・達人(並ぶ)
博麗霊夢は縁側に腰掛けて茶をすすっている。
「おーい霊夢、来てやったぜ」
そこへ霧雨魔理沙が箒に乗ってやってきた。
「来てくれと言った覚えはないわ」
霊夢は魔理沙を一瞥すると、にべもない態度で応対した。
「そんなつれないこと言うなよ。わたしはお茶でいいぜ」
魔理沙はそう言って霊夢から離れた位置に座る。
「仕方ないわね」
霊夢はからになった己の湯のみを持って大儀そうに立ち上がる。敷居を跨ぎ、台所へとじぐざぐに進んで向かった。
三つの湯のみを乗せた盆を持って霊夢が戻ってくる。戻りの道程は今度は直進であった。霊夢は立ち止まって魔理沙の横に座ろうかと思案するが、結局、ひとり分離れた位置に座った。
「はい」
「さんきゅ」
霊夢は魔理沙に湯のみをひとつ手渡す。それから、ふたつの湯のみが乗ったままの盆を己の膝のうえにのせた。
「優しいんだな」
魔理沙は言った。盆に乗ったふたつの湯のみを見ている。
「別に。ついでよ」
霊夢はそう言うと湯のみのひとつを持ち、口をつけた。
しばらくのあいだ、ふたりは無言でいた。
神社は半壊している。縁側に座るふたりの背後は畳敷きの部屋になっているが、テーブルは真っ二つになっているし障子は焼け焦げているしで大変な様相であった。
「最近多いよな」
魔理沙が言う。
「そうね、みんな構ってちゃんなのよ。面倒くさいったらありゃしないわ」
「ひどい言い様だな。でも、向こうから来てくれるなら良かったんじゃないか?」
「とんでもない!」霊夢は魔理沙をにらんだ。八つ当たりとでもいうように、陰陽玉を庭へ向けて投げつける。「おかげでここは滅茶苦茶」
「けどさ」
魔理沙はそう言うと身じろぎした。霊夢も合わせたように動く。ふたりの傍で、その場にそぐわない音が鳴った。
魔理沙は再び口を開いた。
「どうせ鬼に直してもらうんだろう?」
「もちろん」
魔理沙はひとくち茶をすすってから空を仰いだ。晴天であった。平和だなあとぼやきそうになる。しかしそんな言葉を口にすれば霊夢に睨まれることはまず間違いない。なんといっても異変の解決中なのだ。
霊夢も茶をすすってから空を仰いだ。ほうとため息をつく。近頃は異変を起こすにあたり、まず邪魔となるであろう博麗霊夢を襲う輩が増えていた。霊夢自身から向かうことが減ったために徒労はなくなったが、こう何度も神社を壊されてはたまったものではない。
「うまくいかないものねえ」
霊夢は空を仰いだまま、ちいさくそう呟いた。
「なにか言ったか?」
魔理沙も未だぼんやりと空を仰いだままであった。
「いいえ、なにも」
霊夢は風に流れる雲を目で追いながら尻の位置をずらした。
――カリカリカリカリカリカリカリ……。
そろそろ湯のみを渡す頃合いかもしれないな、と霊夢は庭を見て思った。大抵の輩がこの辺りで諦めるのである。
達人 了
・環境汚染(下準備)
「大変よパチェ。幻想郷が汚れてしまうわ」
「いったいどういうこと?」
「幻想郷の大地が、水が汚れてしまって自然が壊されるの」
「環境汚染ということかしら。外の世界では問題視されているみたいだけども」
「おそらくそれだと思うわ」
「いったい原因はなんなの?」
「わからないわ。夢で見たの。きっとこれは『運命』よ」
「あなたの能力がそう見させたのね」
「これから天狗がここへやってくるわ。パチェ、天狗に伝えてほしいことがあるの」
「わかったわ。でも、あなたは?」
「わたしはこれから博麗神社へ向かうわ。環境汚染という異変を伝えるためにね」
「――というわけなの。お願いできるかしら」
「ええ、お安いご用です」
「号外、号外だよ」
「ちょっとあなた、あんまり下手な記事をばらまかないでちょうだいな。ゴミだらけになってしまうわ」
「おっとこれは紫さん。どうぞこれを読んでください」
「なになに、環境汚染ですって? それは困ったわね」
「ええ、わたくし一介の記者ながら義憤にかられております」
「環境汚染。どうしてそんなことが起こるのかしら」
「そもそも環境汚染の起こる理由ってなんでしょう?」
「自然の自己修復性が、自然破壊に追いつかなくなるのよ。たとえば一定の植物の繁殖スピードがあったとしても、それで追いつけないほどの過剰な伐採をしてしまうとか。まあこれはよくある例らしいわね」
「へえ。工業排水とかいうやつもそうですか?」
「あなた、よくわからないで記事を書いたのね。そうよ、工業排水もそうだし、生活排水だって原因の一部になるわ」
「なるほどなるほど、わかりました。原因のひとつが思い浮かびましたよ」
「えっ、本当かしら」
「まあ、次の新聞を楽しみにしていてください」
「あなたたちは環境汚染のことを一度でも考えたことがありますか?」
「おやこれは射命丸さん、なんですか藪から棒に」
「科学の進歩も良いことだとは思います。ですが、ちゃんと自然のことも考えていますか?」
「ははは、こいつは参ったな。まあ確かにわたしたち河童は科学の進歩を第一に考えがちですが、いやなに、ちゃんと環境汚染のことも考慮していますよ。外の世界じゃあ大変らしいですからね」
「えっ、本当? おかしいな、絶対河童が原因だと思っていたのに」
「いったいどうしたって言うんですかい?」
「あなたには関係のない話ですよ。……そうだ、そんなことよりお願いがあるのですが」
「なんですかな」
その日、幻想郷中にあふれんばかりの新聞がばらまかれた。その記事は「運命詐欺、偽りの環境汚染!」という題である。この記事は多くの天狗たちにより幻想郷のすみずみまで行き渡ることになった。どのくらいの量なのかと言えば、幻想郷に住まうすべての者に最低でも二刊程は行き届くであろう量である。天狗たちはこの記事が大量の読者によまれることだろうと予想したのだ。大衆とはいつでも悪意ある噂を好むものである。
閑話休題。
二つ目の新聞が発刊されたのと同日。一つ目の新聞とは別の日――。河童たちの集落でひとつの事件が起こった。大量の、作りかけの森林伐採機が破壊されたのである。新聞のさらなる大量発刊のために作られようとしていた機械であった。
破壊したのは八雲紫である。彼女は眼をギラつかせて新聞をくしゃくしゃに丸めた。天狗にはおしおきが必要なようであった。
環境汚染 了
・遠出(スタート)
紅魔館を出る。パチュリーは歩きだした。目指す先ははるか遠く。いつもならば飛ぶ距離である。だが今日は歩くことにしている。レミリアと話をしたからだ。環境汚染の話。そんなことが起こるのだろうか。起こるかもしれない。起こらないかもしれない。だが環境汚染とはゆっくりと進行するもの。なので今はまだ考えない。自然のことよりまずは身体のこと。汚染と聞いて病気という言葉が思い浮かんだ。環境汚染、身体の病気。外の世界の環境汚染の知識をそのまま己の身体に置き換えてゾッする。たまには運動しなくてはならない。歩く。ただそれだけ。だが多少の運動にはなる。今日はいい天気である。雲ひとつない。快晴。今は早朝。気持ちのいい朝だ。身体をなでゆく風が心地よい。ウーンとのびをする。これもまたいい気持ち。魔理沙だったら平和だなとぼやくかも。歩く、歩く。ひたすら歩く。飛びたいなと思う。飛ぶのは楽だ。こんないい天気のなかを飛べばどんなにか気持ちのいいことだろう。……普段ならそんなこと思ってもみないな。きっと柔らかな朝の陽光と心地よい風のせい。たまには外に出るのもいいものなのかもしれない。ともあれ今は飛ばない。歩くのである。ひたすらに歩く。運動不足の解消。ひいては喘息寮治。もちろんこれ一度で治るとは思ってもいない。それに続くとも思ってもいない。気分転換にでもなればいいか、その程度。はてさて脹脛が突っ張ってきた。歩くたびに余計な力がはいる。それと多少の息切れ。立ち止まる。脹脛を丁寧に揉む。深呼吸をする。おやこれもなかなか気持ちがいい。空を見上げる。陽光がまぶしい。つい片手で光を遮る。雲ひとつない上空を誰かが飛んでいる。天狗だ。レミリアの言伝をつたえねば。だが急いでいるわけでもなし、結局歩き出す。天狗はどうせ目的地でおしゃべりをするに決まっている。もう一度深呼吸。歩く、歩く。ひたすら歩く。もうどれくらい経っただろう。こんなに歩いたのは久し振りである。振り返ってみようか。いやよそう。歩く、歩く。ひたすら歩く。今日はいい天気でよかった。雨なんて降っていたら目も当てられない。おっとゴミが落ちているではないか。ゴミを拾い、くしゃくしゃに丸めて脇に抱える。ふと、上空をまた何者かが飛んでゆく。ハッとして空を仰ぐ。見たことのない妖怪。しょげかえっているように見える。妖怪が見えなくなる。歩きだす。歩く、歩く。ひたすら歩く。気がつくと太陽が真上を位置している。もうお昼を過ぎている。立ち止まって腕を組む。呼吸を整えながら振り返る。もう四分の三は進んだというところだろう。あと少し。右の足の裏が痛む。水ぶくれが踵にできている気がする。右足で地を踏みしめるたびに痛む。右足の踵をつけないようにして歩く。疲れる。それでも歩く。あとすこし。ハァハァという息切れ。苦しい。けれどあとちょっとなのだ。ここで負けるわけにはいかない。この長旅をすべて歩き通して終わらせてみせるのだ。あと少し、あと少し。ハァハァ。ハァハァという荒い息。たまにゼェゼェと代わる。喉の奥がヒュウと唸る。思わず咳をする。喘息。身体に負担をかけたから。けれどあと少し、あと少しなのだ。ハァハァゼェゼェ。ハァハァゼェゼェ。ゲホッゴホッ。歩く、歩く。ひたすら歩く。歩くのだ。歩く、歩く……。
「おや、これはパチュリーさん。どうです新聞でも」
「結構よ。それよりちょっと休ませて」
「まあそんなこと言わずに。『運命詐欺、偽りの環境汚染!』っていう題目です。ここの館の主さんが主役なんですがね」
「ああそうだった。レミィから言伝よ」
「はて、なんでしょう。謝るつもりなんでしょうか」
「なんでも、『もう一度八雲紫と会いなさい。話が進展するわ』だとか。意味がわからないわ」
「えっ。なんでわたしが紫さんと会ったということを知っているんでしょう。それに『話の進展』ってなんでしょうか。まさか環境汚染問題の真相は紫さんが握っているんじゃ……」
「そんなこと知らないわ」
「そうとわかればこうしちゃいられません。行って参ります」
「行ってらっしゃい」
「ああ疲れた」
と射命丸を見送った後パチュリーは言った。
「お出かけですか?」
と美鈴は聞く。
「いいえ、もう帰るわ」
パチュリーのその答えに、門番は首をひねった。
遠出 了
・運命(結果)
従者を従えて博麗神社へとたどり着いたレミリアは、先客の存在を知ると顔をしかめた。縁側で霊夢と他愛のない時間を過ごす……そんな期待を膨らませながら、わざわざ苦手な昼間の時間にやってきたのである。
「おや、ちっちゃなお客さんが来たみたいだぜ」
先客は魔理沙であった。
「来てやったわよ、霊夢」
レミリアは魔理沙のことを一瞥さえせずに、そう言った。レミリアの背後に控えた従者が、主人に悟られないよう魔理沙に頭を下げる。魔理沙は大げさに肩をすくめてみせた。
「別に来てくれと頼んだわけでもないんだけどね」
霊夢は苦笑しながらそう答えた。
レミリアはその応答に満足したかのようにフフンと得意げな顔をして縁側に腰かける。それから、半壊している神社を肩越しに見た。
「また異変なの?」
「ええ。こらしめてやったら逃げ帰ったわ」
霊夢は立ち上がると、レミリアの茶を淹れるために台所へ向かった。
「まったく。この幻想郷で霊夢に挑もうなんて馬鹿なやつがいたものね」
そうよね、咲夜? レミリアはそう続けて従者を見た。従者はまったくもってその通りです、と言って頷いてみせる。
「おっと、そのうちのひとりがなにを言っているんだ?」
魔理沙が笑いながら言う。
「やられてやっただけよ。わたしの能力にかかれば負けることなんてまずないわ」
「ハッ、運命を操るのか? そんな力があるのに負けるなんて高が知れてるな」
「なによ、喧嘩売ってるつもりなの? わたしの能力は完璧なのよ。
魔理沙とレミリアの両者は縁側から立ち上がった。剣呑な雰囲気になったが、悪魔の従者は無表情だった。
湯のみを持った霊夢が戻ってきた。
「ちょっと、喧嘩なら他でやってよね。これ以上壊されるのはごめんだわ」
霊夢は湯のみを縁側に置くと、ふたりを止めようとした。近くにいたレミリアの肩を掴んで己のほうへと向かせる……。
そのときである。
上空から何かが尋常でない速度で降ってきたのである。
隕石のように降ってきた「何か」は魔理沙に追突した。魔理沙は苦しそうな呻き声をあげると手を前に突き出し、前方に向って倒れる。突き出した手の先にはレミリアがいた。レミリアは魔理沙の手に押され、わッと驚きの声をあげると己の肩を掴んでいた霊夢に向かって倒れこんでしまった。霊夢はレミリアのちいさな身体を抱きとめる。
突然の出来事に、霊夢は声も出せずにいた。魔理沙と、そのすぐ傍にはカメラを持った天狗が目を回して倒れている。いったいなにが起こったのか。呆然としていると、咲夜が魔理沙のもとに駆け寄って安否を確かめた。霊夢には強い衝撃であったように見えたが、怪我はなかったようである。運が良かったのだろうか。
あまりの突発的な出来事に、レミリアは霊夢に抱きついたまま身動きができないように見えた。すくなくとも、霊夢にはそうであるように見えた。もう長いこと抱きついたままなのである。
だが、偶然にも霊夢に抱きつく形となったレミリアは、霊夢の胸に顔をうずめたままニヤリとほくそ笑んだ。それから、すうと深呼吸をするように霊夢の匂いを吸いこみ、うずめた顔をぐりぐりと押し付ける。幸せそうに破顔した。
はじめから、すべてがそういうことだったのである。
了
我らの・・・は面白いと思っていたので幻想入りはとても残念ですが、くつしたさんが去らないならこれからも読者でいたいと思います。
応援してます。
縦枠要らない
作品として意図した仕込みとしても、読み難さという点を補える程のものではなかったかな
逆に言えば、補えるような文(中身)と工夫なら
誰もが一度は考えるが、意外とネタにされていない。
その点を大きく評価します
いろいろ工夫されてるようですが、それによる効果より読みづらいという感想のほうが先にきます。
「風が吹けば桶屋が儲かる」の諺みたいに、風が吹けば砂が舞う。砂が舞ったら盲目の人が増え、三味線つくるに猫が狩られて鼠が増える。そしたら鼠が桶を齧って、桶が買われて桶屋が儲かるのように、まさにドミノ倒しのように最初から最後まで止まらず因果が連鎖するのが醍醐味かと。
この作品はあえていうなら、最後のドミノが倒れなくて指でそのドミノを倒さないと駄目だったような残念感が読後にありました。コンセプトや話の流れは面白かったですし、むしろ普通に投稿した方がよかったかなと思いました。
もひとり誰かいるってこと?カリカリなにやってんの?