるじゃないか、博麗の。
急げば夜までには戻られると思うから、待ってておくれ」
にかりと笑みを見せる勇儀。女である彼女にこう思うのは失礼かもしれないが、実に男気溢れていると霊夢は思った。
そして、霊夢は彼女に釘をさす。
「饅頭を忘れたら、承知しないわよ」
「はっはっはっ、わかってるって」
空いている手をひらひらと振ると、勇儀は地底への穴へと飛び去っていった。空はますます機嫌を損ねたような色に変わってきた。
このままでは萃香が冷えて帰ってくるかと考え、夕飯の献立を思案する。鍋物がいいか、安くて美味しい湯豆腐。酒が進みそうだ。
霊夢はそう決めると、豆腐を調達するため、里へと足を向けるのだった。
萃香はあの川のほとりで少女を待っていた。だが約束の時間帯――だと思われる――になっても少女は現れなかった。今まで少女とは何度か会って遊んだが、ここまで遅れる事は一度も無かったのだ。
空も雲に覆われてしまい、山中の川は薄暗い空間になっていた。人間ではこんな状態ではもうここに来る事はできないかもしれない。
だが、万が一という可能性もあったため、萃香はこの場所を離れられずにいた。
そうこうしている内にどんどんと時間は過ぎ、雲だけではなく日も落ちてきたのだろう。もう照明が必要なほどになってきていた。
萃香は座っていた岩から腰を上げて、霊夢の待つ博麗神社へと帰ろうとした。
「そだ、あの子の村に行ってみようかな」
今までこの場所で必ず遊んでいたため、出会ってから一度も村には行った事はなかった。もちろん萃香自身がこの場所を最初に指定したからなのだが。彼女の住まう村がどんなものか気にならないかといえば、嘘になる。
「えーっと、いつも帰って行く方向は……こっちか」
方角を確認し、萃香は上空へと飛び立つ。流石に暗くなった山中を歩いて行こうなどと思えはしなかった。
上空からその方向を見やると、遠方に小さな明かりがいくつか見えた。きっとあそこだ、と思い萃香は進み始める。空は月も星も見えないほどの、黒一色に塗り潰されていた。
しばらく飛んでいると村の家々が見えてきた。行灯に火をつけているようで、どの家からも朱色の灯りが漏れていた。
萃香は念のため、自身の姿を霧へと変える。こっそりと鬼がやって来たとばれたら、流石に言い訳が面倒そうと考えたからだ。
だが、少女の家がどこか。萃香はもちろん知らなかったため、一軒一軒覗き見をして回る事となった。
カラリ、と鈴の音が聞こえ、その方向の家の中を見てみる。
「どうして!? どうしてだめなの!」
果たして彼女の声が聞こえてきたのだが。状況的にはまったく芳しくないようだ。萃香は声の聞こえてきた方の家に向かい、その窓から中を覗き込む。少女とその母親だろうか、女性が向き合って座っていた。二人ともいいと言える面持ちではない。
ため息をひとつ、母親が吐くと続けるように口を開く。
「最近のあんたの様子が気になって、悪いけどこの前、山に行く時に後をつけたのよ」
「えっ……」
見る見る内に少女の表情から血の気が失せる。少なからず自身が『いけない事』をしているという自覚があったのだろう。そして、その少女の挙動に萃香は動揺を隠せなかった。
『いけない事』とはつまり、鬼である自分と会う事。
無論、人間の観点からすればそう思われるのはありえない事ではない。だが、少女にそう思われていた事が萃香の心を押し潰そうとしていた。
「あんたが会っていたの……あれは鬼でしょう? 悪い事は言わないから、もう会っちゃいけないよ」
「だから何でだめなの? 萃香ちゃんはとってもいい子なんだよ」
母親の追求に少女は果敢に喰らいつく。それが萃香を純粋に思っての事だろう、と萃香は信じたかった。
だが、母親はまったく怯まず、きっとそう言うだろうと待ち構えていたように続ける。
「妖怪だろうと、鬼だろうと、最初は皆いい顔をして寄って来るんだよ。そして気を許した時には喰われてしまうんだ」
「そ、そんな事はないよ……」
徐々に少女の面持ちに疑念の色が濃くなっていくのが見て取れた。
いくら親しくなったとはいえ、他人である上に違う種族である鬼の小娘の言う事と、最も近しい肉親の言う事。どちらを信じるかといわれれば、大抵の人間は後者だろう。
萃香もそんな事くらいは理解しているつもりだった。だが、それを目の当たりにしてしまうと、今までの交流は全部独りよがりだったのだと思わされてしまう。
「母さんからのお願いだよ。あんたの事が心配なの。もうあの鬼とは会わないって約束しておくれ」
「……でも」
少女は俯き、膝の上で両の手をぎゅっと握り締める。母親もそれ以上は語り掛けない。
重苦しい時間がどれほど経っただろうか。間接的に自身へ対する処遇を見てしまっていた萃香もその空間に飲まれてしまっていた。
そしてしばらくし、少女は言葉を口にする。
「……うん、わかった」
萃香の一番望まなかった言葉を。
母親は安堵の表情を浮かべ、少女に近寄るときゅっと彼女を抱きしめる。そしてその頭を優しく撫でるのだった。
少女の顔は母親の腕に隠れてしまい見えなかった。見えなかったが、もう萃香はその光景を見てはいなかった。
裏切られたのではない、きっとこれが彼女が望んだ事なのだと思えば、これ以上自分は傷つかずに済むと言い聞かせていた。
萃香はそのままその場を後にする。
気がつけば随分と雨に濡れている事に気づく。一体いつから雨が降っていたのか。それに気づかないほどあの光景を見ていたのか。そもそも霧から実体に戻っている――つまり能力の制御さえできないほどにいた事に彼女は驚きを覚えた。
だが、それも刹那。すぐに彼女の心は味わった事の無い重苦しさに支配される。
こんな事では霊夢に合わせる顔が無いと思い、萃香は山中のあの川辺へと向かった。あそこでいくらか時間を潰せばいいと考えながら。
萃香の心情に比例するかのように、雨はどんどん勢いを強めていった。
帰りの遅い萃香を、霊夢は随分と探し続けていた。雨が降り始め、勢いが強くなってきたかと思えば、風も相当な勢いをつけてきた。
彼女の体を雨粒が容赦なく叩きつけ、吹く風が体温を奪う。もう寒いを通り越して、痛みさえ感じるほどだった。
湯豆腐が恋しい。彼女は胸中で、本当に心底そう思った。熱々の豆腐をポン酢に浸し、ふーふーしながら頬張る。口の中で転がしつつ、味を楽しみ、飲み込む。実際にごくりと生唾を飲み込む。
そして意識を現実に戻す。広がるのは鈍い色の雲、雲、雲、あとは雨。まったくもって嫌になる。霊夢がため息を漏らすと、一瞬だけ白く濁ると風に吹き消される。気温も相当下がっているようだが、風雨がそれに拍車をかけていた。
そもそも何で自分はその内に帰るであろう萃香を探しているのか。探し始めてからそれなりの時間が経過していたが、その間に霊夢は何度も自問していた。
こんな事なら炬燵を久しぶりに叩き起こして、暖まりつつ待っていた方が良かった。これも何度も胸中で後悔を続けていた。
『あいつを養おうってのか』
勇儀の言葉を思い出す。
萃香を養っているつもりなど、彼女に告げた通り毛頭無い。ただ、そこにいたそうだから、いさせているだけだ。
そこに上下関係や損得勘定なんかも、もちろん含めてもいない。
なら、この行為も利益など無い。ただ待っていればいいだけだ。
何故、自分は今すぐ神社へ帰らないのか? 決まっている。
私はあの小鬼の事が心配なだけだ。文句あるか?
自問する度に、結局はこの結論に達する。そして、最後に決まって今日何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しいため息をひとつこぼす。それはきっと小鬼に対してではなく、己に対してだと霊夢は自覚していた。
きっと誰かに本心を話せば『霊夢らしくない』と笑われるだろう、と彼女は考えていた。
実際はバレバレであり、霊夢の本心を理解した上で知人達は何も言わないだけなのは、また別の話。
まず彼女は里へ向かい、知人を回った。
幻想郷では顔の広い霊夢なので、誰かがきっと萃香を見ているはずだろう。
最初はそんな楽観的思考で里を回ったのだが……、彼女の勘は珍しく的を外してしまう事となった。知人の全てが首を横に振ったのだった。
霊夢は空へと戻ると、周囲を見渡す。眼下には里の家々、遠方には自身が住まう博麗神社。そして、里とは逆方向には山間部。
消去法になってはしまったが、つまり萃香は理由はわからないが、山間部方向にいると推測する。
彼女はまたため息をひとつ。今度は自身ではなく、面倒をかけさせている萃香に向けてのものだった。
だが、こうやって探しているのは霊夢自身の勝手である。彼女は気を持ち直すため、両の頬をパンと叩いて気合を入れ直すと、山間部へと向かった。
果たして消去法は当てはまり、雨空を浮遊する萃香をようやく見つける。ちょうど川辺に向かおうとしていた彼女に遭遇できたのだ。探し始めてもうどれくらい経ったか。霊夢にも疲労の色は隠せないくらいにはなっていたが、萃香を目の前にして彼女は何とかそれを見せまいとする。
だが、萃香は彼女の方を向かない。いくらなんでも飛翔していればある程度の霊力を使用するため、萃香であればそれに気づかないはずも無いのだ。
霊夢は怪訝に思うも、そのまま萃香に話しかける。
「もう、探したじゃない萃香」
「……あ、霊夢」
顔を上げる萃香。そこには普段の明るさは微塵もなく、憔悴し切ったような面持ちで、目は赤く腫らしていた。
霊夢にもまるで本当に今気づいたかのように――実際そうなのだろうが――驚きを見せる。
「ちょっとどうしたのよ。顔色が悪い――って、あんたもずぶ濡れじゃないの。ほら、こんなところにいないで帰るわよ」
萃香の手を取るが、彼女はバッと振り払う。
予想だにしない彼女の行動に、霊夢は驚きを隠せなかった。
生気を失ったような面持ちで、萃香は口を開く。
「ねぇ……霊夢もあたしと一緒にいるのは本当は嫌なの?」
「えっ? 何でそんな事をいきな――」
「お願い、答えて……」
今度はその顔に宿ったのは怒りと呼称すべきか、戸惑いと呼称すべきか。そんな中で泣く事を必死で堪えている面持ちだった。
「嫌だったら一緒に住む訳ないでしょう」
「……本当に? 信じていいの?」
萃香は自身を両手でぎゅっと抱きしめる。俯き、震え、いつもの明るい小鬼の姿はどこにもいなかった。
霊夢がどう声をかけようか、迷いが生じると、萃香はそれを察する。もう彼女の思考は悪い方向へ直進するしかなかったのだ。
「やっぱり霊夢も同じなんだ……」
「私『も』? 萃香、あんた一体何があ――――」
ドグシャアアアァァァァァッ!!
唐突に、眼下に広がる山から何かが崩れる轟音が響き渡る。見やると、木々が薙ぎ倒されている。この風雨により土砂崩れが起きたのだ。
そして、その向かう方向を見ると霊夢は血の気が引く感覚を覚えた。おそらく村か何かの灯りが見て取れたからだ。
今の土砂崩れの勢いを計れば、山裾のあの灯りの場所までは間違いなく届く。つまりあの場所が飲み込まれてしまうのは明白だった。
「萃香、とりあえずその話は後回し! ちょっと力を貸して!」
「…………」
「萃香、ちょっとどうしたの?」
だが萃香は答えない。俯いたまま微動だにしようともしない。
霊夢は彼女が動かない理由があるように思えた。少なからず、萃香があのような負の感情を表に出して見せたのが初めてであったのだ。実際に感情を整理できず、親しい霊夢だからこそ吐き出すしかなかったのだった。
霊夢はそれ以上は彼女に問わず、全速力で土砂崩れの前方へと飛び出した。そして護符を複数枚取り出して印を切る。そして霊力を込めて両手を前方に広げる。
ぶわりと大きな霊力の結界が壁がとなって前方に広がる。その瞬間、土砂崩れが結界に圧し掛かる。
「んぐっ!?」
衝撃は霊力を制御している霊夢にそのまま伝わってくる。引き裂かれてしまいそうな痛みが全身を襲う。歯を食いしばりつつ、彼女は耐える。
萃香に頼られない今、あの村に住まう人々がこの轟音に気づいて逃げてくれる事を願うだけだが。
果たして自分がこの結界をいつまで維持できるか。相当な広域の結界を展開しているため、通常の結界に比べると耐久力も、持続時間も長そうにない。
雨も、風も、そしてこの土砂崩れも、皮肉のように勢いを強めていった。
霊夢が下で結界を展開しているのは上空の萃香にも見て取れた。
だが、彼女はまだ動く事ができないでいた。
あの村を――少女を守る事に意味があるのか。萃香には意味が見出せなかったのだ。
なら霊夢は何故、知りもしない人々を守ろうとする?
簡単だ。同族を守るのにいちいち理由はいらないだろう。
それに霊夢は幻想郷を守るという使命のようなものを時折匂わせる事がある。
なら自分には関係ない。関係ないのだが、
「なんで……なんでここから離れられないのさ、あたしは……」
「そりゃ、お前さんがこだわる理由があるからだろう」
声の方を見やる。そこには同族である勇儀が同じようにずぶ濡れになっていた。
見るからに、苛ついた面持ちである。
「人に急ぐよう言ってたあいつが神社にいないと思って、やっこさんの霊力を追ってきてみればこれかい。
それで萃香、何であの子を手伝わないんだ?」
「…………」
答えない萃香に、勇儀は苛立ちを隠さずに掴みかかる。
それを払うでもなく、彼女に身を任せる。その行動が勇儀の苛立ちに拍車をかける事となった。
「お前さんに何があったかは知らないよ。だけど、あんたと親しいあいつが頑張ってるってのに何だいそのふて腐れは!」
それでも、萃香は何も答えない。
勇儀は掴んでいた手をゆるめ、彼女を離す。嘆息を漏らすと、眼下を見やる。
明らかに先ほどより結界の力が衰えているのは明らかだった。この分だと、保てて数分前後が関の山だろう。勇儀は焦りを覚え始めた。最悪、力尽きた霊夢まであの土砂崩れに飲み込まれないからだ。
再度、萃香を見やる。俯いたまま、勇儀と目を合わせようとはしていなかった。
「萃香。お前さんに何があったか、私は知らない。まぁ、知りたいとも思わない」
「…………」
「だけどね、博麗のに不義理を立てるってなら、私はお前さんを許さないよ。
あいつがお前さんに向ける気持ち、ありゃ家族と同じようなもんだった。
わかるかい? 博麗のはあんたを家族として迎えているって事さ」
「……か、ぞく?」
その言葉に、萃香は顔を上げる。
勇儀は続けた。
「さっきのお前さんの言葉。私が答えてやるよ。
ここが何かはわからないけど、離れられないのはお前さんがあの子を大事に思うからさ。
何があったかは知らない。けど、迷いがあるなら全て吹っ切っちまいな。
やらずに後悔するより、やってからそれでも悔いがあったら、存分に後悔すればいいんだ。
そん時ゃ私も、きっと博麗のも近くにいるさ。思い切り愚痴でも吐いちまいな」
「勇……儀。あたしは……」
顔を上げる。勇儀を見ると、そこには先ほどまでの怒りはなく、いつもの豪快な笑顔が待ってくれていた。
萃香が必ず自分の言葉に応えてくれると確信していたかのように。
「行くかい?」
「もちろん!」
萃香に久方ぶりに強さの宿った笑顔が戻った。
だが、状況が切迫しているのは変わりはしない。どうしたものかと勇儀は思案する。
「萃香。お前さんの疎の能力であれを散らせないか」
土砂崩れの土砂自体を散らしてしまえばと考えるも、萃香は首を横に振る。
「疎はあくまで物質の密度を下げるだけだから。
霧散はできるけど、今度はその粉塵が雪崩になっちゃうよ。
疎の力を通す時間も霊夢に結界を維持してもらわないといけないし。最悪だと――」
「わかった、もう続けなさんな」
最悪だと全員飲み込まれて終了、か。勇儀は胸中で独りごちる。
かといって自身の文字通り力だけでは何ができるか。巨大な岩を持ってきてそれで塞き止める。いや、時間がかかり過ぎるし、下手をすれば岩までが土砂崩れに飲み込まれ、霊夢の負担になりかねない。勇儀はこの案をすぐに捨てる。
そうすると、今できるのはやはりひとつしかないようだ。
村人を逃がす事である。
「萃香、お前さんはあの村に行った事はあるのかい?」
「えっ?」
その反応に訪れた事はあるも、何か訳あり――きっと先ほどまでの態度と関係があるのだろう、と勇儀は感じた。
だが、今はそれを考慮する時間はなかった。下を見ると、結界がまた薄くなっている。
勇儀は萃香に向き直ると告げる。
「私はあいつを手伝って時間を稼ぐ。だから、お前さんは村に行って逃げるように言っておくれ!」
「で、でもっ!?」
「時間が無いんだ! 早く行け!」
迷うも、数瞬。萃香はこくりと頷き、村の方へと飛んでいった。迷いは見て取れたものの、もう立ち止まる事はないだろう。勇儀は見送ると、霊夢の元へと向かう。
霊夢の後ろへ降り立つと、彼女を見やる。結界を最大出力で維持し続けた結果か、霊夢の肌がいくらか切り傷ができており、巫女装束もところどころ破れていた
「よう、博麗の。これまた難儀な状況だね」
「な……によ、邪魔すん……なら後にしてっ……」
軽口を叩いてみるも、妙案が浮かばない勇儀は焦りに拍車がかかる。
霊夢はどう見てもそんなに長くはもちそうも無い。もちろん自身が結界を出すなどとできもしない。
ならば『物理的に霊夢の支えとなる』しかなかった。
彼女は霊夢を後ろから羽交い絞めのように腕を回す。霊夢は急な事に驚くも、全力で結界の維持を続ける。
「いいかい、博麗の。お前さんはもう踏ん張るな。腕を前に出して結界を出す事だけに集中しな。
私がお前さんを支えるから。いいね?」
こくりと、何とか霊夢は頷く。
「じゃあ、合図で踏ん張らないで私に体を預けるんだよ。
さん、にぃ、いち……来い!」
そして霊夢は足を地面から離す。瞬間、凄まじい重さが勇儀の身体に圧し掛かる。
ここまでの重さをこいつは今まで一人で耐えていたのか。鬼でも妖怪でもない、弱い人間が。勇儀は驚愕の色を隠せなかった。
隠せなかったのだが、今はそれ以上に自身が踏ん張るだけで精一杯であった。
結界の余波が勇儀にも浴びせられ、肌を焼いていく。足はどんどん土をえぐってめり込んでいく。彼女もそう長くはもたないかもしれないと考えた。
だが、それ以上に霊夢の疲労が激しい。いくら結界維持の力だけでいいとはいえ、やはり長くは保つ事は難しいだろう。
願わくば、自分達が限界を迎える前に萃香がうまくやってくれる。勇儀はそう信じるしかなかった。
萃香は全力で村へと戻る。その胸中には恐怖心しかなかった。もしも、はっきりと少女からも別離の言葉を聞かされるかと思うと、今すぐにでも逃げ出したい気持ちに支配された。
人間に恐怖するなど、と本来なら笑い飛ばせるのだろうが、今の彼女にはそのように楽観視する余裕などなかった。
少女の母親の言う事は理解できる。人間は己に無いものを嫌悪する。
鬼の一族はそのような扱いを嫌い、はるか昔に地底へと移り住んだのだ。萃香は改めてその意図を知った。
しばらく飛び続けると、村の灯りがゆれている事に気づく。もちろん風でゆれているという事もあるだろうが、それだけではなく、実際に松明を手に持つ村人が轟音を聞き、表に出ているのだ。
萃香には、その数は少なからず二十は越えて見えた。面識のある人間である少女がその中にいるとは到底思えない。彼女は完全なる人間の子供であるため、このような際は家の中で安全が確認されるまで待たせられるものだから。
恐怖心はどんどん膨らむ。萃香自身、人間を忌み嫌っている訳ではない。むしろ、友好的に接する部類である。だが、それは少数派であり、少女も人間の中ではきっと少数派の他種族へ友好な思考を持っていた。
それは萃香達の方が異端である事を意味する。どんなものでも大が小を飲み込む事が多いのだから。
迷いと恐怖を拭えぬまま、萃香は村の上空に辿り着く。足元を見やると流石にこの距離まで近づいたせいか、既に何人かの村人は萃香に気づいていた。見て取れる範囲の中、少女の姿はやはり無かった。
きゅっと口を結ぶと、意を決して萃香は村へと降り立つ。その行為に、村人からどよめきが上がり、そしてすぐに気づかれる事となる。
「お、鬼だ……」
誰かが発した言葉に、村人の間に動揺が広がる。ただでさえ激しい風雨の中で何かわからない轟音がして、いきなり鬼が現れれば動揺もするだろう。
萃香もこうなる事は予想していたが、実際に自分が恐れと畏怖の感情に晒されるとここまで不快なのかと感じる。
だが、それはここに向かうまでの自分の胸中と全くの同一であると瞬時に悟る。
こんなにも嫌な感情を霊夢に向けて、そして知りもしない彼らに向けていたのかと己を恥じた。
萃香は顔を上げ、強い面持ちで口を開く。
「皆、早く逃げて! 土砂崩れがこのままではこの村を飲み込んじゃうんだ!」
更に村人の間にどよめきが走る。いきなり鬼が村の終焉を伝えにくれば無理もないだろう。
どよめきの中、一人の村人が前に出る。体格のいい、おそらく木こりか猟師を生業としていると思われる男性だ。その表情は極めて険しかった。
「土砂崩れってのは……あれを見れば本当なんだろうが、お前に従えっていうのか?」
「えっ? そうじゃないよ、とにかくここから離れて――」
「それがお前にとって何の得になるんだ? 逃がした先にお前の仲間がいて、喰わせようって魂胆じゃないのか」
男の言葉に、萃香は衝撃を受ける。ひとつは自身が想像もしなかった返答がきた事。もうひとつは、これが人間側の異種族に対する偏見の最たるを目の当たりにした事。
動けなくなる萃香を尻目に、男は続けた。
「大体、あの土砂崩れもお前が起こしたんじゃないのか。変な光も見えるぞ」
「あ、あれは霊夢が結界で止めててくれてるのであって……」
「霊夢? 鬼のお前があの博麗の巫女と知り合いだってのか? まったく、冗談はもっとうまく言え」
男の表情と同調して、周囲の村人――男も女もいるが、一様に険しさを増していく。彼らは萃香の言葉を一切信じていなかった。
むしろ男の言葉を真として受け取っているように見て取れる。
『鬼が土砂崩れを起こし、親切を装って欺き、誘導先で村人全員を喰う』と。
萃香は慌てて弁明をはかる。
「違うよ! 本当に時間が無いんだ! あたしの指定したところじゃなくていいから、早くここを離れて!」
「だから、それがお前にとってなんの得になるんだって聞いてるんだよ」
「損得が無くちゃ、こう言っちゃいけないっていうの!?」
男の言葉に、萃香は若干怒りを覚え、語気を荒げてしまう。それを見た群集の中の女性が短い悲鳴を上げる。
萃香はすぐに気づくも、この事で状況が悪化したのは明らかだった。
それは頭にいきなりの衝撃を受ける事で気づく。心に受ける衝撃ではなく、完全に物理的な衝撃であった。
萃香がそれを『石を投げつけられた』と理解するのに、自身の血が流れ落ちる様により気づかされた。
村人達はそれを見ると、萃香に向かって続けて石を投げつけ、罵声を浴びせる。
「鬼の言う事なんか信じられるか!」
「どうせ、こいつも妖怪どもと変わらねぇんだ!」
「子供の成りだからって、油断するとでも思ったのかい!」
「出ていけ! そして二度と村に近寄るな!」
「いたっ! ち、違うよ! 本当にここはあぶな――いたっ、痛いってば!」
最初の石以外はなんとか腕で防いでいるものの、どんどんと投げつけられるため、痛覚が無視できず、それ以上の弁明をする事ができなくなった。
疎の力で石を霧散する事も考えたが、これ以上 異質な力を見せる事での状況悪化を恐れ、萃香はなすがままになっていた。
抵抗をしない鬼に、村人達は更に意気を強める。自身らが鬼を退治してしまおうと言わんかのようだ。
何でこんな目に合わなければいけないのか。自分はただ助けたいだけなのに。もう、見捨てて逃げてしまおうか。
萃香の胸中にまた負の感情が宿る。
その刹那、あの二人の事を思い出す。
『萃香、とりあえずその話は後回し! ちょっと力を貸して!』
何の損得勘定ではなく、ただ助けたいという意思で結界を張り続けている霊夢。
『お前さんは村に行って逃げるように言っておくれ!』
自分が必ずやってくれると信じてくれた勇儀。
自分は彼女らの事まで裏切ろうというのか。自分の感情だけで全てを投げ出してしまおうというのか。
今までの自身の考えがあまりに情けなく、彼女らの生き方があまりにまぶし過ぎて、萃香は涙を流した。
自身を覆っていた腕でぐいっと涙を拭うと、投げつけられる石を防ぎもせず、痛みも我慢し、萃香は前に向き直る。
「皆、お願い! 一度だけでいい、あたしの事を信じて!」
童女から発せられる、あまりにも大きな声。怒声ではなく、真に気力が込められた言葉に、村人達は息を飲み、動きを止める。
そしてその時、村人達の間を縫って、小さな影が前に出てきた。
その姿に萃香は目を見開く。それは見知った少女であったからだ。
「皆、おかしいよ! なんで萃香ちゃんをいじめるの!? 萃香ちゃんは私達の事を心配してくれているだけなんだよ!?」
「お前……その鬼と知り合いなのか?」
「……そうだよ!」
少女はそう言い切ると、萃香の前で両腕を開く。彼女をこれ以上傷つけさせないと言わんが如く。
「お前は騙されているんだ!」
「そんな事は絶対に無い!」
「何でそう言い切れる!」
少女は萃香に振り返る。その面持ちはひどく悲しみに満ちていた。
「ごめんね、萃香ちゃん。昨日の約束を守れなくて……」
彼女の母親とのやり取りを思い出す。
母親の言葉を受け入れた際、彼女の表情はこうなっていたのかもしれない。萃香は何となくだが、そう思えた。
少女は再度、村人達に向き直ると精一杯の虚勢をはる。
「初めて会った時、山の中だったの。萃香ちゃんが私を……殺してしまおうと思えばその時にできたはずだよ。
でもしなかった! 萃香ちゃんは優しい鬼さんなんだよ!
なのに、なんで見た目だけで皆はそうするの!? 皆の方がずっと怖いし、汚いよっ!!」
少女にある程度の切り分けをされていた事に少々驚きを覚えるも、切り分け程度で親しくなれるのならば安いものだ、と萃香は胸中で独りごちた。
少女の言葉に、村人達は明らかに意気を落とす。童女に説教を受けるという事もさながら、自身らの醜い感情に気づかされたという点もあるだろう
最初に話しかけてきた男が少女を退けると、萃香に問う。
「本当に時間が無いのか?」
少女の助力があったとはいえ、ようやく自身の意思が通じるまでになり、萃香は安堵感とともに、切迫している状況である事を思い出す。
山の方を見やると、既に結界がほぼ消えかけている状況になっていた。
慌てて、村人達に振り返ると告げる。
「だめ! 皆、とにかく土砂崩れとは別の方向に逃げてっ!!」
伝えた瞬間、轟音が響き渡り、結界が消失した事を告げた。ゆっくりと、しかし着実に土砂崩れに勢いが戻し始める。
霊夢と勇儀は逃げる事はできたのだろうか。一抹の不安がよぎるが、今は彼女らの無事を信じるしかなかった。
村人達から悲鳴が上がり、皆が一目散に逃げ始める。結界のおかげか、土砂崩れは一点――とはいっても幅は広いが――にまとめられたため、
このままであれば何とか間に合いそうだ。萃香は胸をなでおろし、彼女も退く前に念のために周囲を見渡す。
逃げている村人達の中に、先ほどまでいたはずの少女の姿が無かった。彼女の足ではそこまで遠くへ行っていないはずなのに。
血の気が失せるのを感じ、周囲を再度見渡す。やはりどこにもいない。焦りは拍車をかける。
土砂崩れは見て取れるまでの距離に近づいていた。
他の村人達は何とか逃げ果せたようだが、少女がその中に本当にいたのか。ただ自分が見落としただけではないか。
その時、カラリという音が風に乗ってこだまする。
音の方を見やると、少女が家――覗き込んだ際にいた家なので彼女自身の家だろう、鈴を持って出てくるのが見えた。
『獣除けにお母さんから貰った鈴も付けてるから』
あの時の少女の言葉と、嬉しそうな面持ちを思い出す。
鈴を取りに戻るために、家に入っていたのか。萃香はそう判断するも、事態は待ってはくれなかった。既に走って逃げられないような距離にまで、土砂は迫っている。
萃香だけであるなら、上空へ逃げればいいだけの事なのだが。少女へ全力で飛翔しても間に合うか微妙――むしろ分が悪過ぎる賭けである。
土砂が猛進する地鳴りが響き、少女も事態を知る。だが、それに気づいた事がより事態を悪化させる結果となる。彼女はその場に、へたりと座り込んでしまう。きっと腰が抜けてしまったのだろう。
萃香は全力で彼女に向かって飛翔する。だが自身のすぐ後ろにまで土砂は迫り、既に家々を飲み込み始めていた。
今まで、彼女の前で飛んで見せた事はあったが、鬼の力を見せる事はなかった。それは萃香が度々胸中に抱いた感情であり、つまりは鬼として見られる事により、完全に嫌われる事を避け続けていたのだ。
その思いはまだ胸にある。だが、萃香は迷う事なく一枚のスペルカードを取り出し、開放する。
「鬼神『ミッシングパープルパワー』!!」
スペルを開放し、その瞬間に萃香の身体が一気に数十倍の大きさへと変貌する。
密の力をスペルで増幅し、自身の体積を瞬間的に増幅させるものである。本来の密の力を周囲から同様の物質や元素を萃める事によって体積を増やすが、ミッシングパープルパワーはスペルの力により、自身の体積自体の密度を膨張させるという性質になる。
無論、本来の密の動作を無視したもののため、持続時間は極めて短い。
だが、少女にまでなんとか手は届き、彼女を優しく手中に収めると、萃香は全力で上空へと飛び立つ。
瞬間、ゴオッという音と共に村の全てを土砂が薙ぎ払っていった。
「で? 萃香はどうしたんだい?」
杯を傾け、自慢の『いい酒』をぐびりと飲み込む。体中が傷だらけで、着物もあちこち破れているのは勇儀だった。
同じような格好だが、いささか彼女より包帯の少ない霊夢がお猪口を少し傾け、自分の配分で酒を楽しんでいた。
「今日は……、昨日は? まぁ、どっちでもいいか。色々あって疲れていたんでしょう。もう寝ちゃったわ」
「そうかい。くくくっ、こんなにうまい酒なのにもったいないねぇ」
「本当に、そうね」
あの時、霊夢の結界が消失した瞬間に勇儀が器用にスペルを発動させて一瞬だけ弾幕で壁を作り、上空へと逃げ果せていたのだった。
だが、上空へ飛翔する際に勇儀は動けなくなっていた霊夢を身を挺して守った事により、いくらか土砂を身に受けてしまったのだ。
霊夢はまた別に借りを作った事を気にしていたが、勇儀本人はまったくもって貸しとは認識しておらず、気にはしていなかった。
「人間の童(わっぱ)との交流、か。いやはや、萃香らしいもんだ」
「別に私らが知っても、止めもしないのにね」
酒の肴の冷奴――時間の都合、湯豆腐はあえなく中止となった――をぱくりとつまみ、勇儀は酒を口にする。
「まぁ、特にお前さんには言えなかったんじゃないのか?」
「何でよ?」
「私達……鬼が何で地上から姿を消したか知っているかい?」
そう言い、酒を呑む。どことなくその面持ちに寂しさのような色が混じって見えた。
「人間のみならず、妖怪もそうだった。鬼ってのは異質であり、強大な力を持っているからね。やっぱり疎まれる存在だったんだ」
霊夢も酒を呑み込む。結構な辛口のため、少しずつがやはりちょうど良かった。
「その気になれば、力によって鬼が地上を支配だって……もしかするとできたのかもしれない」
「でも、そうはしなかった」
「あぁ。鬼の中にはそんな過激な連中もいたんだろうけどね。結局は鬼だって共存を望んだ連中の方が多かったって事さ。
だけど、それはできなかった。だから鬼達は誰にも気づかれぬよう、ひっそりと地底に隠居するようになった……って訳だ」
勇儀は一息つくと、霊夢に向き直り、徳利を差し出す。霊夢も彼女の徳利に合わせて、お猪口を上げる。ちょうどお猪口が空になった瞬間を勇儀は見逃していなかった。
「博麗の、お前さんは萃香を受け入れてくれていた。きっとその関係が壊れるとでも思ったんじゃないのかね」
「私が? 萃香がどう生きようと、私が関与する事ではないでしょ?」
「その割には私との約束を放り投げて必死で萃香を探してたみたいだねぇ、ぷぷっ」
「う、うっさいわね……」
照れ隠しに、霊夢はお猪口の酒を一気にあおる。喉に強烈な刺激が走り、飲み込んだ後に少し咳き込む。
その様子を、勇儀はゲラゲラと笑いながら酒を呑んでいた。
既に霊夢の構築していた自身の呑み進め方構想は跡形も無く崩壊していたのだった。
「違う人間のところに行く事で萃香自身がお前さんを見捨ててしまっていると思われないか。そう思うと怖かったんだろうさ」
笑いやむと、勇儀はまた哀愁を帯びた視線を部屋の奥――寝ている萃香の方へ送っていた。
霊夢自身はそのような細かな事を気にする人間ではないのだが、萃香にはそこまで伝えられていなかったのか。彼女はやや落胆の色を見せる。
それに気づくと、勇儀はまた豪快に笑いつつ、続けた。
「昨日言っただろう? あの子は人生経験が地底の同族の間でしかほとんど築けなかったんだ。
確かに以心伝心なんても言うけど、何も言わずに自分の意思を伝えられているだなんてね。博麗の、横着が過ぎるんじゃないかい?」
「……まったくもってそうだわ。ったく、まさかあんたに説教されるとは不覚だわ」
「ひゃっひゃっひゃっ、勇儀姐さんを侮ってもらっては困る」
「誰が姐さんか」
そして二人で笑う。
酒も自身の配分で霊夢は呑めておらず、随分と早い調子だったが嫌な呑み方ではないと思えていた。これも勇儀の粋な人柄によるものだろうか、などと霊夢は胸中でつぶやく。
腕さえもっと自由が利けば、湯豆腐ができたものを。霊夢はそこだけが心底残念に思っていた。
「あの後さ」
「うん?」
「あの子の母親が泣きながら、頭を下げていたのよね」
「そら娘を助けられれば、あぁもなるだろう」
「そうだけど……」
酒を一口。霊夢は続ける。
「あの後の言葉が……ね」
「……しょうがないさ。生き方はそう簡単に変えられるもんじゃない」
土砂から少女を救い、村人の集まっていた山中の開けた場所まで少女を抱えて行くと、母親は駆け寄り、少女を抱きしめて泣いていた。
だが、その後に母親や村人は揃いも揃って萃香へ土下座をするのだった。
戸惑う萃香に、村人の――誰かまではわからなかったが、こう告げた。
「お助け頂きありがとうございます。鬼様、どうか無礼を平にお許しくださいませ……」
土下座をする村人達が、一様に震えているのが萃香にはわかってしまった。
結局のところ彼らは『従わなかった自分達は鬼に復讐されてしまう』という考えしか抱いていなかったのだ。
「ち、違うってば。あたしは怒ってなんて――」
そう言い、萃香が一歩足を踏み出すと、
「ひぃっ!!」
最前列で土下座をしていた何人かが慌ててその場から飛び退く。
スペルカードでの萃香の力を目の当たりにしてしまい、更なる恐怖が植えつけられ、自分達はすぐにでも殺される可能性もある事が拍車をかけていた。
萃香はどうする事もできずに、立ち尽くしていた。
そこへ、何とか逃げ果せた勇儀が、力を使い切り動けない霊夢を抱えて降り立つ。
もう一人の鬼が現れた事で、周囲に更に動揺が広がる。
勇儀はそれを気づいたが、構わず口を開いた。
「別に萃香は見返りを求めた訳じゃないだろう。そして、取って喰おうとも言っちゃいないだろう。
人間ってのは助けられても、『素直に』礼を言う事もできないのかい」
『素直に』の部分に、隠そうともしない怒気が込められていた。
勇儀は村人達の態度に怒りを覚えたのではなく、礼儀を見せない彼らが許せなかったのだ。
彼女の言葉に、村人達は――礼儀を見せず、更に恐怖の念を抱くだけであった。
鬼である自分が言っても、状況を悪くするだけ。勇儀は理解したが、どうしても自分を抑える事ができなかった。
続けて口を開こうとするも、霊夢が彼女の腕をどけると、村人達へと歩み寄る。その面持ちは、どう友好的采配をしても怒りを秘めている事は明白だった。
「萃香を傷つけた上、大丈夫とわかったら手のひら返しでご機嫌取り?
……同じ人間として恥ずかしいとしか思えないわ」
幻想郷では名の知れた博麗の巫女たる霊夢が、まさか人間である自身らを責めるとは思いもしなかったのだろう。村人達の間に支配していた恐怖は、完全な戸惑いへと変貌していた。
「全ての人間以外の存在を信じろだとか、そんな事は私にだって言えない。
けどね、萃香がどんな奴かくらいは話してみればわかるでしょう? それを――」
咄嗟に、霊夢の前に誰かが立ちはだかる。それは霊夢より小さな背丈である――なんのことはない、萃香本人だった。
その面持ちは霊夢と勇儀とは対照的に、非常に穏やかなものであった。
霊夢がややたじろぐと、萃香は言う。
「いいよ。皆が無事だったらもう万事解決って事でしょ? なら後は笑って『良かったね』でいいじゃない」
「萃香……」
「皆もそれでいいんだよ」
今度は村人へ向き直り、明るく、笑いながら伝える。
村人達は戸惑いつつも立ち上がると、一応なのか萃香達に一礼をすると、村のあった方角へと消えていった。
いくら土砂に飲まれたとはいえ、やはり生まれ育った場所を再興したいのだろう。
その中に、少女の姿があり萃香へ駆け寄ろうとしたが、近くにいた母親にそれを止められる。
「や、やめなさい!」
「萃香ちゃん!」
萃香は――あえてだろう、彼女に背を向けていた。霊夢達からもその表情は見る事ができなかった。
「必ず! 必ずまた会いに行くからっ! だからっ!」
なおも母親に止められ、近くにいた他の大人にも押さえつけられている。
だが、少女は最後に、凛と通った声で萃香へ告げる。
「私は萃香ちゃんの友達だよ!!」
びくりと、萃香の肩が震えたよう霊夢には見えた。
少女はそう言い切ると、抵抗せずに大人たちに引っ張られるように、群衆の中に消えていった。
彼らを見送ると、ぽすんと霊夢の胸の中に萃香が頭を押し付けてきた。
もう隠しようがないくらいに、全身を震えさせている。
「ねぇ、霊夢。……これでいいんだよね?」
「……そうね」
ぎゅっと霊夢の破れた巫女装束を萃香は掴む。心許せる存在に文字通りしがみつきたい一心で。
「あの子もあんたを友達だって言ってたじゃない」
「うん……」
「あんたは間違った事なんてしなかったのよ。一人にでも心は通じたって、そう考えればいいんじゃない?」
「うん……」
萃香は更に霊夢の胸に顔をうずめる。その光景に、勇儀は背を向けて東の空を見やる。昨日までの空が嘘のように、澄み渡った空に太陽が昇りかけていた。
「だから萃香……、あんたは胸を張って生きなさい」
「う……ん…………うっ、ひっぐ……うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
涙を流し、声を上げ、隠そうともせずに、萃香は泣いた。
霊夢はその頭を、優しく、ゆっくりと、彼女が泣き止むまで撫で続けたのだった。
酒をまたくいっと喉に通す。
あの時の事を思い出すと、正直なところ、霊夢はまだ怒りを覚えた。
だが、萃香本人の言葉と、あの涙を前にしたらそれ以上直接関わっていない自身が口を挟むのは滑稽以外のなにものでもないと思えた。
その事を流すために、彼女はまた酒をあおる。せっかくの酒が何だかすこし不味かった。
「地上に戻って……最初に出会えた人間がお前さんで幸運だったって事だね」
勇儀も酒を呑みつつ、今までの強い笑顔ではなく、柔らかい女性らしい笑顔で話す。
「萃香が?」
霊夢の問いに、「へっ」と若干自虐じみた笑みに変わる。
「そうさ。そして、もちろん私自身もだ」
「それは身に余る光栄だわ」
顔を見合わせて。二人は再度笑いあった。
霊夢のお猪口が空になり、勇儀は間髪入れずに徳利を差し出す。
「まぁ、今日は互いの努力を称えて徹夜……といってもほとんど夜は明けてるけど、
徹底的にやろうじゃないか。なぁ、霊夢」
「……まったく、鬼ってのは人の配分も無視するからたまったもんじゃないんだけどね。
いいわ、今日はとことん呑もうじゃないの、勇儀」
そしてまた二人で笑いあい、その日はお天道様が頭上高くなるまで二人は酒を酌み交わした。
ちなみに、翌日に霊夢が二日酔いになったのは言うまでもない。
あれからどれだけ月日が経っただろう。
話によるとあの村は何とか復興して、今では前と変わらぬ生活に戻ったと鴉天狗に聞いた。
萃香はあの一件以来、村には近寄らなかったが、里にいる人間との交流は積極的に行うようになった。
もちろん、全てがうまくいった訳ではないが、萃香は努めて明るくしている。
今日もあの少女と約束の川辺へとやって来た。
毎日という訳でもないが、暇を見つけるとふらりとここまでやって来て、魚釣りや昼寝をして時間を過ごした。
その間、少女が姿を見せる事はなかった。
だが、萃香は少女の最後の言葉を信じて、今日も待ち続けていた。
日も高くなり、森の中とはいえ気温が高くなってきた。夏が近づいている証拠だ。
萃香は靴を脱ぎ捨てると、川の中へと進んで行く。
気温差により、以前よりその冷たさに身を震わせる。
手で杯を作り、水をすくう。変わらず澄んだ水に、木々の間を縫って射す日光がうつってゆれる。
水をごくりと飲み干し、喉を潤すと背後から「カラン」という音が聞こえた。
振り返るとそこには、以前の霊夢くらいの身長だろうか。少女と大人の女の中間くらいの歳の女性が立っていた。
腰元の帯には獣除けだろう、鈴が付けられている。
彼女はすこし涙を浮かべつつ、柔らかな笑顔であった。
だから、萃香はいつものように満面の笑顔で気さくに、こう問うた。
「鬼を見るのは初めて?」
種族が違っても友達、そして家族にだってなれる
楽園の素敵な巫女と素敵な鬼の素敵なお話、ありがとうございました
そういう態度は悲しくもありますね……。
その中でも、女の子が彼女と親しくあることがなんか嬉しくもあります。
霊夢や勇儀の萃香への言葉や村のための行動なども面白かったです。
ほのぼのとしていたり、ちょっと悲しい部分もあったりで読み応えもありました。
読みやすかったですし霊夢と勇儀の会話や、成長した女の子と再会したときの
萃香の言葉が彼女らしい感じがして良かったです。
ただ、『博麗の』これ、もう少し柔軟にできないのかなーって。
博麗のってなると変な部分も数箇所あったような気がする。
だから鬼に怯え、疑い、恐れる
故に人は鬼がどれだけ純粋で誠実かを知らない
読んでいてそんなことを考えてしまいました
萃香さんも勇儀姐さんもあんなに真っ直ぐなのに…
ともあれ素晴らしい作品でした
正直、長過ぎるのでどれだけ読んで頂けるかが気がかりでしたが、杞憂でした。
ともあれ、粋な鬼達と意気投合して一杯やりたいもんですね。自分は下戸ですが、アァン。
>『博麗の』これ、もう少し柔軟にできないのかなーって。
確かに自分で書いてて誤って何回も『霊夢』と入力してしまうほど、違和感マキシモーでした。
何とか全部に入れてみましたが、やはり無理がありましたかね。
三人称で問題ないようなところは、別の言い方に置き換えさせて頂きました。
いい人間関係ですね。
幻想郷の里人が鬼神 妖怪を恐れる
畏怖され 恐れられることで、存在を維持する以上
それも必要なことなのでしょうが、それだけではさみしい
人食いの習慣も遠き記憶となりつつある幻想郷
単なる恐れだけでない関係に
いつかはなれるのかもしれませんね
人の潜在的な概念を払拭するには行動しかないってのは悲しいですね・・・
あと霊夢に2828ww
首を傾げながら読み進めていくのがどうにも。
こういう萃香も可愛いけどね。勇儀は概ねイメージ通り。
あと鬼が平気で嘘ついたら駄目だと思うぞw
萃香に幼女補正がかかっているせいか、何故か何しても可愛いく見えてしまう。
ほんと、鬼二人は主人公組と気が合いそうですな。
こういうのは好きですよ
勇儀さんがとても良い姐さんでありました。