その色は最初は罪だった。
存在を許されない色は楽園を脱出して今もあらゆるものの身体に駆け巡る。
その色は最初は恋だった。
誰もがその色に恋焦がれてお互いを切り裂きあった。
その色は、今は運命だった。
赤は彷徨う、声も上げず、迷子となって、望まれて、望まれないで。
たぐりよせるように。
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十六夜咲夜はまどろんでいた。
宵闇に心を奪われていたのは昔のことで、もう咲夜の心を乱し溶かすことはない。
闇を背負って笑う少女に見惚れていた。
自分の主である、幼き紅い月に、心を、奪われていた。
「・・・今日の紅茶は・・・・」
ティーカップを傾ける細い指。
「・・・紅茶なのかしら?」
少々冷たい風が紅茶の湯気を煽る。
「試行錯誤して透明にしてみました。」
にこりとした笑いはほぼ条件反射になった。仕える者として、当然だ。
紫色の小瓶を取り出して、幼い指が蓋を空ける。
薫り高い薔薇の香りがするが、人間が口をつければたちまち地獄。
透明な液体がさっと薔薇色に色づいて、紅い美しい色となる。
メイドとしては、毒なんて身体に悪そうなものは淹れて欲しくないのだけれど。
「美味しいわ」
その一言が至高の味、嗜好すら変えて思考を蝕む。
月と重なって、微細な光が、そのまだ幼さが残る笑顔から放たれてると錯覚する。
五百年を生きる少女の甘い、とろとろと溶けた睡魔のような温かな一言が、心を満たしていく。
「ケーキもどうぞ」
シナモンはにおいが強すぎるから入れなかった。
ペアのケーキには抜群に合うのだけれど、食べる誰かを考えれば当然の選択。
それでも前評判は結構良い方、だと思う。妖精の口は嘘か虚勢しか出ない。
ひやり、と風が星の光を鮮明にさせる。
欠けた月は、不安定な美しさで目を離させてはくれなかった。
長い睫に縁取る中を、赤が洪水を起こしている。
ストロベリー、ローズ、カーマイン、ルビー、マゼンダ・・・
それがきゅうと細まって。
睫のふちからその色が零れ落ちるんじゃないかというくらい細まって。
「咲夜」
名前を呼ばれる瞬間が堪らなく好きだ。
その指が虚空を引っ掻く、自分だけが聞こえる僅かな音が甘い。
触れた頬に降り立つ幼い微熱が、涙と呼吸を呑むほどに自分を舞い上がらせる。
欲してもらえる温もり、絶対的な力によって支配される喜び。
十六夜咲夜はまどろんでいた。
「・・・・今日は寝なさい。」
「え、」
「貴女、とっても眠たそうよ」
「そう・・・でしょうか・・・」
喜ばしい時間は彼女の言葉で始まり彼女の言葉で終わる。
確かに、三日三晩は寝ていないが、身体に支障が出てるとは思えない。
縋る様な光が瞳に宿り、それを見咎められることを恐れて、目を伏せる。
はい、と吐き出した言葉の弱い事。段々と身体が冷えていくのが解る。
「おやすみなさい、お嬢様」
貴女の悪夢の瞳の色で、今宵も眠れないかもしれない。
「ええ・・・・ああ、咲夜」
「はい」
立ち止まる。
振り返る。
目の前を揺らぐのは、
紅い、
「『繋がって』るかしら?」
彼女の能力の一部だろうか。細い細い、眼を閉じたら消えてしまうような悪夢の色。
光を背負う彼女はシルエットで優雅に足を組みなおした。
大気を泳ぐ誘うようなその端を掴む、と思いの他伸びる。
見やっても、表情は闇に溺れていて見えない。
望む答えが解らない。嗚呼、如何し様。彼女の微笑がほしい。
蕩けた思考を掻き集めて、口走っていた。
(触れた喉に、引っ掻き傷を見つけた。)
(紅い、)
「ええ、『繋いで』いてください」
心の底からの望みを、できる中で一番の微笑みに乗せて。
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斯くしてテラスの扉は閉まった、硝子が震える音が静寂を弱く作り出す。
吐き出したため息はちょうど良く大気を汚して温かくする。
一人分の温度が無くなった今、月と星以外、ため息さえもが慰める材料。
『お嬢様』
自分を一心に追うその姿が堪らなく好きだ。
その指が闇を柔らかく裂く時、花が咲く瞬間のような音がするのは私しか知らない。
触れた頬の人形のような冷たさが、現実を遠ざけて胸を満たして潤してくれる。
控えめに立てた小指には、塗ってもらった紅いマニキュアが悪魔の色で燦然と耀いていた。
雰囲気があって良いですね。
後書きでも書かれているそんなちょっとしたすれ違いというのも
また彼女たちなのかなとも思いますが、それでも二人が
互いに想い合っていることには違いないのでしょうね。
『繋がっている赤いモノ』という二人の解釈の違いは、
今回の題名と関係しているのかな?と思ったりします。
読みやすかったですし、面白いお話でした。
一々考え込んでしまい、正直読みにくかったです。
後書きを見るまで咲夜さんも運命の赤い糸を意図しているものと
勘違いしていました。
しかしこの位耽美な雰囲気の方が紅魔組にはよく似合っていますね。