4. ~Born to be free~
誰にとっても信じがたい『能力』を持って生まれたため、私の存在は『幻想』となった。
そんなあやふやな私を受け入れてくれたのは、私以上に幻想度の高い存在……つまり、500年を生きた吸血鬼だけだった。
その誇り高き種族たる彼女は、今、老朽の甚だしい神社の縁側で、ゆっくりと緑茶をすすっている。
今まで誰にも見せたことがないような、実に満ち足りた表情を浮かべながら。
(へぇ。こんな顔も、できたんだな)
意外であると同時に、嬉しいことだとも思う。
少し前まで、お嬢様は常に神経質な言動ばかりを繰り返していた。
いつでも目を逆八の字に吊り上げていて、つまらないことで怒鳴り、周囲に当たり散らし、そして一通り暴れると、部屋にこもってぐったりと横になってしまう。
そしてパチュリー様を呼びつけては、「夢と夢を繋ぐ」などという謎の魔法に没頭する日々。
しかし、その実験がお嬢様の機嫌を回復させてくれるのかと言えばそんなことはなく、むしろ結果は失敗続きだったようで、起き抜けには毎度、私とパチュリー様に向かってグチグチと恨み言をこぼす始末。
せっかく淹れたお目覚めの紅茶を、カップごと窓の外にブン投げられたことも2度や3度ではない。
当主がそんな調子だから、館内の空気は常に重苦しかった。
妖精メイドの誰もが、そしてお嬢様の一番の理解者を自認していた私でさえも、そのお世話に疲れ果てていた。
それが、とある夜を境に……具体的に言えば、横暴な紅白および泥棒の白黒に『退治』された時から。
世界は、生まれ変わった。
傷つき、時計塔の上から墜落する影。
永い永い激闘の末、ついにお嬢様は敗れたのだ。
私もまた酷く傷ついてはいたものの、主人の身より自分の身を可愛がっているようでは瀟洒な従者とは言えない。
咄嗟に『能力』を発動し、あわや地面に激突!する寸前に、小さな小さな体躯をそっと受け止める。
とても軽かった。
けれど、やたら熱っぽい感触が掌に伝わってきたことを覚えている。
『ねぇ咲夜』
お召し物にところどころ開いた裂け目より、興奮に上気した色の肌が覗いている。
『この世に生きること……己を己として保持し続けることって、とっても疲れることだわ』
弱々しい声だった。
だけど、そこには決して悲観的な響きは含まれていなかった。
ところが、急に、
『今まで苦労をかけたわね。あなたほど優秀な人間が忠誠を誓ってくれたことは、私にとって大きな喜びだったわ』
なんて柄にもないことを言いだしたので、一瞬、心臓が止まりそうになる。
お嬢様、傷は浅いです!
どうかしっかりなさって下さい!
『あん? しっかりするのは当たり前だろ、これからが面白いんだから!』
え?
『今日は、私にとって第二の誕生日なの!』
空が白む。
夏の夜明けが近い。
……そしてお嬢様は、まるで朝顔の花が開くように笑ったのだった。
『たぶん、お前たちにとってもね!』
「ねぇ、咲夜……さーくーやっ! ってば!」
耳元で思いっきり名を呼ばれ、私は慌てて回想を中断する。
「はっ。あ、ああ、お嬢様。いかがなされました?」
「いかがなされましたぁ?じゃないよ。さっきから何度も呼んでるのに、何をボケッとしてたんだ。まさか、その年で認知症のケがあるとか?」
「滅相もない。リンチ・ショーなら得意中の得意ですけれど」
「やだ恐い。ナイフみたいに尖っては触るもの皆傷つける年頃なんだね、お前は」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ! そんなことより、ほら、アレ出してよアレ」
お嬢様が私へ何がしかの指示を下す場合、具体的な表現を用いてくれることはまず無い。
アレとかソレとか、抽象的な代名詞ばかりを一方的に押し付けてくる。
その内容を的確に洞察する思考力こそ、紅魔館のメイド長にとって最も重要な武器である。
「はい、アレでございますね」
そして私は、簡単な手品を披露する。
つまり、軽くパチンと指を鳴らせば、縁側の床板の上……お嬢様の傍らには、焼き立て(のまま時を止めておいた)クランベリー・パイが3皿ほど並べられているという寸法である。
「うむ、上出来上出来」
お嬢様が持っていた厚手の湯飲みも、すでにリチャードジノリのティーカップに取り替え済みだ。
もちろん、その中は温めの紅茶で満たされている。
「でも、残念ですわ」
「何がさ?」
「せっかく、お嬢様のご厚情に従って3人分のパイを焼きましたのに。あの落ち着き知らずな若造どもときたら、賞味前にサッサと出かけてしまいました」
今頃、彼女たちは一生分の冷や汗を流しているに違いない。
いくら『異変』解決のプロフェッショナルとは言え、流石に妹様が相手では……いささかの同情を禁じえない。
「おやぁ? 誰があいつらに食わせてやるなんて言ったんだい?」
お嬢様が、悪戯っぽく私に笑いかける。
……どういうことだ?
「へぇ、それが約束のお菓子ね。噂に聞いていた通り、とってもおいしそうだわ」
私の背後に、突如として何者かの気配が生じた。
私は反射的に振り返ってナイフを構え、『そいつ』の鼻先へ突きつける。
「んんん?」
いつの間にか現れた『そいつ』は、きょとんとした表情で私を見つめている。
黒い帽子と白い髪、丸くて大きな瞳を持つ少女である。
背丈はお嬢様と同じくらいか。
顔つきは、人間で言うならまだ十代半ば程度のあどけなさを残している。
肩から紐で吊るした丸くて青っぽい物体は、いったい何だろう?
ポーチ?
最近の子が持つ小物のセンスは、グロテスクすぎて付いていけな……いやいや、そんなことはどうでもいい。
何者かは知らないが、知らず知らずのうちにこんなに近くまで接近を許してしまうとは。
この私としたことが、不覚!
「ねぇ吸血鬼さん。もしかして私、ケンカ売られてる?」
「買いたきゃ買ってもいいよ」
お嬢様は、ぶっきらぼうに答えた。
「面倒だなぁ」
「じゃ、やめときな。代わりに、優雅なティータイムを楽しもうじゃないか」
「うん」
そして『そいつ』は、私の目の前から消えた。
「ほら咲夜。物騒なモノは仕舞って、もうひとつ紅茶の準備を」
振り向くと、お嬢様の隣にはすでに『そいつ』が腰掛けていた。
「な……」
「地上の夏は、蒸し暑すぎる。喉が渇いて、しょうがないわ」
まさか、私と同じ『能力』を持っているのだろうか?
脊髄に氷河が流れるような感覚に襲われる。
しかし一方で、相手から敵意や悪意の類は全く感じられないのも確かである。
と言うか、この平坦な表情としゃべり方からは、喜怒哀楽のうち如何なる感情も一切伝わってこない。
本当に、何者なんだろう。
「咲夜! また痴呆の発作が出ているよ!」
う、叱られてしまった。
事態は依然として飲み込めないが、一応、客としてもてなすしかないようだ。
「お砂糖は、いくつ?」
瀟洒に、瀟洒に。
あらかじめ客の来訪を教えてくれなかったお嬢様に、内心いささかの不満を覚えながら。
声の震えを押し殺して、聞く。
すると『そいつ』は、悪びれもせずに、
「5グラムぴったり」
ちくしょう難しい注文を返してきた。
……目分量で角砂糖を放り込み、『そいつ』に差し出す。
「4.7グラムしか入ってない。渋い。」
うわ。
一口飲んだだけで、文句を言いやがった。
そこで、
「あら。甘いお菓子には、少しぐらい渋いお茶の方が合うのですよ?」
瀟洒に反撃する。
すると『そいつ』は、横目でお嬢様を見やった。
お嬢様は、いかにも大儀そうに、首を縦に振る。
「言い忘れていたけどね、咲夜」
やっと、お嬢様はこの珍客を紹介してくれる気になったらしい。
「この子の名はコイシジ・コメイ」
「古明地・こいし」
特に怒るでもなく、相変わらず淡々と間違いを正すこいし女史。
「細けぇこたぁいいんだよ!」
お嬢様もまた江戸っ子モードを発動させ、自らのミスを全く気に留めることがない。
色んな意味で、流石だ。
「あは。面白いひとね」
お。
こいし女史が、やっと頬の筋肉を微動させた。
「貴方ほどではないわ」
お嬢様も、控えめに微笑む。
「私ゃそれなりに長生きしてるけど、貴方みたいな妖怪は始めてだわ。その『能力』は極めてユニーク、使い方さえ間違えなければ……無敵よ」
「うん。厳正なる閻魔様の目さえ、私は欺くことができる。もし、あの人間が死後に裁きの場に立たされたとしても」
「浄玻璃の鏡とやらに、貴方の存在が映ることはないでしょうね。だって、彼の意識の上に私たちは存在していないんだもの」
お嬢様の紅い瞳に、一瞬だけ翳りが落ちる。
が、私がお嬢様のカップにお代わりを注いでいる間に、その笑みは元の柔和さを取り戻していた。
「さあ、遠慮なく飲みねぇ食いねぇ。これが、今回の完全犯罪を手伝ってくれたお礼だよ」
「じゃ、ありがたくいただくね」
小さな唇が、小さく切り分けられたパイを挟み込む。
さくり。
香ばしい生地を噛む音が、ささやかに漏れる。
「ん……!」
こいしの目が、大きく見開かれる。
「どうよ、約束通りの味でしょう?」
さくさく。
さくさく。
ほんのりと頬を桜色に染め、こいしは急ピッチで自分の分を平らげた。
「すごく、おいしい」
私はすかさず、スカートの裾を持ち上げて会釈する。
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
「これ、貴方が作ったの?」
「はい」
「ねぇ吸血鬼さん! この人、私にちょうだい!」
「ダメー」
お嬢様は胸の前で両手を交差させ、拒否の意匠を形作った。
「こいつは私だけのモノなの。よって、譲渡どころか短期間のレンタルすら禁止。悪いね」
「ちぇっ。おうちでも毎日、お菓子作ってもらおうと思ったのにぃ」
唇を尖らせ、露骨に不満そうな顔を見せるこいし。
あれ?
なんだか今、青いポーチ(っぽいもの)が大きく震えたように見えたけど。
お嬢様は、なおも優しい微笑を絶やさない。
「ねぇ、コイシ」
「なによ」
「生きてて、楽しい?」
「え? えーと……あんまり」
「辛い?」
「別に」
「そう。でも、おいしいものを食べるのは好きなんでしょ?」
「嫌いじゃ、ない」
「どうして、咲夜を欲しがったの?」
「おいしいものを、おうちでも食べたくて……」
「おいしいものを食べる時の気持ちを、貴方を待つ者たちと分かち合いたかったから。違うかしら?」
こいしは黙ったまま、しばしお嬢様を見つめた。
「貴方はフラフラした妖怪だけど、心の片隅には、そういう想いが僅かながら消えずに残っているんじゃないの?」
「……分かんない。私は、旧都の連中とも、動物たちとも、お姉ちゃんとも違うから」
搾り出すような返答。
「分かんなくてもいい。でも、これだけは覚えておいて」
お嬢様の掌が、こいしの手の甲の上に重なる。
「ひたすらに、どこまでも己のみ。ただ単体で存在し得る者など、この世には皆無よ。誰かが貴方を『いる』と認識し、貴方の存在を祝福しているからこそ、貴方は貴方の存在を維持できているの」
「……ごめん。言ってることが、難しすぎて理解できない」
「今、困っている?」
「うん」
「そう! 貴方はおいしいものを楽しむことも、欲しいものを手に入れられずに悔しがることも、忘れたものを思い出せずに困惑することもできる。立派だわ」
こいしはお嬢様の手を跳ね除けると、よろめきながら立ち上がった。
「なんか、胸、苦しい。ざわざわする」
「あらあら、それは大変」
「洋菓子、ごちそうさま」
「帰るの?」
「ううん。また、彷徨うの。今、じっとしていたくない気分だから」
「またいつでも、紅魔館へ遊びにおいで」
「気が向いたら、ね」
「予言しておくわ。この私に出会った以上、貴方の『運命』は大きく変わることになる。近いうちにね」
「ふうん」
「実を言えばね、それこそが本当のお礼。私が貴方たちに贈ることの出来る、最高のプレゼントさ」
「あ、そう」
そっけない返事。
だが、その顔つきは初見とはうって変わり、不安と期待の入り混じった色が浮かんでいる。
「さよなら、面白いけど怖い人。妹さんにも、優しくね」
「さよなら、意識の狭間の旅人。お姉さんを、大事にしなよ」
短い挨拶が終わる。
私が瞬き、再び目を開けた時には、こいしの姿は完全にかき消えていた。
この瞬間移動の魔術には、どんなタネがあるのか。
私は、身悶えしたくなるほど激しい興味に駆られる。
だが、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お嬢様は、済ました顔で菓子を口に運び続けている。
「あの、お嬢さ……」
「館の周りを散歩してたら、ばったり出会った。単細胞妖精が蛙を凍らせて遊ぶ様を、ぼんやりと眺めていた」
「それで、お友達になろうと?」
「ああ。ついでに、ちょっとした悪戯に付き合ってもらったんだ。紅魔館の誇る名物デザートをエサにして、ね」
「あの方は、一体どこの誰なのです? お嬢様のお心に適ったのは、どのような『能力』で?」
「いちいちうるさいねぇ。言わずとも、そのうち分かるさ。熱湯が沸きあがる冬になれば、全てが」
そして訪れる静寂。
ああ、お嬢様はいつだってこうだ。
口にするのは判じ物めいたトンチンカンな言葉ばかりで、肝心なことは何もおっしゃってくれない。
けれど……
「誤解しないで欲しいんだけどさ」
皿がふたつ、空になった。
ただひとつ残されたパイに、お嬢様は勢い良くフォークを突き立てた。
その先端はパイを突き破って皿に衝突し、大きな音を鳴らす。
私は思わず、姿勢を正した。
「何もかも『見える』ってのは、割とつまんないもんだよ? 閉塞した未来ばかりが浮かぶと、尚更ね」
「存じております」
そう答えると、お嬢様はまだ仄かな湯気を立てているパイに、軽く口付けした。
私は、知っている。
畏怖すべき『能力』を持つがために、お嬢様はずっと、深き絶望の深淵を見つめ続けてきた。
だからこそ、お嬢様は自らと同様の存在に対し、とても優しい。
平時に見せ付けている『貴族たるもの、傲慢でナンボ!』というポーズは、一種の照れ隠しだ。
他の誰が誤解しようと、私だけは、お嬢様を信じている。
だって、孤独に耐えられず自暴自棄に陥っていた私を、いったいお嬢様以外の誰が救い得たであろうか。
「この先、いったいどんな『運命』が待ち構えているか。せめて、お前には……いや、できれば私を含めて、この哀しい箱庭でしか生きられない全ての者に、私はドキドキとワクワクを与えたい。面白おかしく、楽しく賑やかに生きてもらいたいんだよ。『外』で蒙った損失を、めいめい取り返して尚お釣りが来るぐらいにさ」
お嬢様は、フォークの向く方向を180度くるりと変えた。
「ここを創った賢者どもは、どうも『外』から忘れ去られることを積極的に肯定したいみたいだねぇ」
お嬢様は、先ほどこいしに向けていたのとはまるで趣きの違う、まさに悪魔の如き嗤いを、顔に張り付かせた。
「中途半端な干渉により、本来あるべき姿を揺るがされることを恐れて、静寂の檻に閉じこもることを選んだのさ。ふん! 確かに、ただ生き延びるだけならそれは最上の策だろうさ! ああ、ああ、動く気力を失った年寄りは卑屈でいけないねぇ!」
お嬢様は立ち上がる。
そしてパイの刺さったフォークの先を、私の顔に向けて突き出した。
「全てを漆黒の内に飲み込む夜の闇。それに対する畏敬こそが、私を強きモノとして形作った。同時に、闇に打ち勝とうとする祈りと野心が、私に数々の弱点を与えた。世界に残る吸血鬼という『幻想』とは、そうした恐怖と勇気が、想像力と絡み合うことで出来上がったものだ。私たちの『運命』は、誰かが『幻』を『想う』ことで初めて紡がれる」
そこまで喋ると、お嬢様はいったん言葉を切った。
私は軽く頭を下げ、差し出されたパイにかぶりつく。
隠し味として生地に混ぜた『希少品』の味に舌を刺激され、軽い眩暈を覚える。
「そう、私たちはかつて、いくつもの豊かな『物語』の中に遊んでいた。それが今や、儚い結界に守られた空間の中で、ただただ静かに、行き止まりの壁を見上げてぼんやりうずくまっているだけ。そんなの……つまんないよねぇ?」
私は黙ったまま、力強く首肯した。
「それを打ち破る手段が、スペルカードルール。美しき思念を武器とする決闘。弾幕と弾幕をぶつけあうことで、新しい『物語』の可能性が生まれる」
「いかにも、もぐもぐ、万事に無駄の多いお嬢様らしいアイデアですわ。実に、くちゃくちゃ、酔狂なアイデアですこと」
「口に食べ物を含んだまま喋るな、はしたなくてよ」
褒めたつもりだったが、お嬢様は少しだけ嫌そうな顔をした。
「失礼をば、ごっくん」
「……とまれ、直接『運命』に手を下したのは私ではない。私だけでは、今回の壁は打ち破れなかったんだ」
「え?」
「私はただ、どっかの物好きに見せてやっただけさ。孤独と寂寥に凍える、多くの『幻想』たちの姿をね!」
再びフラッシュバックする、ふたつの言葉。
『今日は、私にとって第二の誕生日なの!』
『たぶん、お前たちにとってもね!』
そして、あの夜の直前まで繰り返されていた、「夢と夢を繋ぐ魔法」。
なるほど。
私にも段々、お嬢様の真意が見えてきた。
「彼は、見事にやってくれたよ。ひとつの強固で魅力的な『物語』を作り、それを世間に認めさせた。彼は今後も、折に触れて意識の水面下から魅惑的な『幻想』を思い出し……そして素晴らしい『物語』を、『運命』を紡いでくれるはず!」
「今の馬鹿馬鹿しい幻想郷の姿は、お嬢様と、そのモノズキさんとの合作なのですね」
「そう。お互いの望む理想が、融合した結果なの」
お嬢様が、ふと視線を上空に向ける。
釣られて顔を上げると、燃え盛る夕陽を背景にしてふたつの点がこちらに向かっているのが見えた。
「もはや、私たちの実在を信じる『外』の人間はいない。けれど、せめて。時々でいいから、私たちを思い出すぐらいの甲斐性は持っていてもらいたいもんだ」
遠くの点は少しずつ大きくなり、やがて見知った輪郭が現れ始める。
言うまでもなく、巫女と魔女だ。
思わず、ほほう、と感嘆が漏れる。
妹様と遊んで、五体満足に帰ってくるとは。
世の中には、おかしな人間もいるものだ。
「お嬢様は」
脆く矮小な人間と、不死身にして全てを破壊する吸血鬼。
今回のお遊戯の結果は、果たしてどちらの勝利となったのか。
「私にも、『物語』を盛り上げる役目をお望みで?」
……言うまでもない。
ここでは、非常識が常識だ。
その内容がありえないものだからこそ、『物語』は面白くなる。
「勿論。どうせやるなら、主役を目指そうよ」
「私ごときに……務まるものでしょうか?」
「自信をお持ちなさい。誰だって、自分の『運命』においては自分が主役よ。そう在ることを諦めない限りは、ね」
「……はい」
「季節が巡り冬が終わる頃になれば、一段と面倒な仕事がお前を待っているだろう。その次の季節も、そのまた次の季節も、とっても忙しくて、愉しいものになるよ!」
「おやおや、休憩時間すら与えていただけないなんて。困りますねぇ」
もちろん本心から出た言葉ではない。
私の心臓は、次第に鼓動を早めている。
主君の退屈も憂鬱もまとめて吹きとばす、道化にしてナイトにしてメイド。
それが、私の『運命』だ。
お嬢様が私の居場所を創ってくれたように、今度は私がお嬢様のお力になる番なのだ。
「さあ十六夜咲夜、ここが思案のしどころだよ? 変わることは、恐いかい? 誰かを想い、誰かに想われることは、迷惑かい?」
「私ってば、ナイフみたいに尖っている年頃ですからね。正直言って、少し」
悪魔の狗にふさわしく、私もできうる限り禍々しく唇の端を持ち上げる。
「でも、誰にも握られぬまま放置された刃物は錆びるだけ。それなら、ワガママな悪魔に付き合っていた方がいくらもマシですわ」
「よし!」
お嬢様は境内に駆け出し、すぐそこまで近づいている凱旋者たちに向けて手を振った。
巫女は、「あんたら、まだ居たの?」とでも言いたげな迷惑顔を見せた。
魔女は、得意満面の笑顔で手を振り返した。
彼女たちを見上げたまま、お嬢様は、つぶやく。
「全ては、『幻想』の明日を取り戻すために」
「かしこまりました」
「さぁ、せいぜい働いてちょうだい十六夜咲夜。気高きデーモンロードの傍には、完全で瀟洒な従者が付き物なのだから」
御心のままに、我が愛しの吸血鬼よ。
まずはとっておきのワインで、英雄たちを労いましょう。
「ああ、見える。見えるよ咲夜。凍結していた多くの『運命』たちが、未来へ向けて少しずつ動き出す……」
5. ~僕達は、待っていたんだ~
それは例えば、冥く広大な庭園で。
「また……ここにいらっしゃったのですか」
「うん。またまた来ちゃった」
「お嬢様は、この古木が一等お好きでいらっしゃいますね」
「ん? いいえ、特別に好きというわけではないんだけど……まあ他に比べて気になる存在なのは確かね」
「花実をつけることが無いから、ですか?」
「当たらないうえに近からず、ね」
「では、この禍々しい瘴気に何か感じ入るものがある……と?」
「そんなところかしら。華々しく咲くことを禁じられ、ただ呻くように死を撒き散らすことしかできない哀れな姿に……私は、惹かれてるの」
「……むう。お嬢様のセンスは、よく分かりません」
「んもう、情緒不足ねぇ。何年経っても未熟なままなんだから」
「はぁ、なんとも申し訳ないです」
「そんな貴方に、修行を兼ねて風流な仕事を頼みたいのだけど」
「なんなりと」
「春を、集めてきてくれないかしら?」
「みょん!?」
それは例えば、幻と現実の狭間にある屋敷で。
「さ、上がって上がって」
「うぃーす、お邪魔するよ」
「まさか、生きている間に再び貴方に会えるとは思わなかったわ」
「私も、またここに帰ってくるとは思わなかったよ」
「どういう心境の変化? 貴方はもう、人間を見限ったのではなくて?」
「んー……自分でもよく分かんないや。でも、何かね。ずっと面白くないことばかり続いていたし、そろそろ好い事もあるんじゃないかって」
「あら。鬼のくせに、真面目な顔で来年の運勢を語るのね」
「モダンだろ?」
「堕落、の間違いじゃないの?」
「失敬な!」
「まあまあ。久しぶりの再開を祝して、乾杯といきましょう」
「んむ。よそ様の酒は久しぶりだよ」
「貴方のカンは当たっているのか、外れているのか。私の守ってきた地がどのように変わり、そしてどのように変わらなかったか。うふふ、貴方の感想を聞くのが楽しみだわ」
「……その胡散臭い口ぶり、なんとかならんもんかね」
「モダンでしょ?」
「黙れ」
それは例えば、時間の錆を寄せ付けぬ竹林の奥で。
「で、例の計画はどうなってるのよ?」
「実行まで秒読みだよ。あの師匠のことだ、やると言ったら必ずやる。失敗はない」
「へぇ。同じ月の住民同士、信頼し合っているんだねぇ」
「そんなことない。どうせ私なんて、師匠にとっては都合よく動かせる手駒のひとつでしかないよ」
「なにそれ。いくら脱走兎だからって、卑下はよくないよ」
「卑下じゃなくて、事実。偉大なる月の頭脳から見れば、兎なんて所詮その程度の存在よ。玉兎にしろ、地上産にしろ」
「うわぁ、傷付くなぁ! ここの居住権を保障してやってるのは、いったい誰だと思ってるのかしら!」
「何言ってるのよ。あんただって、師匠の作る薬を人里に持っていって荒稼ぎしているくせに。どっちもどっち、互いに利用しあう間柄でしょ」
「ん……そ、それはまあ、それとして……で、結局、あんたとしてはどう思ってるのよ?」
「何が」
「永遠の密室に閉じこもるなんて、不健康すぎる計画だと思わないの? そんなことして、本当にあんたんところの師匠と姫様は幸せなのかしらねぇ」
「それは本人たちの問題よ。私ごときがどうこう口出しできる問題では……」
「初めて地上から月を見上げたとき、どう思った?」
「え?」
「ど・う・お・もっ・た?」
「なによ、藪から棒に」
「いいから答えて」
「……すごく、丸い。そう思った」
「それだけ? 他には?」
「大きくて、綺麗。そんなところかな」
「そう! 月はとっても綺麗なの! その光は眩くも妖しい! ゆえに兎たる者、ひとたび月光を浴びたならば跳ねずにはいられない! ぴょんぴょんぴょーん!」
「あ、こら。そんなに騒いだら、また師匠に叱られ……」
「ねぇ、知ってるかしら?」
「何を!」
「お月様を鑑賞する時ってのはね……一緒に見てくれる人が多ければ多いほど、綺麗に感じるものなのさ」
それは例えば、彼岸と此岸を結ぶ川の淵で。
「ほうほう。これはまた精が出ますねぇ、珍しく」
「うぉっとぉ! おーびっくりした、いやはや閻魔様がこんなところまで何の御用ですかい?」
「ちょっと、調査を……ね」
「調査ぁ?」
「最近、仕事の具合はどうですか?」
「はい、なんだか日を追うごとにじわじわと魂が増えていましてねぇ。ったく、サボるヒマもありゃあしませんよ」
「サボる? ヒマ?」
「あ……いいいいい、いやいやいや! そいつぁ言葉のアヤってやつでして、あたいといたしましては日々是精進月月火水木金金の精神でそりゃもうバリバリと……」
「ふむ。確かに魂の流入量が平素よりも多いように見えます。この調子だと、もう少しで『例の周期』に突入するわね」
「は?」
「しかし、なんだか……ここ数年、厄介事の発生密度が濃すぎるような気がしますが……まあ誤差の範囲でしょう。この私が管理する以上、必要以上の死者が出るような『異変』が起こるはずがないのです。多分、いや、きっと絶対!」
「あ、そうか! そろそろ六十年目なんですねぇ。しみじみ」
「やれやれ、今頃気づきましたか。良かったですねぇ、これからしばらくの間は残業手当が稼ぎ放題になりますよ?」
「うぇぇ!? そ、そんなっ! あたいとしては、逆に金で休み時間を買いたいぐら……きゃんっ!」
「ふふふふ。喋れない幽霊ばかりが相手の仕事には、そろそろ飽きが来ていた頃です。どれ、罪咎でベッタリ汚れた衆生の済度にいそしむとしますか!」
それは例えば、誰の記憶からも抜け落ちた社の中で。
「なあ、蛇女」
「何よ、蛙娘」
「ヒマだ」
「ええ、ヒマだわ」
「風祝以外の人間と会話できなくなって、何年経つかね」
「知らない」
「知っておけよ。136年と3ヶ月さ」
「よくもまあ、そんなつまんないことを覚えてるもんだね」
「そうやって無為な時を数えるぐらいしか、娯楽がないんだもの」
「んー。娯楽。娯楽、かあ……」
「あああああ、ヒマだよねえ」
「そうね、ヒマだわ」
「あんまりヒマすぎると、生きている実感が湧かない」
「ヒマすぎる世界では、生きている意味がないわ」
「じゃ、どうする? そろそろ、消えようか」
「そうね、いったん消えましょう」
「よし、決まりだ! じゃ、ちょっくら最後の現人神ちゃんに最後の挨拶をしてくるわ」
「まあ、お待ち。消えると言っても、この世を完全に見限ろうってわけじゃない」
「あ? 何、今度はどんな悪だくみを炸裂させるつもりよ?」
「悪だくみとは心外な。求めるべきはセカンドライフよ」
「セカンド……? なにそれ」
「生きる環境を一新しよう! って言ってるのさ」
それは例えば、地上を見下ろす遥か高き大地の上で。
「これはこれは総領娘様。ご機嫌麗しゅう」
「ふざけんな深海魚。この私のどこを見て、そんな言葉を吐いているのよ」
「はて」
「今、ご機嫌ななめの真っ最中なんですけど」
「それは失礼をば。よくよく考えれば、ご機嫌の真っ直ぐな総領娘様など見たことがありませんね」
「最低だな、お前」
「よく言われます。空気を読んだ言動を心がけているつもりなんですが」
「それでよく竜宮の使いが務まるわね。いっそ転職したらどう?」
「これはしたり。よもや総領娘様に身の振り方をアドバイスされるとは、これはよもや天変地異の前兆……」
「ぐぐぐ、人の己れを知らざることを患えず、人を知らざることを患うとはよく言ったもの! よろしい、ならば天災だ!」
「そ、総領娘様?」
「感謝しなさい、貴方の予感を現実のものに変えてあげる! あーもー、何もかもがムカつくわっ!」
「ああ、行ってしまわれた。はて、一体なにをそんなにイライラしているのやら」
それは例えば、日の光の決して届かぬ地の底で
「あい分かった! あんたの凄さはよく分かった! だからもう……」
「あっはははは! 何を言ってるのさ、私が得た神の力とは、まだまだこんなものではない!」
「だからって、これ以上ここの火を強めたりしたら! このことが、旧都のお偉方に知られでもしたら!」
「いいから、あんたは黙って見てな! 今の私なら、どんな妖怪にだって負ける気がしない。例え相手が鬼だろうと、一瞬で焼き尽くしてみせるわ!」
「しーっ! どこで誰が聞いてるか分からないんだ、冗談でもそんなこと言っちゃダメだよ!」
「ふん、地上を怖がって地底に逃げてきた臆病者どもに、これ以上デカい顔をさせるわけにはいかないね」
「ひとの話を聞けっ! いいかい、私たちペットには、ペットらしい慎ましやかな生き方ってものが……」
「そんな生き方は、もうすぐ過去のものとなる! この私が、全てを変えてやるのよ! 地上を焼き尽くして、そこを新しい地獄とする! 地上に、私たちの王国を創るんだ! あはははは! こんなムサい場所に押し込められ、ただひたすら蔑まれるだけの生活なんて! もう、こりごりなんだよ!」
「あ、あんた……」
「よく見ておきなさい。地味で惨めな地獄鴉は、すでに死んだ。今、あんたの前に立っているのは、ふふふ、地底の解放者だ。全ての動物と妖怪たちの上に君臨する女王様だ。いいかい、私のことをバカとか鳥頭とか言えるような奴は、もうすぐこの世にいなくなるのさ! 嬉しいねえ、くく、楽しいねえ! あはははは、あーはっはっはっはっはっ!」
それは例えば、中空に浮かぶ廃墟の一画で
「久しぶりですね、雲使いさん」
「ええ。わざわざのご足労、痛み入るわ」
「なぁに、チビどもと一緒に地べたを這いずり回るのにも飽き飽きしていたところでしてね。たまには高いところからの景色を眺めるのも一興さ」
「そりゃ重畳。で、早速なんだけど」
「何を探せばいい? 報酬は如何ほど?」
「……鼠って生き物は、せっかちすぎて困るわ」
「兵は神速を尊ぶ。古の賢将のセリフですよ、覚えておくといい」
「はいはい。とにかく、貴方を呼んだのは他でもない。私たちの悲願を成就させるために、どうしても必要なものがあって……」
「ほう。まさか、今度こそ姐さんを復活させると?」
「鼠って生き物は、察しが早くて助かるわ。うちの時代親父も、やる気満々みたいだし」
「ならば私も、ロッドに磨きをかけましょう。我ら妖怪の、輝かしい未来のために」
6. ~BE ON YOUR GUARD!~
広大な埋立地の上に聳え立つ、巨大な展覧会場。
都市文明の進歩が生んだその施設の一角で、私はじっと座っていた。
私だけではない。
自作のゲーム、あるいは自作の漫画やイラストや小説の本を携えた者たちが全国から集まり、この場を借りて己の「表現」を公衆に評価してもらうべく、テーブル上の限られたスペースに小さな店を展開している。
外では燦々たる太陽が地上に向けて膨大なカロリーを放出しており、その熱に暖められた不快な潮風が、時折どこかから吹き込んで私の頬を撫でていく。
うむ、気持ち悪すぎてかえって気持ちよくなるほどの真夏日だ。
早くも冷えたビールが恋しくなるが、このイベントが無事終了するまでは、じっと我慢我慢。
3年半ぶりの現役復帰だと言うのに、それを途中で放り出して帰ってしまったのでは、同人界における末代までの笑いものだ。
この机の上にズラリと並べたCD-ROMの在庫を、せめて半分ぐらいは減らしておきたい。
だだっ広い会場の中のどこを見ても、人の波が常時うねっている。
この調子だと、イベント期間中に不快指数が上がることはあっても減ることはあるまい。
年を追うごとに参加者が増えているという噂は聞いているが……むべなるかな。
だが、いくら業界の規模が肥大しようと、私の愛するジャンルは今のところそれに比例するだけの人気を獲得してはいない。
むしろ、一般市場におけるシェアと同様、縮小の一途を辿っているような気がする。
イベントにやって来る数万人のうち、私と同じ嗜好を持ち、さらに私の展示する作品に興味を示してくれる人は、ほんの一握りに過ぎない。
私が精魂を尽き果てるまで注ぎ込んで完成させた、このささやかなゲームにしたって、売れ行きはぼちぼちといったところだ。
中には、一応スペースを覗き込んでくれるものの、私の説明を聞いた途端に「なんだ、シューティングか」と言って去って行く人もいて……
まあ、引け目に感じることはないさ。
どうせ、もともと私個人の伊達と酔狂で始めたことだ。
「シューティング」という遊びのカタチが滅亡する時期を、たった1秒でも遅らせる手助けになれば。
それだけで、私は充分満足だ。
いやまあ、やるからには我がサークルの前に2時間待ちの長蛇列を作りたい!
とか。
何千何万という人にゲームを遊んでもらって、ゆくゆくはこの西館を、『我が子』たちが活躍する同人誌で溢れさせたい!
とか。
そういう夢っつーか野望も、全く無いわけでは無いんだけど……
ま、常識的に考えて無理だよねそんなの!
「すいません、これ見せてもらっていいですか?」
おっと、ひとり妄想をたくましくしている間に、新しい訪問者がやって来た。
苦労に次ぐ苦労、努力に告ぐ努力の産物を、購入に値するかどうか見極めてもらう審判の時だ。
この瞬間は、何度経験しても緊張してしまう。
「どうぞー。このゲームは、僕の後ろ向きな趣味が思いっきり前面に打ち出された内容で……」
「あ、あなたは!」
「んえ?」
目と目が合う。
どこかで見た顔だ。
しかし、瞬時には思い出せない。
「僕のこと、覚えてませんか? ほら、去年の大晦日に会った……」
「ああ! あそこの常連さんですか!」
記憶の照合が完了する。
果敢に「蜂」へと挑んで、惜しくも破れた彼だった。
あれから、もう二度と会うことはないだろうと思っていたのだが。
人の『運命』とは、分からないものである。
「いやー、びっくりですね」
「ええ、びっくりです」
「前々からゲームの上手な方だとは思ってましたが、まさか制作までこなしてしまうなんて」
「いえいえ、所詮は素人の仕事ですよ」
一応は謙遜してみたものの、実のところ、この作品には「素人だからこそできる可能性」が詰め込まれている。
社会の都合やニーズなんざどこ吹く風。
消え行く定めを負ったモノたちの、精一杯のレジスタンス。
私は、私が愛する世界を、好き勝手に創ってみた。
反骨心と遊び心は、表裏一体。
その心意気だけでも感じ取ってもらえたならば、幸甚の至りである。
「こういうイベントに来るのは、初めてですか?」
「はい」
「よく、こんなマイナーなサークルを探し当てましたね」
「いや、ここを見つけたのは全くの偶然なんですけど。ああ、なんだか『運命』みたいなものを感じるなあ!」
考えることは同じか。
ものすごい低確率のもと、こうして再開できたことを改めて嬉しく思う。
「あの店が閉店してから、なんだか心にぽっかり大きな穴が開いたような気がしていて。その後も色んなゲームを遊んでみたものの、どうもイマイチ満たされない」
「おめでとうございます。これで貴方も、立派なシューティング患者の仲間入りですね」
「ははは!」
彼は愉快そうに笑って、それから少し照れくさそうに言った。
「シューティングゲームって、麻薬みたいなもんですよね。本当に、楽しい」
「はい。いくらなんでも楽しすぎます」
「それで、あそこにいた時の興奮を思い出させてくれるような場所を探してフラフラするうち、ここに辿り着いてしまいまして」
「さてさて、それなら」
いよいよ『運命』というか、ひとつの『物語』めいてきた。
私は、こぼれる笑顔を禁じえない。
「このゲームが、一時なりとも貴方の心を熱くできるといいんですが。ンフフ」
常連氏は、積んであるCDケースを一枚手にとって、その裏面に視線を落とす。
そして、ほう、と小さな歓声を挙げた。
「1枚下さい!」
即決だ。
私は静かに頭を下げる。
「1000円ポッキリになります」
彼に購入を決意させたのは、きっと、我が会心のキャッチコピーの力だ。
私が目指したもの、それは……
『21世紀の20世紀延長型 弾幕シューティング』
願わくば、私の愛するモノたちを、貴方も愛してくれますように。
そして貴方の愛するモノを、みんなが愛してくれますように。
さあ、幕開けの時です。
おぞましくも美しい弾の幕を、私と一緒に開いて……
夢の続きを、覗いて見ましょう。
Congratulations! ENDING No.1
EXTRA ~大復活~
起床後、ふとした気まぐれから、霖之助は店内に散らばる品々の整理整頓を思い立った。
まずは固くなったパンを、昨晩の残りものである冷え切った豚汁にひたし、「これぞ和洋折衷の極み」などとひとり満足しながら簡素な朝食とする。
それから陳列棚のひとつの前に立ってみて……彼はすぐ、まさに今ここで起きている『異変』に気付いた。
(おや?)
前々からしばしば仕入れ(と言うより、拾って私物化し)続けてきた「とあるモノ」たちが、ごっそりと無くなっていたのだ。
他の商品はどれも無事なのに、その種に属するモノだけは、綺麗さっぱり消え去っている。
「ううむ」
霖之助は顎を人差し指で掻く。
考えられる可能性はふたつ。
ひとつは、商品自体が再び『外の世界』に舞い戻って行ったということ。
つまり……一度は忘れられたモノが、何らかの要因で再び多くの人の記憶に蘇るか、あるいは新たに脚光を浴びたがために、『幻想』の座に安穏としていられなくなったということだ。
だが、霖之助はそのアイデアをすぐに打ち消した。
『外』の人間は、幻想郷の人妖たち以上に薄情で飽きっぽい奴らばかりだ。
例えばこの店が取り扱っている「ケータイ」を見ろ、「パソコン」を見ろ。
半年も経たないうちに次々と新しい機種が生み出され、少しでも古くなったタイプは容赦無く虚実の結界を越えさせられる。
その法則を覆し、過去と現代を逆転させるなんて、あまりにも困難すぎる所業だ。
あの強大で万能な博麗の巫女だって、時代の流れにだけは打ち克つことはできない。
何者であろうと、老いて力が弱まれば世代交代を余儀なくされるのである。
まして変化と進歩ばかりを追求している『外の世界』に、そんな奇跡を起こせる者なんて、いるはずがない。
(もし、いるとしたら)
単なる人間の身でありながら、博麗の巫女すら越えるというなら。
そいつは神社の真の主となって、幻想郷の全てを支配することだってできてしまうだろう。
まったく、恐ろしい話である。
「くくく」
我ながら突飛で儚いことを思いつくものだ、と自嘲なんだか自尊なんだかよく分からない笑みを浮かべて、霖之助は己の指定席(すなわちカウンターの後ろ)にしっかりと腰を降ろした。
棚卸しの計画など、しょせんは気まぐれの砂上に建った楼閣に過ぎない。
ならば、それを崩すのもまた、気まぐれだ。
霖之助は『異変』の原因を、より身近なもうひとつの理由に求めることにした。
そして、「それ」が向こうから現場に戻って来る時を待とうと思った。
最近お気に入りの、『C言語』とやらについて書かれた本をテーブルの上に広げて、ひとつ大きなあくびをつく。
すると、その瞬間。
「いるか、香霖!」
「霖之助さん、いるかしら?」
白黒と紅白。
いつもふたりで一組の少女たちが、乱暴に玄関の戸を開けて上がりこんできた。
まさに彼女たちこそ、霖之助の考える元凶であった。
「ああ、いるとも。君たちを待ってたんだ。こんなに早く来てくれるとは思わなかったけどね」
「ん?」
「え?」
「さあ、白状してもらおうか。僕の大事な『ゲームソフト』、それも『弾幕系』に属するモノばかりを盗んでいったのは、どっちなんだ?」
霖之助の不機嫌な視線に突き刺され、少女たちは互いに顔を見合わせる。
「早く吐けよ。どっ・ち・な・ん・だ?」
さらに凄んでも、少女ふたりは首をかしげるばかりだ。
「言っている意味が分からないが、まぁ多分、そんなもんどっちでもいい問題だぜ。なぁ?」
「うん、きっとそうね。霖之助さんを悩ませる程度の問題なんて、どうせたいしたことじゃないわ」
「だな! あ、そんなことより」
「そうそう、そんなことより」
人の話を聞かないことで名を馳せている少女たちは、いつも通り霖之助の質問を華麗にうっちゃると、強引に話題を捻じ曲げた。
「あのね、ヘンテコな道具を愛してやまない霖之助さんに、ちょっと相談したいことがあるんだけど?」
「おう。ぜひお前に一枚……いやさ三百枚ぐらい噛んでもらいたい話だ。損はさせないぜ!」
彼女たちが見せるあどけない(からこそ恐ろしい)笑顔に、霖之助は「ああ、またしても厄介事を押しつけられるんだな」と直感する。
そして盛大な溜め息と共に、こう言うのだ。
「やれやれ」
平穏で、かつ過激。
幻想郷では特に珍しくも無い日常が、今日もまた幕を開ける。
(了)
でも前後編通してすこし誤字があった気がする。どこかは忘れたけど。
メタ視点での創作はしばしば見るが、ここまで上手く本編と絡めた代物は珍しい。
2Dゲーム全盛時代に幼少期を過ごした自分にはクるものが。
執筆者は間違いなくシューター
構成もしっかりしていてすらすら読めました
某氏視点での話なども楽しく読むことが出来ました。
面白いお話でしたよ。
脱字の報告
>最後の霊夢の台詞で、『あのね、ヘンテコな道具を愛してやまない霖之助に』
となっていますが『霖之助さん』ではないでしょうか?
同じく2Dゲーム全盛期が幼少期だった自分。
思わず涙ホロリ。
最近のゲームって楽しい!って思えるもん少ないです。
両方の世界を使いながらもすっきりしていて良かったです。
そして蜂、まさかここで聞けるとは思ってなかった。
めったに100点なんて入れんが、今回は特別だ、とっとけ
なんとも面白い
忘れられたゲームたちが舞い戻る。
こういう可能性があったと考えると楽しいですね。
神主は素晴らしい『幻想』をくれました
これ豆知識な
まぁコレはコレでアリだと思うから100点
神主は世界一かっこいい酔っ払いです!
因みにてゐの科白が某PVを彷彿とさせました、GJ!
と、いうことですね分かります。
カリスマとパッション溢れるお話でした。
私が今こうしてこの作品を読めるのも。
全てはあの人がある時思いついてくれたおかげなんだよなぁ。
いつか「有り難うございます!」っていいたいもんだねぇ。
すらすらと読んでいけました。