今日も変わらず射命丸文は、幻想郷中をネタを求めて飛び回っていた。
しかし大した収穫はなく、しかたないので博麗神社の暇な巫女を捕まえることにした。
霊夢にしぶしぶ差し出されたお茶を飲みながら、文はふと思いついたように口を開く。
文「そう言えばなんですけどね」
霊「なによ」
文「あなたは妖怪退治も仕事にしているわけですが、私は見た事がないのですけどね」
霊「? 何言ってるのよ。いつもあんたを含めて退治して回ってるじゃない。
天狗でも春頭と鳥頭にでもなるのかしら」
文「ああ、いえ。高等な我々のようなでなく、もっとこう……低脳な感じの妖怪でして」
霊「そんなのそこら中にいると思うけど。あの氷の見た目も五月蠅いやつとか」
文「ああ、その妖精とかでもなく……。うーん……。そうですね、最初から話しましょうか。
────実は今日、とある妖怪と会いまして」
霊「へえ」
文「せっかくの説明なんですからとりあえず聞いて下さいよ。
ええとですね、その妖怪というのが、傘の付喪神……化け傘だったんですけどね。
急いでいたところを呼び止められまして」
霊「ふーん」
文「無視しようと思いましたら、追っかけてきましてね。仕方なく止まってあげたんですよ。
まあ、私の翔け足に追いつける訳はないですから。
────ああ、いや、決して柄が羽に引っかかって振り回されて危なかったという事は決して無く」
霊「はいはい」
文「ネタがあるかもしれませんからね。
話を聞いて上げたのですが……なにかの本を手に持って、私に見せてきたのですよ」
霊「本?」
文「はい。それがどうやら妖怪の姿絵集でして」
霊「ああ、化け物図鑑ね」
文「姿絵集です。……まあ、その化け傘が言うには、この本の中でどの妖怪が一番恐ろしいのかという」
霊「へえ」
文「どうやら、今後自分がどう妖怪らしく振る舞えばいいのか参考にしたいとの話だったのですよ。
正直呆れました。そりゃあ、鬼が地上を去った今、我々天狗が一番強くて恐ろしいに決まっています。
ですから言ってやりました。だったら目の前にいる私の真似をすればいいと」
霊「ふーん」
文「そしたらですね。
その化け傘はこちらをじーっ、と見てから『正直迫力に欠けるなぁ』と舌を出して言いやがりましてね。
ですから絵姿集ごと吹き飛ばしてやったのですが」
霊「はいはい」
文「まあ、天狗は穏和な種族ですからね。
普段はいまいち迫力に欠ける面もあるかもしれません……まあ、ともかくその妖怪が持っていた本を見て思ったことが」
霊「……そろそろ食事の時間なんだけど」
文「ご相伴に預かりますね。
その本は昔の人間が描いたものらしいんですが、大分、今の我々とイメージが違うんですよね。
例えばその本では天狗の鼻が長かったり、顔が赤かったりで」
霊「そんなのいなかったっけ?」
文「いる事はいますけど。そんなの極一部ですよ。
前に妖怪の山に侵入した時に見たでしょう? 今やそういった姿はもう廃れてまして、つまり流行遅れなんです」
霊「流行で鼻が伸び縮みするんだ……」
文「もちろん私の姿は天狗の中でも最先端です。
ええ、新聞記者たるもの見た目も時代に取り残されてはいけません。例えばこの扇は」
霊「まあどうでもいいんだけど。で? 本に描いてあった昔の妖怪がどうしたのよ」
文「ああ、そういえばそうでした。話が逸れました。
ええと、つまりですね。さっきは流行遅れといいましたが、それは我々天狗のみの話でして。
下等な妖怪の中には、やはりあの本に描かれていたように、今も昔ながらの姿の者も多くいるわけでして」
霊「ようするに、ぱっと見で人間じゃないと判る連中?」
文「そうですそうです。ええ、つまり人型じゃない妖怪の事ですね。目玉だけだったり毛玉だけだったり」
霊「最初からそう言えばいいのに。なんでまたそんな回りくどくなったのよ……」
文「それはあなたの理解が足りないからです。
やはり天狗と人間では知能に差がありすぎて説明に疲れますね。やれやれ」
霊「なんだかものすっごく腹立つんだけど……」
文「短気はいけませんよ。我々のように穏和になりましょう。
ほら、会話にいつものキレがなくなってますよ?」
霊「……。お腹へってきた」
文「ああ、それなら饅頭あげますよ。私は優しいですから」
霊「ありがと……。 ────!? からぁっ!!! あかぁ!!! な、なにこれ中身?」
文「唐辛子ですがなにか」
霊「と……トウガラシってあんたねえっ!! 人を殺すつもり!?」
文「あれ、お口に合いませんか? 人間の書いた薬剤の本には確か健康にいいと……」
霊「こんなにぎっしり詰まったトウガラシの粉末が体に良いわけあるか!!
なんだってこんなもの入れようと思ったのよ……」
文「健康ブームでして。特に人間式のものが天狗の間では大流行りなのですが……おかしいですねえ」
霊「饅頭に詰め込もうとした時点で頭がおかしいわよ。
ああ、いたたっ。しゃべるだけで、辛いし、痛いし……胃が焼けそうだわ……」
文「胸の温まる話ですね」
霊「…………」
文「いやいや、────待って下さい待って下さい。悪気がなかったんですから許して下さいよ。
ほら、美味しいお水です」
霊「…………(ぐびぐび)」
文「そういえば何の話をしていたんでしょうか……。ああ、ええと、そうです、妖怪の話でしたね。
つまりなにが言いたかったというと、いままでいくつか事件を記事にしてみましたが、その中で、あまりに低級な妖怪、
すなわち異変を起こせない程度の妖怪では博麗の巫女はまったく相手にしていないんじゃないかと。
つまりは職務怠慢の疑いがあるわけで」
霊「あまり聞き捨てならないわね。
第一あんたが見ていない、というのを根拠にされるのは正直納得いかないんだけど……」
文「真実は目で追うものなのです」
霊「春鳥頭の目の精度なんてアテならないと思うけど。
……まあ、めんどくさいけど答えてあげると、一応そういったのも退治はしてるわよ。
ただ、最近はとんと見ないわね。
たまに人里出ても、そこを縄張りにしている強い妖怪が先に追っ払っちゃうみたいだし……ほら、あの満月に角が生える奴とか」
文「ああ、あの寺小屋の方ですね。あれ? あの方、元々妖怪でしたっけ?」
霊「そんなのどっちでもいいわよ。それにこの辺りに至っては、もう全然見ないわね。
……原因はわかってるけど」
文「この神社はまるで妖怪の巣窟ですからね。やはり職務怠慢でしょうか」
霊「…………」
文「すいませんすいません。なにもそんなおも……形相で睨まなくても。
まぁ、確かに、この辺りは一部を除いて、まったく妖怪の気配がありませんねえ……」
霊「お陰様で妖気どころか人気もまったくないわよ。
今じゃ人里が妖怪の大群に襲われても、こちらに助けを求めてくるかどうかすら怪しいわ」
文「こちらの神社に入り浸る妖怪のほうがよっぽど性質悪いですからねえ。
村の危機を救うために魔王城に助けを求めに行くようなものですか」
霊「なんの例えかよくわからないけど……まあ、おかげで本当に暇なのよね。
早くなにか起きないかしら」
文「その発言は平和を守る博麗の巫女としてはいかがなものかと」
霊「あんたには言われたくない。
まあ、結論を言うと変な形の妖怪はたまにしか出ない。
出てもすぐ退治されるからあんたが書く春な記事にすら出来ない。
……はい、おしまい。食事の準備始めるから今日はもう出てってくれる?」
文「ちょっと待って下さい。
駄目元で、一つここは神社の宣伝のためにどこか森の奥に潜む妖怪の一つや二つ倒してみるのは? いい記事になりますよ」
霊「あのねえ。なにもしていない妖怪なんて退治しても仕方ないじゃない。
第一、弾幕勝負すらろくにできない妖怪なんて倒したって、正直つまらないのよね。
それともあなたが相手をしてくれるのかしら」
文「それでも構いませんが、それだと記事が書けないんですよね……。
分かりました。今日のところはここで大人しく引き下がりましょう」
霊「そう、助かるわ。じゃあさっさと……」
文「ああ、最後に一つ。写真を取ってもいいですか?」
霊「写真なんてそれこそいつも勝手に撮っているじゃない……。
まあ、いいわ。するならさっさとしてよ」
文「では遠慮無く。────有難うございました」
霊「はぁ、今日はなんか一段と疲れたわ……」
魔「霊夢ー! 夕食を食べに来てやったぜ-! ぅぉ……っ」
霊「あら魔理沙じゃない。……どうしたの? 変な顔して」
魔「────っ! ぶ、ぶははははははははっ! なんだよそれ、おい! 新手の宴会芸か…霊む……ぶっ、ふは! ……ほれ鏡」
霊「? なにさ急に。ん……!? な、ななな、なによこれー!」
文「やれやれ。ようやくネタができましたよ」
そう言って、懐から取り出したのは、とある薬師から預かった薬瓶だった。
『豊福顔丸』とラベルには書かれている。
文「試作品との事でしたが、効果有り……と。
勘が鋭い巫女に飲ませるように食後の水に混ぜておいたのは正解だったようですが……。
欠点は、うーん、福顔にするという効果が狙いのようですが、あれではただの面白い顔ですね。
周りが楽しくなっても、笑い者になる本人には福がきそうにありません。
それにいまのところ人間にしか効果がないのでいまいち汎用性に欠けますね……。
まあ、とりあえず巫女の面白い顔が撮れたというだけで良しとしますか。
ああ、どこかに特ダネは落ちてないものですかねえ」
射命丸文は溜息をついてメモ帖をたたむと、宙に飛び出した。
夕暮れの中、幻想郷最速の影が空を裂く。
天狗内ではそこそこの社会的地位を誇る射命丸だったが、新聞記者としてはまだまだ駆け出しの天狗である。
彼女は記者として一流を目指しているが、真の一流は己だけでなく、関わったものすら幸せにしてしまえるような存在である。
特ダネを拾える記者は、徳種に溢れている。
そんな者にこそ、周りは進んでネタを提供するだろう。
そう、例えば信仰されその力で奇跡を起こす神のように、特ダネを自在に拾えるようになるのだ。
しかし、周りの都合などお構いなしで取材を強行する今の射命丸の姿勢では、徳が貯められずに、特ダネにもありつけない。
実力はあるはずなので、ほんの少し改心すればいいだけの話なのだが……。
彼女が好んで取材する人間や妖怪も似たようなものなので、これからもおそらく気づかないだろう。
彼女の一流への道は近く、遠い。
これといって面白いともつまらないとも思わなかったけど、癒される不思議。
もしくは、お面とかですかねぇ?
かわいいおにゃのこが跋扈する幻想郷は本当に楽園だな…
霊夢の副顔ってどんなんでしょう?
このあと文は霊夢に報復されたのでしょうかね?
のんびりとした感じのする話で良かったと思います。
少し気になるのは、地の文章がちょっと少ないかな…というぐらいですが、
台詞の前に名前を入れる必要はないかと。
脱字の報告
>急いでところを呼び止められまして
『急いでいたところを』ですよ。
ここで噴きました
たしかになぁ…と w
こういった作品にはあまりいい印象を持っていなかったのですが、今までの価値観をひっくり返されました。
ただの日常の何気ない会話と、その裏に隠されたちょっとした悪戯。こういう空気、大好きです。
一回目は射命丸が胸を張っていたり、天狗のように鼻を伸ばしていたり(笑)する姿が目に浮かびましたし、
二回目は彼女が見ている霊夢の顔を想像してしまって、つい吹き出してしまいました。
こういう仕掛けは新鮮で面白かったです。
二箇所ほど脱字等を発見しましたので、報告を。
>文「せっかくの説明なんですから~急いでところを呼び止められまして」
→急いで『いる』ところを
>霊「お陰様で~こちらに助けに求めてくるかどうかすら怪しいわ」
→助け『を』
それぞれ、ご確認頂けると幸いです。
地の文はそれっぽかったけど会話のほうは原作風かと言われると?な感じ。
冒頭の『射命丸』は違和感を覚えます。フルネームか名前の方が普通かと。
科白の前にキャラの名前を書くタイプのssは避けていたのですがこれは上手いと思った。ほんわか具合もいい感じです。
会話文もそうですが、地の文が実にそれっぽい
次回も楽しみにしてます
会話文で人物の書きわけが出来てるんだからそれだけで評価が落ちるのはもったいない。
あれもセリフに名前ついてたな…。
ともあれGJ
ゆっ